ハレの日からケガレ日まで信心にあやかり心の綾を織りなす唄たち

 

Ch.13  冠婚葬祭・宗教歌

 

 

Ch.13 冠婚葬祭・宗教歌 目録 (五十音順) 


稲荷の唄 祝唄 歌念仏 梅の春 回向唄 戎舞の唄 縁起唄 御蔭踊り唄 御船唄 門付唄 救世軍歌 熊野節 敬神歌 御詠歌 御祝儀三吟 寿ぎ唄 婚礼唄 歳時唄 祭礼歌 地蔵和讃 祝儀唄 祝言唄 順礼歌 神事歌謡 信心唄 住吉踊り唄 大漁節 千歳唄 追善唄 鶴亀の唄 念仏和讃 春駒唄 仏教歌謡 泡斎念仏 万歳唄 巫女祭文 厄払唄 嫁入唄 

 

 

稲荷の唄 いなりのうた

日本全国に犬の糞ほどあるといわれた稲荷社は、大衆信仰の手軽な対象であり、それだけ詩歌に詠じられることも少なくなかった。

 当然、その眷族である御狐様も登場ということになる。 

【例歌】

稲荷づくし いなりづくし        川上不白詞

紀伊(きいの)(くに)は 音無川の水上に 立たせ給うは(せん)玉山(きぜよくさん) 船玉(ふなだま)十二社大明神 「さて東国に到りては 玉姫稲荷が三囲(みめぐり)へ狐の嫁入り お荷物を担ぐは強力(ごうりき)稲荷様 頼めば田町の袖摺(そですり)が さしづめ今宵の待女郎 仲人(なこうど)真崎(まつさき) 真黒(まつくろ)九郎(くろ)(すけ)稲荷につままれて 子までなしたる信田妻(しのだづま)。 

──江戸小唄、江戸後期流行、『江戸小唄の話』

[メモ] 詞の後半、いくつか出てくるのは江戸各地に点在の有名稲荷社で、各社を縁語結びで描いている。詞の第一節は船玉十二社大明神と縁の深い江戸の王子稲荷を指したもの。作者は紀州藩お抱え茶匠の粋人である。

 王子稲荷の現在〔東京都北区王子〕

狐廻し〔福岡県〕 きつねまわし

来た〳〵〳〵飛んで来た。来たというてもお客ぢやごんせん、飛脚ぢやごんせん。京都下りのお稲荷様よ。お稲荷様の御利生は、千両万両のお金は来るとも、四百四病の病と悪魔はこんといふたら、いつちご、こん〳〵。(三井郡)

──里謡、近代まで伝承、『日本歌謡集成』第十二巻

 

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長太郎稲荷神社梵天唄 *秋田県横手市

 

祝唄 いわいうた

祝賀のためにうたう唄の総称である。婚礼を中心に、各地でさまざまな種類の民謡祝唄が唱歌されていること、民俗資料等で容易に把握できる。また〈酒宴唄〉の大半は〈祝唄〉をも兼ねているのが特徴である。

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羽田節 はねだぶし  

♪目出度いものはヨウワハエーお酒エイエイもりヨイー松竹を立てゝエイエ、そよナイーお酌ソリヤ十ヨ七エ、ナアハアヨ(ア、ヨカツタ、ヨカツタ)

お背戸に倉が七戸まへ、七戸前の倉よりも親がソリヤ大切に

目出度いものは芋でそろ、茎長く、葉を広く、子供ソリヤあまたに

羽田は良いとこ誰が讃めた、前は海、裏は野崎ソリヤよし山

──近代まで伝承の祝賀唄(東京都大田区羽田) 、『日本民謡大観』関東篇

家祝ひ〔鹿児島県〕 いえいわい

♪此の家のうちにやー、うれし事きくーの、ヤーうれしいこーと、()「アーヨイヤサ」、きくーぞ。ヤーはなのヤーよーなしたで、せんぐわんなもといえーて、ヤー千貫―なもといえーて、ヤー万貫もやーるよーなー。(熊毛郡)

──里謡、近代まで伝承、『俚謡集』

[メモ] 家祝い唄は、家屋には霊が宿り、祈願をこめることで安泰繁栄が成就できるという習俗に由来する。土俗唄(民俗歌謡)のなかでもきわめて珍しい存在である。

 

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祝い船 *カラオケ(カバー)

お婆どこゆく(岐阜音頭)*土取利行(唄・三味線・太鼓)

おぼこ祝い唄

還暦祝い唄 *千 昌夫

博多祝い唄

 

歌念仏 うたねんぶつ

当初は唱導形式の念仏だったものが、しだいに門付けなどで節付けされてうたわれ俗曲化した。『守貞謾稿』は「古は仏号に節を付け、後は唄浄るりをも云ふ」とあり、〈唄浄瑠璃〉と同等扱いしている。この分野の節まわしに念仏唱えの影響が大きいことを示している。

〈歌念仏〉では例挙の近松の作品(抄出)がだんぜん有名である。 

【例歌】

お夏清十郎 五十年忌歌念仏 おなつせいじゆうろう/ごじゆうねんきうたねんぶつ

近松門左衛門作

道行 お夏(かさ)物狂(ものぐるひ)

 

夜さこひと.いふ字を金紗(きんしや)で.縫はせ.裾に.清十郎と寝たところ.裾に清十郎と寝たところエ.ちとくわん.(*以下、歌念仏の部分)「観ずれば夢の世や.寝て温めし懐子(ほところこ).いつの間にかは浮かれ初め. 三界(さんがい)をたゞ家として.袖笠雨(そでがさあめ)の.宿りにも.心留めぬ.仮枕.流れにあらぬ川竹の.笹の小笹のびんざゝら.花の手覆(ておほ)ひ.お手を引かれた.これも熊野の修業かや.姉様(あねさま)の、これの.勧進柄杓(かんじんびしやく)の.ゑ顔よしとて柳が招く.柳の髪を(なに)(ゆえ)に浮世恨みて尼崎.尼崎とは海近く、なぜに.そなたはしほがない。節は哀れに、身は伊達に.歌は念仏(ねぶつ)(うた)比丘尼(びくに)(*このあと有名な「向ひ通るは清十郎ぢやないか」の歌唱に入る)

──歌念仏、宝永四年上演、『お夏清十郎 五十年忌歌念仏』

 

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安珍歌念仏踊り *北上みちのく芸能まつり

 

梅の春 うめのはる

清元を代表する御祝儀曲の一つ。

素踊りの代表曲でもあり、当代に大流行した。後半の詞は大田南畝作といわれているが定かでない。 

 梅の春 歌川国芳画

【例歌】

梅の春           四方真門詞

清元延寿太夫直伝

四方(よも)にめぐる扇どもえや文車(ふぐるま)の「ゆるしの色も昨日(きのふ)今日(けふ)心計(こころばかり)は春霞「引もはづかし「(つま)じるし「雪の梅の()「ほんのりと「匂ふ朝日は赤間(あかま)なる「硯の海の「あをだたみ「もじがせき書かき(そめ)に筆ぐさ()ふるなみまよりわかめかるてふ春景色ういてかまめのひいふうみいよう「いつかあづまへつくばねの「かのもこのもをみやこ(どり)「いざこと()はん恵方さへ「よろづよし原三谷(さんや)(ぼり)「たからぶねこぐはつがいによい初夢をみつぶとん弁天さんとそひぶしの「花のにしきのかざり夜具「はたちばかりもつみかさね蓬莱山(ほうらいさん)とといはふなるふじを背中にやがためのしをじりながくいすわればほんに田舎もましばたく「橋場今戸の朝けぶりつゞくかまどもにぎおふて「だいだい神楽門(かぐらかど)れいじや「梅がかさぎも()めぐりの「土手にさへずる鳥追は「三すじかすみの「つれ引や「君にあふ夜はたれ(しら)(ひげ)の森越えて「まつちの山といほざきの「そのかねがふちかねごとも楽しい中じやないかいなおもしろや「千秋楽(せんしうらく)には民をなで「万歳(まんざい)(らく)にはいのちをのぶ首尾の松が枝竹町(たけちやう)のわたし(もる)()も時を得てめでたくこゝに隅田川つきせぬながれ清元とさかへことぶくうめがかぜいく夜の春やにほふらん〳〵。

──清元、『柏葉集』(文政十年)

 

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梅の春 *日本舞踊玄の会・玄川美喜

 

回向唄 えこううた

里謡で、盆に新仏の供養に招かれたときなど客がうたう唄である。

【例歌】

回向歌〔宮城県〕 えこううた

まゐり来て是の御だんを見申せば、千本そとばを立てゝ、おかるゝ〳〵。

こひしき人の祝ひかな。見るより先になみだなるもの〳〵。

死出の山如何なる長者のふみそめた。二度とかへらぬ死出の山道、〳〵。

七月の物のあはれの月なれば、野にも里にもあかし立つもの〳〵。(気仙郡)

──宗教歌謡、近代に収録、『日本歌謡集成』第十二巻

 

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音楽法要:回向文 *石川県かほく市 浄土真宗 光源寺

 

戎舞の唄 えびすまいのうた

〈恵比寿舞の歌〉とも表記する。恵比寿が鯛を釣る目出度い七福神の一神であるのに関して、港で豊漁を祝うための舞唄であった。正月の祝賀歌にもうたわれた。

 もともと里謡であったものが、放浪僧の門付などにより俗謡化されて広まった。

 鯛釣り恵比寿 長浜人形 

【例歌】

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淡路の戎舞 あわじのえびすまい 戎舞奉賛会による淡路人形浄瑠璃舞 

〽そも〳〵西の宮の戎三郎左衛門の尉は、信なる人には福を与ヘ、富貴に守る神なりと祝ひ申せば、御座も奇麗に御注(しめ)連縄引いて氏子衆が集りて、笛の太鼓鞨鼓鐘の声何れもきつと構へて乙女の鈴の声にひかれて戎殿はそいて来た、烏帽子狩衣折目高に着なして四乳の草鞋でしやんならしや、しやんなりしやとやらして、ある時の遊山に舟に棹さし沖へ漕ぎ出して、沖にもなれば須磨の浦には、すまにすさき立つ波に低く波をつけて、はンま千鳥が友呼ぶ声は、ちりやちり〳〵散り飛ぶところを漕ぎ寄せて鯛を釣って踊た、尽せぬ御代こそめでたけれ

