発想を核に想念を結ばせながら言の葉を次からつぎへと綾織りなしていく

11 連想遊び系 れんそうあそびけい

 

山につれて川、初夢に連れて宝船というように、ある想念につられて関連する他の想念を想起することを「連想」といっている。独立した概念同士の、類似共通点を介しての結び付きである。

〈連想遊び〉は、この連想を言葉遊びに反映させたものの総称である。この遊びをもとにした作品は、イメージの結びつきを軸に意外性の発生を武器にした味わい深い佳作が目立つ。ただし、純粋な連想遊びというのは数少ない。たいていは〈譬え〉はじめ〈謎なぞ〉や〈洒落〉あるいは〈捩り・パロディ〉など他の分野と関連しあって成り立っている。そして文芸遊戯にとどまらず、次に図示するように、商店の看板にまで応用が及んでいる

 

11  連想遊び系の目録(五十音順)

 

 遊び絵   

あべこべ

イメージ写生

婉曲表現

回帰連想

キャプション付け

クライマックス

牽強付会

こじつけ

こじつけ辿り

言葉仕合

さもありなん

品定め

諸国振り

畳み継ぎ

段々話

断定遊戯

チグハグ

散らし文

対句彩

定義付

定義付〔岡目八目〕

デンデン

年延え

突飛並べ

取合せ

執り成し

名化け

  名寄せ

  二者択一

  女房詞

  ピンキリ比べ

  無駄合せ

  物事尽し

  物事尽し〔慣用句〕

  物事尽し〔古典〕

  物事尽し〔近代・現代作品〕

  ものは付

  ものはなし

  由来付

  寄せ言葉

 

 

遊び絵 あそびえ 

「遊び絵」は江戸時代における娯楽用各種図案の通称で、絵柄の新鮮さ、着想の奇抜さで人気をさらった。絵そのものが謎解き材料や遊具になっており、これに理解を助ける詞が書き込まれている。この詞を〈遊び絵詞(えことば)〉といっている。

 遊び絵に手を染めた絵師は少なくない。なかでも山東京伝(17611816)は読み本作者、戯作者として有名だが、別に北尾(まさ)(のぶ)の画号で奇抜な作品を生み出す挿絵師としても名を高めた。

 あべこべ

 二者本来の立場がまったく逆転する摩擦のおかし味を表現する遊び。「逆もまた真なり」の格言もあり、〈あべこべ〉世界では、あってはならぬことの常識が覆される。あべこべ同士の隔たりが大きいほど秀逸になる。

【例】

あべこべ、また真なり                       荻生作

▽政治家の建前「国家のため、国民のため」

▽商人の「儲けがない」

▽後家が言う「亡夫に操を立てます」

▽悪女の常套句「涙も涸れました」

 どの男郎が業平に似ているかねえ〔濡手で粟、峨眉丸(がびまろ)画、寛政十一年〕 女どもが格子越しに、女郎ならぬ男郎の品定めをしている。なんとも面妖だが、くすぐったい図ではある。話の筋は、荘右衛門なる色道家が女護ノ島に渡り「男郎屋」を開業したところ、男の味を知った女たちが狂ったように押し寄せ、連日大入り満員の繁盛、という他愛のないもの。現代でいう発想逆転仕立の洒落だが、現実に十分ありうる話である。まして女権とやらが拡張されっぱなしの現代、ホストクラブだなんて似たような存在があるじゃないか。これのタネ本は墨洲山人鍋二丸なる無名の戯作者が書いた滑稽本で、『三千世界見て来た噺』という先行版の続編である。

 

イメージ写生 ──しゃせい  

 心の中に浮かぶ像(心象)を具体的に画像や文章で表すこと。いわば抽象的な映像を具体的に表現する手法ともいえる。表現が難解なのは確かで、どうしても比喩的発想がべースとなる。それだけに入念に時間をかけたい。

美術批評用語であはあるが、文学一般にも用いられている。左記の宮武外骨の一文は饒舌な〈イメージ写生〉に仕上がっている。

【例】

 本一偉い人                           宮武外骨筆

現今日本で政友会の原敬(はらけい)でも、国民党の犬飼(いぬかひ)()でも、憲政会の加藤高名(かうめい)でも、表面立つて楯突くことは出来ず、寺内正毅(せいき)も後藤新平(しんぺい)仲小路(なかせうじ)(れん)も、さては枢密院の伊藤巳代(みよ)()も金子堅太郎も末松(けん)(ちよう)も、皆其前に平身低頭しなければならぬのは山県有朋(やまがたありとも)である、山県は実に日本で一番偉い人であらう、然し此日本で一番偉い山県も、その(めかけ)貞子(さだこ)には羽掻いしめにされて、どんな無理難題でも唯々(ゐゐ)諾々(だくだく)として居るから、山県よりも貞子の方が偉いやうで、貞子こそ日本一の偉い人のやうに思はれるが、さて其貞子よりも偉いのは、貞子のおツ母さんたる講談師松林(はく)()の女房である、幾ら貞子が公爵夫人だと威張った処が、おツ母ざんの前に出てはヤハリ頭が上らぬのである、これでは松林伯知の女房こそ日本一の偉い人であるやうだが、元来伯知の女房だから、亭主たる伯知には頭が上がらない、さうして見ると日本で一番偉い人は松林伯知といふ事になるではないか、然るに伯知は渋沢栄一の贔負(ひいき)を受けて、いつも多くの幣帛(へいはく)を貰って居るので、渋沢の前へ出ると伯知は平蜘蛛の如くである、さうして見ると日本で一番偉い人は渋沢栄一だと云ふ事になるが、何がさて渋沢も山県の前へ出ては一文の値打もなく、平身低頭で山県を崇敬し(たてまつ)らねばならぬのである、さうだとすると、ヤツパリ山県有朋が日本一の偉い人かネー、ハヽア/昔或者が飼猫に偉い名をつけんとて「虎」としやうかと相談すると、虎も象には敵しない、象の方が偉い、然らば「象」と名づけんかと云へば、イヤ象も竹籔には閉口(へいこう)するから「竹」の方が偉い、竹も風には吹倒されるから「風」がよからう、イヤ風も塀には(さへぎ)られるから「塀」がよいイヤ塀も鼠の穴で倒される、然らば鼠が一番エライ、「鼠」と命名せんかと云つたが、考へて見ると鼠を捕る猫、猫の方がエライ、猫はヤツパリ猫でよい、といった古い落語と同型のお笑ひ草である、然し山県有朋は其ネコのやうであるが、実は(しや)()(じやう)()(ねずみ)である、鼠であるとすると、女房貞子は元来がネコ(芸妓(げいしや))であるから、鼠の山県よりも猫の貞子の方がエライやうだ

&『裸に虱なし』

枕草子                              清少納言

春はあけぼの やうやうしろくなり行く

山ぎはすこしあかりて むらさきだちたる雲の ほそくたなびきたる

汚れつちまつた悲しみに                      中原中也

 汚れつちまつた悲しみに

 今日も小雪の降りかかる

 汚れつちまつた悲しみに

 今日も風さへ吹きすぎる(後略)

草にすわる                                              八木重吉

 わたしのまちがいだった

  わたしの まちがいだった

 こうして 草にすわれば それがわかる

女淫水のにわか雨で傘を広げるマツタケ

 思わず失笑するイメージ写生ではある。〔絵師、年代とも未詳〕

 

婉曲表現 えんきょくひょうげん 

物事には、ことに(しも)がかったことなど、直接言い表すと露骨になる場合がある。このようなとき、遠回しな言い方をして語感を和らげる方法を〈婉曲表現〉といっている。たとえば性行為を表すのに、昔から「枕を交わす」という言葉を使っている。これなら女性でもさして抵抗なく使えるわけ

文彩には「婉曲法」という表現技術があるが、婉曲表現はこれに連想遊びの要素を加味した言葉遊びである。

【例】

江戸言葉より

愛染(あいぜん)様に見限られたよう=醜女(しこめ)の形容。愛染明王を信心すると器量良しになる、との俗信から。

鋳掛屋(いかけや)の天秤棒め=でしゃばりをののしるとき。

(かみしも)を着た盗人=収賄役人を嘲笑して。

▽金魚の刺身=カマトト娘。きれいでも食えない、の洒落。

河豚(ふぐ)の立ち泳ぎ=妊婦が歩く姿の形容。

▽すみれを摘みに=女が雪隠へ行くときに。

▽高野へお参りに(京言葉)=大きい用を足しに。髪()を落とすの洒落と、(かわや)高野(こうや)の音通から。

銀座地蔵尊の縁日                                佐文翁筆

佐人笑を含みて曰、是留垤薩克(ルーデサツク)と称す。赤竜闘を渦潭に挑むの時に当り、之を蒙つて甲と為せば、以つて毒気を防ぐに足る。&『銀街小誌』明治十五年刊の冊子

四季の唄                                      作詞者未詳

♪秋の夕べに 製糸工場を抜け出てみれば/雨か涙か草の露 親が招くか(すすき)(ばら)/月もくもりて雁の声

 ねぼけまなこで 朝の五時から弁当箱さげて/工場通いのいぢらしさ 娘盛りを(ごみ)の中/晩にや死んだよになつて寝る

 芯でしまおか 甘い言葉についだまされて/来てみりや現世の生地獄 出たくも出られぬ鬼ケ淵(鐘ヶ淵紡績にひっかけ) どうせ生かしちや帰すまい… ──明治三十六年頃に流行

広告キャッチ

▽赤ちゃんは、ママのお酒を飲んでいる。/ビール酒造組合、妊産婦の飲酒防止広告

 &『バルーン』1998年十一月号

▽わかる。泣ける。勇気をもらう。/SVENSON JAPAN、毛ドットネツト

 &『読売新聞』2003年十月五日

 

回帰連想

 過去の記憶を今によみがえらせ物を言う遊び、としよう。時代の違いをうまくとらえるのが〈回帰連想〉表現のコツである。これがハマると平塚らいてうのような名文になる。

【例】

『青鞜』創刊号より                      平塚らいてう

元始、女性は実に太陽であつた。/今、女性は月である。他によつて生き、他の光によつて輝く、病人のやぅな蒼白い顔の月である。(明治四十四年九月)

まがまがしき想起                          荻生作

孫が「パンパン焦げてるよ」と叫ぶ。婆さん慌てて「そんな言葉使っちゃダメ」だって。むべなるかな、世代の格差!

