失笑保証付きの社会戯評を軸に、面白おかしい世渡り弄辞あれこれを開陳

22 処世笑殺系 しょせいしようさつけい

 

とかく渡る世間は鬼だらけ。腹立たしいことが多いけれども、人間、(かど)たてて突っ張って生きても孤立するばかり。要らざるストレスもたまる。ならばいっそのこと、冗談や出鱈目で世の中をおちょくってやろう──こんな意図ある言葉遊びの分野を〈処世笑殺〉と名付けておこう

処世笑殺は人間社会における生活技術である。これを身につけることはストレス耐性を強め、精神衛生上たいへん有益な手段だ。新分野だが材料は無尽蔵、今後開発の余地も大きい。文芸遊戯分野では「売れ筋」となろう。

 

22 口演芸系の目録(五十音順)

 

アイロニー

因果応報

嘘ぴょん

英和迷訳

絵解き漫文

面白日本語

戯評句

警句遊び

御意見番

誤解遊び

殺し文句

三嘆狂歌

時世諷詠

証言遊び

ジョーク

笑殺キーワード

冗談コント

ショッキング・フレーズ

新題戯詠

人物戯評

宣言遊び

茶化し

珍疑応答

渡世逆諺

頓珍漢

ないない尽し

似顔絵

憎まれ文句

二条河原落書

八熊ごっこ

尾籠オチ

ピンキリ比べ

風刺画

ブラックユーモア

ベタ褒め遊び

へなぶり

屁理屈遊び

ボディウィット

ポップワード

ポンチ絵

負け惜しみ

団珍文化

目には目

モウエー語

遺言遊び

落首連歌

らしからず

理由づけ

冷笑

老爺心

和英迷訳

笑い話

 

 

アイロニー irony

 表向きに表現した言葉とはまったく逆が真意であることを、相手にそれと察知させる技法を〈アイロニー〉という。

 形式的には「AはBである」といいたいところを「Aは非Bである」と表現し、本意はBにあることを暗示。卑近な例で、母親がわが子に対し「またケンカしてきたの。お利口さんだよ、まったく」といった場合、「おバカさんだねえ」といいたいところを反意語を使ったことになる。すなわちアイロニーは、極度の遠回し表現でもあるわけだ。

 「アイロニー」という名のあぷまがマスコットキャラ 

【例】

サル芝居拝見                                               荻生作

「見たかい、昨日の国会中継」

「見たとも。じっくり見た」

「罵声や乱闘騒ぎ、迫力満点だった。

さすが、偉いセンセー方は違いうね」

「ただで見せてくれるんだからな。

税金を納める甲斐があるというものだ」

*国会での議員諸公の醜態劇、すっかりおなじみになっている。中継を見てあきれ果てた国民の皮肉な声かくありなん、と思えるほど。下線部二箇所は〈アイロニー〉のテクニックでつづられている。会話を交わす二人の本音は、「立法府をないがしろにする愚かな連中」ならびに「こんな醜行を見せ付けられては税金を納める気に

ならない」といったところだ。

 

因果応報 いんがおうほう  

 仮定を前提とし、その結果を定型化して面白おかしく結ぶ。二十六字歌つまり都都逸の体裁を借りた狂吟を〈因果応報〉と呼ぶことがある。仏教にいう「業と輪廻」を滑稽化した言葉遊びに仕上げるためだ。

 吟社などで世話役が出題をし、参加者がそれをもとに作るのが一般的である。

【例】

だれそれを女房に持てば                                           荻生作

▽酒屋の娘を女房に持てば 愛想笑いがこぼれ枡

▽銀座のホスちゃん女房に持てば 素顔(スツピン)夜叉で日が暮れる

▽プロゴルファーを女房に持てば 今のはOBもう一度

生きた見本                                                荻生作

心臓の弱い方、日本酒を晩酌なさい。効果覿面だよ。ただし飲みすぎると、この爺のようにイケ図々しくなるので、程ほどに。

 

嘘ぴょん うそぴょん 

真実らしい嘘を吐いた後で、それを打ち消す発言を加える遊び。対になった発言の摩擦が大きいほど面白い。

この用語は昔、線香花火のようにはやったあと、急にしぼんで消えてしまった画、遊びとしてはまだ使える。

【例】

嘘も愛嬌のうち

▽世界八〇〇カ国を周ったことがある。ハハハ、実は世界中にそんなにたくさん国があるはずはない。嘘の輪二回り外して、ホントは八カ国さ。

▽うさぎさんが ぴょんとはねたら お月さんにゆきました かわうそさんが ぴょんとはねたら かわのそこへ もぐりました ウソダア

 

英和迷訳 えいわめいやく 

カタカナ西欧語や英単語などの発音を模写し、〈駄洒落〉を用いてそれらしき日本語に置き換える遊びを〈英和迷訳〉と名付けておく。

音通だけでなく、原語の当て字で意味を穿ったもの(荻生作例)も仲間入りさせることで趣の幅が広がると思う。

英和珍紛漢                                                   荻生作

コピーライター = 宣伝用之持芸者

スクエアダンス = 処女童貞用舞踊

ミステリーゾーン = 未捨理存有無

ラブミーテンダー = 裸撫身慰甜唾噯々

 

絵解き漫文

 絵画や写真に漫文を添えて解説する遊び。

【例】

先入観はいけません

 〔太公望屏風図(部分)、尾形光琳画、京都国立博物館蔵〕        

                                                    荻生作

太公望が魚を釣るでもなし、岩に腰を下ろし所在なげに足裏を掻いている。曲げた脚の膝小僧が突き出している……なんて絵解きをしたら、お主、かなりの野暮天だよ。

健全な殿方だったら、太公望の体の真ん中からニョッキリ突き出ているのは、途方  もなくでかい魔羅(マラ)だ、と見て取るにちがい

ねえ旦那、当方(こちとら)だって、現実にこれほど壮大な持ち主がいるとは思えない。でもねェ、日本では枕絵見たってさ、馬並みに大きく描くあろう巨匠がこういう遊び絵を描くとは愉快至極、まさに眼福ものである

 

面白日本語 おもしろにほんご 

日本語の主として誤用に関する事例を集めた二冊の本がある。

 『言語生活の耳・話しことばメモ帳』沢木幹栄編、筑摩書房刊

 『言語生活の目・書きことばメモ帳』佐竹秀雄編、筑摩書房刊

 右の姉妹本はともに、月刊雑誌『言語生活』(筑摩書房発行、昭和二十六=1951年十月創刊~昭和六十三年=1988年三月終刊)の三十八年間にわたるコラム記事を総集、新たに二分冊として刊行したものである。ただし残念なことに二書とも絶版、図書館で利用するしか手がない。

 その中から「面白い日本語」「遊んでいる日本語」の投稿を何点か集めてみた。

 ブログ旅ネタ玉手箱・世界おもしろ日本語#1「タイの日本人向け雑誌の中に載っていたとあるゲストハウスの広告」 

 〔話し言葉メモ帳〕より

▽1958・6

 ある無宗教の葬式でのこと、最後に司会者が、「これからみなさんにケンカしていただきます」会衆一同にまさかこの場でチャンバラをやってくれとは?? プログラムに献花と書いてあった。お焼香のかわりにをささげてくれということ。

▽1962・2

 馬にニンジンの葉を食わせているのを見た都会の小学五年生、パセリと見違えたらしい。「馬に食わせるから、バセリ(馬芹)というんだね」

▽1964・9

 「私の本職はサカナヤで…」と、ある講演会で講師がいう。家職がさかな屋かときいていると、そうではなくて、水産研究所のお役人のこと。ブンヤ(新聞記者) シンリヤ(心理学者) キカイヤ(機械関係の技師)、最近ではカキヤ(作曲家)というのも出たらしい。こうした自家の職業の呼称があるかと思うと、一方には、廃品回収員、調理師、理容師と、りきんだ呼称がある。おもしろい現象だ。

▽1970・3

 テレビで、プロ野球の大学出の某ベテラン選手が「全くあの頃はシックハック(四苦八苦)でした」とやっていた。キッチャ店、カン、サース、ケンもホロロなど、ことばの盲点は意外と多い。今は亡き私の祖父は、食後「あーマンプクレだ」と腹を撫でていた。満腹に「ふくれ」と付けた意味強調のごあいきょう。(熊本市 西田芳彦さん)

▽1972・8

 別に耳新しい材料ではないのだが、テレビの連想ゲームで「白波五人男」のヒントのひとつに、キャプテンの加藤芳郎が「ドロボーズ」といったら、たちまちあたった。単に「ドロボー」といったら他のものを連想してしまう。外国語の学習で単複の区別がわずらわしいのだが、なるほど「ドロボーズ」は強力なヒントであった。

▽1978・4

 二十歳前後の女子大生が話をしている中で、conjofulとかconjolessとか耳慣れない英語を聞いた。いや、英語を聞いたと思った。しかしよく聞いてみると、「根性ful根性less」というマカロニックな造語だった。「根性」という日本語に英語の接尾辞をつけただけだが、いかにも英語らしく聞こえ、日本語の「根性」という言葉からくるイメージよりもソフトにうけとられた。(福岡市 松尾太加志さん)

▽1984・7

 私の父は話に勢いがついてくると、雰囲気語を巧みに操る。圧巻なのは「つぶす」を「おっちゃぶす」、「踏む」を「踏んじゃぶす」。音色は良くないが、つぶされたり踏まれたりする物の質感が手にとるようにわかる。(古河市 白戸紀子さん)

〔書きことばメモ帳〕より

▽1953・7

 「人肉あり、百匁○○円」──肉屋でなくてよかつた。八百屋です。「ニンニク」と読むのでしょう。

▽1961・3

 東海道の、浜松市連尺―伝馬町間の舗装工事現場に次のような看板が現れた。

   工事中  しとやかに

         女  

   御協力願います  鈴木組

「女行」の女は「徐行」を捩ったんだろうが、当世大分女権も拡張され、果たして工事屋さんの思惑通り、自動車やオートバイがしゃなりしゃなりと走ってくれるかどうか、街の専らの噂。薮入りで待ちもあわただしい本年一月十六日の話である。(浜松市 寺田泰政さん)

▽1965・7

 ゴールデンウィークに見た、国鉄矢祭山駅(福島県)の前の立看板の文句。「ああ無錠、アキスは狙う」警察署の立てたものである。(千葉県柏市 鈴木靖さん

▽1975・6

 麦般若/奈良、浄瑠璃寺門前の茶屋に入って、壁のお品書きに、「麦般若」とあるのを見ました。おわかかりでしょうか。ビールのことだったのです。お寺の多い、いかにも大和路らしい発想だと感心しました。(千葉県流山市 菊地蝶子さん)

▽1979・1

 発音を忠実に守る/東北の名山飯豊連峰の山形県側の登山口長者原で見かけました。「ひぎだでのホットコーヒー お飲みの時はコップを入れ出からボタンを押してください」ひきたてが飲めるとあっては、小生が自動販売機にコインを入れたのは言うまでもありません。(東京都渋谷区 毒島敏夫さん)

▽1987・3

 某社刊『スピーチ・ハンドブック』の中のコラム──『二十四の瞳』で人気のあった壺井栄さんは、清水幾太郎さんと、四国のある市で中央口論社主催の講演会に参加した。──スピーチの本だけに「口」論と誤植したのか、巧まざるユーモア。二人は壇上でヤリあった?(我孫子市 有島清さん)

 

戯評句 ぎひょうく 

極度に短くてエスプリを利かせた社会時評の句を仮に〈戯評句〉としておく。中央紙などによく見かける、おなじみの投稿作品である。また戦後しばらくは「冗談コント」とかいっていた、あの類である。

ただし、この種作品は時がたつほど鮮度が失われ、価値が下落していくのは〈落首〉など時事ものと同様である。

ともあれ、毎日全国からメディア向けに数多寄せられるであろう戯評句から厳選された作は、パンチの効いた傑作が目立つ。

 【例】

戦時の名寂句

雑 炊 に 非 力 な が ら も 笑 い け り                       虚 子

高浜(たかはま)虚子(きよし)(18741959)は俳人。花鳥諷詠に名句を残す。太平洋戦争末期の発句である。戦時の生活体験をもつ人たちにとって身につまされる、川柳色の濃い句だ。日本が敗色を濃くするにつれ、すべての物資、なかでも食糧の欠乏が目立つようになった。雑炊はその象徴で、米を通常米飯の約三倍量の水で炊き上げたもの。いってみれば「増水がゆ」である。この中にわずかな野菜と煮干のような安魚を入れ、代用醤油で薄く味付けをする。やがて米の欠配が慢性化し、都市部の一般家庭では雑炊すら口にできなくなった。昭和十九年春、全国的に雑炊を専門に食わせる「雑炊食堂」が出現。一杯二十銭ナリ。人びとが開店一時間も前から長蛇の列を作る光景が繰り広げられた。朝日新聞発表の「雑炊規格」によると、一食あたり米四勺(70ml)使用が基準。ところが時がたつにつれ、食堂の雑炊中の米粒が数えられるほど白湯(さゆ)に近いシロモノになる。本土空襲はひどくなるわ、空腹は満たされないわで、国民は非力な笑いすら失っていた。

 

警句遊び けいくあそび 

「警句」は人世、社会、文化などに対する個人の見解を、簡潔かつ凝縮した文言で表明したもの。これは「箴言(しんげん)」「寸鉄(すんてつ)」「格言」ならびに「アフォリズム」とほぼ同じ意味をもち古来、多くの関連書が出ている。