──俗謡、&『淡路草』(藤井彰氏、文政頃)

えびす

♪ごーざつた〳〵、(なに)に召してござつた、お船に召してござった、積んだる宝は何アに〳〵、ふくれみのにかくれかさ、打出の小槌や、金糸の糸でナ、黄金の針でナ、お戎さんが鯛(つつ)た、お目度うござんす。

──謡、近代に採取、『里謡集拾遺

 

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十日戎(地唄古曲) *佐伯明彦

 

縁起唄 えんぎうた

俗信縁起にかかわる唄。〈里謡〉または特有の〈地方唄〉に多く見られる。

【例歌】

つるのこゑ 

〽のきのあめ立よるかげは浪花津(なみはづ)へ。あしふくやどのしめやかに。かたりあかせてかはいとは。うその誠かそのことのはに「つるの一声いく千代までもすへはたがひの友しらが。

──本調子上方唄、江戸後期成、『粋の懐』九篇

鶴亀 つるかめ 

♪庭の砂子(いさご)は金銀の、玉をつらねて敷たへの、いほへの錦や瑠璃のとぼそ、(しやこ)のゆき桁、瑪瑙(めのふ)のはし、池のみぎはの鶴亀は、蓬莱山も余所(よそ)ならず、きみの恵ぞありがたき「亀は万年の齢を経、

──長唄、近代の演、『美音の栞』第二〇〇六号

 

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長唄「梅の栄」

長者と鉢 *桃山晴衣うた語り

鶴 亀(類歌) *三穂一の会

初春三番叟 *市丸

 

御蔭踊り唄 おかげおどりうた

慶応三年から翌年春にかけ、東海地方を中心に広がった民衆の乱舞狂躁行動が生じた。最初は名古屋辺で、天から伊勢神宮の御符が降ってくるという噂が流れた。それを拾うと吉事が起こるというので、神符を示しながら踊り狂う。すると周りの者も次つぎとつられて踊に加わり、ときには万余の群集が神がかりにあつたように路上を練り歩いたという。

たいていが異様な格好でエエジャナイカの唱え節を合唱。あるときは詞に女陰の方言名が入り、それを女子供まで唱和した。

この状況を現代の歴史書では「不可解な大衆フィーバー」「神官らによる倒幕助長の愚民化操作」などと書いているが、一種の集団ヒステリーには違いない。勤王か佐幕かで殺し合いが日常化している世情のもと、人心の不安が昂じて巨大なストレスを生み、些細なきっかけで全国規模で一挙に爆発したようだ。

ちなみに、御蔭踊りにかかわる面白い作り話があるので、《参考》に掲げておこう。

【例歌】

善いじやないか よいじやないか  

〽ヨイジャナイカ

エエジャナイカ

加茂川の水に流せば

エエジャナイカ

くさいものには紙をはれ

やぶれたらまたはれ

エエじゃないか               

──幕末に大流行の伝承俗謡 

[メモ] 出典や流行地で詞がかなり異なる。

 ええじゃないか 幕末の錦絵

よいじやないか

よいじやないかえ、あの隅田川、花にも月にも雪見にも。

よいじやないかえ、あの腹立てず、共に話せば互ひにわかる胸。

──くずし唄、慶応四年頃流行、『明治流行歌史』

[メモ] 幕末の群集狂乱「ええじゃないか」の主題を借りた転喩手法の唄である。

《参考》

附 御札天降り一件〔現代語訳〕

東海道の沼津宿は先ごろから例の御札が降下しています。どの家も喜んでいるというのに、この宿の小間物屋・豊吉方にはまったく降ってきません。夫婦とも毎日このことを気にかけ、夫は「カカアの性格が良くないからだ」といい、妻は「なによ、亭主の心がけが悪いからよ」と譲らず、喧嘩ばかりしています。

そうこうするうち十二月十一日の朝、豊吉が雨戸を開きますと一陣の風が吹き込み、なにやら飛び込んできた。手に取って見ますと、これが和合神の御札ではありませんか。夫婦して歓喜し、その日のうちに経師屋に頼んで表具替えをしてもらいました。

翌十二日、近所親類を招いて飲めや唄えの大宴会となる。豊吉自身もたいそう酔って、わが娘の緋縮緬の襦袢を裸の身にまとい、絞りはなしのしごきを締め、足袋はだしで踊りだし、横丁から本通りの方へと踊りながら飛び出しました。その折もおり、「松平下総守様御通り、下に、下に」との掛け声のする中に飛び込んでしまった。追いかけてきた身内の者たちはびっくりして、引き留めようとして襦袢の袖をつかんだときは、もう殿様の御駕籠の真ン前。しかも引っ張られて袖が千切れ、弾みで豊吉のからだは駕籠によろよろと倒れかかる。それを駕籠脇に詰めた護衛士が抱え込もうとしたが時すでに遅く、駕籠へどうッと当ってしまいました。見ていた御供頭が二つ三つ殴りつけますと、豊吉ハッと夢から覚めたように、恐縮して平伏です。

御供の武士たちは烈火のごとく怒り、「無礼者、番小屋まで引っ立てい」とわめく。と、殿様は駕籠の中から「何者じゃ」と御尋ね。引き留めた者が、「小間物屋の豊吉と申す者にございます。なんでも御札の降下祝いに大酔し、かくなる御無礼に及んだとのことにござりまする」殿様、重ねて御尋ねになる、「途中、何やら大声で歌っているのが聞こえたが、何と申す歌か」御供、「上方で大流行の歌でございまして、」と小声になり、「恐れ入ります、

〽おそゝに紙貼れ、やれたら又貼れ、よいじゃないかよいじゃないか

〽入れりや其まゝ、よいじゃないかよいじゃないか

と申す歌にございます」と答えます。聞いて殿様、「苦しゅうない、高い声で申してみよ」と御注文。やむなく大きな声で申し上げると、殿様改めて「オソソとは何のことぞ」との御尋ね。共侍二人、顔を赤らめ恐縮し言いよどんでいると、「早く申し上げなされ」と、御家来衆が面白がってせきたてる。よんどころなく、「婦人の前をさす言葉にござります」すると、上役の一人が、「御前の御面前で、無礼な」と叱りつける。殿様、さらにお尋ねあるに、「御札とは何の札じゃ」家来、「ハッ。和合神の札でございます」下総守様続けて御尋ね、「和合神の札ならば、のう、唄ってみたくもなろうぞ」と、御一笑に付された御言葉。「その者、許してつかわせ」この御意によって豊吉、平伏して御礼申し上げました。

 ここで殿様、御供頭に「先刻余の駕籠に倒れ掛かったおり、留めた弾みに襦袢の袖が切れてしまったの。本人さぞ心面白うはなかろう。直してつかわせ」と仰せになります。おみす番(*衣装係)の男、反物千疋の目録を下されました。想像もしなかった幸運に豊吉深く御礼申し上げている間に、殿様は御出立になりました、とさ。

 まったく、珍しいこともあるものでございますな。こんな世の中、あの唄でも唄って豊年踊りを楽しみながら、上方まで流行らせましょうぞ。

  〽降込し仕合夫婦和合神

       内もおさまり豊にて吉 

  〽其夜さはおそゝヘ紙も張らずして 

       重り合て能じやなひかへ〳〵

 御威光に免じ、礼状は略させていただきます。

十二月十四日 松崎旦那様/沼津宿・旅籠屋 与兵衛 

──『藤岡屋日記』慶応三年十二月十四日、第百四十九より、荻生待也現代語訳

 

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おかげ踊り 

 

御船唄 おふなうた 

〈御座船唄〉とも。〈御船唄〉は江戸時代の港町における出航時等の縁起歌の一。新造船の進水や貴人乗船のおりなど、のど自慢の水夫(かこ)らが披露した。詞章ごとに「えい」とか「えん」など掛け声が入る。大名家の中にはこれをお家芸としたところもあった。

なお本書では、櫓漕ぎの小舟による〈舟唄〉とは別して扱う。

 御船唄付きで街へ繰り出される御船山車〔山口県 浜崎おたから博物館蔵〕

【例歌】

新月見 にいづきみ

〽やれ君が代は。浜の真砂(まさご)の数よりも。尽きぬお江戸のご繁昌。何にたとゑん朝ぼらけ。ゑい漕ぎ行く舟の()拍子(ひやうし)を。ゑい揃え。歌ゑ謡ゑや(さを)の歌。ゑい此からさきは鎌倉河岸よ。ゑい余念(よねん)も夏の夕涼み。負けじ劣らじ屋形船。見れば心も(うか)々と。扨も打たる額の文字 いや 水にうつろふ 月の輪のほほん。ほんほほ引ぞいな。ゑい熊一山市漕ぎ並べ。ゑい引く三味線の河竹に。ゑい千里ひゞく虎一や。又とあるまい是一。惣一三国一じや。酒になりすまし。御酒に酔ふても忘れぬは。本所(ほんじよ)一丸。ゑい心も友に角田(すみだ)川。観音堂をも見わたせば。しかみ(つら)して二王丸。踊る小歌の。声も高砂の いや 尾上(おのえ)エヽ丸かねにちるらん。花のににおふ。いせ丸はゑい。くわんと丸迄かくれなし いや まん丸ござれまん丸ござれ 十五夜の月のわのごとく。月のわのごとめうか丸。ゑい紫。ぼしのはちまきは。ゑいかわゆて。ならぬ河市の。ゑいなさけ。あれや柏葉崎。えいうたふも。まふも。御代はめでたいな うれし めでたのゝえいそりや若 枝もゑいゑいさかゆ。のう ゑいゑいはもし。

