元句のつづり替えで七変化の展開が楽しめる。適切な日本名はまだ付いてない。

5 アナグラム系 anagram 

 

ある語句のつづりを一字ずつに分解し、そのすべてを使って、まったく別の語句に仕立てるものを〈アナグラム〉という。簡単な例では「なぎさ」を「さなぎ」に、live()evil()に換えるといった遊びである。

アナグラムは西欧で古くから発達した言語遊戯で、王家によってはアナグラムを得意とする宮廷詩人を擁した例すらあった。その点、西欧の言語は日本語とちがい限られた数のアルファベットをさまざまな組み合わせでつづるものであるため、アナグラムに適している。

日本語においても、単純なものは名称などのアナグラムから、複雑なものは四十七字のつづり換え〈無同字歌〉まで、例に事欠かない。ぱそこんゲームの普及でこの分野でも新商品が開発されている。

《参考》

Anagram  語句の綴り換え。字謎。

(Gr. Ana graphein,もう一度書く)ある単語、語句の文字を置き換えることによってできる単語、あるいは語句。幾つか有名な例をあげると、

  Dame Eleanor Davis(エリナー・デービス令夫人。チャールズ一世時代の女予言者)Never so mad a ladie(こんな気狂い女は見たことない)と言い換えられた。

   Gustavus(グスターフ1世。デンマークから独立後のノ初代スウェーデン王) Augustus(ローマ帝国初代の皇帝) (中略)

アナグラムは古くから、真面目なあるいは風刺的、または賞賛の意味を込めた目的で大いに使われ、ビクトリア朝時代に非常にはやった。(後略。原文は横書き) &『ブルーワー英語故事成語大辞典』大修館書店刊

 

5 アナグラム系の目録

アナグラム      

アナグラム〔暗号〕

アナグラム〔戯句〕

アナグラム〔人名〕

一句両吟

一首十体歌

句読点違え

語句入替え

天狗俳諧

倒言

倒語

パングラム

弁慶仮名

へんてこ読み

 

 アナグラム変換により視覚言語化した例

 

アナグラムanagram

ある語句のつづりを一字ずつに分解し、そのすべてを使って、まったく別の語句に仕立てるものを〈アナグラム〉という。簡単な例で「やまと」を「とやま」に、canoe(カヌー)ocean (大洋)に換えるといった遊びである。

アナグラムは西欧で古くから発達した言語遊戯で、王家によってはアナグラムを得意とする宮廷詩人を擁した例すらあった。その点、西欧の言語は日本語とちがい、限られた数のアルファベットをさまざまな組み合わせでつづるものであるため、アナグラムにより適している。日本語においても、単純なものは名称などのアナグラムから、複雑なものは四十七字のつづり換え〈無同字歌〉まで、事例に事欠かない。

アナグラムづくりはカード化して使うと手軽になる。

【例】

▽アナグラム→グアム、奈良

▽ふくおかけん(福岡県)→顔拭くンけ

▽たいしをいだけ(大志を抱け)→したいをだけ(死体を抱け)

 

アナグラム〔暗号〕 ──あんごう

往時、暗号の作成ではアナグラムも重要な手法であった。今ではコンピュータを使い乱数表などを用いての高度の暗号が開発されている。

ここでは暗号の解読などという大げさなものでなく、言葉遊び風の、しごく単純な一例を掲げておく。左記の例、「渦巻き文」になっていて、あえて解答を付けるまでもなかろう。

【例】

 

アナグラム〔戯句〕 ── ざれく

俳句や〈川柳〉など十七音構成の句は、名称と比べると〈アナグラム〉化が難しくなる。音数が増えるからだが、これとて作ってみるとなかなか妙味があって愉しめる。元句はよく知られたものであることが条件。さらに読み手の理解を助けるために現代表記に変えなければならない。

【例】

朝顔(あさがお)釣瓶(つるべ)()られてもらい(みず)   千代女

      ↓

 (おに)()()られ()らさずあツ()べる           荻生作

 *現代表記に改変。「居」の訓はが正しいが、音通によりを許容とする。

▽やせ(がえる)()けるな一茶(いつさ)(これ)にあり   一茶

      ↓

    競()()ける(こい)につれなや(あさ)(かえ)る                                              荻生作

 *現代表記に改変。

 