警句の真髄は「寸鉄人を刺す」という、警句そのものについての警句に代表される。こうした警句を自家創作するのが〈警句遊び〉で、言語遊戯の中でも知的創作の最右翼をになっている。警句遊びには時流にのせ一時的に通用する「時事警句」と恒久的に通用する「永久警句」が対象になるが、想を練り作品を吟味して、後者を選ぶのが本筋である。

永久警句の典型に、近代日本隋一の警世家である斉藤緑雨(18671904)が、「(あん)ずるに筆は一本也、箸は二本也。衆寡敵せずと知るべし」との不朽の名言を吐き、文筆渡世の者を力づけてくれている。

ともあれ、一,二行の短文のうちに鋭敏な哲理を表し、辛辣骨を削る名句を生み出す趣向は格別のものがあり、言葉遊びを芸術の域まで高めてくれると思う。

【例】

飲酒法令                                                         大田南畝

酒はのむべしさけはのむべからず

一節供祝儀にはのむ

一珍客あればのむ

一肴あればのむ

一月雪花の興あればのむ

一二日酔の酲を解にはひとりのむ

この外群飲佚遊長夜の宴終日の飲を禁ず童謡にいはくおまへその様に酒飲んで猩々にならんす下心猩々よくのめども禽獣をはなれず人として禽にだも鹿猿べけんや &『千紅万紫』  

末世坊主どもを叱る       清沢満之世の中で、不信心の第一は坊主、その次は坊主に近い在家の人、坊主に縁の遠いものほど厚信のやうに見える。&『清沢先生言行録』

清沢満之(きよざわまんし)(18631903)は真宗大谷派の僧。精神主義に徹し、教団の改新を唱えた。満之和尚の一言は一見同職攻撃だが、その言わんとするところは真理を洞察し、痛烈である。近代仏教界の堕落を端的に表現し、耳の痛い宗教屋も少なくなかろう。仏教界は狂っている。西を向いても東を見ても、拝金餓鬼だらけである。金満家と見ると下らない戒名一丁にン百万も吹っかける。シタリ面して説いた偽善の法話をCDだかにに吹き込み、通販ルートで釣って儲ける。しこたま稼いでも、宗教法人だから税金の優遇を甘受できる。外車を乗り回し、妾を囲い、左団扇の殿様暮らし。さらに法話会とかを催し宗徒を集め、聞いた風なご高説を垂れて喜捨を掻っさらう。もう救いようのない末世で、心ある善男善女は仏教界に愛想をつかしている。宗教の存在は人の心の支えに必要だが、布教者が腐っていては何をかいわんや。坊主どもがこの世から消滅したら、社会はかなり清潔になるはずだ。それこそ衆生イライラの原因が一つ減り、心の救済になろう。

愛酒寸鉄                                                         葛西善三

酒はいいものだ。実においしくって。毒の中では一番いいものだ。&『漫談』

葛西(かさい)善蔵(ぜんぞう)(18871928)は小説家。心境小説の名手。葛西は超の字のつく愛酒家だった。著作『湖畔手記』の中、箱根湯本の宿で「ここへ来て自分は毎晩一升近くの酒を飲んでゐる」と述懐。結局「毒の中では一番いいもの」に溺れすぎ寿命を縮めてしまった。彼は、健康を害したので禁酒すると宣言した友人に、こうアドバイスしている。

   酒をやめるなんていけない。からだを悪くするのは自分が悪いからで、けっして酒に罪があるのじゃない。僕なんか、酒をやめるなんて僭越なことは、夢にも考えたことはないですな。酒をやめるなんて、思い上がった気持ちは絶対にいけません。僕なんか、もし酒で、腹をこわすようなことがあると「わしが悪かったのだ。許してくれ。お前に罪があるわけじゃないんだから…」と腹をさすりながら謝るんです。すると、大変気持ちがよくなる。

上文中の「寿命を縮めてしまった」の前言を訂正したい。葛西は最愛の酒に惚れ抜いて、心中したのである。

文豪警句集(近代)

▽世間は決して盲目でない。分らぬやうで分つてゐる。三人寄れば文殊の知恵、愚物でも幾千万人集まればなか〳〵知恵が出る、世間は公平である。(三宅雪嶺)

▽自分で自分の馬鹿を承知してゐるほど尊く見える事はない。この自覚性馬鹿の前には凡ゆるえらがり屋が悉く頭を下げて恐入ねばならぬ。…(夏目漱石)

▽何事も半なるは有難からず。けいらんばかりは半熟がよいか知らねど、鰻の半焼と野郎の半通がる皆結構なものでは無し、生酔より却つて()()の真面目が好く、生意気より野暮がよし。(幸田露伴)

▽食物の話が出ると一座は親しいものだ。(徳富蘆花)

▽金銭は官吏を奴隷にし、貴族と富豪とを木像にし、(さか)しきものを狼とし、愚かなるものを驢馬となせり。(高山樗牛)

&以上『雄弁』大正十五年七月号

広告キャッチより

▽迷ったら、昔に訊け。/講談社「講談社文庫」 &『モア』1996年十一月号・歴史人物フェア

▽何年もの、のウンチクもいいけれど、びんなくして名作なし。/日本ガラスびん協会

 &『クロワッサン』1997年七月二十五日号

「習作ノート」より                           荻生作

▽歴史書を紐解く最大の収穫は、人類がいかに愚かか、ウンザリするほど教えてくれることだ。

▽世の中は目暗九九〇人目明一〇人。ところが千人のうち九九〇人は自分が後者だと思っている。

▽コピーライターは物書き芸者。わからん広告主(じん)に抱き込まれ、コピーもどきのコビを売る。

▽い酔ッ!呑まれたかったら、グイグイお飲み。

▽真の巨匠が誕生するのは死後である。生きているうち生意気こくな。

その道の化粧上手をプロという。娼婦は誘惑のために化粧をし、文士は言葉づか

 いを化粧する。

女は本当の年齢を他人にバらされるとご機嫌が悪い。男は度外れた年齢に見られると不愉快だ。どっちにしろ、見立てた者はお世辞で埋め合わすのに一苦労する。

▽寸鉄への寸鉄狂詠

 寸鉄は半分ほどにきくがよしのたまうほどの人柄になく

《参考》

一家言                                 斎藤緑雨

▽今の不平家と称するは、宛ら鋳掛松の如き物なり。人の酒を呼び妓を呼ぶを見ては、忽ち天秤を投付くるの勢ひあるも、若し之に酒を供し妓を供するあらば、亦忽ち頭を叩いて喜びを述べん、笑ふべきのみ恐るゝに足らず。

▽窃かに想ふ、世は物欲しきために造られ、人は物欲しきために生れたりと。人の世に処る、宜しく「物欲しく」なるべし、「物欲しげ」なるべからず。能ふべきだけと言はんよりは、能はざるまでの借銭重ねて、而して其利しだに払はざるもの、なお語るに足る。&『明治文学全集 斉藤緑雨集』筑摩書房刊

 

御意見番

 政府や大企業など権力構造のトップクラスを相手に、個人で私見を吐露する遊びを〈御意見番〉と称しておく。単なる悪ふざけで終わらないよう、しっかりした根拠と論述の展開が望まれる。

 ネタバレしたら吹き出す吹き出しだ! 

【例】

朝日さん、算用数字はうんざりだ                                    荻生作

 朝日新聞の記者諸君に物申す。

 あなたたちが記事に書いている753の祝は「七五三の祝」と書くべきではないか。8月15夜の月は「八月十五夜の月」が正しくはないか。日本語では縦書きの場合、漢数字を主体に表記するのが正道であること、ご存知なかったか? 

 効率を追うがあまり読者不在となり、算に走りすぎ用い方を忘れた頭じゃ理解するのは無理だろうな。

 ついでながら、「社会の木鐸となる」に読みを入れてごらん。併せてどんな意味なのか、わかるかな? 寺の木魚のアタマのこと、だなんて解釈ではダメだよ。

*朝日新聞(他紙も似たり寄ったりだが)の算用数字の濫用は目に余るものがある。日本語表記の常識をあざ笑うかのように、もうその傾倒ぶりは異常で傍若無人としかいいようがない。最大の理由は編集機械で記事変換するのに都合がいいから。あげくに自分たちの手抜きを棚に上げ、文化事業云々をほざいている。読者は付き合いきれねえ。こんな不満の抗議文を寄せる相手は天下の大新聞、しかも海千山千の記者連中を相手にするのだから、一筋縄ではまず効果は見込めない。ここは一番、思い切って逆撫で戦法に出てみよう。朝日陣営を徹底的に小馬鹿にこき下ろし、連中の鼻高々な自尊心をぶちのめだ。窮鼠猫をかむ、の心意気で!

人絹並みの人権                                              荻生作

この国ではなぜか「人権」を声高に叫ぶことがプチブル市民のレッテルになっている。皆さん偉くなりすぎて、メツキが剥げないように、ね。

 

誤解遊び ごかいあそび 

当方の言っていることに対し、相手が気づかないうち意味を誤解するよう誘い込む誘導技を〈誤解遊び〉と称する。文彩でいう「うっちゃり」の応用展開である。落語や漫才など舞台芸でよく演じられている。

【例】

太公望                                                         世事広丸作

深川の木場の辺で、一心不乱岡釣をしている所へ、「モシ、こゝへ二十四五な男は参りませぬか」といへば、「アイ来ました」「島の羽織を着ておりましたか」「アイ羽織を着ていました」「なんぞ食ながら来ましたか」「アイ食います〳〵」「アノ女のつれがありましたか」「アイありました」「女も若い娘でござります」「アイ左様〳〵、ホイ逃げたわい」「どつちへ逃げました」「イエ大きな(ふな)を」「イヤサ其人は何処へ参りました」といへば、「エ何をいいなさる」&無事(ぶじ)()有意(ゆうい)

国会様とは神か仏か

国会様といふのは神様かヱ仏様かヱ、知れたこと日本は神国神様さ、さうして何処に其のお社殿(やしろ)が出来たんです、お宮はソレアノ内幸町よ、(そん)なら君のいふのは違ふよ、なぜヱ、デモ内幸町に今度出来たのは衆議院とか貴族院とかいふお寺だといふぢやないか &『東京朝日新聞』明治二十三年十一月二十六日

*内幸町(東京都千代田区)に新設なった貴族・衆議両院について、裏店の熊ッ八連トンチンカン問答風にまとめた漫文記事である。あげくに院号付きだからお寺だ、というオチまでついている。

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▽ワキガと汗のベストセラー/「体臭・多汗の正しい治し方」五見常明著、体臭多汗研究所

 &『SPA』1995年三月二十九日号

*粗忽者の筆者、「ワキガと汗」がベストセラーになるとは!と、一瞬たまげてしまった。あいだに「本」ぐらい入れるべきだ。

俚謡都々逸より

♪娘したがる親させたがる、させてよろこぶ繻子の帯(てんからこ、岡山県)

 &『日本歌謡集成』巻十二

 

殺し文句 ころしもんく 

特定の個人や集団、あるいは一般大衆に特別な心理的影響を与える効果をもつ言辞を〈殺し文句〉という。狭義に男女間の愛の言葉や口説文句をさすが、ふつうはもっと広義に用いられる。個人同士の会話からキャッチコピー、スローガンに至るまで、範囲は広い。

例示⑴~⑺の分類方法は新堀通也著『「殺し文句」の研究』により、一部作例を加えて荻生がまとめた。

 馬に「殺し文句」 

【例】

⑴公式的殺し文句

*汎用的な定形文型を使うもので、傍線部は差し替え応用がきく。

親のスネかじりのくせに

▽きみはそれでも警察官

表現にパンチ力が足りない

⑵タテマエ的殺し文句

*主として美辞麗句を用いた社交辞令。下手をすると本音が見透かされる。

▽政治の理想を実現へ向けて

▽消費税は福祉充実の第一歩

▽紙面充実を目指し新聞値上げ

⑶レッテル的殺し文句

*いわゆる言葉のゴリ押しを弄し、相手に劣等感・屈辱感・敗北感などを与える類のもの。

▽奴は口先だけの評論家だ

▽いってみれば日和見鶏総理

▽彼女は意外やカマトトぶりっ娘

⑷問答無用の殺し文句

*前記レッテル的殺し文句に対する開き直り。論戦などでウンザリしたようなときに使う。

▽カラスの勝手でしょ

▽そこまでアホウとは知らなかった

▽お目出たい男とはこれ以上付き合えん

⑸弱みをつく殺し文句

*相手のウイークポイントをつき戦意を失わせる。ドスのきいた文句が多い。

▽いつになったら大人になるんだ

▽新聞社に投書するぞ

▽いつも月夜とはかぎらねえ

⑹比較による殺し文句

*他人・他社・他商品などとの比較、常識上の欠陥等を匂わせ相手を追い込む言葉。

▽A社にくらべ当社は経営理念に欠ける

▽B店はサービス満点なのに

▽あなたの論理は独りよがりというものだ

⑺おためごかし的殺し文句

*婉曲法を発揮して、アドバイスという形でそれとなく相手に訴求する。

▽君のことを思うと黙って見過ごせない

▽一つだけ忠告させてくれ

▽悩みを分かち合おうよ

秀吉の一言で光秀に叛心?

