歴史ある言葉遊びではあるが、近年はマンネリ化して人気が停滞気味にある

9 謎なぞ系 なぞなぞけい

 

ある事柄を答として用意しておき、それを隠蔽した問を相手に発して、推察により答えさせる遊びを〈謎なぞ〉と総称している。言葉遊びの中では歴史が最も古く、「何ぞ何ぞ」と問うたのが語源。この謎なぞ遊びをすることを「謎をかける」とか「謎をたてる」とう。

謎なぞというと、世界的に古代ギリシヤのスフィンクスの故事がよく知られているが、わが国では奈良時代に中国の字謎に(なら)ったものが起源。その頃の謎なぞは、言語遊戯というより、むしろ俗信()()に近い存在であった。

『古今和歌集』には〈(ものの)名歌(なうた)〉が何首も見えるが、これらも謎なぞの延長線上にある。平安中期には、和歌に限らず物語にも謎なぞ遊びが散見でき、民衆の生活にもこの遊戯がしっかりと根を下ろしていたことがうかがえる。

中世、連歌の一技法である「賦物(ふしもの)」が形作られ、そのさいいくつか謎なぞも併行し誕生している。 謎なぞ作者も中世までは貴族、僧侶や連歌師といった特権階級に属する人たちであったが、近世に入ると、謎解き坊主や咄家を中心に町人文化の擁するところとなった。

  こんな江戸笑話がある。

「謎を四割八分(勝つと五倍になる賭け)で胴をとろふが、張るか」「こりや珍しい。題を出しちやれ」「ぬらくらして長いものは」「鰻であらふ」と、一両張る。「南無三、しめられた。それでは又ふせるぞ。ぬらくらして長いものは」小首をかたげ、今度は五両出して、「蛇であろうが」「オット、鰻のつらでござい」

これは明和九年刊『楽索頭』のうち「謎」と題したもの。先にわざと負けで五両損しておいて、結果は二十五両、実質二十両を巻き上げてしまう職業賭博師の手口を示し、落語のネタにもなった。

謎解きも他の言語遊戯と同様に、曖昧なこじつけが多い。この非論理性が謎なぞをより興味深いものにしている。しかも謎なぞ遊びは人間の知的欲求を満たすだけでなく、答える側においても、意外性や洒落の持ち味を発揮して笑いの質を高める。

ときに、現代語で「謎」と一言で言いきった場合、とたんに語義が広まってしまう。この一語のうちには「の女」とか「めいた微笑」といったような、言語遊戯に止まらず、一般語領域にまで意味が拡散する。これでは言語遊戯用語としての使い方が曖昧なものとなり、はなはだ不都合だ。そこで、言語遊戯上の狭義の言葉として用いる場合は、昔から畳語慣用してきた「謎なぞ」を使いたい。「謎なぞ」ならば、謎なぞの二本柱である〈二段なぞ〉〈三段なぞ〉を中心に、せいぜい〈隠語〉〈無理問答〉〈考え物〉程度まで、謎なぞ系の言語遊戯の範囲内に用語を膠着させられる。

なお、文字に関する謎なぞは〈字謎〉として「文字遊び系」で扱っている。

 《参考》

第百三段                                吉田兼好

大覚寺(だいかくじ)殿にて、近習(きんじゆ)の人ども、なぞ〳〵を作りて、解かれけるところへ、くすし忠守(ただもり)参りたりけるに、侍従(じじゆうの)大納言(だいなごん)公明(きんあきら)卿、我が朝の者とも見えぬ忠守かなと、なぞ〳〵にせられけるを、(から)医師(いし)と解きて笑ひあはせられければ、腹立ちて退出(まかりいで)にけり &『徒然草』

 

9 謎なぞ系の目録(五十音順)

葦手絵     

謎なぞ〔口切り文句〕

当嵌め暗号

以心伝心

隠句

隠語

うっちゃり謎

絵付き謎なぞ

艶笑謎なぞ

小野篁の難問解き

 炎文

考え物

考え物〔問答〕

『聞はつり』

『後奈良院御撰何曾』

鞘絵

三段なぞ

質問攻め

競合い問答

禅問答

継句

尽し絵

同音謎

同字一色

謎歌

謎掛け唄

謎詰

謎解き坊主

謎なぞ語り

謎なぞ〔近代〕

謎なぞ〔現代〕

謎なぞ〔伝承〕

謎なぞ〔賦物仕立〕

謎なぞ 落穂拾い

謎なぞ集

『謎乃本』

二段なぞ

挟詞

判じ絵文

判じ物

判読考物

一口ばなし

一口問答

福引

福引

枕隠句

無理問答

目付字

文字列謎

野馬台詩

 

葦手絵 あしでえ 

「葦手」とは平安時代の戯書画のことで、なかでも水辺の葦引き草叢に草、岩、松等風情に富んだ点描を添え〈判じ物〉としたものが〈葦手絵〉。〈水手〉〈葦手書〉の別称もある。時代背景を反映させ解を和歌に求めたものが多い。

『遠碧軒記』下巻に次の文言が見える。
 古代の硯箱なとにある古歌の体を蒔絵に

 かき、歌を大抵にかきて、画にあること

 は絵にもたせて、かゝぬ法をあし手がき

 と云

【例】

 

当嵌め暗号 あてはめあんごう

暗号は通信内容を部外者に秘匿する目的で考案されたもの。その種類は、最も単純な〈当嵌め暗号〉から高速コンピュータを駆使したものまで多岐にわたっている。

暗号そのものが一定の法則に従い言語を操作した結果生じる論理記号である以上、言語操作そのものである言葉遊びとは縁辺関係にある。暗号は理詰めの産物、との印象が強いが同時に、言葉遊びの妙味をもそなえている。ここでは最も単純な当嵌め暗号の古典作品を一例だけ掲げることにする。

なおパソコンを使うと暗号遊びの領域は広がるが「紙と鉛筆があれば楽しめる」本来の言葉遊びに外れるので対象外とする。

【例】

字変四十八字の法(戦国時代)

いろは四十八文字と縦列、横列各数との組み合わせに基き伝言を数字で表記する。替え字暗号(当嵌め暗号)でもごく初歩的な手法である。

  ↱  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

   例  原 文……と よ   と  み (豊臣)

    暗号文……一七 三一 一七 六 

 

以心伝心 いしんでんしん

 しゃべったり通信したりといった手段を使わなくとも、態度やしぐさでそれとなく本意を相手に伝えることを四字成語で「以心伝心」という。この意味を言葉遊びではより拡大解釈して、例文にみるように、メッセージ中の謎かけキーワードだけで意思を伝える遊びに転用している。すなわち〈以心伝心〉では、自分の口からは言い出しにくいことをあえてぼかして送り、相手に察知させるという手の込んだ方法をとることになる。

【例】

父親へ、息子からおねだり                                           荻生作

親父どの、手紙に「トッポイ」とか

「ゲルピン」とかあったけど

昔言葉じゃ意味がわかんねえよ。

で、ですね。今年の夏はバイトが少なく

しおたれています。

お脛を少々かじらせてください。

*六行メッセージの前半は親子の馴れ馴れしい言葉で示し、後半、改まった態度で無心を申し込んでいる。

  そして結びの一行が以心伝心の殺し文句となる。

 

隠句 いんく 

言外に別の意味を含んだ俳句または川柳を題として掲げ、これの題意を物名(もののな)のように敷衍(ふえん)して解くものを〈隠句〉という。早い話が謎なぞ式十七文字吟といったところで、分類上は〈考え物〉に属する。

隠句には通常、ヒントとなる文句か駒絵が付けられる。たとえば、

 夕立ははるか下なり富士の山 〔着類〕

では、解く人は句意から「裾催う」を連想し、ヒントとして示された〔着類〕によって「裾模様」であることを確認、解とする。

隠句といえば、天保十五(1844)年行の『狂句隠句 種ふくべ』が代表的存在である。これは狂句(当時の川柳の別称)宗匠、三友堂益亭が弘化三(1846)年までのわずか三年間に十八集も出した当たり本で、収載数も他書より抜きん出ている。

隠句の創作はことに川柳子等に人気があり、明治・大正時代に下っても衰えることなく作られた。

 『たねふくべ』初編〔三友堂益亭編〕は狂句や隠句の宝庫

【例】

江戸時代のもの

▽逢う夜半は鐘も烏も恨みなり〔百人一首の下句〕

 解  なおうらめしき朝ぼらけかな

▽稲妻やいずくの果も作のよさ〔刀銘〕

 解  来国光=雷国満つ

▽銭無しを担いで駕籠屋腹を立ち〔武者考〕

 解  薩摩守忠度=只乗り

▽孟宗のほか竹の子は何ならん〔虫三考〕

 解  蜂・蜘蛛・蟻=淡竹(はちく)も有り

&『種ふくべ』

▽幼子はやつと覚えし筆づかひ〔魚一つ考〕

 解  金頭=仮名頭

&『かわらばん』

近代のもの

▽下馬札に外国人は是非もなく〔古人名一〕

 解  小松内大臣=駒繋いだ異人

▽書生の衝突鼻息でランプ消え〔車夫の符丁二〕

 解  ヤミにロンジ=闇に論じ

▽あの人が来ても言つては(いや)ですよ〔県名四〕

 解  三重、滋賀、岩手、大分=見えしが言はで置いた

&『日本文学遊戯大全』

 

隠語 いんご 

言語遊戯でいう〈隠語〉は、一般にいう隠語とは意味が異なる。一般の隠語は、僧侶や香具師など社会の特定集団の仲間内だけで通用する隠し言葉で、たとえば「サツ」「くノ一」「ヤマ」などが知られている(もっとも隠語は巷間に使われた時点で「俗語」と呼び名が変わってしまうが)

いっぽう言語遊戯でいう隠語は、二音以上から成る語を形質推理や加減操作などにより、言外に含まれる特定の意味を推察する遊びを指す。

どういうことなのか、「牛のつの文字」として知られる故事を引いて説明してみよう。鎌倉時代は後嵯峨天皇(122072)の皇女延政(えんせい)門院がまだ幼かったころ、仙洞御所へ参じる者に次の一首を詠んで伝言を託した。

二つ文字牛の(つの)文字(すぐ)な文字ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる

と。この歌から語なぞが隠されていることはすぐ察しられる。

 これを解くと、二つ文字=「こ」の字、牛の角文字=「い」の字、直な文字=「し」の字、(ゆが)み文字=「く」の字。つまり「恋しく」思っている、との父帝を慕う隠語である。まだ幼少の皇女が詠じたおませな歌ということで、いらい牛の角文字は内裏において「恋慕」を代弁する隠語に用いられるようになった。言語遊戯の隠語は、こうして初歩的な暗号として使われ始めた。

 なお、隠語の題そのものが十七文字で表される場合は、隠語といわずに〈隠句〉と呼ぶことになっている。

【例】

文字増減の考え物                                               海賀変哲 

ある人が山寺に行ったところ、炉のそばに狸の頭ばかりあつた。解は、(あま)

「たぬきのあたま=タぬきのアマ」だから尼。文字増減の考え物である。

&『日本文学遊戯大全』

頓智洒落の考え物                                                海賀変哲

ある女中、夫人の使いで髪結い床に三度まで催促に行つて帰つてきてのことばに、「何分この色と、この色と、この色とで御ざいます」といつて紺屋(こうや)の色本を出し、そのうち三種だけ指した。何の意味であろうか。