──御船唄、江戸中期成、『浅野藩御船歌集』二十八番歌

初春 はつはる

目出度や、初春の(ゆき)緋縅(おどし)の、着背那(きせな)(がわ)エン、小桜緋縅(おどし)となりにけりエン、さてまた夏は卯の花のエン、滝根の水に洗ひ革に、エン、秋になりての其色は、みづの(いくさ)に勝色の(後略)

──祝儀唄、近代に収録、『日本民謡大観』関東篇

 

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伊豆の御船歌サミット

佐島御船歌 

中津祇園 御舟歌

 

門付唄 かどづけうた

「門付」と称された芸能者が門ごとに巡って、あるいは大道でうたった唄。

 民俗学的に見ると、節季ごとに門戸を神がおとづれ祝福していく、という俗信に根ざす。たとえば節季候(せきぞろ)・万歳・春駒・鳥追・大黒舞・獅子舞などが演じられた。しかし本来なら祝言人(ほかいびと)であるべきはずの芸は時とともに世俗にまみれ、いかがわしい雑芸を売って糊口をしのぐ半端者のそれへと堕ちていった。唄のほうも卑俗化をたどったのは、当然の成り行きである。

 正月の町角は門付芸人らでにぎわう 英一蝶画「十二ケ月ノ内、正月」

【例歌】

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ずぼらん      明石榮検 みき光唄

♪かゝる所へ葛西(かさい)領なる篠崎(しのざき)村のな、弥陀堂の坊さまが、雨降り揚句に修行(しゆぎやう)と出かけた。右に数珠持ち、左の肩には大きな木魚、横に抱へて、南無からたんのうとらやアやア、(おら)(かかあ)はづぼらんだアんよ、隣の内儀(かみ)さんこれな(もし)、なんのかんのと修業はよけれど、遥か向ふより、十六七なる(あね)さんなんぞに、ちよいとまた見染めた、えゝ〳〵〳〵サノよい〳〵よいとこな、よつぽど女にや、のら和尚。

──芸唄、近代に採録、『上方芸能辞典』

とことんとこ 

♪トコトントコ、トンサクナ、()(だい)尽くしや紙尽くし、紙にもいろいろ有馬紙、わたしのような美濃紙は、一銭二銭は富者(ふうじや)の塵紙、トコトントコ。

──芸唄、近代に採録、『上方芸能辞典』

 

救世軍歌 きゅうせいぐんか

【例歌】

いつくしみふかき(讃美歌312番)

♪いつくしみふかき ともなるイエスは

 つみ とが うれいを とりさりたもう

 こころのなげきを つつまず のべて

 などかは おろさぬ おえる のべて

 いつくしみふかき ともなるイエスは

 われらのよわきを しりて あわれむ

 なやみ かなしみに しずめるときも

 いのりに こたえて なぐさめたまわん

 いつくしみふかき ともなるイエスは

 かわらぬ あいもて みちびきたもう

 よの とも われらを すてさるときも

 いのりに こたえて いたわりたまわん

 

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とともにいまして

主我に先立ち 救世軍歌292

もろびとこぞりて

世の終わりのラッパ

 

熊野節 くまのぶし

熊野比丘尼がうたい広めた歌の総称。

発祥についてはいくつもの説があるが、狭義には西国順礼歌を熊野ぶりに摸擬してできた歌をいう。

 熊野比丘尼絵説図 熊野比丘尼らは絵解きの名目で武家屋敷などを訪れ春を売った

【例歌】

おさん茂兵衛 おさんもひょうえ 

〽恋といふ字は迷ひの淵よ、こゝと積りて大経師おさん、ありし昔のその有様を、さらば暦の言葉で申そ、自体おさんは都の町で、器量自慢で(なさけ)も深く、如何な奥方大明(だいみやう)日の、御前様にも恥づかしやないが、如何な縁かや()(しゆん)(かた)へ、()宿(しゆく)(にち)なり嫁取よしと、親に委せて来ごとは来たが、(つま)の以春は心に染まず、兎角男の間日(まび)をば盗み、手代茂兵衛とちん〳〵血忌み、恋の歯固め蔵開きよし、閨の(うち)こそ黒日(くろび)となして、待つぞ必ず着衣(きそ)(はじめ)よし、やがて彼岸の入にもならば、お寺参りにやまた逢ひませう、何と茂兵衛殿どう思はしやる、若しも此の事(じつ)(ぽう)(ぐれ)と、知れて浮名の辰の日ならば、遂に以春も聞こ(わう)亡日(ぼうにち)、兎角こちから暇とる思案、八十八夜も過ぎたる後は、梅雨(つゆ)入かや土用の(わざ)か、月の障りか、月食(げつそく)などと、作り病で唯ぶら〳〵と、二百十日も寝て居るならば、如何な男もはや秋風で、兎角(ふく)(にち)去られて後に、二人(とし)(どく)恵方棚吊りて、()(たて)竈塗味噌漬けもよし、世帯しましよと約束したが、男騙したその(こん)(じん)が、鬼門崇りか甲斐現れて、浮名天一天井までも、ひかれ出づれば都の町で、知るも知らぬも皆節分に、(むま)乗初めぢやと名の立つにさ。

──比丘尼唄、江戸前期流行、『大阪流行音頭』

[メモ] 本題目を「大阪音頭熊野ぶし」といい、「色里はやりうたくまのぶし」 の副題付き。鬼気迫るような猟奇事件を材に、熊野比丘尼が歌い広めた比丘尼唄の一つである。

 

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おさん茂兵衛(類歌)

 

敬神歌 けいしんか

古くから俗信に基づく神を敬い畏れるために捧げる歌謡。

事あるたびに安全祈願や厄除けを願ってうたわれた。

【例歌】

御岳歌〔埼玉県〕 みたけうた

千早振る神のみ末の我なれば、罪も報いも晴れる朝霧。

おとにます、たけのみかみのもろわけに、たたへる罪はのがれ和ぐ。

千早振る神の御岳の弓神楽、弦音聞かば悪魔退く。

ちはやふる神の守護のある人は、尚永久と神のまにまに。

三笠山かすがの池にかさはらの火もたきしづむ御岳山。

しら山の松の木影に隠れ居て、やすらに住める(らい)の鳥かな。(秩父郡)

──伝承古里謡、近代に採録、『俚謡集拾遺』

[メモ] 御岳に登山するときに唱和する。

 

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ラ・ノビア *岸 洋子

 

御詠歌 ごえいか

〈順礼歌〉に同じく、信者らが各地寺院や霊場を巡礼するさいうたう。

 お経CD「 西国三十三ヶ所御詠歌 」表面

【例歌】

四国八十八ケ所御本尊御詠歌 しこくはちじゆうはつかしよごほんぞんごえいか

第一番 阿波国板野郡霊山寺 地蔵菩薩

霊山(りやうせん)の。釈迦の御前に。めぐりきて

 よろづの罪も。消えうせにけり。

第二番 同郡極楽寺 阿弥陀如来

極楽の。弥陀の浄土へゆきたくば

 南無阿弥陀仏口癖にせよ。

  第三番 同国郡金泉寺 釈迦如来 

極楽の。宝の池を。思へたゞ

 黄金のいづみ。澄みたゝへたる。

  第四番 同国同郡大日寺 大日如来

ながむれば。月白妙の。夜半なれや

 たゞ黒谷に。墨染めの袖。

  第五番 同国同郡地蔵寺 地蔵菩薩

六道の。能化の地蔵。大菩薩

 みちびきたまへ。この世後の世

  第六番 同国同郡安楽寺 薬師如来

仮の世に。ちきやうあらそふ。無益なり

 安楽国の。守護をのぞめよ

  第七番 同国同郡十楽寺 阿弥陀如来

人間の。八苦をはやく。離れなば

 到らんかたは。九品十楽。

  第八番 同国阿波郡熊谷寺 千手観世音

薪とり。水くま谷の。寺にきて

 難行するも。後の世のため。(後略)

──順礼歌、近代まで伝承、『日本歌謡集成』第四巻

 

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御詠歌 正調旧節

 

御祝儀三吟 ごしゅうぎさんぎん

『御祝儀三吟』は歌川春升画の錦絵歌集(詞の作者は未詳)で、「松竹梅」それぞれ数え歌形式の詞が付けられている。

 宴席などで好んでうたわれる目出度い尽し物である。 

【例歌】

松尽し まつづくし

♪一本目にはいきの松、二本目には庭の松、三本目には下り松、四本目には志賀の松、五本目には五葉の松、六つ昔の高砂(たかさご)の、尾上(をのへ)の松や曾我の松、七本目には姫小松、八本目にははまの松、九つ小松を植ゑならべ、十でとよくの伊勢の松、此松は不老の松にて、なさけ有馬の松が枝に、くどけばなびく相生(あひおひ)の松、またいついつのやくそくに、日をまつ時まつ暮をまつ、連理(れんり)の松にちぎりをこめてめでたいな。

竹尽し たけづくし

一本目にはいなの笹原、二本目には二年竹、三本目にはさらし竹、四本目には四方竹、五本目にはごま竹や、六つ昔は在原の業平竹や呉竹の、七本目にはしちく竹、八本目にははちく竹、九つことしの若葉竹、十でとよ竹御代(みよ)の竹、此竹は無量の竹にて、幾世おもひの竹の色、ちとせを祝ふ女夫(めをと)竹、そのすゑすゑの添伏(そひぶし)は、や竹に思ひの竹いふて、ふたまた竹のちぎりをこめてめでたいな。

梅尽し うめづくし

一本目にはいその梅、二本目にはにしき梅、三本目にはさかえ梅、四本目にはしだれ梅、五本目には()()の梅、六つ武蔵葛飾(かつしか)に、紅梅殿や(ぐわ)(りう)(ばい)、七本目には七つ梅、八本目には鉢の梅、九つ小梅や(こぼ)れ梅、十で(とび)(うめ)つくしがた、この梅は常世(とこよ)の梅にて、さかえさかふる梅が枝に、ひらけばかをる軒の梅、さてかずかずの花の兄、野の梅、(やり)(うめ)(むろ)の梅、(あう)宿(しゆく)(ばい)に契りをこめて、めでたいな。

