口唱を楽しむ遊びだが盛りは過ぎた。新規創作の妙味も今一つで、今後は?

13 早口系 はやくちけい

 

正確に発音しにくい言葉や類似発音を重ねるなどして、一段と言いにくいように作り、その文句をいかに早く誤りなくしゃべれるか競う遊びを〈早口〉という。

早口は同義語の〈早口そそり〉〈操り言葉〉〈(はや)(ごと)〉〈長言(ながごと)〉あるいは〈早口文句〉などをも総括した総称で、古語の〈舌捩り〉ともあわせ、必要に応じ使い分けられてきた。しかし近代以降の作品は、たいてい「早口」で代表させている。

早口は、口先がもつれるような〈語呂〉の悪い文句をかなりの速さでよどみなく言い切る、あるいは繰り返すことにねらいが置かれている。そのためだろう、早口を三回一気に言ってのけるとしゃっくりが止まるという言い伝えがあるほどで、こうした俗信的背景もなるほどと思わせるものがある。

早口は中世の〈早物語〉あるいは〈早歌〉に成り立ちの端を発している。往時、乞食(こつじき)僧らが普及させた早物語に連歌師等が目をつけ、言語操作の仕事人の立場から、より精緻で内容の濃い舌捩りを創作した。さらに江戸中期には、浄瑠璃や戯作にも早口が用いられるようになった。たとえば芝全交の黄表紙『(はなの)(した)長物語(ながものがたり)』では、いたるところに早口文句が使われ、それが読者に受けたことを(あか)している。

早口というと、必ずといってよいほど引き合いに出されるのが、二世・市川団十郎の『若緑勢(わかみどりいきおい)曾我(そが)』における外郎(ういろう)売の口上である。これは別掲のようにかなりの長口舌、早口文句の範典になっていて、往時の名優の舌捌きに舌を巻くことになる。

 手始めに出来合いの早口言葉を自分なりに加工してみるのも練習の一つの手です。〔ブログ「男子大学生(モ)の日記」より 

 

13 早口系の目録(五十音順

ういろう売     

口遊

繰り言

こんきょう寺

舌捩り

畳句

畳語歌

畳語狂歌

畳語文句

早歌

駄語並べ

道歌七度返し

鳴声歌

早口〔句章〕

早口〔俗謡〕

早口〔詰め歌〕

早口〔童唄〕

早物語

「鼻下長物語」の舌捩り

「法性寺入道」の舌捩り

リフレイン

りん付

ん廻し

 

 

ういろう売 ういろううり 

二世・市川団十郎(16881758)が霊薬「透頂香(トウチンカウ)」、通称「ういろう」の宣伝を兼ね、歌舞伎の台詞(せりふ)として創作した有名な早口口上がある。まず経緯(いきさつ)をざっと述べておこう。

 ういらうのせりふ〔市川団十郎口演、森田屋金蔵板、『鸚鵡石』享保三年〕

室町初期の長崎に、中国から渡来した陳延祐という帰化人が住み着き、陳外郎(ウイロウ)と通称されていた。外郎の子息に宗奇という者がおり、明へ渡って本草(ほんぞう)を学び、帰国後は長崎で霊宝丹の名で芳香性のある万病効能薬を売り出す。

やがてその薬効を(きこ)し召した時の(みかど)、後小松天皇から「(トン)(チン)(カウ)」の名を賜り、これを商標とする。透頂香は創始者の名から一般には外郎薬、略して「ういろう」と呼ばれ親しまれるようになった。なにしろよく効いたようである。健胃・(せき)止めに卓効が認められ、効能が口から口へと伝わった。江戸期、五代目は店を小田原に移す。

 痰の妙薬「ういらう」を売る小田原の虎屋〔秋里間籬島編『東海道名所図会』〕

さて、二世・団十郎は(たん)(せき)の持病で悩んでいたが、噂のういろうを試してみたところ、苦患(くげん)がたちまち治った。彼は深く感じ入り、わざわざ小田原まで足労、ういろう屋へ礼の挨拶に出向いたという。そのさい、円斎の号を名乗る当主と四方山話がはずみ、折り入って〈ういろう売〉の口上を創作し舞台で披露したい、と申し入れた。しかし円斎は、宣伝までして売るのは当家風にそぐわないとして、いったんは断った。が団十郎は意を尽して説き伏せ、なんとか了解を得た。

享保三(1718)年春、江戸は森田座で『若緑勢(わかみどりいきおい)曾我(そが)』が初演、主役の団十郎は外郎売に扮し、後世名をとどむることになった早口での名台詞を披露に及んだのである。いらいこの演目は、ずばり「ういろう売」の外題をもつ歌舞伎十八番入りとなり、かつ「団十の早口」が評判を高めて、いくつもの亜流や物真似を生むに至っている。現代においても早口を主題にした書き物では、必ずといっていいほど、団十外郎売に言及している。

さて、「外郎売り」独白部分は一七〇〇字に及び全体を紹介するにはやや長い。そのうちから早口言葉のヤマ場を抄出してみよう。

(さて)(この)(くすり)第一の奇妙(きめう)には、舌の廻ることが銭ごまが跣足(はだし)で逃げる。ひよつと舌が廻り出すと矢も楯もたまらぬぢや。そりや〳〵〳〵そりや〳〵廻つてきたは、廻つて来るは、あわや(のど)、さたらな舌にかげさしおん、たまの二ツは(くちびる)軽重(けいぢう)かいごふ(さはやか)に、あかさたなはまやらわ、をこそとのほもよろお、一ツべぎべぎにぎほし、はじかみ(ぼん)まめ盆米ぼんごぼう、(つみ)(たて)つみ豆つみ山椒(さんしよ)書写山(しよしやざん)(しや)僧正(そうじやう)こゞめなま(がみ)小米(こごめ)のこま噛みこん小米のこなまがみ、繻子(しゆす)緋繻子ひじゆす繻子(しゆ)(ちん)、親も嘉兵(かへ)()子も嘉兵衛、親嘉兵衛子嘉兵衛子嘉兵衛親嘉兵衛、… &『歌舞伎年代記』市川家十八番の内

 これだけの長広舌(ちようこうぜつ)、しかも早言葉をトチらずにしゃべりきるのは、いかに職業とはいえ並みの技ではない。長いせりふを覚えるだけで一苦労する。もう一つの評価は、早口の語句(パラグラ)()がそれぞれ独立した口上の集成になっていること。「此薬第一の奇妙には…」から始まり「ホヽ敬って、ういらう(いら)つしやりませぬか」に至るまで、相当数の早口章句が挿入してある。なかでも「繻子緋繻子ひじゆす繻子繻珍」や、掲出外だが「たァぷぽヽ、ちりから〳〵つッたッぽ、たぽ〳〵干だこ」は、付け焼刃の練習程度では舌足らずになろう。