解は、黄茶紅=来ちやくれない。

頓智洒落の考え物、といつたところである。

&『日本文学遊戯大全』

 

うっちゃり謎 うっちゃりなぞ 

あたかもきわどい解に誘いこむような謎掛けをしておきながら、じつは何の変哲もない解を用意しておく技法がある。言語遊戯ではまだ適切な呼び名がないので、仮に〈うっちゃり謎〉とでもしておこう(文彩では〈誤解誘導〉という)

当然、掛け詞のほうはバレじみたものとなるが、トリックによりもたらされる帰結の意外性が受けこの種の遊びが少なくない。

【例】

伝承のうっちゃり謎

▽あおのけになってしがみつき、腰に力を入れて持ち上げるものナアニ? 四ツ手網

▽一つするとよろこんで「ま一つしなされ〳〵」とせがむものナアニ? おとし咄

▽ひめごぜがまたを広げ大きなものを前にあて、ひちや〳〵する物ナアニ? せんだく

▽ぬっと入れて突きさへすれば、白いものがぬら〳〵と出てくるものナアニ? 心天(こころてん)

▽「マア一番させ」といふ、「もういやじや」といふても、「ぜひにさせ」といふものナアニ? 将棋

現代のうっちゃり謎

女にあって男になく、レンコンにあってゴボウになく、五円玉にあってお札になく、うどんにあってマカロニにないもの、なあに? 「ん・ン」の字

 

絵付き謎なぞ えつきなぞなぞ 

挿し絵や駒絵に詞書(ことばがき)を入れた謎解きものを〈絵付き謎なぞ〉と仮称しておく。

江戸時代、この種の絵本が氾濫。これも下世話な下ネタが目立ち、暇つぶしの娯楽に買う者がひきもきらなかったようである。

【例】

 たからぶねトかけて 女郎の手トとく こころはまくらのしたへいれる 

&『黒繻子の帯』

謎解き川柳

右上文言  こん礼ハかまどの元の火ふき竹──ふうふとなる

右下      しやれ好きなふうふねどこでびんぼ質──入レたりだしたり

左上      忠臣のかゞミの裏に天下一──楠大石となり

左下      ほどのよい女ひりきのたハらもち──させそふでさせぬ

&『瓢金福寿草』

 

艶笑謎なぞ えんしょうなぞなぞ 

〈艶笑謎なぞ〉は下ネタを謎解きに仕立てた大人向け遊戯で、三段なぞが中心。別に〈バレ謎なぞ〉ともいう。

【例】

江戸の艶笑謎なぞ

▽十六七の娘とかけて 大店の商いと解く 心はもうけ()があろう

▽太閤様とかけて ごくいい女と解く 心はみんなしたがつた

▽なまけ者とかけて ふりまらと解く 心は毎日ぶらぶら

▽平家の大将とかけて 銭いらずのオソソと解く 心はただ乗り(忠度)じや

▽へ()んずりとかけて 早打ちの乗物と解く 心はかいて飛ばす

&以上『塵塚談』ほか

大坂の艶笑謎なぞ

▽酒飲みの怒り上戸とかけて よふおゑたヘのこと解く 心は堅ふなつて筋がたつ

▽豊年の百姓とかけて 荒鉢の味わひと解く 心は刈()入れたらもふよい

▽旦那の放埓とかけて 金玉の当るのと解く 心はたまがぐれぐれする

▽角力の評判とかけて ぼゞしているの立聞きと解く 心は組んで揉みあふのをうつゝになって聞く

▽芝居の大入とかけて よふがつている女と解く 心は押されてもがいてゐる

&『大寄噺の尻馬』

都々逸艶笑謎なぞの傑作

宵にや横夜中まともで明け方ごろは後ろからさす窓の月

*月明りのさしこみに仮託して房事での体位の変化を品良く詠みあげている。見方を変えると、〈うっちゃり謎〉の技法をも用いていることがわかる。

 

小野篁の難問解き おののたかむらのなんもんとき 

小野篁(802852)は、当世風に言うならパズル解きの天才であった。彼の出自や略伝は有名なのでさておき、遣唐副使に任命されたほど才知豊かな学識官吏であった。が、「野相公」の(いみな)や「野狂」の仇名を付けられているように一徹な直言居士という性格がわざわいして出世しなかった。

こういう型の人によくある逸話もついてまわる。そのうちのいくつかが、平安中期に編まれた説話集『江談抄(ごうだんしよう)』に収められている。同書第三巻四二に「嵯峨天皇の御時、落書多々なる事」の一条が設けられ、天皇が理由(わけ)有りの篁に示された難問や落書(今でいう投書か)あわせて九問を彼が解き明かした話を伝えている。うち三問を筆生の注釈(*印以下)入りで紹介する。

 嵯峨天皇の御下問「この文読むべし」

 一伏三仰不来待書暗降雨慕漏寝

*篁は和歌で次のように読み下した。

  つきよにはこぬひとまたるかきくもりあめもふらなんこひつつもねん

難字解き

 二巾口月八三 解→市中小斗ヲ用ヰル

*篁は中央に線を引いて読む、「市中小斗ヲ用ヰル」と。くだいては「(いち)は小さな枡を使っている」と。『法華経直談鈔』なる典籍からの文言

謎句解き 

 木の頭切れて、月の中()

*木の頭を切ると「不」、月の中を割ると「用」、あわせて「不用」と解した。唐よりの懸想文を断るのに誰ぞが用いたとか。

 

火炎文 かえんぶん 

一見しただけでは意味をなさない文字列を、ある法則のもと図形化して繋げると意味をもつ語句に変化するものも、広義には〈判読考物〉に入る。うち判読した文字列の形があたかも火炎状になっているものを〈火炎文〉と称している。現今にいう〈アナグラム〉の日本版とみてよい。

火炎文は「野馬台の狂詩」に見るように漢詩文の言語遊戯から派生したもので、和文では次のものが知られている。

 け ─ い ─     せ ─ は  レイアウト崩れ

          

 や ─ か        を。 

                      

 つ ─ は    む ─み   お

                 

 と ─ ひ ─     つ ─ の

   古池や蛙とびこむ水の音   はせを

【例】

 

 

考え物 かんがえもの 

ある課題に対し頓知を伴った推理で解き明かすものを〈考え物〉または〈考物(こうぶつ)〉という。現代のクイズやパズルもこの仲間考え物は謎なぞの主幹から生成した枝脈の一つ。言い換えると、言語遊戯でいう謎なぞ系のうち狭義の謎なぞを除いた、広い範囲にわたる遊びを総じて考え物と称している。

しかしこのままだと考え物の範囲は手の広げすぎとなって、用語整理のうえで不都合が生じる。そこで本書においては、とりあえず狭義の考え物に対象を絞り込み、次のものは考え物としての用語から外すことにした。

  判じ物

  隠句

  文字遊び系に属する考え物

上の①~③は、それぞれ独立した呼称をもたせ別項立とした。

昔の考え物は願人坊主らが門付で広めたものが多く、『守貞漫稿』に次の記述が見える。

今世江戸願人坊ト云乞丐僧往々左図ノ類ヲ小紙ニ印シ、門戸ニ投ジ、再ビ来リ「アゲオキマシタ考ヘ物」ト云アリ。(*図は略)此考ヘ物一ノ字ヲ一人ニ判ズルニ、此一ノ字ハ小僧也。其意ハ心棒スレバ十字ニナル。乃チ辛抱スレバ住持ニナルニ通フ。十字住持、心棒辛抱トモ音近シ。

願人坊主は僧形の乞食で、愚にもつかない占いやおみくじで俗信を広め歩いた。一方では、上例のように、言葉遊びの普及に片棒を担いだのである。

 願人坊主 Wikipediaより

【例】

手紙に苗字隠し                                                 一筆庵主人

「隠居さんこんな判じ物を貰ツて来やした、苗字尽しの考へものだとサ」

今朝は御住持様御在宿に而御目に係り長座御退屈と奉存候木立之祠之取急候心願成就致候得者五斗俵立派に差上可申候偽りにては無御座候 以上

  八月十五日   無縁寺様    雷電為右衛門

苗字二十の考へ

隠居「苗字二十の考へサ。よしか今朝は御住持様で御ざい宿は浅田浅井ヨ。御住持は北条(方丈)だらう。御在宿は内田サ。御目に懸りあふた(太田)サ。違へあるめへ。長座御退屈はながゐ(永井)にあきた(秋田)ヨ。木立の祠は森に屋代だらう。取急ぎはせき()ヨ。心眼成就致し候へばは加納()だらう。五斗俵は太田原、立派は伊達サ。差上申すべくはしんじやう(新庄)サ。偽りにてはござなく候が本多だらう。八月十五日は秋月秋元で、雷電は大関サ。そして勝田ヨ。無縁寺様が回向院だから本庄(本所)に寺田ト、それ苗字二十はどうだ」 

&『稽古三味撰』中

アタマで推理

金持 いつくしみ 原野 廉価 ふえる

 右の同義語を考へ、その頭字を順次に読むと高山の名になるのは何々か。

()

ふ 富者(金   持)

じ 慈愛(いつくしみ)

の 野原(原   野)

や 安い(廉   価)

ま 増す(ふ え る)

&『巧智文学』

匡房書状の和歌詠替え                       和田信二郎

寛治元年(1087)堀川店の魚即位後のお初節句と尾も晴れる五月五日に、大江匡房(1111)が菖蒲を献つた時の状に、

 進上  水辺菖蒲

  千年五月五日                         大江為武

とあつた。主上は殿上に祇候の人々に読めと仰せられたが、読める人は一人もなかった。これは、

  進上    水辺     菖蒲

たてまつりあぐるかはべのあやめぐさ

  千年  五月五日  大江為武

  ちとせのさつきいつかたへせむ

と読むのである。&『巧智文学』

昔の考へ物                  

▽藪ッ蚊一匹を日本の国名六ケ国に

  答 志摩の加賀周防と駿河美濃尾張

▽池の水乾かし方を虫の名二つに

  答 かへるとひる

▽□この字を医者の姓名に

  答 田淵十内(無い)

▽三人日を跨ぎ一人日をいたゞき日月並んで袖を貫ぬく、これを神のに

  答 春日神社

&『昆石雑録』うち「こゝろの俤」

 

考え物〔問答〕かんがえもの/もんどう

〈考え物問答〉は、〈二段なぞ〉形式の問答を通しての考え物である。

明治時代にはやり、新聞・雑誌の投稿欄を賑わした。二段謎の単純さに推理的要素(ヒント)を付与したのが受けたのかもしれない。

【例】

各紙誌投稿作品より

▽島原の乱のもとは何か? ヒント木二つ

 ──桐・紫檀(キリシタン)

▽牛若に僧になれと云い含めるには? 

 ヒント東京の地名一か所

 ──蔵前(鞍馬へ)

▽もし百万円札が出来て最も困ることは? ヒント鳴り物一つ

 ──釣鐘(釣りがねえ)

▽お米屋さん、こんどのみそかまで…? ヒント勝手道具

 ──米炊桶(米貸しおけ)

▽はたち過ぎてのセーラー服は? 

 ヒント泣き声三つ

 ──モー・ニャン・ワン(もう似合わん)

▽闇夜に提灯なしで来てみれば? 

