言葉遊び ことばあそび

 

 

言葉遊びとは 言葉の意味、発音、リズム、表記、形質などを利用し様ざまな形に遊戯化したもの。古くに〈ことのはたわぶれ〉別に〈言語遊戯〉ともいう。

言葉遊びは意図的な言語操作(別に「弄辞(ろうじ)」ともいう)による表現上の演出効果を目的として作られる。「言葉遊び」という一語には、素材から技法、あるいは完成した作品まで、一連の内容が包括されている。

言葉は本来、音声をもとにした「しゃべり言葉」と、文字をもとにした「読み書き言葉」から成り立つ。学術的にはSignifiant(能記)ならびにSignifiè(所記)の二大系に分かれ、各系ごとに枝葉に相当するたくさんの言辞が分岐している。

言葉遊びは、それら言葉の枝葉を剪定し、接木し、あるいは整形することで様ざまな変成を愉しむ、いわば盆栽道楽に似ている。言い換えると、生のままの言葉をあれこれと操作し諧謔の面白味を引き出す、まさに「知的道楽」そのものである。

言霊(ことだま)のさきわう日の本の国は、古代(いにしえ)から言葉の遊興が盛んである。遠く万葉の時代から、万葉仮名で記された書物に見える「言葉戯咲(ことのはたわぶれ)」の伝統が代々受け継がれ、江戸時代には狂言・歌舞伎をはじめ狂歌、落首、川柳、俗謡あるいは黄表紙など、文芸百般で絢爛豪華に花咲いた。現代に至っても、生徒に人気の課外授業の一環として、これを積極的に導入している小中学校が少なくない。

言葉遊び最大の魅力は、人が自身に内存している遊びの精神と直接結びつく点にある。エンピツと紙があれば誰もが手作りできる。言葉を遊具に取り込んで、自在に使いこなす愉しみは格別である。その点、日本語の表記・表現の多様性と奥行きの深さは、言葉を知的遊戯化するうえで恵まれた特性を備え、この遊びの形質をより多彩なものにしている。

 言霊文字〔開運言魂アーティスト☆紫水〕さんのウエブサイトより 

起源と成り立ち 「スフィンクスの謎」という有名なギリシャ伝説がある。テーバイという名の都市の守護怪獣スフィンクスは、通行人に「朝は四脚、昼は二脚、夕は三脚で歩行する生き物は何か」と謎なぞをかける。この問いに答えられなかったり間違って答えたりしたものは、スフィンクスに捕らえられ食われた。たまたま通りかかったのが、コリントで育った王子オィディープース。彼は即座に「人間」と正解したため、スフィンクスはオィデイプースに臣従した、と。

もちろん後世人の作り話ではあるが、言葉遊びは四千年も前の古代ギリシャに芽生え、多くの都市国家において娯楽としての形態をととのえた。あるいは「樽の中の哲学者」ことディーオゲネースとアレクサンドロス王との有名な会話のやり取りも、ここでは割愛するが、言葉遊びで彩られたものである。

日本でも、言葉遊びの黎明が早々と『古事記』上つ巻に現れている。伊耶那(いざな)(ぎの)(みこと)伊耶那(いざな)(みの)(みこと)()()()()(じま)で結ばれたときの記述(「文芸遊戯の基本系統」25章 艶笑遊び系)がそれ。この一文の会話は、明らかに男女性行為の、婉曲技法を用いた言葉遊び表現だ。すなわち、古事記の撰者である大安(おおのやす)()()(?~723)あるいは語部(かたりべ)稗田阿礼(ひえだのあれ)いずれかが、またはともに初歩的な言語遊戯の技法を使いこなした、ということになる。

 オノゴロ島における創世二神〔ブログ「Wingaのひとり言」古事記より〕

 ともあれ、言葉遊びは古代の呪術や神事に端を発し、言葉には超自然の霊力が乗り移っているとする言霊(ことだま)信仰に言葉を戯笑化しうるエネルギーが込められていた。現代でも、言霊信仰を端的に具現した文体を祝詞(のりと)にうかがい見ることができる。祝詞はたぶんに神がかり的であると同時に、(たわむ)れのための修辞・弄辞を存分に駆使している。表現を換えるなら、祝詞から祭祀の部分を取り除くと、あとには言葉遊びのエッセンスが残る、といっても過言ではないのである。

変遷と時代背景 古事記成立(712)から『万葉集』の時代(八世紀後半)へと移っても、言葉の遊戯化にさしたる進展は見られない。万葉集に収載の戯笑歌も数はわずかである。というのも、いわゆる万葉仮名に見るように、日本語の表記は未発達なままで漢字借用一辺倒であったから。これは言の葉戯れにとって大きな制約となった。