 《参考》

「ういろう売」の逆語り  松浦(まつら)静山

世に名高き元祖市川団十郎〔柏筵〕、始て小田原の外郎売(ういらううり)と云狂言をなし、その薬の効能を種々のはや言に云ふて、聞く者その弁舌を驚嘆して、一時を動したることあり、それにより京に上り、此狂言をせよと勧る人ありて、京都に(いた)り、彼戯場(しばゐ)に出て外郎売せんとす、此行は柏筵初てのこと故、まづ京人え会釈を言んとて、戯台へ坐し、かの薬売の狂言を始て御目にかけ申すべしなど言内、見物の中より一人進み出て、外郎の効能はかくなりと、柏筵が嘗て説し如く、一字一句も違わずに、雄弁を振ひ残らず言述たりしにぞ、見物の諸人皆々あきれて居るとき、柏筵あつと平伏し、恐入たる御ことなり、さすが京都の御方、感心奉れり、もはや仕り候わざ無之候、去ながら(はる)々と上り来候迄の御慰に、かくぞ申上んとて、かの早口を一字毎に逆語にして、言述ける手際の敏捷なるには、見物一同驚き入たり、初め恥辱を与んとして言たる者も閉口して、中々その逆語は思ひよらぬこと故、すごすごとして退き、却て柏筵の名益々高く京師に響きたりと云 &『甲子夜話』巻五

 

口遊 くちすさび 

昔、思いつくままにふざけた文句を口にすることを〈口遊〉といった。いわば言葉遊びの口唱版である。これは平安時代から近代に至るまで通用した汎用語で、今なお使われることがある。

用例を挙げると、『源氏物語』明石の巻には「言ふこともなき口遊びをうらみ給ひて」とある。また『宇津保物語』春日笠の条に「人にものいはで、ただ仏の御ことをのみ、ねごとにも、くちあそびにもしつつおこなふ」と、こちらはクチアソビを用いている。

口遊は元来、盲目の遊芸者などによる口唱文句の形で民間に広まった。七五調の韻を踏んだ文句が多く、門付や大道で節無しの文句を唱える。口唱者が慣れてしだいに職業化するに従い、わざと発声しにくい文句にして、それを早口でしゃべるようになった。その能弁ぶりが売り物芸として独立、やがて〈早物語〉という特殊分野になり、さらに言語遊戯化を濃くしながら〈早口言葉〉へと展開を見せていく。

口遊の対象はいちおう散文である。詩歌の詞章を思いつくまま早口で吟ずるものは、別に〈早歌〉などと称し、口遊と区別して扱うことになっている。

【例】

伝承のもの

▽いちにほつつきうりか升

▽いちろん云ぞ和田の義盛

▽ぐいちかす酒髭につく

▽きほひに二つのおくれ石 おくれに三つのつもり石

▽さゝ波か志賀の都

▽さつと散れの山桜

▽しらめせ坊主の菓子

▽三六さつて(さる)(まなこ)

▽にくひ坊主布施好み

五四(ぐし)〳〵と鳴くは深山(みやま)のほととぎす

▽ぐにぐま太郎てゝは藤四郎

▽六尺踊れ沖のこのしろ

&『ことばの民俗学』

古典的口遊

▽てんわうじのとう〳〵ねんぶつ十ヲもうしたらほとけになるといな、京の三十三間堂のほとけのかずは、三万三千三百三十三たいあるといな &『弦曲粋弁当』巻二

古典歌詞より

♪隣のお婆さんが(かん)三十日寒念仏を申しませうとまうしましたが、申したことやら申さぬことやら、申したら申したと申しませうが、申さむからにや申したと申しませぬ &『小歌志彙集』

近代の伝承俚諺

▽歌うたえったって歌うたいの子なら歌うたうけんど 歌うたいの子じゃなしうたわん(信州)

▽住吉の橋の反りやうは大工からか木からか、木を削り(かんな)をかけたら大工わざではあるまい(兵庫)

▽天王寺の舞々堂から舞を舞へとの毎度(まいど)の使い、前度(まえど)のやうに舞が舞へるなら参つて舞ひも舞ひますけれど、前度のように舞が舞へませぬゆえ参つて舞は舞ひませぬ(大阪)

 

繰り言 くりごと

 一文中に同語を繰り返して用いる、つまり「AはA」「B、B、B」といった形をとる反復技法を〈繰り言〉あるいは〈同語重ね〉といっている。二語以上なら何語使おうと制限はないが、その回数は内容次第であること、言うまでもない。

【例】

恥じらいの独白                                             荻生作

あら、恥ずかしい。

見られて恥ずかしい姥桜です。

お花見あとに咲く姥桜です。

散るのを忘れた姥桜です。

お色気少し残した、姥桜です。

おや、恥ずかし、あら、恥ずかしい。 

 枝にしがみつくも、花は花 

 

こんきょう寺 こんきょうじ 

寛延三(1750)年刊、松川勾当・安永勾当が共著の琴歌集『琴線和歌の糸』巻三に〈こんきやう寺〉と題する詞が載っている。漢字で〈言興寺〉と書き、早口仕立である。団十郎の〈ういらう売〉とともに早口の引き合いによく出されるが、作者や成立は定かでない。

「ういらう売」は評判作であるが欠点もある。それはストーリー性のない売言葉が続き、既成の早口の寄せ集めという点である。

 これに対し「こんきやう寺」のほうは、節付けで歌う詞のため律動感があり、全体に筋のある物語に構成され、しかも早口言葉に独創的な工夫がみられる。

双方に対照の妙があり、鑑賞の興を引く。

こんきやう寺(全詞)