主君(筆注=織田信長)はむごい人也、我々骨命を捨てゝ苦戦し、大国を責め取りていつまでかくてあるべきぞ、讒言(ざんげん)のために一命を空しくすべし、随分御身を大切にせられよ。 

&『改正 三河後風土記』羽柴秀吉

*本能寺の変で悪者にされた明智光秀だが、彼もし信長に仕えなかったら日本の歴史は変わっていたろう。それほど有能で切れ者の光秀が才を発揮するにつけ、信長は不安と癇の昂ぶりを覚え、光秀を疎ましく思う。誰の目にも、主が臣につらく当たっているのが見てとれた。そうしたおり、秀吉は光秀の耳へ掲出の文字通り「殺し文句」ををさりげなく吹き込む。ただでさえ疑心暗鬼の思いに駆られていた光秀は、このささやきで謀反の邪念を固めたという。ここで問題なのは、光秀が三日天下を取った後の秀吉の豹変振りである。本能寺の変を知ると、毛利氏と手を結び、叛臣討伐の大義をかざして光秀を追討した。天正十年六月十四日、宇治の小栗栖(おぐるす)の百姓が敗死した光秀の首を持参したとき、陣屋にいた秀吉は「明智よ、酬いは早かったのう」と首に語りかけた(『人間臨終図鑑Ⅱ』山田風太郎著)。この二件における秀吉の言葉が真実であるとすると、太閤は許しがたい卑怯者ではなかろうか。

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▽ハワイぐらい行かずになんの人生ですか。/サポート、人材募集(抽選でハワイ旅行招待) &『Hanako』1997年七月二十三日号

 岩谷天狗煙草の鼻高々看板〔銀座・岩谷商会本舗、明治十五年頃〕

 斉藤緑雨の自作死亡広告〔東京朝日新聞、明治三十七年四月十四日〕

斉藤(りよく)()(18671904)は作家・評論家。掲出は死期の間近いことを悟った緑雨が友人の馬場()(ちよう)らに託した黒枠広告つまり死亡広告。当時の世情からみて、この有名作家の自家稿になる死亡広告は話題をさらった。緑雨は近代日本隋一といってよい箴言家(アフオリスト)で、数々の警世名句を世に送り出している。明治三十一年に万朝報社に入社、「眼前口頭」と題する欄記(コラム)でシニカルな警句を大量に吐き出した。この皮肉屋は、商売道具の中に自分の死まで組み込んで、文字通り殺し文句で使いきったのである。

 

三嘆狂歌 さんたんきょうか 

 上三句を畳語で詠み、これを下二句で滑稽に受けて狂歌に仕立てたものを〈三嘆狂歌〉という。近代まで新聞投稿等に見られたが、その構成の単調さゆえか、いつの間にか姿を消している。
【例】
無題の三首                                                
荻生作

▽鳴りやんだああ鳴りやんだ鳴りやんだ山の神鳴り涼を戻せり

▽さくら散るああさくら散るさくら散るテキヤ一喝そらガサ入れだ

▽死にまするああ死にまする死にまする尼寺の主またも唱えり

 

時世諷詠 じせいふうえい 

明治時代の新聞雑誌投稿文学の一つ、いわゆる時事狂歌を当時は〈時世諷詠〉といった。

【例】

諷詠五首                                               梅村宣雄

   士 族

 米は皆かり尽されて冬の田の案山子の弓はかひなかりけれ。

   華 族

 行末は兎まれ角まれ長閑なる華のうてなにあそぶたのしさ。

   人力車

 めぐり来し罪の報かうつ蝉の世をおぐるまをひくぞ苦しき。

   演説会

 皆人の所せきまでとひぞくる口もさが野のはなのさかりは。

   代言人

 節繁くよそは見ゆれど弱竹のまことは安くなびきもぞする。

&『朝野新聞』明治十四年十二月二十一日

 

証言遊び しょうげんあそび 

他人の発言や当てにならない言い伝えなどを弄し、戯れの結論を導き出す遊びを仮に〈証言遊び〉とする。立証過程の飛躍や誇張を巧みに利用すると愉快な作品に仕上がる。

詭弁術の一種と見てよく、用いる手法は単独、連立の別を問わない。

【例】

高僧は(てて)()し子か                                               (宮武)外骨筆

…昔の宗教家が書いた名僧伝を見ると、父母の間に生れた子としての記

述は無く、何れも霊夢によって懐胎した者の様に云つて居る、(かつ)て予が「高僧御実伝記」一冊によつて調べて見た所だけでも左の如くであた

○泰澄禅師の母は、美麗な白玉が懐中(ふところ)()ると夢みて禅師を(はら)んだ

○伝教大師の母は、光明の神体が現はれて教へを授くと夢みて孕んだ

○弘法大師の母は、天竺(てんじく)の聖僧が飛来つて懐中に入ると夢みて孕んだ

○慈恵大師の母は、日の光が懐中に入ると夢みて大師を孕んだ

○恵心僧都の母は、聖僧が来て美しい玉を授くと夢みて孕んだ

○西行法師の母は、普賢菩薩(ふげんぼさつ)から金剛経を授かると夢みて孕んだ

 (外骨はこの後なお六例を引いているが略)

&裸に虱なし

今時の坊さんは拝金(バイキン)僧や                                              荻生作

お釈迦はんも言うてんネ、今日日(きようび)()(さん)蓄財(おたから)酒色(ごくどう)()いて末世(まつせ)

仏法ではナ、飲酒(おんじゆ)(かい)いうて僧侶は酒飲んだらあかんことになっとります。飲酒はな、もし、御仏(みほとけ)に仕える平静心を乱し、過ちをばおかす元ンなるからでっせ。これは「五戒」や「十戒」の第五、「菩薩四十八軽戒」の第二なんどにも不飲酒戒がおますよってに。わてらが説教せんとわかってはりまっか、ほんまかいな。マ、ひとつ、わての説法も聞きなはれ。

御坊(ごぼう)方、国史をよう調べてごらん。酒色を禁戒とする仏法なんぞ有ろかて無きがごとし。見い、お寺はんは古うから(うり)(さけ)の禁を破り、僧坊酒を醸して売り捌き、あんじょう儲けたはりますがの。売僧(まいす)も続出でな、女子(おなご)は犯すわ、稚児(ちご)は囲うわ、賭場ご開帳にうつつを抜かすわ。あげくに般若湯(はんにやとう)とか大乗(だいじよう)の茶ァなんど名目たてて大酒食らいよる。/あんさんは別と思うがの、なんしご覧じろ、生臭坊主があちゃこちゃ(たむろ)しよってからに、臭うてかなわん。そやつ(ばら)がまた、善男善女集めて法話だか説法だかを垂れてますねん。ほんに、よう言わんわ。今日日心ある俗衆はな、宗教界のけったいな条理や偽善に愛想つかしてます。神道や仏教そのものは大切な心の支えや思いますけんど、なんせ布教者があきまへんのや。無信心者が日ごと増えるも道理でんがな。/なあ坊ン様、酒が好きやったら飲んで酔うてもかまへん。女子にド助平致しても目エつむりまひョ。葬式屋と仲良うしてアホ高い戒名売るもあんたらの自由や。けどなァ、神様仏様に事かりてわてらに偉そな口利くのだけはやめとくれ。人のよい皆みなさんをたぶらかす狐説法集売ってごっつ儲けるンもあかんでェ。

    遺言詠            待也

 会葬(とむらい)読経(おきよう)も南無用ひえた身に冥酒一升かんで抱かせよ

 

ジョーク joke 

〈ジヨーク〉は笑いのエッセンスを手短かにまとめた滑稽談の総称で、語義上かなり広範囲の作品をカバーする。日本で生まれ育った〈笑い話〉に相当するが、ジョークそのものには、多分に現代的で西欧風ニュアンスが含まれている。しかも落にこだわらず、ユーモア表現の領域が広い。

ジョークといえばアメリカが本場で、いうところのリップサービスを含め、うんざりするほどジョークが量産されている。次のような皮肉すらささやかれている。

A ジョークがジョークでないのはいつかなあ。

B ほとんどのときさ。

【例】

関連書からピックアップ

▽「カモメが十羽います。一羽をカモメのジョナサンといいます。残りのカモメは何と呼びますか」「カモメのみなさん」

▽「いやに地図を熱心に見ているじゃないか」「うん、まだ誰も発見していない島を探しているのさ」

▽ある歯科医、ゴルフコースで三メートルのパットを決めようとして口走った。「さァ、もっとお口を大きくあけて」

▽「煙草が六本ある。いま一本くわえたら何本になる?」「もちろん七本さ」「いいや、五本。一本は口にくわえているんだぜ」

▽男「煙草は?」女「吸いません」男「お酒は?」女〔飲みません」男「男遊びは?」女「いたしません」男「ホウ。で、何が楽しみで生きているの?」女「ウソをつくこと」

広告キャッチより

▽失礼ですが、あなたは高橋ですか?/手帳は高橋、高橋商店 &『朝日新聞』2003年十二月一日

 

▽中国しすぎてすみません(ペコリ)/チャイ・2月号発売中、中文産業 &『朝日新聞』2003年十二月二十八日

スッポンポン礼法                                            荻生作

水泳パンツを穿いて銭湯の湯船に入ろうとする無礼なガキに怒鳴ってやった、「ここをどこだと思ってる、パンツを脱げ」

 

笑殺キーワード しょうさつきーわーど 

ネットビジネスの世界では、いまや「キーワード」が花盛りである。検索エンジンだ、やれSEOだと、キーワードは現代の錬金術と化している感がある。そのキーワードなるものを茶化してしまう。

 ソフト嗜好の紙とエンピツの世界をしばし離れ、ハードな電算世界に遊弋してみよう。

                                        すべて荻生作

プア・リターン

 財形投資しても一向に儲からず、気がついたときには元も子も無くしている状態を指す。「ハイ・リターン」の逆語である。

 バブル崩壊後はリーマンショックはじめアメリカ経済を中心とした世界的な長期不況のあおりで、資金投資を取り巻く環境は厳しさを増している。株式投資等で資産を減らした人たちも少なくない。

じつは「プア・リターン」こそ、万年貧乏人の不労所得者へのやっかみが生み出した底意地の悪いキーワードなのだ。

電痴

 電化製品オタクを小バカにした呼称。

屋根はソーラー発電パネル張り、そこに方位パラボラアンテナだのBSアンテナなどがニョキニョキ。家の中はオール電化で、白モノはもちろん、歯ブラシからケツ穴の毛抜きまで電化製品で埋め尽くされている。

雷サマがぼやいたとさ、「落ちるに落ちられねぇ」

オチにもならねえ 

「おいしい」バカ

 グルメ系TVタレントへの蔑称。

 食い意地番組で口へ入るものは何でも「おいしい」「うまい」「イケる」とべた褒め。他にボキャブラリーを知らなくても時間を持たせているからお見事だ。某夜、整形美女タレがフランクフルトソーセージを口にすべりこませた映像に、ああ、彼女もアレ好きなんだ、とあらぬ想像をしてニタリ!

死街地

 俗にいうシャッター通りの新語。いうまでもなく市街地から訛化した言葉だ。

 都営三田線の北の終着二駅手前から広大な高島平団地が広がる。かつて活力に満ちたモダン市街地として知られていた。今は住民の高齢化で空家が目立ち、通りには転廃業した商店群がみすぼらしい姿をさらしている。行き交う人々も杖をついたり車椅子に乗ったり、が目立つ。ジッチャン・バッチャンで賑わう同沿線名所の巣鴨地蔵通りを添枕にしてバラ撒いたような光景なのである。

またケツ出し

 テレビでCMをはさんで直前映像を二番煎じで見せる、時間稼ぎのダサい手法のこと。NHK以外の各局で常套手段になっている。

見たいヤマ場でCMを流され、バカタレどもの痴話に付き合わされ、おまけに上げ底リピートを食わされる。本番番組は実質半分程度に短縮なのである。視聴者は、見せてやってるのだ主義の放映に、屁でもこきながら「またケツ出しか」とぼやくしかない。

FUCS

 女体への態位の刷り込み。

 草食系男子とやらが増えた現代はいざ知らず、昔は、妻妾や情人(いろ)に対し、男は自分なりの性技を教え込むのが甲斐性とされていた。たとえば相舐めのサインは女を逆さ枕で寝かせる、酔ったときは女上位で致す、といった類の行為を手馴づける。共寝での主導権はつねに男が握っていたのである。

 彼女からメールで「今夜FUCSしてちょうだい」なんてメッセージ送られたら、浮き上がってしまうなあ。

電脳万能社会 

 パソコンを使いこなしインターネット中心で動く現代社会。

 山里のおばあちゃんが収穫物をパソコン管理したり、ネット販売で羽振のいい生活が出来る時代だ。パソコンに振り回されるのは真っ平、などと敬遠していたら、世の中から弾き飛ばされてしまう。ネットを始めてまだ二年生の筆生、つくづく実感した。

聞くところによると、地獄の三丁目では閻魔様が嘘つき人間どもから引っこ抜いた膨大な数の舌をパソコンで管理しているという。オギュウマチヤという男は、堕獄したときの処刑に備え、ブラックリストの筆頭にあげられているそうだ。

惹句マニア 

 キャッチコピーに販促の霊力が宿ると信じ込んでいる人たち。

新聞雑誌などペーパーメディア時代の、自由発想に基づくキャッチフレーズ万能を信奉している旧世代コピーライターによく見受けられる。現今のキーワード(「キラーワード」参照)マニアの対応語である。

かくいう荻生も「惹句マニア」の一人で、ネット上の検索エンジンのヒット率で見出しを決めてしまうSEOとかいうキーワード方式を無視しつづけている。そのためかわがネットショップやホームページやブログでのアクセス数は貧相なものだ。

キラーワード

インターネット上のヒット語中心に構築されるキャッチコピー類。

なぜ「キラー」なのかというと、検索率重視のあまり、出来た語群が日本語としての構文も文意も殺してしまうからである。ひどいウェブになるとferret(検索語の検索順位を検索できるサイト)上位の語群を並べ立てただけ、まるで日本語になっていないものも少なくない。