しかし平安に入り、音節文字の片仮名と平仮名が考案され普及すると、和語の表記にとって一大変革となる。さらに下って平安中期、漢字仮名混じりの和文体が王朝文学を中心に定着するようになると、日本語の言語遊戯は一挙に花開く。つれて、語り言葉と文字の双方にまたがり、いわゆる遊戯文学が盛りを迎える。たとえば『古今和歌集』をはじめ他の勅撰集にも〈誹諧歌(ひかいうた)〉が現れ、〈(もの)(のな)歌〉〈折句〉〈沓冠〉といった技法が、修辞を兼ねた遊興の一環として用いられるようになった。

異色なものでは、唐土の影響を受け、漢詩に〈野馬台詩〉や「山形詩」といった図形+折句スタイルの遊戯がもてはやされたこと。和歌においても〈双六盤の歌〉〈碁盤歌〉など象形遊戯が登場。〈いろは歌〉も中世における創作で、のちに登場する〈同じ文字なき歌〉などの創成の手本となった。〈回文〉もすでに中世の作品に見える。

鎌倉時代に芽生えた連歌は、室町時代には〈俳諧の連歌〉という落し子的な文芸を生み出し、さらに近世に入り俳諧や雑俳などの短詩文芸ジャンルを形作る。当然、水を得た魚のように、新生相次ぐ媒体にのって言葉遊びの世界も急激に膨張──〈秀句〉〈謎なぞ〉といった領域も加わり、遊戯としての幅と質とを充実させていく。

江戸時代に至ると、言葉遊びの主役は〈洒落(しやれ)〉以外の何ものでもなくなる。洒落は時とともに自己増殖し、〈地口〉〈こせごと〉〈捩り〉〈語呂合わせ〉〈むだ口〉などへと多様に枝分かれし江戸文化を絢爛豪華に飾った。そして天明期に全盛の〈江戸狂歌〉を介て洒落は頂点を迎え、「洒落一つ吐けなけりゃ江戸っ子とはいえねェ」といった風潮さえ生む。

いっぽう、それまで単純な〈二段なぞ〉であった謎なぞも、江戸中期には形式的に一歩進んだ〈三段なぞ〉が全盛となり、遊芸僧によるチャチな〈判じ物〉の刷り物ですら価値を生むほどの隆盛をみる。あるいは市川団十郎創案の〈ういらう売〉が〈早口言葉〉の舞台芸に寄与し、また〈尻取り文句〉による俗謡なども庶民の口ずさむところとなった。

明治・大正期の言葉遊びは、多くが先人の残した伝統の踏襲にすぎない。ただし都々逸のように、近代に入ってからますます磨きのかかった分野もある。さらに開国に伴う西洋文物の移入とあわせて、〈アナグラム〉〈パロディ〉などの斬新な西欧技法が相次いで導入されたことは注目に値する。

そして現代 いまやIT技術の進歩につれて、ディスプレイを使っての映像ゲームやパソコンによる各種ゲーム、インターネット利用の娯楽三昧が人気をさらっている。こういう傾向を批判するのも大人気ないが、しょせんは機械相手の遊びである。そのためだろうか、人よりも機械を信ずるという異常現象が起き、人と人との交流に摩擦が生じている。人間同士の意思の伝達は一方通行化し、人の生活が機械に拘束される事態すら生じている。結果的に人心の孤立化を促進しているわけで、寒肌の立つ思いがする。

そのパソコン遊戯などがハードであるのに対し、言葉遊びのほうは安全無害、健全なソフトの遊戯である。しかし今では、真に言葉遊びといえるものは、影が薄くなっている。筆者自身、本書の取材に取り組んでみて、言葉遊びとはこれほど種類が多彩で奥の深いものであったかと、今さらながら痛感している。

昭和の初め、言語遊戯の研究などで知られた作家の綿谷(きよし)は、著『言語遊戯考』の跋文で次のように述べている。

 

 我々が言葉のピエロを見失うたのは、果して何処の道の岐れ目であつたのか。我々の幼かつた時代、言葉のピエロは常に我々の傍を歩んで居つた。いつも滑稽な言葉で慰藉を与へて呉れたあの親切なピエロの道づれが、いつのまにか我々の傍からはぐれて仕舞つてからといふもの、我々の生活の道程は常に険しく、我々の歩足はリズムを忘れて渋り滞ほり、拭ふに閑なき額の汗は、我々の顔面から希望や憧憬の輝きを振り落して仕舞つた。現代の我々に真実の慰藉をもたらすものは、最早や物質の以外に是を求めることを得ない。/それでも我々は、時々言葉のピエロを思ひ出す、しかも言葉のピエロの慰藉の如きは、物質生活に中毒した現代人の全心神を揺り動かすに足りない。其れは辛じて我々の逃避的部分に於ける、(わずか)なるアルコホルにすぎないのだ。