 

キャプション付け ──づけ 

 写真や図などで説明文のないものに簡単なキャプションを付ける遊び。

 いうまでもなく図絵が言わんとしている内容を的確に汲み取って、パンチの効いた短い説明を加えるのがコツ。蛇足になる絵柄そのものの説明であってはならない。

【例】

 荷風先生の勲章は「両手両足中足に花」

〔「永井荷風の文化勲章受章を祝った踊り子たち(1957)」ウエブサイト「文春写真館」より〕

 クライマックス

複数の文句が連なる文章中で内容をしだいに盛り上げていく順序に配置する文彩遊戯を〈クライマックス〉という。単語や文節は一連の連想によってつながっていることが条件づけられる。

【例】

仮名草子より                                            浅井了意作

博奕(ばくち)打ちの(あぶ)れ者につきあひて、もみ(ざい)(てう)()()の立てもの、銭の中に(しろがね)をまじへ、(ぎん)の下に(きん)をしきつつ、立ててはとられ、積みてはとられ、夜ごとにより合ひて打つほどに、負くる事かぎりなし

&『浮世物語』巻一

古川柳より

はへば立て立てば歩めの親心

映画広告キャッチより

竜馬が走った! 西郷が賭けた! 桂が泣いた! そして日本の運命は変った/東宝映画『幕末』、昭和四十五年

暗い魔苦巣                              荻生作

日本のヤクザは「めった斬り」、アメリカンギャングはズドン、バンバン。イタリアンマフィアはいたぶった上でソーセージにしてしまう。ああ怖!

比較言語楽                             荻生作

仏語espritはいかにも文学的、英語 spiritは即物的。日本語はは「粋ごころ」と奥ゆかしく、断然だ。

 

こじつけ

 二以上の物事の関係が別々であるにもかかわらず、もっともらしい媒介を通し無理に合体させてしまう遊びを〈こじつけ〉という。例示の記念日命名などは極端で、ほとんどが〈こじつけ〉に頼っている。

【例】

左党の断章                              荻生作

日本酒党か、ブランデー派か。モーツアルトか小唄か。灘の生一本を味わうなら、肴は都都逸だよ。(二者択一)

無念の断章                             荻生作

「○○の日」という記念日命名ごっこは愉快。なかでも六月二日は「うらぎりの日」とか、明智光秀が謀反で本能寺の変を起こした日にリンクさせているのは、こじつけの最たるものだ。

 牽強付会(こじつけ)に非ず、偶然の一致! 上記例文を書いた後、「こじつけ フリー画像」で検

 索したらこの表紙画が現れた。

 

こじつけ辿り こじつけたどり 

「風が吹けば桶屋が儲かる」という俚諺がある。ひとつの現象の始まりと帰結しか示してない。なぜそうなるのか、途中の出来事ははしょってある。このように話の始まりと結果だけを課題に出し、その間の成り行きは連想でつづらせる遊びを〈こじつけ辿り〉と仮称しておくことにする。

この風と桶屋の例については、模範になる辿りが伝承されている。

  風が吹けば、砂ぼこりがたつ。

  砂ぼこりが、人の目に入る。

  人の目が傷つく。

  目の傷で、盲人が増える。

  盲人が増えれば、三味線を習う。

  三味線習いで、猫の皮が入用になる。

  猫の皮をとれば、猫が少なくなる。

  猫が少なくなれば、鼠が増える。

  鼠が増えれば、桶をかじる。

  桶がかじられれば、桶はだめになる。

  だめな桶は、桶屋になおさせる。

  注文が増え、桶屋が儲かる

以上であるが、この辿り方も人によってさまざまな筋書きになるところがミソである。

課題となる起こしと結びの句は、突飛な組合せほど内容が面白いものになろこじつけの飛躍がまた、遊びの興を盛りあげる。

もう一つ、右①~⑫の展開は、各句が順次畳み込まれていく発想の〈尻取り〉になっている点に注目されたい。屁理屈の積み重ねとはいえ、こじつけ辿りを愉しむのに欠かせない要素なのである。

 例文の辿りをまとめた画像 

【例】

もつて廻りたる事

指物屋(さしものや)の九兵衛とて、諸事に持つて回つたる分別する者あり。ある時、大風の吹きければ、「やい(かか)〳〵、風が吹くほどに細工がはやらふ」とて喜びければ、女房聞きて、「風が吹くとて細工の流行るとは合点がゆかぬ」といへば、亭主聞いて、「さてもたはけた奴かな、風が吹くによつて、ほこりが人の目へ入る、ところで目が悪ふなる、そこで三味線を習ふにより、猫の皮をいかふ()ぐさかいで、鼠が荒れて戸棚を()ぶるによつて、戸棚の(あつら)へがあるわいやい、腑抜け」と、ぬからぬ顔をして居られた &『軽口又おかし』上

*本文に示した「風が吹けば桶屋が儲かる」話の原型であろう。

 

言葉仕合 ことばじあい 

似たもの同士が対になり、あらかじめ決めたテーマをもとに、その正否善悪を主張しあう遊びを〈言葉仕合〉という。雄弁術に遊び心を加味したもので、内容をユーモラスに仕立てるのがコツである。

一人二役として創作する場合は問答形式をとるのが普通。戯文はもとより、狂歌や都々逸などで応酬させるのも一興になろう。

【例】

戯作より㈠

(まり)と羽根            式亭三馬「お丸さんお丸さん、鞠と羽根とではどつちがよいエ」「どつちもよいがね、羽根はお天気が悪いとつかれねえから鞠のほうがよかろうか」「イイエ、お天気が悪くてもね、私はお蔵の前でつくからよいよ、お蔵の前は高く屋根をこさえてあるものを」「わたしの所には蔵はないもの」 &『浮世風呂』

戯作より㈡

芝居好きと旅好き                                   作者未詳○芝居を見れば物知りになつて一生のうちに得多し

△可愛い子には旅をさせたいといふたとヘありて旅は身の為なり

○吉野高雄の花も紅葉もしんどなしに見る道具立

△ぶくぶくしき銀箔のおいた月で須磨あかしのけしきがながらふか

○女子の旅やつれ日にやけた顔には三年の恋もさめる

△のどかなそらに伊勢まゐり春のたのしみは是が第一 

&『吾妻美屋希』

新狂歌「戯れ詠み仕合」                       荻生作

亭主、女房に

ン十年起き()がり小法師(こぼし)で鍛えたる押しかけ女房の(けつ)のでかさよ

女房、返して

よくもまあ(やわ)亭主殿言わしゃるわ三日目にしてお(いど)向けたに

ひょっとこ、おかめに

おい、おかめ ひょっとこ様が情かけた祭りの晩の泣き忘れたか

おかめ、返して

おきァがれ女(たら)しのすっとこめ ころがしといて尻でテレツク

*祭り=情事の婉曲表現でもある。

トウちゃん、カアちゃんに

ラクしたい家カー付いてババ子抜き五欲ばかりで一礼もなし

    カアちゃん、返して

図々(ずうず)しい不精で臭く声でかいメタボ屁っぴりこれさ宿六

宰相日照り

老国民(おいのたみ)歴代小粒のままごとに吉田懐かし怒鳴れ黄泉(よみ)から

返し

バカヤロー曲学阿世の不逞(ふてい)者!戯歌師(ざれし)ごときに(あざけ)らるとは

福はァ外

貧乏(びんぼ)(がみ)くじ運にまで取り憑いて回収(みいり)一割やっとこさだぜ

返し

それみたか残る九割胴元と福の氏子が手に渡したり

若造に

やっぱじゃん国語のテストこけたじゃんスカウト話もおじゃんじゃんじゃん

返し

ざけんなよォ横文字弱いおっちゃんよチンポジゥムって何のことじゃん

述懐

モテモテもコピーライター芸者だぜ広告主(だんな)の寝言で上下(うえした)に向く

返し

ご愁傷落ちこぼれたるライターは芸者も抱けず恥を書けかけ

        31 vs 26

四六時中(つや)(ごと)ぜめで飽きぬかの裾を分けろやいかが都々逸

返し

都々逸は五つ若いよ狂歌さん色香じゃ五年()けているけど

冷や水

脛かじりされた返しに年金を食い潰そうぞどうじゃ若いの

返し

ご老体固くて食えぬその脛もやがては舎利か粗大ごみの身

藪問答

七十年粗食通せしこのからだ糖尿通風なるはずはなし

返し

御大よご存知なきやくたびれて酒毒にうみしその胃肝臓

夢見るセリフ

この別嬪じつは手前の隠し妻いい歳してだ、うらやましかろ

返し

青いねえ女子(おなご)蜜味(とろみ)知らないな男そっくり、くくむ(うば)(ばな)

&『花酒爺の新狂歌塾』(CD-ROM版)

 

さもありなん

 ある物事に含まれる本質を踏まえ、これをもとに他の物事へと連想を展開して結論付ける文彩遊戯を〈さもありなん〉レトリックで〈類推法〉という。一連の結論は短く要領を得たものであるべきだ。

【例】

さもありなん断章                          荻生作

映画にしろ小説にしろ、たくましくまくしたてるアメリカ女性だらけだ。問題は彼女ら一人として「アイム・ソーリー」としおらしく口にするのを聞いたことがない。今の日本、こんな風潮を印刷しているようだ。

 

品定め しなさだめ 

三つ以上の同類言葉を比較し、数詞を冠してランク付けする遊び。昔から伝わることわざに多く見える。

【例】

伝承句より

一富士二鷹三茄子

一誹り二笑い三惚れ

一髪二化粧三衣裳

一押し二金三男

一瓜実二丸顔三平顔四長面五ぐしゃ

俗諺より「先細り」

▽十で神童、十五で才子、二十歳過ぎればただの人

▽十九立花、二十は花見、二十一では萎れ花

*二例共に数は増えていく反面、格は下がっていく品定めとなっている。 

子どもに代わって親が参加する婚活パーティ「親コン」 

 

諸国振り しょこくぶり 

往時、諸国の名産やお国自慢をあしらい対比させた文句。〈ご当地自慢〉ともいう。広まっていくうちに半ばことわざになったようだ。

【例】

伝承のもの

▽江戸紫に京紅

▽上州侠客越後米搗き

▽天下一品酒なら灘

▽紀州みかんの宝船

▽浪花の食道楽

▽明石巡査に篠山教師

 