 ヒント官省名二つ

 ──司法・大蔵(四方大暗)

西といふ字のはんじ物

ある人の所へ浄土宗の和尚が見へ、歌人が見へ、医者が見へ、又禰宜(ねぎ)が見へ、追々集りける。亭主出て、「京は珍しく、様々のお方の入り、一つあげませふ」と盃を出し、酒宴を始めける、酒(たけなわ)に及びし頃、亭主、大杯を持ち出して、「サア〳〵これで一つあがりませふ、しかし何ぞ趣向もござりませふ」と、紙に「西」といふ字を書き、「これは判じ物でござります、これをお判じなされた方はよし、お判じなさらぬお方は、この盃に二盃づつ、サアお判じなされよ」と差し出しける、いずれも、「これは面白い、マアお上座(じようざ)の和尚様から」と和尚の前へ差出す、和尚「これは困つたものじや、サアこふでもござろふか、此方の宗旨では、西は西方弥陀(みだ)の居所じやから、御台所(みだいどころ)と判じました」皆々「よし〳〵、サアその次は御順席じや、歌人〳〵」歌人しばらく考へて、「手前ども方では、人丸(ひとまる)と存じます」皆々「なぜ人丸じや」歌人「サア西といふは、日の東より出て西に留まる、日の留まる所じやから、人丸」皆々「感心〳〵、サア医者殿じや」医者「これは困つた物じや、まあこふかい」皆々「何とじやな」医者「サレバ西なれば、産前産後と存じます」皆々「これは珍しい、なぜ西といふ字を、産前産後と判じます」医者「サレバ二と四は、三の(ぜん)と三の()ではござらぬか」皆々「あきれ〳〵、妙々、サア禰宜殿じゃ」禰宜「さて〳〵これは迷惑」と、何程考えても出ず、(はた)から、「サア〳〵どふじや〳〵」と言ひければ、やう〳〵存じ出し、「イヤ手前が方では、産土(うぶすな)参りと存じます」皆々「これは妙々、なぜ産土参りと申すな」禰宜「サア上から段々判じた所が、御台所が火がとまり、産前産後とござれば、マアその次は、産土参りよさ」&『按古於当世』巻一

*「判じ物」とあるが、絵が推理の材料になっていないので、ここでは考え物に入れる。

 

 

『聞はつり』 ききはつり 

〈聞はつり〉は安永六(1677)年板行とみられる無理問答集で、編者は未詳、二二一題を納めている。当時の無理問答を知る上で貴重な資料である。

ここに一部を引いておく。

染物師なくして高野山(紺屋さん)とは如何

──風呂屋にあらずして湯殿山といへるがごとし

米を炊きながら飯をたくとは如何

──水をわかしながら湯をわかすといへるがごとし

進物をうけて痛入るとは如何

──眼のはたの出来物をものもらひといへるがごとし

布団にくるまつて寝るを柏餅とは如何

──悋気してはら立を焼もちといへるがごとし

 

『後奈良院御撰何曾』 ごならいんぎょせんなそ 

後奈良天皇の御撰になる言語遊戯書で、表題に「なぞだて」とある。永正十三(1561)年正月に成立、一九二題の謎なぞを収めた中世末の典型的謎なぞ集である。

全体量が多いので、謎始めの七題を抄出してみよう。

▽三輪の山もりくる月はかげもなし。 すぎまくら。

▽あかしの浦には月すまず。 はりまくら。

▽滝のひゞきに夢ぞおどろく。 あいさめ。

▽ゆきは下よりとけて水のうへそふ。 弓。

▽春は花夏は卯のはな秋楓冬は氷のしたくぐる水。 しきがは。

▽おとゝひもきのふもけふもこもりゐて月をも日をもおがまざりけり。 お神楽。

▽おもふ事いはでたゞにややみぬべき我にひとしき人しなければ。 おしき。

&『群書類従』二八

 

鞘絵 さやえ 

 平面上だといびつに見え不明な絵柄を刀の鞘に写すと普通の人や物に姿を変える仕組みの絵。 

 鞘絵の平面描画例

発祥は江戸時代のオランダ渡り、今にいうトリック絵画である。『三養雑記』などに詳しい。今でも温泉地の土産物にきわもの絵皿として売られている。

 

三段なぞ さんだんなぞ 

「…とかけて」「…と解く」「その心は…」という、いわば複式三段構えをとる謎なぞが〈三段なぞ〉、別称「二重一連なぞ」である。右各段には「掛け」「解き」「こころ」という用語まで出来ている。「解き」そして「こころ」が伏せになり、これを解き明かす。三段なぞこそ謎なぞという一連の型に鋳込んだ典型的な言語遊戯で、難解であるものほど挑戦意欲をかきたてる。〈二段なぞ〉に比べ懐ろがはるかに深いからである。

三段なぞの発祥は享保頃(171636)とされている。ただし、その母体になる発想形式は、寛永期(162444)すでに現れている。当時成立の『謎の本』所収「謎のおどり」に、

♪いでいで謎をかけん、花とかけては何と又解こよの、鳴海が崎と解こうよの、なぜに。実のなるさきは又花なれば、謎の踊を一おどり

の詞章がみえる。

 三段なぞの作者・口承者は、連歌や雑俳宗匠らによる指導のもと、その数を次第に増やしながら町人文化を築いていく。もともと秀句や洒落は市井の人たちの得手(えて)とするところであったので、三段なぞ遊びは、

 うそと坊主の頭は結ったことがない

 金持と灰吹きはたまるほどきたない

 親の意見と冷酒はあとできいてくる

などのことわざにまで、謎なぞ型の新風を送り込んでいる。以来明治まで、三段なぞは謎なぞの代名詞よろしく君臨した。

【例】

謎なぞ胎動期のもの

♪あただ浮世は、生木(なまき)(なた)ぢやとなう。思ひまはせば、きの毒やなう。/あただ阿国は、()の木に猫ぢやとなう。思ひまはせば、きの薬。

 &「阿国歌舞伎唄踊」歌詞

▽春日の町衆(こうしう) 女中の船にのつたと同じこと しし(小水)が自由にならぬ

▽半季ろくにつとめぬ奉公人と 桶屋が同じ事 わがわるさにかへらるる

 &『なぞ』延享三年板

揺籃期のもの

▽女郎のすかぬ客なに 空き樽と解く 心は 先づふつて見る

 &『御伽なぞ』

▽鉢たたきナアニ 内証のよい米屋ととく 心は ひやうたんとかねがある

 &『続 御伽なぞ』

▽はもとかけて こぞうにあざ入と解く 心は くずしにもなります

 &『御伽新二重謎』

(かね)肝煎(きもいり) 露の五郎兵衛が(ひと)(だち) 軽口をきく

 &『謎車氷室桜』

▽おでゞことかけて 田舎酒と解く 心は替るが早い

 &『何曾尽』

成熟期のもの

▽焼け石に水とかけて 酔ざめととく 心は …乾き(渇き)が早い

 &『当時流行 なぞなぞ合』

▽いろはにほへととかけて 盛り過ぎの桜とく 心は…散りぬる前だ

 &『なぞかけ』

▽よその女房に惚れたとかけて 提灯(ちようちん)釣鐘(つりがね)ととく 心は…片重い(片思い)

 &『なぞかけ』

▽艶書とかけて 夏の間は砂利運びと解く 心は…小石重いで夏季送る(恋し思いで書き送る) 

 &『博多なぞなぞ』

▽下駄とかけて 銭箱と解く 心は…おあし(お銭)が入るであろう

 &『浪花みやげ』

▽植木屋とかけて 糞取りととく 心は…草木(臭き)商売

 &団団(まるまる)珍聞』八六号

 三段なぞ「見立十二支はんじてごらん」

謎なぞ笑話        檀洲楼(だんしゆうろう)(えん)()

京・大坂・江戸の者三人寄合つている所へ、ある人、掛金(かけがね)を持つてきて、「これは何といふ者」といへば、京の者「それはお妾様」といふ。「その心は」「とのさんについているわいな」。大坂の者「おゝえらいことじや。大坂ではこれを大船(おおぶね)といふ」「その心は」「ハテ、みなとにつくではないか」「したり。これは面白い」とほめれば、江戸の者「なんだ、お妾様だの大船のと。そんな事ではない。江戸ではこれを、茶碗酒といいやす」。京大坂の人「その心は」「ハテ、引つかけて寝る」&()美談語(びだんご)

 ケータイ問答「三段なぞ三人遊び」                 荻生作

 A「いろはにほへと」と掛けて何と解く?

 B「盛りが過ぎた桜」と解く。その心は?

 C 心は「散りぬる」前だ。

 *ケータイを使って三人で楽しむ謎なぞ例である。

《参考》                             浪華(なにわの)一九(いつく)

古しへの謎は如此一重なり、然ルニ二重一連となりしはいつの頃より歟、其年暦を知らず、二重一連といふは、たとへば、

 来年の暦とかけて くづのはの出方晴れととく こころは 亥のとしのだいしやう 

右のことく二重一連に作りなせしを、享保のころ唐もの町なる人、南草(たばこ)入に画書(ゑがく)とはんじものとなる、それより画俳諧となり、高田先生是を評せられしより、麦隣・下物・馬宥に至て大ひに流行す、天明の比、おろの鏡といふ本より、今給合は少し意味そごするといふ。&古叓附(こじつけ)古新話(こしんばなし)』巻三

 

 質問攻め しつもんぜめ

 叙述のなかで特定の一語だけ他から際立たせて全文の印象を際立たせる技法を〈問い責め〉または〈質問攻め〉という。同じ言葉を何度も並べ立てるところがポイントとなる。

 キーワードを目立たせるテクニックはいくつもあって一概にいえないが、例文の場合はくどいほど繰り返されている「なぜ」であることがわかる。

【例】

質疑不答                                                荻生作

Qちゃんとの会話「なぜ」が多すぎる。

なぜ、怒るの?

なぜ、疲れたの?

なぜ、黙ってるの?

なぜ、返事がないの?

