江戸時代に大輪を咲かせた粋な言葉の仇花。今も言葉遊びの中心的な存在を誇る

8 洒落系 しゃれけい  

 

世に広く用いられている「洒落」という言葉は、用いられる状況に応じて次の三重構造をもつ。

⑴一般にいう洒落

気のきいた服装や格好よく見栄えのする言動をとる場合に用いる。→おしゃれなスタイル、しゃれた趣向

⑵文学上の洒落

頓知、滑稽、風刺など笑いを誘うようなエスプリと作品群をさす。→粋な洒落、洒落た文言、洒落本

⑶言語遊戯の洒落

同音異義語や類音語を使い、音義の変換に導くことによって、元の語句を別義に仕立て笑いをいざなう用法全般をさす。

以上の用法は、⑴よりも⑵、⑵よりも⑶の順で使用範囲が狭まっていく。

⑶の言語遊戯上の〈洒落〉は最も範囲が狭いが、それでも〈掛詞〉〈秀句〉〈地口・口合〉〈語呂合わせ〉〈洒落言葉〉〈むだ口〉あるいは〈三段謎〉〈早口〉など、かなり広範囲な言語遊戯を包含している。すなわち、〈洒落〉こそ言葉遊びの動脈といっても過言でない。

〈洒落〉は自体が社交上の実用性をそなえたものだ。〈洒落〉を口にすることは、相手を意識した上での戯れ、遊びである。自分だけの世界で〈洒落〉を言っても始まらないわけで、洒落をよく理解しうる相手あって初めて効用が生じる。そのため〈洒落〉一つ披露するにも洗練されたセンスと知性が要求される。いわゆる〈駄洒落〉とばしが、しばしば相手から(さげす)まれこそすれ好意をもって迎えられないのは、口先だけの安易さゆえである。言葉遊びの〈洒落〉が多様化し、高度な文彩(修辞)技法で磨きあげられてきたのも、そうした背景あってのことである。相手を魅了し自然に笑いへ誘う〈洒落〉には、一に即興性、二に趣向のよさ、三に見立ての確かさ、四に穿(うが)ちの冴え、五に独創性という「五上手」が要求される。これらの要件は、日頃の〈洒落〉に対する心構えと訓練によって身につく。

〈洒落〉の語源は、ふざけるという意味の平安言葉「サル」「ザル」からきている。これらが動詞化して「サレル」「ザレル」に訛り、さらに鎌倉・室町時代に「シャレル」へと移った。これの名詞が「シャレ」であり、漢字「洒落」が当てられ定着した。当て字ではあるが、表意文字としての漢字の特性を最大限に生かした、好ましい表記である。当用漢字にないというだけの理由で「しゃれ」と平仮名書きし、平仮名の多い地文中に埋め込んでしまうと、読み方がわずらわしいし、せっかくの当て字も浮かばれまい。以上の見解から、本書では「洒落」の表記を通すことにする。

〈洒落〉はまた、昔から審美的概念を想起させる言葉で、和歌の作歌用語である〈掛詞〉と並んで〈秀句〉の姉妹語でもある。というより〈秀句〉はもともと〈洒落〉を包括する、より広義な文芸用語であった。しかし時代が下がり〈秀句〉に取って代わる語、上方で〈口合〉が、江戸で〈地口〉が盛んになると、〈洒落〉は庶民の言語生活の中により深く浸透していく。

どこでも吉野木〳〵、これ色男、こつちへ()のめ田楽〳〵と、しやれをいふ。田舎老人多田爺『遊子方言』

まず、こんな調子である。

いずれにせよ、〈洒落〉は江戸文化を派手に飾った知的産物で、天明期(178189)にはおりからの〈狂歌〉大流行とあいまって、普及が頂点に達した。気のきいた〈洒落言葉〉や〈軽口〉一つ言えぬようでは江戸っ子でない、という風潮すら生んでいる。それかあらぬか〈狂歌〉〈雑俳〉はもとより、滑稽本・黄表紙・噺本から児童の(となえ)(ことば)に至るまで、〈洒落〉につぐ〈洒落〉に染まっていった。

こうして〈洒落〉を道連れにした遊び心は、言語遊戯の領域をも一段と拡張していく。当時の童歌(わらべうた)一つ取りあげても、言葉遊びとは切っても切れないつながりにある。そして〈洒落〉の精神は、近代へ入っても衰えをみせず、さらに現代に生きるわれわれの心根にも、風流を解する命脈として息づいている。

こどもの おもちゃやさん

 

アダルト商品は売っていません。

 

おまちがえのないように。

 

  新宿歌舞伎町 プチ・プッチー

 

   こどものおもちゃやさん「花酒爺の広告遊戯」より 

 ★花酒爺とは荻生待也のウエブ用ニックネーム。

 当今、大人のおもちゃといえばアダルトグッズであること、中学生でも知っている。それをあえて「子どものおもちゃやさん」とのキャッチを用いたところがこの作品の〈洒落〉なのである。アダルト商品云々は、補助的説明。そして店名に「新宿歌舞伎町」を冠したのがミソ。なにしろここは人も知るアダルトショップのメッカであるから。したがって、この広告遊戯は二重の洒落で構築されている、ということになる。

 

8 洒落系の目録(五十音順)

揚げ足取り  

当てこすり

絵口合

絵地口

落ち

落とし話

覚え和歌

買い言葉

隠詞

掛け合い

掛け合い問答

肩すかし

軽口

軽口〔将棋指〕

軽口〔謎解き〕

軽口〔博打〕

軽口咄

金言引き

豪勢揃え

語呂

語呂合せ

語呂合せ〔英単覚え〕

語呂合わせ〔外語入り〕

語呂合せ〔漢字覚え〕

語呂合せ〔記憶法〕

語呂合せ〔数字覚え〕

地口行灯

地口落

しっぺ返し

死絵

洒落絵

洒落小唄

洒落言葉

洒落言葉〔江戸時代〕

洒落言葉〔近代〕

洒落言葉〔現代〕

洒落のめし

重言

舌芸

宝合

駄洒落

駄洒落のめし

名化け

へらず口

帆書き

ぼかし

まぜっかえし

無駄口

無駄言葉

弄辞

 

揚げ足取り あげあしとり

 相手の発言の言葉尻を捕らえ、その主張をあげつらって応酬する技法を〈揚げ足取り〉と称している。洒落系に属する文彩で、江戸の戯作にはこの手の例がたくさん見られる。現代でも気の利いたフレーズとしてメッセージのやり取り等に応用されている。

【例】

伝承の揚げ足取り

▽ありがたい→蟻が鯛なら芋虫は鯨

▽いかにも、左様→烏賊(いか)様、章魚(たこ)様、(とと)様、(かか)様、真っ逆様

   ▽やかましい→八かま四かまは十二かま

現代の揚げ足取り

▽そうか→草加は千住のもっと先

▽あっ、痛い→誰に会いたいの?

▽うそをついたな→うそを築地の魚市場

▽ねえ、うちの人ったら、あたしを抱くとき、良いタマだっていうのよ→

 へえー、玉なんか持ってねえのに、か?

 *下がかり一口話の類、荻生作。この例でのタマは同音異義であること、いうまでもない。

 

当てこすり あてこすり

 意図する相手(人とは限らない)をあざ笑うため、わざわざ遠回しな表現を用いて効果を高める洒落系遊戯で〈当てこすり〉レトリックで「論術法」という。嫌味な物言いを滑稽に擦り替えた高等テクニックである。

【例】

随想「藪医者考」                          荻生作

不肖、かつて人間ドックの検査にひっかかり、酒をやめないと命がもたない、と酒禍の宣告を受けた。ところが帰宅した晩から彼医者のおどしをせせら笑い、「藪の鶯啼きだ」とおちょくり、再び浴びるように飲み始めた。結果、いまだにどっこい生きている。三十年も、である。以来内科で医者のお世話になったことはない。これ、酒のメリットのほうがデメリットを制圧した結果だと思う。考えるにあの時、酒が命を縮めるとのたまわった医者は、人間観察よりも数字やデータのほうを信じてしまった。それに加えて、生下戸だったに違いない。

*拙書『酒大学林』から一部を引いてみた。医者の言うことよりも酒との心中を選んだ男の独眼流解釈。終りの一行で皮肉の止めを刺してある。 

 

絵口合 えぐちあい 

〈絵口合〉は〈口合〉に即興の絵を描き添えたものをいい、江戸ではやった〈絵地口〉の上方呼称である。安永・天明(17721789)から弘化・嘉永(18441854)頃まで、比較的長期にわたり大坂や京都などで人気になった。

絵口合の場合、判者の宗匠が作品の優劣を判じるならわしで、各地に同好者が集い組合まで出来た。江戸の〈地口行灯〉が各稲荷社祠に便乗したように、上方でも七月下旬各地で開かれる地蔵盆にのせて「地蔵行灯」興行が盛んになった。

歌舞伎『傾城浜真砂』三幕目に「この間から絵口合ひには、なんぼうあなたが勝ち続けぢやといふて、あんまりではござりませうぞえ」のセリフがあり、絵口合も〈地口付〉のように懸賞付き。そのため一度は法度(はつと)になったものの、後あとまで温存されていく。

『絵口合瓢之蔓』絵入俳句〔嘉永期の雑俳〕

【例】

絵口合文句(絵は省略)

▽ほの(くらがり)に戸を明けて←此の浦舟に帆を上げて &『皇都午睡』

▽先代高尾を目にかけて←現在わが子を手にかけて &『傾城浜真砂』

▽奇妙の業は蝶の群←昨日の花は今日の夢&『画口合種瓢』上

▽鳥羽絵佐久間で綿繰馬で←お前百まで私九十九まで &英画口合(はなぶさえくちあい)(にわか)

《参考》

足手画口合流行                         浜松歌国 撰者酒屋鄰堀田馬宥秀逸之部を絵馬とし座摩の社へ奉納せしより、追々流行ニ及び所々の神社仏閣街上の地蔵堂などへ画馬を懸る、然るに後々は口合の句の優劣をかけるものゝ勝負にせし故、御差止被仰付候而、撰者馬宥も暫らく町内へお預ケと相成候ゆへ、其後止ミたり、其頃の秀逸と聞えしは、

 河津ひんだく高やくら

 紅梅鴬に烏

 天人願人の戸の穴に

 ほのぐらがりに戸を明けて

 いね積床コの橋の際

 蔦巻た竹の窓

 踊る供医者呵らず

 関羽恋慕無体の好色

 鉦ちゃん鳫持ふづくるへ 

&『摂陽奇観』巻四・㈡

 

絵地口 えじぐち 

地口の内容を絵に描いて示したものを〈絵地口〉といった。〈地口行灯(あんどん)〉などに書き入れたものも含めての総称である。たとえば蛸の絵に、「ゆでだこかしく」(目出度くかしく)といった文言が添えてある。

式亭三馬『浮世風呂』四編上にも「行灯の地口は絵地口と申て、あれは絵を表として、絵から拵える地口でごつす」とある。いわば地口の視覚化、判じ物化なのである。

いっぽう、絵地口のネタを提供するため文政から天保(18181844)以降、様ざまな地口本が出てさらなる流行を助長した。絵のほうも大石真虎、国芳、英泉ら名の知れた浮世絵師から町絵師に至るまで賑わいをみせた。

【例】

絵地口文句(絵は省略)

▽鼻をかむ紙は上野か浅草か←花の雲鐘は上野か浅草か &『地口絵合』

▽夏の夜道扇の夜灯←那須の与一扇の的 &『新版 地口絵手本』

▽飲む大酒大升五合←南無大師遍照金剛 &『新坂 柳樽』

▽ばかに雪降る長寝せし間に←わが身よにふるながめせしまに &『地口百人一首』

▽嬢さん芝居はやめがよい←坊さん夜這いは闇がよい &『地口行灯語呂合』

▽逃げるに供はないわいな←きせるにとがはないわいな &『神事画譜』

物尽くし絵地口(伝承)