畳み継ぎ

 連想により同じような言葉を続けて並べ立て、しだいに核心へと迫っていく遊びを〈畳み継ぎ〉レトリックで〈列叙法〉という。列挙の後は必ず結論を表して締めくくる。

【例】

明治小説より                                夏目漱石作

「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」「じやなんと言うんだ」「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、(ねこ)つかぶりの、香具師(やし)の、モモンガーの、(おか)()きの、わんわん鳴けば犬も同然の(やつ)とでも言うがいい」

&坊つちやん

畳み継ぎ断章

白粉を塗ったくる。紅を挿す。睫毛を付ける。ヅラを載せる。ハッとするほどの女形、一丁出来上がり。

 

段々話 だんだんばなし 

話の筋が一節ごとにくるりと変転しながら展開していき、最後にまた振出しへ戻るような構成の遊戯話を〈段々話〉あるいは〈循環話〉という。各節の展開は連想によって繋げられる。

段々話そのものは昔話の一種であるが、いつごろの発祥かはわからない。

【例】

鼠の嫁入り          五世 川柳むかし富貴な鼠あり、よき娘をもちて世にすぐれた者を聟にせんと工夫するに、日輪ほどすぐれた者なしと、天道様に聟になり給へといへば、日輪の曰く、われ世界を照す光ありといへども雲のためには(おほ)いかくさる、されば雲を聟にせよといはれ、鼠また雲に相談するに、雲曰く、日の光をかくす威勢あれども風のためには吹き払はる、風を聟にとるべしといふ、鼠また風に相談す、風の曰く、われ雲などは物の数にもせねど、壁といふ者に及ばず、壁にへだてられては入ることかなはず、さらば壁を聟にとれ、鼠また壁に縁談をなせば、壁の曰く、われ風の勢ひはとりひしぐといへども、鼠に食ひ崩されては風をも防がれず、されば鼠を聟にとるべしといはれ、何よりかより鼠にまさるよき者はなしと思ひ、やはり鼠を聟にとりしとなん &『狂句百味箪笥』

 

断定遊戯 だんていゆうぎ

文章表現において本来結論付けられないような事柄をあえて断定に持ち込み、結果として筋の通らないおかしみをかもす技法を〈断定遊戯〉と名付けておく。

修辞にいう「意義の摩擦」に相応し、この分野には〈ものは付け〉〈定義付け〉〈ものはなし〉といったものが含まれる。

清少納言の随筆『枕草子』は、よく知られているように「春は、あけぼの」と断定の文章で始まる。途中「星は、すばる。彦星、ゆふづつ、よばひ星、少しをかし」のようにいくつか同類をあげたうえで「星ならすばるに限る」と決め付けている。こうした「○○は、××」という文型を使い断定に持ち込む遊戯文となるのが普通である。ただし、常識的な文章では遊びにならない。突飛な材料を用いひねりを効かせ、パンチ力を高めよう。

【例】

談義本より                                                      盧橘庵作

元来星は雨のふる穴なり。その穴より外側の日の影のもれ出るにて有けるゆへ。昼は見えず又雨の夜は星の穴入用故あらはれず。

&粋宇(くろう)瑠璃(るり)』巻一

面白半分な断定

政教文芸の起原は(ことごと)猥褻(わいせつ)なり/宮武外骨筆

&『面白半分』

今風に「断定」して                        以下荻生作

▽伊賀は、忍術。医者は、仁術。

▽水は、氷の始まり。水は、氷の成れの果て。

▽鶏卵は、ニワトリの娘である。玉子丼は、親子丼の母である。

▽父は、木の根だ。母は、木の股だ。娘は…さくら花だよ。

▽春は、非売品。夏は、特注品。秋は、特売品。冬は、見切り品。

 週刊誌広告の見出しは断定遊戯の宝庫〔週刊現代、1970年新春特大号〕 アポロ一一号の打ち上げをこき下ろした記事タイトルが目立つ

 

チグハグ 

対になる物事同士が互に食い違いを見せる不自然な様を〈チグハグ〉といっている。言葉遊びでは茶化しの発想で創作する。

黄表紙より                                           朋誠堂喜三二作

頼朝公、御前の人をしりぞけて仰せけるは、「いかに重忠、われ四海を治めしより、日本の大小名安堵の思ひをなすといへども、武備におこたる心生ずべし。治世といへども文ばかりにてはおさめがたし。今鎌倉の大小名、文に(かたぶ)くもの何ほど、武にはやるもの何ほどゝいふ事を、汝が智恵をもつて図るべし 重忠所詮(しよせん)、文武兼備したる武士はなければ、どちらへか片寄り申べし。又、文でもなく武でもなき、ぬらくら武士多かるべし、二ツに分けてお目にかけませふ 武士一「御人払ひの御用はなんであらふ。なにか文福茶釜で、剣菱を呑むといふやふな声が聞こへた 武士二「秩父殿はしそうを悟るといふが、お寺から使いの来ることを悟るのかね 武士三「されば、もし双六の賽の目のことか &『文武二道万石通』

*頼朝存命時代には文福茶釜も剣菱もまだ存在してない。しそう=四相で生、老、病、死をいう。これを「使僧」や賽の出目「四三」に取り違えている。

明治五六年頃の東京 新旧混合の異態風俗

▽切下髪洋服ニテ足駄ヲ着ク

▽洋服ノ上ニ羽織ヲ着ス

▽散発直衣(シタタ)帯刀洋沓ヲ着ク

▽洋人日本服ヲ着ス

▽婦人シヤンギリ髪トンヒ服ニテカフムリ傘ヲ持ツ(後略)

&『明治奇聞』第五篇

 殿、チグハグではござらぬ! 〔曲亭馬琴作『無茶尽(むちやづくし)押兵(おしのつはもの)』の挿絵、北尾重政画・寛政十年〕出典は馬琴が書いた黄表紙。絵師の重政は「朝湯将軍」と異名される登場人物が館で朝湯を使っている場面を描いた。この情景だけでチグハグかつ無粋と見るのはあまりにも通俗的すぎやしないか。将軍の心中に一歩踏み込んで、「治而不忘乱=治にいて乱を忘れず」(易経・繋辞下)の心構えであったかどうかは、知る由もないが。むしろ『南総里見八犬伝』など読本(よみほん)で高名な馬琴先生が軽妙な黄表紙に筆を執ったことに興味がそそられる。

 

散らし文 ちらしぶん 

文章・詞章の一段落中に各種主題の文章を連想により混交させ、無秩序に叙述したものを〈散らし文〉と称しておく。

古典では随筆集などに散見でき、近代では維新期の新聞雑報がこれに該当しよう。例示「ちらしがき」のような、あたかも〈モザイク文〉とでも称したくなるものも見つかった。

【例】

天保十亥年六月 ちらしがき

当春よりの御事承り候まゝ書綴り御目に懸参らせ候、扨は好色の絵、銀の笄簪に其外小道具迄も御取上ゲ之御触書ハ、正月出候由、「同じ十五日、御城の上臈年寄飛鳥井も衣更着三日ニ、野村ニもすぎられしも御いたわしく、お頼事も暫く御遠慮申上候、「此度は大隅様も去年の宰相後早々御帰国も、清国より封書便参り、二月六日ニお願済にて、薩州へ弥生六日ニ御発駕被成候、「其頃ハ二八盛りの蕎麦屋文吉女房ハ、四ツ谷新宿にて、二月十一日夜、成瀬殿内真野文吾と密通、女房共三人を文吉が殺したも、余り手ぎわな事にて候、「又四ツ谷仲殿町辺にて、二十一日夜、庭の内へ鈴降落候由、今ニ其方にあり参らせ候、去年以後、島原百性共、小笠原佐渡様の御預りの村々ニて(さわ)ぐ〳〵との御届けも度々の御事にて候、「此事ニ引かゑ、甲州高麗郡下山村の百性共八三男米蔵義は、寅の年月日時の生れニて、癩病の薬ニ二月十日に殺され、息胆を取られしも、かわひそふな事、芝居ニも聞ぬいたわしく、正説は始て承り驚入参らせ候、(後略)

&『藤岡屋日記』第拾弐(天保十年)

奥山の縦覧所に地方新聞の腕比べ

ドンカツチ、旦那およんなさいな、一吹おあがんなさいな、アレサ眼鏡の旦那、素通しの旦那、およんなさいましよと(しき)りに呼びこむ矢場娘を横目に、ジロ〳〵見やりながら行過る書生連、一人は甲田郎三、今一人は乙戸池内、今一名を丙尾臭蔵と呼ぶ人なり。

「甲田氏一寸縦覧所をひやかさうではないか、「賛成だよ、縦覧所も多いが、此の奥山に限るヨ。今日は地方新聞を一閲してやらう。「僕の郷里の新聞もあるかしらむ。「あるとも〳〵、君の県にはなかなか新聞が多いヨと、三人共に這入りこむ。亭主請来(いらつしやい)々々、「フム丙尾君の県には(奥羽日報新聞)陸羽日日新聞、東北新報、東北毎日新聞、仙台絵入新聞、東北自由新聞なぞと沢山あるさうだが、此には一枚も見へないぜ。「東北新報と東北毎日新聞は、水戸の高瀬といふ男が仙台にゐて発行したのだが、今では廃業して東京に帰たさうだから無い筈だ。「コノ奥羽日日新聞と言ふは陸羽新聞の改題と見へる。地方新聞では大きいものだが、議論はどうも活発でない。近頃は福沢を真似て官民調和と出かけたが、此の新聞は福島の三島県令には一昨年頃より降参して提灯を持つて居るし、去年は政府と内々約束して官民調和を看板とし内々は御用新聞となり済まして仕舞たやつサ。社長の怡戸といふ男も中々ずるいたちだ。(後略)

&『全国新聞雑誌評』明治四十三年三月

 

対句彩 ついくどり

 詞章の冒頭と末尾に同じ語句もしくは対語を配置し、これを繰り返して意味を強めリズム感を創出する文彩遊戯を〈対句彩〉という。

これは繰り返し言葉の定置化により独特の音彩を作り出すのが目的である。その文彩は語調を整える効果をもつため、詩歌によく用いられるほどだ。

【例】

対句の今昔

▽国に盗賊、家には鼠

▽光るは勲章、泣くは後家

▽注意一秒、怪我一生

対句の成句より

▽味方は人の長所を誇張し、敵は人の短所を誇張する。

▽最高の善は快楽であり、最高の悪は苦痛である。

対句彩の例

▽江戸時代の参勤交代を評したことわざ「上

 がり大名、下り乞食」

▽わらべ唄の一節「勝ってうれしい花一匁、

 負けてくやしい花一匁」

▽交通スローガンの「注意一秒、けが一生」

ケチで知られたリッチな知人へ

あなたはケチだ

金持ちの貧乏人だ

わたしはペケだ

貧乏人の金持ちだ

やい、一度ぐらい口にしてみろ

「おれがおごるよ」と。

 