ネットがいかに商業主義に毒されているかの証拠であり、日本語を愛する者として末世の思いがしてならないのだ。

酔弊思考

人は酒に酔うと思考が中和され、細事にこだわらなくなること。「水平思考」のもじり言葉。飲酒功徳の一つである。

アルコールによるほろ酔い機嫌の者は、感覚が鈍るにつれ言動が大まかになる。口から出まかせを言ったり、謹厳実直氏の制御回路が緩んでにわかに助平になったり、出来もしない空約束を連発するなど「酔弊思考」の端的な現れである。

下戸の酒恨み

 下戸が上戸いびりをすること。

 酒臭い、に始まり、やれ無様だの、トラになるまで飲みたいかねえ、酔いどれて卒中死しても俺はしらんなど、素面で責めたてる舌鋒は手厳しい。アルコールが入っての管巻きと違って、可愛げがないのである。

728コスモツリー

「ナニワコスモツリー」と発する。大阪は淀川中ノ島に建設なった高さ七二八メートルに達する世界一の電波塔である。

いうまでもなく東京スカイツリーを意識した天辺競いで、東京のそれ六三四メートルと比べ一〇〇メートル近く高い。七二八は東京に負けておられへんでえ……と、土性骨を見せ付けた感じだ。今や大阪都の新観光名所になっている。

インテンショナル・イミテーション

 俗にいう「やらせ番組」のこと。

 ショッキングシーンを見せる、いわゆるキワモノの過半は、プロダクションのスタジオにおいて細工して録画された仕組まれた虚像(インテンショナル・イミテーション)なのである。今やテレビ番組の十八番となっており、視聴率が高まるのをいいことに、平然とまやかし番組を放映している。視聴者も舐められたものだ。

老鬼過保護 

半死状態で生き長らえ、年金や介護保障等を食いつぶす老害の主を手厚く保護する社会補障制度のあり方。

片足を棺桶に突っ込んだような役立たず老人が、社会保障制度の恩恵に甘えきっているのが実情だ。たとえば、多額の税金や社会保険料を納めてきた中年男がリストラにあい、四畳半の安アパートで失業中のその日暮しを余儀なくしている。片や、年金富者の車椅子生活者が温泉付き看護士付きの有料老人ホームで余生を無為にのほほんと長らえている。満額に近い高額年金受給はもちろん健康保険や介護保険の恩恵をば食い物にしている穀潰しなのだ。

つまりは健康管理等に自助努力している貧困層高齢者や若い保険料納付世代にとって、現行社会保障は腹立たしい限りの片手落ち制度。こんな格差のついた不公平な社会保障制度なら全廃したほうがよい。納税も応分に軽くして貰うのが条件だが。

寝たきりになったら、早いうちお迎えに応ずるのも人助けにつながる。老鬼のまま一日でも余分に生きながらえたい、なんていうのは、とんでもない国賊的思想だ。当年七十九歳の筆生、憎まれ口は叩くが「老鬼」にはならないよう、もっぱら心がけている。

 

冗談コント じょうだんこんと 

 駄洒落を核としたコント。謎なぞ遊びのスタイルに似せて作られる場合が多い。昭和20年代のラジオ番組で広く知られるようになった。

【例】

冗談コント種々                          荻生作

▽「サラリーマンの大敵である二種類の動物は?」「リス、トラ」

▽「社長さんは入場できませんよ」「ウ?」「トップレス・ショーだから」

▽「ヤキイモの異名は十三里。焼場(火葬場)は十八里」「なぜに?」「十四四里(としより)が多い」

▽「天下り OBとは何のこと?」「正道(フエアウエイ)を外してしまった官僚のことさ」

▽「荻生待也」で検索してみてください。

 GoogleにもWikipediaにも出ていますので。──ほう、100パーセント無名じゃな       いんだ。

 

ショッキング・フレーズ  

極度に面妖な言辞を弄した見出し文句。

「マドンナは痔だった」「蛇を飲み込んだ蛙」「白人女食いのタイガー」など三流紙やコント作者がよく用いる常套言語である

 誰も考え付かない面妖な言葉の擬人化ショッキングフレーズ〔宮武外骨『一癖随筆』〕

 

新題戯詠 しんだいぎえい

〈時世諷詠〉の姉妹に当る狂詠。時事的な主題を募りつつ明治時代の投稿文学を賑わせた。

【例】

戯詠開化新題                                             山田稲麿

電信機 千里の里をへだてゝ語らふも糸一筋の力なりけり

蒸気車 小車のわずかばかりの時の間にいく千里をかけめぐり行らん

郵便 玉章を誰か雁には頼むべき早き便のよにいでしより

小学校 硯の海書の林に遊ぶめり文字をしりぬることのわらはべ

新聞 日の本のことばかりかは外国に有しさまをもみする文哉

国立銀行 市中に積める黄金は世の民のその業ひの資けなりけり

瓦斯灯 左右照る灯の光ありて都大路は闇の夜なき(後略) 

&『朝野新聞』明治八年十一月三十

 

人物戯評 じんぶつぎひょう 

時の有名人等が暴走や失敗を仕出かすと、たちまちこの〈人物戯評〉の標的となる。その声が大きいほど悪評も高い、ということになろう。

【例】

道楽寺あほだら経

♪ヤレ〳〵〳〵〳〵ちょいとちょんがれ

 今度此たび京屋の親父が 江戸見物にと

 が府中か夢中で女郎衆にはまって どうしようこうしよでゐ続けいつまで やってもいられず ゑいやらやっとで 広いお江戸へ着はつひたが 三日や四日じや見物はすまない 宿屋の亭主をへったらやったらむしゆうに追出し はたごもやらずにゑばっていなさる ヤレ〳〵〳〵〳〵 

 &『随筆辞典』2

 京屋の親仁=有栖(ありす)(がわ)宮、江戸見物=東征軍、長さん=長州軍、土さん=土佐軍、宿屋の亭主=徳川慶喜。あほだら経は、安永頃に某乞食坊主が門付(かどづけ)で広めた俗謡である。時事風刺を込めた(たわむ)れ文句を、あたかも経を読むかのように口誦した。初期のものは「仏説阿呆陀羅経」といったが、次第に願人坊主や僧形芸人の大道芸・門付芸になる。冠称のほうもおどけて「道楽寺」に付け直された。文化頃に(どん)(りゆう)という説教坊主が巧みな芸を披露し、あほだら経の普及に貢献したという。掲出は、幕末の風雲急を告げる時局を批判した主題になっているが、唱芸者は誰かわからない。メモ冒頭に見るように、人物は見立になっていて、世の中をひっかき回す一部の連中の行動を面白おかしくおちゃらけている。彼ら底辺の芸人達は、失うと困るものなど持っていないから強い。大胆に、言いたいことを言えた。一説によると、浪花節もあほだら経から分岐して出来たという。なお、小沢昭一著『日本の放浪芸』では、今もあほだら経を伝える放浪漫才師が紹介されている。

もろい節

♪会津殿様田楽()きだ、城の丸焼けほんまに味噌つけた、ヤツコラセー、コイトモロイ。&『明治流行歌史』、慶応四年頃流行

*慶応四年九月二十二日、会津落城。漢字で書くと「脆い節」となり、会津藩士等の抵抗は脆い武士として嘲笑の対象に。時の人々が白虎隊の壮烈死に涙するのはかなりあとのことである。

チヤカホイ節

♪何をぴよこぴよこ川端(かはばた)(ぎよく)(しやう)、金の溜まるを見て暮す、チヤカホイ。

♪箱は担げどマントは着れず、坊主頭で苦労する、チヤカホイ。&『明治流行歌史』、明治四十年頃流行

*川端玉章は東京美術学校教授の任にあった高名な日本画家。その豪勢な暮らしぶりが生徒等の評判になり、こんな唄に化けた。

 マムシの似顔絵ですぞ(宮武)外骨『すきなみち』に再所収、画家は未詳〕明治の翻訳小説家として有名な黒岩涙香(18621920)は新聞社の万朝報社長でもあった。その人となりを外骨は自著『明治恐喝史』のなかでこう酷評している。

 蝮の周六とは東京人が彼を呼ぶ渾名である、この渾名一つで彼の性格、彼の閲歴を明かに表示して居る、彼は実に新聞界に於ける脅喝取材の親玉と云ふべき悪漢である、其成功と云ふのも要するにユスリの成功である、今日全国到る所に脅喝を専業とする悪新聞記者が多いのもツマリは蝮の周六がその俑を作つたのである、故に彼周六は世間を害せし大なる毒蛇と云はねばならぬ

カン冴えず                                               荻生作

東北大震災以降「風評被害」が時事用語の人気筋に。時の菅総理ぼやくことしきり、「私なんか風評被害一番手だよ」いかにも出来の悪い首相にぴったりのせりふではある。

さもありなん女史                                           荻生作

出会った物書き女史に「ルンペン」という言葉を使ったら「今はホームレスといいます」だって。当方、昔言葉にホームシックなのに。この女史、他人の心理がまるで読めず、作家として大成しないわけだ。

 

宣言遊び せんげんあそび

「宣言」といってもご大層な思想の怪物を格好つけてのたまうことではない。言葉遊びでいう〈宣言遊び〉は、世間への茶化しの挑戦である。小は禁酒禁煙宣言から大は代議士立候補者のエセ公約まで、まことに賑やか。自分の腹黒とするところを諧謔を抱えた論旨で押し切ってしまう。

が、言っていることが常識とズレているから、宣言されたほうも「また始まった。ビックラレーションだろ」ぐらいな感覚で、マトモに取り合わない。

【例】

町人の夫に三行半(みくだりはん)                                                      元士族女某

貴様の如き町人の賎夫へ

身を任せる女にあらざれば

今日より断然離縁

する者也。

&『東京日日新聞』明治十六年一月十五日

*同日同紙が伝えるところによると、元伊達藩某家の娘が縁あって城下の商人大塚家へ嫁いだ。一月四日年始礼のさい、主人留守中の大塚の家に士族の山内某が訪れ、振舞い酒に酔ったあげく、お手前の如き武家の娘御が町人風情に(かた)づかれるとは理不尽なこと、と身分不相応を強調し嘆いてみせた。女房のほうも日が経つにつれ、わが身の不幸よと思い込むようになり、山内のすすめに従って、掲出文面の離縁状を亭主に突きつけた、というしだい。この一件、二つの事柄で椿事たらしめている。一つ、妻のほうから夫に三行半を出したこと。妻は夫に従うものという既成概念が逆転したところに、ニュースとしての価値が生じた。二つ、身分の差別を正面切って打ち出したこと。大政奉還とともに四民平等がうたわれたにもかかわらず、十六年たってなお武・民の差別を誇示した点が異常であった。それにつけても「女心は秋の風」と、大塚氏もしみじみ感じたことだろう。

 

享楽座女優販売の宣言

…私達は今まで先生という程の先生に就て何も教はつた事がありません。私達の芸術は、地の底から湧き出る清い泉のやうに、私達の胸の中からほとばしり出た自然の芸術です。…私達は一回の独唱に数千金を要求したと伝へられる某女史の肉声が、如何に遊蕩階級の讃美を(あがな)ふべく巧妙なるメロディーを現出し得たるかを知りません。唯野の鳥の如何(いか)に楽しく唄ひ(さへ)づるかを知つてゐます。又私達は入場料の高価なる事に於て、帝劇開業以来のレコードを破つた一ダンサーの不自然極まる軽業(かるわざ)()的演技が如何に知識階級の淫蕩的野心を満足すべく工風(くふう)鍛錬せられたるかを知りません。たゞ花より花に舞ひ狂ふ胡蝶の(おのづか)らなるその風情(ふぜい)に差す手引く手の巧みを超えた舞踊の(おく)()を学ぶ道を知つてゐます。私達は決してソンジヨソコラのドエライ女優さん方のやうに、やれ帝劇には出演するが公園には出演しないの、公園には出演しても待合には出入しないの、待合には出入しても淫売はしないの、淫売はしてもパンタライ社には出入しないのといふやうなきいた風なことは(まを)しません。私達は生活のためとあれば日本一の大劇場でも、場末の寄席でも、大道でも(もちろん四畳半のお座敷でも)平等一様に出演して私達の「芸術」を極めて安価お手軽に販売します。コケオドシや食はせ物でない、ほんとうの生きた血と涙との「芸術」が欲しい人は何時でもご遠慮なく御下命を願ひます。&『浅草底流記』うち「浅草は性欲の廃墟?」

*宣言と言うよりは宣伝である。しかも「享楽座」所属の「女優派出」という名の売春の出前を喧伝し、それを芸術と称しているのだからすさまじい。文中のパンタライ社はその派遣会社で、一時はかなり繁盛したらしい。

 

ファシストを宣言                直木三十五僕が1932年より1933年までファシストであることを、万国に対し宣言する。(中略)僕の『戦争と花』をファシズムだとか──君らがさういふつもりなら、ファシスト位にはいつでもなってやる。それで、一、二、三ん、僕は、1932年中の有効期間を以て、左翼に対し、ここに闘争を開始する。さあ出て来い、寄らば斬るぞ。何うだ、怖いだらう、と万国へ宣言する。&『読売新聞』昭和七年一月一日

 

直木(なおき)三十五(さんじゆうご)(18911934)は小説家。大衆文学で業績を残す。もちろん戯文である。直木は昭和七年元旦の読売紙上で、一年間ファシストになると宣言した。この文章がジョークであるのはすぐわかる。しかし頭の中がコンクリート詰めの軍部連には、戯文を解し笑い飛ばすだけの脳ミソも度量もない。三十五は結局、呼び出されて今後、事穏やかに運ぶという誓いの一札を取られた。直木賞の冠者(オナー)になったこの作家、頭の回転が速いだけでなく、短く、やさしく、わかりやすい文章を書く、つまりは名文家である。しかも、ここぞという場合はくだけた人柄を発揮する。文中「一、二、三ん」とあるのは、彼が好んで使った間投詞だ。三十一歳で文筆活動をはじめたとき、筆名を「三十一」とした。翌年には「三十二」に、さらに翌翌年には「三十三」。三十四はとばし。五年目の「三十五」からやっと落ち着いた。この一事からも直木は洒落ッ気たっぷりの愉快な人物であったらしい。さて一、二、三ん、先生にこれだけ肩入れしたんだ、僕はナオキストであることを宣言する。

断酒を宣言します                                            荻生作

きっぱり断酒、を宣言します。

万一、私めが断酒を破りました節は

「断酒残念会」を主催いたしますので

ぜひともご出席ください。そのおりには

おおいなる反省飲みといきましょう。

 のめない相談、いや宣言 

 

茶化し ちゃかし

〈茶化し〉の語義は広いが、 ここでは相手をからかいはぐらかす言辞、ということにしておこう。

言葉に対して現今ほど神経をとがらす必要のなかった昔は、茶化しすら社交辞令のうちに取り込んでいた。たとえば、昔は例示のような子供のからかい文句は日常茶飯事であったが、今では優等生坊や嬢ちゃんばかりで、この類を耳にすることがめったになくなった。大人同士の会話も差別語・不快語を意識し発言に遠慮がち、いわゆる「生きのいい」茶化しが聞かれなくなってしまった。

 この洒落わかるかな? 

