特殊な世界に生きる言葉たちは個性派揃い。言葉遊びにも万華鏡の彩りを添えて

18 遊戯詞系 

 

世に「○○コトバ」という特定の意味をもつ言葉がたくさん存在する。古来さまざまな状況下で作られ、使われ、そして消え去った○○コトバを大辞典から入念に拾い出したら、おそらく一〇〇語は集まろう。

〈遊戯詞〉と仮称した系統語群は、言語遊戯を形作る遊戯詞のうち、他のどの系にも属さない類を寄せ集め一系としたものである。…とは一応建前であって、これら過半のものは、他のいずれかの系統に組み込めないこともない。これは今後の課題として残したい。

《参考》

                                     原篤信(益軒)

和語をとく事は謎をとくが如し、其の法訣をしるべし、是れをとくに凡八の要訣あり、○一に自語は、天地(アメツチ)男女(ヲメ)父母(チチハハ)などの類、上古の時自然に云出せる語也、其の故はかりがたし、みだりに義理をつけてとくべからず、○二に転語は、五音相通によりて名づけし語也、(カミ)を転じて(キミ)とし、(タカ)を転じて(タケ)とし、(クロシ)を転じて(カラス)とし、(ヌスミ)を転じて(ネズミ)とし、(ソメ)を転じて(スミ)とするの類なり、又転語にして略語をかねたるも多し、且音を転じて和訓とせし類あり、後にしるす、○三に略語は、ことばを略するを云ふ、ひゆるを()とし、しばしくらきをしぐれとし、かすみかゞやくを春日(カスガ)とし、たちなびくをたなびくとし、文出(フンデ)を筆とし、墨研(スミスリ)を硯とし、(ミヤ)所を都とし、かへる手をかへでとし、いさぎよきをさぎとし、かへりを鳫とし、前垣を(マガキ)とし、きこえを声とするの類なり、上略中略下略あり、又略語にして転をかさねたるも多し、○四に借語は、他の名とことばをかり、其のまゝ用ひて名づけたる也、日をかりて火とし、(アメ)をかりて雨とし、(ツチ)をかりて土とし、上をかりて神とし、髪とし、(トシ)をかりて年とし、蔓をかりて弦とし、潮をかりて塩とし、炭をかりて墨とするの類也、○五に義語は、義理を以て名づけたるなり、諸越を唐とし、気生(イキホヒ)(イキホヒ)とし、明時(アカトキ)(アカツキ)とし、口無を梔子(クチナシ)とする類、又是れを合語とも云ふ、二語を合せたる故也、又義語を略したるは即略語也、○六に(ハン)語は、かな返し也、はたおりを服部(ハトリ)とし、かるがゆえをかれとし、かれをけとし、ひらを()とし、とほつあはうみをとほたうみとし、あはうみをあふみとし、きえをけとし、見えをめとし、やすくきゆるを雪とするの類多し、(後略)

&『日本釈名』凡例

 

18 遊戯詞系の目録(五十音順)

 

合言葉

曖昧言葉

遊ばせ言葉

綾取り言葉

言い訳

嫌味言い

入間詞

入子詞

色言葉

浮世詞

謳い文句

歌詞

裏言葉

絵詞

江戸語

縁起言葉

貶め言葉

おどし文句

踊り言葉

回帰詞

買い言葉

嬶詞

掻き文句

かざし詞

重ね詞

数取り詞章

かまど詞

からだ言葉

願掛け詞

キーワード

擬態語

極り文句

逆差別用語

国訛り遊び

口説き文句

繰言

黄金の言葉

国籍不明語

ざあます言葉

逆さ言葉

遊里詞

ジジロゲ

七の字詞

招福詞

女学生言葉

深情妙語

親族卑称

酔言

誓言 

創作言葉

太鼓持詞

辰巳言葉

詰め詞

断定言葉

東京語

床言葉

とぼけ言葉

逃げ口上

端折り言葉

弾み詞

聖言葉

符丁

仏語

変成語

ぼかし言葉

矛盾言葉

名文句

もさ言葉

モダン語

厄払い詞

休め言葉

奴詞

やまとことば

遊里通言

余計言葉

夜言葉

レディランゲージ

 

 

合言葉 あいことば 

いわゆる「合言葉」には二つの意味がある。

一つは仲間同士で目標や行動規範として掲げる標語。たとえば「われわれは禁煙をモットーとする」「あなたと私の合言葉、有楽町で会いましょう」の類で、おおむね〈スローガン〉に属する。もう一つは、仲間内であることを確認するための交換符丁をさす。「と言ったらと答えよう」「坊主花札が、俺たちの合言葉だ」などがその例である。

言葉遊びでは後者を採って〈合言葉の遊び〉とする。つまり、互いに連想により一言で言いきれる語(名詞)同士を結びつけ、闇夜などで相手方を確認し味方同士であることを知る手段に用いたりする。

遊びの場合は、言葉が短く〈突飛並べ〉に近い言葉の組み合わせほど秀逸と評価したい。ちなみに忠臣蔵四十七士の吉良邸早暁討入りでは、味方同士の確認のため「天」と「川」が合言葉に使われたことで知られる。

 暗黒街の合言葉「ぬけられます」〔『犯罪公論』グラフレヴュー、昭和七年四月号〕当時流行のアール・ヌーボーに便乗の面妖な写真記事

【例】

合言葉の遊び                                                  荻生まとめ

▽「年増」と「オバン」

▽「猿芝居」と「議員」

▽「コンビニ」と「犬の糞」

▽「パンチ」と「KO」

▽「弘法」と「筆おろし」

 

曖昧言葉 あいまいことば 

言葉の膠着性が弱まって意味がふやけてしまい、語義のとらえどころのない語句を〈曖昧言葉〉ならびに〈感性語〉あるいは〈(てき)(ことば)〉といっている。文彩(修辞学)でいう「曖昧語法」というテクニックである。世の不条理を皮肉るのに効果がある。

われわれが普段なにげなく使っている言葉の中にも曖昧言葉が少なくない。最近はとくに「若者言葉」にこの傾向が目立ち、たとえばスーパーで「一万円からお預かりします」と変な用法に戸惑ったり、動物園で「彼とかが言っていたトカゲよ」なんて言葉に首をかしげたり。日本語の乱れという程度を通り越し、学校で国語をきちんと教えているのか心配だ。

【例】

思いつくままの曖昧言葉   荻生まとめ死ぬの生きるの 識者 とてもじゃない 文化人 てんやわんや 男衆 成るように成る 食わせもの おかちめんこ (おとこ)(おんな) オッチョコチョイ 入れあげる 小鼻 風体 五十歩百歩 アッケラカン とってつける 月極 屁のような 人間国宝(逆差別語)

なるほど狂歌を一首                                    よみ人しらず

世の中はさやうで御座る御もつとも、何とござるかしかと存ぜず 

&『塵塚談』

文章博士も「的」字を濫用                                      坪内逍遥

すなわち予が謂ふ論理的読法は、譬へば支那の文人の如きものなり。俗称は美読法、姓は論理的読法、名は感銘的読法、(あざな)は批評的読法、号は説明的読法、別号は解釈的読法、又の名は活読法、綽名は性情的読法。もし之に尊称を与へんには、人間研究的読法などゝやいふべからん。

*「的」は抽象化の接辞で、これの濫用はつつしむべきである。例文の場合は列挙に伴う畳語効果を意図したものと思える。

曖昧成句                                               荻生まとめ

▽とりあえず、そうみたいな

▽一寸そこまで、いずれそのうち

▽なるほど、さようで、ごもっとも

▽その道一筋、いかがなものよ

▽ヤッター、ヤッター、ヤッターマン

友人に借金を都合し、加えてひとこと                                荻生作

どんなに困っても、その筋では借りるなよ。あそこでは途方もない金利をふんだくられ返し終わるまではお兄さんに追っかけられる。とことんしゃぶられて、おぬし、終わりだ。

*傍線部は曖昧言葉。

《参考》

的字の流行

一日棒活版所を訪ふ、雑談の末、主人曰く頃ろ文学界に於て的字の流行甚だしく、一語の裡、一行の間、二三の的字あらざるなく、其活字も他の活字の一倍を備るも猶ほ足らざるを愁ふ、僕等昔時は弓矢の的か鉄砲の的より外に知らざりし字の、斯く迄に文章界に雄飛せんとは驚く可し、此有様にて推す時は遠からずして弓矢の射の字、鉄砲の玉の字も、又一倍の活字を要するに到らん歟、察するに君も亦的々党の一人ならん、敢て問ふ的字流行以前は、奈何なる文字を以て此的字に代用せし歟、僕数年の間此活版業を営むも、未だ的字のほかに一倍の活字を要せし物あるを知らず、ト成る程小生も常に狂戯的散文に的字を用る事多く、主人が的々党の一人と為せしは或は的中せしも知る可からず、然れ共此の比較的数字の打算的難問に答ふる能はず、自愧的、自嘲的、聾唖的、に辞し去る &『花の友』明治二十二年十一月、『明治奇聞』第五篇

 

遊ばせ言葉 あそばせことば 

東京の山手夫人族や湘南有閑マダム連が権高に上品ぶり、語尾に「あそばせ」を付けて用いる言葉。

江戸時代に発祥し、転じて女の丁寧な言葉遣いとなった。

式亭三馬作『浮世風呂』二・下にも「おあぶなうございますヨ。お静かに遊ばしまし」などと、裏長屋住まい登場人物のよめやすが場違いな〈遊ばせ言葉〉をやたらに発する場面が出てくる。

 まだ拝読してませんで、ごめんあそばせ〔掲出は角川書店刊〕

 

綾取り言葉 あやとりことば 

読みかけの上で対になっている文句を交互に配し、双方に生じる摩擦のおかしみを表現する遊び言葉である。

これには同一または同類の語句を手替え品替えして文中へ集中的にちりばめる技法が用いられている。表現をリズムで彩りたい場合にも用いる。

【例】

よいやさ節

♪淀の水車(みずぐるま)は水ゆへ廻る、私やお前に気がまわる、ほんにやるせがないわいな、しみじみ腹が立つぞヘ、それそれよし〳〵よいやさ。&『小唄の衢』、天保三年頃流行

愛媛民話「三尺わらじ」より

おかみさんは、小唄を歌いながら、布を裁っちゃ、縫い、裁っちゃ、縫い、しとるけど、袖ばっかり縫いよるのよ。/女子衆は、それを見ながら、/「おかみさんは、さっきから、裁っちゃ、縫い、裁っちゃ、縫い、袖ばっかり縫いよるが、どないしやるのか」

&『笑いころげた昔』

震災見舞いへの感謝の返事                                        荻生作

巨大地震で、グラッと揺れた。

大地が、街が。

私の心も、揺さぶられました。

皆様の温かいご支援で。

 

言い訳 いいわけ

 もっともらし言い訳でその場のトラブルを切り抜ける遊び言葉。詭弁などを多用することが多く、〈弄辞〉の姉妹用語である。

【例】

馬鹿呼ばわりされご機嫌斜めな彼女に

「バカ」といったぐらいで

そう怒るなよ。

自分が本当にバカだとは

思ってない人しかいないんだ

世の中は。

 

嫌味言い いやみいい

 会話などで、俗にいう嫌味や屁理屈を取り込んで相手に返す遊び。ふつう嫌味に相手は不快感を伴うが、遊びではユーモラスな気取りの類を用いるべきだ。

【例】

墓場に近づくのが、なぜ目出度い                                   荻生作

(送信)

花酒の爺ちゃん

喜寿のお誕生日おめでとうございます。

花の命は短くも、お酒の命はいや長し。

お祝いに銘酒「喜の寿」を別便で贈ります。

(返信)

鶴代ちゃん ありがとう。

けどなあ、喜寿のなにが目出たいものか。

賀の祝いなんて、冥土への里程標じゃよ。 

サテ 酒の付け届けとはありがたい。

生きる楽しみはこれ一本だけだもの。

サンキュー、ベロンベロンマッチ!