定義付 ていぎづけ 

「──とは?」という問いかけに対し、定義解釈風の滑稽な短文を作る遊びを〈定義付〉という。付ける言葉に客観性があり、短く明快なほどよい。

【例】

定義付新作                             荻生作

▽財布──人情の薄い所有者ほど札で分厚く膨らむもの。  

▽ヒモ──男を食い物にする女を食い物にする男。

語義の異見解釈                               荻生作

酒宴とは、

▽各種トラの生態観察園である。

▽お偉いさんが借りてきた猫になる煉獄である。

▽悪口罵声の火花散る鉄火場である。

▽意地悪女史が腕を振るう野郎調理場である。

▽間接接吻を介した病原菌の感染ルートである。

▽お山の大将が長広舌挨拶で男を下げる寄席である。

▽見ている方が恥かしい余興続出の芝居小屋である。

▽淑女の無貞操帯ストリップが見られる色舞台である。

▽視姦蝕姦が交響する性楽堂である。

▽良心や羞恥心が見殺しにされる吹溜りである。 

▽二次会・三次会を成立させるための前座である。 

新狂歌                                        荻生作

    大嫌い語に寄せて

▽「識者」とは小利口者かゴマスリか知恵の片輪かわからん仁か

    禅悟道

▽「悟り」とは股間にすがり居り(そうろ)たたぬが奴に腹たてぬこと

《参考》

カストリ雑誌とは          斎藤夜居カストリ雑誌の味というのは、矢張り屋台で得体の知れないホルモン焼きで一杯引っ掛けたり、ニンニクくさい安料理で一杯やって、それからストリップ劇場へ入り込むような薄汚れた気分と、消化不良の味である。&『カストリ考』 

 定義は民主主義で決まることはない。 

 

定義付〔岡目八目〕 ていぎづけ/おかめはちもく 

「岡目八目」は囲碁用語で、対局を観戦する立場から見ると当事者よりも局面がよく読み取れるものだ、という意味をもつ。転じて、部外者のほうが物事を的確に見極められる場合の譬えに用いられるようになった。

岡目八目を利用し、ある物事を立場をかえ遊びの精神で眺めると、そこに例示のような諧謔が生まれる。

【例】

美人の定義                                            (宮武)外骨作

人各々自己の習得したる学芸の異るによつて物の観察も亦各々異るものたるべし

▲心理学者 異性の審美的愛恋的感情を刺激して肉欲を挑発せしむる具体的天然美物なり

▲物理学者 中央に黒点ある透明球体の廻転によつて他の物体に一種の電気を通ぜしむる柔軟性物体なり

▲民法学者 手当と称する法定果実及び赤ン坊と称する天然果実をも受くべき動産物体なり

▲刑法学者 猥褻姦淫重婚等、犯罪の用に供すべき物件の所有者にしてまた諸種犯罪の教唆者なり

▲数理学者 年は二八とするも二九からぬ容貌、三人寄れば(かしま)しく、七人の子をなすとも心を許す(べか)らずなど、(とて)も算盤には乗らぬ代物なり(後略、続く後のほうが読んで面白いと思う) &『面白半分』

 

デンデン 

世情の移り変わる様などを背景に、その事象を次から次へと韻を含んだ語句で連ね伝えていく遊び。漢字で「伝伝」と書く。

内容は牽強付会が目に付き面白くない。言い換えるなら単なる連想語句のリレー遊びであり、明治時代の一過性遊戯に過ぎなかった。

【例】

当世開化風景

毎度お邪魔ながら簾中で一寸一段デン〳〵。「鉄漿くろぐろと細繭に、当時の権妻〇おなじ世界にわいた虫、四海兄弟〇子を捨る共身を捨藪はあれる、情死咄〇短い夏の一ト夜さに、麦湯の出会〇人の心の奥深き、究理学〇早夕陽も傾きて、瓦斯灯〇後の方より大音上、馬車〇手習学問精出て、学校通ひ〇今日は古郷と立別れ、蒸汽の乗込(後略) &『読売新聞』明治九年一月十四日

 

遠回し とおまわし 

物事には、ことに(しも)がかったことなど、直接言い表すと露骨になる場合がある。このようなとき、遠回しな言い方をして語感を和らげる方法を〈遠回し〉といっている。

たとえば性行為を表すのに、昔から「枕を交わす」という言葉を使っている。これなら女性でもさして抵抗なく使えるわけである。

文彩(修辞)学には「婉曲法」という表現技術があるが、婉曲表現はこれに連想遊びの要素を加味した言葉遊びである。

【例】

江戸言葉より

愛染(あいぜん)様に見限られたよう=醜女(しこめ)の形容。愛染明王を信心すると器量良しになる、との俗信から。

鋳掛屋(いかけや)の天秤棒め=でしゃばりをののしるとき。

(かみしも)を着た盗人=収賄役人を嘲笑して。

▽金魚の刺身=カマトト娘。きれいでも食えない、の洒落。

河豚(ふぐ)の立ち泳ぎ=妊婦が歩く姿の形容。

▽すみれを摘みに=女が雪隠へ行くときに。

▽高野へお参りに(京言葉)=大きい用を足しに。髪()を落とすの洒落と、(かわや)高野(こうや)の音通から。

四季の唄                                        作詞者未詳

♪秋の夕べに 製糸工場を抜け出てみれば/雨か涙か草の露 親が招くか(すすき)(ばら)/月もくもりて雁の声

 ねぼけまなこで 朝の五時から弁当箱さげて/工場通いのいぢらしさ 娘盛りを(ごみ)の中/晩にや死んだよになつて寝る

 芯でしまおか 甘い言葉についだまされて/来てみりや現世の生地獄 出たくも出られぬ鬼ケ淵(鐘ヶ淵紡績にひっかけ) どうせ生かしちや帰すまい… ──明治三十六年頃に流行

見合いの断り返辞(通俗)

▽家風が合わないようで

▽息子には過ぎた、活発なお嬢様で

▽娘のしつけが行き届きませんで

▽貧乏暮らしはイヤだ、などと申しまして

▽二人だけで暮らしたい、と譲りません(両親同居を条件の相手に)

▽うちの年寄りが、方角が悪いといって許しません

九色虹の幻想詩                           荻生作

らしいけれども 赤でない

にてはいるけど 桃でない

みたいだけれど 橙でない

すかしながめて 黄でない

ちょっとちがう 緑でない

ごまかされるな 青でない

それみたことか 藍でない

とんでいるのは コムラサキ

とどのつまりは どどめいろ。

《参考》

世界各国排泄行為の遠まわし表現

 イギリス「バラを摘みに行く」

 イギリス「お化粧を直しに行く」(女性)

 フランス「バスルームへ行く」

 ベルギー「中庭に出る」

 アメリカ「ジョンに会いに行く」

 イタリア「会議に行く」

 日  本「雉を狩りに行く」

&『排泄全書』コラムより

*日本の例は今では死語になっていて、まったく通用しない。

 参詣が過ぎると勘当だぞ〔子無観世音開帳、『団団(まるまる)珍聞』明治十年六月〕高札に擬した画文で淫らな笑いを誘っている。

 

年延え としばえ 

年輪重ねにちなんだ伝承句を〈年延え〉といった。現代ではほとんど死語化した用語だが、個々の句は生き続けている。

【例】

伝承の年延え

▽お目出度初めは十二、三

▽箸の転んだもおかし十五、六

▽十七、八は嫁入り盛り

▽鬼も十八、番茶も出花

▽女二十はちょと婆さん

▽十三ばっかり毛十六

「桃栗三年」に始まる年延え

▽桃栗三年、柿八年

 柚子は九年で花盛り

 枇杷は九年でなり兼ねる

 梅は酸いとて十三年

 梨の馬鹿めは十八年

 林檎ニコニコ二十五年

 

突飛並べ とつぴならべ 

およそ似かよったところのない二つの物事を並べたうえで、一致する点、あるいは言外の結び付きをこじつける遊びを〈突飛並べ〉という。出題するような場合、なるべく連想の入る余地のなさそうな対とするのがコツである。

【例】

ことわざより

▽男心と秋の空(変わりやすい)

▽女房と畳(新しいほどよい)

▽馬鹿と鋏(使い方しだい)

▽猫に小判(不相応なもの)

▽人屑と縄屑(余らないもの)

江戸小唄より

♪十七八は砂山つつじ 寝入ろとすればゆり起こさるゝ

名に違へるもの                                                  鈴木昆石

▽うつらぬ鏡    樽の鏡

▽歩けぬ足     借金の足

▽水なき(ゐど)     女のおいど

▽走らぬ舟     湯屋の水舟

▽着られぬ袴    徳利の袴

▽二本脚の馬    女郎やの付ケ馬

▽物の入れられぬ笊 へぼ将棋のざる

&『昆石雑録』合載袋

平成の狂句より                               荻生作

▽鮟鱇に番茶のみたる朴念仁

▽蝙蝠も金歯も遠し鳩の町

▽小間物屋開店御礼明け烏

広告キャッチ

▽コーヒーもお約束もお熱いうちに。/アペックス、人材募集 &『週刊ビーイング』1997十一月十六日号

▽物語が降ってくる夜。冬のカナダ。/カナダ観光局 &『朝日新聞』2003年十二月一日号 

 

取合せ とりあわせ 

単独のままでは取柄がなくとも、他の物事と組み合わせると鮮烈な連想イメージが開花する場合がある。このような組み合わせに基づいて、言葉の綾を取る遊びを〈取合せ〉といっている。

よく知られた「梅に鶯」「竹に雀」などの句は、双方を結び付けることで絵になる言葉になる。取合せも一対だけでなく、同系のものを二対、三対と増やすほど妙味が出る。

なお対句同士は「付かず離れず」の関係にあることが要件だ。

【例】

伝承のもの

▽梅に鶯 紅葉に鹿

▽滝に鯉 七福神に鯛

▽牡丹に唐獅子 竹に虎

(あずま)男に京女 越後女に上州男

▽越前男に加賀女 名古屋男に岐阜女郎

▽伊勢魔羅に筑紫つび 酒魔羅に湯上りぼ

古典笑話より

京の町にて、しだれ柳の物見(ものみ)なるをもちありく、人この柳を見付け、ことわりもなく押して取る、「こゝはなんぞ、狼藉(らうぜき)なり」「知らずや、柳はみどりといふ事を」「げに(もつと)道理(だうり)あり」と、すなはち棒をもつてかれが鼻をはりたり、大いに血ながる、「これは」と怒れば、「それこそ鼻は(くれなゐ)に」 &『醒睡笑』巻八