さけするめふなよくとまる←竹に雀は品よくとまる(魚尽くし)

すずめひばりにむこ八人←娘一人に婿八人(鳥尽くし)

なんきんなすうり←現金大安売り

 〳〵御座る」/牛若が小判をさいに飯を食ッている画に、「牛若に小判さい」とある。これは「徳和歌に御万歳」/網笠をかぶッた読売が三人ゐて其側に子供が八人ゐる画に、「読売三人がき八人」とある。これは「桃栗三年柿八年」 &『昆石雑録』こゝろの俤・七九

 

落ち おち

 ストーリーの筋書きを最後に急転直下の洒落などの結びで終わらせる技法を一般に〈落ち〉、レトリックで〈伏線頓降法〉といっている。また落語では、話の結末に思わずニヤりとさせられる締めくくりが用意されているが、これをオチとかサゲと称している。

〈落ち〉は江戸初期の安楽庵策伝著『醒睡笑』という噺本が起源になっている。

 落ちはほかにも言葉遊びや文彩にも広く応用されている。述語で伏線頓降法というだけに必ず主題の伏線が用意され、その展開結果として落ちに結びつくよう仕組まれる。当然、話の結びに至って読者の笑いが誘発されなければならない。そして落ちが洒落っ気たっぷり設定されているほど、笑いの質は高まる。

 なお落語のオチに関しては「口演芸系」において〈落語のオチ〉の項目で扱う。

【例】

 落ちの付いた断章                         荻生作

耳かきのお化けを振り回し一億稼いだ坊やがいる。たかがゴルフ、されどゴルフ。世の中、OBだよ。

広告遊戯                             荻生作

          被災地の皆さん

          歯を食いしばりがんばってください。

          私ら昭和一ケタ老生たち

          敗戦後はペンペン草を食いながら

          歯を食いしばり続け復興を成し遂げました。

             歯がガタついたら、迷わず

 

    ──ペインペイシェント歯科医院

           院長 大上牙太郎

 *世の中、売らんかな主義のつまらない広告だらけだが、こんなとんでもない広告が目に付いたら、楽しかろ

 うに。これ、歯医者さんによる悪乗り広告の見本。例文の場合、「歯を食いしばって」が伏線だ。これが我慢

 強い「昭和一ケタ生まれ」に転じて、最後に「歯科医院」で洒落落とす。

 

落とし話 おとしばなし

 従来の〈落ち〉とは別に、サゲを下がかった内容として創作した洒落を〈落とし話〉と名付けておく。ただし、落語でいうオトシバナシは〈落し噺〉と書きこれとは別物である。

【例】

喜寿の祝いに寄せて                         荻生作     

甲田は先頃、最後の一本が抜け総入歯に。

乙川は、孫に手を引かれ盲目寸前だとか。

丙野は排泄障害で、オムツ必携の外出。

丁沢は外ピカリ内たそがれのオツムだよ。

あの好き者の荻生、男が立たなくなったって。

なにが喜寿だ、なあ、ご同輩!

 

覚え和歌 おぼえわか 

漢字や数詞などを覚えるのに便利なよう、和歌の形式を使い当てはめた語呂合わせ。昔から日めくりなどに印刷され、庶民の家庭文芸になっていた。

【例】

似た字画漢字

▽キ・コの声 オノレ・ツチノト下につく イ・スデはなかばに シ・ミはみなつく

 *己、已、巳の区別歌。

▽言うは誰 金は錐なり 手にて推す 木は椎なるぞ ノ木は稚し

 *部首「(ふるとり)」で構成する漢字の区別歌。

単位換算

▽陸で言う マイルは二七 十四丁四十五と一尺にこそ

▽摂氏に九を掛け それを五にて割り 三十二足せば 華氏の度となる

一年の精確時間

▽一年は 三百六十五日間 五時間と 四十八分 四十六秒

 

買い言葉

「売り言葉に買い言葉」という諺を地で行くやり取りの遊び。面白い買い言葉になるように、あらかじめ売り買い同じキーワードを用い呼吸のあった売り言葉を仕掛けておく。 

 「ら抜き言葉」のド迫力〔有閑マミイさんのブログより〕

【例】

「殺し文句」の買い言葉                      荻生作

大晦日、借金取りが来てナ、「払わないならぶっ殺す」と脅しやがった。で、言い返してやった「サア殺しやがれ。元日早々、化けて出てやる!」

 

隠詞 かくしことば 

上方、ことに大坂では、〈隠し詞〉が江戸の〈洒落言葉〉に相当する語として通用した。隠し詞の場合、洒落言葉に比べ関西特有の実利嗜好をうかがわせるものが目立つ。

なお別に、アクロスティック系にも〈隠し言葉〉という酷似語があるので、使い分けに注意を。

しゃがみこんで何隠してる? びっくりさせたいもの隠してる! 

【例】

問答体のもの(伝承)

▽「わいは一升徳利や」「何でや」「一升(一生)詰まらん」

▽「調子はどないや」「黒白のお(いど)で尾も白うないわ」(野良犬同士の挨拶)

▽「水臭うおまっしゃろが、も一ついかがでっか」「ほな、狸の金玉で、また一杯いきまひょ」

成句のもの(伝承)

▽欠け徳利→口が悪い

▽材木屋の鳶→お高く止まっている

▽樋屋の前垂れ→忘れる(輪擦れる)

 仏さんのお椀→かなわん(金椀)

▽淀川のごもく→杭(食い)にかかったら離れない

《参考》

酒に関する隠し言葉                         荻生まとめ

★甘酒屋の荷で片方が熱い〳〵★池田の牛で伊丹入る★居酒屋の燗徳利で出たり入つたり★小名田徳利口ばかり★燗鍋のこがれでおけこがる★こけ徳利で出放題★五合徳利で一しやうつまらぬ★酒屋の歳暮でカスばつかり★白酒の杯でえらなめぢや★大工の川流れで(のみ)流し★高田徳利口ばかり★ちろりの酒でのじがない★土左衛門の川流れで呑めるだけ呑んでくいにかかつている★夏の夜蚤蚊が悪い(悪酒の謎かけで、飲み香が悪い) ★左甚五郎でのみ一丁★幽霊のお酌でおあし()がねえ &『酒大学林』第1部

 

掛け合い かけあい

 詞章などで複数の同音異義語を繰り返し用い、音通および意味の多重化によるおかし実を創出する技法を〈掛け合い〉レトリックで〈同音異義展開〉という。これは同音異義が持つ音通性と別義への膠着性を最大限に生かし、何通りか別の意味の語句へと変化させるもの。言葉遊び的要素が大きいので、言葉遊び関係の拙書では独立した言語遊戯アイテムとして扱っているほどである。

 日本語の特徴の一つに同音異義語の多様性が見られ、その使用をめぐって混乱すら生じている。たとえば、ご存知のように「辞テン」の発音では、辞書分野では内容が異なる三通りのカテゴリーに別れている。つまり字典→モジテン、辞典→コトバテン、事典→コトテンと、それぞれ使い分けるためカタカナで示したような発音が必要になる。さらには、ジテンに通じる語に地天、次点、自転、自店、治天、時点…などがあり、結局は前後文の流れから瞬時に適語を選定して使うことになる。

 次のような東京伝承の「阿呆陀羅経」という近代遊戯歌もある。

  西は西京で東は東京、男は度胸で女は愛嬌、坊さんお経、おかずはラッキョで、鶯ホケキョ、アーメンソーメン耶蘇教で、木魚打つのが阿呆陀羅経、悪しきを払うが天理教で、一番悪いが大本教、将棋は香車で、われわれ勉強が第一で、…  

 阿保陀羅経読みの風俗〔Wikipediaより〕

【例】

言葉遊び掛け合いゲーム                      荻生作

A 尼は読経をあげ、海女は度胸を据える。

B 火事は男を動かし、家事は女を動かす。

C 兄弟は男の血をわかし、鏡台は女の血をわかす。 

D サクラが散るは景観、サクラ散らすは警官。

*花見の宴席での座興に、同音異義言葉の掛け合いを楽しむグループを想定し創作してみた。

 

掛け合い問答 かけあいもんどう

 問答体での言葉のやり取りにより話法の面白さを演出する遊びを〈掛け合い問答〉という。とくに相手が言いかけた言葉を中断し、チャチを入れる(割って入る)ことを繰り返すと、会話体としてリズムが生まれ、言葉の綾が増幅される。

「掛け合い」は、本来二人または三人で軽口を叩きあい、おかしみを演出する口芸を指した。洒落が言葉のやりとりの軸になり、応酬話術を展開。近世以降「掛合咄」「掛合台詞(せりふ)」「掛合漫才」などの諸芸を生み出している。しかし時代が近代化するにつれ掛け合い問答は漫才へと移行し、座興の趣きもしだいに薄れ文芸色がより濃くなっていく。

【例】

老夫婦の茶飲み話、断片                      荻生作

「あの大地震は怖かった。今でも金玉が…」

「縮み上がりっぱなし。あたしもあの時…」

「干からびた子宮が、どうなった?」

「ずり落ちるような思いでしたよ」

*若い人たちにはいやらしい会話であろうが、年をとるとこんな下卑たことも回春剤代わりの茶飲み話になるも

 の。着想を他愛のない遣り取りに仕立てみた。一人で言い切れる内容を二人が交互に言い差し合っている構成

 をとっている。

 

肩すかし かたすかし 

意気込む相手の言葉をそいでしまうような切り返しの応酬。

相手が自分をからかったり悪口を叩いてきたら、口で返すのがルールである。手をあげるのはさけたい。相手が毒気を抜かれてしまうような上手な切り返しは出端(ではな)をくじいて、二の句を告げる気を失わせる。こういう〈肩すかし〉の口論技術を身につけると、口喧嘩また楽しからずや、世渡りに潤いを生じる。語は相撲の取口の一つから転化したもの。

肩すかし

【例】

江戸(ことば)より

▽「呆れ返った奴だ」「呆れ返るの頬かむり」

▽「この、いかさま野郎」「いかさま、逆さま」

▽「もう堪忍ならねえ」「堪忍信濃の善光寺」

▽「クソ馬鹿者め」「糞が馬鹿なら小僧にゃ骨ある」

▽「ざまあみろ」「ざま見れ雑魚(ざこ)猫かんだ」

▽「一杯食わしたナ」「そんな茶碗はどこにもない」

▽「どうしてくれよう」「どうすりゃ馬の子が出来る」

▽「馬鹿め」「馬鹿でもばつちおままは三杯」

汐見坂、猿ケ番場での立場酒  十返舎一九

北八「おれも今の鹿で一首よんだ、貴さまたちにいつてきかせたとつて、(むま)の耳に風だろふが、こういふ歌だ、おく山に紅葉(もみぢ)ふみわけなく鹿の、声きく時ぞ秋はかなしき(*実は猿丸太夫の詠)、なんと奇妙(きめう)か〳〵 あとぼう「だんなはゑらいものじや、わしどもはかいもくしらぬが、なんにしされ、うたが(じき)に、ひゆつと出るといふものじやからゑらい〳〵 北八「ちよつとした所が此くらゐなものよ、イヤ貴様たち、あんまり(ほめ)てくれたから、酒が呑したくなつた、(ここ)建場(だてば)か さきぼう「さるが番場(ばんば)でおざります、サア棒組一ぷくすつていかアず 北八「みんな一盃ヅヽのまつし、コレ女中、そこへ酒を壱升でも二升でも、うめへ肴をつけて、出してやつてくんな 弥次郎兵へ(かご)の内にて「ヲヤ北八どふした、でへぶおうふうなことをいふな 北八「ナニサちよつと呑せるが、どこでもこれくらひなものだ 弥二郎「手めへそれをみんなおごるか 北八「しれた事よ 弥二「おもしれへ、おいらも御馳走になろふ さきぼう「是は有がたふおざります、旦那いたゞきます、コリヤ〳〵ぼうぐみ、どこへいつた、ヤイみんな()されの、さつきの猿丸太夫(さるまるたゆふ)さまが(*とぼけていた先棒がここでバ)、御酒を下されるは 弥二「サア〳〵御ていしゆいくらだの、御酒(ごしゆ)代は駕の旦那がおはらひだ ていしゆ「ハイ〳〵酒と肴で三百八十文でおざります 北八「こりやごうてきにくらやアがつた(ト書はすべて略) &『東海道中膝栗毛』四編上 