 ライフハッカー〔日本版〕より 

 

入間詞 いるまことば 

伝えたい真意をわざと捻って反対に表現した言葉を〈入間詞〉という。

この用語の由来などについては諸説があり定かでない。いくつかの文献のうち、大槻文彦編『大言海』にある説明が最も適切と見たので、左に掲げる。

入間詞() 〔和歌ニ、言語ノ通ゼヌコトヲ、うるまの島人ト云フヲ、いるまト付会シテ、作リ出デタル語トオボユ((ウオ)、いを。(ウバラ)、いばら)うるまノ条ヲ見ヨ〕深きヲ浅きト云ヒ、老いヲ若しナド、スベテ、(ウラ)を云フ逆詞(サカサコトバ)ノ意ノ語。狂言記、入間川(武蔵ノ入間郡ノ川)ニ、或ル大名ノ、土地ノ者ニ、深キ所ヲ、浅シト言ハレテ、深瀬ニ陥ルコトヲ作リ出セルヨリ、此語アリ。(此狂言、寛正五年、糺河原勧進猿楽日記ニ見ユ(中略)入間(イルマ)詞風(コトバフウ)ノ意ニテ、(イルマ)(ヤウ)と云フ語アリテ、事ノ裏ヲ云フ、意、少シ変ゼリ(後略)

入間詞は歌謡詞にぴったりの表現法であるのも大きな特徴だ。

埼玉県南部を流れる入間川 

【例】

反意の示し

▽花よ散るな→花よ()散れ

▽傷は深い→傷は浅い

▽行儀が悪い→行儀が良い

地歌「入間川」                                                                    近松播磨詞

愛しいを 憎いとすねて入間川 恋の口舌(くぜつ)はをかしかろ 嬉しい折りは涙ぐみ 腹の立つのは笑顔で知らせ 二()はかはさず三()(いや)よ 末は別れて暮そといふて じつと(にら)んだ入間(いるま)(やう) &『日本歌謡類聚』明治三十一(1898)

にくいあん畜生                                                北原白秋作詞

♪にくいあん畜生はおしやれな女子/おしやれ浮気で薄情ものよ/どんな男にも好かれて好いて/飽いて別れりや知らぬ顔(第一節)  &『生ける屍』大正六年、芸術座公演

 

入子詞 いれこことば 

〈挟詞〉に同じで、〈入詞〉とも略称。

詞の一音ごとに他の一音を挟み込んで特定の相手に通信を送る一種の暗号文である。深川芸者から発祥のことば遊びといわれている。ただし単純すぎて見破られやすく、今ではほとんど姿を消している。

【例】

入子詞の見本                                              荻生作

 (カ行入子)

▽みなさんだべ おそろいでだんべ いらっしゃいだんべえ みずもくうきもんだ まんずきれいですよ(田舎詞入子)

 

色言葉 いろことば 

色恋沙汰を述べたりする艶がかった江戸語。

たとえば「仇惚れ」「しんねこ」「仲萎え」「のの字」「ほの字」など、遊里発祥のものも少なくない。

【例】

滑稽本より                                              滝亭鯉丈

「一中節の信田妻を、左次さん一ト口おたのみだ。そこで色言葉の切れるまで、少しづつ思入の振があって」 &『花暦八笑人』四・上

現代小説より                                                 永井荷風

「いや其方の方じゃ、もうしんねこをきめて居るんだな」 &『あめりか物語』

 待合風外観の居酒屋、その店名も色洒落の「ほの字」〔東京都渋谷区恵比寿〕

 

浮世詞 うきよことば 

〈遊里詞〉にほぼ同じ。

江戸時代に遊里界隈で遊女や遊客らが粋を装い流行させた言葉を指す。

【例】

浮世言葉                                            古今新左衛門詞

♪うき代ことばによそへてとふて、とかくうき代じや恋のみち、うらがきまゝなるならほんに、とはおもへども人の口、有事ない事おつしやります事聞は、松はこふじとねたといふ、こふじはまつとねぬといふ、あのうそはいの、ねたりやこそあれな、やれひつたりと、そのよな事はな、けもない事よ、きけばうれしや思ひくさ、たゝうつゝなや、人にはいはれぬわがなみた、それとはしらでおもひねの、かわくまもなきわかなみた、誰れうのたもとをも、ひかはなどかきれざらん。『落葉集』巻六

 

謳い文句 うたいもんく 

〈宣伝文句〉とも。事物の特徴や傑出点などを強調する短い文句。

キャッチコピーはその代表的なものである。

【例】

昔の標語より

▽胸にいちもつ手に荷もつ

 ──大正十二年、関東大震災直後に発表

▽酒でよろよろ 家はぐらぐら

 ──昭和十六年、日本禁酒同盟

▽欲しがりません、勝までは

 ──昭和十八年、国策公募採用作品

戦後復興期のの謳い文句

▽鉄兜を鍋に更生

 ──銀座松屋(昭和二十一年)

▽結婚とは何ぞや

 ──大塚・角万(昭和二十二年)

▽停電のない電気ブランを胸に灯せば/明るい酔で暗闇も吹っ飛ぶ

 ──神谷電気ブラン(昭和二十六年)

▽クシャミ三回 ルル三錠

 ──三共ルル(昭和二十八年)

 

歌詞 うたことば 

〈歌語〉とも。和歌表現の潤沢化を目的に、和歌もしくは古歌謡詞専門に使われてきた言葉をいう。たとえば、安眠→やすい、馬→駒、鶴→田鶴など。

 

裏言葉 うらことば 

〈隠語〉の別称。表だった意味とは別に、裏の意味を隠してある言葉である。〈裏世辞〉ともいっている。

雑俳集『日本(やまと)(たける)』(知石評、享保十年成)に、

阿漕とはこちも深みのうら詞

とあり、強欲であることを意味するあこぎは「恨み」という裏言葉が隠されてい

ることを示している。

 

絵詞 えことば 

絵柄の内容を説明に添えたものを〈絵詞〉、ときには〈絵解き(ことば)〉という。

平安時代の挿絵付き冊子(草紙類)にはたいてい絵詞が添えてある。なかでも「妖怪絵本」や「さうし」には見てきたような絵詞が載り、随所に読者の気を引く工夫がうかがえる。絵を眺めつつ詞を読み耽り、現実の一時を忘れる庶民の姿を彷彿させる効果が大きかった。

江戸時代に入っても絵草紙類の人気は衰えず、庶民娯楽の大いなる支えになっていた。時代は下がり開化期、欧米の文物移入に伴う影響をうけ、〈絵詞〉は〈吹出し〉に替わり、詞の付け方も整理簡略化して、やがて「キャプション」という呼び名に変わる。

 古屋敷で正月を祝う化物ども〔勝川春英画、十返舎一九作『妖怪(ばけもの)一年(ひととせ)(ぐさ)』〕化物が集って新年の祝宴を張る、思うだに奇天烈な発想だ。読者は釣られて絵詞を読みふける仕組みになっている。

 

江戸語 えどご 

〈江戸言葉〉とも。

江戸で発祥し江戸で栄えた方言。職人や奴等が使うぞんざいな言葉が目立つ。婉曲的に〈べらんめえ調〉ということもある。

江戸時代文化の中心地であっただけに、方言としては語彙が豊富で、何冊もの江戸語辞典が存在する。江戸語のほとんどが、いなせを持ち味とした職人言葉であるのも特徴だ。例えば、売物→買物、お父さん→ちゃん、大変→てえへん、間抜け→とんちき、小額の銭→目腐れ金、十分に→ぞっこん、伏せる→つっぷす、帰る→けえる、とんでもない→べらぼうめ、いやだ→やなこった など。

 接頭語付き俗語も江戸語の特徴の一つで、例えば、いけずうずうしい、すけべ、バカっ早い、うすのろ など

 

縁起言葉 えんぎことば 

冠婚葬祭において、縁起をかつぐために用いられる特殊な文字表記法を〈縁起言葉〉といっている。言葉遊びに通じる当て字がほとんどである。亜流の創作もできよう。

【例】

結納目録用

寿留米=するめ        

勝男武士=かつをぶし

子生婦=こんぶ             

末広=すえひろ()

御披楽喜=おひらき      

家納喜多留=やなぎたる(角樽)

新縁起言葉                                               荻生作

▽非貧=商売はんじょう

▽子宮脱出=おめでた

▽トイレペ=ふくのかみ

 

貶め言葉 おとしめこしば 

意図して卑語や俗語を使い、文章に生なましさを与える摩擦の文彩技法から発生した言葉遊び。ただし、濫用は文体の格をも貶めるので、慎むべきである。

【例】

近代小説より                                                    夏目漱石

「此故に彼等はヘーゲルを聞いて、彼等の未来を決定(けつぢやう)し得たり。自己の運命を改造し得たり。のっぺらぼうに講義を聴いて、のっぺらぼうに卒業し去る公等日本の大学生と同じ事と思ふは、天下の己惚(うぬぼれ)なり。」 &『三四郎』三の六

近代評論より                                                   (宮武)外骨 

次に本郷辺では「貸二階」だの「貸間あり」だのと札に書いて、実は一円位でチヨンの間を専門にして居る者もある、&『裸に虱なし』うち「知識的肉欲の要求傾向」

 

おどし文句 おどしもんく 

 相手に対し言葉や文言で恫喝すること。多くは〈はったり〉に終わるが、ときと場合によっては言葉の凶器となって効果を発揮する。

【例】

京都三条大橋に掲げられた榜書                              自称 皇国忠義士

佐久間修理 此者元来西洋学を唱ひ、交易開港の説を主張し、枢機之方え立入、御国是を誤候罪捨置難く候処、(あまつさ)へ奸賊会津・彦根二藩に与同し中川宮と事を謀り、恐多くも九重御動座彦根城え移し奉り候儀を企、昨今頻に其機会を窺候。大逆無道天地に容れ可らざる国賊に付、即今日三条木屋町に於て天誅を加へ(おわんぬ)。但斬首・梟木に懸け可きの処、白昼其儀(あたわ)ざるもの也。/元治元年七月十一日/皇国忠義士

佐久間(さくま)象山(しようざん)(181164)は思想家・兵学者。開国と公武合体を唱えて期待する勤王団体に暗殺された。人間社会では百人集れば百の異なった考え方がある。極右があれば極左もあろう。それを自分に相反する言動だからと、実力行使で相手つぶしにかかったのでは、社会は成り立たない。この例のように近代化黎明期の維新に、多くの有能の士が、単に思想上の反目というだけで、斬奸(ざんかん)の名のもと魔手に(たお)された。象山もその一人である。

   象山は信州松代藩士だったが、資源開発の役務上生じた農民とのいざこざや、同藩士らからの村八分に嫌気がさし、志するところあり江戸へ出て砲術指南所を開いた。ペリーが来航したときは、浦賀へ出向いて視察、藩主らに開国の急あることを説いている。

象山は人も知る博識家かつ努力家で、ことに西洋事情に通暁していた。そうした知識を生かし幕府の海防顧問まで勤めた男が、売国奴にされ、凶刃に命を奪われたのである。先見の明ある愛国の士という点では、自称「皇国忠義士」などという吹けば飛ぶようなチンピラの比ではなかった。

 二・二六事件の公告〔昭和十一年各紙〕

バーチャル警告文                                            荻生作

悪党諸君密告屋(タレコミ)がいるぞ!

どこにいる?

そにも、あすこにも。

おまえの周り、東西南北に。

虎視眈々として

ヤバイことしてやしないかと

おまえを見張っているぞ!!

 

踊り言葉 おどりことば 

畳語用法により、同音の言葉を重ねたもの。

「くるくる」「ぴかぴか」「ちらちら」「ぺんぺん草」「ホップ、ステップ、ジャンプ」「シャンシャンシャン」「セブン・イレブン、いい気分」など。

 

回帰詞 かいきことば 

趣味や道楽あるいは人世などを回顧して、それらが遍歴を辿り一巡して元へ戻ることを表した短句を〈回帰詞〉と称することにする。回帰詞は一般に「~に始まり~に終わる」という定型句をとる。古くは金言や俚諺に、現代ではキャッチコピーなどに多く見られる。

【例】

古諺より

箸に始まり箸に終わる──日本料理の食事作法。

▽陶器に始まり陶器に終わる──骨董品収集の道楽。

▽縞に始まり縞に終わる──和服の着こなし。

仕訳(しわけ)に始まり仕訳に終わる──簿記の技能検定。

▽モーツアルトに始まりモーツアルトに終わる──音楽鑑賞の遍歴。

現代の回帰詞                                              荻生作

▽夢に始まり夢に終わる──買った宝くじ

▽ミスショットに始まりミスショットに終わる──アマチュアゴルファー

▽図書館に始まり図書館に終わる──辞典作家の宿命

▽倶利伽羅に始まり紋々に終わる──肌の刺青

 

買い言葉 かいことば 

悪口などを言われた場合に、相手へ言い返す言葉。

成語に「売り言葉に買い言葉」、金言に「売り言葉ありとも買い言葉を出すな」「喧嘩の売り買い買う奴はいない」と。このスタイルを遊びに応用しケンカにならない笑殺版を作ってみよう。

【例】

売るなら、買おう                                           荻生作

▽「どうだ、グウの音も出ないだろ」

 「いや、パーの音が出た。おれの勝ちだ」

▽「花が散る。風よ吹くな」

 「ホラ吹いた」

▽「おまえ、阿呆か」

 「阿呆に阿呆が阿呆呼ばわりして、どうなる?」

おきやがれ                                               荻生作

夕まぎれ、旅館街を歩いていたら「お爺ちゃん、遊ばない?安くしとくわよ」だって。物の言い方を知らねえスケガキだ、「お父さん」だったら返事ぐらいしてやったのに。

 

嬶詞 かかあことば 

やんごとなきをみなのたまうことのはのむこうをはって、ヤレンナア、裏長屋では伝法な〈嬶詞〉がスベタラリと口から弾きとばされる。これをチャラケルのも、しがない宿六族の愉しみだろう。

【例】

亭主のツラ見て言いたくなるの…                         荻生まとめやだァ六 粗大ゴミ のんべんだら そこのチャン ボーフラ親父 ビンボー神 グウ太郎兵衛 ダメ親父 スットコ野郎 カカア泣かせ べらぼう亭 グウの字 ひょっとこりん トンチキリン 昼三りんぼう夜マッチ棒 チキショーめ 役立たず サア殺せ!