……

なぜ、なぜ、なぜ責めじゃん

おれ「生き字引」じゃないぜ。

 上例Qちゃんのイメージ 

 

競合い問答 せりあいもんどう

 競合い問答〉は〈無理問答〉の支脈に相当、対照的な立場の二派がそれぞれ自己主張を宣し、対比の妙を競う遊びである。これは明治末に一時的流行をみたものの、作品から受ける印象は投げ言葉の泥試合といったところで、いつのまにか消滅してしまった。

【例】

金持の太平楽、貧乏人のへらず口

金 身体(からだ)がたつしやでも金が無ければ、生きて居る甲斐(かひ)が無い

貧 なり上りのくせにポンポンいふな、また成り下るぞ

金 前々は人も使ふたが時節が悪い故、難儀するといふ甲斐性(かひしやう)なし

貧 家をたんと持つて風の吹く晩は、あんじて長の夜よう寝ぬ白痴(たわけ)

金 夜遊や朝寝ばかりして居るが。貧乏人の好物じや

 貧 朝早う起きて奉公人をいぢりまはし、やつき〳〵いふが楽しみかい

 金 年中質置いてぎち〴〵して居るのは、此の世からの餓鬼道ぢや

 貧 金もつて人に損かけられて、青なつて居るのがなんぼうもある

 金 金借りて人をたふすものは、顔は人でも心は畜生同然

 貧 金かして貧乏人をいぢめるの葉、此世の鬼ぢやぞ

 &『日本文学遊戯大全』

 

禅問答 せんもんどう 

禅の修行法の一つで、修行者が疑問をぶつけ、師家がこれに答える形式をとる。転じて、何を言っているのか、ちぐはぐでわからない遣り取りをさすようになった。くだけたところでは、『一休ばなし』にあるいくつかの挿話が代表的なものである。

 「吾唯足知=ワレタダタルヲシル」禅語を刻んだつくばい〔京都龍安寺〕

【例】

酔中禅問答                           作者未詳

或僧一休の活機(くはつき)なることを聞つたへて、「いかほどなる道徳かある」とて、大徳寺へ行て尋ければ、折ふし一休は門前の酒屋が方へ行、酒にたべ酔ひ、前後も知らず臥給ふ処へ、小僧たづね来りて、「たゞ今唐僧とかや見えし、大和尚一休は、と尋ね給ふ、はや御帰寺(きじ)あれ」と引起しければ、一休御目いまださめず、うか〳〵としておはせしに、酒屋の(てい)出て、「御酔眠(すいめん)御心より侍りたる」と申ければ、「扨もよき気味や」とて、一首()みて亭主にとらせられけるは、

  極楽をいづくのほどゝ思ひしに杉葉立てたる六又が門

とあそばしければ、亭よろこびけるとなり、かゝる所へ小僧又来て、「はやお帰りあれ、さきに申せし和尚(をしやう)の御待かね」と申せば、答へず、又打かへし高鼾(たかいびき)かいてふんぞりかへりて寝たまひしかば、小僧帰りて、「何ほど起こしても起きあがり給はず」と申せば、「よし〳〵、その寝入りて何とも思ひよらぬ時、引き起こして一(もん)かけたらば、(こころざし)いよ〳〵知れ侍るべし」と、彼唐僧一休の臥給ふ処へ、さし足して行、枕元へどうど座し、何共言はず引づり起こして、目もいまだ明き給はぬに、一越(いちこつ)(じやう)をあげて(いは)く、

 西来意(せいらいい)の祖師の話に俗語ありや

と問給へば、その息もつぎあへぬに、一休も大音にて、

 汝が俗よ

と答へて突きこかしたまへば、彼大禅師も舌根(ぜつこん)をふるひて立れけるが、「扨も(くわつ)祖師(そし)や、聞しには十倍せり、汝が俗よとは、即時に出まじき答話なり」と(かん)()肝に銘じて帰り給ひけると也 &『一休ばなし』巻二

 京都・大徳寺の山門

 

継句 つぎく 

八音または九音の題を掲げ、その下に答となる文句を付けて十七音にする遊びを〈継句〉という。謎掛け問答式に整えなくてはならないという条件付きの遊び。

これまた牽強付会が過ぎて味がない。

【例】

継句例

▽気の広ひ事は  身を引く五個の月

▽気の小さき事は  見ぬふり聞ぬふり

▽送られぬ恩は  兵庫に尽ぬ島

&『春漲江』

 

尽し絵 つくしえ 

物事や人物などの〈尽し〉の内容を絵にした

もの。挿絵のように、ある主題(例は「青物」)の物尽くしにより視覚的な謎解き一覧を展開する。

 

同音謎 どうおんなぞ 

歌俳や詞章を構成する各句の頭を同音で揃え、全体に音律化する技法をいい、カシラアワセともアタマアワセとも称している。句尾を同韻で押す〈尻合せ〉とは対語関係にある。

これの文彩上の分類が厄介で、術語形式上は「畳音法」に属するが、別に言語遊戯の〈早口〉はじめ〈アクロスティック〉や〈洒落〉など他の系統の要素も多分に含まれている場合が少なくない。

頭合せや尻合せは、創作難易度からみると初歩的なものである。そのため幼児向け絵本や学童の遊戯歌などに多く見受けられる。

【例】

関東伝承の近・現代作品より

▽ここの小山の小寸(こすん)の小僧が、小棚の小味噌をこなめて、小頭(こあたま)をこきんとこずかれた

▽神田鍛冶町の乾物屋でかち栗買ったら固くてかめない、かんしゃくおこしてカリカリかんだらかち栗かめた

▽久留米の(くぐ)り戸は栗の木の潜り戸、潜りつけりゃ潜りいい潜り戸だが、潜りつけなけりゃ潜りにくい栗の木の潜り戸だ

▽そうだそうだ、そうだ村の村長さんが、そうだ(ソーダ)飲んで死んだそうだ、葬式饅頭は相当でっかいそうだ

ははははははははのははははははははとわらう→母はハハハ、母の母はハハハハハと笑う

 

同字一色 どうじいっしょく 

同じ文字をいくつも連ね変化読みによる解を求める謎解き遊び。同字異読法が骨子になっている。たとえば、

ねこのここねこ

子子子子子子子子子子子子→ねこのここねこししのここじし

&『せつしう草双紙集』十一、鳥居清倍ほか画文

加保茶元成

へへへへへ へゝゝゝゝゝゝ へゝゝゝゝ 

へゝゝゝゝゝゝ へゝゝゝゝゝゝ      

&(とく)和歌後万載(わかごまんざい)集』四方(よもの)(あか)()

加保茶元成(かぼちやのもとなり)(?~一八二八)は天明狂歌師の一人で、江戸吉原の妓楼主。

掲出狂歌の詞書(ことばがき)に「ある人の放屁しけるをかたへの人わらふあまりに回文の歌よめといひければ」と、他人のプー調法に悪乗りした体を装っている。たしかに上から読んでも下から読んでも同じ音になる回文ではあるが、出来た作は「なァんだ」程度のもの。コロンブスの卵ではないが、発想の奇抜さだけが取柄といえる。

 成には、回文ではないが似たような歌、  

(もも)ももも又桃ももも(もも)ももも百桃股(もももももも)文字もこもごも

これまたユニークな作である。言葉遊びもここまで徹底するとほほえましくなる。

 

謎歌 なぞうた 

古代の謎なぞは、多くが和歌を介して宮廷歌壇を中心に広まった。詠者は閉鎖社会を構成する人たちであったから、詠歌つれづれの余興として愉しんだはずである。

ことに平安時代の謎なぞ作品群は、歌物語という格好の舞台を得て創作に取り組んだ結果生まれたものが多く、これから「謎なぞ物語」という新たな呼称すら発生している。物語といっても実態は謎掛け、謎解きの歌合戦であり、ここでも往時の和歌の媒体価値の大きさがしのばれる。

 『歌語り・歌物語事典』は高価本なので、図書館で利用させてもらっている。

【例】

謎掛け古歌種々(くさぐさ )

                                                              よみ人しらず

九月(ながつき)時雨(しぐれ)の雨の山霧のいぶせきわが胸誰を見ばやむ &『万葉集』巻十

 *「晴ればれしない思い」のほどを謎掛けで詠んでいる。

石川(いしかわの)君子(きみこ)(あそ)()

▽志賀の海女(あま)火気(ほけ)焼きたてて焼く塩のからき恋をも忘れはするかも &『万葉集』巻十一

 *「焼く塩の」以下三句はカラシの謎掛け。この恋は辛い、つまり苦しいと告白。

紀 友則

▽雲もなくなぎたる朝のわれなれやいとはれてのみ世をばへぬらむ &『古今和歌集』巻十五

 *「いと晴れる」と「厭はれる」の言い掛けが謎なぞ仕立に。

                                                           曽祢好忠

▽わが事はえもいはしろの結び松千とせをふともたれか解くべき &『拾遺和歌集』雑

 *謎合せの会での味方自慢。我らが謎歌の答は、誰にも、岩代の結び松のように千年を経ても解けまい、と。

                                                              源 俊頼

▽いかでもと思ふ心の乱れをばあはぬにとくる物やとは知る &『散木奇歌集』恋

 *恋心の切なさを謎掛けに託し訴えている。

《参考》

中御門院勅製謎の御歌                                          神沢杜口

  秋風のはらへば露の跡もなし萩の上葉も乱れてぞ散る

これを月と解也、心は上の句、露のあと無れば、つ文字也、下の句、萩の上のはを散らせば、き文字残る、故に月と成、誠に幽玄成御謎也 &『翁草』三十九

中島米華の謎歌辞世

三月十五日に逝くべけれ 閻魔も花を見にいたる留守

*中島米華は豊後佐伯藩の藩儒。天保五年(1831)月十五日病没、享年三十四。

*上句のうちの五七は「はなのつきはなのなかばに」と訓ずる謎かけ言葉である。すなわち、三月=花の月、十

 五日=八・七(半ば)と解すべき。あえて字余り句としたところがミソである。

 拙書『辞世千人一首』(柏書房刊)に上の一首も収載

 

謎掛け唄 なぞかけうた 

謎なぞ形式の歌謡詞をもつものを〈謎掛け唄〉という。

近代まで散見でき、歌詞も幅広い分野にまたがっている。

【例】

なぞのうた                         古今新左衛門詞

♪そこな船頭(せんど)になぞ〳〵なに、こちや謎知らぬ、なんどのかきがねばづすが大事、かけるが大事、ういもつらいも(よど)長縄手(ながなはて)身過(みすぎ)なりやこそ舟も引け、舟を引くとてなぜ袖ひいた、如何におんながいんなるもので、しんらぬ知らぬと思うやろけれど、目元でも知る乗合舟の船頭休みやれ、あゝえつとしよ、しわい女郎衆や、いやなら置きやれ、おかいでなんとしよ、事はかゝぬぞこちの舟、蒔絵にかきし舟のうち、みつこや鹿島やこん比丘尼(びくにん)、御出家庄屋どの抜参(ぬけまゐり)、こほううらいがくどいた、恋慕の闇のくらがりに、(あかがり)(あし)をさしだした、様ぢや御座らぬ、(やつこ)(うは)(ひげ)さなでた、御免々々、渋面つくりてひかられた、髭がはげたらごめんなれ。&『松の落葉』(元禄十六年)

*謎唄の内容ではなく、古い謎なぞの断片を集めたような構成の古今(こきん)節である。

俗謡

♪君は小鼓しらべの糸よ いくよしめてもしめあかぬ ──延宝三年流行の踊唄

♪曇り鏡か我が見は 思ひまはせはとぎほし

 や &『松の葉』青柳

♪恋のはつ文とかけてはえなんじやいな 嫁入りの晩ととくわいな はづかしながらもひらくしやないかいな &『芸者さわぎ なぞうかれ都々一ぶし』

しよんがいな                                                 作詞者未詳

♪梅は咲いたか 桜はまだかいな/柳なよなよ風次第 山吹ゃ浮気で/色ばつかり しよんがいな ──明治五年頃に流行

各地の俚謡

♪木挽稼業は鼠の性だ いつも挽かなきゃ食べられぬ(岩手・南部木挽唄)

♪男心と茶釜の水は 沸くも早いが冷めやすい(山形・花笠踊)

♪佐原客衆はうどんか蕎麦か 少しのびれば切れたがる(茨城・潮来(いたこ)婦志)

♪切れたあとでもその四五日は 生木(なまき)(いかだ)できが浮かぬ(静岡の民謡)

♪内の殿御は羽織のひもよ きては居れども外におる(岡山の民謡)

♪様とわたしは焼野のかづら つるは切れても根は切れぬ(土佐・山家鳥虫歌)