さるほどに、こんきやう寺のこんきやう門きやう法印が座の真中(まんなか)につゝと出て、こんきやう寺のこんきやう門きやう法印が、法力をあらまし御目に掛け奉る、御宝前にやがて壇をぞ飾りける、百八の灯明(とうみやう)の油には、(しろ)胡麻(ごま)からやら、黒胡麻からやら、()胡麻(ごま)からやら、犬胡麻からやら、胡麻から胡麻からひ胡麻から、真胡麻からの油を立てられたり、さて(にふ)(もく)には珍しや、一反(いつぺん)へぎ長へぎ(ぼし)生姜(はじかみ)木天蓼(またたび)つみ(たで)(つぶ)山椒(さんしやう)撫子(なでしこ)()石竹(せきちく)、きく切りきく切り三きく切り、是を併せて六きく切り、切つて掛けたる幣帛は、大奉書(おおぼうしよ)中奉書(ちうぼうしよ)小奉書(こぼうしよ)、さて又本尊にかけられしは、のら如来のら如来三如来六如来、これを併せて十二のら如来、又それを併せて二十四のら如来の真言(しんごん)に、向ひの長押(なげし)長長刀(ながなぎなた)は、誰が長長押の長長刀ぞ、兵部(ひやうぶ)が前を刑部(ぎやうぶ)が通る、表部が屏風(びやうぶ)を刑部が持たずば、坊主に買はせてしやうぶが坊主の屏風にしよ、向ひの山のつる〳〵〳〵〳〵(くび)は、白鶴頸か(あい)鶴頸か、(まつ)(くろ)黒々鶴頸をひつ立て振立て祈れども、少しも(しるし)はなかりけり、僧は大きに赤面(せきめん)して、重ねて奇特(きとく)を見せんとて、袈裟(けさ)も衣もおっとりと置いてな、殿様長袴(ながはかま)、若殿様の()長袴、武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)〳〵三武具馬具、これを併せて六武具馬具、お(しき)(ばし)百八十(ぜん)天目(てんもく)百盃茶百盃、棒八百本(たて)並べ、責めかけ飲みかけ祈れども、されども験はなかりけり、僧は大きに怒りをなし、げに我とても上方(かみがた)僧、書写山(しよしやさん)社僧の(そう)名代(みやうだい)、今日の奏者(そうしや)は書写ぢやぞ〳〵、しよざいも世帯者も(これ)までかと、(しやく)(ぢやう)がら〳〵ざく〳〵と、振りかけ〳〵祈れども、ちっともそつとも(げん)もなし、いで法華(ほつけ)経にて祈らんと、妙法蓮華経陀羅尼(だらに)品第二十六祈りける、げに御経(おんきやう)功力(くりき)にや、大願(たいぐわん)成就(じやうじゆ)有難しと、僧は(くぐ)(にく)い潜り窓潜って、裏の古胡桃(ふるくるみ)の木の古切口(ふるきりくち)古枝(ふるえだ)の、引抜(ひきぬ)き難いを引抜いて、新茶(しんちや)立てう茶立てうあを茶立てう茶立てう、()(ちや)立てう茶たてうと、はつおのしよらちはらりるれろ 

&『日本歌謡集成』巻七

*「言興寺」はどこに所在するのかネット検索したが、正しい答は見つからない。

 

舌捩り したもじり 

発音しにくい語句をつづって文句や文章とし、これを一気()(せい)にしゃべりきる遊びを〈舌捩り〉という。中世末期から近世初期にかけ連歌師や雑俳作者等が開発した口承芸で、江戸中期に成熟する〈早口言葉〉の母体をなしている。

舌捩りと早口とでは、厳密にいって、次の三点で異なる。

  呼称の発生時期は舌捩りのほうが古い。

  舌捩りは発音しにくい語の連続を主眼としている。早口のほうは、いわゆる「立て板に水」のしゃべりまくりに重点を置く。

  舌捩りの語が消滅した近代以降は、早口が双方を兼ねた用語として定着している。

以上からさらに、次の二点が結論づけられる。

㈠江戸初期以前の舌捩りの詞を「早口」と

 称するのは正確でない。

㈡近代以降のこの種作品は、総じて「早口」というべきである。すでに死語化している「舌捩り」を使うのは当を得ない。

なお舌捩りは〈口遊〉のうちの一種である。

【例】

舌捩りの典型

▽七曲り七つ曲つて長持の上に生米七粒 &『拾遺言語遊戯雑談畢』

▽お慈悲下されば小米の生噛み &『西鶴大矢数』

▽たあぷぽぽ たあぷぽぽ ちりから ちりから つったっぽ

拳唄

♪酒はけんざけ、いろしなは、かいるひとひよこ、みひよこ〳〵、へびぬらぬら、なめくで、まいりやしよ、しやんじやか〳〵〳〵じやんけんな、ばさまにわとうないが、しかられた、とらハう〳〵、とてつるてん、きつねで、サアきなせ 

 &『道化拳合』一鵬斎芳藤画の絵詞

♪小杓子小ん娘こさいかこせんかこがいかこぐる松の小よねか小よねか 

 &『松の葉』

 

畳句 じょうく 

俳句、川柳など五七五体の各句に畳語法を用いたものを〈畳句〉と総称している。

〈畳語歌〉〈畳語狂歌〉とは相似通った姉妹関係にある。

【例】

俳句より

▽咲くからに見るからに花のちるからに      鬼貫

▽川か鐘か蚊にかしがまし蚊帳(かや)の陰       羅人

▽寺より寺にあそぶ寺の日             蚊足

▽はたはたのはたと入り来る(むぐら)かな         四睡

▽浮葉巻葉立折葉とはちすゝし              素堂

▽うたゝねの枕まくらでない枕               乾

 最もすっきりした畳句、種田山頭火作〔書・梅岡ちとせ〕

川柳より

▽ぐわん〳〵のぐわんとおんばば琴を弾き

&『柳多留』四二

▽まがつても曲らぬ物はまがりがね &『柳多留』四九

▽ぎつくりびつくりしやつくりがじき留り

&文政頃の万句合作品 

 

畳語歌 じょうごうた 

一首中に同音をいくつも重ねて詠んだ歌を〈畳語歌〉という。古歌で有名なのが須佐之男(すさのおの)(みこと)が詠んだ一首、

 八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣つくる その八重垣を &『日本書紀』神代

畳語歌は『万葉集』でも盛んに作られたが、時代が下がるとともに技巧に磨きがかかり、室町時代には連歌など文芸の諸分野においても採用されるようになった。

【例】

畳語歌種々(くさぐさ)

                                                    大伴(おおともの)坂上(さかのうえの)郎女(いらつめ)

▽来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを 

 &『万葉集』巻四

                                        大中臣能宣

▽あだなリとあだにはいかがさだむらん人の心を人は知るやは &『拾遺和歌集』巻十九

                                        よみ人しらず

▽秋も秋こよひもこよひ月も月所も所見る君も君 &『後拾遺和歌集』巻四

                                                   源 俊頼

 

