承前、同じく補遺として歌謡の様式別カテゴリーに区分した雜載

 

Ch.23  歌謡様式の唄

 

 

Ch.23 歌謡様式の唄 目録 (五十音順) 

 

あんこ入り 唄入り出囃子 縁語結びの唄 折込唄 語り入り 冠揃え 擬音入り 

脚韻唄 口語歌 古句取り 事寄せ唄 借曲詞 借辞唄 新体詩歌 説教節 せり

上げ唄 揃え物 大尽舞 題離れ唄 町名寄せ 対句彩の唄 尽し唄 手事物 

同語連ね歌 動物の唄 名寄唄 花尽し はやり物唄 風刺唄 ひやかし唄 伏字

唄 無常の唄 

 

 

あんこ入り あんこいり

近代、都々逸や小唄、あるいは短い俗謡の中に有名曲詞を挟み込み、それを原曲のままうたう歌謡を〈あんこ入り〉と通称している。

今なら盗用に相当する場合もあるが、物事の扱いがなべておおらかな時代のこと、その程度のことは大目に見られていたのである。

【例歌】

漢詩あんこ入り都々逸 かんしあんこいりどどいつ                 山々亭有人作詞

♪忍ぶ垣根につい声高に(入り)酒がいはせる小唄ぶし

   荊籬客酔斜吹菊 けいりかくゑひてななめにきくをふく

   柴戸人稀緩酌蘭 さいこひとまれにゆるくらんをくむ

♪わずか女房が三寸の舌に(入り)五尺有余の身を果す

   澗庭松揺千尺雨 かんていのまつはせんせきのあめにうごき

   庭前竹憾一窓秋 ていぜんのたけはいつそうのあきにゆらぐ

♪柳桜の色ある巷(入り)梅の笑がほに桃の媚

   西施願色今何在 せいしのがんしょくいまいずこにある

   応在春風百草頭 まさにしゆんぷうひやくそうのほとりにあるべし

──都々逸、明治初期作、『唐詩作加那』三篇

和歌あんこ入り都々逸 わかあんこいりどどいつ                    妻雄兎子詞

♪茶だち塩だち酒までたつて(入り)これでも

 そへずはなんとせう

   (しのぶ)れど色に出にけりわが恋は

   ものやおもふと人のとふまで

──都々逸、明治初期作、『畳ざん辻うら詩入どどいつ』

私の商売 わたしのしようばい         松崎質詞

妾たしやオペラの役者でございます。毎日毎日

〔唄〕恋はやさし野辺の花よ

  夏の日のもとに朽ちぬ花よ

 とやらなきやその日が送れない

妾の商売電話の交換手、朝から晩迄

 〔言葉〕あーもしもし何番何番ハーお話中

  下谷の? 何番です? 五万八千? そんなのはありませんよ、ハイハイもつとはつきり云つて下さいな、え? 時間ですか、今十時五十分過ぎですよハイハイハイ

 とやらなきやその日が送れない

──流行歌、大正九年頃流行、『日本近代歌謡史』下

 

YOU TUBE

 

古城  詩吟「古城」入り 山田美楓

字余り都々逸 あんこ入り都々逸

都々逸―新内入り― 柳家三亀松

白虎隊(詩吟入り) 小芝陽子

皇国(みくに)の母 音丸 泉詩郎

美空ひばり 『都々逸~酒は涙か溜息か入り』 

 

唄入り出囃子 うたいりでばやし

寄席など下座の出囃子に短い俗謡を挿入したもの。芝居咄でも好んでうたわれるが、曲そのものの数は少ない。

【例歌】

YOU TUBE

梅は咲いたか うめはさいたか       京舞伴奏

〽梅は咲いたか桜はまだかいな、柳なよ〳〵風しだい、山吹や浮気でエヽ色ばつかり、しよんがえな。

──本調子小唄、幕末から近代に長く流行、伝承

[メモ] 江戸から東京にかけての時代、鼻唄としても大流行した。

 

縁語結びの唄 えんごむすびのうた

ここでいう縁語の説明にはいる前に、縁語を成立させる仕掛け役の[掛詞]に付いて説明する。どちらもふだんなじみの薄い言葉なので、やや長くなるが、きちんと説明しておきたい。以下は拙書『図説 ことばあそび遊辞苑』からの抄出である。

日本語において際立つ同音異義の特性を生かし、一語に二つ以上の意味をもたせ文句を飾るものを「掛詞」という。平安時代、和歌の修飾に伴い、異質な複数言辞の統合を目的に創案された。

掛詞の手法を利用すると、和歌や歌謡のある一語に両義をもたせることが可能となり、歌容をより複雑かつ優美に仕上げることができる。そのため掛詞初出の『古今和歌集』以来、歌人は掛詞を積極的に採用するようになった。たとえば、藤原(よし)(つね)(一一六九~一二〇六)作の有名歌、

み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり

では、「降り」と「古り」が掛け合い、巻頭歌からして掛詞が使われている。

 和歌専用の観があった掛詞だが、時代とともに、いつしか和歌以外の韻文、道行文、謡曲はては浄瑠璃の詞章へと広がっていく。

 掛詞はしだいに遊戯化し、室町末期には掛詞即言語遊戯という観念すら生じている。さらに江戸時代に移ると、掛詞から縁語が派生。

 藤原良経像

これが狂歌から雑俳まで幅広く用いられるようになると、もう和歌修飾法から完全に離脱し典型的な言葉遊び技へと変容をみせた。

和歌や詞章のなかで、掛詞などある仕掛けの単語に照応して意味のつながりを強め、連想による表現効果を高めるため用いる語を「縁語」あるいは「縁の(ことば)」という。

縁語は本来、和歌の修飾法の一つとして、一首の歌をその主題から離すために使われていた。たとえば(おおし)河内躬(こうちのみ)(つね)が詠んだ次の一首、

梓弓はるたちしより年月の射るがごとくも思ほゆるかな    『古今和歌集』巻一

においては、早く過ぎ去る年月が主題である。

 凡河内躬恒像

 この場合、「はる(春・張る)」を際立たせるために「梓弓」という枕詞(まくらことば)を用い、さらに「梓弓張る」につながる「射るがごとくも」を比喩に照応させている。以上の「 」内の詞は、いわゆる縁語の系を構成し、別の〔たちしより〕〔年月の〕〔思ほゆる〕の語群とは言い掛けの関係を生じている。このように掛詞と縁語は、縦糸と横糸のような、密接な関係で語同士を織り結んでいる。

 和歌では一首中に互いに関連しない語句同士を詠み込むこと自体、不可能に近い(詠歌そのものが成立しえない「無心所著歌」になってしまう)のである。藤原基俊(?~一一四二)の書いた歌学書『悦目抄』にも「縁の字なくば縁の詞を尋ねてをくべし。縁を求めずして歌を先立つることは材木なくして家を造らんが如しといへり」と、縁語を重視した一文がある。歌学用語であった縁語だが、姉妹語の掛詞が「秀句」へと呼び名が移行したように、やがて韻文や曲詞などにも盛んに用いられるようになり、つれて語義のほうもより曖昧なものへと拡散、拡大解釈されるようになった。

掛詞と縁語をわざとらしく結びつけ、おかしみを強調する技法を「縁語結び」または「言い掛け」といって、古語や上方言葉でよく使われる。

【例歌】

玉づさ たまづさ

(まこと)に文は(ねや)の友、いよし御げんと書いたるは、(ほだし)の種か(はな)(すすき)、ほんに誓文いとしさに、幾夜の夢を(むすび)(ぶみ)、かた様参る(むめ)よりと、思い参らせ(そろ)べくの、(わけ)(さかづき)色見えて、わきていづみのおもはくは、たゞ逢ひまして、またの御げんを待つかしく。

[メモ] 女が送る候文手紙の言葉遣いを集め、掛詞「玉づさ=文」に応ずる縁語の結びつきを通して、奥ゆかしい一詞に仕上げているのだ。

女手前 おんなてまえ             

横井也有原詞・伊勢屋三保改詞

〽世のなかに、すぐれて花はよしのやま、紅葉はたつた茶は宇治のみやこの辰巳それよりも「里はみやこのひつじさるすきとはたれが名にたてゝ、こい茶の色のふかみどり松のくらゐにくらべては「かこひといふはひくけれど、なさけはおなじとこ飾りかざらぬまことあかしあふ、まぶや人目の中くぐりなかだちいらぬ口切と、のちは浮名のしたぢきど、かげもる月のさしつけて、それといはねど世の人の「くちにさか戸も立られず、あふてたつながたつなのうちか、あはでこがるゝ池田ずみ炭を雪かというたがむりか、その白ずみを雪と見て「雪にはあらであられ灰くだけてものをおもふ夜は、夢さへろくにみづこぼし、水さす人にふわ〳〵と、のるはみつばのかるはづみ「かるいはいやととび石のすわらぬむねのうらおもて、ふくさゝばけぬこゝろから、きけばおもはくちがひだな、あうてどうしてかう(ばこ)の、ひしゃくの竹はすぐなれどそちは茶しやくのゆがみもじ「くぜつにとけし(がみ)ちやせんがみ、にくいあたまのはちたゝきひやうたんならぬ炭とりのふくべの花は、夕がほのそれはなつめのたそがれに、五条あたりや四畳半「よしや気ながにまちあはし茶臼のめぐる月と日の、あらば花さくはないけにはなれぬひばしよりそひて「うさもはなしもはつ昔むかしばなしのぢいばゞとなるまで釜の中さめず、えんはくさりの末ながく、千代よろづ世もへ。