*柳はみどり=柳は緑、にひっかけ「見取り」の秀句。鼻は紅=「花はくれない」の秀句。両句対応(柳に花、緑に紅)をなす取合せ。

バレ取合せなぞ                           荻生作

▽たんす預金と若後家、宝の持ち腐れ

▽クリックとクリトリス、一発で開く

古典狂歌より

                                                               唐衣橘洲

▽いづれまけしづれかつをと郭公ともにはつねの高うきこゆる &『狂歌若葉集』上                               山手白人

▽夢になりと知ろしめしたかけふじに旅をするがへ門出(かどで)なすのを &『徳和歌後万載集』巻五 

*ことわざの「一富士二鷹三茄子」を取って折り込む。

新狂歌                                       荻生作

     老いらくの恋

▽愛してる惚れた恋した首ったけ焦がれ慕わし万札の束

     年の暮れるがためしとて

▽ジングルのあとは第九で年が明けしばし戻れりひっそり日本

広告キャッチ

なぞなぞ島、バリ島。/ガルーダ・インドネシア航空 &『モア』1990年三月号

そんなお方があつたなら 久保田宵二詞

♪風は柳に 鳥は木に/その日その夜の出来心/浮いて浮かれた 人の世に/色も常盤の男松/そんなお方が あつたなら──昭和九年新盤

 

執り成し とりなし 

ある物事を(もどき)や比喩により別の物事へと巧妙にすり替えてしまう技法を〈執り成し〉といっている。日常語の「執り成し」には仲を取り持つ、の意味があるように、動詞「執り成す」が用語の核となる。

音通を用いる場合は〈駄洒落〉寄りの意味に膨らむ。

【例】

談義本より                                            小幡宗左衛門作

千本の釈迦堂にては道正坊の相乗しやてんでの法を行ひ給へば、三井寺の八景僧都は暮雪帰はん晩鐘天の護摩(ごま)を修し給ふ。此きどくにていよ〳〵よい事ばかりのふしぎ出来て、先下々のくいものはたつぷりとぞ見へにける

&雑豆(まじりまめ)鼻糞軍談』巻三

 *千本=上京にある大報恩寺。道正坊ン=願人坊主の上方での異称。「八景僧都」と「暮雪帰はん晩鐘…」とは掛詞と縁語関係にあり、さらに執り成しによる人名および名所の呼称羅列という構成にある。

仮名草子より                                      浅井了意作

「…(かゆ)きところに手のとどかぬごとく、当たるやうにして行きたらず、沈気なものにして、我ながら身も心も我がままにならで、いな物なり。まして世の中の事、ひとつも我が気にかなふことなし。さればこそうき世なれ」といへば、「いや、そのぎりではない。世に住めば、なにはにつけて()()しを見聞く事、みな面白く、一寸さきは(やみ)なり、何の糸瓜(へちま)の皮、思ひ置きは腹の(やまひ)、当座〳〵にやらして、月・雪・花・紅葉にうちむかひ、…」

&『浮世物語』巻一

 *随所に縁語との執り成しがちりばめてある。

 

名化け なばけ  

〈代名詞法〉に同じ。人物や物事を複合語あるいは名詞句に置き換え遠回しに表現する遊びをいう。多くの場合〈捩り〉の変形として見ることができる。

詩や韻文向きの手法で、「遠回し」などと重ね合わさる部分が少なくない。

 オバタリアン解説図〔ブログ「おばん道」より〕 

 【例】

現代語より

宿六←亭主 山の神←女房 夜の蝶←ホステス←女給 畑の肉←大豆 ロマンスグレー←初老の男性 オバタリアン←中・高年の女性 アンネの日←生理日

「地球」を気取っていうと

大宇宙銀河星雲団太陽系第三惑星=地球

(よつ)太郎(たろう)冠者(かじや)の随想より                                                      荻生作

ここに駄酒常飲の徒あり。飢美酒党を自称す。この男、小一時間前まで公園で「豪の雫」というオーストラリア産米の純米酒を飲んでいた。DSで1合カップ入り120円のシロモノ。風味は値段に聞いてくれ、といつたところだが自分好みだから散歩酒にときおり飲んでいる。メーカーにオベンチャラを言わず身ゼニを切って飲む酒(オオゲサな!)だから、程ほど満足。「青葉繁れる、サクラ居ず…」なんて口ずさみつつ、惜春のベンチ酒にピッタリの感を抱いて戻ってきた。こんな程度の酒飲みだから、たまさか飲む機会に恵まれたときの吟醸美酒の味わいは格別だ。安酒つづきで欲求不満の舌は、絶品にピンと反応してくれる。

*傍点部は一人称「私」を置き換えた代称、傍線部は通常語の代称である。

 

名寄せ なよせ 

〈名寄〉は、人名をはじめ鳥命・魚名など、ほとんど名詞でつづる句や文章のこと。〈物事尽し〉を一段と物名化・固有名詞化した遊びである。連想により名寄せするので「命名遊び系」のカテゴリーには入らない。

名寄の短句として知られているものに、

 酒さめたら来い

があり、このなかに鮭・鮫・鱈・鯉の四種の魚名が入っていて、他に一字たりとも付け足しがない。長文の場合は、語呂や綾の点で多少の許容が認められている。

【例】

花の姿色名寄                                肺本臍丸

*傍線は遊女名である。原文では各遊女名の脇に抱え妓楼名まで入れた凝りよう。

花の香薫る台しら玉誰が袖ぬらす玉つさ三千歳迄も陸奥みさほはつきぬ錦木しから木しけき滝川岩こす浪はしつ浦の千船おりなすしつ機のその七ゝ綾亀鶴千歳を祝ふ住の江の水くきしけき染之介あふさきるさと都路のます恋種やたはれ男に常盤とちぎる松風袖浦しるき垣衣の姿は同じ村雨も… &『風流 廓仲美人集』

 

二者択一 にしゃたくいつ 

たがいに酷似した二つの物事を並べ、どちらを選ぶのか主観を明示する遊びを〈二者択一〉という。選んだものを付会して言外の面白味を出すには、同様の主題で複数の択一句を並べたてるとよい。短句で「○○より××」という形をとるのが普通である。

 旅情報サイト - NEVGIVホームページより 

【例】

酒機嫌二者択一                           荻生作

体によいのは「美食腹(グルメ)」より「酒機嫌」

寺で振舞え「法話」より「般若湯」

かしこまりて候「聞香」より「唎き酒」

おらが自慢は「自家用車」より「自家用酒」

粋酔ご機嫌「モーツアルト」より「江戸小唄」

ままよ酔う旅「新幹線」より「各停鈍行」

しゃぶりつきたい「グラス」より「呑み枡」

足は正直だ「国会」より「酒屋」

歳暮下されや「キャビア」より「酒盗」

飲むなら「美女の涙」より「美酒の雫」

打つなら「ポーカー」より「オイチョカブ」

買うなら「マカロニヒップ」より「柳腰」

ついでのオマケは「御帰朝」より「朝帰り」

愛しちゃったのよ「七福神」より「(さか)(おに)

語り継ごう「桃太郎」より「酒天童子」

友情にコクあり「御学友」より「酒仲間」

東京仙人必携「ケータイ」より「カップ酒」

千鳥のあんよ「高速道路」より「横丁露地」

真夏のお迎えに「ブッカキ氷」より「熱燗酒」

寿命でお迎えなら「好色天国(エロトピア)」より「淫酒地獄(インシユエルノ)

そんときゃ迷わず「戒名」より「仏前酒」

二者択一のメッセージ                        荻生作

わたし、今夜こそ娼婦になってやる。

ほかの男に抱かれてもいいのね!?

返事の期限は今夜午前〇時。

それまではあなたの女だわ。

YESなのか、NOなのか、はっきりさせて。

 

女房詞 にょうぼうことば 

〈女房詞〉は室町初期、宮中や仙洞御所で奉仕する女房らにより、衣食住に関し生み出された一種の隠語である。

当初、そのまま使うと支障のあるような一般語を対象に、女官仲間だけで通用する連想による言い換えとして考え出された。たとえば飯を「おだい」、浴衣を「ゆもじ」、便所を「はばかり」と称した。これが時代とともに範囲の広がりを見せ (宮言葉の品の良さが真似られるなど)、江戸時代になると将軍家の奥女中から(「女中詞」)はては市井のおかみさん連中へと波及していく。

 女房詞の発信イメージ 

 江戸後期になると、女房詞は普及の余り特権階級に属する官女らだけのものでなく、女性全般の慣用語として定着する。今もって使われている「おこわ」「しゃもじ」「かうかう(香の物)」などはその名残りだ。女房詞には言葉遊びまがいの由来をもつものが少なくないのも大きな特徴である。

【例】

女房詞の一部

▽ありのみ=梨。「なし」の音をきらい「有りの実」に。

▽うつぼ=(ねぎ)。江戸時代にできた言葉で、「空穂」と当て字する。

▽うのはな=おから。無愛想な原語を「卯の花」へと色気づけた。

▽おいど=尻。江戸時代初期の『日葡辞書』に見えるが、語源は定かでない。

 *女房詞には、改変した言葉の上にさらに「お」を接頭させた異名が目立つ(おあし、おいえさん、おいたみ、など)

▽かため=(かれい)。「片目」と、珍しくお上品振りをかなぐり捨てた命名である。         

▽かつかつ=(かつお)。他に「おかつ」「かか」など類称もある。

▽しきたえ=枕。書いて「敷妙」、枕の古い枕詞である。

▽たまのいけ=(すずり)。「玉の池」と書き、江戸時代の造語である。

▽つのきみ=張形。「(牛などの)(製の)」「君(男根の婉曲)」。江戸大奥言葉。

▽にもじ=にんにく。を残し「文字」を付けたものだが、こういう例が多い。

▽ばっか=(くず)(みず)。語源は未詳も、「ばっか召しませ」なんて言われたら、男はまごつく。

▽みじかひよ=半襦袢(はんじゆばん)。「おひよ」は江戸時代の襦袢の異名。

▽ややとと=雑魚(じやこ)。「やや」は赤ん坊、「とと」は魚、謎語の仕立。

《参考》

 恵命院僧宜守

内裏仙洞ニハ一切ノ食物ニ異名ヲ付テ被召異也。一向不存知者当座ニ迷惑スベキ者哉。飯ヲバ供御、酒ハ九献、餅ハカチン、味噌ヲハムシ、塩ハシロモノ、豆腐ハカベ、麦麪ハホソモノ、松茸ハマツ、鯉ハコモジ、鮒ハフモジ、○ハツモジ但ツグミヲ供御ニハ不備也、ツクツクシハツク、蕨ハワラ、葱ハウツボ、如此異名ヲ被付。近比ハ将軍家ニモ、女房達皆異名ヲ申スト云々 &海人(あま)(のも)(くず)