▽なほもなほもいひてもいはむけふもけふ思ふ思ひのつもるつもりを &『夫木和歌集』巻三十六

後嵯峨院

▽年月はあはぬ恨と思ひしにうらみてあはずいつ成にけむ &『新後撰和歌集』巻十六

覚鑁(かくばん)上人

▽夢のうちは夢もうつゝも夢なればさめなば夢もうつゝとをしれ &『続後拾遺和歌集』巻十七

鹿持(かもち)(まさ)(ずみ)の畳語歌

*鹿持雅澄(17911858)は高名な国学者で、大書『万葉集古義』は全一四一冊にわたり他の万葉注釈書を圧倒している。その傾倒癖は畳語歌にも発揮され、家集『千首の繰言』には四十一首の畳語歌が収められている。うち掲出順に三首を抜き書きする。

▽よき人のよく見と云し芳野山よく見て行かなよき人のため

▽思ふごと思はぬ人を思ひなし思ふにしかむ思ひしもなし

▽よしと云へばよく見よあこらよき人のよしとよく見しよきふみぞこれ

《参考》

おなじ詞の重なれる歌  中島広足おなじ視の重なれること、いにしへはさらにいふことなかりしを、今の世のなま〳〵の歌よみは、かならずきらひてのぞかんとのみすめるは、いともかたくなに、あぢなきわざなりけり、そは手づゝつたなくよみなしたらむうたこそあらめ、かならず重ねずてはいひくだしがたからんは、さらにいとふべくもあらず、さりとてまた初学の人のみみだりにものしたらんは、しらべなまりぬべし、よくいにしへのを味ひこゝろみて、耳だゝぬやうに読みなすべし &橿園(かしぞの)随筆』上

  

畳語狂歌 じょうごきょうか 

一首中に同音や同音語句をいくつも重ね詠みした狂歌を〈畳語狂歌〉という。狂歌の遊戯色に畳語が加味されることで、作風に与太の度が倍加され、クセの強い作品に仕上がる。

【例】

古典の畳語狂歌

                                                   明恵

▽あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月 &(出典失念)

*各繰り返し音にどんな漢字を当てるかは受け手にゆだねられている。

                                                               細川幽斎

日ノ本の肥後の火川の火うち石日々に一二(ひとふた)拾ろふ人々 &『衆妙集』

                                       山蒼斎

飢死(うゑじに)にもまた酔死(よひじに)討死(うちじに)恋死(こひじに)もいや死なば空死(そらじに)      

                                       栗柯亭木端

▽やよ水鶏(くいな)来てなな鳴きそ鳴くなべに戸やなるならんと夜な夜な起きぬ &『狂歌続真寸鏡』

                                                               四方赤良

▽おめでたく又おめでたくおめでたくかへすがへすもめでたかりけり &『めでた

  百首夷歌』                        

 宿屋飯盛

▽ふた股のふとき大根をふろふきに煮るすみ釜のふたもふくふく &『六樹園家集』

                                                               馬場金埒

▽富士の()のふもとはふみのふの字にてミほはミの字とミゆる雁がね &『滄洲楼家集』

                                       与謝野寛

▽われ()の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝ悶えの子 &『与謝野寛短歌全集』

新狂歌より                                              荻生作

不学徒述懐 

▽わからないああわからないわからない存在理由(レーゾンデトール)どこにござるや

理由なき無題 

 

畳語文句 じょうごもんく 

同系の音韻を連続して口ずさんだり韻を踏んだりして、感覚的なおかしみを創成する技法を「畳語」といっている。「畳語」は本来、修辞技法の一つである。

〈畳語文句〉ならびに〈(おど)(ことば)〉は畳語を用いた口承文句をさすが、〈早口〉や〈重言〉を兼ねるものも少なくない。さらに畳語文句は古くは〈唱詞(となえことば)〉あるいは〈唱言(となえごと)〉といい、神霊に祈願するさいの祓い言葉であった。これが時代の移り変わりとともに口承文芸化し、いっぽうでは卑属化が進行、やがて子供の口遊びの領域へと入り込む。

 今の時代、畳語文句から呪術性や宗教色は消え失せ、単なる言語遊戯、子供の遊具でしかなくなった。

【例】

古典より                       

三河国美静加賀の国金沢の家中、加賀主計守数成の家臣、梶原勘解由(かげゆ)(かげ)(ひさ)、かの 川中の合戦に金兜をかつぎ、瓦毛の馬に唐鞍置いてからりと乗り、かつしかつしと駆け出し、兼光の刀をかざして片手にかぶら矢掻いこんで、寒気もかまはず搦手よりかけ橋を架け越し、間道を駆け抜け、敵のなかを駆けまわり、かつぱと投げてはからめとり、掻つ首切り首数知れず、勝つて勝鬨(かちどき)帰つてかわらけ感酒は重なる、彼が合戦四海に輝き隠れもないこと兼ねて感心、かようなことは神の感応、家名格別家門繁昌かたらと感悦、顔付きにこにこ(かか)さは風引き息子は疾掻き勝手は勘略、唐臼打ちやれ紙子のふんどし、かく成り行きでは必ず生涯金槌の川流れカラカラカラカラ 

&『壁書戯語集』

伝承のもの

▽この家のくぐり戸はくぐりにくいくぐり戸だ(関東)

▽美濃の(じや)(いけ)(じや)がいるげじゃが(おす)(じや)(めす)(じや)か何じゃかわからんじゃ(美濃)

▽日田の豆田の豆田の豆は、豆は豆田に(はわ)く豆(日田)

▽赤巻紙青巻紙黄巻紙

▽坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた

▽寒ならば みかん きんかん 酒の燗 鉄管ビールは気がきかん

畳語文                              斉藤緑雨

愛すといひ憎むといふ、是れ只勤めする女の口の上にある事なり。愛さんとおもはゞ(すべ)てを愛せよ、憎まんとおもはゞ(すべ)てを憎めよ。予は何人をも愛さず、また何人をも憎まず。/されども今日の如きが世のさまならば、予は憎まれて憎まれて、猶且憎まれて憎まれて、彼れも我れも飽果つるまで憎まれて憎まれて、而して死なんとおもふ。

&『あられ酒』一家言

近代落語より

へっつい幽霊                             三代目・桂三木助口演

「…こうしやしょう。じゃァね、えー、わけをお話していただけましたら、もとの三円でいただきやしょう」「そんなら、おまえ、どんなことがあっても、かならず、ひきとるか?」「へーへ、かならず、おひきとりをいたします」「そんなら、話をするけどな、道具屋。おまえのうちで、あのへっつい()うてな、道具屋。わい、うちへかえったやろ、道具屋。晩めしすんでな、道具屋。で、わい、床ひいて、床ん中へはいって、えー、どういうわけだか寝られんねん、道具屋。けったいな晩や思うてな、道具屋」「ちょっとまってくださいな、あなた。この、ねー、道具屋にはちがいねえけどもねー、いちいちことばのしまいに、道具屋、道具屋をつけずにしゃべれませんかい?」「ふんふん。……、そのうちにな、道具屋」「まだ、やってるね」「あのへっついのすみから、ちょろちょろと火がでたとおもふと、やせーて、あおーい顔をしたのが……、道具屋」「しょうがねえなあ、この人は」(原文では「 」ごとに改行) 