 

と、じつに八十年も昔に慨嘆している。この先人がもし、今日の世情を垣間(かいま)見ることができるとしたら、さらなる人心の変貌に言葉を見失うにちがいない。そして、老いさらばえ、見る影さえ薄らいだ「言葉のピエロ」を目にして、おそらく涙を浮かべることであろう。

 しかし筆者(おぎゆう)は、心底失望しない。「言葉のピエロ二世・三世」が健在だからである。

学校の課外活動などで、言葉遊びの導入が積極的に行われ、多くの生徒に関心を寄せられている。子供の世界では、言葉遊びに深い関心を持ち自作品を競い合っては愉しんでいる。大人たちも派手さはないが、言葉遊びに魅せられた人たちが少なからずいる。なにしろ他人にすすめて喜ばれる、数少ない遊戯の一つなのだから。

 綿谷雪著『言語遊戯考』

系統と種別 言葉遊びの種類は、昔から受け継がれてきたものまでも含めると、じつに多彩である。本書ではそれらほとんどを集めてあるが、言語遊戯の専用語として定着しているものだけでも300項目を超える。この多様性こそ日本語言葉遊びの自慢とするところであり、諸外国には見られないものだと思う。

 これら数ある言葉遊びも、いくつか本支脈に寄せ合うことで分類整理することができる。その結果を、別掲「言葉遊び系統別内容一覧」ならびに各系統図に示した。ただし、一部項目は純然と区別しがたいもがあり、やむを得ず越境も見られる。

 また従来存在した言葉遊びとは別に、荻生が独自に創案した遊戯も少なからず加えてある。たとえば遊戯項目をネット検索しても適切な結果が得られないようなものは、多くが新規に創案した遊戯である。

知的ゲームである およそ書物というものは、書店か公共図書館の棚に並ぶ類書の多寡で、その分野の人気の程度を推し測ることができる。言葉遊びに関する本も例外ではない。

ちなみに、無い新刊本がないといわれる東京・八重洲ブックセンターへ行くと、言語遊戯のうち〈回文〉に関するものだけで十数種類も並んでいる。出版する側の安易な姿勢は否めないが、逆に、売れ筋だからこそ、の理屈も成り立つ。

 ともあれ、言葉遊びは現在、再び陽の目を

見ようとしつつある。繰り返すが、小中学校のカリキュラムにも教育というよりは、みんなで参加できる知的ゲームとして、言葉遊びを採用するようになってきている。これの魅力とは、次の3点に絞られる。

  お金をかけずに

  一人ででも、グループででも

  尽きない愉しみが味わえる

他の知的パズルやゲームなどと同様に、言葉遊びも間口と奥行きをさぐりつつ、レベルアップが図れる。しかも自分の持ち駒──攻略領域が広がれば、愉しみもぐんと増す。たとえば最初は〈駄洒落〉で入門、そのうちに、言葉遊びの面白さに()かれ、やがて〈捩り〉や〈謎なぞ〉〈アナグラム〉、はては〈回文〉〈無同字歌〉へと手を広げマニアックになるに違いない。

言葉遊びを始めるうえで忘れてならないのは、決して国語の教育や勉強のためではない、という鉄則である。文字通り「遊び」なのであって、娯楽・趣味に徹すべきだ。すでに国語教育などで身に付いた常識のカセを外し去り、空っぽの状態で取り組むのがよい。そうすることで型破りな発想が湧くし、ときには万華鏡を覗いた時のように、言葉のもつ妖しい変化(へんげ)美が透けて見えるようになろう。

《参考》                                                鹿持(かもち)(まさ)(ずみ)

言霊は、言の神霊を云て、いひ出る言のはに、自然微妙霊徳あるをいふ、(中略)佐吉播布(サキハフ)は、凡て物の(ヨキ)事を古語に佐吉といふを、その幸事の出来るやうの時に、幸播布幸播比などといふなり(後にさいはひといふは、后を記載といふ類にて、音便にくづれしなり)播布は活用(ハタフカ)すときにいふ言にて、饒波布などいふ波布と同じ、こゝは言霊の徳によりて、万の幸事のある国ぞといふなり

&『万葉集古義』巻五・下地

 

 

言語遊戯/弄辞とは 

〈言葉遊び〉に同じ。〈言語遊戯〉のほうは言語学上の術語で、論文や百科事典あるいは旧書などで用いられることが多い。これに対し、言葉遊びは和語のニュアンスを含み、一般用語としても親しまれ、慣用化している。

 著者の荻生は、「言葉遊び」「言語遊戯」と同等の意味をもつものとして〈弄辞〉という新語を命名。自身もまた、「弄辞師」という名乗りを用いている。