&『日本民謡集』ほか

漁港の謎掛け騒ぎ唄

♪なぞなぞ掛けろか解かんすか 解けますなぞなら解きまする もしも解けないその時は 掛けたあなたに上げてきく サア〳〵お掛けよ何なりと それじや掛けます 解かんすか(以上、口切り詞。以下、本詞に入る)

 そのなぞ私の胸にない 掛けたあなたに上げてきく、そのなぞ私が解こうなら ○○と掛けて△△と解く 心は××じやないかいな

*紀州勝浦漁港の伝承。標準語が使われているのは捕鯨などで各地からの出稼ぎ船乗りが多いためか。

忍ぶなら                           河竹黙阿弥詞

♪忍ぶなら忍ぶなら 闇の夜は()かしゃんせ 月に雲の障りなく 辛気待宵十六夜(いざよい)のうちの首尾は エエよいとの よいとの。&『端歌大全』、安政六年作

 女が言う。密会(しのぶ)なら闇の晩はダメ、おっ母さんに気づかれやすいから。かえって十六夜の月の夜のほうが警戒を解くからいいわ、と謎かけ。

 

謎詰 なぞづめ 

慶長十八(1613)年に成った著者未詳の随筆集『寒川入道筆記』に〈謎詰〉の語が見える。この書は和歌をはじめ連歌、落首、謎なぞに関する聞き書集であるが、その巻末部に「譴()詰之事」という一条が設けられ、例示のような収集謎なぞが列挙してある。したがって「謎詰」の語は当時の一般語であったようだ。

近世初期に流布した連歌賦物の影響を受けたと思える作品が少なくない。形式こそ単純な二段なぞであるが、当時の謎なぞを知るうえで貴重な資料である。

 『連歌賦物口傳書』部分〔富山市立図書館蔵〕

【例】

譴詰之事(抄出)

一 春夏秋冬ヲ昆布ニ裏タ 何ソ         小式部

一 ふすへぬかわ衣打きせた 何ソ        北白川

一 焼亡打けした 何ソ                    人丸

一 股蔵のたぬき 何ソ                     

一 むらさきの袈裟すみ染の袈裟 何ゾ     さ

一 山からの山にはなれて去年ことし 何ソ  唐錦

一 わたましのあした 何ソ       すみ染の袈裟

一 くささにさつた 何ソ            かいての木

一 ほの〳〵とあかしのうらの朝きりにしまかくれゆく舟をしそおもふ

        此歌は字余りにて候 何ソ               筆

一 古今の序よふれて歌人の中終る 何ソ きんかん

&『群書類従』九五九

 

謎解き坊主 なぞときぼうず 

江戸時代、謎解きの職業人が実在した。

文化十一(1814)年に現れた春雪解安という放浪僧が最も有名で、『摂陽奇観』という書物の見聞録によると、解安は浅草観音境内で興行、机一つを前に「見物思ひ〳〵に謎の難題を書記して渡せば即座に答へて一興とし見物群集す」とある。万一、投題を解けない場合は過料として傘一本を進呈すると約していたが、いかなる難題もたちどころに解いてみせたという。まさに解安の名に恥じなかったようだ。

彼の謎解きの例が現代の『上方演芸辞典』にも載っている。

▽論語読みの論語知らずとかけて、吉原の喧嘩と解く、心はこうしはみぢんだ。

▽比叡山とかけて、島原の遊びと解く、心はお山が高い。

▽天狗の玉子とかけて、阿呆につける薬と解く、心はあったら高かろう。

▽中村鶴助の道成寺とかけて、忠臣蔵五段目の与市兵衛と解く、心はかねに恨みがござる。

当時、解安は江戸中の評判をとったようで、他にも実見談がいくつも現れている。それらの内容に若干の食い違いが見られるので、あと二例を《参考》に引いておく。

 春雪解安の口上の図

《参考1》

春雪坊                                    筆者未詳文化十一年戌十月頃より浅草奥山に於て、謎坊主といふ者出て、見物より謎をかけさせ、如何なる難題を申しけるも即座に解くの妙あるよしにて行ひける、普く江戸に流布せり、この者は奥州二本松の産にて名を春雪といふ盲人なり、春雪とは、たやすく解けるといふ意なり、松井源水これをはかりて葭簀をもて囲みたる小芝居を儲けて、遠近の人群集して金銭の山をなせり、衆人謎をかくるに、春雪解く事すみやかなり、何曾(なぞ)二十回を解き終えれば聴衆を入替へとす、一席を十六穴()と定め(後には二十四穴)、一齲の限りとす、また高座の脇に米俵、器物、菓子折、傘、炭俵など積み並べ、若し謎の解けざる節は、右の品々の内景物に出す、然れども取られし事なしと云ふ、予も一度見物せしに、年の頃十八九に見ゆ、その容貌、色白くうるはしく、黒縮緬の羽織、小紋の衣類なりし、高座に居り、前に煙草盆、脇に湯呑を置き、膝にあんかを置きて頭を傾け、聴衆の題を考へ即座に解き答ふることなり &『街談文集要』

《参考2》                            小川顕道

当戌年十月より、浅草観音境内奥山え頓智なぞと云看板をかけ、盲坊主二十一二歳とみゆるもの出たり、見物一人に付十六文宛にて入る、見物人よりなぞをかけるに、更にさし支る事なし、解けずといふ事なし、若解けさる時は、掛し人へ景物に蛇の目の傘なとくれる事也、故に見物の人景物を取らんと、なそをかける人多し、たま〳〵解さるなそ出る事も有よし、此者の才覚頓知なる事を感心驚さるものはなし、奇なる盲者にて、奥州二本松の産なるよし、検校保己一か類の奇人と云へし&『塵塚談』下

 

謎なぞ語り なぞなぞかたり 

〈謎なぞ語り〉は正式名「小野宮(おのみや)右衛門(うえもん)(のかみ)君達歌合(きんだちのうたあわせ)」の通称であって、平安中期の謎合(なぞあわせ)集である。天元四(981)年四月二十六日、小野宮右衛門督斎敏の子息らが催した謎合の遊興を記録したもので、『拾遺和歌集』に採歌されたくらいだから当時は話題になったものと思われる。

参加者は左方と右方に別かれ、双方から謎なぞを出し合い相手方に解かせる。正解はあらかじめ短歌一首に詠み込まれ、これを判者が手許に保管して置く。この回答歌には秀句、言い換え、連想などの技巧が駆使され、歌合というよりは謎なぞ遊びの趣向が濃かった。

題  なぞなぞ語

歌人 天元四年四月二十六日

小野宮故右衛門督のきむだちのわたりよりいできたるなぞなぞかたりあはせ

左  なぞなぞ、このごろ古めかしき()するもの

  いそのかみふるめかしき香するものは花たちばなのにほひなるべし

右  なぞなぞ、あづまのかたにひらけたるもの

  あづま路のしづのかきねの卯花をあやなくなにととふぞはかなき

左  なぞなぞ、なのり人だのめなるもの

  たのめつつなつくよもなしほととぎす語らふことのあらばこそあらめ

右  なぞなぞ、うつくしかりし物、又、ね所のあつさ

 うつくしとおもひにしかばなでしこの花はいづれの秋かるらむ

左  なぞなぞ、おりもののさまざま

 おりもののあやめも知らぬあやめ草沢べのなみやたちてきすらむ

右  なぞなぞ、おいてむまれたる物、又、ごやくむみのあいじ

  むばたまのかみはしらけてはづかしくいちにてむめるをぞかなしぶ

*以上、三~八番歌を抄出。八番歌は当時、市で出産した老婆が話題になりそれにちなんでの謎歌か。

 

謎なぞ〔近代〕 なぞなぞ/きんだい 

言語遊戯は出版物の発達した近世から近代にかけ急速に普及したが、なかでも謎なぞの広まりの速さは他の比ではなかった。幕末・開化期には各種謎なぞ本が氾濫し、大衆文芸の主役の座を独占。加えて『団々(まるまる)珍聞(ちんぶん)』『少年園』といった週刊雑誌類が謎なぞ懸賞欄を設け、投書子の数を増やしている。

 社会戯評週刊誌『団々珍聞』明治二十四年十一月七日付の第830号の表紙

 この時代の謎なぞは、風俗ことに文明開化を重点主題とし、それにちなんで世相・流行の変化を反映させた作品が目立つ。たとえば、明治初期に郵便制度が導入され、全国的に郵便脚夫(配達員)の姿が見られるようになると、

 郵便配達トカケテ松ノ木ト解ク 心ハ はしらにやならぬ

のような読者投稿作品が紙面を賑わしている。

【例】

開化期のもの

▽団々珍聞とかけて 虫干しの宝物と解く 心は土曜(土用)に出して見せる

▽太陽とかけて 親子の道ととく 心は恩と光()無ければ世界が闇

▽遊説者とかけて 郵便観察役と解く 心は時つけて(説きつけて)歩く

&以上『団々珍聞』所収の投稿

▽瓦斯灯とかけて聖人の教へととく、心は人の道を明るくする

▽てれがらふとかけて畑の西瓜ととく、心はつる一筋がたよりだ

&以上『明治新撰なぞづくし』

▽引臼とかけて 酒酔ととく 心は 下()が回らぬ

&『小国民』四ノ一四(投稿)

三段切都々逸

♪初手はお客で中頃情夫(まぶ)よ末は夫婦で共白髪

♪初手は書生で中頃雇い末は鯰で馬車に乗る

謎掛け都々逸

♪寺の字を解きや塞る雪隠そばに(たたず)みやとなる

♪是の字とかけや小さなカバン心片手でげと成る 

 

謎なぞ〔口切り文句〕 なぞなぞ/くちきりもんく 

昔は謎なぞ遊びを始めるとき、決まり文句を唱えて相手に心の準備をさせるという約束事があった。これを〈口切り文句〉といった。

廃れさせたくない良俗である。

口切り文句は、時代や土地によって異なるが骨格は共通。見本用に各地の代表的な伝承をいくつか掲げておこう。

【例】

謎なぞ口切り文句

▽なぞなぞなあに 菜切り庖丁なぎなた 納戸(または後架)のかけ金外すが大事(江戸)

▽ナゾナゾ菜切り庖丁それ切る小刀 掛けると大事 外すも大事(佐渡)

▽ナドナドナーニ なんどの掛金外すが大事 その奥ナーニ 嫁さんの針箱さがすが大事(美作(みまさか))

▽ナゾナゾナーニ 納戸の掛金ほどくが大事 まだナゾナゾナーニ 絹糸のほつれほどくが大事 まだナゾナゾナーニ せんちの踏板またぐが大事(土佐)

 

謎なぞ〔現代〕 なぞなぞ/げんだい 

現代において謎なぞは、国民の文芸から急速に遠のいている。新作を労したり、伝承謎なぞを口ずさむ人たちが少なくなり、関連図書の刊行も減っている。学童の口承遊戯としてわずかに息しているの感がする。

謎なぞ衰退の理由は二点が考えられる。

一つ、謎なぞはすでにネタ切れの状態にあること。人間共通の発想が可能とする謎掛け・問答の分野は、ほぼ発掘し尽くされた。鮮度の高い新作は期待できなくなり、自然衰微への道をたどっている。

二つ、創作や鑑賞の対象という点で、他により面白く充実した遊戯分野が増えていること。新聞・雑誌の投稿欄を見ても、戯評や川柳などが盛んなのに比べ、謎なぞ欄はほとんど見かけない。