 アナグラム〔人名〕 ──じんめい

人名はたいてい短い音数であるから、手軽にアナグラムが作れる。たとえばタレントのタモリは本名が森田(一義)、姓をアナグラム+倒語化し芸名としている。推理作家の泡坂妻夫(あわさかつまお)は本名が厚川(あつかわ)正夫(まさお)で、これをアナグラム化。私事だが、かくいう筆生も

 (うち) (やま) (ゆき) ()(本姓名)

    ↓

(きゆう) ()ちや(姓名のつづり換え成句)

   ↓

(おぎ) (ゆう) (まち) ()(さらにペンネーム化)

と、アナグラムにのせたものである。

 終戦直後はアナグラム隠語の氾濫時代であった。ヤクザ仲間の地名隠語などが一般人にまで使われ、ザギン(銀座)、ノナカ(中野)、ノガミ(上野の音通)などは馴染深かった。

【例】              

新作アナグラム                                            荻生作

ないかくかえた(内閣変えた)たなかかくえい(田中角栄)一の子分おざわいちろう(小沢一郎) おわろういちざ(終わろう座)

Maddona(有名歌手名)MadOnna(狂える女)

 

一句両吟 いっくりょうぎん 

短歌や雑俳などで、上から読んでも下から逆さ読みしても意味の通じる句章になるものを〈一句両吟〉という。〈回文〉と違い上↔下同音ではないが、順逆両義が成り立つ。回文以上に創作が困難なため作品はまれで、傑作は期待できない。

一句両吟はもともと漢詩作法の一であった。たとえば『本朝文粋』巻一の左記詞の一部に、

春晩落花余磊草  夜涼低月半枯洞

人随遠鳫辺城暮  雨映疎簾閣雲

とあり、上下いずれから読んでも詩体をなしている。こうした手法を字数の比較的短い雑俳等に応用して遊ぶ。

【例】

短歌より                                              大福窓笑寿

走れ家も今夕立を並波軒いつち高瀬か滝にはのまや 

 山の端に北風が立ちつい木の葉皆落ちた冬ま今も枯柴 

&『回文歌百首』

*右、随所に無理がみられ、表現がぎこちない。歌だとこの手は不可能に近いことを示している。

部分両吟の落首より

拝借を下から読めば口惜(くや)しいは上から読んで当てにしやるな

*幕府の御用金取立てに抗議した作。

雑俳より                                                 寿山

川の岸晴れ来る無雅な花筏  高い名は眺むる暮れは鴫の和歌

*この例も句体に無理がある。

 

一首十体歌 いっしゅじゅったいか

題しらず                                 よみ人しらず 

ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ 

&『古今和歌集』巻九

 上の歌が収められている巻九は「()(りよ)歌」の集で、この歌も名所(などころ)の景観を写実的に詠んだ名歌である。当歌には「この歌はある人のいはく、柿本人麻麿がなり」との添え書きがあり、家集『柿本集』にも収載されていることから人麿作とみてよかろう。

 さて、この一首の五七五七七各句は、どう配置を置き換えてもちゃんとした短歌になる。

句単位の万能アナグラム歌であることから『消閑雑記』上巻では〈一首十体歌〉と名付けている。その歌体変化の様子を挙げると次のようになる。

  ほのぼのと明石の浦の朝霧に舟をしぞ思ふ島隠れ行く

ほのぼのと島隠れ行く朝霧に舟をしぞ思ふ明石の浦の

ほのぼのと島隠れ行く朝霧に明石の浦の舟をしぞ思ふ

ほのぼのと舟をしぞ思ふ朝霧に明石の浦の島隠れ行く

ほのぼのと舟をしぞ思ふ朝霧に島隠れ行く明石の浦の 

朝霧に明石の浦のほのぼのと島隠れ行く舟をしぞ思ふ

朝霧に明石の浦のほのぼのと舟をしぞ思ふ島隠れ行く

朝霧に島隠れ行くほのぼのと舟をしぞ思ふ明石の浦の

   

 句読点違え くとうてんちがえ 

句読点の打ちどころによっては、文意が大きく変わってしまうことが往々にしてある。〈句読点違え〉は、このような文章作法上の盲点を逆手に取り遊戯化したものである。

課題にする文句は、あらかじめ句読点を付けない仮名の棒書きとしておく。これに句読点打ちの細工を施す。文意の落差が大きいほど傑作ということになる。

〈句読点違え〉に取り組む意義は、遊戯だけにとどまらない。正しい句読点の打ち方、同音異義語の知識さらには正しい文章の書き方を再認識するメリットもある。

【例】

伝承語句の例

▽ことしゃみせん

 →琴、三味線

 →今年ゃ、見せん

ここではきものをぬげ

 →ここで、履物を脱げ

 →ここでは、着物を脱げ

▽シンダイシャテハイタノム(電報文)