──本調子端唄、江戸後期成、『新大成糸のしらべ』

[メモ] 「あられ灰」「四畳半」などといった茶道用語を縁語に結び付け、夫婦の鴛鴦の仲に仕上げている。

伊奈勢節 いなせぶし

〽夏はえゝ〳〵両国に、涼みか屋形に屋根船影芝居、猫しんねこでよい首尾の松、つなぐもやひに縁のはし、「(さほ)させ〳〵船頭さんはづして、互に大汗、はつはびつしよりこと濡れました。

〽当世流行品に、着物はごばんで味噌こしか、(おび)船越(ふなこし)で諸事いなせごと、ばら緒つゝかけにはけの先、「たぼなら丸顔、中背中肉、ふとりが好きなら、はつは羽二重饅頭おつつけな。

──地方唄、幕末流行、『明治流行歌史』

[メモ] この二節の詞の中に色事の縁語が総計十二語も絡みあっている。どれがそうなのか、探してみるのも一興であろう。

 

折込唄 おりこみうた

同類集め(いわゆる類題)のもと、一連の名称などを歌謡詞の中に折り込んで連想を展開させる技法を〈折込唄〉と称している。

古くに上方で発祥した。

【例歌】

色香 いろか               井原西鶴作詞

〽定めなき、色香に浮かれ国あまた、かたい枕も垢づく(きぬ)も、(なり)やつれたる身の行方(ゆくへ)懺悔(ざんげ)に語り申さん、抑々(そもそも)江口神崎は、名のみ残りて風俗なし、野上(のかみ)の里は草枕、朝妻舟は(かぢ)枕、誰こがれけん跡知らず、つかひ上げたる島原を、都の西に入日影、うつる心に焚きつけの、柴屋(しばや)(まち)には火も立てず、化粧(けはひ)かはりしづし(ぎみ)を、はる〴〵こゝに()越路(こしぢ)や、塩津(しほづ)海津(かいづ)に、どれ〴〵それ、あれ〳〵針が浦、釣りする海人(あま)の浮けなれや、心一つを定めかね、敦賀小万の吸ひつけ煙草、きつゝなづめば目も合はぬ、目も合はぬ、目が回る、女郎(じよろ)と契らぬ旅人には、夜着(よぎ)も貸さいで寺どまり、お草臥(くたびれ)なら寝まるべいとて、わさゝの酒を志比(しひ)(ざかい)、四の五の辻を出雲崎、同じ流れの酒田の柄杓(ひしやく)、底真実から、解けてちん〳〵契りの、幾夜も結ばん常陸帯(ひたちおび)、掛けましくもえ、水戸の藤柄(ふじから)枝川つゝじ、明日の別れにやちり〴〵に、おさらばえ、これ近のうち、愛しけりゃこそしとゝ打て、憎か打たりよか、何でもこれは、あ痛〳〵、潮来(いたこ)出島(でじま)のこん小手(こで)招き、招く袂に文や(たま)(づさ)、げに楓橋(ふうけう)の夜の市、泊り〴〵宿々の窓にうたふ群女(くんぢよ)は、(かく)をとゞめて(おつと)とす、別れあれば待づ暮れあり、品こそかはれ戯女(たはれめ)の、袖吹き返す飛鳥風(あすかかぜ)、昨日と過ぎて今日と暮れ、武蔵の国なる新吉原が泊りぢや

──本調子長唄、江戸中期作、『松の葉』第二巻 

[メモ] 京から東国の吉原へ、遊里と遊女を主題に折り込んだ道中点描である。

 読みやすい文庫本になった『松の葉』

花づくし はなづくし

♪一つ咲いたは何の花一つ咲いたはひともじの花、二つ咲いたはありや何の花二つ咲いたはふくらの花よ、三つ咲いたはありや何の花三つ咲いたは蜜柑の花よ、四つ咲いたはありや何の花四つ咲いたは蓬の花よ、五つ咲いたはありや何の花五つ咲いたは苺の花よ、六つ咲いたはありや何の花六つ咲いたは槿の花よ、七つ咲いたはありや何の花七つ咲いたは茄子の花よ、八つ咲いたはありや何の花八つ咲いたはやしほの花よ、九つ咲いたはありや何の花九つ咲いたはこうの木の花よ、十で咲いたはありや何の花十でとめますとうの木の花よ

──琴唄(和歌山)、近代に収録、『日本歌謡集成』巻十二 

[メモ] 数え歌としての形態も兼ねている。

夕節 ゆんべぶし

ゆんべ、くらやみで、(ぐわん)を三人かけたじやないか、聞いてやりましよ新造(しんぞ)年増(としま)、おまけに婆さま。

ゆんべ、くらやみで、賽銭三文拾つたじやないか、それを戻しやれ、おひねりにおあし、おまけに百せん。

ゆんべ、とまどひして、線香三本ふみおつたじやないか、買ふて戻しやれ、お(そな)ひにお供物(くもつ)、おまけにみとてふ。

ゆんべ、あぶらげ三枚ふみつぶしたじやないか、買ふて戻しやれ、がんもどきに豆腐。

──拳唄、明治二年流行、『明治流行歌史』

[メモ] 各節に「三」の字を折り込んで成句を作っている。

 

語り入り かたりいり

歌詞中に独白等の語り部分を挿入した歌謡曲。掲出のほかに「小雨の丘(サトウハチロー詞)」「リンゴ追分(小沢不二夫詞)」などがよく知られている。

【例歌】

YOU TUBE

すみだ川 すみだがわ   東海林太郎、島倉千代子唄             佐藤惣之助詞

銀杏(いちよう)がえしに 黒じゅすかけて

泣いて別れた すみだ川

思い出します 観音さまの

秋の日ぐれの 鐘の声

 「ああそうだったわねえ、あなたが二十、あたしが十七の時よ、いつも清元のお稽古から帰ってくると、あなたは竹屋の渡し場で待って居てくれたわねえ、そして二人の姿が水に映るのをながめながらニッコリ笑ってさびしく別れた、ほんとにはかない恋だったわねえ……

娘ごころの 仲見世あるく

春を待つ夜の 歳の市

更けりゃ泣けます 今戸の空に

幼な馴染の お月様

 「アレからわたしが芸者に出たものだから、あなたは遭ってくれないし、いつも観音様へお詣りするたびに、廻り道をしてなつかしい墨田のほとりを歩きながらひとりで泣いていたの。でももう泣きますまい。恋しい恋しいと思っていた初恋のあなたにあえたんですもの。今年はきっと嬉しい春を迎えますわ……

都鳥さえ 一羽じゃ飛ばぬ

昔恋しい 水の面

あえばとけます 涙の胸に

河岸の柳も 春の雪

──歌謡曲、昭和十二年発表、『小学館CDブック・昭和の歌』

 ご当地 榛名湖公園「湖畔の宿」歌碑

YOU TUBE

湖畔の宿 こはんのやど        高峰三枝子唄             佐藤惣之助詞

山のさびしい みずうみに

ひとり来たのも 悲しいこころ

   胸のいたみに たえかねて

昨日の夢と 焚きすてる

古い手紙の うすけむり

水にたそがれ せまるころ

岸の林を しずかに行けば

雲はながれて むらさきの

うすきすみれに ほろほろと

いつか涙の 陽が堕ちる

 「ああ、あの山の姿も、湖水の水も、静かに静かに黄昏て行く、この静けさ、この寂しさを抱きめて、わたしはひとり旅をゆく、誰も恨まず。みんな昨日の夢とあきらめて、幼児のような清らかなこころを持ちたい、そして、そして、静かにこの美しい自然を眺めていると、只ほろほろと涙がこぼれてくる

ランプ引きよせ ふるさとへ

書いてまた消す 湖畔のたより

旅のこころの つれづれに

ひとり占う トランプの

青い女王(クイーン)の さびしさよ

──流行歌、昭和十五年発表、『小学館CDブック・昭和の歌』

 

YOU TUBE

 

からたち日記 島倉千代子

君待つ夜のタンゴ *楠木繁夫 淡谷のり子ディックミネ

軍国舞扇 *東海林太郎、台詞 森赫子

緑の並木路 *霧島昇

 

冠揃え かむりそろえ

歌詞各節の歌い出しを各小節にわたり揃えた詞。古くからある覚えやすい調律作詞法である。

【例歌】

よる           与謝野晶子詞

一 ()()の泉の、()となる(かな)しさ。

しずけき若葉の 身震い夜霧の、白き息。

 二 ()()の泉の、()となる(かな)しさ。

   そよ風なげけば、花の香ぬれつつ、身もだえぬ。

 三 ()()の泉の、()となる(かな)しさ。

   こがねの(さし)(ぐし) 月姫うるみて、さまよえり。

 四 ()()の泉の、()となる(かな)しさ。

   たゆとうなげかい、われらは堪えざり、笛を吹く。

──唱歌、明治四十二年頃流行、『女声唱歌』

 