【例】

子供のからかい文句(東京下町の伝承)

▽勝ちゃん数の子ニシンの子、おけつをねらってカッパの子

▽デブデブ百貫デーブ、電車にひかれてぺっちゃんこ。お前の母さん、でーべーそ。

▽○○学校いい学校、上がってみたらボロ学校。中に入ったら先生が、一足す一も知らないで、黒板叩いて泣いちゃった。

▽ごめん候ハゲ候、ハゲの真ん中運動場、ピカリ光って練兵場。

▽みっちゃん道みちウンコたれて、紙がないので手で拭いて、もったいないからなめゃった。

酒豪の条件厳し

中井兄弟、酒量に富み、一飲三升坐作(すこし)も変ぜず、某儒竹山を訪ふ、竹山問ふ、先生酒を嗜む乎、儒答ふ、一升適度なりと、竹山急に後を顧み婢を呼て曰く、此の先生は下戸だから菓子を上げな。と、儒驚いて舌を巻く。(塩谷宕陰=報告) &『想古録』六九話

中井(なかい)竹山(ちくざん)(17301804)は江戸中期の儒学者。懐徳堂の学主。

サックリ節「洋妾(ラシヤメン)

♪さしみなア 今朝も料理は横浜で/オヤ サックリ/豚のうしろに小鍋だて/大将どんたくすりゃ/南京おけしがやってくる/ラシャメンおいどに毛が無いか/オヤ サックリサックリ (明治四年頃に流行)

*ラシャメンは西洋人の妾になった日本婦人をさす蔑称で、語源は書くのをはばかる類のものである。ラシャメンの初成りは、万延元年七月にオランダ領事某の思われ者となった、横浜本町の文吉の娘ちょうとされている。下田の「唐人お吉」は先輩洋妾だったが、彼女の頃はラシャメンの呼び名がまだなかった。明治になり開港場の横浜に外国人が居留するようになると、ラシャメンの数も自然に増えていく。このサックリ節の詞は、番外者を徹底的にいびろうとする下種(げす)根性がむき出しだ。往時、日本人の排他思想は、外国人を温かく見る目を持たなかった。洋妾も美人であるほど反感が強く、市井から目の敵にされた。「ラシャメン」という開化用語は、昭和も終戦頃まで用いられ、「毛唐」と並んで死語になるまで長くかかっている。

    西洋の客と契りてラシャメンは行衛も知らぬ恋の道かな(道百詠)

こんな(なまず)を「ヤッツケロ節」

♪月よ花よと眺むるうちに いつか身にしむ秋の風コラサノサ 月は武蔵野まん丸く 治まる明治の世は豊か それでもお米は下落(さがら)ない 下つた目尻に出るヨダレ うさぎの耳より鼻の下 八字のおひげは立派だが (ごん)の位の猫をつれ またたび遊びの湯治場は 箱根七湯伊豆熱海 伊香保や鎌倉大磯と カバンの中から惜気なく つかんでパパとまき散らす 神功皇后や恵比須さん(ともに紙幣の肖像) どうして製造できるのか 細民泣かして絞りたる(中略)はじめて迷いの夢さめて 後悔したとて間に合はぬ 落ぶれ果つるも自己(おの)が業 不義の富貴の天罰で ざまをみろよ気味がよい こんな鯰(筆注=高級官員の擬称)は我々が 自由の鉄拳で ヤッツケロー ──明治十九年頃に流行

*古今を通じ官僕の評判は得てしてよろしくないが、ことに明治時代の官紀の乱れは眼に余るものがあったようだ。奉仕の意義を吐き違えた出鱈目さが詞からもうかがえる。鯰どもが世に跋扈(ばつこ)して狂態をさらすテーマは、落首に都々逸に俗謡にと枚挙にいとまがない。次掲の大津絵節「これ鯰さん」も同類のからかいである。

  ♪これ鯰さん 月給どんどん(つこ)うておくれ わたしがからだをあげつめて 善いもの着せたり芝居へは 欠かさず陽気なことばかり お寝間のしつこいはやれやれずつなえなめにして 末始終新宅構へて権的(ごんてき)()と異名付けさせ にやんこ(芸者)の位を逃れたい(明治十五年頃)

「薩摩軍対官軍」茶化し

カカポコ カカポコ……(さて)も上戸と下戸との合戦 下戸といふのは薩摩芋党 上戸と申すはお酒の(かん)ぐん お薩は芋焼なんぞの大旗 門の大手へ四角におつ建て 釜の下にて相図の煙りの麦わら焚たて 何の燗軍 大隊どころか頭部六(づぶろく)(よつ)たら小隊あるまい 剣びしもたうが正宗さそうが鉄炮の玉川 きき酒どころか和睦を入れても焼酎がならねへ 味醂にするぞと()ぢ張りかへつて脹れて力めば 樽の呑口大きく明かけコボコボ燗軍笑つて言ふやう 霜げや寒さで腐れた芋めら 麦の俵の鎧を着やうが(へつつい)つきたて釜へ屯集(とんしゆう)蓋をかぶって篭城しやうが おしつけ生捕り山葵(わさび)()(おろし)でゴリゴリ(おろ)して水で晒して すいひを用ひて葛粉にするぞと升の(すみ)からあふりてかかれば ふかしたお薩は総身へ煙たて焼いたお芋は焦て真黒 転りかかつて(のん)だり(くつ)たり酔つ停滞(もたれ)つ勝負がつかない ここらは木留(きどめ)が植木の所だ 芋の灯台(だいだい)を一俵のつとり燗軍そうそうブウブウ揚貝 お芋もつづいてお屁のブウブウ放屁に御苦らう 下戸の謀師は西行か 西郷が隆盛なんぞは真鍮のお仏器(ぶつき)(かな)(わん)ことだよ なんぼお芋の屁に縁あるとて川尻なんぞへ本陣すゑには新葬厚徳信士と戒名 お芋のお屁の南無阿弥陀ブウーブブーブー &団団(まるまる)珍聞(ちんぶん)』第三号「安房多乱行」布袋徳(ポテート)

 *西南戦役での薩摩軍対官軍を「薩摩芋の甘党」対「お酒の燗軍」に見立て茶化した戯文である。

平成狂歌より                                                    荻生作

今浦島の目に

▽赤髪にひざ切れGパン胸はだけ漫画が行くぜアハのケラケラ

曙が横綱に

外人(よそびと)が国技の綱を締めなおしとっても(かな)わぬ四股(しこ)で地団太

《参考》                                             添田啞蝉坊

…処がこの焼鳥の奴、可哀相(かあいさう)に、昔から兎角(とかく)(いや)しめの眼で見られてゐた。その味にはゾツコン参つてゐながら、のれんに首をつツ込んで立食ひをやることの出来ないテラヒ屋が沢山ゐたのである。さういふ手合はきまつて判で押したやうに、/「犬にやるんですから…」/と言つて買ひに来る。ジー〳〵とタレをつけて焼くのを待ち兼ねるやうに、一生懸命で食つてゐる者が、横合(よこあひ)からこんなことを言はれるのは、如何に小癪(こしやく)(さは)ることか。/ところで痛快な話といふのは、今は上諏訪のオデオン座で弁士をしてゐる長尾吟(ながをぎん)(げつ)、大の焼鳥党であつた。或る晩例によつて屋台でパクついてゐると、女の客がのれんの外から、/「犬にやるんですから十銭頂戴。」/と来た。すると、長尾先生、わざ〳〵暖簾(のれん)から首を出して、女の姿をじろ〳〵と見てゐたが、(やや)あつて、感心したやうな思ひ入れよろしく、/「ホ、近頃の犬は丸髷(まるまげ)()ってやがら。」/と喝破(かつぱ)したものである。女は焼鳥の包みをひツたくる様にしてしツぽを巻いて逃げて行った。&『浅草底流記』大衆の食卓──屋台店

 女のいない国へ行かせたい伊藤公〔女ずき者の最後、『大阪滑稽新聞』明治四十二年十一月十五日号〕 

 

珍疑応答 ちんぎおうとう

〈珍疑応答〉はいうまでもなく「質疑応答」の捩り、珍問に対し珍答で回答する。往時の若者雑誌『新青年』などで、やや衒学的だが比較的レベルの高い読み物が人気を集めた。

【例】

コラム「阿呆宮」より

▽邦語のMusumeですな、野は英語でMaiden、独語でMadchen、仏語でMademoiselle、すべてMではじまつてゐることについて、何か理由がありますか。(Dr.Gutaro)

  ○つまり、人間といふものは自分のもつてゐないものを、モチたがるものでありまして、ですな…

▽拝啓 小生本年で満二十一歳に相成候が、とても内気にて未だ恋をせる事無之、甚だ遺憾に不堪候。何卒、阿呆宮氏の御世話にて恋を得たくその秘訣十ケ条ほど御伝授下さるまじく候や、茲許一銭五厘切手封入の上御問合せ仕り候草々(麻布、内気生)

 ○早速箇条書きを以つて申上げ候へば、篤と御覧被下度候、

 (第一条以下第十条に到る)/金ヲモウケルコト 以上

&ともに『新青年』昭和九年八月号

渡世逆諺  とせいぎゃくげん 

ことわざ、別して処世訓には反対の内容をもつ(ペア)が少なからずある。たとえば、

  一石二鳥二兎を追う者は一兎を得ず

  渡る世間に鬼はない人を見たら泥棒と思え

  君子危うきに近寄らず虎穴に入らずんば虎児を得ず

など、いくらでも拾い出せる。

このような体裁を借りて、既存のことわざに対し、その内容に逆らった別のことわざを創作する遊び、〈渡世訓〉を発案した。世の中ことわざ()の言うほどきれい事ばかりじゃござんせん、ドブの悪臭のする露地裏にだって渡世の真実はありますよ、ということである。

渡世訓作りでは次の二点に留意する。

  内容が一面の真理をついていること。

元句の体裁を受け継いでいること。

 サル者は追わぬ木だ 

【例】

在来訓新規創作のもの                                              荻生作

▽悪銭身につかず悪銭も摑むが勝ち

▽衣食足りて礼節を知る衣食足りて貞節を失う/衣食足りて貞操乱る

▽嘘つきは泥棒の始まりバカ正直は愚民の始まり

▽鬼の中にも仏が居る仏づら揃え人化かす

▽稼ぐに追いつく貧乏なし荒稼ぎに追いつく信義なし

▽恋に上下の差別はない劣情(すけべ)の下っ可愛がり

▽色欲は命をけずる斧なり色欲短くば命も短し

▽作り花に匂い無し宵待花は匂いぷんぷん/夜咲く花にメシベの匂い

▽裸で物を落とす(ためし)なし裸なりゃこそ恥捨てる

▽見ざる聞かざる言わざる見せた聞かせた言わしめた

▽わが身つねって人の痛さを知れわが身しごいて独身(ひとりみ)の空しさを知れ

《参考》

勝小吉の存念渡世訓                                               勝小吉談

第一に利欲は絶つべし。夢にも見ることなかれ。俺は多欲だから今の姿になった。是が手本だ。(中略)女には気を付くべし。油断すると家を破る。(中略)人をばうらむものではない。みんなこつちのわるいとおもう心がかんじんだ。それもおれにはできなかった。おれほどのばか者はめったにあるまいよ。はなしてきかせるから、よくよくいましめにするがいいぜ。がきのじぶんより悪いやからとばかり交わって、わるさばかりして、おふくろをこまらせた。…

&夢酔(むすい)(どく)(げん)

(かつ)小吉(こきち)(180250)江戸後期旗本。三十七歳で家督を麟太郎(海舟)に譲り隠居、夢酔と号した。

 皮肉屋の菓子(戯画)ビラ、明治十年三月〕維新の激変によって士族は身分と家禄を失ったため、世は時代を怨嗟する不平士族に満ちていた。そうした彼等の動きを士族商法に事寄せ、菓子の名に託した逆諺貼紙でからかっている。