&『落語の話術』

広告キャッチより

▽歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、見つかった?/キャリアスタッフ・人材募集 &『とらばーゆ』1997年十月二日号

 

早歌 そうが 

「早歌」と書いてソウガとハヤウタ二通りの読み方がある。ともに鎌倉・室町時代の歌謡詞だが、意味はわずかに異なる。

ソウガのほうは「宴曲」とも云い、貴族や武士が(うたげ)などで用いた雑芸系の、漢語を多用した歌詞である。

 宴曲集〔西本願寺本景写〕

 これに対し〈早歌(はやうた)〉のほうは、ソウガと同義を兼ね、神楽歌(かぐらうた)の後半における拍子の歌曲から発祥した。この和語が示すように、こちらは詞が柔らかく、歌い手も町人や雑芸者である。七五調の音律を崩した奔放な詞章で構成され、早い旋律の曲にのせて歌われた。

早歌はもともと〈早物語〉と同系の文芸である。早物語が節無しの滑稽な語りを早口で(とな)えたのに対し、早歌では節を付け音曲にのせて歌うという利点がある。そのため、どちらかというと早歌のほうに人気が集まり、残された作品数もこちらが断然多い。

中世歌謡を今に伝える集のうち、『宴曲集』にはソウガが、『閑吟集』や『隆達小歌集』にはハヤウタが中心に収載されている。

【例】

鳴子(なるこ)は引かで

♪引く〳〵〳〵とて鳴子は引かで あの人の殿引く いざ引物を歌はんや いざ引く物を歌はん 春の小田には苗代の水引く 秋の田には鳴子引く 名所都に聞へたる 安達(あだち)が原の白真弓も 今此三代(みよ)に留めた

浅香の沼にはかつみ草 (しのぶ)の里には捩摺(もぢすり)石の 思ふ人に引かで見せめや (あね)()の松の一() 塩竈(しほがま)の浦は雲晴て 誰も月を松島や 平泉(ひらいづみ)は面白 いとゞ暇なき秋の夜に 月入るまでと引く鳴子 いざさし置きて休まん〳〵 猶引く物を歌はんや〳〵 浦には魚取る網を引けば 鳥取る鷹野に(いぬ)引く 何よりも〳〵 契りの名残は有明の 別れもよほす東雲(しののめ)の 山(しら)む横雲は 引くぞ恨みなりける 

&閑吟集

 初期の小唄(早歌)

♪忍ぶ軒端に瓢箪は植えてな 置いてな (はは)せて()らすな 心のつれて ひらひらよひよ ひよめくに &閑吟集

♪帯をやりたれば 視慣らしの帯とて ひなんをおしやる 帯が視慣らしなら そなたの肌も寝鳴らし &『隆達小唄』の一

《参考1》

                   兼好法師筆

或者子を法師になして、学問して、因果の(ことわり)をも知り、説教などして、世渡るたづきともせよと言ひければ、(をしへ)のまゝに説教師にならんために、先づ、馬に乗り習ひけり、(中略)次に仏事(ぶつじ)ののち酒などすゝむる事あらんに、法師の無下に能なきは、檀那(だんな)すまじく思ふべしとて、早歌(さうか)といふことを習ひけり、二つのわざやう〳〵堺に入りければ、いよ〳〵よくしたく覚えて(たしな)みけるほどに、説教習ふべき暇なくて、年寄にけり

&徒然草第一八八段

《参考2》

小田原籠城の事                        小瀬甫庵筆

五月雨(さみだれ)は日をかさね止もやらず、総陣何共なう困れ果たるやうに、秀吉公ほの聞給ふて、早歌(はやうた)をうたひ、おどりをかけ引きつ、し給ひしかば、上下の気うきやかに新しくなりて、幾年を経る共いかでか労せんやと、こゝもかしこものゝしり出にけり、

&太閤記巻十二

 

駄語並べ だごならべ

 一見、落語のようなおふざけ文を〈饒舌法〉あるいは〈駄語並べ〉という文彩遊戯である。いわば同じような言葉(類語)や音をもじった言葉をいくつも並べ立てて文意を強調するテクニックだ。

 音が似ているだけの言葉や調子づけの慣用句を並べ立てる遊びを〈饒舌法〉という。たとえば「最初に」というところを「いの一番に」のように弾みをつけると、飾りたてた賑やかな表現に化ける。慣用句からいくつか例を挙げてみよう。

  ニッチもサッチもいかない

  やることなすことヘマばかり

四方八方に知れ渡る

馬鹿か阿呆かはたまた間抜け

【例】

酔っ払いの会話割り込み                       荻生作

ちょいと、ごめんなさい。

ご勘弁を。すいません。

突然、申し訳ない。

謝ります。

さ~て、と…。

何を言おうとしたんだっけな。

この例では、宴席で他人同士の会話に割って入ろうとする酔っ払いにセリフを演じさせてみた。「失礼」とひとこと声をかければすむことを、ぐだぐだとしゃべりまくり、肝心の伝えたい内容をド忘れしてし まった酔漢の失態である。

 

道歌七度返し どうかななたびがえし

道歌に畳語法を採り入れ、これを原則五七五七七各句に散らして一首にまとめたものを〈道歌七度返し〉という。

道歌の多くは心学者の手になり、教訓歌として注目させるために手の込んだ「目立ち」が考え出された。室町末期には、道歌詠の花形修辞法として定着をみせている。

【例】

伝承の有名三首

                    伝 一休宗純

▽南無釈迦じや娑婆じや地獄じや苦じや楽じやどうじやこうじやといふが愚かじや

                    伝 上杉鷹山

▽為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり

                    平田(あつ)(たね)

▽為せば成り為さねば成らず成る業を成らずと棄つる人のはかなさ &家集『気吹舎集』

よみ人しらず五首(伝承)

▽心こそ心を迷わす心なれ心に心心ゆるすな

▽世の中は夢と思ふも夢なれや夢を迷いといふも夢なり

▽人の非は非とぞ(にく)みて非とすれば我が非を非とぞ知れず非とせず

▽勉めても又勉めても勉めても勉め足らぬは勉めなりけり

▽舟の道舟の道とて道もなし舟ゆく道が舟の道なり

 