 

ピンキリ比べ

  物事のピンからキリまでを対比させ、落差の大きさを取り込む遊び。

 材料は身の回りにいくらでも転がっているはずだ。

【例】

カレーが2800vs250

軽井沢にあるリゾートホテル系

Sレストランではカレーライスが一皿2800円。

  味はピンはいえず、値段ほどのことはなし。

  「泥棒商売」に近い悪徳商法だ。

  片や、東京北区十条の下町食堂では280円。

  キリを超えた味で、昔なつかしの

  メリケン粉つなぎ玉ねぎたっぷり調理の

  ライスカレーなのがうれしい。

  こちらは明らかな人情商売だ。

*カレーは庶民外食の定番になっているほどポピュラーである。しかし2800円という価格には、メニューを見て一瞬目を疑ってしまった。こうなるともう庶民を敵に廻しているようなもので、「貧乏人は食わなくともよい」と言っているようなもの。こんな例は枚挙にいとまなかろう。一般的な庶民は、他店との比較という点で、物価には敏感だ。価格情報は足で調べ、納得のいく範囲内で公表すべき。テレビのグルメ番組などは裏取引だのタダ食いヤラセなどで手垢に汚れているから信用しないこと。取材時は質のいいものを提供し、客離れが進むと質を落とし、再度テレビ取材を依頼するという悪循環でもたせているのが実態である。

 

無駄合せ むだあわせ 

たとえば「豚に真珠」「馬の耳に念仏」といった俗諺のように、(つい)に合わせても何の取柄もない組合せ言葉を〈無駄合せ〉という。これは〈取合せ〉と相反する発想から出た譬えの表現法で、少なからず存在する。

また、相対する同士の性格や用法などが極端に隔たっているほど面白味が出る。

 馬の耳に念仏 

【例】

伝承のもの

▽釈迦に説法

▽河童に水練

▽犬に論語

▽牛に経文

▽坊主に花かんざし

按摩(あんま)の眼鏡

暖簾(のれん)に腕押し

雲泥くらべ

▽獅子王ノ威勢 江戸一福牡丹の葉振

▽清正加藤ノ蛇の目 助六河東の蛇の目

▽むかし咄舌切すゞめ のろけ咄よしわらすゞめ

▽餅子祝長命寺 薬女祝長命丸

▽一夜千両紀文大臣 昼夜一文青砥左衛門

▽いがぐり橋弁慶 きぬかつぎ月牛若

&『雲泥競』三井文庫所蔵

創作のもの                                   荻生作

(かみなり)に蛙

▽忌中の御年賀

▽代議士に坐禅

▽福笑に老眼鏡

▽医者に仁術(じんじゆつ)、坊主に道徳

▽尼さんに四十八手

無駄合せの断章                           荻生作  

昔、田舎にはいたる所に肥溜めがあった。その腐った人肥の悪臭を埋め合わせるかのように、周りには可憐な野の花が咲き乱れていた。

 

物事尽し ものごとづくし 

人名、国名や事物名など同類の呼称を列挙して、全体にまとまりある詞章を形成していく遊びを〈物事尽し〉という。連想に対して音韻の洒落などが絡み、絵になる情景を広げていく面白さがある。

物事尽しは民俗学用語で「類纂発想」といい、古くは言霊(ことだま)信仰から生じた言葉であるされている。なるほど物事尽しの原姿は古く、記紀の「神代・仁徳記」には

おしてるや 難波の崎よ 出でたちて 我が国見れば 淡島(あはしま) 自凝(おのごろ)島 檳榔(あぢまさ)の 島もみゆ (さけ)つ島見ゆ 

のように島尽しが見える。あるいは同じ神代において、簡単な説明を加えた神神の名の列挙も散見できる。これらの名を口誦することにより、呪術信仰と深く結び付いたものと思われる。

 物事尽しは、やがて和歌の〈(ものの)名歌(なうた)〉に見るように、文芸全般に及ぶ格好の素材としてもてはやされるようになった。

 さらに時代が下り、浄瑠璃や歌舞伎の世界にも入りこみ、詞章をより魅力的なものに仕立てるのに役立つ。なかでも近松門左衛門(16531724)作の浄瑠璃『心中天綱島』における「名残の橋づくし」は、物尽しの典型的作品として知られている。

【例】

古典狂歌より

    名うてのもの                       よみ人しらず

▽人は武士柱は檜(うを)は鯛(ぎぬ)は紅梅花はみ吉

&『私可多咄』巻二

    仲悪いもの                        よみ人しらず

▽犬と猿嫁と姑に石屋と医者隠居当住さては同役 &『三英随筆』

    相反するもの                                よみ人しらず

(たが)うたり天地昼夜下戸上五雪墨鈍智ひとの貧福 &『醒睡笑』巻六

東湖詠んだり「大嫌い歌」                        藤田東湖

▽大嫌ひ仏坊主に薩摩芋のらくら者に利口ぶる人 &松鶴楼(しようかくろう)筆談』

藤田(ふじた)東湖(とうこ)(180655)は幕末の水戸藩士。水戸学の才子。出典には次のようにある。 

藤田東湖像

   藤田東湖ある年の良夜に、烈公(徳川(なり)(あき))宴を好文亭に開き給ひ、東湖を召され汝一首の和歌を詠ぜよとありければ、東湖臣誠に歌よむことを能せず。大嫌ひなりと申し上げしかば、公其大嫌ひを、和歌となさば如何と仰せあり。東湖とりあへず「──」とよみければ、公大に笑ひたまひ、予も亦これは大嫌ひなりと宣ひけるとなり。

文政十二年正月、新藩主斉昭を戴いた水戸藩では、士民に文武を奨励する新政を布いた。水戸学の創始者藤田幽谷(ゆうこく)の息である東湖も藩閣に列し敏腕を振るうことになる。掲出は烈公に拝謁したおりの逸話である。東湖は漢詩もよくする豪傑肌で、学者にありがちな(おもね)りをみせない。殿様の前でもノーとはっきり言う男である。和歌嫌いを表明した東湖へ意地の悪い注文を出した藩侯に、胸のすくような(たわむ)れ歌を返し場を和らげている。

幕末庶民のやりきれない愁訴

御政事売切れ申候

*慶応二年六月、南町奉行所門外の落書。慶応二年正月、のちに天下を揺るがす薩長同盟成る。七月には十四代将軍家茂(いえもち)が夭折、十二月は孝明天皇の崩御(毒殺説も)で暮れる。まがまがしいことの多い年であった。庶民にとっても大変な一年で前年からの米価騰貴に加え、此年も凶作。悪徳商人は米価格を吊り上げ江戸を中心に各地で窮民が暴動を起こした。

 ある史料は、江戸時代を通じ一揆が最も多かった年、としている。掲出落書には明日の生活もおぼつかない庶民の、幕府はもう頼りにならないという苛だちが読み取れる。同年八月頃から江戸市中に流行った「ないない尽くし」も、せっぱ詰まった庶民生活を歌っている。

   ♪さてもない〳〵ないものは 油のねあげもほうづ

    がない 二百()になつてはとぼされない そで

    もつけずにやねられない まつくらやみではおか

    れない ありあけとぼしちやたまらない おそば

    も五十()じやくわれない…

幕末の暗い世相を描いた戯画。初物価高騰を高く昇凧になぞらえている

正月酒                                      荻生作

やれさ年越しはチョイ甘口ぬる燗の、おお晦日(つごもり)酒で除夜の鐘、寝酒杯一(ぱいいち)ひっかけまどろむもつかの間、熱ッつい茶碗酒ひっかけ初詣、御来光御機嫌斜めならずでグイと()る、ホーホケキョウの新玉(あらたま)は、嘉酒をば連れて明けました、まずは元朝恒例(ためし)の屠蘇、こちらはホンの儀礼の杯、口直しに年酒酌んで人心地、ナニ正月だ昼間(ひるまつ)(つら)(あけ)に染め、穏やかな御元日じゃて宵闇の酔い、はや節料理(おせち)も飽いたでスルメ酒、目出度さも(なか)ばなりけり賀酒一献、酔ってころがりゃ大黒天よ、寝酒枕もお姫は明日かいな、正月二日は冷や酒明けよ、餅なんざカラスに呉れてやれ、朝湯のあとにもう一杯、吹っかけ息だ門松様よ、ソレソレ匂いおこせよ酒の花、()ったり()たりの年礼酒に、酔ったり冷めたり歌ったり、賑やか酒で春を呼ぶ、三日も過ぎたか今年の春は、酒漬胃腸(ポンポコ)をチト可愛がり、朝酒夜酒で昼は抜き、オヤ殊勝なことよと炬燵でビール、たまには水ッ気もよいものだ、よいか四日は御用の始め、シャンシャンシャンで手締め酒、いつかの五日は新年会、名刺交わすも酒なくて何の浮世のお近づき、飲ン兵衛大酒競い飲む、六日ねむたや二日酔い、アア辛や酒の無い国ないかいな、今日こそ軽めの晩酌だけだぞ、フン聞いて秋田屋の化粧樽、その口かわかぬ昼さがり、天から舞った待ったの白いがチラホラ、もう落ち着かぬと友来たり、雪見風流で銚子もはずむ、あげくに枕並べてドロ寝入り、明けりゃ七草粥などいらぬ、まずはお迎え一杯()こう、七癖もてあます酒友と酌めば、ソリャソリャ松の飾りも今日お払いさ、さってなァ、やれんなァ、早く来い来い、お正月 &『酒文化総合辞典』108

 

物事尽し〔慣用句〕 ものごとづくし/かんようく 

【例】

めでた尽し

一富士二鷹三茄子

怖いもの尽し

地震、雷、火事、親父

悪口尽し(東京の下町、伝承)

バカバカ、オタンチン、トンチキ、フーテン、クルクルパー、左巻きの、ひょうたくれ、へげたれ、くそッたれ、利口馬鹿

 