 

軽口 かるくち 

さして意味をもたない余計な言葉を添えて調子よく洒落る(くち)(すさび)を〈軽口〉という。軽口はまた、軽妙なタッチによる〈地口〉や〈口合〉をも含めた洒落の一角をなす。江戸では〈無駄口〉ともいった。

軽口は江戸を中心に市井の人たちに愛好され、方言色を加味しながら、全国的に流布した。というのも、社交辞令としての効用が大きく、人間関係の潤滑剤として役立ったからである。

ところで軽口と称するものの範囲はかなり広く、ある程度の分類整理が必要。ことに緊張のはざまで手隙ができる碁将棋など勝負事では、ひょいと口にする罪のない軽口がギスギスした雰囲気を和らげる効果をもたらす。

【例】

秀句合せ

▽有っても無くても猫の尻尾(しつぽ)

▽来たかちようさん、待ってたホイ

▽更に梨地の重箱

▽生姜なければ茗荷がある

▽好いた水仙好かれた柳

▽驚ろき桃の木山椒(さんしよ)の木

▽あたりきしゃりき車曳き

▽糞は出たが分別が出ない

日常慣用句

▽あきれ返るの頬被り

▽いつもぴいぴい風車(かざぐるま)

▽犬が西向きゃ尾は

▽親馬鹿ちゃんりん蕎麦屋の風鈴

▽おかしかったら茶を上がれ

▽おっと合点承知之助

▽ごめん そうめん ゆでたらにゅうめん

▽たまげた駒下駄(あずま)下駄

▽どうした拍子の瓢箪やら

▽何か用か九日十日

▽百も承知二百も合点

▽結構毛だらけ猫灰だらけ

▽そうは烏賊の金玉

擬人化

▽あかん弁慶屁でも(かげ)(きよ)

▽うぬぼれ自慢之助

▽おっと合点承知之助

▽心得太兵衛

▽権兵衛八兵衛引っ込んで居郎

▽念仏汁吸又左衛門

▽欲の川の深右衛門

借名もの

▽上げますの助六

 *歌舞伎命題ひっかけ。

▽あぶなやのお染さん

 *「危ない」をお染・久松の演目にかけた洒落。

▽遅かりし由良之助

 *歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」にちなんで。

借辞もの

▽雲め風めと言われし身

 *「雲のように軽く風に飛ぶような(やから)」の台詞を自嘲した用法。

▽警世しくしく夜顔を当たる

 *詩吟「鞭声粛々夜河を渡る」の借辞捩り。

地名・名所

▽足が遅いは仙台河岸

 *「歩き方が遅い」を暗に「船足が遅い」の故事に掛けた洒落。

▽一目散随徳寺

 *「ズイとそのまま逃げられる」の詞章を寺名山号に擬した茶化し。

▽気が揉めの吉祥寺

 *「気が揉める」を駒込にかこつけ、当地の有名寺院になずらえたもの。

▽嘘を築地の御門跡

 *築地本願寺を指す。

▽そうは虎の門の金毘羅(こんぴら)

 *「そうはとらぬ」の名所洒落。

▽恐れ入谷の鬼子母神(きしもじん)、どうか下谷(したや)の広徳寺、そうで有馬の水天宮(すいてんぐう)、洒落の内(堀の内)御祖師(おそし)

 

軽口〔将棋指〕 かるくち/しょうぎさし

縁台将棋は口合戦でもある。指し手同士が〈駄洒落〉や憎まれ口を叩きながら進行する。駒の攻防に気をとられながらの口遊(くちずさみ)であるから、たいていは慣用句か罪のないお茶らかしだ。そこへ見物人が割り込んで岡目八目やら半畳やらをとばす。

〈将棋指軽口〉はこんな下町の風物詩が生んだ洒落文化だ。これの数が意外に多く存在するため、独立した項目扱いとし、例を列挙することにした。

【例】

伝承のもの

▽王手別れがなけりゃよい

▽飛車はひいしゃでも薬箱持たぬ

▽角道の説法、屁一つ

▽角成りはつるは理の当然

▽金金出頭仕る

▽金銀積んで山の如し

▽桂三合って銭足らず

▽香車手から水が漏る

▽功成り名とげて金となる

▽二歩や烏の啼き別れ

▽負けて悔しき玉手箱

 縁台将棋のフィギュア 

古典より

▽まず金をいただき女郎衆と

 &『浮世風呂』前編下

▽香桂先に立たず

 &『浮世風呂』前編下

▽ハテこれは困った飛車とり談合かい

 &『古今百馬鹿』

▽お成のかば焼

 &『古今百馬鹿』

▽ただとり薩摩の守

 &『古今百馬鹿』

川柳仕立(伝承)

下手(へぼ)将棋尻つつかれて()めまはし

▽見物の下知にしたがふ下手(へぼ)将棋

▽飛車角が隠居している下手(へぼ)将棋

 

軽口〔謎解き〕 かるくち/なぞとき 

軽口と謎掛とを合体させた遊びである。寿命は近世までですたれた。

【例】

伝承のもの

(こえ)柄杓(びしやく)で手が付けられぬ

 *敬遠したいときの婉曲表現。

▽泉水の小便

 *「いけしゃあしゃあ」の洒落。

▽ならずの森のほととぎす

 *「成らずの森」とは、どうしようもない、の意。

▽塗り箸とろろ

 *「引っかかりはしない」を遠回しに。

▽糊屋の看板

 *「利が細い」を意味した。糊屋の看板はの字をことさら大きく、その端にを細く小さく書いた。

比丘尼(びくに)指似(しじ)出せ

 *「無理なこと」の洒落。比丘尼=尼僧。指似=オチンチンをさす昔言葉。

▽目か一チョンチョン十

 *目の横にカで「助」、一チョンチョン十で「平」、つまり「助平」をさすときの花柳界における字謎洒落。

 

軽口〔博打〕 かるくち/ばくち

縁台将棋や(ざる)()とちがって、本格的な博打となると張り手の心理状態に余裕がなくなる。「勝とう、儲けたい」という一点だけに目標が絞られ自己を全力投入するため、遊び心など生じないのが普通だ。鉄火場の殺伐とした雰囲気がそのことをよく代弁している。

しかし例外がないでもない。香具師(やし)賭博・タンカバイやパチンコの呼び込み口上、あるいは競馬予想屋のゴタク、麻雀屋での負け客のボヤキなどには、今様に表現するなら「面白日本語」がいっぱい詰まっている。

なかには意味不明、言語不明瞭なものもあるが、それはそれで耳にしてご愛敬だといえよう。

【例】

賭場の符丁(江戸時代)

三三三漣 五五五狼の足跡 六五六大振袖 一六一差駕… &『一天地六偽咄』

大阪の街頭賭博「四五一(しごいち)」口上

さんぞろの六は北海道、こなたしし五やの八で箱根山、のぼって下れば豆二つ、鳩ポッポーは豆が大好き、スケベ兄ちゃんも豆が好き、ハイ、勝負、五ぞろのぴんは天下一、こなたごろにのパーで九平の十三、とうさん笑うたら… &『みっちゃんみちみち』

競馬場で収録の愚痴                         荻生まとめ

▽またまたゾロ目で(八百長)臭い臭い

▽Y(騎手名)の奴、八百屋さん(八百長)かい

▽三五(馬券の出目、産後)の肥立ちが悪かったか

▽相手が畜生じゃ、後生だぜ

▽今日は仏滅三りん(ぼう)だァ(トイレ落書き)

麻雀での軽口                                    荻生まとめ

▽おたふく風が吹いてきたか

▽あわてくさってチョンボが花

▽ツキ(月経)がこないからオロしたい(降りたい)よう

天和(テンホウ)上がって寿命も天に

▽オヤ、助平のカンチャン待ちかい

 

軽口咄 かるくちばなし 

軽口で締め(おち)とする一口咄の類を〈軽口咄〉という。この場合の軽口には、無駄話というよりも秀句的意味あいが強い。

 軽口咄は、江戸初期に落語の改祖、鹿野武左衛門が広めた。その著である口演集『鹿巻(しかのまき)(ふで)』が評判をとると、類書があふれた。また盛り場で木戸銭をとる興行としても流行した。

 「江戸落語の祖」といわれている鹿野武左衛門(16491699)画像で左側の口演者
【例】

軽口咄本より                                作者未詳

ある人、豆腐屋によき娘ありければ、何とぞ口説かんと思ひけるに、「今日は幸ひ庚申(こうしん)待なり、後には豆腐を持ち来たるべし、狂歌にて問薬かけん」と、心待ちに待ちいるところへ、案の如く、風俗出ず入らず高等にて、品よき娘なり、いづれ、この人の思ひ込まれしも(もつと)もなり、いつもの通り、「庚申待のとうふ持つて参じました」と言ふを幸い、「これは(かたじけな)い、うつかりと食ふたら豆腐冥利に尽きやう」と言ひつつ、通ひを出し、「つけてもらひましよ」と(くだん)の狂歌を添へて差し出しける、豆腐屋の娘に寄する狂歌、『おのが身はそのとうふうになづみつつあすとは言はじこんにやくどかん』と詠みも終らず、娘言ふやう、「このお心なら、ふうふになりとうふござんす」といふ顔も、紅葉色とぞ見へにけり、豆腐とこんにゃくにて言ひかけしに、()にて答へたりと聞へし &『軽口(へそ)久良辺(くらべ)』中巻

しはき者鉄槌(かなづち)借る事

さる(しは)き禅門、柱に釘打つとき、内の久三郎をよびて、「むかひの又左衛門殿へ(ゆき)、すこしの間、鉄槌借りてこい」といふ、久三郎借りにゆく、又左衛門、もとより鉄槌はありけれ共、禅門かねがね吝きものなれば、「ない」というてかさず、久三郎帰りて、「鉄槌はないとて、御貸しなされませぬ」といふ、禅門ききて、「さてさて吝いことや、鉄槌のあるは、たしかに知つてゐるのに、少しつかうたればとて、何ほどへるものぞ、よいよい、すこしそこねうとままよ、こちの鉄槌をとり出せ」というた。&『当世軽口にがわらひ』巻一

鬼つ子

ある人、昼事くわだつるに、七つばかり成る息子、やゝもすれば来て、のぞき〳〵する、やがて鬼の面かけてする、彼悪道者がきつと見て、「やい〳〵、皆こひ〳〵、うちの納戸(なんど)に鬼がへゝするぞ、ちやとこひ〳〵」 &『きのふはけふの物語』

かけねなし

帷子(かたびら)は冬買はしやれ、夏買いは高ふござる」「いや〳〵さうもいはしやるな、ひる蝋燭(ろうそく)を買ふたけれど、安ふなかった」 &『軽口御前男』巻五

《参考》

かるくち・ばなし 軽口噺()  大槻文彦一段ノ噺ノ末ヲ、秀句、言懸(イヒカケ)ヲ以テ結ビテ、興トスルモノ。(中略)寒川入道筆記(慶長)「涼シキ道ナラバ、只心ノ浄土ナルベシ、ト云フホドニ、極楽ハ、夏知ラヌ所ニテコソアラメ、サレドモ、足ガ、イカウ冷ユル、ト聞コエタ、ナゼニ、死スルホドノ者ガ、跡トブラヒテたびたまへ」(足袋賜へ、足薪翁記、一)貞享ノ頃、江戸、長谷川町ノ鹿野武左衛門ト云フ者、軽口噺ヲ多ク工夫シ、中橋ノ広小路ニテ、筵張ノ小屋ヲ設ケテ、興行セリ、鹿巻筆(シカノマキフデ)ト云フ書ニ、其噺ヲ集メテアリ、後ノ落噺(オトシバナシ)ハ、此一転セシナリ。&『新編 大言海』