鳴声歌 なきごえうた 

鳥獣の鳴き声、つまり擬声(オノマトピア)を採り入れて発音しにくい〈早口〉に仕立てたものを〈鳴声歌〉という。歌とあるが、節付けのない詞をも含めた総称である。

泣声歌の歴史は古く、明治・大正まで存続したものの昭和には衰微し、わずかに童謡に散見できる程度となる。タネ切れ現象か、それとも現代感覚から外れた詞の幼稚さが飽きられたからか。

 鳴声歌のイメージ 

【例】

ひわや山がら

♪ひわや山がら数の小鳥のさえずるようは、ちつちくちつちくちちくちちくちやちしやふちや、ぜんぞろりぜんぞろぜんぞろぜんぞろや、ぜんぞろとも何よりもつておもしろく存ずるべい、このエイ春の景色はエイこのさエイこのさ

 &流行小唄ちぎれ雲

奥山で雉と狐と

♪奥山で雉と狐と猫と犬めが集まつて、何と云つて鳴いていた。雉はけん〳〵、わん〳〵にやんこん、にやんけんこんにやんけん、わん〳〵けんこん、にやんけんこん〳〵。

 &『中央公論』大正八年八月号「続音声遊戯」

 

「鼻下長物語」の舌捩り はなのしたながものがたりのしたもじり 

 後出「法性寺入道の舌捩り」を土台に、歌舞伎作者の芝全交が書き下ろした舌捩り向け黄表紙。その抄出文(現代表記に改変)は…

今日のお話には、法性寺(ほっしょうじ)入道(にゆうどう)(さき)の関白太政大臣様と、そのご家老の三なめかけたが三かけた、ぴっちくでっちく(ほう)然房(ねんぼう)のつうだ左衛門、という長い名前の人が出てきます。では、はじまり、はじまり

三なめかけたが三かけた、ぴっちくでっちく

法然房のつうだ左衛門、三なめかけたが三かけた、ぴっちくでっちく法然房のつうだ左衛門

これはこれは、法性寺の入道前の関白太政大臣様、この三なめかけたが三かけた、ぴっちくでっちく法然房のつうだ左衛門をお呼びでございますか

おお、三なめかけたが三かけた、ぴっちくでっちく法然房のつうだ左衛門か 実は折り入って頼みたいことがあるのだが

京の三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)に仏の数が三万三千三百三十三体ござると申すが、誠に三万三千三百三十三体ござるか見てまいるべし。そのついでに山王の桜の木にお猿の数が三万三千三百三十三疋居ることか、実否をただして参れ。

かしこまりました。法性寺の入道前の関白太政大臣様…(繰り返しが続くが後略) &『鼻下長物語』芝全交作

 

早口〔句章〕 はやくち/くしょう 

江戸時代までのいわゆる〈舌(もじ)り〉の作例は、言語遊戯関係の各書に数多紹介されている。そこで本項では、もっぱら近・現代に創作され伝承された〈早口句章〉の例をいくつか掲げておく。

【例】

伝承の早口句

▽生麦生米生卵

▽すももも桃も桃の類

▽蛙ぴょこぴょこ()ぴょこぴょこ 合わせて

 ぴょこぴょこ()ぴょこぴょこ

▽裏庭には二羽、庭には二羽にわとりがいる

▽赤巻紙に白巻紙、白巻紙に赤巻紙

▽生麦、生米、生卵、生ゴム、生ごみ類

▽猫と箱と(たこ)雑魚(ざこ)

▽花恥ずかしき鉢かつぎ姫

 

▽お茶立ちょ茶立ちょ、茶ちゃっと立ちょ、青竹茶筅でお茶ちゃっと立ちょ

▽結ばぬ結び目 結ぶと結び目 結べぬ結び目 無理に結べば 結びに結び目

▽お客が柿ょむきゃ飛脚が柿くう、飛脚が柿ょむきゃお客が柿くう、お客も飛脚もよく柿くう客飛脚

明治時代の作

▽向うから坊主が屏風を背負(せお)って来る、屏風か坊主か、坊主か屏風か

▽家の桐戸の桐の切口は隣りの切口によく似た桐の切口だ

東京の一気口唱

▽駒込のわがまま娘三つ合して三駒込の()わがまま娘

▽河童と亀が賭け事してかちかち山を駆け上がり河童は途中で脚気(かつけ)にかかり葛根湯(かつこんとう)を飲んでいた亀はかまわずかっかかっかと駆け上がって賭け物をすっかり取った

不忍池(しのばずのいけ)には数年大蛇(だいじや)が住むそうじゃがその大蛇が()(じや)()(じや)かなんじゃかかじゃかわからんじゃ

大阪の一気口唱

▽私のけはん(脚絆)は皮けはんお(まはん)のけはんも皮けはん川の向いで替えよまいか皮けはん

▽大阪心斎橋四丁目塩屋のしぶちん塩四升しがんで白眼むいて死にた

 あほだら経の説教坊主は早口でまくしたてる

のが得意〔画像はWikipediaより〕

現代の早口文句

▽茶パジャマがじゃまなら黄パジャマもじゃまだ

▽引き抜きやすい釘 引き抜く釘抜き 引き抜きにくい釘抜き 引き抜く釘抜き

▽東京都特許許可局強化課却下係

▽新人シャンソン歌手による新春シャンソンショウ

▽海軍機関学校機械科今学期学科科目各教官協議の結果下記の如く確定。化学、幾何学、機械学、国語、語学、国家学、絵画、撃剣

▽笑わば笑え、わらわは笑われるいわれはないわえ

▽あの女、何年いないの。二年いないの、あの女。いないのに何を言うの。

▽トマト止まれ。止まれトマトと、プチトマト、トマト止まれど時は止まらず。

 

早口〔俗謡〕 はやくちぞくよう

俗謡や俚謡のうち早口言葉の構成になっていて、これを早口で歌うものを〈早口俗謡〉と総称している。

中世末期に普及した〈早歌(はやうた)〉の影響を受け、近世に入ると、俗謡の分野でも早口ぶりが盛んになった。どの俗謡にも曲節に所定量というものがあるのに、なかには歌う詞に〈畳句〉などを挿入し、わざわざ長く引き伸ばした詞が現れた。つまり詞章は字余りとなるわけで、これを定曲の範囲で歌いきるため、いきおい早口にならざるをえない。しかし早口俗謡には、破調の妙味という意外な収穫がある。そのため一部の詞は早口化現象を促進し、のちに潮来(いたこ)節をはじめ好此(よしこの)節、甚句、さのさ節あるいは都々逸へと早口傾向が波及していくのである。 