擬音入り ぎおんいり

生物や現象から生じる音声や動き、様子など音声模写を歌詞に折り込んだ唄。

臨場感を表現するのに効果的で、古今東西あらゆる分野の歌詞に採用されている。

【例歌】

よふきぶし ようきぶし

〽扨もすゞしやたゞすの森は、ひぢを枕に君と寐た、松にもだきつきないているせみ〳〵。

〽どこのどばでも丁半場(ちようはんば)でも、さら手拭(てぬぐひ)こちの人、丁半すつぱり負けてやる丁々。

〽わしは紀の国蜜柑の育ち、色ではだかになりました、雪のなかでも丸はだかさむさむ。

〽御江戸中とりにさんとめじま布子、長い羽織に雪駄ばき、おへねへべらぼう何ぬかすねえねえ。

──俗謡、文化十四年頃流行、『小歌志彙集』

[メモ] 四季の陽気を主題に詞の末尾を擬音的表現で締める。一点豪華張りなため擬音効果がよく出ている。

かみなり

かみなりぐわら〳〵。じしんわゆさ〳〵。ゆうれいヒウとろ〳〵。うらめしい。身にヒユ〳〵。どん〳〵。キウ。どん〳〵手うち連中は。やツきりちよん馬よ太鼓うて。一升の豆みな喰わそ。

──二上り端歌、『粋の懐』六篇(文久二年)

[メモ] こちらは濫用の結果、逆に擬音効果か薄れてしまった例である。

狆わん猫にやん ちんわんねこにやん

狆わん猫にやんちゆう、金魚に放し亀、牛もう〳〵、高麗(こま)(いぬ)に鈴がらりん、(かえる)が三つで三ひよこひよこ、鳩くう〳〵、立石(たていし)に石灯籠、()()(そう)が尺八吹いている「くわいつくくわいつく、達磨さんにお稲荷さんに、鬼の念仏鉦叩く、ぐわん〳〵、宝を積み込む帆掛舟、布袋(ほてい)和尚に福(えびす)、鴉が三羽に、鳥居に般若(はんにや)にヒユードンドン、天神さん西行さん、(ぼん)ちの子守は、相撲取り、娘の踊りは五重塔、馬が三疋ヒンヒンヒン

──飴売唄、明治初期流行、『上方演芸辞典』

[メモ] 注目を引くための擬声語のよく効いた、一般受けする愉快な詞である。

 

YOU TUBE

 

女の漁歌 *門倉有希

恋ざんげ *伍代夏子

吹雪を衝いて *松平 晃

 

脚韻唄 きゃくいんうた

歌謡詞章の終句をすべて音通で結ぶ文彩技を用いたものをいう。〈冠揃え〉に対応する。

【例歌】

なま節 なまぶし

〽おまへ提灯なら蝋燭一丁とぼしんかなま、とんとぼしんかなま。

〽おまへとつくりならちやんちやがまへはいりんかなま、はいりんかなま。

──小歌、文化十四年頃流行、『小歌志彙集』

〽目出たきゑんを。むすびのし。難波屋(なにはや)の松は枝をのし。火のしでゆかねば。のり湯のし。杖を力に腰をのし。土俵へ上がるはのつしのし。ゆで蓮さい槌たばねのし。紀州のなまりはそうじやのし。長閑(のどか)なそらにつるは羽をのし。富士山は。甲斐と駿河と三河の国に裾をのし。帷子(かたびら)はちよこ〳〵敷のし。九郎右衛門丁の合印は(わらび)のし。

──大津絵唄、『粋の懐』九篇(文久二年)

[メモ] 「のし」とはおぬしの上略二人称からの転化。さしたる意味はなく、刺身のツマのようなもの。

しんとろとろり      佐藤惣之助詞

     一

お月さまでもあるまいに

見れば見るほど美しい

女泣かせの優男(やさをとこ)

  ヤーレ しんとろとろりの のほほい

    二

逢へてうれしい一ト時は

熱いお酒にかこつけて

色もほんのりおぼろ月

   ヤーレ しんとろとろりの のほほい

    三

夢に見るようぢやまだ浅い

忘れねばこそ夢に見ず

いつかさびしい明けの月

   ヤーレ しんとろとろりの のほほい

──歌謡曲、昭和十年、松竹映画「雪之丞変化」主題歌、ポリドールレコード譜

 

 

口語歌 こうごうた

近代、漢語入り混じり文語調歌詞の多かった中で、口語歌詞で書かれた歌謡をいう。

【例歌】

極内節 ごくないぶし

♪長い旅路にツイ秋景色 「京都〳〵五分間停車、山陰線、関西線方面は乗換、ビール、正宗、サイダー、弁当、京都名産祇園団子、新聞〳〵」 停車時間に出て居たら、アラどうしたのアノネ ウンウン極内ウン〳〵、脇見する内 笛……汽笛、ヤア汽車が出た、アツハヽヽシーシ 話をするなら極内極内よ人に知れたら間が悪い

♪電車下りるに、切符を無くし、叱言いはれて 金取られ、アラどうしたの、アノネ、ウン〳〵極内〳〵よ アトデ気が付きや、オヤ買はなんだ、アツハヽヽヽ 話するなら極内々よ、人に聞かれちや「間」が悪い

♪四十島田に白粉つけて、今晩アリーおつに済まして お辞儀すりや、アラどうしたの、ウン〳〵極内 ウンウン髷が落ちたじや、オヤないかいな、アツハヽヽ シーシ話するなら、極内々よ人に聞かれちや間が悪い

♪不意に掛つた出先きの電話、チリン〳〵〳〵 アーモシ〳〵、ハイ、ソウデス、ハイいらつしやいます直ぐ呼びますから 「花ちやん電話ですよ、アラソウ、アーモシ〳〵、チリン〳〵〳〵 アラ混線……アーモシ〳〵、ハヽヽヽ、そうですよ ハアそうです、承知しました、直ぐ参りますワ」 急ぐ心も闇の夜に、アラドウシタのアノネ極内々よ 行つて聞いたら人違ひ、アツハヽヽヽ 話するなら、極内々よ 人に聞かれちや間が悪い 

──演歌、明治三十年代流行、『日本近代歌謡史』下

[メモ] 詞の「極内」とは、内緒話を指す近代語。

 ほんとにそーだね節 ほんとにそうだねぶし

来たよ来ました大黒様が、福の元ぢやと云ふてきた、ほんとにそーだね振つたね

酒が飲みたさにコツプでぐひぐひビールブランデ、ベルモツト、足を取られて歩るかれぬ、ほんとにそーだね振つたね

昔取ったる杵柄様でも、今では人力車の梶を取る、ほんとにそーだね振つたね

──流行節、明治四十一年流行、『ほんとにそーだね節』

YOU TUBE

上海だより しやんはいだより       佐藤惣之助詞

     一

拝啓御無沙汰しましたが

僕もますます元気です

上陸以来今日までの

鉄の兜の弾丸(たま)のあと

自慢じゃないが見せたいな

    二

極寒零下の戦線は

銃に水の花が咲き

見渡す限り銀世界

敵の頼みのクリークも

江南の春まだ知らず

──外地歌、昭和十三年発表、『定本 日本の軍歌』

 

古句取り こくどり

有名古文や寸鉄などからその一部または全部を借辞した歌詞。

古句の名表現を借用し自作を引き立たせようという試みだが、場合によっては盗用の印象を与えることにもなりかねない。これを探し出すとかなり多く存在することがわかる。

【例歌】

わかれのことにかなしきは

わかれのことに、かなしきは、おやのわかれ、子のわかれ、すぐれてげにも、悲しきは、ふさいのわかれ、なりけり、

──今様うた、室町初期成、『義経記』

[メモ] 義経記のほうは白拍子の静が舞い歌った一節。この詞は『曾我物語』巻七にある「わかれのことさらかなしきは、おやの別れと子のなげき、ふうふのおもひと兄弟と、云々」から借りたもの。したがって掲出歌は孫引きということになる。

起きて見つ おきてみつ

起きて見つ 寝て見つ待てど便りなく 蚊帳の広さにただ一人 蚊を焼く火より 胸の火の 燃ゆる思いを察さんせ。

──本調子小唄、年代未詳端歌大全

[メモ] 誰ぞ女流俳諧師の発句とされる「おきてみつ寝てみつ蚊帳(かや)の広さかな」のくずし取り。

 

事寄せ唄 ことよせうた

同類の事象を寄せ集めて構成した歌謡詞〈事寄せ唄〉と〈尽し唄〉とは姉妹関係にある。

【例歌】

夏ころも なつごろも          荒木某詞

したひ来て、したひよるべのほたるさへ、いもせかはらであふ夜半を、かさねあふぎの風かをる、にほひをつたふ葛かづらながき、ちぎりや九十九(つくも)(がみ)「つひ手枕のうつゝにも、わすれぬ人を今さらにさらぬ、わかれのしやらどけを、やがてむすはん岩田おび。

──本調子端歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

[メモ] 夏の景物に事寄せて恋慕の情をうたっている。

当時流行大津恵ぶし とうじりゆうこうおおつえぶし

とうじりうかうの じやうるりは あまたしよりうのなかに いきなきよもと しよさは長うたはでやかに だんものは義太夫にきしざわ しんない ときわずしんみりと しぶいのは一ツちうそのはち かとうぶし うかれどどいつ 大つえ ぢんく きやりくづし。

──踊り唄、明治二十八年公演、『明治流行歌史』

[メモ] 当時人気筋の歌謡種を列挙した珍しい唄である。

 

 

借曲詞 しゃくきょくし

〈替歌〉のなかには元詞から大きくかけ離れ、もう模倣とはいえなくなってしまった作をときどき見かける。このように、原曲だけ借りて歌詞が独走しているものを、替歌とは別に〈借曲詞〉と名付けておこう。

いくら音楽著作権制度が未確立の近代とはいえ、また街頭流しが常識の演歌とはいえ、作曲者を無視した曲の完全流用は明らかに盗用である。このような海賊行為は当時の演歌界では日常茶飯事であった。正式の歌謡として認められず、個人的うたい捨てに終わる、いわゆる替歌とはわけがちがう。例歌に見るように、斯界の大御所である啞蝉坊ですら、臆することなく海賊唄を作り発表している。

 パクリ歌もみんなで歌えば怖くない?!