*発想は尽きず。こんな調子で傑作を作ってみよう。

 かかあ天下〔昭和初期の絵葉書〕

 

掻き文句 かきもんく 

人をうれしがらせ、話に乗せてしまうような文句。古い秀句〈ふはとのる〉の亜流であろう。

「もうそんなかき文句はよしてくれ。てめへがつらも今日が見おさめだ」(『風俗通』三)

 

かざし詞 かざしことば 

正月三が日のあいだ忌むべきことを呼び替えた言葉を〈かざし詞〉、また〈かざし文句〉という。「翳し」は覆い隠すの意。

随筆『柳亭筆記』巻四に、

三ケ日には、忌ていはざる詞あり、それにはかざし詞とて、名をよびかへていふなり、雨をおさがり、寝るをいねつむ、おきるをいねあぐるといふ類にて、鼠をよめが君といふはかのかざし詞なるゆゑ俳諧にては初春の季を持なり

とあるように、もっぱら俳諧分野での用語である。しかし巷間においては、縁起をかついでの言語操作であることに変わりはない。

 

重ね詞 かさねことば 

〈重言〉とも。複合語や同義語を重複して用いることで、語調を整えたり意味を強めたりする文彩(修辞)技法、また言語遊戯を〈重ね詞〉という。

〈重ね詞〉は文法的にみて表記の誤用であるが、言葉遊びにおいては、余計(ことば)を意図的に重ねておかしみを出す弄辞法として、平安時代から採用されてきた。われわれが日常何気なく使っている言葉にも〈重ね詞〉がひんぱんに出る。

 たとえば「昼日中」「豌豆(えんどう)豆」「頭痛が痛い」「入梅に入る」「病みわずらう」「バスに乗車する」「不快感を感じる」等等(などとう)(これも重言)。なかでも「バスに乗車する」のように、字面(じづら)の重複でなく意味の重複が隠れている複合語の場合が〈重ね詞〉を招きやすい。この場合は「バスに乗る」が正しい。

 逆に、「後で後悔する」「違和感を感じる」などの用法は、字面は一見重複のようであっても、傍線部が単一成語とみなしうるので〈重ね詞〉とはいえないのである。このあたりが日本語の難しさといえよう。

〈重ね詞〉はまた、えてして〈畳語〉と混同されやすい。〈畳語〉のほうは「さまざま」「またまた」「はらはら」のような音重ねという点で、〈重ね詞〉とはまったく別である。

【例】

古典より

▽不定の定めなき(源氏物語、若菜)

▽おくれ先たつ道の道理(同右、柏木)

▽あすも御いとまのひまに(枕草子)

▽法験のしるし(古今栄雅抄)

▽雪のふぶき(四季物語)

&『瓦礫雑考』

*右例はいずれも自然な筆誤りであり、意図的な弄辞を意図したものではない。自然か作為かは、前後の文章の流れで判断するしかない。

日常慣用句より

好物(こうぶつ)もの いつ何時(なんどき) 今日この頃 とっかえひっかえ 書面づら 怪談話 日暮れまぐれ (めかけ)てかけ 責め折檻 数珠(じゆず)(たま) 恨みつらみ 田夫野人の田舎者 巻紙の紙 夜更けさふけ 短気は損気 文士物書き 雨やさめざめと泣く 梅干婆アの(しわ)

*これらは慣用成句ではあるが、言葉遊びへの展開一つで妙味を発揮できる。

 

数取り詞章 かずとりししょう

数を表すものを「数詞」といい、ふつう一、二、三……のように書く。この数詞を使ってことわざや金言に仕立てたものを〈数取り詞章〉としておく。これにふさわしい慣用語はまだない。

数にちなんだ詞章やことわざ等は非常に多く、たいていは教訓的内容のものである。

また〈助数詞遊び〉とは深い姉妹関係にある。

【例】

何年かかるか

▽桃栗三年柿八年、柚子は九年で花咲けり、梅は酸いとて十三年(果実の生るまでの年数)

*滑稽化した句に「桃栗三年、後家一年」がある。

舞二年太鼓三年笛五年鼓八年謡十年(修業に要する年数)

▽串打ち三年裂き八年火鉢一生(うなぎ板場の修業年数)

数詞入りの洒落

▽二八なりやこそ憎からぬ

▽胸に一物、手に荷物

▽鬼も十八(じや)二十(はたち)

▽やる気は十分、する気は八分(はつぷん) 

 一二三(ひふみ)(ことば)

 ▽一押二金三男

▽一髪二化粧三衣装

▽一盗二婢三妾四妃五妻

▽一姫二太郎、育って四米宿六(やどろく)

 ことわざ一般

▽一か(ばち)

▽一文惜しみの百失い

▽三拍子揃った道楽

▽四も五も食わない

▽五重の塔も下から組む

▽六月に火桶を売る

七度(ななたび)探して人を疑え

八卦(はつけ)の八つ当たり

▽九死に一生を得る

▽十読は一写にしかず

▽十を聞いて一を知る

▽十三になるまでは七面(ななおもて)変わる

▽十八後家は立つが四十後家は立たぬ

▽三十にして立つ

▽三十六計逃げるにしかず

▽五十歩百歩

▽百も承知二百も合点(がてん)

勘定歌「我利〳〵亡者の歌」  添田啞蝉坊詞

♪人生わずか五十年 二十五年は寝て暮らす/昼寝十年転寝を十年 引いてその後に/残る五年を居眠れば 人間ついにゼロとなる/起きて半畳寝て一畳 食べて五合着て一枚/なんぼお金があつたとて 死んで行くときや(なま)草鞋(わらじ)(きよう)かたびらに(ぜに)(ろく)の 宗旨によっては一文も/持たずにえんまの帳面に/いやでも付かなきやならないと/()まつているではないかいな

*明治四十年頃に流行の演歌。

 

かまど詞 かまどことば 

式亭三馬作の滑稽本『小野愚虚字尽(おののばかむらうそばかり)』の中に〈かまど詞〉の一項がある。これは三馬の創作名で、自身も解説の中で「おかしくば、おまえの前の八介どの、長松とひとつになつて、片言だらけの高ばなし。これは大和詞の

こじつけながら、云々」と断っている。要するに、江戸弁の燃え盛るようなまくしたて、癖の強い方言としての江戸語をカマドの炎に見立て、薪代わりに拾い集めたものであろう。

「かまど」のいわれは曖昧そのもの。しかしながら詮索はさておいて、三馬流の洒落と理解しておこう。

    天        ハ てんじよく

 地        ハ じびた

 南天       ハ なるてん

 古文字      ハ 唐様

 魂        ハ たませえ

 日蓮様      ハ にちりんさま

 若衆       ハ わかし

 芝居       ハ しばや

 茶釜       ハ ちやまが 

 狼狸       ハ おおかめ、たの

 呂律(りよりつ)わかわぬ    ハ ろれつがまはら

 我家楽の釜だらい ハ わがえいらくのかなだらい

 (ふく)(ろく)寿(じゆ)       ハ ほくろくじん

 旡()      ハ きんば

 (えびす)          ハ えべす

 

からだ言葉 からだことば 

身体やからだの一部分を材にした文句を〈からだ言葉〉と総称している。

「目は口ほどに物を言う」といったことわざから、歌俳はもちろんのこと、「一つあれば何度でも貸したり売ったりできるものナーニ?」答「顔」のような〈謎なぞ〉までネタは無尽蔵である。

いっぽう、「頭から湯気を立てる」「顔つきがよくない」「(はな)垂れ小僧」など、手垢がつくほど使い古されたものも少なくない。であるから、新たにオヘソがお茶を沸かすようなケツ作を創作してみるのも一興ではなかろうか。

ただし、作品の内容によっては小うるさい筋から性差別だ、不快表現だと(まなじり)を吊り上げられることもあるので、股座(またぐら)(ふんどし)を締めてかかろう。

【例】

談義本より                                  頴斎主人撰

「サレバその夢から工夫して、『善人にかふはなられぬ()(ふぐ)かな』といふ発句のやうに、くろいものが白くなつて、昔のわしではない。是から、しやかへ詣でゝ後生を願ふつもりじやが、さいわい爰にとまり合たからの思ひ付」といへば、亀が頭をぶらりしやらりして、&『当世穴さがし』巻一

*傍線 (筆者)部は作者の茶利で、役に立たなくなった男の一物を暗示。

刺青(いれずみ)の女

東京上野精養軒のお半などと来ると、年は二十七八の年増盛り、スツキリと水際立つて姿の好いのが、お膳運びの裾さばき玉か氷かむつちりとした白い脛に(あかい)ものがチラ〳〵する、お客が気にして根強く聞くと、初めは中々見せないが終には自慢さうに出して見せる、脹腓(ふくらはぎ)に燃え立つやうな緋房(ひぶさ)が彫つてあつて、其紐がクル〳〵と向脛(むかうずね)から巻上つて内股に般若の面、アツと言つて舌を巻くお客の顔を流眄(ながしめ)に見たお半は、貴郎(あなた)、人に言つちや(いや)ですよと嫣然(につこり)する、その笑顔が素敵に美しいさうだ &『時事新報』明治四十二年十一月

 

願掛け詞 がんかけことば 

神仏や俗信対象への誓いの慣用文言をいう。術語では「誓言(せいごん)」。

普通は信仰用語だが、その崇めぶりを強調する場合など定形の文句を並べて文章に彩りを添える。

【例】

 典より                               朋誠堂喜三二作

書林曰く、本だ、まかせろな、ほりたや売たら高かんまん、チチンプイプイ御代(ゴヨ)御宝(オンタカラ)と言かとおもへば桜木と変じ、&『古朽木』序

狂言小唄より

♪イヤとどろ、とどろと鳴る神も、ここは桑原、よも落ちまじ。よも落ちまじ。&『日本故事物語』

明治文学より                                                                     樋口一葉作

拝みまする神様仏様、私は悪人に成りまする、なりたうは無けれど成らねば成りませぬ、&『大つごもり』下

 観音菩薩にすがる宿屋の娘おさよ〔瓦版、年代未詳も幕末〕 おさよは前世の因業で生まれついての異形、観音様にすがるため願掛けの三十三札所巡りを始めた。

 

キーワード keyword

和訳して〈鍵言葉〉あるいは〈要点語〉。

文章等の意義を説き明かすうえで、鍵となる重要な言葉。

普通、見出しにする、「 」で閉じる、反復するなど、目立たせる技法が取られる。

キーワードという語義の範囲が広く、解釈しだいで範疇に差異が生じる。「明治語の修辞に取って代わるものに、文彩という新語が用いられはじめている」のように傍点を付けるなど強調の表記により、読み手の理解を助けたい。

【例】

近代文学より                          二葉亭四迷

さて、題だが……題は何としよう? 此奴(こいつ)には昔から附け(あぐ)んだものだッけ……と思案の末、(はた)と膝を()って、平凡! 平凡に、限る。平凡な者が平凡な筆で平凡な半生を叙するに、平凡という題は動かぬ所だ、と題が(きま)る。

&『平凡』二

*いうまでもなく「平凡」がキーワードである。

僕自身の広告文                           荻生作

イギリス人は、歩く前に考える。

ドイツの人は、歩きながら考える。

イタリア人は、歩き終わってから考える。

かくいう僕は、便座の上で考える。

何かよいアイデアはないかいな、と。

*「考える」が核(キーワード)になっている。

 

擬態語 ぎたいご

 種田山頭火の吟句に「ほろほろ、ふらふら、ぐでぐで、ごろごろ、ぼろぼろ、最後がどろどろ」がある。酔っ払いの音尽くしにおける最高傑作だ。

 このように、ある物が発するある音を人工的に文字で表す技法を文彩遊戯で〈音もどき〉といい、レトリックでは〈擬音語〉〈擬態語〉あるいは〈オノマトペ〉といっている。いってみれば、感覚的な印象を言葉に託し活性化した表現にするテクニック。事物が発する音声、動き、様子などを文字レベルの発音に仕立てて明示するわけである。そのため多分に主観的で、なおかつ、きわめて感覚的な仕上がりになる。

【例】

近代小説より                           宮沢賢治

そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱

がいつかぼんやりした三角標のかたちになっ

て、しばらく蛍のやうに、ぺかぺか消えたり

ともったりしてゐるのを見ました。それはだ

んだんはっきりして、たうとうりんとうごか

ないやうになり、濃い鋼青(かうせい)のそらの野原にた

ちました。 

&『銀河鉄道の夜』六

 

極り文句 きまりもんく 

〈定形句〉とも。いつもきまったように使われる文句。型にはまった陳腐な口上。言語遊戯というよりはレトリック技法に近い。

「母は例の極まり文句を並べるが、キャッキャッと騒ぐ外には能がなく」(谷崎潤一郎『異端者の悲しみ』)

【例】

現代の創作極り文句                         荻生作

▽明日は明日の風邪を引く

▽一日一善、一日三膳

▽煮ても焼いても食える奴

▽「お早う」とホスちゃん晩にご挨拶

▽「儲かりまっか?」「アカン。首くくり考えとるンや」

 