こうした事情から、謎なぞは今、半死半生の体にある。スフィンクスの謎掛けではないが、三本足でやっと立っている状態である。例示のように、工夫しだいで大人もけっこう楽しめる新作が期待できるのだが。

 【例】

現代作品より(略解は荻生)

▽すぐ走りたがる花がある。どんな花? ラン(呼称のかすり)

▽かもめの群れの中に妻なしかもめがいる。なんというかもめか? やもめのジョナサン(駄洒落の併用)

▽新幹線と同じ速さで飛ぶカラスは? 窓ガラス(洒落+考え物)

▽パンはパンでも長い手のついたパンは? フライパン(語呂合せ)

▽宇宙飛行士は例外なく食欲がなくなるという。なぜか? くうき(空気、食う気)がないから(考え落)

▽世の中には昆虫に属さない虫がたくさんいる。少なくとも五つは挙げよ。 腹の虫、なき虫、水虫、ふさぎ虫、本の虫、懐ろのオケラ、町のダニ、ゴキブリ野郎、竹とんぼ、夜の蝶、…(語彙+頓知試し)

 

謎なぞ〔伝承〕 なぞなぞ/でんしょう

〈伝承謎なぞ〉は各地に古くから伝わる民間謎なぞ遊びをさす。

これは言語遊戯である反面、民俗学にとっても格好の研究対象になっている。謎なぞ詞は当然、方言を取り入れ形態もさまざまで、これまた言語学の好材料になっている。

伝承謎なぞの特色は主として二点、一つ、口承中心に伝えられていること、二つ、〈二段なぞ〉が圧倒的に多いことである。さらに謎なぞ遊びは、座敷の遊興でも盛んに行われ、各地にその名残りの騒ぎ唄が残っている。一例をあげると、周防俗謡「出雲さんこ」に、

♪なぞなぞかけましよときなされ、知ったるなぞならときましよが、

   知らないなぞならあげてきこう、

   玉子とかけて何と解く、

   乱れていくさと解くわいな、

   ようとかしやんしたその心、

   城が破れて君が出るではないかいな 

&『日本歌謡類聚』下

とある。

 また、幼童が口ずさむ伝承謎なぞは、ほとんどが二段なぞである。子供のなかには物事の判断もつかない幼児もいるわけで、〈三段なぞ〉の洒落など理解のラチ外。当然、形式が単純でわかりやすい二段なぞが遊びに選ばれる。それでも幕末頃までは、大人の作とみられる手の込んだものもあったようだが、近代では子供の手に余るものは自然淘汰され、幼児でも楽しめる謎なぞだけが生き残った。

【例】

各地の伝承謎なぞ

▽海の中でむったど怒っているもの  ふぐ(津軽)

▽木だん皮だん木の皮だん中はじゃっくりかね林  刀(陸奥)

▽石の下にでかい面しているものナンゾ  梅漬(会津)

▽べったら皿コさ穴七つ  人のつら(羽後)

▽細道に井戸ある物ナーニ  ひしゃく(越後)

▽夜になると店で舟こぐもの  番頭(信濃)

▽六尺男に目一つナーニ  ふすま(若狭)

▽紫の包に胡麻一升  なす(紀伊)

▽骨折れば折るほど損になる商売ナーニ  提灯屋(大和)

▽私は出るからお前ははいりというものナニ  つるべ(和泉) 

▽ぶつかってもぶつかっても傷をせぬもの  水(河内)

▽広い野原に天狗の鼻一つ  電灯(上野)

▽四方壁中ちょぼりナーニ  行灯(安芸)

▽もくもく四つに皿四つから木一挺に()一把  馬(越前)

▽目は三つ持って日本国中歩くもの  下駄(肥前)

▽廻っても廻っても入口なかもんナン  稲こずみ(肥後) 

&『ことば遊び辞典』ほか

 

謎なぞ〔賦物仕立〕 なぞなぞ/ふしものしたて 

「賦物」は連歌における作法の一つで、謎掛け吟にはこの制約手法が巧妙に生かされている。賦物とは大略、次のような約束事である。

▼一字露見──一音一語を賦物とする。

 (香・蚊)、キ(木・気)、ヒ(日・火)

▼二字反音──二音の倒置により別語が得られるものを賦物とする。

 妻と松、水(ミヅ)と罪、花と縄(ナハ)

▼三字中略──三音の中一音を略すと別語が得られるものを賦物とする。

 霞→紙、狐→杵、千鳥→塵

▼四字上下略──四音の上下一音ずつ略すと別語が得られるものを賦物とする。

  鶯→杭、(たま)(づさ)→松、苗代(なはしろ)→橋・箸

 これらの手法を謎掛け吟に応用することで、語義の置き換え、部分消去、倒置、嵌入など展開上の変化が付けられ、奥行きの深い謎なぞに仕立てることが可能になる。もちろん事前に連歌の基礎知識が必要であるため、一般向きでない。

とりあえず二例を示すと、

  屋の軒のあやめ……雨(宣胤卿記)

これは三字中略によるもので、「あめ」から「あめ」へ。

  玉章の中はことば……松(なぞだて)

これは四字上下略を用いてあり、「まづ」から「まつ」へ。

【例】 

以下、出典はすべて&宣胤(のぶあつ)卿記』中御門宣胤厚著より

二字反音のもの

のさかな……袈裟(けさ)

はひがごとを返す故……鉄輪(かなは)

   ↖ 一字露見扱い

かへりてよ過ぎぬ……目結(めゆひ)

 三字中略のもの

中の……柚子(ゆず)の木

風呂の中の連歌()……袋

四字上下略のもの

掻き分けて鹿やすむらむ……さしかさ

門の中神鳴り(らい)……唐衣

《参考》

                                     二条良基答述

問云、賦物連歌はいかやうなる事にて侍やらむ、答云、昔は二字三字の中略、物の名など、後鳥羽院御時はことさら賦物を御このみありき、近頃は源氏国名など常に用侍るにや、うるはしき賦物のふるき抄ども、むかしよりおほく侍れば、今更申すにおよばず、大かた初心の人には、賦物は連歌そんずる事にて侍るとぞうけ給をきし、堪能にだに成ぬれば、いかなる賦物もやすき事にて侍るとかや、限りあらんふしものは、尤覚悟すべき事なり、此頃は面ばかりだにもまことしく獲り侍らざるにや、無念の事なり、但先秀逸の体を至極稽古して、賦物の沙汰はあるべきなり 

&『筑波問答』

 

謎なぞ 落穂拾い なぞなぞ/おちぼひろい 〈謎なぞ〉に関して、あえて項目立てするほどのことのないものをここに集めてみた。寄せ集めではあるが、分野、形式、主題の多様さからも謎なぞ遊びが民衆文芸にいかに広く深く浸透していたかがわかる。

【例】

能狂言の秀句なぞ

▽「で詰まつた」「それは定めて灯心引きの娘であらう」「それはなぜに」「ハテ、又しても〳〵()で詰まるは、さて」

 &『伊文字』大蔵流女狂言の演目

▽「お座敷見れば、破れ的とおしやれ。心は、と仰せられたれば、居所(*射所)が候はぬと云ふたがよい」

 &『今参り』大蔵流大名狂言の演目

▽「船賃は薩摩守とおしやれ。心はと問はば、忠度(ただのり)(只乗り)と答へさしめ」

 &『薩摩守』大蔵流出家狂言の演目

*これらの例から見ても、大蔵流狂言には秀句やなぞなぞなど言葉遊びを題材にした演目の多いことがわかる。

「いろは」謎なぞ唄

 ♪「い」の字と掛けて 船頭さんの手と解く 心は()の上にある

  「ろ」の字と掛けて 野辺の朝露と解く 心は葉の上にある

  「は」の字と掛けて 金魚屋さんの弁当と解く 心は荷の上にある

  「に」の字と掛けて 頭痛に貼つた膏薬と解く 心は()の上にある

  「ほ」の字と掛けて 見越しの松と解く 

  「いろはにほへと」と掛けて 花の三月と解く 心は「散りぬる」

三重なぞ(伝承)

▽ゑねもせず京とかけて とき除夜のつぶやき 心は くらがりにすると高いびき 其心は ひとりね

▽夢とかけて とき竹奉行 心は 船着 其心は 伏見

弥次・北の謎なぞ道中                                      十返舎一九作

「アゝ退屈した。ナント弥次さん、道々謎を懸けよふ。おめへ解くか」「よからふ。かけやれ」「外は白壁中はどん〳〵ナアニ」「べら坊め。そんな古いことより、おれがかけよふか。コレ、手めへとおれと連れ立つて行くとかけて、サア何ととく」(中略)「おいらふたりが国所とかけて、これを豚が二匹、犬子(いぬつころ)が十疋ととく、その心はぶた二ながらのきやん(とお)もの。サアこれなアニ」「ハゝゝゝそんな謎があるもんか」「べらぼうめ。ありやこそかけるは。といてみろへ」「どうしてそれが知れるものだ」「知れざあいつて聞かせよふ。これを色男が自分の帯をとつて、女にも帯を取らせるととく」「ごうぎにむつかしい。その心は」「ハテ、といた上で又とかせるから」

&『東海道中膝栗毛』初編

人体がらみの謎なぞ

▽いくら食っても腹のたしにならないものは? 暦(食っても=繰っても)

▽誰でもかみ殺すが、かみ殺さないほうがいいものは? 生あくび

▽「お」をつけてていねいに言わないと意味が通じないものは? おなら

江戸艶笑謎なぞ

▽宵にや横夜中まともで明け方ごろは後ろからさす窓の月

 *夜更けに伴う体位の変化を表した伝承都々逸。

▽十六七の娘とカケて 大店の商いとトク そのココロは もうけ()があろう

 &『豊芥子日記』

▽小野小町とカケて 綿入れの褌とトク そのココロは 誰もしめたことがない

 &『豊芥子日記』

 謎帯(なぞのおび)一寸(ちよつと)(とく)兵衛(べえ)〔歌川豊国画の歌舞伎舞台画、文化八年七月〕 狂言は四世鶴屋南北・福森久助合作の世話物で、江戸市村座で初演。当時の事件、入りや田んぼでの女殺しに飯田橋での蚊帳攻め事件をからませ脚色した。女主人公のお梶が父の敵であった大島団七に返り討ちにされた直後、姉のお辰と夫の徳兵衛が訪ねて来て、「だんまり」の結果となる。この狂言、外題が謎がらみの洒落言葉である。

 

謎なぞ集 なぞなぞしゅう 

往時、願人坊主のなかに謎解きに長じたものが何人かいて、門付(かどづけ)などで芸を披露しては投げ銭を乞い、糊口をしのいでいた。なかには破戒僧で寺院から追放された者をはじめ儒者崩れ、浪人の果てなど学識と知略に優れ、文字をよく読み考察に長けた人も少なくない。が、いわば世間から見放された無宿者、番外者であるから、いかに優れていようと彼らの作品や業績は掛け捨て、解き捨てが常で、これを記録し保存することなど思いもよらぬことだった。

ところが国会図書館に一冊だけ、願人坊主の刷り物『なぞなぞ集』が現存している。これは一九一枚の貼込帖で、きわめて貴重な資料である。作品の一部を抄出し掲げてみよう。

▽このとりはかつてもせらがない  蒔絵師(蒔き餌し)