【例歌】

スカラー・ソング節 すからーそんぐぶし

(第一節)

都離れて北の方、高く聳ゆるビルデング、其名も早稲田の、面吹く風に、姿も匂ふ、(いく)()の益荒男、春は吉野の、桜にまがう、夏は隅田の川風に、ヒラメキヒラメク稲穂の(フラツグ)、秋は立田の紅葉狩、心の錦織りなして、故山に飾らしめ、雪に蛍の月桂樹、大和心を、問ふ者あらば、先づ見よ早稲田の、学生(スカラー)の腕、いざ事あらば、剣も踏まむ、斯くこそあるなり、日本の正気

田舎漢

都に名高き須田町の、電車通りを眺むれば、今は昔し、武蔵が原の、面影いづこ、ベルの音高く、走れる電車の、割引乗らんと、喧嘩腰の労働者、田舎の田吾作オヤジが、赤い毛布(けつと)をグルグル捲いて、オレノ行く処ドコダツペー、杢兵衛サンヨ、早く来サツセ、プンノリハグルトテーヘンダ、馬の目を抜く、東京チーハ、大道歩くも、電車に乗るも、命がアブネー、気をつけサツセ、オリヤハーブツタマゲタダヨ、二十二形の時計が()

 現代の須田町交差点界隈

書生

金こそ無けれ天下の士、断食するも物ならず、壱銭(ワンセン)のポテトー、弐銭(ツーセン)のブレッド、前歯に食ひ、シリへに下ぐる、雲か山か踏破る、お腹が便声シクシク、土より黒き、木綿の破れ衣、小倉の白袴は、アカデナメラカ、壱厘に買ふや買はずや、薄つぺらなサツマ下駄、帝都に旅する、豪気の書生は、大道狭しと風を切り、下宿り二階に、天下を論ず斯くこそあるなり、二十世紀のイモ書生

慶応義塾

今は昔し慶応の、都市の初めに生まれたる、其名もゆかしや、慶応義塾、学べる学友(とも)の、胸に輝く、五つのボタンに、いま増す光、み国をになへる快男児、正義を叫はゞ外国人(とつくにびと)の、肌に粟せん異大の勢力、見よ我が腕、ベースに立てばボールが飛ぶなり、黄塵はらつて電光石火、我に競はん、敵手もあらば、来れよ来れ、愛宕のほとり、都南のグランド、意気清し、斯くこそあるなり、名に負ふ義塾の益荒男

自称好男子

我こそ転化の好男子、業平卿もものならず、千個の美姫、万個のドーター、前に語り、(しり)へに媚びる、月雪花の、眺めや一時と、自惚れ鏡の得意顔、カボチヤ頭にチツクを付けて、左右に分けたる其様は、馬の(たてがみ)後ヘに撞着、顔はバンコ焼の、特別最上珍妙無類、太く短い、猪の獅子首に、赤いネクタイ、グルグル巻いて、しんずしんずと、歩むなり、斯くこそあるなり、専売特許の好男子

──演歌、明治四十年流行、『日本近代歌謡史』上

[メモ] 以上、「箱根の山」の曲を指定。盗用云々は別として、「箱根の山」の原詞とはまったく共通点が見られない。

思ひ草 おもいぐさ          添田啞蝉坊作詞

♪涙かくして表面(うわべ)で笑ひ/心にもない ざれ唄小唄/ういたういたの三味線太鼓/なんの因果で 廓のつとめ/故郷(くに)にや恋しい父母(ふたおや)さまや/可愛い妹や弟もあるに/恋といふ字は村にもあるに/飛ぶにとばれぬ わしや籠の鳥

──演歌、大正年流行、『社会百面 素破抜(すつぱぬき)

[メモ] 作詞者の唖蝉坊は次の「菊」の曲で歌うべく指定している。詞の体裁・内容に共通点を見出すことはできない。

                 

〔元詞〕唱歌「菊」    旗野十一郎(たりひこ)作詞

♪七草千草の多かるなかに/ひときは目立ちてにほふ菊よ/紅葉ちりすぎ霜さへおくに/園生の垣根をまもるは菊よ/菊よります花なしとやいはむ/かしこきみかどのみはたのしるし

 唱歌「菊」の楽譜

 

 

借辞唄 しゃくじうた

詞章中によく知られた文言・字句を取り込んで意味を整える技法を広く「借辞」といっている。普通は地の文にそれとなく挿入して折込みによる連想効果を高める。

歌謡詞においても各分野からの借辞、つまり〈借辞唄〉がかなり目立つ。借辞ではよく知られた文言を選ぶのが鉄則であるが、あまり長すぎると盗作とみなされる場合もあるので、注意を要する。

以下、太字が借辞部分である。

【例歌】

YOU TUBE

難波獅子 なにわじし

君が代は「ちよにやちよに、さゞれいしの、いはほとなりてこけのむすまで「たちならぶ「やつほのつばき、やへざくら、ともに「やちよのはるにあはまし手事「たかきやに「のぼりて「見ればけぶりたつ「たみのかまどはにぎはひにけり。

──端歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

人心の腐敗〔漢語取り〕 じんしんのふはい

♪人心の腐敗は国家の一大不祥 文明開化は軽薄と 如何なる関係ありつらん 人智開くに従つて 人心次第に腐敗せり 五常五倫の大道も 今日は何処に宿りけん(中略)多情多血の青年は これら汚れし風俗や 無血無腸の動物を 一時に征伐退治して 西の海へと打ち流し 我国特有専売の 大和魂鼓舞しつつ 国の元気を強めなば 実に愉快じやないかいな 愉快じや愉快じや

──流行節、明治二十五年頃流行、『愉快節』

マツクロ節 まつくろぶし

               添田啞蝉坊詞

♪箱根山 昔や背で越す籠で越す

 今じや夢の間汽車で越す

けむりでトンネルは マックロケノケ

──俗謡、大正初期流行、『マツクロ節』

 

新体詩歌 しんたいしうた

新体詩のうち節付けされて歌唱されたもの。

〈新体詩歌〉は明治初期に外山正一が整えたといわれ、明治唱歌の先駆けとなった。

【例歌】

書生唄 しよせいのうた         緑山散史詞

国は何処(いづく)ぞ百里(ぐわい)

花の都に程遠し。

親しき人の手を分ち、

(たのみ)し親の膝を去り、

立てゝは堅き(こころざし)

岩をも(とほ)す桑の弓、

()(たけ)(ごころ)の勇ましく

(あづま)の空に遥々(はるばる)

来つゝ(なれ)にし(やれ)(ごろも)

いつかは飾る(あや)(にしき)

(もも)錐刺(きりさ)壁穿(かべうが)ち、

千年()めてまた万苦(ばんく)

粗食に耐へて膝枕、

仮寝の夢の(さむ)る間も

身を立て名をば(あげ)雲雀(ひばり)

鳥の群なる鶴となり、

千歳にかをる功績(いさをし)を 

立てん心を忘れじな。

(つと)めよ君よ励め君。

将相何ぞ(しゆ)あらんや。

諸葛(しよかつ)もむかし書生なり。

──唱歌、明治十年代作、『新体詩選』

YOU TUBE

 

れや来たれ きたれやきたれ     外山(とやま)正一(まさかず)

       三船浩、キング男声合唱団

♪きたれや きたれや いざきたれ

皇国(みくに)をまもれや もろともに

よせくる敵は おおくとも

おそるるなかれ おそるるな

死すとも しりぞく事なかれ

皇国のためなり 君のため

♪いさめや いさめ みないさめ

つるぎも たまも なんのその 

皇国をまもる つわものの

身は鉄よりも なおかたし

死すとも しりぞく事なかれ

皇国のためなり 君のため

♪まもれや まもれや みなまもれ

他国の奴隷と なることを

おそるるものは 父母(ちちはは)

墳墓の国を よくまもれ

死すとも しりぞく事なかれ

皇国のためなり 君のため

♪すすめや すすめや みなすすめ

皇国の旗をば おし立てて

すすめや すすめ みなすめ

先祖の国を まもりつつ

死すとも しりぞく事なかれ

皇国のためなり 君のため

──唱歌、明治二十一年発表、『明治唱歌』

 

YOU TUBE

 

書生唄 合財袋 砂川捨丸 加藤滝子

 