 

金言引き きんげんひき

 メッセージ等のヤマ場でよく知られたことわざや金言などを引用し、表現に張りを持たせる技法が〈金言法〉である。入れる文言は有名な格言、警句、ことわざなどで、ネタは無尽蔵に存在する。

 ただし、挿入箇所は適性かどうか、よく吟味する必要がある。また、例「結婚式での祝辞」のように比較的短い文中に二箇所も引用するのは悪乗りでかえって逆効果であろう。勧められない例として掲げておいた。

 では逆に、鑑賞に値する見事な引用例を挙げておこう。浄瑠璃の古典、近松門左衛門作『冥土の飛脚』うち「新口村の場」からの引きである。

  *親の嘆きが目にかゝり、未来の(さは)り、これ一つ。(つら)を包んでくだされ、お情けなりと泣きければ。腰の手拭(てのごい)引き絞り、めんない千鳥(ちどり)(もも)千鳥(ちどり)。なくは梅川、(かは)千鳥(ちどり)水の流れと身の行方(ゆくへ)、恋に沈みし浮名のみ、難波(なには)に。残し(とど)まりし。

と、大団円の語り。傍線は筆者の加筆、古諺「水の流れと身の行く末は知れぬ」の引用。

【例】

結婚式での祝辞                           荻生作

……俗に「遠くて近きは男女の仲、近くて遠しは田舎の道」と申します。本日、華燭の典を挙げられたお二方、聞くところによりますと、そもそもの馴れ初めは、まさしく「事実は小説よりも奇なり」でございまして……

社長に昇格の友人に                         荻生作

社長就任、おめでとう。はなむけの言葉としては野暮だが、アドマンとしてあえて忠告しておく。メディアにはくれぐれも気をつけろよ。「使い方しだいで毒にも薬にもなる」こと、間違いのない事実だ。

 

豪勢揃え ごうせいぞろえ 

自慢の物事をいくつか並べたて、身びいき振りのおかしみを演出する言葉遊び。派手な内容の羅列ほど演出の効果が上がる。

例に挙げたように、讃や献辞にぴったりの遊びである。

【例】

三味線胴の讃         

詩は詩仏

書は米庵に

狂歌乃公(おれ)

 芸者小万に

料理八百善 

&『日本奇談逸話大辞典』志村有弘・松本寧至編

*山谷堀の花形芸者小万は、美貌と勇み肌に加え芸達者でもあったが、顔立ちが整いすぎて冷たい感じを客に与える。そのため人気が落ち始め、本人もそのことを気にしていた。たまたま料亭の八百善で同席の大田蜀山人に落ち目をボヤいたところ、蜀山は小満の三味線の胴裏へ掲出歌を書いて呈した。文中「詩仏」は大窪詩仏、「米庵」は市川米庵、「乃公」は蜀山本人、それに小万、八百善と当代一流尽しだ。しかも文化人として高名な蜀山自筆の戯賛だけに価値がある。小万の身にもハクが付いて人気回復、目出度しメデタシとなった。この時代、自分を出す場合は卑下するのが謙譲の美徳でる。しかし蜀山人つまり四方赤良は、あえて「狂歌なら俺は一流」と広言して示したのである。それも一流とは一言も書かずにさらりと流した。さすが文筆の戯れにかけては大家だけあって、嫌味もケレンも感じさせない自己宣伝である。

 蜀山人(大田南畝)

 

語呂 ごろ 

言葉を発したときの音の続き具合を〈語呂〉という。

「語呂がよい」「語呂使い」などと慣用することが多い。語呂は天明 (178189)頃から、〈地口〉の姉妹語として使われるようになった。

別に〈語呂合わせ〉の略語でもある。この場合は言語遊戯上の用語になり、関連性のない言葉に膠着させ音通に事寄せ別の意味をもたせる。

《参考》            大田南畝

天明の比、地口変じて語呂(ゴロ)といふものとなれり、語呂とはことばのつゞきによりて、さもなき言のそれときこゆるなり、たとへば、

 九月朔日命はをしゝ(ふぐはくひたし、いのちはをしゝと、響きのきこゆるなり)

 市川団蔵よびにはこねへか(内からだれぞよびには来ぬかと、きこゆるなり)

一とせ浅草正直蕎麦の亭にて、語呂の万句あり、その時宗匠の句、語呂万たま子なり、のろまの玉子といふ事なるべし、此比の佳句とて、人のもてはやしゝは、

 いなかさふらひ茶みせにあぐら(しなざやむまい三みせんまくら、なり)

 ふざな客には芸者がこまる(芝の浦には名所がござる、なり) &『仮名世説』

 

語呂合せ ごろあわせ 

よく知られた語句を対照に、音の似かよった別の言葉を当てて滑稽化する手法を〈語呂合せ〉という。一例をあげると、

焼いた魚になぜつま付けぬ←咲いた桜になぜ駒つなぐ

などの類である。語呂合せは〈(もじ)り〉によく似ている。つまり、一字・一語の音通うんぬんでなく、全体的な文句の流れ具合(〈語呂〉である)から元句が想起できることが条件だ。

 大田南畝(別号蜀山人、17491823)は〈語呂〉の項《参考》に見るように、地口=語呂説を唱えている。しかし現視点で厳密にいうと、〈地口〉と語呂とでは微妙な点で異なる。

狭義の〈洒落〉である地口は、同音異義語をを伴った弄辞を建前とする。これに対して語呂合せのほうは類音異義語でも可とし、その分だけ通用範囲が広い。この微妙な語脈の違いは、語呂合せの背景となる時代のズレで生じた。

 南畝の時代は、まだ地口が盛んに通用し、語呂に世代交代したわけではない。すなわち語呂は、地口から枝分かれした派生語にすぎなかった。これが近世から現代へと時代が下がるにつれて、地口は死語化を深め、語呂合せだけが生き残る。こうなると、洒落た言葉のよりどころを求めて、語呂合せ自体の意義が膨らんでいく。このことは自然な成り行きなのである。 

 勝手に語呂合わせを作ってくれるソフトequivoqueNumber』〔同ウエブサイトより〕

 ともあれ、語呂は江戸弁・東京語がもつ語勢の強さと歯切れの良さを生かすにはぴったりの用法なのである。そのためか現代では、語呂合せラッシュ気味のきらいがあり、軽薄きわまるインスタント言葉遊びの代表格になっている。

【例】

江戸時代後期のもの

▽お染久松(遠州浜松)広いやうで狭い

▽水汲む親父(いずくも同じ)秋の夕暮れ

▽夫婦喧嘩いつも長屋小言←

一二三四五六七八九十(ひふみよいつむななやこのと)

▽屋根にぞ見へし人は瓦師←濡れにぞ濡れし色はかはらじ

▽待つは子達か御火焚ほしや←明日はお立ちかお名残り惜しや

明治時代のもの                         河竹黙阿弥

料理人  そこで跡の語呂は(なん)というのでござります。

宗 匠  お(かゆ)を待ち待ち(かま)(そと)(お前待ち待ち蚊帳(かや)の外)

船 頭  いや、こいつア意地がきたねえ語呂だ。飛んで奥前(最高点の次席)は何でござります。

宗 匠  田舎(いなか)(さむらい)茶屋にあぐら。

商 人  はゝア、死なざ止むまい三味線(しやみせん)(まくら)(なる)(ほど)こりやアものがいゝ。そして奥(最高点)は何でござりやした(ト宗匠明けて見やり)

宗 匠  角力(すもう)取りにて白藤源(しらふじげん)()、きのう堀(山野堀の舟宿)にて酢蛸(すだこ)で飲んだ。

船 頭  こりやア成程奥の点だ。

&因幡(いなば)小僧(こぞう)雨夜話(あめよばなし)

地名にちなんだもの

▽恐れ入谷の鬼子母神(近世) 

▽あきれ返ったもう帰ろう(近世)

▽甲府で近きは男女の仲(近代)

▽水戸のうわさも七十五日(近代)

▽すべってころんで大分県(現代)

▽僕は勉強秋田県(現代)

記念日創成

▽一月三日   ひとみの日

▽一月八日   勝負事の日(一か(バチ)か)

▽二月九日   ふぐの日

▽三月一九日  ミュージックデー

▽四月一八日  よい歯の日

▽八月一九日  俳句の日 などなど

広告キャッチより

▽コーコクとコーフクはよく似ている。/日本広告業協会 &『ms Sister』1996年九月号

 語呂を生かした宣伝文〔相合倶楽部、大正時代のチラシ〕

 

語呂合せ〔英単覚え〕 ごろあわせ/えいたんおぼえ 

英単語の発音を日本語風の〈駄洒落〉に置き換え、これに連想詞などを加えて覚えやすくした記憶術を〈英単の記憶法〉といっている。あまり実用的とはいえないが、中学生から大人まで楽しめる言葉遊びと割り切ろう。

【例】

英単の記憶法

▽とんでも八分、ネバー十分

▽寒い日は水も凍るど

▽番号はなんばー

ちゃーちな教会です

紅ふいと付けると若返りの利益

▽危険だからでんじゃねえ

▽黙ってろ口さえあけりゃシャレアップ

語呂合わせ〔外語入り〕 がいごいりごろあわせ 

〈外語入り語呂合わせ〉とは外語捩りの〈語呂合せ〉のことである。

外国語の入った語呂合わせなんて、難しくてとても……とチュウチョするかいな? だが発想を切り替えれば簡単。ほら、「飲みニュケーション」とか「I need 遊」なんていう、あれ。おもろく作れるのダ、シャーレで。

【例】

幻想作者の五六八       夢野久作

彼女はそこで二、三歩退いて僕の姿を眺めると腹を抱えて笑出した。

「ホホホハハハ……ハラショ……オーチェンハラショ……とてもよく似合ったわ。済まあしてんのねアンタは……盲啞学校の生徒さんソックリよ。ホホホホ。ハハハハ。……いいこと、アンタはザバイカル生まれのボジイ・ガルスキーって言う人よ。それから妾はプリアト、モンゴル生まれのナハヤ・ガルスキー……二人は夫婦なのよ。……いいこと……見てらっしゃい」 &『氷の涯』

マジな和製和訳語(ただし、外国では通用せず)

▽ノンステップバス→無段差バス

▽デイサービス→日帰り介護

▽スケールメリット→規模効果

 右に倣ってこんなのはどうだ、

▽スケールデメリット→烏合の衆

▽キッスミー、チューリップ 

フマジメな五六八                           荻生作

▽あなたはシャン、ソングがぴったり

▽ブラジャーの中のミルクタンク

▽目はトロン、()―ンと聞くや除夜の鐘

▽洒落くせえ、シャーラップ!