▽かどぐちに月はさせども姿は見えぬ  とかげ(戸陰)

▽おいらんが客のかへるをたちふさぎ  孟子(「もうし」という呼込み詞)

▽屁屁  へっつい()

▽ありがたきとざゝぬ御世のためしには弓もつかねておさめいるなり  袋井・島田(袋ィしまった)

*この作には「東海道宿名二ツ考」の暗唆(あんさ)(ヒント)が添えてあり、富士山を遠景とした道中絵が描かれている。

 

『謎乃本』 なぞのほん 

〈謎乃本〉は江戸初期謎なぞ集の一つ、携帯用の小型書写本である。寛永期(16241644)に、松江城主の堀尾忠晴の息女が加賀石川家に入輿のおり持参した嫁入り道具の一つと伝えられている。

同書には一五七題の謎なぞが収められていて、当時としては思い切り秀句(ひねり)を利かせた、垢抜けした作が揃っている。その一部を抜粋してみよう。

 くもり空→古元結(ふるもとひ)(降る基)

 (かひご)の嫁入り→簀子(すのこ)(えん)(巣の子縁)

 生れぬ先の元服→(なまず)(名先ず)

 港々の筆の跡→躑躅(つつじ)(津々字)

 呼ぶか聞け→肥松(声待つ)

 猫が見えぬ→狛犬(こまいぬ)(こま居ぬ)

 金柑はどこで食ふ→川向ひで食賦(皮剥かひで食ふ)

 それがしが親も公家にて候→(こも)天井(てんじやう)(子も殿上)

 

二段なぞ にだんなぞ 

「…なものは?」のような問いに直接答えを出す、最も単純な形式の謎なぞを〈二段なぞ〉という。二段なぞは古くから民間伝承謎なぞとして普及したが、江戸時代に〈三段なぞ〉が開発されると急速に衰退し、以降は幼童の口遊びと化した。

【例】

伝承の二段謎

▽すわると高くなり、立つと低くなるものは? 天井

▽上は大水、下は大火事なものは? 風呂

▽お竹さんがお縄でしばられて、泥で埋められたものは? 壁

▽最初黒くて、次に赤く、終いに白くなるものは? 炭

▽骨と皮ばかりで手足が一本もないものは?

▽大きなものが入れて、小さなものが入れないものは? 蚊帳(かや)

▽食うときに食わず、食わぬときに食うものは? 魚釣りの弁当

▽いくら解いても解けないものは? 題のない謎なぞ

 

挟詞 はさみことば 

一字ごとに意味のない文字・音を字間に挟みこんで、意図的に曖昧な文句に変えてしまう操作を〈挟詞〉または〈(つけ)()〉あるいは〈唐言(からこと)〉〈(いれ)(ことば)〉という。この場合、一字だけ挿入するのが原則で、挟み込む文字もカ行かサ行とする。これを「一字挟」といっているが、例外に二字を入れる「二字挟」もある。

挟詞はごく初歩的な暗号であり、ときには仲間内や秘密結社だけに通用する隠文にも利用された。つまり現代いうところのミニコミでしか通用し得ない性質のもので、部外者にとっては不透明な部分が多く、言葉遊びからも離れてしまっている。今では児童向け言葉遊びのうちに、わずかながら形態をとどめているにすぎない。

【例】

一字挟のもの                         夢中山人寐言先生

▽せケんどコビキの、かカねケを、とコりキに、きツた(先度の帯の金を取りに来た)

 &『辰巳之園』

▽抱サかサれサてサ寝サたい

 &花魁莟八総(はなのあにつぼみのやつふさ)』天保七年上演

二字挟のもの(現代)

のさのさのさのさのさのさのさのさのさしょ(花子さん遊びましょ) 

 &『こどものあそびことば』小寺佐和子著

暗号化したもの                        近松門左衛門

さん上ばつからふんごろのつころちよつころふんごろで。まてとつころわつからゆつくる〳〵〳〵たが。笠をわんがらんがらす。そらがくんぐる〳〵も。れんげれんげればつからふんごろ。&『心中(てん)(あみ)(じま)

*作品の冒頭を飾るこの謎詞は解釈に何説かあるが、藤井乙男説が信頼できよう。それによると、詞から「つから」〔んごろ〕「つころ」「くる」「んがら」「んぐる」「んげれ」と言った無意味語を取り除いて整理すると、次の詞になるという。    

三条坊の町で待てとはいったが、笠を忘れた、空が曇れば降ろう

 

判じ絵文 はんじえぶみ 

〈判じ物〉をつづって構成する文章。

 近代以前、有名作家らが手遊びに創作しては楽しんだ。いわば謎解きの絵文であり、読者も参加して解き明かしを楽しんだ。

推理力に頓知が要求される頭の体操である。

 判じ絵で書いた「忠臣蔵」〔『御慰忠臣蔵之攷』滝沢馬琴作、北尾重政画、国会図書館蔵〕

寛政十(1798)年刊。巻末の跋を除く序文・本文すべてが判じ絵ですられた黄表紙である。上記の図はその序文で、読みを示す。「仮名手本忠臣蔵は。草双紙の古手。今朝ほどの判じ物は。橋本町のかぶり。よつておつかぶせる(ごまかす)こと。またかくのごとし。寛政 午の春 馬琴 作」の意味である。巻末の跋には「はんじものでハまにあひかね候まゝ、しらにて候、とうねんハことのほかたようにて、こうさくのあんじこれなく候所へ、はんもとよりたびたびさいそくをうけ、あまりせつなさにきんねんはやりのはんじものをこじつけ候…」とあり、馬琴の執筆状況と出版の経緯が記されている。

 

 判じ物 はんじもの 

主として絵で出題される謎解きを総じて〈判じ物〉といい、別に〈謎絵〉〈(さと)り絵〉〈判じ絵〉とも称している。

判じ物は平安時代の「葦手絵(あしでえ)」が濫觴(らんしよう)で、たとえば松の木の絵の下に「人」と書いてあり、これを「待つ人」と判じ読みさせる。近世では商店の看板などにこの手法がとられている。あるいは願人坊主が判じ絵を刷った紙片を各戸に配り、あとで再訪して解き明かし、小銭を貰うなどして流行した。

昭和初期にも、銭湯の屋上に弓矢の作り物を掲げ、「弓射る=湯入る」と洒落て見せた判じ物看板があった、といったように。

判じ物も〈考え物〉と同じ、という意見がある。たしかに双方の用語が混用されてきたが、互いに似て非なるものといえよう。

そして考え物が文字分野を対象にするのに対し、判じ物は絵入りを対象にしてきた。用語慣行で双方を区別してきたし、またそのほうが明確である。

【例】

文字と絵による伝承のもの

 滑稽守り札

上記守り札の読方。

そもじに惚れて、会ひたさ見たさ、一ト時なりと、女をとに成りたい。あねさんどうだい。 &『昆石雑録』なんじゃもんじゃ

*まったくのこじつけ絵解きで、たいていの人は途中でさじを投げてしまうであろう。

「般若心経」の判じ物(伝承)

 般若心経の冒頭部分を絵にしたもの。出来た経文にこじつけで絵を付けるだけの、他愛のないものである。

 《参考》                           喜多村信節(のぶよ)

又判じ物といふも即謎ながら、其内書画などにて、暁らせたるをいふ、浄瑠璃十二段枕もんだう「野中の清水のたとへとは、ひとり心をすますとや、つゝゐの水の心とは、やるせもなき上申せ、もみぢにたてゝ参らせよ、こうようたてよと申事ぢや、同物語「ふろやにかう〳〵ふろといふが有、これはいかなるいはれやあらんといへば、ふかうにおよばぬ、醒睡笑に、「いづれもおなじことなるに、常にたくをば風呂といひ、たてあけの戸なきを、柘榴風呂とはなんぞといふや、かゞみいるとの心なり/判じ物、歌林雑話に、上京に新城の出きし正月に、御門のからゐしきに、われたる蛤貝を九ツならべ置きたり、いかなる心ぞしる人なかりしに、信長公さとき御智恵にて、これは公方の御心うつけて、くがいかけたるといふことを、京童が笑ひて、したる物ぞと、さゝやかせ給ひしとなり &『嬉遊笑覧』巻三

 

判読考物 はんどくこうぶつ 

どこやら意味ありげな、舌足らずな句章がある。これの文字を置き換えるなどして読むと意味の通る文句になる。

このように判読が鍵になっている遊びを〈判読考物〉という。〈アナグラム〉に結びついた考え物である。

【例】

古典的判読好物

▽てらいりのこはすげけの

    おんみがはりあとうし

       ↓

 (こがらし)(はて)はありけり(うみ)(おと)        (げん)()

  &『日本文学遊戯大全』

▽そなたのならしりかざりは

    うこんにかぎるです

       ↓

 すりこ()()らるな(たで)花盛(はなざかり)      宗鑑(そうかん )

  & 『日本文学遊戯大全』

荻生作

▽めをとかふけうらやしや       

    ぎりでこがあはなせん

           ↓

 木枯(こがら)しや(あと)()()川柳(かはやなぎ)  初代川柳(せんりゆう)

  *右は初代川柳(柄井(からい))が残した辞世句である。

 

一口ばなし ひとくちばなし

  短い笑い話。現代いうところのコントの類。オチが謎解きになっている形式が圧倒的に多い。次の〈一口問答〉とほぼ内容は同じ。

【例】

維新期の一口はなし集  

 横浜開港資料館蔵

 

一口問答 ひとくちもんどう 

〈一口問答〉はなじみの〈無理問答〉の旧型ともいうべきもので、問いと答えともに短く、しかも対句(ついく)表現に限定されているのが特徴である。たとえば、

一本をせん香とはこれいかに? 一個をまん(ぢう)といふがごとし

といった例で、「せん香」対「まん頭」の修辞のみに重みをかけ、双方の類似性は配慮されていない。そのため後世作品に見るような縁語を用いた秀句や捻りに欠け、言葉遊びとしては未熟さをさらけ出している。

【例】

伝承のもの

▽赤い花でも(あおい)とはこれいかに? 見るものでも菊といふがごとし

▽へびでもないのに(じや)の目とはこれいかに? 鳥でもないのに塵とりというが如し

神道()対仏道()

▽問 木に登らずして猿田彦(さるだひこ)とはいかに

 答 長き手にあらねどゑんこう大師といふが如し

▽問 やかましい嬶を山の神とは如何

 答 飯焚(ままたき)女子(おなご)(しゆ)をぼさつといふが如し

▽問 ()へもせずして犬神とは如何

 答 藪に住まねどとら薬師といふが如し

&『日本文学遊戯大全』

 

福引 ふくびき 

〈福引〉は謎なぞ系の落とし子的な存在で、くじ引きにより参加者に景品を提供する遊興である。これはあくまでも言語遊戯用語であり、一般に商店街の年末売出しなどで催される福引(ガラガラ)とは別物である。

福引の中心は〈三段なぞ〉の仕様と同じで、紙に書かれた出題をカケ、景品をトキ、解題をココロとみればよい。例をあげると、

    題    景 品    解 題

    ↓     ↓      ↓

▽銀行の火事  焼き芋  おさつが焼け

▽太いゴボウ  鉛 筆  心があって固

 出された台に解答者が正しく解題すると景品をもらえる。出題と景品との繋がりが勘所となるわけだ。

 福引の語そのものは鎌倉時代発祥と思われる。もっとも福引は江戸時代まで「宝引(たからびき)」といわれ、北条団水が編んだ浮世草子『西鶴織留』(元禄七年=1685)に次の一文がみえる。