逆差別用語 ぎゃくさべつようご 

 一般にいう差別用語に対立した言葉。つまり差別用語は「差別を生じるため使うのに不適当な言葉」と位置づけられているが、〈逆差別用語〉は「不平等を助長させる傾向の言葉」ということになる。

 この類は普段私たちの身の回りにいくらでも見つけられる。

【例】

逆差別用語くさぐさ

人間国宝 文化功労者 目明き フーゾク・バッシング 超IQ 労働貴族 日本語NG ダイエット女王 J隊 ムショ天皇 アナル処女 シニヤ(死にや)世代

ご意見有用                             荻生作

「識者」という言葉、逆差別用語だと私は思います。「人間国宝」これも逆差別用語ではないですか。

 マスコミに登場する機会のない庶民は、学識のない無教養者、役立たずといわれているような気がしてなりません。私たち平凡な国民は、国の宝とはいえないのでしょうか。

 メディアや為政者は口では国民平等をうたいながらこういう逆差別用語を次々と創り出しては平気で使っています。そのくせ自分たちは、これは差別用語だと勝手に決め付け昔言葉や俗語等を槍玉に上げいい振りこいて言葉狩りに狂奔しているのです。メディアや文化人嫌いになるのも、むべなるかな。

*今の世の中、言葉狩りがはびこっている。文科省あたりの役人が音頭を取り、各地の教育委員会らが同調し、マスコミや市民団体などが悪乗りして、言葉狩りに眼の色を変えている。自分たちの行為が文化破壊に繋がっていることを知ってかしらずか、まったくいい気なものだ。年配の物書きは仕事がやりにくくなった、とボヤかざるをえない。連中、人権論を声高に唱えながら、一方では逆差別用語を量産しているわけ。こういう不条理をテ

ーマに取り上げて一文にしてみた。掲出文は、〈要点優先〉という文彩技を用いたもの。要点の総括的記述を先行させた後、補足説明などを加えていく手法である。いわば文章のポイント先取り形態で、大事なことは先に言い切ってしまおう、という趣旨の技法である。読み手に情報をしっかり伝える必要のある場合、こうした要点を先出しにするのが普通だ。ちなみに、見出しを含めた新聞の報道記事は、この要点優先を骨格に構成されている。

 

国訛り遊び くになまりあそび

わざと(くに)(ことば)(方言)を使って表現し、おかしみを演じる遊びを〈国訛り遊び〉という。

古くから国訛りは「当国の手形」と称し土地柄を示す代表にされている。使う時期と場所などが適切だと、思わぬ効果を発揮するこ

とがある。

 【例】

伝承文句より

▽江戸べらぼうに、京どすえ、奥州だんべい、薩摩どんがら

▽山のいのすす、屋根のすす、こはだのすすに、帯のすす

 *この文句、暗に東北弁をからかっている。

暑さぼやき大坂弁の狂歌

▽此程のゑらい熱さのしんどさにおゑさん達もこけて居るなり

▽順繰にこけては休む其ねきに御寮人にはゑらい身仕舞

▽どだいこの熱さにまけて何せうもよふ出来ぬなり心気くさくて

&『浪花の風』

落首より

▽べいべいことばがやむべいなら借りても三百つい出すべい

▽近江こく出羽のちやあちやあ加賀ねまり備前およろい江戸見たつけい

 &『零砕雑筆』巻一

滑稽俳句より(伝承)

▽ほととぎす鳴くべ鳴かずの峠かな

*峠とは碓氷峠、つまり上毛と信濃の訛の差を示している。

小唄の応酬

京の人へ

♪京の人 都言葉と自慢がおかし 男のくせに何ぢゃやら そうじゃさかいの 行きんかの けたいな奴じやほておけの すこい小僧よと生ぬるく 女なりけり都鳥 ありやなしやの隅田川 洗って見たい江戸の水 

江戸の人へ

♪江戸の人 (あづま)言葉と自慢がおかし 女子(おなご)のくせに何ぢややら 馬鹿な(つら)だのべらぼうだの 頓馬間抜が洒落るなど 面見やがれとはしたなく 男なりけり(とり)がなく 東言葉を京加茂川で 洗つて見たい京の水  ──江戸末期に流行

どじょうも鯰のお仲間だんべ

♪どじようのおひげでぬらくらあるき

やつぱり鯰のお仲間だんべ

オヤマカチャンリン ──明治十年頃に頃流行

《参考1》

                    式亭三馬

ちつとお談義が長くなるが、江戸は繁花(はんくわ)の地で、諸国の人の(あつま)る所だから、国〴〵の(ことば)が皆馴聞(ききなれ)て通じるに(したが)つて、諸国の言が江戸者に移らうぢやアあるめへか、そこでソレ、正直(しやうじん)の江戸(ことば)は、どれが()だやら混雑(めつたくさ)(なつ)たといふものさ、それでもお(れき)〳〵にはないことだ、皆江戸(なまり)といふけれど、訛るのは下司(げす)下郎(げろう)ばかりよ、&『狂言田舎繰』

《参考2》

横浜言葉                                石井研堂

「外国人と対話するに、其語の通ぜざらんことをいとひて、当時横浜言葉と称する──ヂキ〳〵タイサン等の語を云ふ、──片言を以て対話する者あり、外国人の方にては、此詞を甚だ嫌ふ事なり」明治六年刊〔西の手ぶり〕/文久元酉年版の〔膝車〕第十編に「かんじんの間に合はねへじやア、ペケだと云ふだらふし、べん〳〵と打捨(サランパア)にもしておかれず」とあるは、横浜言葉のペケとサランパアの初見なり。/チヤンピヨン、これは横浜言葉といふに非ざれども、明治十八年六月二日の〔絵入〕に力士岩竹事、松田虎吉の事を記載し、「近来はチヤンピヨン(原注、大関)と称され居る程なれば……」と、原語のまゝ使用せり。&『明治事物起原』第八編

 

口説き文句 くどきもんく

〈口説き文句〉は異性攻略のための殺し文句である。ことに相手が百戦錬磨の水商売の場合、遠慮や恥じらいを捨て、大人の感覚でアプローチするのがコツだ。

【例】

小料理屋の女将へ、一目惚れした客より

荻生作

昨晩突出しに出してくれた松前漬はとてもうまかった。

味付けが半端じゃない。

でも、あなたは松前付よりもはるかにおいしそうです。

今度はいい女をたっぷり味わせてください。

 

繰言 くりごと 

愚痴を言うこと。みじめったらしい様子で口にするとりとめのない言葉。〈繰言葉〉とも。

【例】

尼にいじめられた燗酒屋                                        曲亭馬琴

「テモ、ゑらひどいお比丘尼だ。尼相応に甘酒でも飲めばよいのに、理不尽に人を投げたりほかしたり、あをつきりとはよい生酒。これじやアめったに起きられねへ。道で(たふ)れだ、うまらぬ〳〵」 &『傾城水滸伝』初篇

酔漢の管巻き                            荻生作

馬鹿で悪けりゃ頓馬かい

阿呆で間抜けでオタンコナス

べらぼうめの、ドジっ太郎

うすのろ、ぼんくら

オッチョコチョイ!

ほう、怒りなすったか、あんたさん

最後までよ~く聞くべし

以上、〆てオレのことだよ。

 

黄金の言葉 こがねのことば 

〈金言〉とも。仏が導いてくれる尊い言葉。

「げにや疑はぬ、法の教へは朽ちもせぬ、黄金の言葉多くせば、などかは至らざるべき」(謡曲「実盛」)

 釈迦の垂訓は「黄金の言葉」といわている。

 

国籍不明語 こくせきふめいご

意味どころか、その発祥国籍すらわからないような流行唄の歌詞をさした俗称。幕末から近代にかけ巷間に大流行した。

【例】

横浜で流行「ノーエ節くずし」

♪オツピキシヤラリコ、ノーエ、チイチガタイ〳〵、チイチガタイ〳〵、オツピキシヤラリコ、チイチガタイ〳〵タイ &『江戸の実話』野毛の山から

選挙干渉へのおふざけ歌詞

♪キビスカンカン イカイドンス キンギヨクレンスノ ソクレツポ スチヤンマンマン カンマイカイノ オツペラポーノ キンライライ アホーラシイヤオマヘンカ&『横浜史年表』明治二十五年二月

*この国籍不明語は、明治二十五年二月に社会問題化した政府による選挙干渉を風刺した流行歌詞である。最後に到ってやっと日本語らしいと気づく笑い話になっている。二月十五日は衆議院議員の改選日だが、政府は事前に目に余る干渉に乗り出し、国民から「無政府以上の極悪政治」という非難の声が上がった。なにしろ憲法発布後間もないホヤホヤ立憲君主国のこと、官民ともに総選挙のセの字もわからない。選挙戦を巡り、各地で闘争事件が頻発した。巡査が気に入りの候補者に投票するよう勧誘したり、立候補者が役人を介して贈賄攻勢に出たり、買収がきかないと暴力沙汰の脅しもまかり通る。あげくの果て、佐賀では暴徒鎮圧のため一個中隊が差し向けられるという事態まで発生した。まさしくアホーラシイヤオマヘンカを地でいったような世相。わが国に形だけでも公正選挙が定着するまでには、長い道のりを要した。

 

ざあます言葉 ざあますことば 

〈あそばせ言葉〉と並んで、東京山手の有閑マダムらが使う上品ぶった言葉。「おいしゅうざあます」「かなしゅうざあます」「お派手でござあますわよ」など(〈遊里詞〉参照)

元の言葉「ざます」は江戸後期の岡場所女郎衆が好んで使った言葉と知ってか知らずか。

 

逆さ言葉 さかさことば 

一語句を中断して二分し、上下逆順の言い回しで表現することを〈逆さ詞〉といい、「倒語」と称することもある。元の語句を倒置した結果、滑稽味の生じることが必要で、語感弄辞の技法といえる。その意味で〈駄洒落〉や〈語呂合せ〉の延長線上にある遊びでもある。当然、類義もいくつか生じる。

【例】

倒置による語句変化

▽花の雲→雲の花

▽けっこう→()(こつ)(けい)(鶏の一種)

晦日(つごもり)→つもごり(ツゴモリの音韻顛倒)

(はまぐり)→グリハマ(ハマグリの音韻顛倒) 

音韻顛倒による隠語用法

▽素人→トウシロ

彼女(これ)→レコ

▽学生→セイガク

▽銀座→ザギン

▽千秋→クラ

いろはをさかさに

♪もふし〳〵。お師匠様。いろはをさかさによみませう。京すせもひゑし。みめゆきさ。あてえこふけまやくおのいうむら。なねつそれたよかわをるぬりち。とへほにはろいで四十八文字。おてほんの通りでござります。おのれはあきれたばかやらう。父母はいづくの生れと問ふたれば

♪越後の国の角兵衛獅子の忰とへらず口をたゝいてかへります。

&『巷歌集』

*「無同字歌」といわれるいろは歌を逆さにくずした珍妙な作品。早口唄にもなっている。しかも、トンボ返りを得意とする越後獅子(わらんべ)がうたうというオチまでついている。

 

遊里詞 さとことば 

江戸時代に遊里・遊廓で遊女が使った業界独特の隠語を〈遊里詞〉が代表した。ほかに〈(くるわ)(ことば)〉〈遊里(さと)(なまり)〉〈遊里語(ゆうりご)〉〈遊女(ゆうじよ)(ことば)〉また〈ありんす(ことば)〉〈浮世(うきよ)(ことば)〉など別名異称がいくつもある。

 不思議な国のありんす 間向成嘘言吐図(まむきになつてうそをつくづ)、『ありんす国人の饒舌』十四傾城腹の内より、芝全交作、北尾重政画〕 この図は裏面のもう一枚と対になっており、ありんす言葉の特徴を引き出し見本版なりと皮肉っている

遊里詞については、庄司勝富編『北女閭(ほくじよろ)起原』が、

 すべて廓と(なずく)る所には、(さと)(なまり)とて外所と違ひたる詞あり、わきて武陽の北廓なる里語(さとことば)は、ひときは耳だちたる事多し、或老人のいへるは、爰なる里語は、いかなる遠国より来れる女にても、此詞を遣ふときは、(いなか)の訛りぬけて、元より居たる女と同じ事に聞ゆ、此意味を考へて、いひならしたる事也とぞ

と、遊里詞が必要に迫られて出来たものであることを傍証している。

 遊里詞のうち、たいていの(くるわ)同士が共用できたのが「あちき」「なんす」「ありんす」など一部の詞。他によく使われてるものに「ようす」「きいした」「じれつたふす」などがある。

 さらに例示にもあるように、廓世界だけで通じる隠語も考案され、言葉遊び的感覚を発揮しながら用いられた。遊里詞は天保期(183044)を境に衰微していき、明治時代にはほとんど死語化している。

【例】

遊里詞の一部

遊ばす(なさる) いす(ます、です) えせふ(ます) おざんす(ございます) おっせいす(おっしゃいます) ござんす(ございます) ざます(ございます) さしゃんす(なさいます) しゃんす(なさる) す(ます) なます(なさいます) やさんす(なさいます) んす(ます)