▽インサーテッド・スキンシップ 

 

語呂合せ〔漢字覚え〕 ごろあわせ/かんじおぼえ 

語句を漢字で表記する場合、語呂合わせの連想効果で記憶する方法がもっとも一般的である。

【例】

徳川一五代の将軍名

甲州高校良し先生始終小さい検定模擬

①家 ②忠 ③家 ④家 ⑤綱 ⑥家 ⑦家 ⑧吉

  ⑨家 ⑩家 ⑪家 ⑫家 ⑬家 ⑭家 ⑮慶

&『蛍雪時代』昭和二十八年十月号

京都の通りの名(北から順に)

丸竹夷二押御池 姉三六角蛸錦 四綾仏高松万五条

太町通り 屋町通り 川通り 条通り 小路通り 御池通り 小路通り 条通り 六角通り 薬師通り 小路通り 条通り 小路通り 光寺通り 辻通り 原通り 寿寺通り 条通り

&『漢字遊び』

 こんなアイデアも〔コバサンのブログより〕 

 

語呂合せ〔記憶法〕 ごろあわせ/きおくほう 

覚えておくと重宝する物事を、音通や語呂合せ、、あるいは視覚や連想などをよりどころに一つの概念としてとらえ、より長く忘れないように記憶する方法を「記憶法」といっている。

ここでは言葉遊びの要素を多分に含んだ、漢字・数字以外の〈語呂合せによる記憶法〉の例を示す。音韻捩りのこじつけが結構楽しめる。

【例】

生活慣用句より

▽尾崎谷口淵の上(防災の口承)

▽桃栗三年書き八年(一人前の記者になるには)

▽桜伐る馬鹿伐らぬ馬鹿(風流心の格言)

▽左ひらめに右かれい(似た魚同士の見分け)

▽船かげ三里、帆かげ七里(海上で見えなくなる距離)

語呂合わせ詞章

▽はじめチョロチョロなかパッパ(かまどでの米飯炊きの火加減)

▽キロキロとヘクトデカけたメートルがデシに追われてセンチミリミリ

折句体のもの

▽ハトガマメクッテパ(サラリーマンの必携品──ハンカチ・時計・がまぐち・万年筆・名刺・靴べら・手帳・パス)

▽煮物はさしすせそ(砂糖・塩・酢・醤油・味噌──の順に加えて煮ると上手に味付けできる)

 

語呂合せ〔数字覚え〕 ごろあわせ/すうじおぼえ 

数字を覚え込むには、数字の音読みを活用し、語呂合せにより弾みをつけて頭に刻み込むとよい。

この語呂合せは漢字の記憶法と並んで実用的な言葉遊びであるためか、きわめて広く応用されている。

【例】

電話番号

▽1530・6103→おーござれ、ムトウさん

▽2510・0489→にこっと、予約

▽0120・111608→いいいろ我が家

 いかがわしい語呂合わせ 

日本史年記

▽538年→お寺にごさんぱい仏教伝来

▽645年→無事故の世づくり大化の改新

▽1338年→いざ都へと足利尊氏

▽1603年→江戸にひろまる三河の家康

▽1716年→ひなんいろいろ享保の改革

地口行灯 じぐちあんどん 

〈地口行灯〉は白紙または白布を張った方形の行灯に〈絵地口〉を描いたものをいう。

宝暦(175164)頃出現し、往時の江戸に犬のクソほどあった稲荷社の例祭に飾られるようになった。初午(はつうま)の日など、たとえば絵馬の額に添えて「額のはじめは絵馬でもかくか」(箱根八里は馬でも越すが)といった地口が書かれている。あるいは、「とんでゆに入る夏の武士」(飛んで火に入る夏の虫)の文言を入れた地口行灯がみやげ物屋の店頭で売られた。

参詣人のほうも、境内に並べられた行灯の行列を眺め周りながら、この行灯は何の洒落だろう、などと考えながら当てるのを楽しみにしていた。

この地口行灯の絵地口を集めた冊子も少なからず出回っていたようだ。

地口行灯の例

 《参考》

初午稲荷詣地口   山崎美成筆

さてその行灯にかけるを絵地口とて、絵を専にして、まうづる人のあゆみながらよみてわかるをむねとするなり、豊芥蔵喜の小冊に、地口須天宝、鸚鵡盃、此言指南、地口春袋など、みな安永ごろの印本なり、その頃はやりしと見えたり、この地口にくさ〴〵野わかちあり、天神の手にて口をおさへたる絵にだまりの天神(鉛の天神)、団子を三串かけるに団子十五(三五十五)などいふは、

そのかみのさまをおもひやるべし、絵を半もたせたるは、又句を長くいひつゞけたるは、精霊のまことと(たな)(ぎよ)の坊様、見ればみそはぎ露がたる(女郎のまことと卵の四角、あれば晦日に月が出る)君が射すがた的場で見れば、ふだん尺二を射んなさる(君が寝姿窓から見れば、牡丹芍薬百合華)

&『三養雑記』巻一

 

地口落 じぐちおち 

〈地口落〉は落語の落の一種である。落語には十二種類の落があるそうだが、なかでも地口で噺を締めくくる地口落が最も多く、人気の中心だ。地口落ちの原質は、秀句系〈かすり〉の手法とされている。

なお例示では、落語以外の短文ものを紹介してある。  

 歌川国芳画其のまま地口 猫飼好五十三疋」。一見猫だらけだが、じつは東海道五十三宿場町名を地口に仕立てて掲げてある

【例】

伝承もの

▽「イヤ、お目出たう御座いッ」「イヤ、お目十一御座いッ」

▽「タコには足が八本もありやす」「イカにも」

▽「隣ン()に囲いが出来たってェ?」「へエ」

落し噺より㈠

(さぎ)(ぶり)                                     新場老漁

鷺海上を飛行に、羽つかれ、やすまんと下をみれば、何やら丸太のやうなるものあり、よきやすみどころと止りしに、丸太にあらで鰤といふ(さかな)なり、鰤大きにはらをたて、「鰤つけ千万な」といへば、鷺あやまつて、「まっぴら五位鷺ませ」 &『鯛の味噌津』

落し噺より㈡                                作者未詳

仕事師、婚礼の振舞に招かれ、支度をして出かける所へ友達来たり、「おのしやア帰る時のことばを知つているか」「いや知らねへ、教へてくりやれ」「必ずな、『お(いとま)申す』の『帰りませう』のといふ事は、きつい禁物だ、『開きませう』と言やれ」「ヲゝ呑込み山だ」と、かの座敷へ赴き、(なます)の九年母までしてやり、膳が引けるやいなや、しびれを切らし、「御亭主さん、わたしやア欠落(かけおち)いたしやす」 &『近目貫』祝儀

開化新聞記事より                               岸田吟香

あけぼの新聞ハ昨日から売出すと申す引札が廻ッたゆゑ、昼頃に薬研堀へ買ひに往と、ヘイ本局が駿河台でまだ刷り上て参りませぬ、大かた今晩までにハ出来上がりませうと思ひます、それじやアゆふぼの新聞と直に名を替へたのかネ、イエ日報社も前月の初めごろハ配達が翌日に成ッた事があッたけれど東京昨日新聞とも改名しなかッたそうで御座ります、口のへらねエ男だ、口の減らぬが新聞の種さ、口が減ると売れが減り升。&『東京日日新聞』明治八年一月三日

岸田吟(きしだぎん)(こう)(一八三三~一九〇五)は新聞記者。自家製目薬「精錡(せいき)(すい)」の販売も手がけた。

古典狂歌の地口落

 藤本由己▽夜目遠目けふりの中にみえさんすむかしはふかま今あさま山 &『万

 載狂歌集』巻十一

あけら菅江

▽水はなのたれかはせきをせかさらん関はもとよりつよき谷風 &『万載狂歌集』巻十五 

*谷風は四代横綱の谷風梶之助をもひっかけている。

加保茶元成

▽なみならぬ用事のたんとよせくれば釣にいくまもあら忙しや &『徳和歌後万載集』巻十 

新狂歌の地口落                               荻生作

    ノンポリ道

▽人の道右翼(みぎ)左翼(ひだり)もあるものかテナことこいてわたしゃ左党だ

    偶成

▽夜回りの拍子木高く寒を打ち石焼つられ「屁のご用心」

    メートル幻想

▽尺貫や差別用語がご法度で百貫デブは宙に浮きけり

 

しっぺ返し しっぺがえし

 相手が自分に不当な言葉を投げつけたら、相応の辛辣さで返す遊びを〈しっぺ返し〉という。立場が逆転し、自分が相手を侮辱したような場合も同じで、相応の切り返しを設定する。

 しかしここは遊びなので、肩の凝らないユーモラスな遣り取りに仕上げたいところだ。

 男は口をきくべからず。三人寄って、しっぺ返しは雨あられ  

【例】

夜空からお返し                          荻生作

深酔いし「ゴミ野郎!」と夜空の星々に毒づいたら、たくさんの星屑が瞬きつつ口を揃えて「お互いさま」

 

死絵 しにえ 

 「死絵」そのものは本来、人気のある文人、絵師、役者などが死亡したときに、追善のため似顔絵等を描き込んで売り出した画文の刷り物を指す。故人への供養を兼ねた洒落心の表意として、江戸時代から近代にかけてはやった。

 言葉遊びでは、本人が生前の死亡宣告を面白おかしく創作するのが常道である。

【例】

これがこの世のお名残

さて私事もとより老衰に及びますれば、皆様のご機嫌をも損なわぬうち、早よう冥土へ趣けと、これまでたびたび(ほとけ)菩薩(ぼさつ)の霊夢を蒙りますれど、さすがは凡夫のあさましさに、たつて御辞退仕りますれど、定業(じようごう)はもだしがたく、是非なく彼地(かのち)へ趣きますれば誠にこれがこの世のお名残……

&『寂光門松後万歳(「しでのかどまつごまんざい)』鶴屋南北作台本

鶴屋(つるや)南北(なんぼく)〔四代目〕(17551829)は江戸後期の歌舞伎作者。舞台構成の奇想と扇情的作風で鳴らした。普通鶴屋南北というのは四代目をさす。三代目までは役者、五代目は「孫太郎南北」と呼ぶ。その四代目が掲出の自作台本中で自分の出棺と葬式の段取りを折り込み観客の度胆を抜いた。代表作『東海道四谷怪談』や『天竺(てんじく)(とく)兵衛(べえ)(からくに)(ばなし)』で知られる南北は、奇抜な着想で舞台の演出効果を高め、見物客を大入りにする才能を見せた。この台詞も発表と同時に江戸中の評判となり、棺桶の()し物見たさに(みやこ)座に通う客も少なくない。客にすれば自分の冥土行きだと「縁起でもねえ」と青筋立てるが、他人の亡霊狂言ならゼニ払ってでも見たい。そんな野次馬根性を南北は見抜いて、揺さぶりをかけた。折もおり、こんな落首も。

   都座に過ぎたるものが二ツあり延寿太夫に鶴屋南北

南北は棺桶挨拶をしてから十九年目に不帰の客に。台本(ほん)の面白さで観客を飽きさせない、プロ中のプロであった。

 

洒落絵 しゃれえ 

〈洒落〉の精神を絵に描いた作品を〈洒落絵〉という。つまり洒落心の視覚化で、江戸時代にいくつ者試みが発表されている。

 たとえば次の引例。それぞれ百八十度ひっくり返してみると表情が異なって見える。作はいずれも江戸時代からの伝承である

 

洒落小唄 しゃれこうた 

地名入り〈洒落言葉〉を使い小唄仕立にした歌詞遊戯を、とくに〈洒落小唄〉と呼ぶことにする。

昭和も戦前期、まだ各地に八百八町の町名が残っていた頃の貴重な詞を紹介しておこう。もっとも現代では、往時の東京町名入り地図を紐解くしか理解のよりどころがないが。

【例】

滑稽銀座小唄                        江戸と東京作詩部

▽今日は『銀座』(銀行)の月給日

『八官町』(八貫)でウイスキー

飲んだたゝりでフイと消えた

     ×

▽金六町をふところに

 ふらり〳〵と銀ぶらしたら

『寿司屋横丁』をおごろうか

それが厭なら『稲荷町』

『だんご坂』なら安くてよいが

それも厭なら『肴町』

たかくて厭だが『鳥越』か

てなこと云つてたら懐中物が

フイと消えた。

   ×

▽好きな女と『双葉町』

 銀ぶらしながら

──お前の鼻は『天現寺』

 額が『高田』で眼は『深川』

 お負けに頬骨『富士見町』

 『亀戸』面が気に合はぬ。

──あんたの顔は『業平町』よ

後ろ『不動』で前『仁王』

横は正規の『人形町』

『馬道』面が厭になる。

 てなこと云つてたら

 横からスリがフイと消えた。(後略)

&『江戸と東京』昭和十年十月号

 