説教節 せっきょうぶし

いわゆるお説教、つまり人々に垂訓する内容の唄。数え歌に多く見られる。

【例歌】

勧学一つとや節 かんがくひとつとやぶし  

♪一つとや引、人と生れて学ばねば 学ばねば、ひとの人たる甲斐ぞなきおこたる()

♪二つとや、ふたたび持たれぬ父母(ちちはは)に、父母に、つかふる道こそ大事なれ おこたる

 那 

♪三つとや御代(みよ)の恵みを仰ぎしり、仰ぎしり、天皇(きみ)へぞ忠義を尽すべし引 おこたる那

♪四つとや、世のため人の為す(みち)は、為す路は、こころをつくしてはかるべし引 おこたる那

♪五つとや、いつまで子供と思ふなよ、思ふなよ、月日のたつのは矢の如し引 おこたる那

♪六つとや、やむなく(この)()を捨て置かば、捨て置かば、親へも君へもすまぬなり引 おこたる那

♪七つとや、何を置いてもわが国の、わが国の、ことをしらねば叶ふまじ引 おこたる那

♪八つとや日本(やまと)(ごころ)をすえ置きて、すえ置きて、外国書をも見るべきぞおこたる那

♪九つとや、心を(をさ)めて智をみがき、智をみがき、有用(いうよう)の学びを励むべし引 おこたる那

♪十とや、友には(まこと)を失はず、失はず、互に善をば助くべし おこたる那

──数え歌、明治六・七年流行、『勧学一つとや節』

 門説経〔『人倫訓蒙図彙』(元禄年間)〕

 

せり上げ唄 せりあげうた

物事の程度が小さいことから大きいほうへと次第にせり上がっていく内容の唄。

文彩技法で「漸増法」といい、数字などで具体的に示されることが多い。

【例歌】

一年一度が いちねんいちどが

〽一年一度が。七夕さんで。おるいにあふとて二度三度。四度(よど)のくるまは。水ゆへ廻る。禅宗が五度(ごどう)に迷いが六度(ろくど)七度(ひちどう)伽藍(がらん)にきびしい八度(はつと)。いやないけんにおやじが九度(くどう)十度(とうど)お前で百度参り。船に千度(せんど)高野(かうや)万度(まんどう)。其上は。十万億度(おくど)が極楽で。度々(どど)のつまりが仕かたがないので筆を億度(おくど)

──大津絵唄、『粋の懐』三篇(文久二年)

 

揃え物 そろえもの

ある特殊な主題のもと、それに関連した物事呼称を揃えて一歌詞に仕立てたもの。〈尽し歌〉に似ているが、〈揃え物〉のほうが主題・内容ともに規範的で作品数も少ない。

【例歌】

祝揃 いわいぞろえ

〽扨も目出たいな・ゑい何より以目出たいは・ゑい正月御祝 松竹に鶴亀・千歳も万歳 ゑい扨其外はかぎりなし・ゑい代々御代をゆづり葉を・しめかざる御かゞみ・ゑいくもらで向面影の・ゑいやよゑいや此の いつも常磐の・若みどりゑい さかゑさかふる国々の・島もひとつにゆたかなる・民のかまどもにぎはひ・ゑい戸ざさぬ・御代ぞ目出たいな うれし めでたのゝゑいそりや若 枝もゑいゑいさかゆ・のう ゑいゑい葉もし(げる)

──御船歌、『浅野藩御船歌集』大坂御船手歌江戸吟(江戸前期)

さても酒席の さてもしゆせきの 

♪さても酒席の大一座、小意気な男の振事や、端唄に大津絵字余り都々逸甚句にかつぽれ賑やかで、芸者に浮れて皆様御愉快、お酌のステテコ、太鼓を叩いて、三味線枕で、ゴロニヤンゴロニヤン。

──騒ぎ歌、明治初期作、『明治流行歌史』

[メモ] 御一新期における大衆唄の人気筋を揃えたもの。

 

大尽舞 だいじんまい

享保年間に江戸の歌舞伎役者中村吉兵衛が作ったとされる引継ぎ連鎖唄。すなわち酒席で列席者が、即興の、あるいは知っている唄を次から次へと歌いついで行く、今風にいうならリレー歌である。

喜多川守貞は著『守貞謾稿』巻二十三で、「吉原に古き小唄の今世に至り存するもの、たただこの大尽舞のみとなり」とまで言い切っている。同書など掲出例を見る限りたしかに充実してコクのある内容だ。

 古書『新よし原大尽舞』二朱判吉兵衛板行〔正徳年間〕

【例歌】

大尽舞 

〽そも〳〵(くる)()の始りは。ゆげの道鏡勅をうけ。はじめてくるわをたてらるゝ。くるとはお客が来るゆへに。わはやはらぐる心にて。くるわと名づけ()めにけり。ホウそれ。大じん舞をみさいな。その次の大尽は。そも〳〵お客のはじまりは。高麗(こま)もろこしにはあらねども。今日(いまひ)の本に隠れなき。紀の国文三でとゞめけり。ホウそれ。大じん舞を見さいな。今はくるわとなりふりも。粋でまるめた恋の山。出ぐちに柳をうゑたるは。これぞいはれのある中に。お客をまねく合ことば。諸事は柳にやり羽子の正月しよ斎は客のはれ紋日ひがらをうけこんで六条三すぢのあげ屋町こゝにうつせし来歴は通ひなれにし深草の少将さまにはあらねども小まちつゞきとおもてぶせ顔は朱雀(しゆじやか)ののうかなや出口にかけし端の名は衣もんばしとは申すなりいり来る客のよそほひにかたちつくろう所とて衣もん橋とは(なづ)けたり今の世迄も人ごとにえもんばしと申すなり送つてもらふお客たち名ごりをおしむさらばがきなさけをつくる君たちに松の位と名づけしはオヽ秦の始皇の御狩(みかり)の場で雨をしのがせ給ひしに松の木かげのやどりとて太夫とくらゐを給ひしに余風を今に色里の江口神崎室の津や浅妻船の浅からぬ。契りは千歳いろかへず。島原と世によばれ。たのしみうたふ一すぢに。おもしろや。

──二上り座敷唄、享保年間作、『粋の懐』八篇

大尽舞〔雑載〕

〽新吉はらの宝は、から尻に隠れ駕、ここに新町、揚や町、浮橋・小むら・八ツ橋、立ち出でて下谷筋、東叡山の小桜坊、金竜山のとうれんぼう、ここに名誉しけるは、小兵衛の坊様の長羽折、されば孔子ののたまはく〳〵、ツトセ、かならず我を念ずる輩は、ツトセ、必ず悪所へ引きやいれんとの、ホヽホン〳〵ノンホノンヨ〳〵、のたまはく、ツトセエンヤ〳〵アリヤヤチンナ。

〽四海の浪もおだやかに、納まる御代こそ目出たけれ、ハヽホヽ、大尽舞を見さいな、その次の大尽。そも〳〵廓の始まりは、弓削(ゆげ)の道鏡勅を受け、始めてくるはをたてらるゝ。くるとはお客のくるゆへに、わは和らぐの心にて、くるはと名付け()めにけり、ハヽホヽ、大尽舞を見さいな、その次の大じん。

〽そも〳〵五町の始まりは、ゑんり江戸町・伏見町、二上り弾くは二丁目や、去年(こぞ)の口説はすみ町で、花の新町打ち過ぎて、ここぞ賑ふ京町を、ドツトいふて(ほめ)られた、大尽舞を見さいな、その次の大尽。

〽そも〳〵太夫の始まりは、秦の始皇の御狩の時、俄に大雨ふり下る、帝は雨を凌がんと、小松の蔭により給ふ、時にこの松ぜん〳〵と、枝を垂れ葉をならべ、木の間すき間をふさぎつゝ、雨をもらさぬ威光にや、松を太夫と名付けたり、ハヽホヽ、大尽舞を見さいな、その次大尽。

〽そも〳〵お客の始まりは、高麗(こま)・もろこしは存ぜねど、今日本(ひのもと)にかくれなき、紀の国文左でとゞめたり。緞子(どんす)大尽張合ひに、三浦の几帳(きちよう)身請(みうけ)する、緞子三本もみ五疋、綿の代まで相添へて、揚や半四へ贈らるゝ、二枚五両の小脇差、今に半四がたから物、ハヽホヽ、大尽舞を見さいな、その次の大尽。

〽さてその次の大尽は、こま・もろこしはぞんぜねど、竜宮までもかくれなき、奈良茂の君でとゞめたり。新町にかくれなき、かゞやの名取に浦里の君さまを、始めてこれを身請する。深川にかくれなき、黒江町に殿を建て、目算(もくさん)御殿となぞらへて、付き添ひたいこは誰々、一蝶民部に角蝶や、さて付々の婦人には、おまん・おきんにおようなり。小四郎・善六・吉兵衛、おそば去らずの清五郎、軒もる月のすがれにや、嵐喜代三を身請する、ハアホヽ、大尽舞を見さいナア、その次の大尽。