 

頓珍漢 とんちかん 

 常識はずれな表現や珍妙な受け答えなど、発信者と受信者との認識のギャップが生むおかしなズレを〈頓珍漢〉と仮にいっておこう。観察側に洒落心が必要である。

【例】

斉藤緑雨の作品より

やりくりいて兎も角も送れる人の妻の、アイスクリームといふは、ただ高利貸の異名とのみ覚え居りぬ。知合のもとに行きたる所、夏は馳走もなし、アイスクリームといはれたるにハタと(いきどほ)りて、あなた、嘲弄なすつてはいけません。

*明治語で、アイスクリームを高利貸の異名に使っていた。その観念にとらわれていた人妻、本物のアイスクリームを振舞おうという相手に、自分がからかわれたと勘違いして抗議した。

熊っバチの教養                                            荻生作

「七草は春と秋、どっちが好き?」と書いて送ったら、彼「シチグサに春も秋もあるもんか」だって。

 

ないない尽し ないないづくし 

接尾辞に「ない」をつけた尽くし物を〈ないない尽くし〉という。100パーセント近く遊びで、創作としての奥行きがない。

【例】

不景気映した「苗売り」

♪苗や苗や苗はよしか。初物の茄子(なすび)がない。隠元(いんげん)豆のもやしがない。白粉(おしろい)あんまり塗り手がない。浄瑠璃(じやうるり)新内寄場(よせば)がない。女所帯はおきてがない。抱えた子どものやり場がない。地面も値下て引合ない。船宿一人もお客がない。屋敷も町屋も普請(ふしん)がない。職人仕事渡世がない。書色下れど買手がない。世間にねっから(おあし)がないから仕方がない。商売替には元手がない。賽銭少ない、札売れない。のらくらごろつき居所ない。御上(おかみ)は改革おひまがない。この筋御慈悲の種まけば、やがてみのらぬ事はない。──天保改革の頃の流行り唄「苗売り」

*天保十二年(1841)から十四年にかけて老中水野忠邦(ただくに)が断行した「天保の改革」は、奢侈(しやし)を正し倹約を旨とする過度の引き締め政策であった。ガタのきた幕府財政再建がねらいも、結果は万民の首をきつく締め上げる、恐怖政治に近いものとなった。しかも忠邦は、自分が実践する儒教的禁欲主義を官民にあまねく押し付けた。世上に怨嗟の声が絶え間なくあがり、人びとは彼をして「人面獣心、古今の悪玉」との悪評を下す。江戸の町角に次のような落首も目立った。

    世の中の垢を余りに洗張り地の弱りしはあくが強いか

掲出の「苗売り」の苗はナイに近い発音、つまり「無い」にひっかけた音通洒落である。詞の中で「ない」の具体例をいくつも重ねて無いない尽しに仕立て、最後の一句で庶民いじめの手を緩めよと訴え締めくくっている。垢を洗い清めた水のきれいな手による幕政は、ドブ水のような悪臭を湧きたたせてしまった。

ヨカバツテン「ナイ〳〵づくし」

                                                        若松の産 若利兼太

私が此あひだ佐賀の人と久しぶりで一杯飲みあひましたが、例のヨカバツテンとナイナイ言葉をきゝながら、私も真似をして当時のヨカバツテンとナイナイ尽しを一寸おめにかけます。

民権主張はヨカバツテン、夫でも滅多に書れナイ〳〵

座敷で往来ヨカバツテン、巡査に目がある夫ナイ〳〵

暑中の休暇はヨカバツテン、お(アシ)画はいるので(タマラ)ナイ〳〵

新聞供養はヨカバツテン、心は何だか分からナイ〳〵

煉瓦住居はヨカバツテン、見かけ倒しで金はナイ〳〵

安い芝居はヨカバツテン、慶喜ばかりで儲からナイ〳〵

麦湯へ通ふはヨカバツテン、これは皆さん危ナイ〳〵

&『読売新聞』明治九年七月十一日

 

似顔絵 にがおえ 

 人気者の顔かたちを似せて描いた人物漫画。新聞等の時事漫画が主な登場舞台

で、特徴を巧みに強調しカリカチュア化される。戦後も高度成長期、銀座や新宿な

ど目抜き通りで「似顔絵屋」が何人もたむろして人気を呼んでいた。

 (はね)()(かえる)にされた福沢諭吉〔団団珍聞、明治十年五月二十六日〕 とかく目立ちたがり

 屋の福沢の行状を揶揄している。

 女形で自作自演の徳富蘆花〔東京パック、明治三十八年六月十日〕 人気作品『不如帰』の浪子は新派の女形河合武雄が演じ当たりを取った。すかさず作者の蘆花茶化しをその艶姿にオーバーラップさせている。

 

憎まれ文句 にくまれもんく 

「憎まれ口」を利いたときに発する文句。いわば皮肉の裏返しである。

【例】

見渡せば鵺の世の中

流行るといへば猫も杓子も身の丈より長い肩掛を引きずつて歩く御婦人の馬鹿々しさ。

流行るといへば可惜美しい黒髪にコテを当てゝ、態々西洋人の真似をする七分三分。

流行るといへば御自分の盤台面に頬紅をさしたり眉墨をつけたりして出来上る醜女面。

流行るといへば新劇の背景のやうな曙染の羽折、安手帳の表紙のやうに着こなす不調和。

流行るといへば帯の間に挟んでも済むのをわざ〳〵オペラバツグで手首を重らす億劫さ。&『都新聞』大正十一年四月三日

 

二条河原落書 にじょうがわららくしょ

〈二条河原落書〉は建武元(1334)年八月、京都二条河原に掲げられた落書である。

その前年の元弘三年六月、後醍醐天皇は鎌倉幕府を倒し、京都に還幸し天皇親政政権を布いた。いわゆる建武の中興である。新政府は公家主導を前面に押し出したが、気位ばかり高く政策実務に疎い連中の寄せ集めで、施策はやることなすことつまずいた。そのため、半年もしないうち世相は混迷に陥り、人心も乱れる。こうした情況を手厳しく風刺したのが、この落書である。

文中の容赦のない指弾と批判精神は処世笑殺などといった生温かいものでなく、ままならぬ世への不平不満鬼気迫るものが感じられる。

此比(このごろ)都ニハヤル物。夜討強盗(にせ)綸旨(りんじ)召人早馬(から)騒動。生頸(なまくび)還俗(げんぞく)自由出家。俄大名迷者(まよい)。安堵恩賞虚軍(にせいくさ)本領ハナルヽ訴訟人。文書入タル細(つづら)。追従讒人(ざんにん)禅率僧。下克上スル成出者。器用ノ(かん)()沙汰モナク。モルヽ人ナキ決断所。キツケヌ冠上ノキヌ。持モナラヌ笏持テ。内裏マジハリ珍シヤ。賢者ガホナル伝奏ハ。我モ〳〵トミユレドモ。巧ミナリケル(いつはり)ハ。ヲロカナルニヤヲトルラン。為中美物ニアキミチテ。マナ板烏帽子ユガメツヽ。気色メキタル京侍。タソガレ時ニ成タレバ。ウカレテアリク色好。イクバクゾヤ数知レズ。内裏ヲガミト名付ケタル。人ノ妻(とも)ノウカレメハ。ヨソノミルメモ心地アシ。尾羽ヲレユガムエセ小鷹。手ゴトニ誰モスエタレド。鳥トルコトハ更ニナシ。鉛作ノオホカ。太刀ヨリ大ニコシラエテ。前サガリニゾ指ホラス。バサラ扇ノ五骨。ヒロコシヤセ馬薄小袖。日銭ノ質ノ古具足。関東武士ノカゴ出仕。下衆上臈ノキワモナク。大口ニキル()(せい)(こう)。鎧直垂(ひたたれ)捨テズ。弓モ引エズ犬逐物(いぬおいもの)。落馬矢数ニマサリタリ。誰ヲ師匠トナケレドモ。遍ハヤル小笠懸。事新キ風情ナク。京鎌倉ヲコキマゼテ。一座ソロハヌエセ連歌。在々処々ノ歌連歌。点者ニナラヌ人ゾナキ。譜代非成(ひじよう)ノ差別ナク。自由狼藉世界也。犬田楽ハ関東ノ。ホロブル物ト云ナガラ。田楽ハナオハヤルナリ。茶香十(しゆ)ノ寄合モ。鎌倉釣ニ有鹿ト。都ハイトド倍増ス。町ゴトニ立篝屋ハ。荒涼五間板三枚。幕引マハス役所鞆。其数シラズ満ニタリ。諸人の敷地定ラズ。半作ノ家是多シ。去年火災ノ空地共。クワ福ニコソナリニケレ。(たまたま)ノコル家々ハ。点定セラレテ置去ヌ。非職ノ兵杖ハヤリツヽ。路地ノ札儀辻々ハナシ。花山桃林サビシクテ。牛馬華洛ニ遍満ス。四夷ヲシツメシ鎌倉ノ。右大将家ノ掟ヨリ。只品有リシ武士モミナ。ナメンダウニゾ今ハナル。朝ニ牛馬ヲ飼ナガラ。夕ニ変アル功臣ハ。左右ニオヨバヌ事ゾカシ。サセル忠功ナケレドモ。過分ノ昇進スルモアリ。定テ損モアルラント。仰テ信ヲトルバカリ。天下一統メズラシヤ。御代ニ生デテサマ〴〵ノ。事ヲミキクゾ不思議トモ。京童ノ口ズサミ。十分ノ一ヲゾモラスナリ。&『建武年間記』

 

八熊ごっこ

 意味が曖昧な新語を俗に「不可思議語」といっている。多くはマスコミ関係者が面白半分に作り上げたもの。それらがいつの間にか一人歩きして、世間に取り違えによる誤解の種を撒き散らしているのである。教養レベルでは長屋の八さん・熊公並みなことから〈八熊ごっこ〉と名付けてみた。

 たとえば「オタク」なんていう言葉、定義も付けられないまま紙面を賑わせている。「識者」とか「人間国宝」などという逆差別用語も大手を振って通用。こういう取り違えられやすい言葉を安易に使う人物、軽薄な印象がしてならない。

【例】

大学オチケンの新作より

「とうとうウィルスにやられた」と、熊さんから連絡が入りましてね。あんな岩鬼のような人でも人並みに病気になるんだ、と笑いながらも、カミサン連れて見舞いに行きましたよ。するてえと、ご本人のITさんはピンピンしてる。二人で首をかしげていると、「八さんよ、何あわてているんだい。ウィルスにやられたのはパソコンのほうだよ」だって。こちとら、えらくコンピュレックス感じたなあ。

*こんな与太文を書いた当人も、つい最近まで「コンピュータのようなメカも細菌に冒されることがあるんだ」と信じていた。笑い話では済まされない。地方では、医者に「先生、コンピュータウィルスって人にも感染するんですか」と聞く患者がいるそな。

 

尾籠オチ びろうおち 

落し咄、笑話のオチを卑俗な言葉や内容で結ぶものを〈尾籠オチ〉あるいは〈バレ下げ〉といっている。

昔の新聞・雑誌記事などには、遊び心旺盛な記者が書いたこの手の記事を垣間見ることができる。

【例】

開化期の新聞記事より

或夜行路人ノ咄ニ、当時総テノ商ヒ儲ケ薄ク骨ガ折ルヽ故、商人ハ褌ヲシメテカヽルト云、町人ハ金ヲ上ゲロト云、士族ハ金ヲ下ゲロト云、芸妓、娼婦ハ金ヲ遣ハセント云、坊主ハ金ガ納マラヌト云、禰宜、山伏ハ金ガ出来ヌト云、札ノ勢ヒ能ク金ガダレタト云、金ノ忙ガシキ事昔ニ十倍セリ、ブラ〳〵トシテハ居ラレヌ金玉を握ツテ暮ラス人モナキ世ヤ。 &『新聞雑誌』二十、明治四年十一月

 

ピンキリ比べ ──くらべ

 人物や物事の極端な格差をやり玉にあげつらう遊びを〈ピンキリ比べ〉と称する。ネタは生活周辺にいくらでも転がっている。

【例】

庶民の舌は辛口だ                                           荻生作

軽井沢のリゾートホテル系Sのレストランでカレーライスは一皿2800

味はピンはいえず、値段ほどのことはなし「泥棒商売」に近い悪徳商法だ

 片や東京北区十条の下町食堂では250キリを超えた味で、昔なつかしの

 メリケン粉つなぎ玉ねぎたっぷり調理のライスカレーなのがうれしい

こちらは明らかな人情商売だ

 

  風刺画 ふうしが 

 社会の不条理や人物素行などをあげつらい風刺した絵。

近代に発達した時事漫画は、この類の代表である。このなかには時代の風俗の特徴を描いた戯画漫画も含まれる。

 そして人間行動を中心としたさまざまな社会風俗が、いわゆる絵になる漫画ネタの宝庫となっている。

【例】

江戸時代の風刺画

 酒で命をけずる〔山東京伝作画『知章駿馬似船乗』〕

昭和初期の風刺画  岡本一平画文

 

ブラックユーモア black humor

〈ブラックユーモア〉は和訳して「面妖滑稽談」といったところか。

ユーモアとは本来、意地悪な笑いでできているはずだが、ブラックユーモアはそれに輪をかけて底意地が悪い。それかあらぬか、常識肌が粟だつほどの猟奇、とされる世界がそこに見出せる。