洒落言葉 しゃれことば 

 狭義の〈洒落〉、つまり言葉遊びにおける〈洒落〉は、〈秀句〉を母体として、江戸時代に大輪の言葉(ことのは)(ばな)を咲かせた。これまた〈秀句〉同様に裾野や関連した遊戯が数多い。たとえば「貧乏稲荷で取柄(鳥居)がない」のように、本来なら〈二段謎〉の仕立になるところを平叙としたものを〈洒落言葉〉という。この例では取柄がないと〈掛詞(かけことば)〉で受けて洒落落とす。掛詞は意外性のある(たと)えほど効果が大きい。 

 サツマイモ専門店「十三里屋」〔東京都品川区江南口〕看板に女性らは引き寄せられる。もちろん「栗(九里)(四里)うまい」の洒落言葉

洒落言葉は室町時代の〈やまと言葉〉を母体に、江戸時代には遊里界隈から普及した、一種の〈語呂合わせ〉遊びでもある。多くの俗謡や艶笑談に、この手の修飾的技法が盛り込まれている。現代でも新聞の見出しや広告文に散見でき、洒落言葉がたくましく生き続けていることを実証している。

なお洒落言葉は、上方では〈隠し言葉〉と称した。

【例】

近代小説より                           幸田露伴

ご本尊様の前の朝暮の看経(かんきん)には草臥を喞たれながら、大黒の傍に下らぬ雑談には夜更けるをも厭ひ玉はざるにても知るべし。と評せしは両親を寺参りさせをき、鬼の留守に選択する命じや、石鹸(シヤボン)(だま)泡沫夢幻の世に楽をせでは損と帳場の金を攫み出して御歯黒溝の水と流す息子なりしとかや。&『風流仏』第九

*文末、「御歯黒溝」とは吉原をさす洒落言葉。つまり放蕩息子を暗示して表現している。

伊勢桜

♪花の(さかり)を待ち兼ねて、月に指折る遅桜、憎や嵐のあてごとに、隔てられては誠も、嘘もなれば言訳泣くばかり、嬉し(かひな)刺青(いれずみ)も、仇墨と「今は伊勢路の神の(ばち)、一期見離すまいとの約束なれど、縁の切れ目は是非もなや、涙雨には西の雲、晴れぬ憂き身をかはゆがらんせ、誓文(せいもん)頼む。&『琴線和歌の糸』(寛延四年)

*切れた男への哀傷を伊勢桜に託す。伊勢桜は遅咲きで、伊勢道中の掛詞尾張を「終り」に引っかけた洒落。

水かゞみ

♪一目も知らぬ男なら、怨みも恋もあるまいものを、なまぜあふみの水鏡、映して見れば水底(みなぞこ)は、堅い堅田の石山と、きつう載せたに(わし)や載せられて、思ひ過しも我からさきの、一つ前帯しどけない(ふり)よ、「たとへあはづと三井寺の、かねて思ひ入る崎の、矢走も風の平良のが雪の暮、「誠なれどもいたづら(がみ)の、いふにいはれぬ世の中に、人の噂も七十五日、浮名気の毒山時鳥、はてさうぢやはえ〳〵、末は一つにもとの水。

&『琴線和歌の糸』(寛延四年)

*他人の口の端にされた二人の仲を、近江八景に事寄せて洒落て、心情の程を発露している。

ほれてかよへば

♪ほれてかよへば。なにこわかろふ。今よいもあをとやみの夜みちをくよ〳〵と。さきやさほどにも。おもやせないにこちやのぼりつめ。エヽ〳〵。あほう〳〵となくからす。

&『粋の懐』三篇、文久二年成

川竹

(がは)(たけ)の、うき名を流すとりさへも、(つが)ひはなれぬおし鳥の、中たつ月すごすごと、別れのつらさに袖ぬらし、ほんにしん気なことじやいな

菜畑(なばたけ)の菜畑の、ふきなを流す(せり)さへも、くわいはなれぬ口取(くちとり)の、中にはすすきすごすごわかめのつらさに袖しぼる、じつにひじきな事じやいな

&『明治流行歌史』

*第一節の「川竹」、第二節の「菜畑」それぞれの掛詞のもと、連想物名の縁語を配して主題に洒落のひねりを効かせ風情をたたえた佳作である。

三皷節

♪忠臣蔵ではわしやないが、雨が降るなら師直(もろなほ)で、風が吹くなら由良(ゆら)の助、仕事は千崎弥五郎で、縞の財布はお軽でも、私とお前は与市兵衛。

&『はやり唄変遷史』

 

洒落言葉〔江戸時代〕 しゃれことば えどじだい 

〈洒落言葉〉は江戸の庶民生活を飾る花、各種各様の〈洒落言葉〉がとびかい瓦版や摺り物に載せられた。その種類の豊富なこと、優に一冊の辞書ができるほどである。

ここで、関連する江戸語「洒落(しやら)(くさ)い」と「お洒落(しやらく)」についてふれてみたい。「洒落臭い」はおもに男が使う伝法言葉、「お洒落」は女がよく使った。ともに、おしゃれをする、の意のほかに、洒落た真似をする、小しゃくだ、といった意味もある。式亭三馬の『浮世風呂』は江戸俗語の宝庫で、この二語もまた使われている。

▽何の、しやらッくせへ。お(くし)だの、へったくれのと、そんな(あそば)(ことば)はみッとむねへ。ひらつたく(かみ)と云なァ。(二編下)

▽気を(くさら)したつてはじまらねへ事だ。なんでもこちとらは貪惜(とんじやく)しねへのさ。黒油でもなすつて、()う一ぺんおしやらくをする気だものを。嫁に行口(いくくち)があらばおばさん、仲人(なかうど)して(くん)なよ。鬼も六十、今が婆盛(ばばあざか)りだ(二編上)

【例】

人名に関するもの

▽ナニお気の毒の人丸様だ、イヤ四斗樽様が呆れらア &『東海道中膝栗毛』二編

▽サア〳〵一ツ(のみ)のすくねと出やうか &『にやんの事だ』

▽おめへなぜ今時分、きた山の武者所だ &(しげしげ)夜話(やわ)

土地・名所に関するもの

▽こいつは有難山の二軒茶屋 &富岡(とみおか)八幡(わかれの)(かね)

▽そうはとらの門のこんぴらだ &()()(かわ)夜船(よふね)

▽その手は桑名の焼蛤、四日市のつきゑゝだ &『品川楊枝』

▽二人は寝間へ()る間の月 &『きられ与三浮世講談』

その他

▽まあきさつし。入り口にたつて居ずと。花やの柳じやああんめへし。&『商内神』

▽雨やめた仏南無雨たい屈 &『長生見度記』 

▽おつとあやまり〳〵あやまりの和  &富岡(とみおか)八幡(わかれの)(かね)

▽蟻が鯛なら芋虫は鯨(伝承)

♪磯の鮑を九つ集めほんに苦界の片思ひ(江戸都々逸)

寝惚の狂歌                            町田存龍

江戸花川戸の渡しに吾妻橋を架けけるが、古来の仕来りゆゑ、渡しも不相変(あいかわらず)なさしめけるに、其後無用なれば、禁止すべしとの噂ありけり、寝惚先生(大田南畝)これを聞き

  あづまばし吾妻橋と書くからにわたしやお前のそばは離れぬ

と詠みける、其事たちまち役人の耳に入り、何れも皆大笑ひして、其評議は其まま立消となりける &『想古録』二七五話 

 洒落の謎絵で帯も解かそう、片思いの恋             谷之坊休甫

〔狂歌仙・京の鶯編、絵師未詳・享保十年〕                                               

  挑灯(てうちん)釣鐘(つりがね)()なふ(きみ)(われ)

    (なか)をあかさむ(かた)おもひ(かな)

上の狂歌一首に付いた挿絵である。担う釣鐘とその千分の一ほどの重さしかない提灯とが、天秤の両端で釣り合っている。それほど重い(思い)に大きな差のある恋心、という洒落を歌に託したわけだ。

 

洒落言葉〔近代〕 しゃれことば/きんだい 

近代の〈洒落言葉〉を探すなら古典落語をおいてほかにない。まだ江戸語の残影が尾を引いていて、なかなか味わい深いものがある。

【例】

古典落語よ

▽ヘヘエ、ゆんべはちょいと乙な二番目があったね(酢豆腐)

▽どうだよどころじゃない。「結構毛だらけ猫灰だらけ」だよ、おめえ (お直し)

▽とんだ尻腰(しつこし)のねえ野郎だ…(お化長屋)

▽チチンプイプイ 、ごようの御宝ときやがった(道灌)

▽ひとが悪口に(にん)三化(さんばけ)(しち)なんてぇことを言うだろう?(心眼)

開化都々逸より

▽切れた後でもその四五日は生木筏で木が浮かぬ

▽私の父さん天井の鼠引かにや食われぬ車曳き

 

洒落言葉〔現代〕 しゃれことば/げんだい 

洒落も数の比較で現代は低迷期にある。若い人たちは「言葉の洒落より身のおしゃれ」に傾いている。知人のスポーツ記者も嘆く、「見出しは卑近な駄洒落でないと、今時の読者には理解してもらえない」と。古来の本格的な洒落は通用しにくくなった、ということだ。

ただ、マスコミに登場する洒落はいまだ健在である。捻りが効いていて小気味よいものも少なからずあり、〈現代の洒落言葉〉とて捨てたものではない。 

 短く気の利いた洒落キャッチ〔ATOK広告〕

【例】

伝承の洒落句

▽坊主の鉢巻で、締まりがない。

▽一円玉で、飲んでもくずれない。

▽金魚のおかずで、煮ても焼いても食えない。

▽蛸のてんぷら野郎、揚げ足取るな。

▽材木屋の泥棒で、気取ってやがる。

▽テレビの料理番組だな、匂いもしない。

▽宇宙船のおならで、気が知れない。

広告キャッチより

▽油売ってもいいんだよ。/東和興産・人材募集 &『週刊ビーイング』一九九七年十一月六日号

▽芯が明治です。 星野仙一/明治大学・学生募集 &『読売新聞』2003年十月六日

▽1ミリタリーとも センチに近づくな!/&『アエラ』2003年十二月二十二日号

断章より

火傷を負ったときは、ただちに患部を水で冷やすこと。ただし、恋の炎だけは水を差してはいけません。余計に燃え上がりますから。

 

洒落のめし しゃれのめし 

洒落につぐ洒落を連発し、ときには駄洒落も交えながら、相手を煙に巻く遊びを〈洒落のめし〉という。

【例】

(まる)(ちん)口上

光陰は鉄砲玉より早く 明二四日は乃ち弊社が西郷べいの武威と共に珍聞を放り出したる一周年にして 号を重ぬる事看官(みなさん)の助郷を加へて東海道の五十三次、長の旅路の悪洒落は弥二北八も未だ見ぬ迷所究蹟の穴を穿(ほり) 趣向に手を(かへ) 品川よりとうと京までヤレヤレと 息杖さえ躓間(つくま)なく 手に底豆をこしらへて首を(ひね)った御蔭ヤラ 団団殖(だんだんふへ)花客(とくい)の数(つひ)に付録の小荷駄迄御厄介になる難有サ 其の御恵の露に依 明日開く一周宴会 (よつ)て社員一同御礼に一々伺がふ筈の処 何分変法磊(へんぽうらい)の顔色にて 御児供衆が驚怖(おびへ)なさると御気の毒様故 書の如く候 &団団(まるまる)珍聞五三号

*同紙創刊一周年の口上である。

 

重言 じゅうごん 

複合語や同義語を重複して用いることで、語調を整えたり意味を強めたりする修辞技法、また言語遊戯を〈重言〉という。ジュウゲンとも発音し〈重ね(ことば)〉とも別称する。