典型的な遊里詞の文句

▽ほんにこれほどに思って居んすものを、だましなんしちあ済みいせんよ

▽主を袖になんす事アもつてへねへこつざんす

&(くるわ)宇久(うぐ)()寿()

三娼(深川・品川・吉原=発言順) の詞違い

山東京伝

お仲 つる吉といった新内の芸者は、どこに今はおりやすへ お品 やつぱり村田屋のむかふに居やす。モシそして旦那やかみさんの居る所を、お部屋と申しやす およし ヲヤ吉原じやア内証(ないしやう)といひすよ お品  ほかに客のあるのをまわしといひやす およし それも吉原じやア名代(みやうだい)客人(きやくじ)ンといひすよ お仲 深川なんぞじやア、そんな手重(ておも)い事はねへが、(よい)(どま)りを付た客のくる間に、ぬすみと言ふを売りやす お品 むヽはてね。品川の法で、なじみの客がほかへかくれて行くのをしると、その()キの女郎の(とこ)へ、台の物をおくりやす およし 吉原じや、そふいふときは、つけとゞけの(ふみ)(いふ)をやりいすよ &『古契三娼』

狂歌より

早鞆和布刈(はやとものめかり) 

▽おいらんにさういひんすよ過ぎんすよ酔なんしたらたゞおきんせん

 &『万載狂歌集』巻十一

 禿(かむろ)のおしゃべりに仮託した作である。

                   よみ人しらず

▽お富士さん霞の衣ぬぎなんし雪のはだへが見たふおざんす

 &甲子(かつし)夜話』巻七十一

                   よみ人しらず

▽いぎりすもふらんすも皆里なまり度々来るはいやでありんす

 &『零砕雑筆』巻二

新吉原の遊里隠語

大一座=団体登楼客 神=取り巻き 小菊(こぎく)=懐紙 大尽=豪遊客 手桶水=月経 長竿=客を粗末に扱うこと 猫=遊女の情人(いろ) 一切(ひときり)=チョン間客 不持(ふもち)=相手をしたくない野暮な客  御簾紙(みすがみ)=房事用の紙 (うつわ)=女陰

《参考》

遊女の言語統一策行う   (宮武)外骨

元吉原の開基以来、遊女の言語統一策が行われて居たと見て、其四十年間と、明暦以後の新吉原では、如何ような言葉が行われて居たかと想察するに、其頃跋扈して居た「やっこ」即ち侠客博徒の六方詞を遊女が模倣して居たらしい。涙を「なだ」と云い、来いを「来ろ」、こそばいを「こそぐったい」と云い、その他、よしやれおさらばえおつかないそうすべいそうさこうさ等の類である。それで、「奴」の勢力が衰えた元禄頃、遊女は依然六方詞であったので、世間から排斥されている「奴」の言葉をマネル事が、優美たるべき遊女には相応しからぬ情勢になったらしい。

七の字詞 しちのじこどば 

縁起をかついで七の字にちなんで作る詞章。助数詞入りのものなど、ネタの範囲はかなり広く滑稽本や落語集など文献をにぎわせている。

【例】

古諺より

 七生報国

 七転び八起き

 七度尋ねて人を疑え

 色の白いは七難かくす

 七尺去って師の影を踏まず

 七人の子をなすとも女に心許すな

七宝

 金 銀 瑠璃 車梁 瑪瑙 坡里 真珠

七小町

草子洗 鸚鵡 関寺 卒塔婆 清水 通

山本

古風「春の七草」

 せり なずな 御形 はこべら 仏の座 すずな すずしろ 

古風「秋の七草」

萩が花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 藤袴 朝顔の花

七福神

 弁財天 毘沙門天 大黒天 恵比寿 福禄寿 布袋和尚 寿老

 七福神入船とはこれまた縁起がよい

阿蘭陀(おらんだ)(ふね)(みつぎ)積込ビラ・弘化四年写し〕 ビラの説明によると、鯨に曳かれる絢爛(けんらん)豪華な宝船には七福神が乗り込んでいる。大坂で大売れした一枚摺絵草紙である。この絵には雛形、つまり今でいうモデルがある。実物は、なんと精巧なギヤマン細工なのだ。弘化四年三月、江戸は浅草奥山で展示されたとき、物見高い江戸っ子で会場は連日大賑わい。ギヤマン細工師は竹岩、人形細工師は政信、棟梁(製作監督)役の長谷川富士五郎といった名匠揃いで総仕上げした。

 

招福詞 しょうふくことば 

福を招き入れたいと願う気持ちから発する俗諺俗謡。〈唱え詞〉の体裁をとるのが普通である。

【例】

伝承狂歌より                         よみ人しらず

 一に富士二に鷹の羽のぶつちがい三に名をなす伊賀の上野に

アメリカ渡来の福の神(ビリケン)

びんづるさんはネー、ちよいとネー、痛いところを撫でればネー、ちよいとネー、治るネー、ちよいとネー、

ビリケンさんはネー、足の裏をばネー ちよいとネー、掻いてもらえばネー、ちよいとネー、福の神ネー、ちよいとネー &『明治秘話』

*明治の末、アメリカからわが国の民衆に幸福をもたらす神像という触れ込みで、図のような奇天烈(きてれつ)な人形が輸入された。広めたのは東京京橋の菓子商文明堂の主人で、店頭に並べたところたちまち評判になった。このビリケン、日本風に装い替えしたものまで現れ、花柳界のきれいどころが崇拝するところとなった。右に掲出の詞は、某書生が作った読売の文句である。ビリケンに招福を叶えてもらうには、縁起棚に飾って御供物を並べ、三拝のあと次の呪文を唱える。

  南無ビリケン様さまどうぞ娼売繁昌不見転(みずてん)安穏に今日も亦大金満のお客をお授け下さるように……その御礼にあなたの足の裏を沢山掻いてさしあげます。

ということで、実際にビリケンの足裏を掻くと、霊験あらたかと喧伝された。一種の狂信フィーバーといったところか。日本古来の「なでぼとけ」鬢頭廬(びんづる)様は、さぞ膨れっ面だったろう。

 ビリケン人形の写真〔近代、撮影者未詳〕

 

女学生言葉 じょがくせいことば 

明治中期、女学生間に流行った独特な言葉の用い方を〈女学生言葉〉あるいは〈遊ばせ言葉〉といった。

語尾に「付加の表現」の特徴をもち、たとえば「……ましな」「……ますのよ」「……ですわねえ」「オホホ、面白いお方」といった、ステータスを意識しての必要以上に丁寧言葉になっている。この現象は乙女らが自意識に目覚めた一種の自己主張であり、本質的に今日の若者詞と一脈通ずるところがあろう。

【例】

女学生雑誌の投稿欄より

近江愛知川のホワイトローズ様つてどなた?貴女も矢張り鏡子様お好き、嬉しいわ。私の住所ですか、明かしませうか、いや〳〵言はぬが花よ、ホヽヽ御地の対岸とだけ申し上ておきます。春の(あさ)に、夏の夕べに、たゞ本誌をのみ此上なき慰藉として、わびしく暮す果なき乙女(おとめ)でございますのよ。/琵琶湖西岸にて、露の玉より 

&『女学世界』明治四五年八月号

《参考》

流行言葉                                                    紅葉山人

流行といふ事(よろづ)につけてあるものながら別けておかしく覚ゆるは言葉の流行なり。しかとは覚えねど今より八九年前小学校の女生徒がしたしき間の対話に一種異様なる言葉づかひせり。/(梅はまだ咲かなくツテヨ)(アラもう咲いたノヨ)(アラもう咲いテヨ)(桜の花はまだ咲かないンダワ)/大概かゝる言尾(ことばじり)を用ひ惣体のはなし(ざま)更に普通と異なる処なし前に一種異様の言葉と申したれど言葉は異様ならず言尾の異様なるがゆえか全体の対話いつこも可笑く聞ゆ。五六年此かた高等なる女学校の生徒もみなこの句法を伝習し流行貴婦人の社界まで及びぬ初めのほどはいつこありしやしらず今は人も耳なれてこれを怪しと尤事(とがむこと)はなくあどけなくて嬉しとのたまふ紳士もありやに聞く。

&貴女(きじよ)の友』明治二十一年六月五日号

 

深情妙語 しんじょうみょうご 

〈深情妙語〉は江戸時代、男と女の中を取り持つ意味深な言葉として通用していたようである。大田南畝『俗耳(ぞくじ)鼓吹(こすい)』うち「お長半平」の条に、

同所お長が詞/この世の縁はうすくとも、未来はながくかふべしと、たのしみにした我身をば、むごくと斗半平を、じつと見やりし目の内に、恨と恋の二瀬川、みちくるしほを涙なる/深情妙語多言するに及ばず、妙々

とあり、ずいぶんと気を持たせた言い回しであることがわかる。

 深情妙語の字面から一言で和風に表現するなら「しんねこことば」であろう。だとしたら長唄や端唄の詞の中にいくらでも見つけ出せる。

 『誂染美女の新形 猫と美人』歌川国貞画

【例】

長唄・俗謡より

♪鐘に恨みは数々ござる、初夜の鐘を撞く時は、諸行無常と響くなり… &『京鹿子娘道成寺』

♪勇む心の手許(てもと)に花を飾る春駒 「夢に視てさへよい〳〵〳〵風俗も、育ちのしやんとした〳〵しやんと結んだ黒繻子(じゆす)の帯 ()いて〳〵ほどいて春の雪、さつと梢に積らねど、我が思は積れかし 「恋の重荷を乗せて行く此処(ここ)にも嬉し春の駒 &春遊駅路駒(はるあそびえきろのこま)(安永元年正月、中村座) 

♪おてもやん あんたこの頃/嫁入りしたでは ないかいな/嫁入りしたこた したばってん/御亭主(ごてい)殿(どん)が ぐじゃぺだるけん/ まぁだ(さかずき)せんじゃった &「おてもやん=熊本甚句」

いたした数

この時期に日記をつけました。いたした記録で、一三二〇人までつけました、ヘエ。&『ぴん助浮世草子』桜川ぴん助著

桜川(さくらがわ)ぴん助(18971987)は幇間。江戸カッポレの家元。

広告キャッチより

俺は、たまってる。/キャッツ、人材募集 &『週刊ビーイング』1997年十月十六日号

 

親族卑称 しんぞくひしょう 

自分の身内に対するへりくだった表現。あるいは身近な人間を親しみのあまり卑しめていう言葉。これらを総じ〈親族卑称〉という。

【例】

伝承の卑称

宿六 かかあ天下 鬼ババア 惣領の甚六 うどの大木 百鳴り娘 粗大ごみ 

 

酔言 すいげん 

酔っぱらいが口にする言葉。説明までもなかろう。

【例】

上戸くらべ                                   能楽斎

「おれほどの底抜はあるまい」と自惚(うぬぼ)れの酒飲み先生、大坂に猩々子(しやうじやうし)といふ酒飲みがあると聞き「なんでも、いつぞ飲み競べてこよう」と大坂へ行き、やう〳〵と訪ぬれば、所は住の江のほとり、猩々子と墨黒の看板に、案内乞うて、「(わたく)しは江戸の酒飲み、新川底(しんかわそこ)(すけ)と申す者、かねてうけ給はりおよびたる先生の上戸、及ばずながら御相手にも相成り候はば本望」と申し込めば、「これはこれは、はるばるのところを、よふこそおたづね、なるほど、私しも少したべ(じるし)、いざ、お通り」と座敷へ伴い、真ん中に(こも)(かぶ)りをなをし差し向かひの酒もり、とうとう一樽は、ちんちろり()、江戸「もし、一樽は首尾よくあけました、モこんきり()」と、舌の廻らぬところを見込みて、猩々子「コイヨ、おたるのかはりめ()だよ」 &『千里の(つばさ)

*「ちんちろり」は松虫の異名だが、通俗では虫が鳴く、転じて無くなった、の洒落。「モこんきり」は「もうこれきり」の酔っての発音。普通なら銚子の変わり目というべきところを、のかわりめ、という威圧でオチをつけている。作者は上方の人、酒天狗が江戸者をからかった仕立てになっている。

正月                                      桜川慈悲成

年礼に隣の五郎八殿を供に頼み「これ五郎八殿、年礼によろけて帰るは見苦しいものじやから、わしも今日は下戸になつてゐますから、貴様も飲みたかろうが、今日はこらへて飲まずに、うちへ帰つて飲んでくだされ」と頼む、五郎八「かしこまりました」と、一日挟み箱をかつぎ、供をして帰りがけ、七つ過ぎから五郎八鼻歌をうたひ、腰はよろ〳〵〳〵、あちらへ突きあたり、こちらへ突きあたりするゆへ、亭主「いつのまにどこで飲んだことじや」と、けしからぬことと「まづあぶなひ〳〵」と、仕方なく裃で挟み箱をかついで、ゑいやらやつと五郎八をうちへ引きずって帰り「さて〳〵、今日は五郎八殿」といへば、五郎八がらりと酔ひがさめ気の毒にて「旦那、わたしが生酔ひの身ぶりはお慰みになりましたか」 &一粒撰(ひとつぶえり)(はなしの)種本(たねほん)