──祝儀唄、明治二年流行、『御祝儀三吟』(錦絵揃組)

 

寿ぎ唄 ことほぎうた

平穏無事な世を祝いあうための伝統唄。

祝い唄が通俗的であるのにくらべ、〈寿ぎ唄〉は一段と次元の高い詠歌である。

宝船・七福神・鶴亀など目出度物を主題にする。

【例歌】

たんてうの鶴 たんちようのつる      今西一音詞

かず〳〵のさかづきにちよよろづよとかさね〳〵てめぐらする、てうしもとり〴〵いとたけの、こゑもにぎはふさつ〳〵のまつのかぜ、たんてうのつるは、ていしやうにまひをかなで、よはひをさゝぐる、きみがみよ「つきじつきせじよむともつきじまさごのかず、ひとつふたつみつのはま、よつのうみなみ静かにてゆたかにをさまる、みよぞめでたき。

──二上り端歌、『琴線和歌の糸』(寛延四年)

春風に梅 はるかぜにうめ

春風に(かお)れば 君を待つ 心のたけの嬉しさに 初音の夢を身に添えて アレ憎らしい明けの鐘。

──本調子小唄、江戸後期作、『端歌大全』

[メモ] 新吉原での正月叙景。陰暦の正月初春に目出度事の三象徴である松・竹・梅を一詞中に折り込んで、賀歌仕立てにしたもの。傍点は筆者。祝儀のときなど、祝唄として自作の一編を贈ると喜ばれよう。例歌はその手本になる作品である。

 

婚礼唄 こんれいうた

婚礼の祝宴でうたう祝唄。

 昔の祝言模様

【例歌】

高砂 たかさご

四海波しづかにて、国も治まる時津風、枝もならさぬ御代なれや、あひに相生(あひおひ)の、松こそめでたかりけれ、()にやあふぎても、こともおろかやかゝるよに、すめる民とて豊かなる、君の恵みぞ有難き、〳〵

高砂や、此浦船に帆をあげて、〳〵、月諸共(もろとも)に出しほの、波の淡路の島かげや、遠くなるをの沖過て、早(すみ)()に着きにけり、〳〵

千秋楽には民を撫で、万歳楽にはいのちをのぶ、相生の松風、颯々(さつさつ)の声ぞ楽しむ、〳〵

──宝生流謡曲、明治時代の録音、『美音の栞』第四七六〇四号

婚礼唄〔熊本県〕 こんれいうた

親はどんなもの、しら茶にまようてノシコレ知らぬ旅路に娘遣る、ヨカロカノシコレ、よつなかばつてん、どうしよに、コツポヨカ〳〵。

姑は無理なもの、石で袴を縫へといふ、石で袴を縫はれるならば、山の葛が糸となる、ヨカロカノシコレ、よつなかばつてん、どうしよにコツポヨカ〳〵。(玉名郡)

──祝唄、近代に採録、『日本歌謡集成』巻十二

 

歳時唄 さいじうた

唄でつづる歳時記、といったところである。四季折々の雑多な行事も含めて広い範囲が対象になる。

【例歌】

初詣 はつもうで

年増盛りの(はつ)(とら)参り 忍ぶ頭巾(づきん)のつい見知られて 地味な小袖の隠し裏 こぼれ松葉の幾千代も 離れぬ中の楽しみは 太平(たいへい)(らく)で世を送る おおよいことのよいことの。

──江戸端唄、江戸後期作、『端唄大全』

十日恵比寿の歌 とおかえびすのうた

十日恵比寿のうり物は、はぜ袋にとりはち(ぜに)かます、小判に金箱たて烏帽子(えぼし)ゆきてはすさいづちたばねのし、ささをかついで千鳥足。

さておやまの身の果は、内海(うつみ)やかをかしまやか(こう)(いけ)、うけだすそのまま奥様と、いふたらよかろがそりやならぬ、やつぱしくるわでのたれじに。

──歳時唄、維新期流行、『明治流行歌史』

浪花十二月 なにわじゆうにつき

万代(よろづよ)も、尽きせぬ()代や明けの春、まづ元日の寿(ことぶき)や、ものもどうれと初礼者、祝ふ若菜や七草の、(すずな)蘿蔔(すずしろ)神かけて、祈る誓ひも(わか)(えびす)、宝納まるお蔵前、吉兆の〳〵毎年の戎さん、こゝでござりますぞえ、欲に小宝はぜ袋、(なか)に色めく廓駕(くるわかご)、ホイカゴ、別けて尻目も(うは)の空、昇る如月(きさらぎ)初午の、太鼓の富士か朝霞、馬場(ばんば)に並ぶ(やつこ)(たこ)、糸の(もつ)れは唐傘の、引いたときつう引かれ、彼岸()や、アヽ涅槃(ねはん)の床のアヽしめやかに、アヽなんまいだ〳〵、名にこそ高き浪花寺、伶人(れいじん)の舞や(しやう)()も、雲井に近き雛祭り、差いつ押さへつ小盃、酔うた紛れや、()(すそ)引かれし汐干の海よ、蛤ならで片思ひ、およいと入れ(ぶみ)をしました事は内証(ないしよ)々、(だれ)に知らせ市卯月の空に、野崎参りの舟と(おか)、ぞめき参りははしたなく、巻くや真菰(まこも)の足に巻き、幟の鍾馗(しようき)金時の、力も見ゆる菖蒲太刀、雨の上がりの難波の五月(さつき)、やいとかけつけどろつくどん〳〵、しんぎの茶屋で蜜をまおよ提灯の、天神祭りはサヽ山崎の、涼みの中を押し分けて、京都烏丸本家枇杷(びは)葉湯(えふたう)、ばかし(にはか)のその中を、もうお(はら)ひか(せは)しなや、七夕さんの契りは一夜、夜這(よばい)(ぼし)さへ逃げて行く、空に一条(ひとすじ)天の川、渡りおふせて八朔(はつさく)や、指を数へて松が枝の、恨みも晴れて名月の、()んだ心で放し鳥、喜ぶ声も菊月の、(あと)の祭りの宮神楽手事「済んで()の子の炬燵(こたつ)にも、評判聞いた顔見世の、揃ひ衣裳の花やかさ、民も賑はう松が枝の、咲くやこの花冬(ごも)り、()(かへ)りの花ならん、餅搗く音や煤払ひ、(みつぎ)納めや(きぬ)配り、言葉も訛る()()(ぞろ)に、取り染めたる数々の、豆の囃子で大晦日(おほつごもり)の、末幾千代と祝ひ納めん。

──手事物地歌、伝承現行、『上方芸能辞典』

[メモ] 大阪の旧年中行事を詞に収めてある。このように手事で結ぶ曲を「手事物」といっている。

 

祭礼唄 さいれいうた

祭りのための唄。

多くは鳴物・囃子入りで、流布の範囲も全国的に広がっている。

【例歌】

山王の さんのうの

オーンヤリヨウ 山王のお祭りに、猿と酉とがせんだつで、山車や屋台の大陽気、笛によすけの打ちこみは チヤンチキ チチチチ ステテンストドンドーン

──祭唄、江戸後期流行『江戸小唄の話』

 東京都港区の現日枝神社を「山王」といった。山王祭は毎年六月十四日に始まる例祭。よすけ=与助、神楽の囃子方。

県社真清田祭歌〔愛知県〕 けんしやませだまつりうた

♪お婆々(ばば)どこ行きやるアー、アヽナーアヽ、おゝ婆々何処行きやるなアーア、三升樽さアーげて、さうらばエーエ、ヒユル〳〵ヒユ、ドン〳〵〳〵、嫁の在所へなアーア、ナーア、嫁の在所へなアー、サヽ孫抱きに、さうらばエーエ、ヒユル〳〵ヒユ、ドン〳〵〳〵。(中島郡)

──祭唄、近代に採録、『里謡集拾遺』

[メモ] 祭歌らしからぬ、子守唄風の変った唄である。

春日神社田植祭〔奈良県〕 かすがじんじやたうえまつり

♪若たね植ゑそよ苗たね植ゑそよ、女の手に手を取りて、拾ひ採れよとヤレ〳〵ヤレ〳〵。

みましもけや若苗とるてや、白玉(しらたま)とる手こそ白玉なゆらや、とみくさの花ヤレ〳〵ヤレ〳〵。

(ふく)万石(まんごく)本石(ほんごく)へ、うゑ散らして、手に手を取つて拾ひ取るとヤレ〳〵。(奈良市)

──祭唄、近代に採録、『里謡集拾遺』

打込〔鹿児島県〕 うちこみ

天下泰平長久に、治まる御代こそ久しけれ。峯の松風さー〳〵舞鶴がちとせずも、末もはるかに祝ひ治むる。ヒーヨー。

──祭礼踊り歌、近代に採録、『日本歌謡集成』第十二巻

 