重言は文法的にみて表記の誤用であるが、言葉遊びにおいては、余計(ことば)を意図的に重ねておかしみを出す弄辞法として、平安時代から採用されてきた。われわれが日常何気なく使っている言葉にも重言がひんぱんに出る。たとえば「昼日中」「豌豆(えんどう)豆」「頭痛が痛い」「入梅に入る」「病みわずらう」「バスに乗車する」「不快感を感じる」等等(などとう)(これも重言)。なかでも「バスに乗車する」のように、字面(じづら)の重複でなく意味の重複が隠れている複合語の場合が重言を招きやすい。この場合は「バスに乗る」が正しい用法である。

逆に、「後で後悔する」「違和感を感じる」などの用法は、字面は一見重複のようであっても、傍線部が単一成語とみなしうるので、重言とはいえないのである。このあたりが日本語の難しさといえよう。

重言はまた、えてして〈畳語〉と混同されやすい。畳戸語のほうは「さまざま」「またまた」「はらはら」のような音重ねという点で、重言とはまったく別である。

 重言!それとも? この銀行の場合重言であると承知の上で使っている。なぜなら日本人向けには「シティバンク銀行」のほうが「シティバンク」よりなじみやすい言葉だからだ。

【例】

古典より

▽不定の定めなき(源氏物語・若菜)

▽おくれ先たつ道の道理(同右、柏木)

▽あすも御いとまのひまに(枕草子)

▽法験のしるし(古今栄雅抄)

▽雪のふぶき(四季物語)

&『瓦礫雑考』

*右例はいずれも自然な筆誤りであり、意図的な弄辞を意図したものではない。

口遊びの重言成句(伝承)

▽木曾の山なかの山ちゅうで、一人の武士のさむらいが、馬から落ちて落馬して、赤い真っ赤な血を出した(関東)

▽温泉のある湯治場へ行くと承り承知し(関西)

▽いにしえの昔の武士のさむらいが、往来道の真ん中で、馬から落ちて落馬して、女の婦人に笑われて、赤い顔して赤面し、恥辱の恥をかいたため、家へ帰って帰宅して、切腹をして腹切った(関西)

日常慣用句より

好物(こうぶつ)もの いつ何時(なんどき) 今日この頃 とっかえひっかえ 書面づら 怪談話 日暮れまぐれ (めかけ)てかけ 責め折檻 数珠(じゆず)(たま) 恨みつらみ 田夫野人の田舎者 巻紙の紙 夜更けさふけ 短気は損気 文士物書き 雨やさめざめと泣く 梅干婆アの(しわ)

*これらは慣用成句ではあるが、言葉遊びへの展開一つで妙味を発揮できる。

重言小咄

口上                                   新場老漁同じ事を重ねていふ者あり、ある時客に呼ばれ、又二、三日すぎて礼に行き、「この間の一昨日は参上いたして参りまして、種々いろ〳〵御馳走御ざうさにあづかりましてなりまして、その上又妻女房の方へも、おみやげの心付をおくり下され、かたじけなくありがたく、もつての外ことの外、喜びましてよがりまして、ござりましてあります」 &『鯛の味噌津』

 舌芸 ぜつげい 

大坂における〈絵口合〉は、明治時代になると〈舌芸〉という名のもとに細々と命脈をつないでいた。

江戸の〈絵地口〉は維新の頃すでに姿を消していたが、絵口合だけ日本社主宰ので生き延びていた。

【例】

「日本社舌芸会」作品

▽朝に見渡す浦の船←あたり見廻し由良之

▽牛に引かれて行くわいな←風に吹かれているわいな

▽比は弥生の舞子旅←奥はさわぎのたいこ

 

宝合 たからあわせ 

〈宝合〉は、愚にもつかない品を大の大人が宝物と称して持ち寄り、それに洒落を付会して優劣を競い合う遊びの会である。宝には各自の詞書やら狂文やらが付けられ、その出来具合を催主や判者が審査する。

江戸時代の純然たる言葉遊びを目的とした会合なのに、その名も内容もよく知られていない。牽強付会の度が過ぎて見過ごされてしまう例が多かったからである。

ここに、内容の全体像を伝える格好の資料がある。『新編稀書複製会叢書』第38巻「絵本・雛形本」、中村幸彦編、臨川書店刊(都立中央図書館蔵)がそれで、うち「解説」の一部に詳しい記述が見える。ただし全文は長いので、一部を次に掲げてみよう。

宝合の記

 本書は当年の粋士通客を以て自任せし江戸の好事家連等の催せし念の要りたる洒落会の記録なり。すなはち宝合せの遊戯として当時汎く知られたりしもの。時は天明三年四月二十五日、処は柳橋河内屋、催主は竹杖為軽、同好者を集めて洒落のめしの技を闘はしたる締め太鼓入り暢気の会合安永天明の天下泰平にあらざれば成立すべからざる遊びなり。(中略)本書の宝合せの遊びはまさに二度目の会合に相当す。最初のは安永二年二月四日、酒上熟寝が催主なりき。そは神仏の開帳に於ける霊宝拝覧の例に擬せしものなりき。従来高雅優美の遊びとして専ら上流社会に興行されをりし絵画合せ、菊花合せ等の催し振りを町家式、通人的にくだきて洒落滑稽を旨としたる競技会を催す折なりしが、宝合せの開会の如きは其主なるものゝ一なり。その時の会合を同志の蜀山人が『奴師労之(やつこだこ)』に、

  市谷左内坂の名主島田左内、酒をたしなみおもしろき男なりき、共鳴は酒上熟寝といふ、安永二年宝合といふ戯をなして狂文を書しことありき、牛込原町恵光寺に談義ありし時、此書院をかりて宝合をなせし時、長持に宝物といふ札をはりて恵光寺に運びしかは、皆人まことの宝物と思ひうや〳〵敷物せしに、あらぬ物どもなればあやしみてかへりしものもありき、此宝合の記一巻市谷左内坂富田屋新兵衛(曾尚堂といふ、狂名文屋安雄)板行にして世に伝ふ、今は此本すくなし、云々

と記し、更にまた「そののち天明三年万象亭竹杖為軽、両国柳橋の辺、河内屋にて宝合をなせし本三巻あり」と書き加えへたり。右の天明三年に竹杖為軽催主となりて河内屋にて開会したるものの記事即ち本書なり。此再度の宝合せには所謂通人粋客ら最も力瘤を入れしらしく、その証拠には瞽者にして学者たりし塙検校をも動かして序文を書かせ、其派の代先達蜀山人をして専ら肝煎らせたるにもしるけし。この際連判に列なり紙面々は/酒上熟寝、和気春画、古金見倒、山田百年、大根太木、四方赤良(中略)これらの各々が真面目くさつて洒落天狗の鼻を伸して衝突させ、「どんなものだい」と、拳固で鼻の頭をこすりし有様の本書によりて想見さるるも可笑し。

麒麟(きりんの)(つの)                酒上熟寝家蔵魯哀公(ろのあいこう)十四年庚申(きのへさる)西の狩に(りん)を獲たり、麟孔(りんこう)夫子(ふし)の時に遇給ハさる事をなげきて、なく涙は落て松露となり、角ハ落てさつま芋と変じたり、是角に肉あつて生物に触れざる形なるべし、此角琉球国より吾国に渡りしを持つたえ伝へて家宝とす

 宝合の宝物と蔵者(一部抜粋)

▽小野小町雨乞傘→長柄傘  油杜氏煉

▽業平迷ひ子の太鼓→芥川(*手の形をした生姜?)            よしの葛子

▽坂田公時枕→酒樽        相応内所▽神代の鉤→赤貝の貝殻   浦辺干網▽羅生門鬼の肉→朱肉       大原ざこね▽弓削道鏡溺器→土器の瓶 宿屋飯盛

▽伽羅の下駄→廓の駒下駄   宮重大根

《参考》

獏の□袋の記                        蓬莱山人蔵()

春過て夏木の芽さへとうにたち、菖蒲に近き六□万象亭のあるじ、雑煮にあらぬ柳ばしの辺りにて、くさ〴〵のたから合をなん催しぬると聞て、風雅の好人等、海底の黄金、深山の玉までを、そこはかとなく尋もとめて、もろ〳〵の宝を持しきたりぬ、予もあやしく此道にこゝろを通はして、華筵につらならむと携しは、みな様おなじみの、蜀の国の盧生が五十年の栄華の夢を、一ツ口にあらわへし、獏といふ獣の□袋にて、家に伝ふる事久し、

 

駄洒落 だじゃれ 

ある語句に音が似ているというだけで、同音異義の言葉を安易に引き合いに出す拙速な洒落を〈駄洒落〉といっている。

駄洒落は誰もがすぐに考えつき、洒落の形態としても単純すぎることから、口にすると軽薄な印象を与えがちである。したがって、人によっては駄洒落を言葉遊びと認めない。とはいうものの、TPOを心得た駄洒落なら、もう立派な言葉遊びであること、疑う余地はない。

 商売っ気したたかなブログ広告も 

【例】

古典笑話より

「また時雨(しぐれ)が降り出した。此下へお這入(はいり)なされ」「こりや傘じけない」 &『星取棹』当世咄初笑

駄洒落名酒録                                梅亭金鵞

喜次(みな)さまの御鑑定、是にて、とつくりきゝ酒(つかまつ)りまして御座います。()て、今日彼様に御集会ともしら梅で一人つ九年酒といたして居りました故、誠に泡盛をくひまして何様(どう)紫蘇(しそ)(しゆ)にも焼酎にも、(やもめ)ぐらしは手もまはらず、然りながら、(たま)(みどり)の御らい(りん)ゆへ、なにがなとぞんじ、戸棚を明けて三つ(うろこ)のところ、ひと彼方のすみ田川に到来の一瓶(いちべい)、お肴はなくとも、元よりみな内輪(うちわ)同然の中汲み、たゞ濁りのないところを御馳走とおぼしめし、足元も養老酒となるまでめしあがり、是は江戸一と御保命酒(ほうめいしゆ)にあづからば、私の身か孫古(まごこ)味醂(みりん)の酢へまでも、難有(ありがたう)塩醤油に存じ奉ります 茶め「イヨ〳〵、白ざけばなれの致した御挨拶、甘露(かんろ)(しゆ)にたえましたぞ 虚ろ蜜柑(みかん)(しゆ)があつて、十分の御口上ぶり、なか〳〵お(したみ)は置けませんツ へた「呑み口のまはり塩梅(あんばい)、徳利と聴聞(ちようもん)いたし樽わりのところ、此すへ一文もらひの(こも)ツかぶりと成り下がり、道楽寺(阿呆陀羅経)(さえず)つても、口過ぎは出来ると申します &(みょう)竹林話(ちくりんばなし) 七偏人(しちへんじん)

古典狂歌の駄洒落                          世入道へまうし

▽又六が(かど)ごくらくと聞くからにさかむに仏のいやたうとけれ 

&『徳和歌後万歳集』巻十四

「さかむに」は釈迦牟尼に酒無二の意をひっかけてある。一休詠からの本歌取

り。                                             (さか)(づきの)米人(こめんど)

▽つねは口をたゝき大工もはつ恋はいひ出んことのこっぱづかしき 

 &『万載狂歌集』巻十一

新狂歌より                                      荻生作

   弊政の政界

▽金蠅も真っ青なりや金権にバッジくたかる族のウジ虫

   十二月十四日の不公平に

▽無念首三百年(みももとせ)をもきられしを赤穂あこうと騒ぐなあほう

   アナログ専科

▽ウイルスを病原体と思い込む電算無知がコンピュレックス

古典都々逸より

▽丸い玉子も切りやうで四角ものもいひやうで角が立つ

▽美濃に妻持ち尾張に住めば雨はふらねどみのこひし

▽笛に育てた雌竹と雄竹早くふうふとならせたい

現代成句より

▽ヘボ医者にへっぽこ石屋

▽しゃらくさい洒落だ

▽韓国に勧告

▽ロシアの殺し屋は恐ろしや

▽新婚さんの蒲団が吹っ飛んだ

▽「ちんまりと可愛い奥さんだね」「うん、矮婦(ワイフ)だもの」

▽「アリババのおばさんの名前は?」「アリババア」

現代広告より

▽嫌煙の仲/営団地下鉄の禁煙ポスター

 ▽消毒はカラスがするカア/『アエラ』発売広告 &『朝日新聞』2004年三月十四日 

*当時は鳥インフルエンザ流行、感染カラスに寄せてのキャッチ。

 