【例】

くノ一、二題

▽「おれは今日まで五百人の女をキズモノにした」「するとお前さんは婦人科専門の外科医で、まだ駆け出しってわけだ。」

▽女にも色々あるが、色っぽいってことになったら、なんたって後家さんだなあ。角の横丁の紺屋の後家さんなんぞは、そばを通っただけで、くらくらっと来るぜ。あーあ、うちの女房も早く後家さんにならねえもんかなあ。

&ともに『ジョークの哲学』

広告キャッチより

▽愛しているなら、私の心臓を食べて…/松竹富士映画「ファングル」月と心臓 &『ぴあ』1997年十月二十日号

▽えっ、ボクが犯罪者? マジっすか?/音楽の不正コピー防止、日本音楽著作権協会 &『朝日新聞』2003年十二月五日

 エログロショーのチラシ〔大阪・赤玉、昭和初期〕

怒れるご先祖                                             荻生作

今日は彼岸か。やや、墓参代行が来よったぞ。無礼なことじゃのう。婆さんや、お灸を据えに化けて出るかや。

 

ベタ褒め遊び べたぼめあそび 

故人を含めて有名人を必要以上に褒めそやし、それを耳にする第三者にかえって皮肉と受け取らせる褒め言葉を〈ベタ褒め遊び〉と仮称する。

この例はわれわれの日常生活をはじめ、社会戯評や文学作品などでかなり見聞きすることができる。褒める相手をよく知る人びとに、ときには愚弄しているかの印象を与えるのが面白くするコツである。

【例】

泰時を名執権とほめ殺し

惜しむべし嘆くべし、末世にたぐひなき賢者として、国家の棟梁政務の亀鏡(ききよう)、その仁恵は広く四海に(こうぶ)り、その(れん)(じよう)はあまねく一天に(わた)りて、徳をおさめ道をおこない、(なび)かぬ草木もなかりける。&『北条九代記』

北条泰時(ほうじようやすとき)(11831242)は北条第三代の執権。貞永式目を制定し、執権政治を確立。泰時は武家政治のプロであった。北条氏の正嫡を継ぎ、人柄・血統とも折紙付きで、若くして鎌倉幕府内で重用された。ことに承久の乱後の処理が見事、その才能を高く買われ、初代の六波羅探題つまり幕府による京都御所のお目付役に任命された。寛喜の飢饉では卓越した撫民策を発揮。貞永元年には御成敗式目こと「貞永式目」を制定し、武家社会における裁判の公正化を実現させた。泰時の視点はさらに幕政刷新にも向けられ、続いて、乱脈を極めていた畿内の悪僧らの武装解除と摘発を断行。仁治二年に病のため出家し観阿と称す。翌年六月に鎌倉で没している。以上が泰時の略歴である。清廉潔白、汚点を探そうにも探せないという、珍しい政治家であった。出典の書き手がベタ褒めしたのも無理はない。ただし、である。泰時の子息はすべて夭折していて、跡継ぎの一人もいない淋しい晩年を送っている。これは武家にとって致命的な弱点であった。

芝居のかけごえ(伝承)

ヤンヤヤンヤ よッ、親玉 金箱 団十 団の字 大明神 ○○屋大明神 天道様 御両人 千両 三千両 お楽しみッ 待ってたよッ 女殺し(女形に) 

近代歌謡詞より

豊太閤                                                  作詞者未詳

♪戦へば勝ち攻むれば取る/僅かに数年天下一統/布衣(ほい)より起りて四海を治む/御門の宸襟初めて安し/国家の隆盛是より興る/類なき智恵 比類なき武勇/嗚呼人なるか 嗚呼神なるか/嗚呼太閤 豊太閤 &CD『滝廉太郎』日本の声楽・コンポーザーシリーズ曲目解説、ビクターエンターテイメント発行

*滝廉太郎作曲。掲出は一番歌詞だけだが、全番歌詞までドッコイショが続いている。作詞者はベタ褒め遊びを意図したわけでないにしろ、結果、見事なはまり作品になっているのも皮肉。

 

へなぶり 

卑俗語や流行語を軸に、時局を風刺して詠んだ近代狂歌を〈へなぶり〉という。狂歌の和語「ひなぶり」が訛ったものである。現代の滑稽短歌に相当する。

【例】

読売へなぶり集⑴

▽夜商人天に向ふてうらめども、そしらぬ顔で五月雨ぞ降る         美

▽べん〳〵と人の噂に身の入りて勝手のほうにめしはこげつく         同

▽桜木も花ある内の名なりけり散りては同じ深山木の内          ね子

▽夜桜に世は泰平の春なれや、通ひくるわの春の賑日          錦山子

▽宿料にそえし三十日の一包、笑顔となつて弁当に入る         非笑子

&『読売新聞』明治四十二年七月

読売へなぶり集⑵

 

▽油蝉やれ暑いかな暑いかな、チと遠慮せよ吾れ溶けんとす       気妙庵

▽声有らばさぞや悲しき音たてん尻に火のつく其ほたる虫          同

▽女同士寄るとさわると姦しや、宜く其口よ夏やせのせぬ          同

&『読売新聞』明治四十二年七月二十四日

 

屁理屈遊び へりくつあそび 

世間の常識に合わない勝手な理屈を主張し、あたかも正当であるかのようにこじつけてしまう遊びを〈屁理屈遊び〉と名付けておく。突拍子もない発想で、正論との落差が大きいほど聞き手は楽しめる。

 自説をより強固に主張したいような場合、語義や常識などを無視して極端な言い方をすることが少なくない。〈屁理屈遊び〉もそうした摩擦の文彩技の一つで、途方もない話をでっち上げるのが一般的である。

犬も食わない夫婦喧嘩はもちろん。事件や新聞雑誌記事の中には、結果的に屁理屈遊びに当てはまるような発言などがしばしば見受けられ、読者は苦笑させられる。

 臭わないけど鼻つまみ 

【例】

呑太郎が伝                                                     自堕落先生

呑太郎は何れの所の産といふを知らず、其母夢に、(しゆ)(せい)懐に入る、其影酒泉に移ると見て(はら)めりとぞ。生れてより其母乳すくなし、酒を以乳に替て育す、やゝ人と成るに及び、ます〳〵酒を好む、明れば飲み暮れば飲む、人(しやう)じてのむ太郎と云ふ、甚だ過ぎたる時は目すはり、色青く、鼻つまり、舌廻らず、同じ事をくり返し言う事幾百遍、歩む時は道いく筋にも見へて、へろ〳〵(ぜん)たり、座せる時は家廻りてころ〳〵然たり、甚だしき時はむさき事折〳〵有り、犬有て是をよろこぶ、また二日酔(ふつかゑい)(あした)は、日たくれ共起きもやらず、(かしら)をかゝえ胸をさすり、或は豆腐(きら)()()、水(ざう)(すい)生気(しやうき)つけども、未だぶら〳〵〳〵としてをくび出で、此時に至って再び盃を手に取るまじと誓ふ事数度(あまたたび)、しかする時に宿(しゆく)(しゆ)の気少し薄らげば、又迎酒(むかへさけ)にいざなはれて、元の生酔(なまゑひ)とは成けり、或人呑太郎に問ふ「過酒(くわしゆ)すれば必ず病を生ずるにあらずや、其病の生ずるを知て、何ぞ過酒をいましめざる」のむ太郎が曰く、「(しか)らず、酒を過す病元来有り、病発して過酒す、過酒して病生るにはあらず、只我が病は酒を過す事を好むのみ」といひて、又七盃 &風俗文集昔之(ふうぞくぶんしゆうむかしの)反古(ほご)

奇人中の奇人の奇人論                                          (宮武)外骨

奇を(てら)う者は真の奇人ではない、真の貴人は天稟(てんぴん)天性の旋毛(つむじ)曲りが、科学的神秘的に発達した者でなければならぬ、それで自然に価値ある諷刺(ふうし)、価値ある滑稽が産出するのである。予は自ら旋毛曲りをもって任じ、そのヒネクレ根性を一代の生命としている者で、予自らは真の奇人と信じているのである。そもそもこの世では奇人と凡人といずれが最も必要であるかと云うに、社会組織の経験から云えば凡人が必要であり、緯線(いせん)からいえば奇人が必要である。すなはち社会の形式は凡人の努力が基礎となり、社会の進歩は奇人の活躍が根底になるのであって、この二者に優劣は無い、そして凡人はいつも同一経路を歩み、奇人は同一経路を歩まない。

&『宮武外骨之著作集』予は危険人物なり

 宮武外骨

宮武外(みやたけがい)(こつ)(18671955)はジャーナリスト・新聞史家。異色の作品群で知られた。外骨が自己宣伝するまでもなく、彼を知る者で奇人にあらずなどという人は一人もいまい。もともと切れる天資のうえ博覧強記、加えて「旋毛曲り」ぶりが目立つから、凡人の器に収まりきれない。やることなすこと奇矯に映った。外骨は明治三十四年に大阪で『滑稽新聞』を創刊して注目され、大いに気を吐いた。いくつか意表をつく出版も手がけたが、過激な攻撃で当局から要注意人物としてにらまれる。大正五年上京、そのときの住居の庵号が「半狂堂」。のち明治文化の研究に没頭のかたわら、博報堂の瀬木博尚社長をたきつけて、東京帝大内に「明治新聞雑誌文庫」付設の資金を寄付させている。どうしてどうして、まっとうな紳士も及ばない見識を備えていた。その著作も『筆禍史』『明治密偵史』『売春婦異名集』など型破り。論説も「政教文芸の起源はことごとく猥褻なり」と断ずるなど、耳目を引いた。奇人といっても「偉大なる」の形容が付く人であった。

現代の屁理屈

▽一年一二か月のうち靴がいちばん減らない月は?二月。二八日しかないから。

▽よく磨いた鏡をコピーして写るのは何ーあに?自分で実験してみなさい。

広告キャッチより

▽例えば、男の子と、女の子のおしっこの出る位置に価値を見出していく仕事。/ユニ・チャーム、人材募集 &『タイプ』1997年八月七日号

 

ボディウィット 

 体の各部をパーツに見立て、ユーモラスな短文に仕立てる遊びを〈ボディウィット〉という。形式にはこだわらない。

 句会の余興向きで、盛り上げるため「バレ自由」とするのが普通である。
【例】

体に聞いてくれ                                             荻生作

▽「なんだこの川柳、二字余りだぞ」「脳タリンの埋め合わせだ」

▽「酒好きの俺が酒をかむように飲むようになってしまった」「それは胃肝臓」

▽「定例の夜なべだ。親指君、後を頼むぞ」「おきやがれ、中指め。鼻つまんで、不貞寝でもするさ」

 

ポップワード 

〈ポップワード〉とは外語捩りの〈語呂合せ〉のこと。

外国語の入った語呂合わせなんて、難しくてとても…とチュウチョするかいな?だが発想を切り替えれば簡単。ほら、「飲みニュケーション」とか「I need 遊」なんていう、あれ。面白いように、おもろく作れるのダ、シャーレで。

 【例】

マジな和製和訳語(外国では通用せず)

▽ノンステップバス→無段差バス

▽デイサービス→日帰り介護

▽スケールメリット→規模効果

*右に倣ってこんなのはいかが、

▽スケールデメリット→烏合の衆                          荻生作

フマジメなポップワード              

▽姦才人

▽1000虚公約

▽ミエ巴里モード

▽あなたはシャン、ソングがぴったり

▽触れ愛バーのあと?絡み愛ホテルよ

▽ブラジャーの中のミルクタンク

▽目はトロン、()―ンと聞くや除夜の鐘

▽洒落くせえ、シャーラップ!   