地蔵和讃 じぞうわさん

地蔵菩薩と化した幼子への追悼の唄。

民俗関係の資料を見ると、この類の唄が全国津々浦々に散在している。どの地域の唄が源なのかもわからない。

【例歌】

さいのかわらさん

きみやう ちやうらい めいどにて

 ものの あわれの そのなかに

 さいのかわらの みづかがみ

みるに なみだの たいがたや

はなを つくづく ながむれば

ひらきし はなわ ちりもせで

つぼみの はなの ちるをみて

はなも わがこも あのごとく

むじやうの かぜに さそわれて

しでの やまじも ひとりして

しやうづか ばばの もとによき

きたる いるいを はぎとられ 

かわいや まるの はだかにて

さいの かわらの はつたびを

きくに つけても あわれなり

ふたつや みつや よついつつ

とより うちの みどりごが

さいの かわらに あつまりし

ちちを こいしや ははこいし

こいし こいしと なくこいは

このよの こへとわ ことかわり

かなしさ ほねを とうすなり

かの みどりごの しよさとして

かわらの いしを とりあつめ

これにて いかうの たふをつむ

いちじよう つんでは ちちのため

にじよう つんでは ははのため

三じよう よじよと つむときわ 

ついぜん くやうの つとめなく

ただ あけくれの なげきにわ 

むごや かわいや ふびんやと 

をやの なげきわ なんじらが 

くげん うくる たねとなる

われを うらむる ことなかれ 

   かね てつぱうを ふりあげて 

つみたる とうを うちくづし

また つめつめと せめければ

をさなご あまりの かなしさに 

まこと やさしき てをあわせ 

よるし たまいと ふしをがむ 

なんじら つみなく をもふかや

ははの ちぶさが いできれば

なくなく むねを うつときわ

ははを はなれず なくこいわ

てんち ならくい ひびくなり

いへつつ をにわ きいうせる

みねの あらしの をとすれば

ちちかと をもふて はせのぼり

たにの ながれを きくときわ

ははかと をもふて はせくだる 

あたりみれども ははもなし

たれとて そへじを なすべきや

 西の川原(賽の河原)地蔵〔ブログ「オノコロこころ定めて」より〕

にしや ひがしと かけまわり

いしや きのねに つまづいて

てあしは ちしほに そめながれ

をさな ごころの あじきなや

すなを しきつつ いしまくら 

なくなく ねいる をりからに

また せいじやうの かぜふけば

みな いちどうに をきあがり

ここや かしこと なきあるく

そのとき のうけの ぢぞうそん

ゆるぎ いできて たまいつつ

なにを なげく をさなごよ

なんじの いのち みじかくて 

めいどの たびに きたるなり

なんじが ちちは しやばにあり

しやばと めいどわ ほどとほし

われを めいどの ちちははと

をもふて あけくれ たのめよと

をさなき ものを みごろもの

もすその うちに かきいれて

あわれみ たまうぞ ありがたき

いまだ あよまず をさなごが

しやくの じやうのいに とりつかせ

にんたく じひの をわたいに

いだき かかいて なでさすり

だいひの ちぶさを あたいつつ 

なくなく ねいる あわれさわ

たとい がたなき をんなみだ

けさや ころもに すがりつき

たすけ たまふぞ ぢぞうそん

──信心唄、幕末まで伝承、『地蔵和讃明治版』(新潟県・丸山広造版)

[メモ] 文句は幕末に新潟において筆写の旧本復刻版による。「賽の河原」は冥途の賽の河原を指し、そこで早世した子供が親たちの哀悼を受けながらも受難に苦しむさまを描いている。

 

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地蔵和讃 *山村豊子

水子地蔵和讃

 

祝儀唄 しゅうぎうた

祝儀のときにうたう唄。

結婚・元服・新築・還暦など色々ある。

【例歌】

祝儀唄〔広島県〕

お前百までわしや九十九まで、共に白髪の

生えるまで。

叶うた〳〵思ふ事は叶うた、末は鶴亀五葉の松。 

目出度〳〵が三つ重なりて、庭に鶴亀五葉の松。

これのお背戸にや、茗荷や〓冬(ふき)や、冥加目出度や、ふき繁昌。

ことしや豊年どし、穂に穂が咲いて、道の小草に金がなる。

──里謡、近代に採録、『俚謡集拾遺』

[メモ] 土地の古老の長寿祝でうたわれた。

 

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紀元節 きげんせつ         高崎正風詞

♪一 雲に(そび)ゆる高千穂の、高根おろしに、草も木も、なびきふしけん大御世を、あおぐきょうこそ、たのしけれ。

 二 海原なせる埴安(はにやす)の、池のおもより猶ひろき、めぐみの波に()みし世を、あおぐきょうこそ、たのしけれ。

 三 天つひつぎの高みくら、千代よろずよに動きなき、もとい定めしそのかみを、仰ぐきょうこそ、楽しけれ。

四 空にかがやく日のもとの、よろずの国にたぐいなき、国のみはしらたてし世を、仰ぐきょうこそ、楽しけれ。

──祝賀唄、明治二十一年発表、『紀元節の歌』

民謡報国・国防音頭      倉満南北詞

「菊の栄」

♪すめらみくにのいしづゑかたくよ サノセ

 皇子目出度御誕生うれし ドント

 栄へいやます 栄いやますお国ぶり ヨーイト

 日の本万々歳 ヨヤサノ ヨイヤサツサ

「国 防」(二上り)

♪お国思へば防がにゃならぬよ サノセ

 どんなお方が御座ろとまゝよ ドント

 かたい瑞穂の かたい瑞穂のお国ぶり 

 ヨーイト ヨヤサノ ヨイヤサツサ

                (後略)

──祝賀唄、昭和十五年今里新地組合発表、『奉祝歌』

[メモ] 譜面もしくは曲の指定はない。

 祝儀唄のCDも何種類か発売されている

 

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御祝儀婚礼 *中越信幸

 

祝言唄 しゅうげんうた

狭義の祝儀唄の一つで、婚礼には付きものの祝唄である。

【例歌】

祝言高砂唄祭文 上 しゆうげんたかさごうたざいもん

高砂や。この浦船に帆をあげて月もろ共にいでしほの。「なみの淡路の島陰よりも。「艪の音が。一挺か二挺か。三挺か四挺。「六てうこばやをせへせ宝船「今宵は君はござらぬか。昨日も今日も過ぎし夜の。逢はであひとてござりやせんとて。「苫屋の床の(ひじ)(まくら)。夢見ぬための仮睡(うたたね)なぜに。そなたは来て起こす。サイモンブシ「げにや誠に草木(さうもく)は。心なしは申せども。花実の時をばそなへたり。南枝の花を今更に。始めて聞く言の葉は。これてんせいの道理なり。ナガシ「こゝに播州高砂の。浦に仲よき夫婦あり。()の葉を掻きて朝夕(てうせき)に。酒を暖め楽めり。げに(もろこし)蘇子贍(そしぜん)も。これにはいかでまさるべし。夫婦一所に岩かねの。こゞさか上にやすらへて、やれくたびれた。女房どももちつと。こちへよれ〳〵と。姥が片膝仮伏(かりぶし)に。つや〳〵ねぶるをゆり起し。これなうこゝな親爺殿。うちに水がつきますか。(よる)はこそ〳〵出歩いて。(わらは)ばかりが独寝(ひとりね)の。(つま)()ちながら。後家(ごけ)立つる去らず死なずの生仏(いきぼとけ)は。なう此の姥が事ぞいの。ほんにちと。まあ起きさんせ。これ目醒しにこしめせと。茶碗片手にとつくりと。「こぼさぬやうにと差出す。サイモンブシ「親爺は妻の志。たんと嬉しう思へども。つい飲む事も不首尾さに。なにをぬかしをる老耄(おいぼれ)め。あたかしましいせは〳〵と日さへ暮るれば寝よ〳〵と。十九(つづ)二十(はたち)の身のやうに。むしやうに人をせがみをる。寝入れば寝冷(ねびえ)するとて。熱いに着る物きせくさる。起きれば手水つかへとて。どこも洗へとせがみをる。まだ目もさめぬに茶を飲めと。茶碗取る手にやつきり〳〵りとな飯をくへ。からりと箸をおくとはや。髪を()かうとせがみをる。なんぞといへば初物ぢや。これこしめせと突きつける。めつたに俺を飼ひ育て。長う添はうといふ事か。釈迦でもさうはなりませぬ。ほかを嫁げと申しける。(下は略)

──歌祭文、江戸前期作、『新編歌祭文集』

[メモ] 長いうえ素人には歌いこなしが難しく、芸人の出張りが少なくなかった。

 

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花嫁行列と長持唄 *日撫神社(米原市顔戸)

 

順礼歌 じゅんれいうた

〈御詠歌〉〈お遍路歌〉とも。霊場巡りのさい唱和する短歌体の歌。「西国三十三所」「四国八十八箇所」が代表的である。

 仏教以外の宗教にもこの類があり、その場合は〈巡礼歌〉とのみ称する。

【例歌】

西国三十三番順礼歌 さいごくさんじゆうさんばんじゆんれいか

一番   紀伊国那智山如意輪堂

普陀落や岸打つ浪はみ熊野の

    那智のお山にひびく滝つ瀬。

二番   紀伊国紀三井寺

ふるさとをはる〴〵こゝに紀三井寺

    花の都も近くなるらむ。

 御詠歌の譜面

三番   紀伊国粉河寺

〽父母のめぐみも深き粉河寺

仏の誓にたのもしきかな。

四番   和泉国槇尾寺

〽み山路や桧原松原分け行けば

    槇尾寺に駒ぞ勇める。

五番   河内国藤井寺

〽まゐるより頼みをかくる藤井寺

    花のうてなに紫の雲。

六番   大和国壺阪寺

〽岩をたて水をたゝへて壺阪の

    にはのいさごも浄土なりけり。

七番   大和国岡寺

〽けさ見れば露岡寺のにはの苔

    さながら瑠璃の光なりけり

八番   大和国泊瀬寺

〽いくたびも参る心ははつせ寺

    山も誓もふかき谷川。

九番   奈良南円堂

〽春の日は南円堂にかゞやきて

    三笠の山にはるゝうす雲。

十番   山城国宇治御室戸千手

〽夜もすがら月を御室と分け行けば

    宇治の川瀬に立つは白浪。

十一番  山城国醍醐堂

逆縁ももらさで救ふ願なれば

    順礼堂はたのもしきかな。

十二番  近江国岩間寺

水上はいづくなるらん岩間寺

    岸打つ浪か松風の音。

十三番  近江国石山寺

後の世を願ふ心は軽くとも

    仏の誓重き石山。

十四番  大津三井寺

いつ入るや浪間の月は三井寺の

    鐘のひびきに明くる湖。

十五番  山城国今熊野

昔よりたつとも知らぬ今熊野

    仏の誓あらたなりけり。

十六番  京の清水寺

松風や音羽の滝は清水の

    むすぶ心は涼しかるらむ。

十七番  山城国六波羅

重くとも五つの罪はよもあらじ

    六波羅堂に参る身なれば。

十八番  山城国六角堂

わが思ふ心のうちは六つのかど

    ただまろかれと祈るなりけれ。

十九番  山城国革堂

花を見て今は望もかう堂の

    にはのちぐさも盛りなるらむ。

二十番  山城国良

野をもすぎ山路に向ふ雨の空

    良岑よりもはるゝ夕立。

二十一番 丹波国穴生寺

かゝる世に生れあふ身のあなうやと

    思はでたのめ十声一声。

二十二番 津国惣持寺

おしなべて高きいやしきそうじゝの

    仏の誓たのまぬはなし。

二十三番 津国勝尾寺

重くとも罪に祈るは勝尾寺(かちをでら)