 →寝台車、手配頼む

 →死んだ。医者手配頼む

▽いもくわんみことにけつかうなりたしやす

 →芋玩味、ことに結構なり多謝す

 →芋食わん。見事に、ケツがうなり出しやす

▽くろいめのきれいなおんなのこ

 →黒い目の、きれいな女の子

 →黒い、目のきれいな女の子

 →黒い目のきれいな女の、子

▽七と三のにばいはいくらですか

 →七と三の二倍(=二十)は、いくらです

 →七と、三の二倍(=十三)は、いくらですか

 

語句入替え ごくいれかえ 

ある句章のうち一部の語句を相互に入れ替えるだけで、意味を大幅に変えてしまう遊びを〈語句入れ替え〉と呼ぶことにする。

古典をひも解くと《参考》に掲げたような逸話もある。

【例】

現代の日常慣用句                                                 荻生作

▽子どもっぽい大人  大人っぽい子ども

▽肝っ玉の太い母さん  太い母さんの肝っ玉(三語互換)

▽グラッ!二日酔?いや、地震だ  グラッ!地震?いや、二日酔だ

 *右の例で断定の助動詞「だ」は異なる体言に付いているが、許容範囲内の用法である。

《参考》

能説房之説法事                                           無住道暁(一円)

嵯峨ニ能説房ト云説経師有ケリ、随分弁舌ノ僧也ケリ、隣ニ沽酒家ノ徳人ノ尼有ケリ、能説房キワメタル愛酒ノ上戸ニテ布施物ヲモツテ一向酒ヲカヒテノミケリ、或時此尼公仏事スル事アリテ、能説房ヲ導師ニ請ズ、近辺ノ者是ヲキヽテ、能説房ニ申シケルハ、此尼公ノサケヲウリ候ニ、一ノ難ニ水ヲ入ルヽニヨリテ思程モナシ、今日ノ御説法ノ次ニ、サケニ水入テ売ルハ罪ナルヨシ、コマカニ仰ラレ候ヘトイフ、能説房各ノ仰ラレヌサキニ、法師モ存ジテ候、今日日来ノ本懐申聞クベシトテ、仏教ノ釈ハ、タヽ大方バカリニテ、サケニ水入ルヽ罪障ヲ勘ヘアツメテ、少々ハナキ事マデサシマジヘテ、思ホドニイヒケリ、サテ説法ヲハリテ、尼公其辺ノ聴衆マデ、皆ヨビアツメテ、大ナル桶ニ酒ヲ入テ取出テスヽム、能説房一座セメテ、サカヅキトリアゲテノミケリ、此尼公アサマシク候ケル事カナ、サケニ水入ルヽハ罪ニテ候ケルヲ、シリ候ハザリケルヨトイフニ、ミズノスコシ入タルダニヨシ、今日イカニ目出タクアラント思程ニ、能説房一度ノミニテ、アトイヒケバ、イカニヨカルラン、感ズル音カト聞クホドニ、日来ハチト水クサキサケニテコソ候ツルニ、コレハチト酒クサキ水ニテ候ハ、イカニト云ケレバ、サモ候ラン、酒に水入ヲイルヽハ、ツミゾト仰ラレ候ツル時ニ、是ハ水ニサケヲ入テ候トテ、大桶ニ水ヲ入テ、酒ヲ一鍉バカリ入タリケル、此尼公興懐ニシタリケルニヤ、又悪クコヽロエタリケルニヤ(傍線は筆者) 

&(しや)石集(せきしゆう)』巻六上

 

天狗俳諧 てんぐはいかい 

〈天狗俳諧〉は別に「転句俳諧」とも表記、近代まで結社やグループで行われた俳諧遊戯である。

まず手順を述べよう。一座に三ないし五名が集まり、次の要領で会を進める。

  主催者は、たとえば「天狗」のように句題をその場で決める。

  厚紙等を三つ折にし、上の一折は(かみ)の五文字、中が七文字、(しも)が五文字に割り当てる。

  順番を決め、最初の人が出題に応じ随意に上五をしたため、次の人に見せないように渡す。

  次の人も任意に中七の句を書き入れ、折り込んで三番目の人に渡す。

  三番目の人も前二者にならい下五を考えて書く。上中下の十七文字が出揃ったところで紙を広げ、皆で回覧し講評や感想を述べる。

以上のようにしてできた俳諧は、各人が思うがままを書き付けた三短句の寄せ集めであるから、互になんら脈絡がなく、奇想天外なものになるのが普通である。たとえば、「天狗」の句題のもとに、