演説上戸                                         山田美妙

なだめるやうに徹は言ふ、生酔(なまゑひ)と思へば程よくするそれを──よく〳〵飲んだもの──親しくは耳にも入れず、ひとりでわめき立てました。「酒席にこンな馬鹿言ふのは、僕も悪事したゞけに先生はじめ諸君たちの不機嫌を買ふことゝは知つて居る、知つて居る──先生、こツ、知つてますぞ。知ツてるが、嗚呼(ああ)、ま、何たる、今夜は喜ばしい晩だらうか、諸君!つツ……つき合ひたまへ、うんにや僕とつき合ひたまへ、この吸物椀の(ふた)(すぐ)に祝杯として。飲めない?これ位の酒量が無い?ぷツ、馬鹿ツ!大弱むし!何を笑ふ?何がをかしいか!(もと)は関東第一の風流才子、な、()しか、今は日本一人の忠憤壮士(ちうふんさうし)、関……関……源介が祝ひ酒に酔ひどれてぐづ〴〵言ふがをかしいか?だがよ、君、諸君、僕は諸君が僕を笑ふにも拘はらず、僕は諸君に奉呈するに満腔(まんこう)の感謝を以てせんとすツ!何だ、ひや〳〵だ?よし、諸君、これは実だ、源介の酔中の(げん)では無い。諸君も志しは源介と同じで、同じく徹先生のために奔走に東西して──糞ツ、笑ふなツ!どツちでもいゝわ、東西に奔走して、そこらの其金ばかい引ツ掴んで世を知らない選挙人どもを感化して(つひ)に今夜のやうな一大慶事を見るに至つたのだ。さうだ、諸君も共に語るに足るだ、えらい、僕──謝す──叩頭(こうとう)して──深く諸君に。諸君も徹先生の先生たる処を知ツたればこそ先生の為にも尽力した……」 &白玉蘭(はくぎよくらん)』第七

 

誓言 せいごん

いわゆる願掛け詞で、神仏・俗信対象への誓いの慣用文言をいう。いわゆる「誓いの言葉」で、術語では「誓言(せいごん)」。普通は信仰用語だが、その崇めぶりを強調する場合など文章に彩りを添える。

【例】

古典より                               朋誠堂喜三二

書林曰く、本だ、まかせろな、ほりたや売たら高かんまん、チチンプイプイ御代(ゴヨ)御宝(オンタカラ)と言かとおもへば桜木と変じ、&『古朽木』序

狂言小唄より

♪イヤとどろ、とどろと鳴る神も、ここは桑原、よも落ちまじ。よも落ちまじ。

&『日本故事物語』

明治文学より                                  樋口一葉

拝みまする神様仏様、私は悪人に成りまする、なりたうは無けれど成らねば成りませぬ、 &『大つごもり』下

 

創作言葉 そうさくことば 

      未聞の言葉(新語など)を新しく作り上げる遊び。江戸時代に式亭三馬らを中心に

     あれこれ試みられたのが始まり。

【例】

太宰治の小説より

自分たちはその時、喜劇名詞、悲劇名詞の当てつこを始めました。これは、自分の発明した遊戯で、名詞には、すべて男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別があるけれども、それと同時に、喜劇名詞、悲劇名詞の区別があつて然るべきだ、『人間失格』

 

太鼓持詞 たいこもちことば

色里で太鼓持が演じるおどけ詞章を〈太鼓持詞〉といった。これは公制度の消滅とともにすたれ、現代では太鼓持そのものが姿を消している。斯界の古典『吉原大全』に次の一文が見える。

太鼓持といへるものは、いち座のもよほし、客の心をうけ、女郎の気をはかり、茶屋、船宿までにも心をそへて座のしめらぬやうに取はやすをもつて太鼓の名あり。きてん才覚なみ〳〵なることにあらず、初回はもちろん、なじみの方へいたりても、太鼓あるひはげいしやなどつれずしてかなはぬ事なり。

【例】

黄表紙より                                 恋川春町

太鼓万八「この大雪に御駕籠にも召しませず、加賀(みの)の御いでたちは、ソレヨ、辰巳の里に猪牙(ちよき)はあれど君を思へばかちはだしといふ御趣向、おそろ〳〵 &『金々先生栄花夢』

万橘の「ヘラヘラ踊り」詞章

♪太鼓が鳴つたら賑やかだんベー、本当にさうなら済まないヨ、こらしやうのどッこいしやう、へら〳〵へら、へらへツたら、へら〳〵へ &『明治奇聞』第二篇

*この踊りは明治十年過ぎに落語家の三遊亭万橘が演じて大流行。やがて太鼓持などが座敷芸で演じ、その奇天烈ぶりでたちまち全国的に普及した。

 万橘の高座チラシ

 

辰巳言葉 たつみことば 

江戸時代に深川の辰巳芸者や遊女が用いた伝法な言葉。吉原の「ありんす」に対抗し、辰巳では「ござんす」で張り合った。

【例】

三娼(深川、品川、吉原=発言順) の詞違い

山東京伝作

お仲 つる吉といった新内の芸者は、どこに今はおりやすへ お品 やつぱり村田屋のむかふに居やす。モシそして旦那やかみさんの居る所を、お部屋と申しやす およし ヲヤ吉原じやア内証(ないしやう)といひすよ お品  ほかに客のあるのをまわしといひやす およし それも吉原じやア名代(みやうだい)客人(きやくじ)ンといひすよ お仲 深川なんぞじやア、そんな手重(ておも)い事はねへが、(よい)(どま)りを付た客のくる間に、ぬすみと言ふを売りやす お品 むヽはてね。品川の法で、なじみの客がほかへかくれて行くのをしると、その()キの女郎の(とこ)へ、台の物をおくりやす およし 吉原じや、そふいふときは、つけとゞけの(ふみ)(いふ)をやりいすよ 

&『古契三娼』

 

詰め詞 つづめことば 

 

正しい言辞の一部をわざと欠落させて表現する遊びを〈詰め詞〉あるいは〈やつし(ことば)〉という。さらには江戸時代の〈奴詞〉にもその特徴が見られ、〈謎謎〉の要素がからんで一興がある。

現代でも犯罪用語などに一端がうかがえる。

【例】

黄表紙より                                   山東京伝

手代「手まへ、此五十両をもつてにやくを惣仕舞(じまい)にして、俺が名代に、しやれて来い。夜が明けぬうち、行け 女「今夜はお迎いと言はれる気遣いがなくていゝいゝ 

&江戸(えどの)(はる)一夜千両』

*にゃく=蒟蒻島(隅田河口の埋立地にある岡場所)の〈詰め詞〉。

 

東京語 とうきょうご 

明治以降、東京に定着して使われるようになった一群の言葉を〈東京語〉とか〈東京言葉〉といっている。開化期すでに用いられていた用語で、大正に入ると例示のような事典にまとめられている。親筋に当たる「江戸語」「江戸(ことば)」の残影が濃厚に残されている。

【例】

近代における「東京語」

あ・あら・わが・きみ〔上品な女性〕 身分不相応なる遊ばせ言葉を使ひて、殊更に上品ぶる女性を嘲けりていふ語。「──だ」。

あいす〔高利貸〕 高利貸。アイスクリームの訳語氷菓子の音似通ふより称す。

あいそ・づかし〔勘定書〕 花柳界又は料理店等の計算書を云ふ。「おい──を出して呉れ」。

あいッ・くるし〔可愛〕 あいくるしの転化。愛さうありて、課は由紀子と。又容貌。「──い娘」。「──い顔」。

あい・まい・や〔曖昧屋〕 表面、料理店銘酒屋又は不通商家の如く装ひ、若き女を抱へおき、密かに客を呼びてこれに淫を鬻がしむる家。(淫売屋)

あえび〔付馬〕 付馬になりて行くこと、付馬仲間の隠語。付馬とは遊廓にて無銭遊興をなしたる者に従い行きて、その費用を取り立つる者を言ふ。(後略) 

&『東京語辞典』小峰大羽編、新潮社・大正六年刊

 

床言葉 とこことば 

江戸時代、遊女が床入りのさい客に述べる挨拶の文言を〈床言葉〉と称した。廓では江戸吉原のみならず、全国的にほぼ決まり文句を形式的に使っていたようである。

無題 

 床言葉の用例は見つけていないが、『好色一代女』に客と格好をつけた弄辞の遣り取りが見えるので、一読をお勧めする。その雰囲気なりと代弁するように描かれている名作である。

 

【例】

西鶴作品より                                                     井原西鶴

それより品下りて、端局(はしつぼね)の事ども言ふに限りもなく、聞いて面白からず、それも、それそれに大方仕掛け定まつての床言葉有り。先づ、(さん)(もんめ)(どり)は、さのみ賎しからず、客上がれば、豊に内に入り、その後にて、木綿着る物着たる禿(かぶろ)が、床取る、中紅(ちゆうもみ)の蒲団の脇に、鼻紙見苦しからぬ程折りたるを置き捨て、油火細く(そむ)きて、差し枕二つ直して、「これへござりまして、おろくに」と申して、切り戸より内に行く、同じ見世の女郎ながら、これにたよる男も、無性(むしやう)なる野人にはあらず、遣ひ過ごして、揚屋の(かど)を暗がりに通る男、又は、内証のよき人の手代か、武士は中小姓(ちゆうごしやう)の、掛るものなり、女郎、寝てしばしは、帯をも解かず、手を叩きて禿を呼び、「その着る物お後へ、むさくとも着せませい」と言ふ、しほらしく、扇に心をつけ、「この袖笠の公家は、佐野の渡りの雪の夕暮れでござんすか」などと問ふより、男、寄り添ふ便りとなり、「いかにも、袖打ち払ふ雪の(はだへ)に、すこし触りましよか」と、それから恋となる、

&『好色一代女』巻二

*「佐野の渡りの雪の夕暮れ」とは、定家詠の次の一首をさす。駒とめて袖打ち払ふ陰もなし佐野の渡りの雪の夕暮れ(新古今、巻六)

 

とぼけ言葉 とぼけことば 

あえて解釈の必要もなかろう。

(たと)えて、ある年季の入った女優さんが「カマトトってどんなオサカナですか」と問うたと噂のある、あれである。こうなると立派な言葉遊びだ。

【例】

とぼけ掛け合い                                           太宰 治

「女から来たラヴ・レターで、風呂をわかしてはひつた男があるさうですよ。」「あら、いやだ。あなたでせう?」 &『人間失格』第二の手記

*男は大げさな法螺を吹いてとぼけ通そうとしている。答える女もさるもの、犯人は「あなた」だろうととぼけ返し話を面白くしている。この辺に与太文学の雄といわれた太宰文学の真骨頂がある。            

                                                             荻生作

▽「悪い虫がついた」って?殺虫剤使いなよ。

▽「ハナシ半分」って、年寄の口の中だろ?

▽「さしつさされつ」だなんて、痛いからいやだなァ。

*この類の作品、発想の切替えが勝負どころとなる。したがって、連想遊びと重なり合う部分が大きい。

 

逃げ口上 にげこうじょう 

〈遁辞〉とも。他人の質疑に対し、責任を逃れるために用いる言い訳。これを滑稽化して使うのが言葉遊びでいうところの〈逃げ口上〉である。

【例】

飲まずの生酔                                           十返舎一九作

北八「ハヽヽヽこいつは、でかした〳〵 田舎「コレ〳〵最前から、だまつておれば、なんぜ、此あしで、わしが耳をなぶりものにさつせへた 北八「ハイこれは御めんなせへ 田舎「インニヤ扨御免では承知(じやうち)ならまいわい、それもこなさんが、むちうにならつせへて、はなしさつせる、手そゝぶりにやアあらまい事でもないが、こつちであたまをよけよふとすると、又あしでさぐりまはいては、なぶりものにさつせる、なんぜ人のあたまア、土足(どそく)につつかけさつせへた、すまない〳〵 弥次「ソリヤおきのどくなことだ、御めんなせへ、此よふにおあいやどするも、他生の縁とやら、どふぞ料簡(りやうけん)してやつて下さりませ 田舎「こんたがそふいはつせりやア、きかまいものでもないが、あんまり人を、ばかにさつせるから 北八「イヤもふ生酔(なまゑひ)だから、かんにんしてくんなせへ 田舎「イヤまんだこなさんは、わしどもをばかにさつせる、最前から見ておるに、酒ものまないで、生酔とは、猶じやうちならまいわい 北八「はてわつちは酒をのみやせぬが、此足がなま酔だから 田舎「ナニ足が酒をのむもんか、ばかアつくさつせるな 北八「おめへでへぶあつくなるの、あしが酔たといふは、さつき焼酎をふきかけたから、それに此足目が酔くさつて、ソレ御らふじろ、ひよろり〳〵、アレまだおめへのあたまに、からかをふとするコリヤ〳〵〳〵 田舎「ほんにこなさんの足は、わるい酒じや 北八「さやうさ、あしは下戸の足がよふござりやす、わつちはまことにこまりはてる 田舎「そんならよふござる、もふねまらまいか、女中〳〵、ねどころをたのみます 