      仏を頼む身こそやすけれ。

二十四番 津国中山寺

野をも過ぎ里をも過ぎて中山の

    寺へ参るも後の世の為。

二十五番 播磨国清水

あはれみや普きかどにしな〴〵の

なにをかなみのこゝに清水。

二十六番 播磨国法華寺

春は花夏はたちばな秋は菊

    いつも絶えせぬ法の花山。

二十七番 播磨書写山

はる〴〵と登れば書写の山おろし

    松のひびきもみのりなるらむ。

二十八番 丹後国成相寺

波の音松のひびきもなりあひに

    風吹きわたる天の橋立。

二十九番 丹後国松尾寺

そのかみは幾夜へぬらん便りをば

    千と世をここにまつのをの寺。

三十番  近江国竹生島

月も日も波間に浮ぶ竹生島

    舟に宝をつむこゝろせよ。

三十一番 近江国長命寺

やちとせや柳に長きいのち寺

    はこぶ歩みのかざしなるらむ。

三十二番 近江国観音寺

あらたふと導き給へ観音寺

    遠き国より運ぶあゆみは。

三十三番 美濃国谷汲寺

よろづよの誓をこゝに頼みおく

    水は苔より出づる谷汲。

──順礼歌、『西国三十三番順礼縁起』(江戸初期)

 西国三十三番巡礼の案内

関の山節 せきのやまぶし

♪ゆふべあしたの鐘の声、寂滅(じゃくめつ)()(らく)と響けども、聞いて驚く人ぞなき、花は散りても春は咲く、鳥は古巣へ帰れども、行きて帰れぬ死出の旅、野辺より彼方の友とては、金剛界の曼荼羅(まんだら)と、胎蔵界の曼荼羅と、血脈(けつみやく)一つに数珠一連、これが冥土の友ぞかし。

──流行節、明治中期流行、『明治流行歌史』

[メモ] 順礼歌そのものではなく、順礼者の細見歌とでもいうべき作である。

 

神事歌謡 しんじかよう

〈神社歌謡〉ということもある。神を奉り崇め、祭る心を示した歌謡。

古里謡や地方唄に比較的多く見られる。

【例歌】

御神田節〔鹿児島県〕 おかんだぶし

今年や御神田、おさほがござる。土手と山下うちづしやめすな。それぢや、おとなしゆが、たまりやせぬ。

一ぶさがりもーせよ、御奉行様よ。一ぶ二ぶしよは、さげてもくりよが、三ぶさぐれば、おうへのさはり。(熊毛郡)

──里謡、時代未詳、『俚謡集拾遺』

[メモ] 

神寿歌〔神奈川県鶴見村〕 かむほぎのうた

ねれ〳〵、〳〵や、我まへをねれよ、とうねれ、はかまのや、すあうかさ、ねれよ、

♪世乃中がよければ、ほながのぢやうも、まいりたり〳〵、

──神寿歌、古代歌謡(伝承)『武蔵国杉山神社神寿歌』

[メモ] ()れ」と告げているのは、氏子に対し、神の口を借りた神主の託宣である。管見するに、祝詞もしくは神楽歌とは底流で脈絡しているのであろう。

香取神宮新田耕式謳歌〔千葉県〕 かとりじんぐうしんでんこうしきおうか

♪あれ見さい筑波のやアまのよーこ雲をホーイホイヤアホイ、よこぐものしたこそわアらがおやくにイ、ホーイホイヤアホイ。

♪ヤレイおかでは女郎衆が手イまねイさイ、ヤレイじよろもみぢぢよろめのよい女郎。

♪ヤレイ見あげてみればおかんどりイ、みおろヲせイばアつのみイや名所は月。

──地方唄、近代に採録、『日本歌謡集成』巻十二

[メモ] 同神社は千葉県佐原市香取に鎮座の元官幣大社。水利交通の盛んな場所柄、宿場女郎の宣伝にも力を入れた唄である。

 藤圭子の慰霊奉納歌碑「圭子の夢は夜ひらく」〔東京都新宿区花園神社〕

 

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御蔭祭「東游」の舞

 

信心唄 しんじんうた

広義の〈宗教歌〉に属する。

俗信や新興宗教、あるいは占術等をも含めた信仰全般にかかわる歌謡をさす。

ときには信心を主題にした俗謡などを探してみるのも、無信心派には岡目八目の食指が動く。  

【例歌】

谷中うはきぶし やなかうわきぶし

谷中の削り廻し教へにまかせてー南無妙法蓮華経うわ〳〵〳〵〳〵う仏に成るともくわんくわつ仏このすき申したさ夜ねぶつ申し飲みたくならめか無間(むげん)のかまさ落つる地獄の釜ぼこ玉子の肴で飲めへせおさへたさはつたおつときたさ(ゆる)せ五左衛門たかへ長左衛門おひかけ中の盃酔うたら大事かやあれ君のつけさし飲めさお待ちや肴をしよ。

──座敷唄、『淋敷座之慰』(延宝四年)

どふぞかなへて どうぞかなえて

〽どふぞかなへてくださんせ(みやう)けん様へ願かけて。まいるみちにはその人に。あいたい見たいおもへども。こつちばかりでさきやしらぬ。エヽヽ「しんきらしいじやないかいな。

──二上り上方唄、『粋の懐』四篇(文久二年)

銀のピラ〳〵 ぎんのぴらぴら

銀のピラ〳〵かんざしさまから、貰ふて落さぬやうにと、讃岐の金毘羅さんに、願でもかけましよか、いやさのようさでいやざんざ、よいやさア。

──三下り端歌、幕末期作、『江戸小唄の話』

天つるつんの尊 てんつるつんのみこと

(はた)売れ田あ売れ(てん)つるつんの尊、(やしき)を払ふて立退きたまへ天びん棒の尊。

──俗謡、明治二十六・七年頃流行、『はやり唄変遷史』

[メモ] 当時隆昌した天理教にはよからぬ噂があれこれ立ち、ために無関係の者はこんな替歌(元歌──悪しきを払ふて助け給へ天理(てんり)(おうの)(みこと))を口にしてからかった。

踏絵 ふみえ          佐藤惣之助詞

♪何をお泣きゃる 長崎娘

 寺の踏絵に 連れられて 

 踏まぬうちから ほろほろと

 椿ににじむ 乱れ心

♪肌に秘めたる 十字架(クルス)を抱いて

 花のいのちの 切支丹

 いとしこいしの エス様と

 天国(ぱらいそ)かけて 結ぶ契り

♪踏めば恐ろし 踏まねば怖し

 ぬれたまつ毛の 眼をとじて

 茨の冠を 踏みながら

 涙に祈る サンタ・マリア

──流行歌、昭和十二年発表

 

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金毘羅舟々 *香川県民謡

星落秋風五丈原 

日本男子の歌 *創価学会応援歌で借曲詞

般若心経の唄

 

住吉踊り唄 すみよしおどりうた

大阪の住吉神社における御田植神事の踊り歌。天下泰平五穀豊穣を祈る古里謡で、周辺各地にはいまなお末流が古い詞のまま根付いている。

 江戸時代の住吉踊り〔「おどりの図」より、国会図書所蔵、江戸初期〕

【例歌】

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住吉踊〔大阪府〕 すみよしおどり *住吉大社

アラ面白の神踊り、天長く地久しく、天下泰平国家安全民栄え、治まる御代のためしとて、兼てぞ植ゑ氏住の江の、岸の姫松目出度さよ。

神をいさめて高天原(たかまがはら)の、ヤアサ、四(しや)の前なる、アレ反橋(そりはし)、前は松原、ヤレ高灯籠、ソレ住吉様の岸の姫松目出度さよ。(泉北郡)

──里謡、近代に採録、『俚謡集拾遺』

[メモ] 近世から近代にかけ、門付け芸人等がはやらせた俗謡の一つにも「住吉踊り」の名があるが、ここでは対象外とする。

伊勢音頭住吉踊り いせおんどすみよしおどり

     上

ことしや世がよい ほうねんどしよ

ヨイトセイ コレハイナ

米のやまやま ヤンデ 金の山

サヽ ヤアトコセイ コクヤナ アリヤリヤ コレハイナ コノ ナンデモセイ

(以下、囃は略)

たかい家から 見おろし見れば しづがかまども ヤンデ にぎやかに

あのや田うゑの あねさんたちが うたにうかれて ヤンデ ももをだした

こいはしはんの ほかけたふねよ かぜにまかせた ヤンデ うきくろう

おまへ江戸まへ うなぎのせうで ぬらりくらりと ヤンデ 手にのらぬ

うきないとふは はじめのうちよ 今じやなぶれば ヤンデ うれしがる

ぬしをうたがふ こゝろもとけた じつとしめたる ヤンデ ゆきのはだ

月とはなとは どちらもよいが しのぶそのよは ヤンデ やみがよい

はなが見たくば よしわらへござれ はなのきみたち ヤンデ 花ぞろひ(下は略)

──よしこの節、天保初期に流行、『伊勢おんど すみよし踊しんもんく』

[メモ] 〈よしこの節〉の伊勢音頭風仕立て。昔はどっちつかずのこの類をアイノコ唄と通称した。

 

大漁節 たいりょうぶし

大漁の水揚げを祝う歌で、新造船の船おろしのさいにも唱和する。

元唄は千葉県銚子市の数え歌形式の民謡で、それが全国的に流布したというのが定説になっている。

 水戸芸者が歌う大漁節

【例歌】

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銚子大漁節 ちようしたいりようぶし  *アニメによる踊り方指導