鞍馬山 鼻高々と 野垂れかな

なんて珍作ができたりする。

 こうした摩擦表現のおかしみで参加者が抱腹絶倒するところに、天狗俳諧の真骨頂がある。各自思いおもいに部分句を寄せ合い、それを俳諧に仕立てるということで、形態上はアナグラムに属する。

 この仕方は狂歌にも応用できよう。呼び名も「天狗狂歌」ということになろうか、参加者は五人以上必要になる。露見防止のため、句箋かカードの寄せ集め方式にしたほうがよい。いずれにせよ、十七文字に比べ五句連ね三十一文字になるため、破天荒な結果が楽しめよう。

 「扇合天狗俳諧」歌川国貞画

【例】

*以下すべて&『日本文学遊戯大全』に所収、なかには偶々サマになった実例も載っている。

俳諧より

▽村道や 春の一里を 風さむし

▽川船に もの言ひたげな 女あり

▽川向ふ 梅咲く垣や 麦青し

狂句より

爺婆(ぢいばば)心中 およしなさいと まづい顔

(ひげ)をとこ ごめんなさいと もがいて る

狂歌より

初雷(はつらい)を (たち)()で見れば 生酔(なまえひ)が 小便をして こんなものです

 《参考》

天狗俳諧

これは又、五六人よりて、一人、巻紙の端になににても我思ふ言葉五文字書きて、人に見せぬよふに下りて出す、次の人、彼をりたるところを見すして、又我思ふこと七文字を書く、次の人五文字、次の人七文字、また次の人七文字かきて、開けてみれば、とてつもなき歌出来てあるものにて、一興を増すものなり &『絵本をとな遊び』 

*この場合は、説明内容から「天狗狂歌」というのがふさわしい。

 

倒言 とうげん 

反転させて読むと別の意味になるような文句を〈倒言〉という。たとえば「高島田」を逆読みすると「(だま)し方」となるような遊びである。関西では〈たいこめ〉という。

「倒言」の名は近代言語遊戯の権威、綿谷(きよし)が〈回文〉と区別するために命名。あるいは、回文を意味する英語palindromesを逆つづりして、semordnilapと戯称した人もいる。

倒言は一見何気ない風の語句をよそおってはいるが、下から除くと下半身言葉がアケスケに見える仕掛けになっている。

倒言は本来まともな言葉遊びであったのに、人の手を経るにしたがって、怪しからぬ方へと転んでしまったのであろう。例に見るように卑猥の極みだが、好事家(こうずか)好みの遊びでもある。

【例】

古典の伝承より

▽たびちそく←

▽むたいな(あね)さ←

▽やかんか婿(むこ)の屁←

近代の伝承より

▽とけやのぽんち←(奈良)

▽米を食べなし←(奈良)

▽鯛釣り舟に米をひさぐ←(兵庫) 

▽伊那盆地←(関東)

▽穴田平作←(全国)

たいこめ作品より

▽鯛釣り船に米押しだるま←(兵庫)

*右は兵庫県多紀郡の前衛派鯛米研究家の作。関西の好事家間では、前出「鯛釣り舟に…」とともに、倒言を「(たい)(こめ)」と通称している。

▽雲雲崖にこんち旅無し←(兵庫)

▽土の下は色黒い←(兵庫)

 

倒語 とうご 

〈倒語〉はその名の通り、一語を逆さ読み(音節倒置がほとんど)したものの総称である。仲間内だけで通じ合う〈符丁〉や「隠語」の形態分類用語でもある。

倒語は主に広義にいう隠し言葉として利用されてきた。具体的には、

  明示する言葉をはばかる場合

  洒落て言う場合

  意味を強める場合

が当てはまる。

 終戦直後のわが国では地名などの頭語が氾濫し、東京ではほとんどの盛り場が頭語課の洗礼を受けている。たとえば銀座→ザギン、新橋→バシン、神田→ダカンなど。言語遊戯上の材としての興趣は薄い。

【例】

戦後巷間にみる倒語

▽本庁→チョウホン(警察)