 去る大名方に吉例といつて、正月三日の夜、古参の者ばかりを大書院に集め、宝引を仰せつけられ、(ふすま)障子(しようじ)の内から、五色の長緒(ながお)を数百久筋投出して、()(ごと)に一筋づゝ引かせ、その緒の末に付けておいた物を、与へられたもので、小姓の引き出す緒には、桑の木の撞木(しゆもく)(づゑ)がついて居たり家老職の引出す緒には、銀銭が一貫文付いて居たり或は唐織の着物御物(きよもつ)(こしら)への脇差、古い臼などを引き当てる者もあつた

 このあたりから宝引はホウビキと発音されるようになり、はては大道で金銭を賭ける行為に走る者が続出した。当然、幕府の禁令にあう羽目となり、正徳元(1711)年に禁止令が出された。しかし江戸中期に至ると、宝引は仕方を転換し、景品はご愛敬程度、三段なぞを用いた福引が盛んになる。

 この福引も近代になると、一時は宴会の余興などでもてはやされたが、現代ではその片鱗すらうかがえない。

 お初ーズかつおの宝引き〔『妖怪東西新聞』2009年一月〕

【例】

江戸時代のもの

 ▽菅公──酢と瓦(菅原)

 ▽越の国──イチゴ(越後)

 ▽京の涼み──鴨と竹皮(かわ)(鴨川)

 ▽八丁堀の義兄弟──下駄と鉢(喜多八)

 ▽花の名所──卵三つ(嵐山)

 ▽一杯々々また一杯──漏斗(上戸)

 ▽水のてんぷら──景品なし(あげたくもあげられない)

 明治時代のもの

 ▽我が日の本──台に本(大日本)

 ▽古池や蛙とびこむ水の音──丼(どんぶり)

 ▽隠し妻──番傘(晴れては逢えぬ)

 ▽落籍された女郎──蓮根(泥水から抜かれてきた)

 ▽処女の艶書──封筒(情=状を込めて包む)

 ▽海軍兵学校──焼き芋(兵=屁を養成する)

 ▽富士のみ雪──時計やらぬ(解けやらぬ)

 *これ、正解でなかった人に目録だけを渡した。

大正時代のもの

 ▽早瀬の鮎──ランドセル(背に乗ってゆく)

 ▽貯金の基──石鹸(節倹)

 ▽見越しの松──文鎮(思い者=重いもの置く)

 ▽野辺の霞──腹巻(原=腹を取り巻く)

 ▽七夜のお祝い──京菜(今日名をつける)

 ▽忠魂碑──名切庖丁(名=菜を刻む)

 ▽大黒天──ちり紙(福=拭くの神=紙)

 昭和初期のもの

 ▽ゆでたまご──割り箸(割らなきゃ食えぬ)

 ▽親の大病──捕鼠器(寝ず看護=ネズミとる)

 ▽茶漬──皿二枚(サラサラ)

 《参考》

弾初め               鴬亭金升一月松の内は各師匠の家は弾初めに賑つたが、余興に福引をやつて趣向を競つた。中に面白いと記憶して居るのは常磐津家元の弾初めに主なる文句を題にとつて持寄つた福引の品々で、是を思ひ出すまゝに記さう。

 「戻り橋」=剃刀(髭切りの太刀)

 「釣女」=大入りの額(当るぞ〳〵)

 「角兵衛」=小判の繭玉(いつも黄金の真盛り)

 「常磐津の家元」=羽織の紐(檜物町、紐の蝶)

 「将門」=徳利の袴(はかまも春のおぼろ染)

 「関の扉」=往復葉書(ゆきつ戻りつ)

 「(きをひ)獅子(じし)」=鶏卵(英気を養ふ)

 「乗合船」=海苔(乗後れたが、海苔を呉れたが)

 「子宝」=小さい人形沢山

&『明治のおもかげ』世はさま〴〵

 

伏字解き

文章中で要語(キーワード)と思える一部の語句を意図的に、あるいは何らかの事情により欠落させ、読者にあれこれ当てはめ語を連想させる遊びを〈伏字解き〉という。これによる読者の推量想起の現象を「伏字効果」と称している。

【例】

近代作品より            芥川竜之介筆

戒厳令の布かれた後、僕は巻煙草を啣へたまま、菊池と雑談を交換してゐた。尤も雑談とは云ふものの、地震以外の話の出た訳ではない。その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや嘘だらう」と云ふ外はなかつた。しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシエヴイツキの手先ださうだと云つた。

&『大震災記』、『中央公論』大正十二年十月号に所収

発禁本より                作者未詳

導師は言う。──第一番には那智本宮の奥の院や。懲り地において昔崋山法皇は御麻羅を弘徽殿(ごきでん)の女御の××××××。遍路も我をわすれて××××××。ああ、ほんにどうしよう、など口走ると、導師は叱って××××××そのような無駄口きくのやない。唯お念仏お念仏、なむあみだぶ、なむあみだぶ。

&『僧房夢』

*昭和二十八年頃、京都の某が書いたとか。この頃のゾッキ本は伏字がいたるところ当たり前のようにに目についた。

サル知恵を巡らせても解けぬ                     荻生作

 ダーウィンの「進化論」によると

 人類の祖先はサルです。

 ××××も人類の一人であらせられる。

 したがって、××××も、また

 祖先を辿ればサル、という

 論法になりますよね。

 《さりながらサルの末裔に

 いろいろ差があるのは何故か》

 『滑稽新聞』六拾九号に主筆の宮武外骨が掲載した伏字だらけの社説。当時の検閲の厳しさを暗に批判した遊戯作品である。

 

枕隠句 まくらいんく 

詠歌上の修辞詞の中心に枕詞(まくらことば)があり、「(あき)津島(づしま)」といえば「大和・日本」で、「むらぎもの」といえば「心」で受けるといった定めになっている。この枕詞、つまり冠詞としての用法を隠句に応用したものが〈枕隠句〉である。言い換えると、これは表現したい語句の意味を物名(もののな)的に意義としてとらえ、それを支配する句により膠着的に上に冠せられるわけだ。こうした操作によって、たとえば、「悪女の深情け」を言外に示す枕隠句をもって表現する場合、

悪い(のこぎり)で 切っても切れぬ

という文句に仕立てる。

 こうしてみると、枕隠句はこじつけと持って回った言い方で表さざるを得ない。この弱点は例示を見ても明らかで、遊びとしての本質が空回りする原因にもなり、ために一時的な流行のあと、急速に消滅してしまった。

【例】

枕隠句の作例

 ▽深草の名物で  内輪〔団扇〕ばかり

 欝金(うこん)の鉢巻で  き()が廻る

 ▽お寺の鼠で  けさ(今朝、袈裟)食ふたばかり

 ▽大仏の柱で  気()が太い

 ▽お寺の色事で  どう()でもよい

 ▽小店の木綿で  情()がない

 ▽唐人の尻で  からつけつだ

 &『日本文学遊戯大全』

 

無理問答 むりもんどう 

相手が投問してきた奇抜な難題に対し、こじつけや譬え引きなどをもって対句で答える遊興を〈無理問答〉という。ほかに〈滑稽問答〉とか〈当話問答〉と呼ぶこともある。

投問の答は必ず同類同士の応酬であることが要件。たとえば、

天にほうき星とは如何? 

──地に空豆あるが如し

のように、問の「天」に対し答の「地」は縁語かつ対語の関係で繋がっており、この双方の対比がさらに「星」と「空豆」に掛かり合って対句(ついく)同士の面白味を創生している。つまり、答にはかなりの頓才機知を要求される。

無理問答は中世に形を整えたようだが、いつ頃の発祥か定かでない。往時のものは〈一口問答〉に似た原初的単純形式の作で、〈禅問答〉の影響をたぶんに受けている。

【例】

伝承のもの

 ▽禿げた頭を薬缶(やかん)とは如何

  ──尻をお釜というが如し

 ▽内の嬶を山の神とは如何

  ──子供を末社というが如し

 ▽耳に当てずして(こう)を聞くとは如何

  ──座敷でたいて(そら)(だき)というが如し

 ▽巡ることなくして車海老とは如何

  ──羽あらずして飛魚というが如し

 ▽古くとも新橋とは如何

  ──江戸に京橋のあるが如し

 ▽終りに食して初茸とは如何

  ──新米にても尾張米というが如し

 近代に発表のもの(紙誌投稿)

 ▽いい女を妾(目欠け)とは如何

  ──女房を一生の固め(片目)というが如

 ▽二つ供えて神酒(三き)とは如何

 ──一つともして(とう)()(みよう)というが如し

 ▽東京の真ん中にありながら尾張町とは如何

  ──辰巳の町外れに仲町ありというが如

 ▽羽なくして月給取()とは如何

  ──飛びもせぬに借金取()というが如

 ▽涙もこぼさぬものを芋茎(ずいき)(随喜)とは如何

  ──てんば娘をみて蓮っ葉というが如し

 ▽馬の肉をサクラとは如何

  ──猪の肉をボタンというが如し

 

目付字 めつけじ 

 相手が目を付けた文字が何であるか当てる江戸時代の遊び。

一見して難しそうだが、じつは…と、種明かしされると馬鹿馬鹿しい思いに駆られること必定だ。

【例】

花びら模様の目付字絵

 花びらに描かれた文字を言い当てる〔目付字絵二枚一組物のうち一、『塵劫記』〕まず、相手に花びらの文字一つを覚えこませ、それがどの枝に付いているものかだけ言わせる。験者は両脇にある文字列から各順番を示す 市() 参() 碁() など八までの隠し数字を見て言い当てるだけのものである。

 

文字列謎 もじれつなぞ 

出題の文言を推量し、仮名文字を加えたり、取り去ったり、あるいは順序を入れ替えるなどして文字列を作っていく遊びを〈文字列謎〉という。今ならさしずめ〈アナグラム〉に相当しよう。

【例】

古典より

▽夢かへりてよひ過ぎぬ  解は「目結(めゆひ)

 *「ゆめ」返へる→めゆ、「(よひ)が過ぎる」→()が来る。

▽妻戸の間より帰る  解は「松」

 *「つまど」の「ま」から上へ返る。

&『なぞだて』

▽返して悔し桃の木の数珠  解は「尺八」

 *「くやし」を返すと「しやく」、数珠は一〇八の珠から成り「「(もも)退()き」で八。

 &『寒川入道筆記』

▽屋の軒のあやめ  解は「雨」

 *「あやめ」から「退き」。

 &『宣胤卿記』

 

野馬台詩 やばだいし 

〈野馬台詩〉は漢詩文遊びの白眉である。「野馬台」とは彼国から見た日本の呼称の一つ。これには吉備真備(きびのまきび)(695775)が遣唐されたおりの故事来歴があるが、じつは後世人が取って付けたとする仮想説が有力なので説明は割愛する。ただし詩そのものは立派な言語遊戯作品で、〈火炎文〉になっている。

野馬臺詩海藏所祖註

 詩の内容は、千八百人の化女が語ったとする日本国の年代記かつ未来記で、予言の部分などは日本人が読んで芳しいものではない。