 

ポンチ絵 ──え 

 社会風刺、人物批評など皮肉をこめた時事漫画。西洋から渡来した「パンチ」の訛った言葉で、明らかな近代語で戦後にこの言葉を使うのは古老に限られていた。明治時代に発祥し新聞、雑誌の紙面を賑わせた。

 しかしポンチ絵が意味する範囲はきわめて広く、おどけた絵であれば古今東西を問わずなんでも「ポンチ絵」と呼んだ時代であった。

まさに現代でも、漫画からアニメ、SFX等々を含めて広く「動画」と称しているのに似ている。

【例】

 

負け惜しみ まけおしみ 

喧嘩や論戦などで自分が負けたことを認めようとせず、逆に強がりを吐いて虚勢を張ることを「負け惜しみ」といっている。ただし言葉遊びの場合は、詭弁を弄し、強情っ張りの口調が強いほど秀逸である。

【例】

大名と乞食との差

一柳侯と加州侯とは百万石余の差なり、余と一柳侯とは僅々一万石の差なり。我何ぞ侯を恐れんや。&『想古録』一〇〇話

*原文にはこうある。「乞丐児(こつかいじ)橋下にふす、一柳(いちやなぎ)侯(一万石)警蹕(けいひつ)して橋上を過ぐ、乞丐笑て曰く、──と、亦一見識の言(石井俊助=報告)」。吹けば飛ぶようなキリの一柳侯に対し、ピンの加賀前田侯は百万石余りの大身。その差に比べ自分と一柳侯とはたった一万石の差、大名面して大きな顔をしなさんな、と鼻息の荒い負け惜しみを言ったものである。この乞食の大見得は、ことわざにある「一寸の虫にも五分の魂」に相通ずるものがある。あるいは「匹夫も志を奪うべからず」の警句ともいえる。取るに足らない橋下の貧民にも、それなりの意地やプライドがあることを示していて愉快。比較の発想も奇抜で、数字のマジックを存分に生かした譬えである。ちなみに一柳氏は本姓を越智(おち)といい、播磨小野藩から分家した大名で、正保元年の頃に一万石を()むと記録にある。日本一の小禄大名、せめて橋上を通るときぐらい威張って見せたかったのだろう。

奇人外骨の無念残し

こんな風になるとは思わなかった。わしは死ぬときは腹上死するつもりでいたんだが…

&『評伝 宮武外骨』大本至著

*並の者が一命旦夕に迫ったとき、こんなキザな独白(セリフ)は吐けたものじゃないが、奇人中の奇人外骨なら少しも不自然に感じない。ただ外骨は齢八十八、腹上死したかったとはよくもおっしゃったものである。この御仁、明治三十四年に大阪で創刊した『滑稽新聞』を武器に、権力者の悪業を暴露して巷間にその名を知らしめた。その後下半身関係の研究に没頭し猥褻博物学の最高権威になるなど、常人には測り知れない異端者ぶりを発揮する。たとえば「人体鉱物学」なる研究では、

   恥しい所にある骨ゆゑ恥骨と称し、人類以外の他の下等動物にはなく、したがってそれらは毫も羞恥心がない。

と、珍説を開陳している。世の権柄にアカンベーし続けてきた気骨の明治人だが、死に際はみじめであったらしい。床ずれがひどくて全身が化膿、排泄物も垂れ流し。骸骨のような醜体をさらしつつ、見舞客には仕舞の大見得を切ったのである。

 

団珍文化 まるちんぶんか 

『団団珍聞』は明治世を騒然とさせた戯評紙。

その創刊ご披露の「演舌(こうぢやう)」からして読者の度肝を抜く迷文でつづってある。毎号毎号、読者を飽きさせない戯文を手を変え品を変えして掲載し続けてきた。まさに明治における「おちょくり文化」の発信殿堂といってよい。

団団(まるまるちんぶん)珍聞(ちんぶん)」誕生す〔団団珍聞、明治十

年三月十四日〕

 

目には目

 いわゆる報復の言葉を相手に投げ返す遊び。遊びであるから、極端な悪意が読者に察知されるような創作にはしたくない。

【例】

どちらの原稿を監修するのですか?

(某出版社若手編集者から「原稿に監修を付けたい」との要望に荻生が返事して)

  貴簡で述べられている文面が簡略すぎておっしゃる意味がよく理解できません。

    どなたの書いた、どの原稿を小生が監修したらよいのか、お示しください。

 *いささか与太じみた話になりますが実話である。筆者の持ち込み原稿に学校出たての無礼な編集者が、ぶっきらぼうに「原稿に監修を付けたいと思います」とのみ文書が届いた。相手は恐らく、無名の筆者では役不足なので、拙稿に偉いさんの監修を付けたいのだろうと推察した。これでも一匹狼の端くれよ、とぼやきながらも、無礼な若者をからかってやろうという気に。そこで某社での出版はあきらめる覚悟で書き送ったのが右掲の例文である。この依頼事項とは主客転倒の筆者のアイロニーを、その後相手がどう受け取り反応したか知らない。筆者は溜飲を下げたわけだが、結果、双方得るところなし。言葉不足は無益につながりうることを証明したような一件であった。

 

モウエー語 ──ご 

承前のようになるが、日本語文中に英語・フランス語など外国語をはじめ日本の卑俗語を含めたカタカナ語を乱用、読者に「もうええ」と言わしめるような遊びを〈モウエー語〉と仮称しておく。

この手の軽薄文章、現代では氾濫していて少しも珍しくないが、例示のように遠く明治時代に姿を現している。

【例】

鈍語のはなし                          近江 村上愛麿

横字先生(うかが)ひやす昔し羅馬(ろうま)に三(けつ)アリ其名を「セサル」「ポムペー」「クラッシュス」といふ此三人の内「クラ」氏ハ大金穴だが英雄ハ「セサル」が随一でげ(しやう)ねへ「左様サ「クラ」氏は小亜細亜(せうあじあ)陣没(うちじに)し「ポム」氏は(えぢ)(ぷと)で死に独り「セサル」ハ「ディクテートル」に任じ「インペレレートル」の位に昇るとあるから一等には違ひなかろう()が拙の卓見では「セサル」ハ豪雄に(あらざ)るなり何故なれバ国内を統御し一時衆心を籠絡(ろうらく)仕たるにも係はらず共和の国体を変じて自ら王位に駆け(のぼる)なざあ(ちと)臨機応変を知らない大早計と(いは)(ざる)()(ざる)(わけ)だて(しか)し「セサル」が豪雄と否との論ハ孔爺(こうし)も既に論語で演べ置れた事ですから今更(せつ)(など)のお喋舌(しやべり)には及ばぬでゲス「へゝえ(こう)夫子(ふし)がナヽんと申されました「ハイ機を見て「セサル」は勇なきなりとサ

&団団(まるまる)珍聞』明治十六年十一月三日・投稿

「都会相」より                              小生夢坊筆

…彼佐伯ルパン氏と僕は、道頓堀を流れたのである。赤玉、アカダマ、マルタマ、タマらぬ風景は、何づれもメカニズム的変革である〝機械が歩いてゆくよ〟/あるキヤフエの看板には、健康ナル文化生活の絶対的伴侶タラシメヨ、と書いてある。…

&『江戸と東京』昭和十年十月号

 

遺言遊び

 現実の姿を正視せずに斜に構えた視野で捉え、さらに皮肉をもって当てこする技法を〈アイロニー〉レトリックで〈皮相法〉という。これには一般化している「皮肉」のニュアンスも含まれる。

 アイロニーでは、他のさまざまな文彩技法が複雑にかかわりあって構成される。ときには真意とは裏腹の表現を用い、槍玉に挙げた対象の弱点や急所を突くことで効果を挙げることも。警世家や批評家等が好んで使う手である。

【例】

ほくそ笑みつ遺言之事                        荻生作

要領のよろしい御同輩、年金猫ババを現世(あっち)に残してきた、だと?

なるほど、そんな手があったか! 早速ながら遺言之事  花酒爺

この爺が死んでも、ゆめ、死亡届は出すことなかれ。

わずかな年金だが、塵も積もれば山となるぞ。

なに、日本国の行政や法律は限りなく抜けてチョロイからバレやせんよ。

お前らに何も残してやれないわたしの、せめてもの心遣いと知れ。

2010年、年金受給者の死亡届を出さず、家族が長期にわたりちゃっかり横領した事件が次々発覚した。上掲の例文、あえて解説しなくてもどこがアイロニーなのかわかるはずである。

 

落首連歌 らくしゅれんが 

 連歌形式で個人が詠んだ落首を〈落首連歌〉といっているが、あまり普及した言葉ではない。室町期に発生し、江戸時代に広く流行した。

【例】

魚連歌

美濃上の毒とも知らず喰う河豚                             亡霊

  くろ髪切て今ハ雨鯛                                   後室

大望は元より思ひ太刀の魚                                 仙凶

  味かたを頼ミ送るほう〴〵                             権門

道ならぬ望ハ終にかながしら                               天非

  ふか編笠のこゝろ有鯛                                 神約

江戸前と思ひの外に捕るが鰷                               八堀

もて余したる残り筒烏賊                               大国

 (後略)

&『藤岡屋日記』第十(天保六年)

闇政四月流行の変歌

薄情なはて世の中にこさるなり                       法  眼

向鉢ないとわれを皆いふ                             先大臣殿

罪科は己れひとりに止りて                           福  山

みくたり半も実は内証                               水  隠

朝寝ぼふする故万事祭られ                           長  岡

兎にも角にも歯は立ぬなり                           関  宿

是もまた同じ事なりあたま数                         村  上

山か崩れて海となる身は                                佐 久 良

&『旧幕府』六、「連俳の風刺」

 

らしからず 

職業人に反するような逆行現象をさす成句を〈らしからず〉と命名してみた。

 いわば仕事人の失策である。プロは立派な仕事をするもの、という常識を打ち消した言動が笑いを誘う。

【例】

▽医者の不養生

▽学者の不身持

▽鍛冶屋の明晩

▽紺屋の白袴

▽坊さんの不信心

▽髪結いの乱れ髪

▽大工の掘っ立て

▽目医者の赤目

 

理由づけ

 肯定文が続いた後否定文で、あるいは否定文が続いた後肯定文で締めくくる文彩技法を「肯否転倒」あるいは「転移法」と呼んでいる。語調の急変に伴う文脈の断裂が、違和感のインパクトを呼び起こし、エンディングの効果を高める。このテクニックを〈理由づけ〉といった遊びに反映させるとより効果的である。例文を読めば十分と思えるので、蛇足は控えたい。 

【例】

われらがブーブログ投稿文

サツマイモは嫌い。おならで恥をかくから。

お見合いは嫌い。にらめっこばかりだから。

お坊さんは嫌い。お経を強要するから。

パンダは嫌い。人間より大事にされるから。

神様は嫌い。ご利益少しもくれないから。

貧乏神は大好き。分け隔てしないから。

 

冷笑

 文章やメッセージ中で陰にこもった嘲笑や皮肉を浴びせる技法を〈冷笑法〉という。 

 フレーズは手短に、さらりと表すことで効果が高まる。例文では「…なんていっているうちが花」がそれに相当する。

【例】

死神がおいでおいで      島田一男

「そうかい。どうせ人間死ぬんだが、あまり

    お上に手数をかけねエように、病気で死んでもらいたいね。ところで、死神がおいでおいでをしてるなあ、何者だい?」

      &『死神の地図』うち「妖星西へ行く」 

*文末の表現に注意。

 

老爺心

 小うるさい爺さんのアドバイスという形をかりての遊びである。メッセージは勢い保守的になるが、それが現代感覚との摩擦を生んでおかし味を醸成する。

老爺心で物申す                           荻生作

諸君、最近のカレンダーを見てごらん。

日本人がいかに怠け者になったかわかる。

土日は大きな面でホリデーだ。

物日にかこつけては連休だ。

正月だ、GWだ、夏休みだ。

年間の半分近くを休んでばかり。

昔は、月月火水木金金の時代もあった。

それでも国家復興のため

国民は歯を食いしばってがんばった。

なあ、遊んでばかりの諸君

昔人間の垢でも煎じて飲めや。

「また昔は…が始まった」とそっぽ向くな。

働け、もっと働くのだ。さもないと

また四等国へガタ落ちするぞ。         

*人に忠告を与えるという行為は、憎まれ役を買って出るということ。その前に、自分自身がアドバイザーとしてふさわしい人格を備えているかどうか、じっくり自己評価する必要があろう。さもないと「目くそ鼻くそを笑う」結果となり、周囲の評判を下げることになりかねない。その意味で、筆者はその柄になく失格です。

四等国=1945年九月、日本にやってきた占領軍最高司令官D.マッカーサーは敗戦国日本を「四等国に堕ちた」と評価した。よく言うよ。勝てば官軍、いい気なものだ。

 

和英迷訳 わえいめいやく 

日本語の短句や詞章を英語風発音に摸し滑稽に表現する遊びを〈和英迷訳〉としておく。〈英和迷訳〉とは相対関係にあり、ナンセンスな訳ほど「迷」の冠称が輝く。

【例】

伝承のもの

Fool it can caw was to became is not.

 →古池やかわず飛び込む水の音

You might or more head to-day’s as fish.

 →言うまいと思へど今日の暑さかな

Oh! My son near hage girl.

 →お前さんにはハゲがある

某大学教授の作品                                       和田謙三作

He, who, me, you, its.

  →ひい・ふう・みい・よ・いつ

Cut you shark wire, war carry knot rush are; same tea our your key to care rumor day, come in nigger, I owe la la car came ash worker.

  →カチューシャかわいや 別れのつらさ せめて淡雪 溶けるまで 神に願いを ララかけましょか

&『ことば遊びコレクション』

 

笑い話 わらいばなし 

〈笑い話〉は〈笑話(しようわ)〉ともいい、往時の〈小咄〉の系統を引く会話体滑稽談の今日称である。短く捻りをもたせ、その中で落を利かす。作るほうも見聞きするほうも笑いでつながる、頭脳的遊びである。

わが国では現在、笑い話も〈ジョーク〉も渾然一体化し、用法の上でメリハリがついてない。外来語による日本語駆逐現象なのだ。

本書では、両者のうち伝統的つまり日本的なものを笑い話と呼んで、洋風なジョークと区別する。お互いの例示を見れば微妙な違いがわかるはずである。

【例】

投稿作品(昭和戦前)より

▽理想以上

 男「女の身長は五尺一寸ぐらいが理想だね」/婚約中の女「あら、わたし五尺三寸よ」男「つまり、その…あなたは理想以上なんですよ」(渡辺徳太郎)

▽新字

 弟「兄いちやん、木といふ字を二つは林だね、三つは何と読むの?」兄「森だよ」弟「ぢや四つは?」兄「……」弟「僕知ってる、ジャングルだよ」(松岡由太郎)

▽名答

 先生「わが国では、北海道をはじめ本州九州の各地からたくさん石炭が産出されます。さて皆さん、石炭から一体何が出ますか」生徒の一人、勢いよく立ち上つて、「煙が出ます」(加藤新一) &以上『キング』昭和十八年一月号

酒好き漫筆                                   荻生筆

酒はアルコール入りの飲料である。嗜好性が強く、人類が、それも上戸だけが飲む。……と思ったら大まちがい、現実に酒好きな猩々(チンパンジー)君もいれば、牛ですらビールを与えられれば嬉嬉として牛飲する。某君邸の池の緋鯉は、酒に浸した()を投げると跳ね上がり空中でパクつく。水中で薄められるのが嫌だからだ!