物事尽し〔古典〕 ものごとづくし/こてん 

【例】

星は、すばる             

清少納言星は、すばる、(ひこ)星、ゆふづつ、よばひ星、すこしをかし、おだになからましかば、まいて、 &『枕草子』二五四段

友とするに               

吉田兼好友とするにわろき者、七あり、一には、高くやん事なき人、二には、若き人、三には、病なく身つよき人、四には、酒を好人、五には、たけく勇る(つはもの)、六には、虚言(そらごと)する人、七には、欲ふかき人 よき友三あり、一には、物くるゝ友、二には、医師(くすし)、三には、智恵ある友 &『徒然草』一一七段

名残の橋づくし         

近松門左衛門頃は十月十五夜の。月にも見えぬ身の上は。心の闇の知るしかや。今置く霜はあすきゆる。はかなき(たと)へのそれよりも。先へ消え行く。(ねや)の内。いとしかはいと締めて寝し移り香も。なんとながれの(しじみ)(がは)。西に見て朝夕渡る。この橋の(てん)神橋(じんばし)はその昔。菅丞相(くわんしようじよう)と申せし時。筑紫へ流され給ひしに。君を慕ひて大宰府(だざいふ)へ。たつた一飛び梅田橋。あと追ひ松(みどり)橋。別れを嘆き悲しみて。あとにこがるゝ桜橋(さくらばし)。今に話を聞き渡る。一首の歌の御威徳(おんいとく)。かゝる(たつと)きあら神の。氏子(うぢこ)と生れし身を持ちて。そなたも殺し我も死ぬ。(中略)あれ見や。難波(なには)小橋(こばし)から舟入(ふないり)(ばし)の浜伝ひ。これまで来れば。来るほどは。冥途の道が近づくと。嘆けば女も(すが)り寄り。もうこの道が冥土かと。見交わす顔も見えぬほど。落つる涙に堀川の。橋も水にや浸るらん。

&『心中天の綱島』下

 LD ATG映画 『心中天綱島』 岩下志麻主演

源内先生のマラ談義                          平賀源内

天に日月あれば人に両眼あり。地に松蕈(まつたけ)あれば股に彼物(かのもの)あり。其父を()といひ、母を於奈良といふ。鳴るは陽にして臭きは陰なり。陰陽相激し無中に有を生じて此物を産む。因つて(あざな)屁子(へのこ)といふ。(いとけなき)を指示といひ、又珍宝(ちんぽう)と呼ぶ。形備はりて其名を魔羅と呼び、号を天礼菟久(てれつく)と称し、また作蔵と異名す。万葉集に(つぬ)布具礼(ふくれ)と読めるも、疑ふらくは此物ならん()。漢にては(せい)といひ、また(きゆう)(尸に求)といひ、(ちよう)(尸に吊)といひ陰茎といひ玉茎といひ、(にく)()と呼び、中霊(ちうれい)(なづ)け、俗話にては鶏巴(きいは)といひ、紅毛(おらんだ)にては呂留(りよる)といふ。男たる人ごとに此物のあらざるはなし。(書き出し) &痿陰隠逸伝(なえまらいんいつでん)

*平賀源内(17281779)は江戸中期の博物学者・戯作者。単なるエロ談義ではない。オチンチン一つ取上げても源内の博覧強記がうかがえる。毎日何度か手を触れるものに、これほど異名チン称の類があるとは知らなかった。源内は物理学・化学・薬学・鉱物学など科学分野をはじめ、陶芸から文芸全般に至るまでを究めた天才であった。「日本のダ・ヴィンチ」という冠称もうなずける。彼は談義本でも異色の作品群を残し、『根南志具佐(ねなしぐさ)』『風流志道軒伝』などがよく知られている。この『痿陰隠逸伝』は、『放屁論』や『里のをだ巻評』などと並んで、彼の没後に『風来六部集』にまとめて板行されている。また没後一〇年ほどして、竹窓檪斎(ちくそうれきさい)老人なる者が『平賀鳩渓実記』という源内についての創作伝記を出している。亡き源内が竹窓 の夢枕に立ち、世の才子の戒めにしてほしいと頼むので執筆した、といっている。モデル小説も少なからず書かれている、わが国を代表する文化人であった。

 

物事尽し〔近代・現代作品〕 ものごとづくし/きんだい・げんだいさくひん 

 現代このような駄文遊戯は、余裕のなくなった世相を反映してか、廃れはじめている。

【例】

一の字尽し                                 一恵斎芳幾

「おもしれへ〳〵一本足のたち廻り弥次(やじ)さん何か一尽しのはやし方はねへかの 弥次「あるとも〳〵一は万事のはじめにて(そもそも)王政御一新一合取ても(さむらい)の一合呑でも生酔(なまえひ)の一言半句が癪のたね一天四海が妙法(めうほう)皆帰(かいき)一六(いちろく)休暇(どんたく)一汁一菜一生懸命一世一代一十百千越中ふんどし越前でれつく一時千金一点(きず)なし一升袋は元より一升一杯機げんに意地張づくなり一徹短気に一人(いちにん)当千一本もないのか土器(かはらけ)もんだよ一仏一体一切衆生が一蓮託生(いつ)かなきかねへ一々閉口一決起まりて一同納得一文をしんで一百損する一類狐で(あねへ)がこん〱一応談判一念(じや)になる一落(いちらく)かたりて一ぷくふかして一拳藤八一向むちやくちや &西洋道中膝栗毛(せいようどうちゆうひざくりげ)』十二編

「ねへ」尽し

いいことだねへ 名医の集会/ろんじるねへ 明六社先生/はじまつたねへ 兎の売買/にくらしいねへ おゝへいの役人/ほんとかねへ 琉球の支那貢/へいきだねへ 娘で食ってる親達/とめたいねへ 芝居のぬれ事/ちからになるねへ 千里軒の馬車別当 &『平絵新聞』明治八年四月六日

節約デー「どうする」尽し

財界が不景気になつてから節約の励行を図る節約デーといふものがある処が或るヒネクレ者が政府の掲げた節約宣伝の七箇条に対して斯う反問した。

 ㈠酒煙草は飲みたくも飲めぬ者はどうする。

 ㈡宴会どころか茶話会一つできぬ者はどうする。

 ㈢物見遊山など思ひもよらぬものはどうする。

 ㈣寸時の余暇もなく追ひ使はれて居るものはどうする。

 ㈤食稟は固より食にさへ窮し、礼節などの騒ぎではないものはどうする。

 ㈥自分のことを自分でして居るものはどうする。

 ㈦貯金や保険に加入する力のないものはどうする。

&『解放』大正十二年三月号「新語通解」より

 

ものは付 ものはづけ 

〈物付〉とも。言葉遊びでいう〈ものは付〉は、江戸時代に流行の「考え物」に準じた雑俳遊戯である。点者の「……のものは」という課題に対し、吟者が答句を付ける。設問が抽象的であるのに対し答えは具体的なものが条件付けられ、その上奇想天外なものほど秀逸とされた。これまた謎なぞなどと同様に、秀句と喩詞とを軸にした遊びであった。

それかいつしか見立に擬した遊戯詞を生むようになり、雑俳分野だけの遊びでなくなっていく。

【例】

落書集「物揃」

▽上の御数寄な物 お鷹野と下の難儀

▽無理で人をこまらせる物 生酔と水野和泉

▽手の見えた物 冬御切米と松平右京太夫

▽何の沙汰のない物 名君家訓と戸田肥後守

▽不断いそがしい物 山師と御勘定奉行吟味

▽まだ出ぬ物 追はぎと夏御張紙

▽よく成つた物 土蔵造りと丹羽正伯

&『享保世話』

いらないもの

▽へたの長口上

▽碁を打つときの助言

▽きょ年のこよみ

▽火事のけんぶつ

▽男の乳

&『不要競』国会図書館蔵

世に反対なること                                   鈴木昆石

▽金持は金の(たま)るほど金を費やさず。

▽紙屑えりは無筆のほうが給金高し。読める者は撰りながら読ミて仕事はかどらぬ故なり。

▽煙草は豊作の年価あがり、不作の年価下る。

&『昆石雑録』なんじやもんじや

みにくいもの

▽みせたくない奥女中張方

▽内ミの娘ニ手を附る親父

▽こそこそ坊さんの色事

▽髪を生やそう比丘尼の懐妊

▽いやだいやだ女のふがふが

&『みにくいもの 世界穴さがし』国会図書館蔵

古典狂歌のものは付                       桃ひゝな丸

▽沢山について嬉しきものふたつたもとの手毬袖の梅がゝ 

&『狂歌東来集』                                         よみ人しらず

▽屈むもの魚の釣針三日の月蝦の背骨に膝の節々(伝承歌)

落首のものは付

▽春すぎて夏まで取らぬ御借米質を取てふあたまかく山

▽諸共にあはれと思へ質屋どの御身より外に知る人もなし

▽千はやぶる神代も聞ず春かしの夏まで取らで只勤めとは

▽はた本に今ぞ淋しさ増りけり御金もとらで暮すと思へば

▽かくとだによもや長引指札のさしも日限は定ありしを

&『享保世話』

*右掲いずれも御切米の欠配や遅れに困窮する武士の手になる落首である。

 不平不満を満載 〔雑誌『不平』紙広告、大正七年八月創刊号〕不平不満を主題に扱った雑誌というだけでも異色なのに、広告そのものが爆弾になっている。あらゆる見出しに個性的な暴言が踊り狂い、かつ、今でいう差別用語・不快用語が襤褸のように垂れ下がっている。不平の鬼獄を感じさせる。

平成狂歌のものは付

      一億同感                           荻生作

銀行の低利に見たりタダ同然あくどさ増して高利貸なみ

*落首の例にも見るように、内容がものは付けになっていれば、必ずしも「……のものは」の歌体になってなくても許容の範囲である。この例では「あくどいものは」の問いかけに銀行の低利と高利貸の高利をもって答えている。

果敢(はかな)い物は(明治時代の俗謡)

♪凡そ世間に果敢いものは、燧火のきり火水のあわ、宵にチラリの三日月サンに、空に一ト声血吐鳥(ほととぎす)、アレと云ふ間の(いな)光り、顔見た許りで床の番、垣の朝顔蜉蝣(かげろふ)の命、走る光陰矢の如し、逢ふて嬉しく結ぶ夢、富士の白雪今朝の霜、風が吹き消す灯火に、島田は直き解く繻子の帯 &『日本近代歌謡史』下