▽忍び→ノビシ(同右)

▽そっくり→クリソ(犯罪)

▽場所(縄張り)→ショバ(同右)

▽宿→ドヤ(犯罪、俗)

▽素人→トウシロ(同右)

▽新聞→ブンシン()

▽公園→エンコ(同右、とくに東京の浅草をさす)

▽ロイク→黒人

▽ジャズ→ズージャ(業界)

 

パングラム pangram 

英語のアルファベット二十六文字すべてを一度だけ使って作る文章を〈パングラム〉という。つまり日本の〈いろは歌〉に相当する。

パングラムの完成は不可能に近い技とされている。なぜなら、アルファベットでは子音が多すぎるから。たとえば、伝承作品中比較的傑作の部類に入る、

 The quick brown fox jumps over a lazy dog.

ですら、Оが四度も使われ、完璧なパングラムになっていない。英語にはこういうアナグラムもある、ということを知っておく程度でいいだろう。

 

弁慶仮名 べんけいがな 

句読点の打ち違えや、句読点のない文章で区切り方を間違えた読み方を〈弁慶仮名〉または〈ギナタ読み〉という異名で戒めている。この類の誤読を総称した言葉でもあり、〈句読点違え〉と意味するところは同じである。

語源は仮名を棒書きした旧表記の誤読に由来し、

べんけいが なぎなたをもつて やぐらのうへにたつ(弁慶が薙刀を持って櫓の上に立つ)

 ↓

 弁慶がな、ぎなたを持つてや、蔵の上に立つ

による。

 古川柳にも似たような例がある。

 旅役者足袋屋櫛屋と読みもよみ

と、「旅役者」が言葉化けした滑稽を突いている。

 【例】

曹操槊(そうそうほこ)(よこた)ヘテ詩ヲ()ス」の弁慶仮名(よみくせ)                             式亭三馬

*文言に弱い登場人物ちゃぼが「曹操…」を棒読み する部分。

徐庶(じよしよ)(めい)、徐庶命をゥ(うけ)、ェェ受、てすで、すでに、ェェ受て、すでにィ、(べい)を、兵を(ひき)ィてェ、引ィてェ(いで)、ければァ、ェェければァ、出ェければァ、曹操、何だ仮名を落しやアがつたぜ。よめるもんぢやアねへ ェェ、(なに)(なに)、今はァ(みやア)(みやアこう)のゥ、内心(うちごころ)に、ゥゥ都の(うち)、ェェ(こころウ)にィ、かゝるなァ、ェェ、心にィ、ェェ、心にかゝる事、ゥゥゥゥ、なしとて(だい)にィ、大にィ()びみづゥ、みづからみづから、馬にィ(のり)ィてェ、まつくが、まつくがのゥ、先陸(まづくが)のゥ 

&『浮世床』二編下

*『通俗三国志』巻二十、ここまでの本文は「徐庶命を受けて(すで)に兵を引きて出でければ、曹操今は都の内、心に掛かる事なしとて大に喜び、自ら馬に乗りて先づ(くが)の」(人を見巡り、…と続く)

 

へんてこ読み へんてみよみ 

句読点違いでなく弁慶読みでもないが、似たような誤読の遊びがある。名付けて〈へんてこ読み〉とでもしておこう。 古典から引くと、こんな風である。

ほんちやウかいおいちやうにちやウめのよこちやうちやウちんやのちやウへいかたト、こりやア日本にはあるめへ、唐の横町から来たのであらう。

 &魂胆夢輔譚(こんたんゆめすけばなし)』巻三下、一筆庵主人

これの傍線部(筆者)原文は「本町貝生町二丁目の横丁提灯屋の長平方」であり、表記や読み方一つで落差が生じることを示している。

【例】

現代作品より                                                   佐藤清彦

いつの頃か、こんなによくできた話もある。ある歌人が、立派な庭園を見て、即座に筆を取り一首認めた。/「のどかなるはやしにかかるおにはまつ かすみそのへのにほひなるかな」/これを一読した主人は

咽喉(のど)が鳴る早や死にかかる鬼は待つ (かす)味噌(みそ)の屁の匂ひなるかな」

だと思い、あまりの無礼を難詰したところ、その歌意は、実は「長閑(のどか)なる林にかかるお庭松 霞ぞ野辺の匂ひなるかな」

&『おなら考』第十章

「へんてこ」オブジェの一つ