駄洒落のめし だじゃれのめし

 駄洒落の連発を〈駄洒落のめし〉という。これでもか、これでもか…と、相手がうんざりするほど駄洒落に次ぐ駄洒落で攻めるのがポイントになる。

【例】

『団々珍聞』創刊一周年の口上

光陰は鉄砲玉より早く 明二四日は乃ち弊社が西郷べいの武威と共に珍聞を放り出したる一周年にして 号を重ぬる事看官(みなさん)の助郷を加へて東海道の五十三次 長の旅路の悪洒落は弥二北八も未だ見ぬ迷所究蹟の穴を穿(ほり) 趣向に手を(かへ) 品川よりとうと京までヤレヤレと 息杖さえ踵間(つくま)なく 手に底豆をこしらへて首を(ひね)った御蔭ヤラ 団々(ふへ)花客(とくい)の数(つい)に付録の小荷駄迄御厄介になる難有サ 其の御恵の露に(より) 明日開く一周宴会 (よつ)て社員一同御礼に一々伺がふ筈の処 何分変法磊(へんぽうらい)の顔色にて 御児供衆が驚怖(おびへ)なさると御気の毒様故 (かく)の如く候

&『団々珍聞』五十三号

酔心四句                                    荻生作

喜之句  乙姫(おとひめ)()いかで嘗めよか若布(わかめ)酒怒之句  乾き世ぞ気違ひ水に溺れけり

哀之句  ベンチ酒下物(さかな)(カア)の嬲り鳴き

楽之句  黄泉(よみ)往かば養老の滝実在(うつつ)なれ        

スイと出来ちまった。トックリご覧よ。

こちトラ、ノーメル文学賞に飲みねえと洒落たぜ。

前祝いに一献聞こし召そ、と。

なに、銚子にのって千鳥な、だと?

(つめ)てえ野郎だ、燗にさわらァ。

そこへ別ピン、呑口すぼめてくくみ酒、

ササ、も一杯(ひとつ)、へべれけれ。

杯ハイ

酌金取も、壜忙神も、宴魔さんも、酔ってらっしゃい

 

名化け なばけ

 人物や物事の名称をよく知られた他の言葉に置き換え、表現を強調したり彩りを添えたりする技法を〈名化け〉という。〈遠回し〉と似ているが、名化けは名詞だけを対象にした用語で、遠回しの一部とみなすこともできる。

 名化けの多くは、卑俗語を美化する、逆に一般語を卑属化するといった場合に多く使われる。前者の例として、鼠→梁上の君子、虱→千手観音、女給→ホステス→夜の蝶、初老の男→シルバーグレーなど。後者の例として、亭主→宿六、中高年の女性→オバタリアン、失業者→穀つぶし、など。どちらにも属さない名化けの例としては、大豆→畑の肉、生理日→アンネの日、酒好き→左党→三河屋党などが挙げられる。

【例】

ゴルフコンペ優勝祝辞、幹事より                   荻生作

優勝おめでとう。

決め手は18番ホールでのバーディ

ノーズロでお入れなすった。

さすがに好き者は違いますなあ()

さっそく19番ホール

祝杯といきましょう。

*例文の下線部用語解説  「ノーズロ」とは品のない言葉だが、チップイ(アプローチでグリーン外からカップへ直接入れること)のことで、アマチュアゴルファーが用いる俗語。「好き者」とは、好色者を指す一般的な呼称で、この場合は仲間への親しみが込められている。「19番ホール」は、コンペ打ち上げ後の懇親パーティを指す。いずれも仲間に通用する言葉を冗談混じりに用い、雰囲気を盛り上げている。

 

へらず口 へらずぐち 

相手の発言に対し、負け惜しみやはったりを口に出すことを〈へらず口〉という。〈まぜっかえし〉とは姉妹語関係にある。

ヘらず口は一般に社交辞令に反するとして嫌われるが、言葉遊びではテーマを決めてグループ対抗の創作遊戯とする。明治時代に紅白の組に別かれ、公開討論形式で審査員判定により優劣を競い合った例が報告されている。

【例】

古典笑話より㈠

研屋に、ある小名の刀をあつらへ、程ふりてのち宿をとひ寄られければ、「お目にかけん」と持ち出でたり、さっと抜き、見る見る、「さてもあら下手や、あたら(ひと)(こし)をすてたよ」と腹立(ふくりふ)し、小姓に渡さる。亭主赤面しながら(かど)送りして、かの(たもと)をひかへ、「殿様は私をさんざんに仰せ候が、下手がこれ様に大きな家をもつものでござるかや」 &『醒睡笑』巻一

古典笑話より㈡

花見の興の帰るさも、たそがれ時になりぬ、道のほとりに、人の立ちたる姿ありければ、頭を下げ手を合せて礼をする、つれの者、「あれは石塔なり」といへば、かの人いふ、「当世はあれ(てい)の人にも礼をしたがよい」と 

&『醒睡笑』巻二

古典笑話より㈢

湯にてのへらず口    柳下亭種員うかつなる人、湯へ入るとて、頭巾(ずきん)足袋(たび)をはきながら裸になりて、流しへ出る、湯屋の亭主「それ、足袋を脱がしやれ」といふ、「いや、すべるによって履く」といふ、「頭巾はいかに」といへば、「湯舟の上から露が落ちる」と &『はなし大全』上

古典落語「たが屋」より

二本差がこわくって、でんがくが食えるかよ。気のきいたうなぎを見ろい、四本も五本も差してらア。そんなうなぎをうぬらはくったことがあるめエ。斬るってんなら、ドッからでもいせいよくやってくれ。斬って赤くなけりゃ、銭はもらはねエ西瓜野郎てんだ。さあ斬りやがれ。&『古典落語』

へらず口の一口応酬

▽「屁をこいたな」「屁も一芸、臭けりや二芸」

▽「客の入りがさつぱりだ」「閑古鳥が鳴いてるか」

▽「うまくいくといいが」「そうは烏賊(いか)の金玉かもよ」

 

帆書き ほがき 

 開いた唐傘の絵の両脇に男女の名前を書き込むいたずら書き。〈相合傘〉〈相思傘〉ともいっている。

【例】

帆書がまさしく絵になった!

 相合傘で隅田川の土手を行く二人〔『江戸生(えどうまれ)(うわ)(きの)(かば)(やき)』より、山東京伝作・画〕 俳人其角の雨乞い発句で知られた向島・三囲(みめぐり)神社前の風情。艶二郎にはいわゆる伝家の京伝鼻が描かれ、しどけた女の腰巻と同様にだらしなく浮名の褌を垂らし歩きしている。

 

まぜっかえし 

相手がしゃべったことに口を挟み茶化すこと、およびその言葉を〈まぜっかえし〉という。(くち)(すさ)び(早口系)の一種で、打てばひびくような即応性が求められる。

現代でも「人の話をまぜかえす」などといって、社交上あまり感心したものでないとされている。これは親しい間柄でこそ通じあえる冗談であり、時と場合を誤ると相手を怒らせることになりかねない。

【例】

伝承のもの

▽「あい」「藍は紺屋(こうや)にござります」

▽「ありがたい」「蟻が鯛なら芋虫は鯨」

▽「いかにも、左様」「烏賊(いか)(さま)(たこ)様、(とと)様、(かか)様、真っ逆様」

▽「したり、さすが」「いやさ春日の大明神」

▽「どうなった、こうなった」「どうめえった、こうめえった、隣の婆さん茶アめえった」

▽「どこだろう」「どこぞの達磨なら縁の下」

▽「やかましい」「()かまに()かまは十二かま」

現代のもの

▽「そうか」「草加は千住のもっと先」

▽「うそをついたな」「うそを築地の魚市場」

▽「きたない」「北がなけれれば東西(とうざい)(みなみ)

▽「ありがとう」「蟻が十ならみみずは二十(はたち) 

 

無駄口 むだぐち 

〈無駄口〉は〈軽口〉と同じ内容の遊びである。ただ、無駄口のほうがいくぶん遅れた発祥で、流布の範囲も広いか。

【例】

伝承のもの

▽いやじゃ有馬の猫騒動

▽敵もさるもの引っかくもの

▽麻布生まれで気が知れぬ

▽頃は義経五条の橋

▽死んだ猫の子でにゃんとも言わぬ

滑稽本などより

▽これは御礼で伊丹諸白 &『辰巳之園』

▽おつと皆まで書くに及ばず、うけとり兜だ &『文武二道万石通』

▽今時の傾城に誠ないとは嘘さ、誠も少しはありま山 &啌多雁取帳(うそしつかりがんとりちやう)

▽そつちへしまつておきな草 &『遊子方言』

酒に関する無駄口(伝承)

▽あかんべい百杯なめろ

▽伊丹諸白で礼申さう 

▽大きに酩酊の常明灯(じやうみやうとう)

▽お銚子様はまづまづこれへ

▽ぐいち粕酒髭につく

▽これから酒の壇ノ浦

▽酒に酔つて(くだん)の如し

▽どうした拍子の瓢箪やら

▽なるほど南蛮酒の粕

▽飲みすぎの毘沙門(びしやもん)

 ▽飲みの宿禰(すくね)でま一杯

▽のんだる達磨(だるま)の縁の下

▽瓢箪口ァ詰まつた一升徳利ァ空いた

▽酔つたは這つたの半分

 無駄口のシンボルマークらしい 

 

無駄言葉 むだことば

 文字通り無駄な言葉をいくつも羅列し、おかしみを演出する遊び。〈重言〉とは姉妹関係にあるが、〈無駄言葉〉のほうが付け足しであることがはっきりとわかる。

【例】

千鳥足の酔漢に寄せて                        荻生作

めろめろに好きな娘に振られてよ

ヤケのヤンパチ酒をあおって

ベロンベロンに酔いしれ

「世の中もう目茶苦茶だ

おれはハチャメチャだ」と

口から吐く愚痴しどろもどろ

挙句の果てに酒だ、酒、酒

やっとこさっとこ立ち上がり

あっちへよろよろ

こっちへよたり

行きつ戻りつ千鳥足

ああ千鳥足

 

弄辞 ろうじ

 ある主題にかかわる事柄について、言葉=言辞を必要以上にいじくり回し文章を派手に展開していく技法を〈弄辞〉あるいは〈目茶言葉〉という。これは特定の遊戯法を指したものでなく手法としての総称である。

 弄字を用いるには、いくつもの文彩テクニックを身に着けて使いこなさなければならない。また弄辞を使うことで、いろいろな要素が入り乱れるため、短い文章でありながら多弁になってくる。そのため、メッセージ全体がばらばらにならないよう、文脈がぶれないよう、主題に対する「不即不離の原則」(付かず離れず)を意識して、互いにしっかりと繋ぎ止めておく必要がある。

【例】

クリスマスのメッセージ、ポン友へ

荻生作

街じゃジングルベルどもが吠えている。

カネの音は借金取りの催促のようだ。

 寒空に空の財布かかえて

 メリー・クルシミマス、だよ。

 *クリスマスを主題に、祝ったり騒いだりする気になれない貧しい若者の姿を描いてみた。各行に右から無生

 物を生物に見立てた擬態化、次にせわしなく鳴る鐘の音→借金取りの催促という相似連想、三行目はソラとカ

 ラをダブらせた結び付きの喩え、最終行は発音を似せて遊ぶ駄洒落、といったテクニックを開陳している。

 この絵を一言で言うなら、中国風にダジャレて「尻牝裂(ケッピンレツ)」だ