【例】

舌捩り舟歌

♪小女郎恋しとな、歌うて名のりてお漕ぎやる、小杓子小ん(むすめ)こさいかこせんかこかいか、こぐる松の小娘(こよね)小娘(こむすめ)か 

 &『松の葉』

「いたこぶし」より

♪孫兵衛ごけ〴〵〴〵これをあはせてむまごべいごけヤレ〳〵/孫兵衛

ごけむまべいごけ〴〵これをあはせて十三孫兵衛ごけヤレ〳〵/となりのいろりもくろぬりくろいろりこちのゐろりもくろぬりくろゐろりヤレ〳〵/となりのちやがまはからかねちやがまこちらのちやがまもからかねからちやがまヤレ〳〵 

&『羈旅漫録』

出羽の酒席歌

()らが隣の千太が、商ひするとて、煎餅(せんべい)焼餅、一文落雁(らくがん)(ちち)(こしら)へた

 一文人形(てんづし)、何ですぎるとの異見を言へば、やちや〳〵(やかま)しねへちや、はまりがくも、起上(おきやが)小法師(こぼうし)で、なんで過ぎるとも、(かま)ひやるなや。(やんぐり)のぐり〳〵()が、生得のくり()が、がつかゞ、でく〳〵しいなアやア

&鄙廼(ひなの)一節(ひとふし)

熊本の騒ぎ唄

♪裏の段々畑に獅子が芋ほる子獅子が芋ほる/ 獅子芋ほる子獅子いもほる、子々獅子芋ほる/ハーツトズイタ 

&『俚謡集』文部省編

 

早口〔詰め歌〕 はやくちつづめうた 

早口言葉のうち文句から一部の音を捨て去り、短く詰めたつづり言葉をもって元句を推察復元させる遊びを「詰め」という。詰めは言語遊戯というよりは略語による考え物で、むしろ暗号に近い。

一例を〈舌捩り〉の文句から引くと、

玄関番の番合羽  番合羽の玄関番

    ↓        ↓

げかばのばがぱ  ばがぱのげかば

 一見して意味不明な文言であり、しゃべりにくく、復元の手がかりも曖昧である。そのため言葉遊びとしての妙味に欠け、作例も一握りしかない。現代ではめったに創作されることもなかろう。

 これの狂歌仕立を〈詰め歌〉または〈早口詰め歌〉と呼んでいる。万葉戯笑歌に擬した作品が何点か作られ、舌足らずな表現を特色としている。その点江戸狂壇では邪道扱いで、作例がほとんど見られない。

古典より

                                           千種(ちぐさ)有功(ありこと)

▽ふにあむとしみよがそしりしくちおさにた

 いこぼいかりばしよでかたれた→不似合婿と針妙が謗りし口惜しさに太公望怒り番所で語れた &家集『ちくさ』

                   式亭三馬

▽だごでがくくててたたけばすぽがでるとえざのしたのれこめぶだ→団子田楽食て手叩けば鼈が出る東叡山の下の蓮根名物だ &『日本一癡鑑』

新好 

▽ごがいかにきよとのさじよどり、けぶすれば、じくこくのにぎよと、べけとくろほが→五月五日に京都の三条通り見物すれば神功皇后の人形に九郎判官の人形を見た &『一目土堤』

 

早口〔童唄〕 はやくちわらべうた 

〈早口俗謡〉と〈早口童歌〉とは親子のような関係にあるわけだから、ともに〈畳句〉など余計言葉がついてまわる。

 発音しにくさにも工夫のあとがみられ、早口の童謡に関しては、今でも子供達の人気筋になっている。

 【例】

いの字いっさい(明治、関東)

♪いの字いっさいこくいんじゅうじ/いららんがいっさいこく/いっさ

♪いだるまのだるまのこ/いっさいまっさら/いの字がいんぎりまめ十三だい/つばきりもんめさんだいす 

&『日本伝承童謡集成』第三巻

てきんてきん(明治、関東)

♪てきんてきん、てきするぼう、さらりんぼう/そうたか入道、播磨(はりま)の別当、やき山じろ/茶碗(ちやわん)も茶碗も大茶碗/茶碗(ちゃ)柄杓(びしやく)/すきびのからすけちょん 

&『日本伝承童謡集成』第三巻

(ちん)ワン猫ニャア(近代伝承、採録地未詳)

♪狎ワン猫ニャアチュウ、金魚に放し亀。牛モウ〳〵、狛犬、すずからりん。かえるが三つで、みひょこひょこ。鳩ポッポに、立石石灯籠、子供がこけている、買いつくか居つく、ほていノド物に、つん母恵比寿、がんが三はでみがん〳〵、花おもてにおかめに般若で、ひうどんちゃん。天神西行に相撲取りドッコイ、わい〳〵天皇五十の当、おうまがひん〳〵〳〵。

 

早物語 はやものがたり 

滑稽諧謔の内容で比較的短い話を即興で語る口承文芸を〈早物語〉という。早物語の源は鎌倉時代発祥の琵琶語りとされている。

当時、琵琶の弾き語りの音曲とは別に、〈口遊(くちすさび)〉による語りのみで(かて)を得る盲目の遊芸僧がいた。彼らはおどけた舌捩り芸で祝賀詞などを披露していたが、やがて専業芸能集団として組合のような組織を形づくり、室町時代には早物語に育てあげた。

文献にも早物語について記述したものが散見でき、そのうちの一つ『言経(ときつね)卿記』天正十二 (1592)年八月十五日の条には、

座等福仁来了。岸根新九郎申合同道了。則西御方ヘツレテ罷向。内々承シヤヒセン。早物語。其他逸興共有之。晩景予所マデ帰了。

と音曲俗謡などと並ぶ人気であったことを示している。

 早物語の座頭らは、まず「ソーレ物語語り候」などと周りの注目を喚起し、人が集まってから早口でしゃべりまくる。初期のものは舌捩りというより、口調の流れを重視し連結詞が多用された。また別の口上では、「そうれ、テンポ物語…」と切り出すことから〈テンポ物語〉の別称もある。

 江戸時代に入っても早物語は廃れなかった。井原西鶴(164293)の『世間胸算用』にも「世間の色話、小唄、浄瑠璃、はや物語、謡に舞に役者の真似、…」とあり、まだ健在ぶりを伝えている。ところが江戸中期ともなると、早物語は〈舌(もじ)り〉に取って替わられ、〈早口言葉〉の系列へと組み込まれていく。