     一

一つとせー 一番船に積み込んで

川口押し込む大矢声 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

     二

 二つとせー 二間の沖から外川まで

続いて寄せ来る大鰯 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    三

三つとせー 皆一同にまねを上げ

通わせ船の賑やかさ 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    四

四つとせー 夜昼焚いて焚き余る

三ばい一挺の大鰯 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    五

五つとせー 何時(いつ)来てみても(ほし)鰯場(かば)

空間(あきま)も隙も更にない 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    六

六つとせー 六つから六つまで粕割りが

大割り小割りで手に余る 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    七

七つとせー 名高き利根川高瀬舟

粕や脂肪(あぶら)を積み送る 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    八

八つとせー 八手(はちだ)の沖合若い衆が

()(いわ)()そろえて宮参り 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    九

九つとせー 此の浦まもる川口の

明神御利益あらわせる 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

    十

十とせー 十を重ねて百となる

千を飛びこす万両年 浜大漁だね

 アア コリャコリャ

──民謡、大正十年発表、『新版 日本流行歌史』上

大漁唄〔宮城県塩釜港〕 たいりよううた

御祝事は、過ぎければ、おつぼの松をそよめかば、おほかりあれやお(ます)でお(かね)を八石と〳〵〳〵〳〵、朝日のや、出船(でぶね)に、花が咲き揃へ、入船などには、土佐からお船の着くを見ろ。(一句毎にヨオイトコラサの掛声を入れる)

──里謡、近代に採録、『わらべ唄民謡大全』

 

千歳唄 ちとせうた

国土が安泰に末永く栄えるよう祈念し、寿ぐための唄。

この種の歌謡は、国家意識が薄れつつある現代ではかなり衰微している。

 

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千歳や 万歳や *市丸 神楽坂浮子 藤本二三代

【例歌】

姫小松 ひめこまつ

〽やら〳〵目出たや〳〵、天下泰平国土安穏(あんのん)、治まる御代は天長地久、千歳(せんざいらく)(らく)万歳楽、民も豊かに、住吉様の岸の姫松、しつてん〳〵に大悲の風吹かば、地には黄金の花が咲こ、ありややいもしも。めでたいな。

──二上り端歌、『古今はやり歌』第七(元禄十七年)

ひなづる

ひなづるが、そのえだ〳〵に巣をくひて、君もゆたかに我もゆたかに、「すめる民とてひさかたの、光りのどけき春の日に、しづ心なく花の散るらん「げに散ればこそ〳〵、いとゞ桜はめでたけれ、散らぬはまたの春がすみ、たれかしのばんうぐひすの「谷より出づる、こゑさえて野のすゑ山の奥までも、同じ恵みにあひたけのよはひ、久しき松はなほ、君にひかれて、万代やへん。

──本調子長歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

 

追善唄 ついぜんうた

亡き先人の遺徳をしのんで関係者等が作って供養する歌謡。

有名人でもないかぎり、知る人ぞ知るの唄であるから、部外者にとっては通り一遍の歌として聞き流すしかない。

宗旦忌の追善供養 仙台市瑞鳳寺

【例歌】

くちきり         二斗庵下物詞

〽白雪の、はつねはきゞにありやせん、色のなまりは見るのがくせか、さればその事今更に花のとがぞと、しるははつせよまだもよし野のふるさとさむく、ころもかたしくまちおりきせて、おきていなんせな「あすの夜もあるに「そんなわかれのそのあとさへもまゝの川でもせはかはれども、花ぞ昔の都のたつみ「けさの、寝ざめにさめてはろぢの塩瀬のおとの、よぶこどり。

──三下り端歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

[メモ] 大坂で粋人として知られた辰巳屋平兵衛を追善した一曲。

はでゆかた           離仏詞

〽かよふかみうきなのたゝぬふみづきに「もゝよの松のひかりさへ、さすさかづきのかげうつるふえの、音色のはなばなし、十郎さんやまちかねん、とらが恋ぢのまくらより、はなれまいぞとたはぶれに、たのむほとけのかほよりも、をもふをとこのはでゆかた。

──三下り端歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

[メモ] 笛の名人とうたわれた甚十郎こと長田屋百松を追善した歌。

 

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青江三奈メドレー

藤圭子 みだれ髪

 

鶴亀の唄 つるかめのうた

祝儀物のうち鶴亀を主題にした謠。

【例歌】

鶴亀 つるかめ         杵屋六左衛門詞

〽それ青陽の春になれば「四季の節会(せちゑ)の事始め「不老門にて日月(じつげつ)の光を君の叡覧にて「百官卿相袖を(つら)ね「その数一億百余人「拝を勧むる万戸の声一同に拝するその音は「天に響きて「夥し「庭の(いさご)は金銀の「玉を連ねて(しき)(たへ)五百重(いほへ)の錦や瑠璃の扉「(しや)(こう)(ゆき)(けた)「瑪瑙の橋「池の汀の鶴亀は、蓬莱山も他所(よそ)ならず君の恵ぞ「難有き「如何(いか)(そう)(もん)申すべき事の候「奏聞とは何事ぞ「毎年の嘉例の如く、鶴亀を舞はせられ、その後月宮殿にて舞楽を奏せられうずるにて候「ともかくも(はから)ひ候へ「亀は「万年の(よはひ)を経「鶴も千代をや重ぬらん「千代の(ためし)の数々に、何を引かまし姫小松「齢にたぐふ丹頂の、鶴も羽袖をたをやかに「千代を重ねて舞ひ遊ぶ「みぎりに茂る呉竹の、緑の亀の幾万代(よろづよ)も池水に、住めるも安き君が代を、仰ぎ奏でて鶴と亀「齢を授け奉れば、君も御感の余りにや、舞楽を奏じて舞給ふ「月宮殿の白衣の袂「月宮殿の白衣の袂色々妙なる花の袖「秋は時雨の紅葉の羽袖、冬は冴え行く雪の袂を翻す、衣も薄紫の雲の上人の舞楽の声々に、(げい)(しやう)羽衣(うい)の舞をなせば「山河草木国土(ゆたか)に、千代万代と舞給へば、官人駕(くわんにんが)()(ちやう)御輿(みこし)を早め、君の齢も長生殿に、君の齢も長生殿に還御なるこそめでたけれ。

──江戸長唄、『新編江戸長唄集』(嘉永四年)

かくれ念仏音頭〔鹿児島県〕

♪アー

 薩摩島津の この村は

 血吹き涙の 三百年

 死罪・拷問 くりかえす

 アー 

 嵐のなかの お念仏

──仏教歌、五木寛之著『隠れ念仏と隠し念仏』

 俗信の信者らがひそかに集まり念仏を唱える宮崎県都城市「かくれ念仏洞」

 

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いわきじゃんがら念仏踊り

空也念仏踊り

滝宮念仏踊り

佃島念仏踊り

和合念仏踊り

 

念仏和讃 ねんぶつわさん

念仏信心に基く和讃。

各地方に深く根ざし、俗信色の濃い物も少なくない。 

 

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念仏和讃 *真宗大谷派(東本願寺) 同朋奉讃式

【例歌】

寒念仏和讃〔長野県〕 かんねんぶつわさん

〽帰命頂礼長谷は、今年始めて田を作り、しかも春田が当り田で、なんたらこまにも()()(いち)で、八穂で一石取るならば、これのお背戸ヘ蔵七ツ、蔵の番人誰々と一に大黒二にゑびす、三にお地蔵がお立ちやる。なんまいだんぶつ。なんまいだ。(上田地方)

──本調子端歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

 

春駒唄 はるこまうた

近世、年頭に門付け芸人がうたう祝儀唄。その由来・形態・身なり等も各地まちまちで、里謡はもとより地歌や芝居唄にも派生唄が散見できる。 

【例歌】

京の春駒 みやこのはるこま

〽目出たや〳〵春の始の春駒なンどは、夢に見てさへよいとや申、年吉世吉かうかい吉、こ飼に取てはみのゝ国ふはの国やおの山口に留たる種はのうよい種や、かひこの女郎にお渡し申、飼女の女郎は請悦んで、はりまたけの初綿なンど、手にさへきりゝとしたゝめ申、(後略)

──門付唄、江戸初期採録、『滑稽雑談』(四時堂其諺著、正徳三年跋)

淡路の春駒〔⑴に該当〕 あわじのはるこま

エンラ目出度い事や、楽しい事や、年の始めにこなた様へは、春駒が参つた。アラよい馬やと誉めあげ申さば、ほめたがよう…

──門付里謡、成立時期不明も江戸中期か、『淡路草』(藤井彰民著)

駿河の春駒 するがのはるこま

はありや乗りこめはりこめ、どふするなあ、年もよし世もよし、世の中よければ、春の始に、春駒なんぞは、夢に見てさい、よいやと申す、こりやどふする〳〵〳〵なあ

──門付唄、天保年間採録、『春国雑志』十五(阿部正信編天保十四年刊)

 『少年少女/創作文学7 春駒のうた〔宮川ひろ著、偕成社〕

 

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郡上おどり「春駒」

 

仏教歌謡 ぶっきょうかよう

 仏を敬い仏教を尊ぶための賛歌を中心に、仏教儀礼や信仰にかかわる歌謡を指す。 

 讃仏歌〔すねいる音楽CDシリーズ〕

【例歌】

空也僧鉢扣歌 くうやそうはちたたきうた

空也上人念仏 

〽長夜の眠は独り覚め 五更の夢にぞ驚きて静かに憂き世を観ずれば 僅かに刹那の程ぞかし。

時候程なく移り来て 五更の天にぞなりにける

念々無常の我が命 いつか生死に陥らざらん。

人名無常停まらず 山水よりも甚だし

纔に今日は保てども 明日の命は期し難し。三界処広けれど 来りて止まる処なし

四生形は多けれど 生じて死せざる体もなし

三界総て無常なり 四生何れも化幻なり

此の中に住む人は皆 譬へば夢にぞ似たりける。

東岱前後の夕煙 昨日たなびき今日も立ち北邙朝暮の草の露 後れ先だつためしなり。

──仏教歌謡、天慶頃『日本歌謡集成』巻十二

花厳経一首 けごんぎよういつしゆ

〽花厳経は春の花、七所八会(はちゑ)(その)毎に、法界(ゆい)(しん)(いろ)深く、三草二木(のり)ぞ説く。

──仏教歌謡、『梁塵秘抄』巻二(治承三年)