〽清少納言がよまれたる、春(あけぼの)とは面白や、なん〳〵たるすがゞきに、かん〳〵罇買い手衆が、花を飾りて初買に、よせくる廓はどんどめく、いづれどんどやさぎのくび、襟を長くしてぞめくにぞ、太夫・格子(こうし)も繁昌に、さん茶・うむ茶も賑やかに、もんし〳〵と呼子鳥、たつきもしらぬ山口三浦の大銅(おおどう)()、コノ、つつこむちろりのかんばやし、それは角町の名物、ハヽホヽ、大尽舞を見さいナア、その次の大じん。(後略)

──二上り座敷唄、享保年間作、『守貞謾稿』巻二十三(所収本『近世風俗志』三で現代表記に改変)

 奴姿で踊り演じる大尽舞

 

題離れ唄 だいばなれうた

題と内容とが関係のない歌謡。

作者側にそれなりの理由があってのことだろうが、曲名と詞とが結びつかず違和感を抱かざるを得ない唄が存在している。

【例歌】

有馬 ありま

露になりたや袂の露に、消えぬ憂身(うきみ)のかこち草、何を種とか我思ひ。

星になりたや七夜の星に、橋の紅葉の色ふかく、掛けて願ひの糸の縁。

──流行唄、江戸中期流行、『はやり唄変遷史』

軍歌節 ぐんかぶし  

風にひらめく簪の、(かをり)もゆかしき薔薇の花、俤さへもうるはしう、あれはいづくの誰なるぞ、問はゞ教へと思へども、流石にそれと問ひかねて、ためらう内に汽車ははや、住吉神崎打ち過ぎて、もはや梅田に着きにけり。

程や男が好いとても、二度と惚れまい女房持ち、苦労の多いは厭はねど、末は比翼の契りさへ、かはす目的(あて)さへ仇憎や、通ひ明石に鳴く千鳥、思ひのいやに増すばかり、血を吐く辛さ涙雨、かはくひまさへなかりけり。

現在卑しきその身をかくし、うまく化けたる華族様、実真身の房江嬢、袖にして退け平磯の、海辺を散歩する君江、付けつ廻しつ高浜が、「モシ君江さん、貴方はほんとに罪ですよ僕のラブをばどうします。」どうでも思ひのいや増すからは、今日はこのまゝ帰しやせぬ、ピストル片手に威嚇(おど)しつけ。

──三味線唄、大正十一年前後流行、『明治年間流行唄』

 

町名寄せ ちょうめいよせ

地域におけるさまざまな町名でつづった尽し唄。

端唄はじめ踊り口説、あるいは里謡に、各地で幅広く詞が見える。

【例歌】

梅の雨 うめのあめ

名のむかし、うたふもふるきだうぐやのお亀といへどよろづよに、あらで、はかなき露の身と「かこちなみだにくれゆく心もそらもさみだれなかば月のくま〴〵とぼ〴〵と、ふみしむれどもあぢきなや、おつともおなじうきことの、あだなちぎりをこめやまち、本町すぢののきふかくおもひしみたるなかなれば、けぶりとなさばもろともに、うづまばなどか安土町、いつかうまれて又こゝへ、しやばのたよりを備後町「ながき未来は瓦町いつのむくいを身にうけて、おなじうきめに淡路町、くやむはぐちと平野町、とはおもへどもすつる身になにとてこはきいぬのこゑ道修(どうしゆ)町すぢどきつくむねも、やつかななつかうつゝのや、みぢたどるは夢か伏見町、高麗(かうらい)橋もいつのまに浮世(うきよ)小路(せうぢ)のえんうすき、おやのなげきをたがひにくちではいはぬうはれや見る目に涙、尼が崎町過書(くわしよ)町、はや北浜や中の島、こえて急ぐや梅田の野辺のつゆもあとなきなつくさがくれ人めづゝみもこゝかしこはやしのの、めとつげわたる。

──二上り端唄、江戸中期成、『新大成糸のしらべ』

[メモ] 別称を〈町尽くし〉といい、大坂の町名地名をつづってある。近松門左衛門作の道行『卯月の紅葉』を富岡検校が仕立て直した作品である。

町づくし まちづくし

 高知の松がはな番所を西へ行く農人(のうにん)(まち)西(さい)園場(ゑんじやう)新堀(しんぼり)(うお)(たな)紺屋(こんや)(ちやう)種崎町(たねさきちやう)、打ちこして京町(きやうまち)、行くとはや会所が立つて居る、程なくしさやを打越して堺町(さかひまち)本町(ほんちやう)八町通します、そこらで枡形本町つきぬけ観音堂(くわんおんだう)

──尽し唄、近代に採録、『わらべ唄民謡大全』

[メモ]  町尽し唄は本格的「ご当地歌謡」

の先がけといえよう。

 

対句彩の唄 ついくどりのうた

読みかけのうえで対になっている文句を交互に配し、両者に生じる摩擦のおかしみを表現する文彩技法を対句彩といっている。これを歌詞に取り入れたものが〈対句彩の唄〉である。

【例歌】

よいやさ節 よいやさぶし

〽淀の水車(みずぐるま)は水ゆへ廻る、私やお前に気がまわる、ほんにやるせがないわいな、しみじみ腹が立つぞヘ、それそれよし〳〵よいやさ。

──江戸小唄、天保三年頃流行、『小唄の衢』

稲荷祭 いなりまつり

〽稲荷祭りの太鼓の音 狸つくづく考えて ひとり気をもむ腹鼓。

──江戸小唄、江戸後期流行、『端歌大全』

[メモ] 二月の初午で賑わう狐眷属への狸の感慨に仮託してうたった。

どどいつ節 どどいつぶし

♪意見聞くときや頭を下げな、下げりや意見が通り越す

♪油高いのでは屋寝をしたら、米が高いのに子が出来た

♪是非ね兄さん()のグラウンドでなどとおでこの(ひさし)()

──都々逸、明治三十七年頃流行、『明治流行歌史』

 

尽し唄 つくしうた

同類の物事をたくさん並べあげて構成した歌謡。

古くから和歌や狂歌で使われた手法の応用である。

【例歌】

梅づくし うめづくし                      佐山検校詞

君ならで、たれにかみせんこの花の、色は

 さま〴〵さくら梅「やしほこうばいあさぎ梅、ぢはうすいろのかのこ梅きなすすがたは、まだいわけなき小梅、ふりよきしなの梅、しなと拍子をとり〴〵にかぞへかぞふる手まり梅「落ちて、おちてこぼれてばら〴〵と「空にしられぬあられ梅、ふりさけみればおちこちの、野梅山梅さきそめしより、はつねゆかしきうぐひすの、はかぜになびくしだれ梅、雪かあらぬか白梅のはつ花ごろも八重梅の、たが袖、ふれしにほひ梅、春や昔の「思はく深き「たにがは梅よさりとては、心づくしのぶんご梅「こがれ〳〵て行ふねの「とまり定めぬしま梅の「あまのかるもにすむ虫の、われから梅のいろなつかしく「おもひつづけてかく玉づさを「よりもとめてやり梅の、あいをへだつるかきほ梅「ながめえならぬには梅の、花のおもかげかすみのまより、ほのかに見えしあさひ梅、色をも香をもしる人ならば、よしやとがむなえだをはるとも。

──本調子長唄、江戸中期作、『新体制糸のしらべ』

[メモ] 梅の種類や咲きざまを賑々しく描写している。

赤い物で言はうなら あかいものでいおうなら

〽赤い物で言はうなら、官二女の袴に赤小豆飯(あずきめし)、疱瘡見舞いに神教丸、月に七日のお客さん、アレ恥しさうな顔の色、千代の(よはい)にちよと(つむり)の花やかさ、それは丹頂の鶴ぢやえ、エヽそれもさうかいな、「紅さしてる(ささ)機嫌。

──二上り俗謡、江戸後期流行、『上方演芸辞典』

[メモ] 「赤い物」をあれこれ取り寄せた、いわゆる物尽し唄。ほかに類かがいくつかあるが、文字では書くのをはばかるラリ唄も作られている。

役者尽し やくしやづくし

一本目には市村羽左衛門、二本目には二木(につき)は松本で、三本目には三がい松、四本目にはしうかにて、五本目には御免やぐら下、六つ甘味(うまみ)歌右衛門(うたえもん)尾上(おのえ)の梅幸に菊次郎、七本目には彦三郎、八本目には八代目、九つ小団次はやります、十で(とつ)(しよう)も宗十郎、この幕は舞台幕にて(ひい)()ありまの若衆(わかしゆ)が九蔵の芸をみよしやと、またいついつのやくわりと、引まく常磐津三味(しやみ)を引く、ゑんぎの芝居と花みちかけて大繁昌。

 人気役者の錦絵は当時のベストセラーの物差しであった

めし尽し めしづくし

一ぱい目にはいものめし、二はい目にはにぎりめし、三杯目にはさゝげめし、四はいめにはしそのめし、五杯目には五もくめし、六つ麦めしとろゝ汁、七杯目にはひえのめし、八杯目には蓮のめし、九杯目にくこのめし、十でとほくの栗のめし。

客尽し きやくづくし

一番目にはいきな客、二番目にはにくい客、三番目には騒ぎ客、四番目には酔うた客、五ついつものいやな客、六つむしやうに騒ぎ客、七番目にはひつツこい客、八番目にははでな客、九つ小言(こごと)のたえぬ客、十で床せくやぼな客。