特異な装束に身を固めた講釈師が語る早物語、江戸時代

【例】

めんめんめくら

めん〳〵めくらニごん〳〵御ほうしや御ほうしや〳〵けふはあツいぞめくらのにへゆ、あすハさむいぞめくらのぢごく。ア御ほア御ほ、ア御ほ〳〵〳〵〳〵。早ヤ物がたりが参ツて候う。丁ど謡の様だ。&『風流浮世くらべ』

ここに(かぶ)左衛門と

ここに蕪左衛門と申て、男一人さふらひしが、かの男、金にも銭にも事かゝず、たゞ摺小木にはつたりと事かいて、あたりをきつと見たまへば、親重代の古ル地蔵のおはします、かの地蔵のお前を、ごめんなされとて真さかさまにおし立て、摺らば誰もすりもせで、すつてんぐわら〳〵、りんとぐわらりん、しやんぐわらりんと摺りまはし、もとのごとくにおつ立直して見たまへば、かの地蔵のあたまより、なんばんじほまじりの蓼汁が、たらばたゞもたりもせで、だらりん〳〵ずつたらりんともたりければ、かの地蔵、一化ケばけたる地蔵の事なれば、舌をべろ〳〵こん〳〵、かいべろこんともつん出して、あら(から)いやからすつからと、小くびをふつておはします、親重代の古地蔵、一化けばけたるものがたり 

&『ひなの一ふし』

そうれてんぽう物語

そうれてんぽう物語。大海の水に火が付いて、じんじぼんぼと燃へ上り、盲が見付け、きんかが聞きつけ、足なしが飛出し、手なしが揉み消す、口なし犬が吠えかけるという物語候&加無波良(かむばら)夜譚(よばなし)

 

「法性寺入道」の舌捩り ほっしょうじにゅうどうのしたもじり 

藤原忠通(10971164)は、大治三(1128)年太政大臣に任ぜられていらい、何度か関白となり、藤原一族の長者として権勢を極めた人物である。のち大臣職を嫡子基実に譲り、別業法性寺に隠居。応保二(1162)年、六十六歳の時に入道し円観を名乗った。

こうした経歴から彼の通称を「法性寺(ほつしようじ)入道(にゆうどう)前関白(さきのかんぱく)太政(だじよう)大臣(だいじん)」という。が、きわめて発音しにくい呼称で、そのため次のような敬卑混交の舌捩りが後世に作られている。

 法性寺の入道さきの関白太政大臣さん、法性寺の入道前の関白太政大臣めといふと腹を立てなさるによつて、今から法性寺の入道前の太政大臣さんと申しませうなア、法性寺の入道前の関白太政大臣さん &『皇都午睡』

また、こんな川柳も生まれた。

▽法性寺すすはきすぎのなではなし

 &『明和二年 万句合』

▽こいつ大変法性寺目をまわし

  &『柳多留』一四〇

 

リフレイン

 詞章の一部(末尾が多い)を二度以上反復させリズム感を醸成するテクニックを〈リフレイン、refrain〉という。名詩といわれている作品の多くは、リフレインにオノマトペ(擬態音)を巧みに綾なし織り込んでいるのも特徴である。日本語では〈畳語彩〉がこれに相当し、「折り返し」と訳す人もいる。

 リフレインは、「詞章の流れを反復継続で彩る技法」といわれていて、リズム感に溢れた情緒が読者の心を大きく波打たせる作用がある。そのため詩や歌謡詞、短歌などで人気が高い。

 抒情歌詞の名手といわれた野口雨情の作品を掲げてみよう。

 ♪紅屋で娘の いうことにゃ サノ いう 

  ことにゃ

  春のお月様 薄曇り ト サイサイ

  薄曇り (紅屋の娘)

【例】

三行詩「つぶやく女狐」                       荻生作

雪や、こんこん、降り積もる

主は、来ん来ん、恨めしや

私は、コンコン、吠え嘆く

*冬のうらぶれた宿で、情夫の訪れを待ち焦がれる売色女の心情を短詩で描いてみた。ここでいう主人公の「女狐」とは、商売女をさす近世言葉。この三行詩は各行「こんこん」という音律を中核に据えて繰り返し、詩情を増幅させた。さらに「こんこん」それぞれの意味が違う同音異義で、相違をはっきりさせるため表記替えも施してある。

 

りん付 りんづけ 

〈りん付〉は、狂歌の句頭と句尾に「りん」を畳語に折り込んだ遊びである。

 伝えられるところだと、浪花狂歌壇の長老、鯛屋貞柳が門下生に「りん」の字の付く言葉を列挙させ、それを狂歌に仕立てさせたのが始まりという。

 似たものに「さん付」「ちや付」「ほら付」などという亜流も現れている。

 【例】

古典狂歌より

                                          よみ人しらず

▽りんりんとりんと咲いたる山桜嵐が吹けば花がちりりん(伝承歌)

侍の子(仮託)

▽りん〳〵と小ぞりにそった小なぎなた一ふりふればてきはおぢりん

                   百姓の子(仮託)

▽りん〳〵と小ぞりにそった赤いはし七疋くべばはらはぼてりん

&『諸国落首咄』

平成狂歌より                                 荻生作

りんりんやりんと鳴いたる鈴虫がりんりんやまばいのちちりりん

《参考》

りん回し                            六代・蝶花楼馬楽口演「じゃあ、なんですか、その『りん回し』てえのは、どんなことをいうんです?」「これア、今いうとおり、かみしも(上下)に、コノ、『りん』がついて歌になろうというんだ」「へえ」「『りんりんとりんとかまえし別荘の奥でゆかしき琴がコロリン』と。かみしもに『りん、りん』とつくだろう」「ああ、つきますね」「『りんりんとりんと振つたる小薙刀(こなぎなた)ひとふり振れば敵がちりりん』だ」「ああ、なるほど」(中略)「お、啖呵(たんか)きったね。お、けっこう、けっこう、自分でかんがえて、やってごらん」「とはいうものの、むずかしいもんだね、自分でかんがえるてのは。なんかねえかな、えー、『りんりんと』…、『りんりんと綸子(りんず)(しゆ)()はべらぼうにたけえ襦袢(じゆばん)の袖はやすいモスリン』と」「おーうまい、うまい。が、もっと品よくやんなさい。べらぼうなんていわないで」&『落語の話術』

 

ん廻し んまわし 

〈田楽食い〉とも。狂歌や詞章でできるだけ「ん」の字を多く付ける遊びで、羽目を外した田舎田楽から発祥した。

〈りん付け〉と同様の伝でネタ飽きする。

【例】

大尾ゆえの尾篭で失礼「ん廻し作品」

仮のよみ人しらず

▽うんんうん うんんんんんと うんうんん うんんうんこら まだ出んか