&東海(とうかい)道中(どうちゅう)膝栗毛(ひざくりげ)』五編上

*当該文中のト書はすべて略した。

 「東海道五十三次」日本橋〔安東広重画〕

 

端折り言葉 はしょりことば

 正規の名称や呼称の一部を省いてより手短に仕立て直した言葉。広い意味での「造語」に入る。

 端折り言葉は江戸時代すでに読本や黄表紙などで用いられ、その歯切れに良さから巷間に広く言い伝えられてきた。現代では端折りの傾向がより強まり、市中のいたるところで慣用化されるようになっている。

【例】

現代の端折り言葉

▽デパ地下=デパート地下の食品売り場

▽駅ナカ=駅構内の新スタイルの商業施設

▽空ナカ=空港内の商業施設

▽就活=就職活動

▽婚活=結婚相手探し

▽終活=人生締めくくりの準備活動

▽中絶=妊娠中絶

▽ニコタマ=二子玉川(東京都の地名)

 

弾み詞 はずみことば 

歌い出しの音を二つか三つ重ね、弾みをつけて詞に入っていく作詞法を〈弾み詞〉という。〈リフレイン〉に似てはいるが同一ではない。

かつて三木鶏郎(1914)が民放でCM用に作詞・作曲したものに弾み詞を用いて流行させた作品、「ジンジン仁丹……」「トントン東芝……」「ワ、ワ、ワが三つ……」がある。つまり弾み詞はCMソング向きということである。それ以前にも「トントントンカラリと隣組……」の戦時歌謡や「ショ、ショ、証常寺……」の童謡などでもよく用いられている。

この弾み詞の断章なら初心者にも簡単に創作できよう。

なお弾み詞は黄表紙引例のように散文にも散見できる。

【例】

黄表紙より㈠                               奈蒔野馬乎人

鐘つき坊主を親の敵のやうに言いしが、朝の帰りのずい帰りには、大門で、「かならずへ」の一声が耳に残り

&啌多雁取帳(うそしつかりがんとりちよう)

*ずい(傍線は筆者)=強意の弾み詞。続く「帰りには」は畳語。

黄表紙より㈡                                竹杖為軽

子供(かか)さんや、とん〳〵唐辛子(とうがらし)を買つてくんねへ、おかァさん &従夫(それから)以来記』

*とん〳〵(傍線は筆者)=語呂合せの弾み詞。

弾み詞見本・ア行にカ行                             荻生作

▽アン、アン、アンネの日 

▽イヴ、イヴ、サンローラン

▽ウー、クー、レレ弾こう

▽エロ、エロ、エロダクション

▽オ、オバ、お化けのオバタリアン

▽カラ、カラ、からっけつ

▽キサス・キサス・キッス

▽クル、クルのパー、ソコン

▽ゲ・ゲ・ゲのゲリ太郎

▽コイ、コイ、恋のから揚げ

 

聖言葉 ひじりことば 

次の二義がある。

⑴人、高僧の言葉。

⑵不快で憎たらしい言葉。

『源氏物語』横笛巻に見える「ことにをかしきふしもなきせいことばなれど」は⑵に該当。しかし〈聖言葉〉はいつの頃からか消滅している。

 

符丁 ふちょう 

俗に〈隠語〉と呼ばれているものの中に〈符丁〉があり、特定の集団や仲間内で通用させている。商取引などでの数字は本来、秘守に関係するものが少なくないため、必要に迫られて出来たものが目に付く。

符丁の多くはもちろん遊びではないものの、よく観察すると言語遊戯化している側面を多分に含んでいることがわかる。

 暗号化された符丁の基本

【例】

禅宗僧侶のもの

一→大無人(だいむじん)(の字からを取る)

二→(てん)無人(むじん)(の字からを取る)

三→(おう)無棒(むぼう)(の字からを取る)

四→()無直(むちよく)(の字からを取る)

五→(われ)無口(むこう)(の字からを取る)

六→(しし)無冠(むかん)(の字からを取る)

七→(せつ)無刀(むとう)(の字からを取る)

八→(あな)無冠(むかん)(の字からを取る)

九→(はと)無鳥(むちよう)(の字からを取る)

演芸家仲間のもの

一→へい(への字は一に似る)

二→びき(一匹は二反)

三→やま(山の形は三角)

四→ささき(佐々木家の紋は四つ目結び)

五→かたこ(片方の手の拳骨、指五本)

六→さなだ(真田家の紋は六文銭)

七→たぬま(七夕(たなばた)の訛り)

八→やわた(八幡)

九→きわ(十の(きわ))

十→へーじゅう(一のへにかけて、十)

青果市場(京阪)のもの

一→しょう(正月)

二→きさ(如月(きさらぎ))

三→やあ(弥生(やよい))

四→うう(卯月(うづき))

五→あめ(五月雨(さみだれ)月)

六→かみ((なる)(かみ)月)

七→ほし(七夕(たなばた)月)

八→つき(月見(つきみ)月)

九→きく(菊月)

 

仏語 ぶつご

 仏の教えや垂訓を〈仏語〉という。言語遊戯ではこれを用いて戯笑化する遊びを指す。仏語(ぶつご)=フランス語と間違えないように。

【例】

仏語も笑い草に

 近世惘(きんせいあき)蝦蟇(れかえる)〔服部応賀、発表年月未詳も明治初期

 

変成語 へんせいご 

この〈変成語〉は在来の「四字熟語」の捩りで、自家製のそれをさす。もともと四字熟語は漢詩漢文を源とし漢字四文字をつづって熟語としたもの。まとまった意味をもつ成句で、東洋思想の象徴的表現でもある。

有名な無同字詩〈千字文〉もすべて四字熟語で成り立つ変性語である。

中国から移入した四字熟語は、和製のものも含めおびただしい数が存在。四字変成語化する捩り材料にも事欠かない。材料に使う四字熟語は直ちにわかる有名句であること。

【例】

変成語四作                                                         荻生作

月下瓢飲←月下氷人(心、風流酒機嫌)

▽貧孝褒声←品行方正(心、字意の通り)

▽媚人博名←美人薄命(心、売名上手だから)

▽羞恥肉淋←酒池肉林(心、インポテンツ)

 

ぼかし言葉 ぼかしことば

 文章がことさら曖昧になるよう語句を意図的に操作する文彩遊戯を〈ぼかし言葉〉という。はっきり物申しては差し障りがあるような場合、使って重宝するテクニックである。

 ぼかし言葉では、文体がぎこちなくしっくりしない。あるいは、できるだけ歯切れの良くない不透明な表現に仕上げるのがコツ。有名作家の作品にはぼかし技が多く見られる。とくに私小説の心理描写などではいたるところにこの技法を用いた曖昧な表現が見つけられる。内容のほうもボケがちなので、意図するところが正確に伝わらない欠点もある。それなりにリスクを抱えた遊びであることを承知しておく必要があろう。

【例】

初恋相手へ、再会承知の文面                     荻生作

私の身も心も捧げた初恋から

運命のいたずらで、別れて二十年。

あなたから「焼け棒杭に火をつけよう」と

誘われたとき、浮き浮きしたような

くすぐったいような、ちょっと不安な

たとえようのない気分になりました。

どうか三人の子の母親であることを

忘れさせてください。

*人妻が不倫の誘いを受けたら、迷わないほうがおかしい。罪つくりな男との情事、状況設定で。

 江戸上野池ノ端は出会い茶屋で賑わった

 

矛盾言葉 むじゅんことば 

本来辻褄(つじつま)の合わない事柄を、言辞を操作して筋が通るかのようにつくろう遊びを〈矛盾言葉〉という。いまだ定着した用語ではないが。

とくに遊びを意識しなくても、矛盾言葉は日常生活の中でいくらでも探し出せる。たとえば「美人の首無し死体」といった昔の新聞見出しなど、その最たるものだ。以前テレビのニュースで「小渕前総理の密葬が行われました」とアナウンスするかたわら、自宅に雲霞(うんか)のように群がる弔問客を映し出していて、思わず苦笑させられたのを思い出す。言葉を商売道具にするマスコミ人ですら、この(てい)たらくである。ともあれ、遊戯としての矛盾言葉は、論理を否定した弄辞のおかしさが決め手になる。

【例】

近代「矛盾せることば」

▽老人の早ういきたいというの

▽芸娼妓の媚びていふことば

▽秘伝秘術の広告

▽媒介人のことば

▽肴屋の新らしい

▽紺屋のあさッて

▽御子を人が誉めるの

▽質置きの「すぐ受けます」

▽酒呑のもふ禁酒するといふの

▽貸本屋の此本おもしろい

&『世界遊戯法大全』

現代のまやかし                                   荻生作

▽おいしいペットフード(実見のキャッチ)

 ?人の舌がペット並みに変るのかな

▽競馬などギャンブルの「必勝法」

 ?本当に儲かるなら誰が他人なんかに教えるものか

▽議員立候補者の「○○を男にしてください」

 ?オヤまだ童貞かい、いい齢をして

▽ダイヤの指輪した手でバーゲン会場をあさるご婦人の心理

 ?いわく「不可解」

▽NHKニュースで「七百年の禁を破り、永平寺にNHKのテレビが入りました」

 ?七百年前、テレビなどなかった

▽功労者とかを表彰するかたわら「差別撤廃」を叫ぶどこかの国の政府

 ?ナニ、矛盾も予算で消化よ

マタハリ女史の矛盾歌詞

キャラバンの鈴                        川島芳子詞

♪広い砂漠をはるばると/駱駝(らくだ)に乗ってキャラバンは/雪を踏み踏み通うてくる

*一九三三年新盤。東洋のマタ・ハリといわれた作者の珍しい作品である。

 

名文句 めいもんく 

 世の中に広く知られ愛唱れる手短な文句。

寸鉄金言、キャッチやスローガンなど範囲が広い。また麗句をはじめ洒落や語呂など口にしやすい、印象に残りやすい文彩遊戯が生かされている。

【例】

広告になった「今日は帝劇 明日は三越」

 名キャッチがものをいう 〔広告入りプログラム、大正三年〕名キャッチを生み出した帝劇と三越がタイアップして作成したプログラム。双方の出店が掲出例のようにゴム印を押せば、三者合わせての宣伝になる融通性が受けた。

 

もさ言葉 もさことば 

 近世、関東ではやった〈六方詞〉の一部をさす異名。語尾に「もさ」を付けた。
『俚言集攬』(太田全斎の辞書)に、「モサは今ドアサといふが如し、トアサとは音のなまりたるを云なり、何ダモサ何タモサアなど云いふ」とある。

 

モダン語 ──ご 

 外来語が頻繁に使われるようになった近代、時代の最先端を行く新語が〈モダン語〉としてもてはやされた。モボ(モダンボーイ)、モガ(モダンガール)、インテリ、カッフェ、アールヌーボー等々、枚挙に暇がない。

【例】

  レヴユウ「モンパリよ」〔初期のレビュー「モン・パリ」上演広告、宝塚大劇場、昭和二年十月車内広告〕

 

余計言葉 よけいことば

一つの主題に沿い同義語同士をいくつか繰り返し並べて、文章全体を生き生きと飾りたてる文才テクニックを「同義文飾」という。左記例は、各文節で同義語同士を絡め取りつつ全文を構成してある。

簡潔に書くなら、「今年のGWは家でごろごろ過ごしたため、少々太ってしまいました」ですむわけ。これにいくつもの俗語や余計言葉を貼り付け、あるいは文彩技を組み合わせて用い、興味を持って読んでもらえる文章に仕上げてみた。

ここで〈余計言葉〉という使い方をしたが、この文彩用法は、余計な付け足し言葉かもしれないが文彩上は無駄な言葉ではない、という意味を含めての表現である。

【例】

寝ころびGW                            荻生作

今年のGWは、食っちゃ寝

食っちゃ寝ですごしました。

まさに「寝ころびGW」でした。

結果、腹はメタボでボテリンこ。

思考力もぐうたら、デレ助です。

人間の体、やはり動き回り

活発に働くように

出来ているようですね。

*「寝正月」という言葉があるが、例では文中の創作言葉「寝ころびGW」が主題。このキーワードをめぐり、いくつか同義語等を絡ませて小文は成り立っている。

 

厄払い詞 やくばらいことば 

〈呪歌〉の一種で、俗信上の気がかりなことを広く排除するための文句。唱え文句から発祥、文学文芸にあまねく広がりを見せている。

【例】

厄払い尽し(上方)                       近松門左衛門

やあらめでたや。こなたの御寿命申さば。鶴は千年、亀は万年。浦島太郎が八千歳。東方朔が九千歳。西王母が桃の(さね)。猿豆、小豆、親もまめどり。雛どりの羽交重ねに宝は集まる。家は治まる持丸(もちまる)長者の四方に四万の蔵の戸前の明けゆく年から。福神たちの御(よう)(ごう)。一に市姫弁財天女。二に西宮若恵比寿殿。三は三面大黒頭巾の(ひだ)の数々は十二カ月は。無病息災その身は鉄槌(かなづち)。打出の小槌。打つて打出す金銭。銀銭。福徳円満。悪魔外道。打払うて西の海へさらり〳〵さつ〳〵、こきやこう。&『雪女五枚羽子板』