 おに 

なまいだ〳〵〳〵〳〵、南無阿弥陀南無釈迦弥陀仏〳〵、願へばさ願へばなア、怖しき姿に心引きかへて、昔男の芥川、鬼一口(ひとくち)とは野暮らしや、今の浮世は皆色衣、かけて結ぶの御仏(みほとけ)は、朝日の如来難有や、なまいだ〳〵〳〵、()にも仏の教には、飲酒(おんじゆ)殺生(せつしやう)偸盗(ちうとう)邪淫(じやいん)妄語(もうご)の五戒を保つ事、これ十善と名付けたり、打つや鉦鼓(しやうご)()も澄みて、歌舞の菩薩の舞の袖、今華やかに打鳴し「此処に()(はべ)立尽(たちつく)し、さつても〳〵面白や、心浮かれてひよつくりひよ〳〵〳〵〳〵〳〵、ひよつと出たればあいたしこ、(つま)れた花の盛りは室町筋へ、ちよと御座れの文の(つて)恋ひ話「君が代に〳〵、飛騨の工伝(くでん)を今此処に、(ためし)代々(よよ)に尽きすま時、箱の内にぞ入りにけり

──江戸長唄、『新編江戸長唄集』

[メモ] 邪悪の象徴である鬼に対比し仏法の利益を説いている。

大念仏歌〔静岡県、仏年寄の時〕 だいねんぶつうた

♪極楽の開かずの御門は何であく、なむあみだぶつの仏の字であく。

♪極楽の玉のすだれを巻上げて、弥陀の浄土へいざや参らせ。

──里謡近代に採録、『日本歌謡集成巻十二

 [メモ] 出典添書に「初盆の夜太鼓鉦を入れて唱へる」とある。

子ども讃仏歌 こどもさんぶつか  

     一

咲いたよ咲いた

さくらが咲いた

なの花さいた

すみれも咲いた

    二

小鳥ようたえ

わたしもうたう

こちょうよ舞えよ

わたしもうたう

    三

歌えや舞えや

楽しき春を

御仏様の 

めぐみの春を

──児童歌曲、近代まで伝承、『日本童謡事典』

 

泡斎念仏 ほうさいねんぶつ

〈葛西念仏〉とも。念仏そのものは、慶長頃に江戸葛西辺で泡斎という坊主が勧進遊行のため広めたという。この伝をもとに佐山検校が作物(さくもの)’(長歌物)に仕上げた(作詞者は未詳)のが例歌。

 葛西では講が組まれ、この唄を講中で高らかにうたいながら踊り狂ったため、たちまち江戸名物になったほどである。

【例歌】

泡斎念仏 

市川(いちかは)の、(あね)(しゆ)わいのう、お手が荒れ候さあえ、道理かな市川は、縄の緒所(をどころ)さあえ、東金(とうがね)(まち)屋に掛けた塗笠さあえ、これをこそ()き人に着せて見せたやさあえ、しんてうのきやうしうわいの、訳を三人持つたとさ、のんほえ、三人目の、中の〳〵花咲(はなざき)は、(いち)のうは〳〵で好いたえ、葛西のけん六殿(どの)わいの、嫁を三人持つたとさ、のんほえ、三人目の中の嫁は、ずでんと孕んだ、さて〳〵一ぽつとり者ぢやよの、のうほんえ、一のぽつとり者ぢやよ、ほんよ〳〵ほんよさ、うは〳〵〳〵〳〵〳〵浮気旦那、有徳(うとく)旦那、三人目の中の嫁は、ずでんと孕んだ、さて〳〵一のぽつとり者ぢやよ、ほんよ〳〵ほんよさ、うは〳〵〳〵〳〵〳〵浮気旦那、有徳旦那、とかく浮世は〳〵。

──踊り唄、江戸前期作、『日本歌謡類聚』

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船橋バカ面踊り」は近年に葛西から千葉県船橋市へと移り伝わったもので、泡斎

念仏踊りの流れをくむ

 

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じゃんがら *いわき念仏踊り 菅波青年会

 

万歳唄 まんざいうた

年頭の祝賀唄。

近年、各戸を廻る民間芸能として栄え、いくつもの似たような唄が伝えられている。

【例歌】

万歳唄 

〽徳若に御万歳と、御代も栄えまします、愛敬ありける新玉の、年たちかえる(あした)より、水も若やぎ、木の芽もさき栄えけるは、誠にめでたう候ける「京の司は関白殿、(おり)()(みかど)は日の本たいし、王は十善神は九善、(よろづ)安々浦安(うらやす)のきいのもとにて正月三日、寅の一点に誕生まします若恵比寿、商売(あきなひ)(がみ)と祝はれ給ひて、商売(あきなひ)繁昌(はんじやう)守らせ給ふは、誠にめでたく候ひける「優女(やしよめ)々々京の町のやしよめ、売つたる物は何々、大鯛小鯛(ぶり)の大魚、(あはび)栄螺(さざえ)(はまぐり)こ〳〵蛤々々召されと、売つたる物はやしよめ、そこを打ち過ぎ(そば)(たな)見たれば、金襴(きんらん)緞子(どんす)紗綾(さや)縮緬(ちりめん)繻子(しゆす)緋繻子縞繻子(しゆ)(ちん)、色々の結構飾り立てゝ候ひしが、町々の小娘や、小歳の寄りたる(うば)たちまで、売り買う有様、げにも治まれる御代なり時なり、恵方の御倉(みくら)にずつしり〳〵「宝は治まる、(かど)には門松、背戸(せど)には背戸松、そつちもこつちも、幾年のお祝ひと祝ふ

──二上り端歌、江戸初期作、『琴線和歌の糸』

野郎万歳 やろうまんざい     古今新左衛門直伝

とくわか衆によね万歳ときみ。〳〵きみ立ち栄えまします。花の都に住む玉の井の吉三郎。尾上の君と申すとも此の君とても劣らじ。だいだいは疝気の薬はじめて仏法弘んめける。神のみやざき弥津三勘太郎菊之丞。のしをよに爰に可愛らしきは恋の小源太夫□し。伊達(だて)な小袖に模様して阿弥陀笠がお好きぢや。奈良は七堂伽藍難波。津の国天王寺。聖徳太子の御代の時よりはじまり。千秋万歳の福の神を祝うた。祝うたが(ぢやう)には君も栄えましますこそ。ぞけるこそけれなれ誠に目出度うさむらひける。

──万歳節、江戸初期作、『はやり歌古今集』

[メモ] ここでいう「野郎」とは、江戸時代初期の歌舞伎役者をさす。

名古屋甚句「万歳唄」 なごやじんく/まんざいうた 

♪娘十七八嫁入盛ネー、箪笥長持挟箱、これ程持たせてやるからは、必ず戻ろと思ふなよ。申し阿母(おつか)さんそりや無理ぢや、西が曇れば雨となり、東が曇れば風となる、千石積んだる船さへも、追風変ればねエーエ、出て戻るエー。(名古屋市)

──里謡、近代に採録、『里謡集拾遺』

 

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千歳や 万歳や *

名古屋名物 *登代子

 

巫女祭文 みこさいもん

 俗信にいう「イタコ呪文」のこと。霊媒者が口誦する死霊の文句。

 

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祭文音頭

姫宮神社巫女舞

 

厄払唄 やくばらいうた

俗信分野で、厄払いのためにうたわれる唄。

各戸で(まじな)いを行うだけでなく、門付芸としてうたいながら厄払を引き受ける専業者も出ている。

【例歌】

いよさがすいしやできはさんざ節

山で恋すりや木の根が枕、さんざ、御前木の葉が夜着(よぎ)となる、よをゝい、いよさがすいしやできはさんざ。

右替唄 みぎのかえうた

人の嫌がる(あまざけ)(ばば)さ、さんざ、かあい子供を(とり)にくるよをゝい、南天杉の葉にんにくとんがらし化物め。

──小歌、文化十四年頃流行、『小歌志彙集』

[メモ] 文化十四年冬、醴婆なる妖怪が現れ子供さらいなど悪さをするという噂がたった。

「南天杉の葉にんにくとんがらし」は魔よけの呪い物。

厄払の門付唄〔駿河国〕 やくばらいのかどづけうた

〽鶴は千歳お亀さん、禿(かむろ)袖にしがりつくや、あひやす馬鹿りすひよしなんせ、よしなんせのよの字を取りて、吉原にいずれ劣らぬ遊女町、禿(かむろ)(まり)つく手鞠つく、三つ、九つ、十三、十九、二十五、三十三、四十二大厄、この厄払ひがかい摑み、西の海へさらり

──俗謡→信心唄、天保十四年刊、『駿国雑志』巻十五下(阿部正信著)

厄払ひの唄〔和歌山県〕 やくばらいのうた 

やーれ目出度やな、めでたいことで払ふなら、うちのお裏の(かねぐら)に白い鼠が三つ走る、小判銜へて走るなり、これもお家の御吉兆、もしも悪魔が来るなら、この厄払ひが引つ捉へ西の海へザブリ〳〵。(和歌山市)

──俗謡→信心唄、天保十四年刊、『駿国雑志』巻十五下(阿部正信著)

 

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厄払いの唄「ねがいごと

 

嫁入唄 よめいりうた

嫁入りのとき花嫁を祝ってうたう歌。里謡に多くみられる。

【例歌】

嫁入唄〔鳥取県〕

〽も早行きます、何誰もされば、今度来る時や客で来る。(実家を出る時)

 嫁入り祝い唄は全国各地に点在してみられる

 

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秋田長持唄 *香西かお 

開田の嫁入り唄

嫁入り祝唄 *カラオケ風