名将尽し めいしようづくし

一本目には池田勝入斎、二本目には丹羽五郎左衛門、三本目には佐久間玄蕃の頭、四本目には柴田修理之進、五本目には後藤又兵衛、六つ昔は草履取、尾州の産にて筑阿弥子、七本目には賎ケ岳、八本目には狭間合戦、九つ小牧長久手で、十で豊臣関白と、ことごとく世界をしづめて知恵がありまの御名将、こゝろは天にのぼる勢ひ、又いついつは朝鮮と、緋縅(ひおどし)(よろい)にくり毛駒、いくさと勝藤と蛇の目のしるしいさましや。

──以上、尽し唄、幕末より明治二年前後流行、『明治流行歌史』

[メモ] 徳川幕府側人物にはいっさいふれず、西方の将兵の肩を持っている。豊家信奉者が作ったものであろう。

魚尽し うおづくし

♪一本目にはいさきます、二本目にはにしんの子、三本目にはさんまのはしり、四本目にはしばえびで、五本目には五たうするめ、六つむつの子たかべうを、うるめのいわしにさうだがつを、七本目にはひしこまぐろ、八本目にははつがつを、九つ小ひらめうれてゆく、十でとゝうをいせのえび、このしろに、ふぐのうをにて、なまこあかえにまながつを、こもちの鮎に、あいなめのうを、(たこ)いかいかのやはらかに、()(だら)に飛魚車えび、あんこの魚をつるしに切りてめてでたいな。

──俗謡、明治二年流行、『明治流行歌史』

 

YOU TUBE

 

虫づくし 豊年齋梅坊主連中

 

手事物 てごともの

 地歌の様式分類称で、合いの手が進化したもの。歌の切れ目に楽器の間奏が入る曲を指す。

 なかには詞を長くして主題をもち独立歌謡化したものもある。

 例歌】

楫枕 かじまくら                橘遅日庵作

空艪(からろ)押す 水の煙の一方に (なび)きもやらぬ川竹の (うき)(ふし)しげき しげき浮寝の泊り舟 よるよる身にぞ思ひ知る 波か涙か (とま)もる露か 濡れにぞ濡れし我が袖に しほる思ひも押し包み 流れ渡りに浮れて暮す 心づくしの楫枕

新娘道成寺 しんむすめどうじょうじ            

鐘に恨みは数々ござる 初夜の鐘を撞く時は 諸行無常と響くなり ()()の鐘を撞く時は 是生(ぜしよう)滅法(めつほう)と響くなり (じん)(ちよう)の響きには 生滅滅已(しようめつめつい) 入相(いりあい)は 寂滅(じゃくめつ)()(らく)と響けども 聞いて驚く人も無し 我は五障の雲晴れて 真如(しんによ)の月を眺め明さん

──本調子端歌、『新体制糸のしらべ』(享和元年)

 

同語連ね歌 どうごつらねうた

同一の言葉をいくつも連ねた歌。

〈同語連ね唄〉は、同じ語幹が連綿と続く点で、冗語唄あるいは名寄唄とも異なる内容である。

【例歌】

千鳥 ちどり

〽加茂の川せにすむあさ千鳥さまを思へばいよさよちどりしものふる夜もゆきふる夜はもしまちどりのおはおりですそにむらちどりをきんしやでぬはしだてなうらちどり恋と情をちどりがけにかけてめぐり「こひと情をちどりがけにかけてめぐりえいやあらさんとんと友ちどりかよふ心はせんりがいちであふてもどるもせんりがいちでいくよちぎりてかはらずばのふもゝちどり。

──二上り端歌、江戸中期作、『新大成糸のしらべ』

 

動物の唄 どうぶつのうた

動物を扱った唄。わらべ唄・童謡に傑作が目立つ。 

【例歌】

きりぎりす

〽いとゞ名のたつ、をりふしに、垂れ粗野津窓を、きり〴〵す。

月夜烏 つきよがらす

〽こゝは山陰、森の下、森の下、月夜烏は、いつも鳴く、しめておよれの、夜は夜中。

──謡曲・狂言の歌謡、『はやり唄変遷史』

動物の唄〔福島県〕 どうぶつのうた

♪向ひの山さめん鳥をん鳥飛んで来た、めん鳥だらぶツつぶせ、をん鳥だら置き候、名はなんと付け候、八幡太郎と付け候、八幡太郎のおん馬屋(まや)さ、馬なんぼたてこんだ、四十六匹たてこんだ、草なんぼ刈込んだ、四十六把刈こんだ、ドツコドツコと乗つてつて、高山崩してどーついて、油の中さつツぱいた、猫どん〳〵あしたの市日(いち)に、買つて呉れべだらいらない、魚の骨だらよかんべー。(北会津郡)

──わらべ唄、近代に採録、『日本歌謡集成』巻十二

[メモ] 雄鶏と雌鳥に擬した子育てが主題。働き手の男の子が生まれたら残し、女の子だったら間引いてしまうという貧農の冷酷な現実を、女の子らはどんな気持ちでうたったであろうか。

 中国・戦国時代に成った十二支は動物崇拝文化の象徴

 

 

名寄唄 なよせうた

主題に関連した名前や呼称を寄せ集めて構成した歌謡。

地口の応用と詞の韻律とがうまくかみ合うせいだろう、この類の作品が目立って多い。なかには言葉遊びの見本帳のような秀作もある。 

【例歌】

恋衣 こいごろも                         山岡元隣詞        

仇なりと、何にこそ立てれ桜木の、初花染

 めの恋衣、若紫や()紫、由縁(ゆかり)もがなと夕霧の、立ち迷ひしに薄雲や、上の空なる君たちを、(なに)とて思ひ染め川や、身は浮橋の浮寝にも、せめて夢には打ち解けよ、(ねや)の月さへ枕に通ふ、独り焦がるゝ夜は長門(ながと)の、その東雲(しののめ)の鳥の声、乱るゝ露の(たま)(かづら)、いつ逢坂と心は石州(せきしう)、とめて幾夜も薫るは初音(はつね)、滝の白玉涙の淵に、沈む思ひは泉川、いつ見きとてか、小吉(こよし)かるもの歌ひしは、よしや歎かじ叶はぬとても、定めなきこそ浮世の習ひ

──本調子長唄、『松の葉』第二巻(元禄十六年)

[メモ] 詞は江戸吉原の有名遊女の名寄で構成してある。

川の名寄 かわのなよせ

川は(さま)〴〵多けれど 伊勢の国にては 天照(てんせう)太神の住み給ふ みもすそ川もありやな 熊野なる(おと)(なし)川の瀬々には 権現(ごんげん)み影を移し給へり 光源氏の古しへ 八十瀬の川と眺め行 鈴鹿川を打渡り 近江(あふみ)地にかゝれば 幾瀬渡るも野洲の川 墨俣(すのまた)あぢかくんぜ川 そはは淵なる片瀬(かたせ)川 思ふ人によそへて 阿武(あぶ)(くま)川も恋しや つらきにつけて悔しきは 藍染(あいそめ)川なりけり 墨染(すみぞめ)の衣川 衣の袖をひたして 岸影の柳の真菰(まこも)の下を 押し回し〳〵て すくひ上げ見れば雑魚(ざこ)斗 我名はさらに なかりけり〳〵

──狂言歌謡、江戸前期作、『狂言小歌集』名取川

[メモ] 狂言中で出家(シテ)が名取川で溺れ、後に川の名の記憶を取り戻そうとして謡う。

女房の名寄 にようぼのなよせ

是は世間の女房(にようぼ)の名寄、(おきさき)さまには政所(まんどころ)、北の(かた)には御台(おだい)(さま)、奥方御新造御内室、お神さんには御うち方、(かかあ)左衛門(うち)(やつ)、小指に夫婦喧嘩をする時は、ひきづりお多福山の神、中のよい時(かかへ)て寝る時は、にこ〳〵笑つて、いつも(なが)(いき)た弁天さんと(まをし)(ます)

──大津絵節江戸後期流行、はやり唄変遷史

 

花尽し はなづくし

数多くの花々を並べたてた

 東京都墨田区向島百花園 秋は萩のトンネル 

【例歌】

さくらへ 

♪さくらへ、桜、霧島山茶花難波のつゝじか、今宮か、菖蒲杜若に女郎花、萩仰山な、菊太源寺(たいげんじ)、蒲公英さけ〳〵、紅花さかしやれ、匂ひがすきなら、サツサ、牡丹紅梅美人草かへ。

──上方唄、明治二十八年頃流行、『明治年間流行唄』

エサヽ節〔大阪府〕 えささぶし

♪桜エー桜、さゞん花、難波のさつきか、今宮か、萩ぎよさんに、あやめかきつばた、女郎花、(かをり)が好きなら、蓮華の花さかしやれ、牡丹、紅梅……。(大阪市)

──里謡、近代に採録、『里謡集拾遺』

 

はやり物唄 はやりものうた

その時代時代に流行した物事を寄せ集めて作った唄。一種の時事歌謡である。

【例歌】

此頃のはやりもの このごろのはやりもの

〽此頃のはやりもの、そのわけだんよはきざな節、両国の橋際で、天の岩戸のお扉開いて、こいつは八文ぢや安いものじや、所々(しよじよ)かり宅大当り、お客が群衆なす、にしき絵(くに)(よし)うす似顔、五十三次十軒店(けんだな)には自慢の稲荷ずし、がらがらするのははじけ豆、世の中融通のよくなるどんつくどんかやのたんきり〳〵。(後略)