金毘羅に小便をかけた男

斯る国事に従ふ時、風波の難を守り呉てこそ日本の神なるに、今日の仕合にては有難きこと少しもなし、金毘羅金毘羅耳を(そばだ)てて聞け、汝は何の神力が有る、我が小便でも飲め。&『想古録』二二六

*この掲出原文は、「文化中、露船蝦夷地に(あだ)しければ、会津侯に命じて唐太島を守らしめらる、其の衛士渡海のとき、暴風起こりて船舶を覆さんとす、其組の兵士等神に祈り、仏に念じ、或は金毘羅の号を唱へて生たる心地もなかりしに、其手の隊長田中某、大いに怒りて舷頭(ふなばた)に突立ち、──(蓮沼顕蔵=報告)」と、間接話法で述べてある。田中は文句を叫ぶなり海中へ放尿した。そのとたん船は岩礁に突き当たって微塵に砕けたが、同時に大波が押し寄せて、全員を波上に乗せ荒磯へ無事に打ち上げた。金毘羅は讃岐国(香川県)那珂郡の(ぞう)頭山(ずさん)に祀られる信仰対象である。その背景には「金毘羅参詣船」の就航があり、海難防止の守り神として崇められている。昔は神仏に対する冒涜は絶対的な禁忌であった。田中某のヤケッパチで捨て身の開き直りがかえって幸運を招いた、ということにしておく。俗信がらみは良しにつけ悪しきにつけ逸話を生み出す。

いよさがすいしやできはさんざ節

♪山で恋すりや木の根が枕、さんざ、御前木の葉が夜着(よぎ)となる、よをゝい、いよさがすいしやできはさんざ。

(上の替唄)

♪人の嫌がる(あまざけ)(ばば)さ、さんざ、かあい子供を(とり)にくるよをゝい、南天杉の葉にんにくとんがらし化物め。

 &『小歌志彙集』

*文化十四年冬、醴婆なる妖怪が現れ子供さらいなど悪さをするという噂がたった。「南天杉の葉にんにくとんがらし」は魔よけの呪い物。

厄払の門付唄〔駿河国〕

♪鶴は千歳お亀さん、禿(かむろ)袖にしがりつくや、あひやす馬鹿りすひよしなんせ、よしなんせのよの字を取りて、吉原にいずれ劣らぬ遊女町、禿(かむろ)(まり)つく手鞠つく、三つ、九つ、十三、十九、二十五、三十三、四十二大厄、この厄払ひがかい摑み、西の海へさらり &『駿国雑志』巻十五下

厄払ひの唄〔和歌山県〕

♪やーれ目出度やな、めでたいことで払ふなら、うちのお裏の金蔵(かねぐら)に白い鼠が三つ走る、小判銜へて走るなり、これもお家の御吉兆、もしも悪魔が来るなら、この厄払ひが引つ捉へ西の海へザブリ〳〵。(和歌山市)

いよさがすいしやできはさんざ節

♪山で恋すりや木の根が枕、さんざ、御前木の葉が夜着(よぎ)となる、よをゝい、いよさがすいしやできはさんざ。

 

休め言葉 やすめことば 

詞そのものに意味をもたず、単に語調を整えるために詩歌などで用いる言葉。「人なければ」「名におふ」「これな」「それな」「撃ちて止ま」など。

『八雲御抄』六(順徳天皇直撰の歌学書)に、「わざと、山の山どり、山の山人のなど好みよむも、古き事なれど、いたくよき詞ともきこえず。ましてせんなきことばおほし。やすめことばとかやいふ人のありし也」

 

奴詞 やっこことば 

江戸初期、(やつこ)という一群のカブキ者が現れた。彼等は血気盛んな年頃、クソ度胸が据わり侠気に満ちた遊侠無頼の徒である。奴といっても、旗本のはみ出し者で構成する旗本奴と、町人の命知らずが集まった町奴とに分かれ、互いに義侠を競いあった。旗本奴頭目の水野十郎左衛門と町奴首領の幡随院長兵衛との確執が昂じ、双方入り乱れての大喧嘩になった有名な事件も起きている。

その奴たちが仲間内で使った隠語を〈奴詞〉あるいは〈六方(ろつぽう)(ことば)〉という。俗には〈関東べい〉〈もさ詞〉とも称され、生ぬるい言い回しを嫌い、わざと野卑な片言(かたこと)を用いた。たとえば、涙を「なだ」、事だを「こんだ」、打ちかけるを「ぶっかける」、ののしり言葉の「わんざくれ」「ふんぞるべい」など、ぶっきらぼうな調子を好んで使った。これらはかぶき『(しばらく)』の台詞などにも見られ、当時の文芸作品にも競って用いられている。

江戸奴〔東洲斎写楽画〕

【例】

歌舞伎『(しばらく)』幕開け「鶴ケ岡社頭の場」

八人 よんやさ ト鳴物打ち上げる。

奴一 江戸の歌舞伎の吉例に、一座も()まる(かお)()()(づき)

 奴二 一番太鼓二番手と、繰り込む(やつこ)大鳥(おつとり)()

 奴三 ふるとは雪かあられ酒、寒の師走も(ねつ)きりに、

 奴四 いつもなじみの下馬先で、(もつ)(きり)(ざけ)(のん)仲間(なかま)

 奴五 ぐつと一杯二合半(こんなから)ぶんぬき釘抜(くぎぬき)中抜(なかぬき)の、

 奴六 草履も投げの玄関先(げんかさき)、お髭の塵取(ちつと)り機嫌取り、

 奴七 名も(とり)(つけ)とは縁喜(えんぎ)よく、今日を(はれ)なる伊達(だて)道具、

 奴八 渡り拍子の()に連れて、めでたき時に相変(あつかわ)らず、

 奴一 勇み勇んで、

 八人 振り込むべいか。(傍線は筆者、奴詞)

&『名作歌舞伎全集』巻十八

 旗本奴の辞世二首

                    水野十郎左衛門

▽落すなら地獄の釜をつん抜いて阿呆羅刹(らせつ)

に損をさすべい

山中源左衛門

▽わんざくれふんばるべいかけふばかりあすはからすがかつかぢるべい

&拙書『辞世千人一首』

「三谷踊り」詞章

♪こんどはじめてお江戸に住めば、天が輝く光をくれて、きれよさがれれよ振袖伊達(だて)を、伊達をするのが富士白山ぞ、伊達な若い者さんやへ通へ、忍ぶ(あぜ)みちで、虻めがわれに当てをつた、かつ憎けれど、君が為なりや、つらさもういこんだ、浮世しのぶの深あみ笠の、姿かたちで若きは見ゆる、(しの)(すすき)で末とげぬ、よしなの思ひぢやな、アヒノテ「誰も好いたるお江戸の(ふう)や、生田(いくた)昆陽野(こやの)敦盛(あつもり)さまが、熊谷笠にはちく杖、二つ紋のちんちり緬のべんべを着せて、せん()しよ、浮身の寝みだれ髪を、いつに忘りよぞ、さても差いた長刀(なががたな)、お気の通つたお若衆さまのいづくに〳〵、()目玉(めだま)が放され申さない、アヒノテ「伊達も浮気も命のうちよさ、やがて死ぬ〳〵、ひつぴけうんのめ騒げ、明日をも知らぬ身に。(傍線は筆者で、奴詞) 

&『日本歌謡集成』巻六 

《参考》

江戸の奴語                                 柳亭種彦むかし江戸に奴詞といふことあり、又六方ことばともいふ、是れは山の手奴、町奴などの専らつかひし詞にて、関東べえといふは此のことなり、其の詞にて俳諧をなすを奴俳諧といふ、正保年間の作「百物語」二十四段に、近頃奴俳諧とて人のしけるを聞きしに、冬の事なりしに、「鬂水に頭かつばる氷かな、といふ句に又付ける、「しやつつらさむき雪の明ぼの、とあれば、古き戯れなり 

&『足薪翁記』巻二

 

やまとことば 

言葉遊びでいう〈やまとことば〉(ヤマトコトノハとも)は、男女が密会するさいの秘め言、秘密の文句、またはそれに近いものを指す。

上代、民衆の信仰行事の一つに「嬥歌(かがい)」があり、各地の風土記にも顔をのぞかせている。これは謎掛けを中心とした歌唱仕立の文句になっていて、若い男女が祭事などのさい掛け合った。この影響で、奈良時代あたりから、男女の逢瀬には謎掛け式暗号のような符丁が発達する。なかでも南紀州の大和一帯では〈やまとことば〉と呼ばれる隠密会話が発生普及し、室町時代の御伽草子『横笛草子』などには、昔むかしの話として〈やまとことば〉の一端が採録されている。

近世に入ると俗謡俚謡に散見できる程度に〈やまとことば〉は広く知られ、つれて意義のほうも日本古来の言葉、表記も「大和言葉」というように拡大解釈されるようになる。元和・寛永頃(一六一五~四四)に至ると、作者は未詳だが『やまとことば』という専門書まで板行された。近代も大正あたりまで、山間部隠れ里(地域は大和とは限らない)などで〈やまとことば〉が使われていた。

【例】

古来のやまとことば

▽梅の立枝の鶯=声あげて泣くばかり

 &『横笛草子』

▽沖漕ぐ舟=焦がれて(漕がれて)もの思う

 &『十二段草子』

▽化粧の帯=結び合おう

 &『十二段草子』

▽横切る雲=恋敵(こいがたき)。恋路の邪魔をするもの

 &『小男草子』

▽宇治の橋姫=むなしい思い。悲恋

 &『やまとことば』

▽宿り木=かりそめの恋、でも離れない

 &『やまとことば』

▽花色ころも=移り気。心変わり

 &『やまとことば』

(以上、略解は筆者)

明治伝承のやまとことば

▽みやこのおぐるま=人力車

▽まかげゑ=写真

▽うきよことのはがたり=新聞紙

 

遊里通言 ゆうりつうげん 

かつての公許遊里(江戸では吉原のみ)で通用した女郎と遊野郎との間で取り交わされた業界語を〈遊里通言〉と総称した。

この言葉は洒落本や細見にいくらでも見出すことができる。

【例】

新吉原の遊里通言例

大一座=団体登楼客 神=取り巻き 小菊(こぎく)=懐紙 大尽=豪遊客 手桶水=月経 長竿=客を粗末に扱うこと 猫=遊女の情人(いろ) 一切(ひときり)=チョン間客 不持(ふもち)=相手をしたくない野暮な客 役所=見世() 御簾紙(みすがみ)=房事用の紙 (うつわ)=女陰

黄表紙より                                   恋川春町

金ある者は金々先生となり、金なきものはゆふでく・(とん)(ちき)とな 

&『金々先生栄花夢』

*ゆふでく=深川岡場所で使われた痛言で、「田舎者」をさす。頓直=江戸語で「野暮な野郎」。

 

夜言葉 よることば 

暗闇に包まれても灯火が存分にともせなかった昔、夜は忌み怖れの対象であり、〈夜言葉〉という禁忌を生んだ。夜には霊魂や化け物が現れるといった俗信も原因した。

【例】

夜の忌詞

▽塩→浪の花

▽酢→あまり

▽灯心→痩せ男

▽糊→お姫様

▽蛇→長虫、長もの

▽狐→尾長、オ白、だまし、夜の人

《参考》

昼夜にて変る語                         越谷吾山昼夜とかわりて物の名をよびわくる事あり、予思ふに、婦人児女のものにおそれ又は物いまひする人、かゝる迂遠の説を設けたるなるべし、或は蛇の事を夜は長虫といひ、又灯心をやせをとこと云ひ、灯心を調ふる事をばやといふと云ふ、又日くれて酢を買ふ事を忌む、もし求むれば酢とは呼ばずあまりといふ、此のことは職人尽歌合にも見えたり、又京都にひめのりといふ物を、昼はのりといひ夜はひめのりとよぶ也 &『物類称呼』巻二

 

レディランゲージ

韻律的な弾みをつけるため、文章同士をつなぐ役目の接続詞を排除し互いの脈絡を断ってしまう文彩技法を〈レディランゲージ〉文彩で「接続詞省略」という。個々の文章を畳み込んで引き締める効果がある反面、メッセージの構成を非論理的に孤立させる作用がある。つまりあまり論理性を問われない詞章や広告文など感性系の濃い表現に向いている。

逆に〔接続詞多用〕という用法もあるが、こちらは論文向きである。

【例】

傷心でつづる恨み節                         荻生筆

氷雨のような、あなたの心。

鋭角に研いだ、あなたの言葉。

痛みを忘れた、あなたの表情。

セピア色に萎えた女心の理由など

気にもかけない男なのね、あなた。

手にした手鏡がいま、笑いを忘れた

女の顔を映し出しているわ。

すぐ割れてしまうのも気づかずに。

*筆の赴くがまま書き連ねた、きわめて主観的な文章なのが見て取れる。接続詞を一切使わない女性的な文章だ。