当世ものは付                                 荻生作

▽太くて細いものは  親父のスネ

▽近くて遠いものは  隣の飲み屋

▽笑えて泣けるものは 億万長者になった夢

 

ものはなし 

〈ものはなし〉は、ふつう「……ほど……ものはなし」の書き出し慣用形式をとる随筆などの文章で、内容から〈定義付〉の一種とみなせる。修辞上は「比喩」に分類される。

この類では清少納言『枕草子』が有名である。「春はあけぼの」などは、ものはなしの形をとった典型的な随想である。江戸時代の洒落本にも、ものはなしの体裁をかりたものがいくつか見られる。なかでも『水月物はなし』は、妓楼の人物像を描いた絶妙の異色作である。この粋談義の作者は「靷候」とあるが伝は未詳。同書全三巻うち五項から、それぞれ書き出し部分を引いてみた。

【例】

水月物はなし

▽無馴染

 馴染(なじみ)なきほど。おかしきものはなし。先宿(まづやど)を出るからが。さきに(たれ)といふあてもなければ。物事そわ〳〵して。宿の首尾(しゆび)此事あの事。誰に頼んで出やと思ふことも。…(上巻)

▽上粋

上粋の女郎かふほど。しつとりとした物はなし。第一むつくりと。をのれが儘にて。何かわしれず女良に無性(むしやう)におもしろがられ。あそこへ()ても(ここ)へいても。可愛がられ行先も〳〵。…(上巻)

▽中粋

中粋の人の女郎買ふほどはつた物はなし。

(まづ)をれは女郎の身のうへ。客のたて引。何もかものみこみ。大粋の通り者じやと心に(をと)(つけ)て。万の客を目の下に見おろし。…(上巻)

▽下粋論

下粋の人の女郎買ふほど。悪じやれなものはなし。人は廓の事はな何ンも知ぬものと覚。人のするほどの事。野暮(やぼ)なことをするとさげしみ。茶屋女郎ともに。をれがやふに穴を知ては。…(中巻)

▽女郎

女郎の身のうへほど。じゅつなき物はなし。世の中に色〳〵奉公もあるに。(かは)つた奉公をして。世を過す事ぞかし。七ツ八ツになる子を奉公に出せば。てん〴〵の器量次第にて。…(中巻)

 

由来付 ゆらいづけ  

物事の由来をこじつけにより解説する遊びを〈由来付〉という。説明の内容がもっともらしいものほど笑いも濃くなる。

由来付といえば、元和元(1623)年に安楽庵策伝が編んだ『醒睡笑』巻一所収の何話かが不動の古典になっている。その第一章の題名からして「()へば謂はるゝ物の由来」であり、ホラ話もここまで徹底すれば芸術、の印象すら受ける。

由来付や滑稽起源節は、江戸時代の講釈師や噺家の好む分野であった。現代では警句やジョークの類に由来付が見られ、知的な言葉遊びとして人気をたもっている。

【例】

地名の由来

庭音(にはとの)(むら)(本の名は(にわ)()なり)大神の御粮(みかれひ)()れて(かび)生えき、即ち、酒を(かも)さしめて、(にわ)()(たてまつ)りて、(うたげ)しき、(かれ)、庭酒の村と()ひき、今の人は庭音村と云ふ(原文は漢文で逸文) &播磨(はりまの)(くに)風土記(ふどき)宍禾(しさはの)(こほり)

「七生報国」の由来                        伝 小島法師作

七生(しちしよう)マデ只同ジ人間ニ生レテ、朝敵ヲ(ほろぼ)サバヤトコソ存候(ぞんじそうら)ヘ。&『太平記』巻二

(くすのき)正季(まさすえ)(?~一三三六)は吉野朝時代の勤皇の武将。正成(まさしげ)の弟で、湊川の戦で兄と交刺自刃。兄正成が「(そもそも)最期ノ一念ニ依リテ、善悪ノ(しよう)ヲ引クト云ヘリ。九界(きうかい)ノ間ニ何カ御辺(ごへん)(ねがひ)ナル」と問うたのに対し、正季カラカラと打ち笑い答えた、とある。まさに死際の執念をこめた一語だ。正成・正季兄弟は、足利尊氏の幕府軍と戦い、湊川に敗死した。後醍醐天皇を護持したことから忠君烈士とあがめられる。なかんずく正季の臨終言は、後世にいたり「七生報国」という四字成語を生んで、軍国日本を鼓舞するスローガンになった。あるいはまた、この兄弟はじめ正成の子の正行(まさつら)・正時は、忠臣の(かがみ)として戦時下の国民学校教科書にも登場している。出典の『太平記』はどうも楠側に肩入れしすぎで、高氏(尊氏)を頭から朝敵と決めつけている。公正とはいいがたい。悪逆非道をなした高師直(こうのもろなお)(尊氏の執事)ならいざ知らず、尊氏はなかなかの人格者で、史料においても好意的記述のものが少なくない。歴史発掘によって、ゆがめられた人物像を正すのも、後世人のつとめである。

鬼切丸と渡辺党の破風

綱コノ手ヲ取リテ頼光ニ(たてまつ)ル、コレヲ朱ノ(から)(ひつ)ニ収メテ置カレケル間、占夢(せんむ)博士(はかせ)(職業呪術者)ニ問ヒ玉ヒケレバ、七日ガ間ノ重キ御(つつし)ミトゾ占ヒ申シケル、コレニヨツテ、頼光(よりみつ)堅ク門ヲ閉ヂテ、七重ニ木々()綿()ヲ引キ、四方ノ門ニ十二人()(ばん)(しゆう)ヲスヱテ、夜ゴトニ殿居蟇目(とのゐひきめ)(破邪の呪術に用いる矢)ヲゾ射サセケル、物忌(ものいみ)七日ニ満ジケル夜、河内国高安(たかやす)ヨリ、頼光ノ母儀(ぼぎ)トテ門ヲゾ(たた)カセケル、物忌ノ最中ナレドモ、老母ノ対面ノタメトテ遥カニ来タリ玉ヘバトテ、力ナク門ヲ開キ、内ヘ誘ヒ入レ奉ツテ、珍物(ちんぶつ)調(ととの)ヘ、酒ヲ勧メ、様々ノ物語ドモニ及ビケル時、頼光イタク飲ミ酔ヒテ、コノ事ヲゾ語リ()ダサレケル、老母持チタル(さかづき)ヲ前ニ()キテ、「アナ(おそ)ロシヤ、我ガ(あたり)ノ人モコノ反化(へんげ)ノ物ニ多ク捕ハレテ、子ハ親ニ先立チ、()ハ夫ニ別レタル者多ク候ゾヤ、サテモ如何ナル物ニテ候ゾ、アハレ、ソノ手ヲ見バヤ」ト所望セラレケレバ、頼光、「安キ事ニテ候フ」トテ、唐櫃ノ中ヨリ(くだん)ノ手ヲ取リ出シテ、老母ノ前ニゾ置キタリケル、母コレヲ取リテ(しばら)ク見ル由シケルガ、我ガ右ノ手ノ(ひぢ)ヨリ切リタルヲ指シ出ダシテ、「コレハ我ガ手ニテ候フ」トテ、切株(きりくひ)ニ差シ合ハセテ、(たちま)チニ(たけ)二丈バカリナル牛鬼(うしおに)ニ成リテ、酌ニ立チタル綱ヲ左ノテニ(ひつさ)ゲテ、天井ノ煙出(けふりだし)ヨリ上ガリケルヲ頼光件ノ太刀ヲ抜キテ、牛鬼ノ(くび)ヲ懸ケズ切ツテ落ス、ソノ頸頼光ニ飛ビ懸リケルガ、太刀ヲ逆手(さかて)ニ取リ直シテ合ハセラレケレバ、コノ頸太刀ノ(きつさき)(つらぬ)イテ、ツヒニ地ニ落チテ、忽チニ目ヲゾ(ふさぎ)ギケル、ソノ(むくろ)ハナホ且クハ綱ヲ捨テズ、破風(はふ)ヨリ飛ビ出テ、遥カノ天ニ登リケリ、今ニ至ルマデ、渡辺党ノ家造リニ破風ヲセザルハコノ故ナリ、コノ太刀多田(ただの)満仲(まんぢゆう)(頼光の父)ノ手ニ渡リテ、信濃国戸隠山(とがくしやま)ニテマタ鬼ヲ切リタル事アリ、サテソノ名ヲ鬼切ト云ヒケルナリ &『太平記』巻三十二

そらごとの語源

そら言をいふ者を、など、うそつきとは言ひならはせし、さればにや、うそといふ鳥、木のそらにとまりゐて琴をひく(えん)によせ、そらごとをうそつきといふよし &『醒睡笑』巻一

童は風の子

「わらんべは風の子」と、知る知らず世にいふは何事ぞ、ふうふの間のなればなり 

&『醒睡笑』巻一

田楽(でんがく)のいわれ

豆腐をくしにさしてあぶるを、など田楽とはいふ、されば田楽のすがた、下には白袴(しらばかま)を着、その上に色ある物をうちかけ、(さぎ)(あし)にのり踊るすがた、豆腐の白に味噌(みそ)を塗りたてるは、かの舞ふ(てい)に似たるゆゑ、田楽といふにや &『醒睡笑』巻一

爪楊枝(つまようじ)の由来                                      荻生作

江戸時代は天明の大飢饉(二~三年、1782・三)の頃、「武士は食わねど高楊枝」の見栄が巷間に流行った。ならばと、ここに黒文字屋忠兵衛という楊枝屋、「町人は(かか)ァに(つね)られても高楊枝、チュウ〳〵せせら笑はれませ」の洒落を楊枝袋に刷って売り出したところ、大当たりして売れに売れた。いらい、(せせり)楊枝(ようじ)のことを「爪楊枝」、又の名を「黒文字」というようになった。

 

寄せ言葉 よせことば 

同好会などで世話役が課題を決め、メンバー各自がその主題にそって詞章を考え披露する。もちろん他愛がなく突飛な内容ほど評点が高まる。

【例】

課題「横丁の稲荷」                          荻生作

Aさん 犬のくそと大の仲良し

*東京に目立って多いものの俚諺「お稲荷さんに犬のくそ」を踏まえて。

Bさん 毎日お参りするくせに「コン、コン、来ん」と手を合わせ

Cさん 豆腐屋さんは、寄っといで

 マンション業者は、あっちへ行け

 寄せ言葉の遊びも出る句会風景