──大津絵唄、幕末・明治維新期に流行、『明治流行歌史』

はやり物数え唄 はやりものかぞえうた

(うた)ひはやせや流行の、一本目には演説会、二本目には人力車、三本目には三菱社、四本目には新富座、五本目には(ごん)の妻、六つ昔と事替り、今は便利の(おか)蒸気、七本目には親睦会、八本目にははやり(くじ)、九つ行商千金丹(きんたん)、十で通りの(れん)化石(ぐわせき)、此内にて平常流行は(くわん)工場(こうば)まがひの商店社、正札(しやうふだ)付増し日増し開業式、群集見物出這入(はいり)の、アレ(ぎよく)(とう)真赤(まつか)いな。

──尽し唄、幕末・明治維新期に流行、『明治流行歌史』

 [メモ] 出典では明治二年の時期に繰り入れてあるが、詞の内容からみて、実際の流行はもっと後のことであろう。

今流行大津絵節 いまはやりおおつえぶし

この頃のはやりもの、義経(ばかま)にフランケツト、とんび着て詩を吟ず、ちよいとちよいとこらさのさ、玉子をつりさげた吹矢のよしず店、大弓(だいきう)もございます、黒の羽織の町芸者、ふる道具屋にこみのこんにやく焼だんご、今川焼と紅梅焼、手製の()(ばな)のお茶をあがれ。

──大津絵唄、明治五年頃流行、『明治流行歌史』

[メモ] 文明開化期に残る昔ながらの風俗を集成した唄である。

はやりもの はやりもの

♪これは当時のはやりもの、ざんぎりあたまにちやの羽織、ふくめんにまはしがつぱ、ながえりまき煙草まちあひぢや屋の出合に、きかいの亀の子、新年宴会演説会、らうやぶりにコレラ病、たまころがしころび芸者になまづのふていさい。

──大津絵唄、明治七年頃流行、『開化大津絵節、当時のはやりもの』

謡ひはやせや流行の うたいはやせやりゆうこうの

謡ひはやせや流行の、一本目には演説会、二本目には人力車、三本目には三菱社、四本目には新富座、五本目には(ごん)(つま)、六つ昔と事替り、今は便利の(おか)蒸気、七本目には親睦会、八本目にははやり(くぢ)、九つ行商千(きん)(たん)、十で通りの(れん)化石(ぐわせき)、此内にて平常流行は(くわん)工場(こうば)まがひの商店社、正札(しやうふだ)付増し日増し開業式、群集見物出這入(ではいり)の、アレ(ぎよく)(とう)(まつ)()いな。

──尽し唄、明治十年前後流行、『開化松尽し』

 

風刺唄 ふうしうた

社会の矛盾や人物の欠点などを遠回しに諧謔批判した唄。

【例歌】

坊主唄 ぼうずうた

♪年はゆかぬが坊主になるも、おまへ一人がある故に。

♪色ぢやなけれどおまへのみぶり、見るにつけても思ひ出す。

♪今度評判まるいがはやる、わたしとおまへはまるもうけ。

──都々逸、明治六年頃流行、『明治流行歌史』

[メモ] 俗にいう「断髪都々逸」である。

近代的だわね節 きんだいてきだわねぶし  

女優妾にポケツト論語デカダン 自働車飛ばして慈善会 近代的だわね

♪教授訪のも卒業間ぎわ デカダン あとは野となれ山となれ 近代的だわね 

──流行節、明治四十四年流行、『近代的だわね節』

 明治時代の女学生

 

ひやかし唄 ひやかしうた

他人をおどけひやかした内容の唄。☟からかい唄

【例歌】

おゝさやつちよろさんだい節 おおさやっちょろさんだいぶし

♪酔うて枕す美人の膝に、さめて握るぞヨイ〳〵天下の権を、オヽサヤツチヨロサンダイ。

酒もノムベし博打もなされ、しまる時にはヨイ〳〵しまらんせ、オヽサヤツチヨロサンダイ。

──俗謡、明治十四、五年頃流行、『明治年間流行唄』

[メモ] 好色宰相といわれた伊藤博文を暗にからかった唄。

初対面節 しよたいめんぶし  

妾がナアー、越後出るときや、七ツ八ツからみはなされ、だんべかいナアー、色の吉原へ売られちや、にしきの夜着をきる、じやうや、しよたいめんかいナアー

ぬしとなわし、たまに逢うふ夜は痴話や口説で夜を明かす、だんべかいナアー明けの鐘つきや互に別れが惜しまるゝ、嬢や初対面かいナアー

屋敷ならアー、門は六ツ切路次は四ツ切しまります、だんべかいナアーなぜにお前は三十四十でしまらない、嬢や初対面かいナアー

更けてなアー、待てどくらせど主の来ぬ夜の癇癪にだんべかいナアーほんに思へば男心はむごらしい、嬢や初対面かいなあー

──流行唄、明治三十年頃流行、『嬢哉初対面節』

YOU TUBE

つばめ節 つばめぶし     土取利行唄    添田啞蝉坊詞

柳芽を吹く イソイソ春恋しさに

南の国から ハルバルと

今年もお世話になりに来た

こちらの姉さん 美しい

わけて島田が 似合ひます

などとつばめの イソ愛嬌者。

外套きせかけ イソイソホロリと涙

端唄の文句を 其のままに

障子細目に ひき明けて 

あれ見やしやんせ この雪に

たとへ年期が 増さばとて

何で帰されよう イソ去なされよう。

金をためるな イソイソ溜るな金を

金さへ無かつたら 鈴弁も

あの山憲に むざむざと

うち殺されて きざまれて

トランク詰めには 逢やすまい

信濃川まで イソ行きやすまい。

もしや来るかと イソイソ浜へ出て見れば

浜にや松風 音ばかり

宮さん今夜の この月は

来る年毎に 貫一の

恨みの涙で 曇らすと

磯に噛みつく イソ浪がしら。

ほれた欲目か イソイソ何処から見ても

俺の嬶は いい嬶ア

顔の真ん中に チヨンボリと

可愛い鼻が 付いている

そのほか目もある 口もある

頭の横ツちよに イソ禿もある。

女優が牡丹なら イソイソ女工が糸瓜

女詩人は 花すみれ

女教師は 蘭の花

洋妾なんぞは バラの花

後家が野菊で 尼は蓮華

下女は南瓜の イソ花かいな。

子ども三ツ四ツ イソイソ可愛いい盛り

憎まれ盛りは 六ツ七ツ

十七八は 花盛り

二十七八は 色盛り

分別盛りは 四十一二

六十七十は イソ禿盛り。

──歌、大正九年発表、『流行歌全集』

 [メモ] よくもこうまでアラ探しができるものだ。他人ひやかし百人一首といったところである。

 

伏字唄 ふせじうた

詞の一部を伏字にしたままの歌。

〈伏字唄〉とした理由は、作詞者の意図的伏字、官憲取締りによる削除、言語遊戯歌などいろいろな場合がある。

【例歌】

ちよんこ節 ちよんこぶし

親が○○○○して、わし○○らへて、わしが○○○○すりや、意見する、ちよんこ〳〵。

──俗謡、明治十七・八年頃流行、『はやり歌変遷史』

[メモ] 活字化をはばかって伏字とした例。実際に酒席などでは芸者らに伏字抜きでうたわせたり、自分でうたったりする。

伏せ字演歌 ふせじえんか       添田啞蝉坊詞

上を見りゃ際限(きり)がない橋の下の乞食

川にゃ()(さん)の屋形舟

光り輝く☓☓☓(千代田)の城も

一つまちがや灰になる

──演歌、大正六年流行、『替歌・戯歌研究』

[メモ] 伏字が何であるか容易に当てられるため、わざと伏せた巧妙な仕掛けである。すなわち、当局としても摘発を強行すれば不敬罪に抵触する恐れがあるため、見て見ぬ振りをするしかないわけだ。

 伏字まみれ仕立の『滑稽新聞』社説

無常の唄 むじょうのうた

世の中の無常やはかない人世をうたった〈嘆き節〉の一つ。

【例歌】

YOU TUBE

菊の露 きくのつゆ 

〽鳥のこえ、かねのおとさへ身にしみて、おもひだすほどなみだがさきへ、おちてながるゝいもせの川を「とわたるふねの、かぢにたえて、かひもなき世とうらみてすぐる「思はじな、あふはわかれといへどもぐちに、にはの小菊のその名にめでゝ昼はながめてくらしもなろが、夜々(よるよる)、ごとにおくつゆの、つゆのいのちのつれなやにくや「いまはこの身にあきのかぜ。

──本調子地歌、『新大成糸のしらべ』(享和元年)

儘ならぬ ままならぬ

〽儘ならぬ 浮世と知れど 逢いたさに 用ありげなる(たま)(づさ)は こころ赤間の小硯(こすずり)に 受けてほしさよ萩の露。

──三下り小唄、幕末期作、『端唄大全』

[メモ] 動乱に明日をも知れぬ身の江戸詰の長州藩士が、故郷に残した恋人をしのんで作った。