昭和後期以降

 

 

262 男東大どこへ行く

とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが 泣いている 男東大どこへ行く

──昭和四十三年十一月二十二日~東大駒場祭で文化Ⅲ類二年、橋本(おさむ)作のポスター

 橋本が制作した「駒場祭」ポスター

 昭和四十三年晩秋は東大闘争のビッグニュースに明け暮れた。

事の発端は、文学部ナントカ館において、教官に些細な暴力をふるった哲学科学生の処分をめぐってのことだった。学生らは処分方法が不当であると大学側にかみつき、林健太郎新文学部長らと団体交渉に入る。話は折り合いがつかず、部長ら三名を百数十時間禁足に。次に教授連が結束し、「基本的人権の重大な侵害と大学を無法地帯化する愚挙」であると対立の構えを示す。やがて全共闘なども絡んでの乱闘事件に発展、メディアも連日事件を追って報道した。

この闘争のさなか、学生の母親達も立ちあがり、争いを止めてと構内で訴え、何のつもりか学生にキャラメルなど配って歩いた。橋本君のポスターは、そんな状況を皮肉って描写したもの。大人気ない教授陣もさることながら、親のスネかじりが生意気こいて、男東大どこへ行く。大蔵省(現財務省)あたりへもぐりこみ、チンケなワルに成り下がろう。

 

263 七十四歳で毎晩女に接し

──南喜一

おれは今年で七十四歳になるが、毎晩女に接して、女を何回も天国にいかせることができる。それが男の甲斐性というものさ。五十、六十の鼻たれ小僧が、「オレはもうだめだ」などと()んでいては、世の中のためにもマイナスだ。そこで、おれは、この現状をなんとかしたいという義憤にかられて、この「聖談」を書く気になったのだ。

&『ガマの聖談』まえがき、南喜一著

南喜一(みなみきいち)(18931970)は元共産党オルグから実業家に。

およそこの種の下半身話は、聞く耳持たないか、聞いても話半分としておくのが慣いである。他人のホラをこき混ぜた自慢なんかにマトモな顔で付き合っていられない。

昭和四十三年のベストセラーと評判が高かったので、当時『ガマの聖談』を本屋で何ページか立ち読みしたのを覚えている。ガマを観察した話とか、女房だか妾だかを六、七人取り替えたといった、他愛のない低級な内容である。数ページ分拾い読みしてみたが、ウンザリして買って読む気になれなかった。「ベストセラーは創られる」という巷説を地でいったような本であった。

  著者の助平爺さんは、おそらく書名を『ガマの談』にしたかったのでは、と邪推する。しかし、性談では刺激が強すぎて反発を買うことになりかねないとかの、出版社の言い分を認めて聖の字に落ち着いたのではなかろうか。どっちにしろ、聖談が聞いて呆れる羊頭狗肉のシロモノである。

 

264 すぎかきすらの はっぱふみふみ

みじかびの きゃぷりことれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ

──昭和四十三年、パイロット万年筆のCМ

大橋巨泉がテレビCМで口ずさんだ国籍不明語。日本語に直すと、「短いキャップを取って書き始めたら、すらすら書けるので、つい書きすぎちまった」といったところか。

 今なお能天気な市場ですぎかきすらのパイロット万年筆

いわゆるおふざけポップワードだが、これが学生たちにバカ受けした。メーカーは活字媒体(新聞・雑誌)でもただちに追い討ち(フオロー)をかけた。

 日本中のお父様お母さまが首をかしげた「ハッパふみふみ」(パイロットエリートS)

 広告理論や常識をまったく逸脱した四次元的発想によるこのCМのおかげで、パイロット万年筆はバカ売れし、屋台骨のガタついていた会社は黒字経営で立ち直った。

 いっぽう、このパイロット大当たりで、万年筆メーカー他社は軒並み売り上げがダウン。四十四年秋にライバルのセーラー万年筆が業績不振で赤字続き、経営陣が交代した。制作担当のCМライターは、パイロットから家一軒も贈られてよい功績を残したと思う。

 

265 いいウンコの…食いに行きましょう

──山本嘉次郎

永さん、いいウンコの出るものがあるんです。喰いに行きましょう。

&『芸人その世界』永六輔著

山本(やまもと)()次郎(じろう)(190274)は映画監督・脚本家。

「クソも味噌も一緒」という俗諺があるが、こんな誘いをかけられてシリ馬に乗るわけにはいかない。山本監督といえば多芸多才の士で、『洋食考』という著作もあるくらい、グルメにかけてうるさい人だったようだ。舌も肥えていたろうが、「いいウンコの出るもの」とはどんな料理なのか。ひとつウンチクを傾けてみたい。

常識的には、美食やゲテモノ食いでいい雲古が出るとは思えない。いや、美味い食い物ほど消化の残滓は貧相であるはず。色良く形良く、ふっくらと量の多い雲古は、緑黄野菜と根菜をたっぷり食べた後に出る。イモ類も快便の元。料理では洋食よりも和食、おでんに麦飯などがよい。

 いいウンコかどうかはワラワにきいてたもれ。

 良質の雲古は、医食同源を旨とする東洋医学の成果である。肉をひかえて魚中心の料理。酢をたっぷり使い、野菜と海藻を十分に摂る。調理に良質の水を用い、吟味しただし汁も欠かせない。程ほどに日本酒も飲む。加えて禁煙。これでいいウンコは約束されたようなものだ。

 

266 お前がイモ食ったって俺のケツから屁が出るか

──フーテンの寅さんのセリフ

俺とお前は違う人間に決まっているじゃねえか。早い話が、お前がイモ食ったって、俺のケツから屁が出るか。

&『男はつらいよ』シリーズ第一作、山田洋二原作、松竹映画の台詞

山田(やまだ)洋二(ようじ)(1931)は映画監督。昭和四十四年以降「男はつらいよ」シリーズでヒットを飛ばす。

わたくしィ、生まれも育ちも葛飾柴又です。

帝釈天(たいしやくてん)産湯を使い、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。…

おなじみテキヤの寅さんが自己紹介の仁義を切るセリフである。

「男はつらいよ」シリーズは、日本中の庶民を沸かせ、共感させ、味方につけた。原作の多くを手がけた山田洋二監督と主演の渥美清をたちまち時代の寵児に仕立てた、邦画史上傑作中の傑作だ。渥美は『サンデー毎日』昭和五十一年新年号で、自身を次のようにパロディ化して紹介している。

 わたくしィ…、生れは東京上野車坂、不忍池で産湯を使いました根っからの江戸っ子でございます。姓は田所、名は(やす)()。人呼んで、〈男はつらいよ〉の寅次郎こと渥美清と発します。

その江戸っ子も平成八年八月に逝ってしまい、掲出のセリフも在りし日の寅さんを偲ぶ遺品となってしまった。ああ男はつらいよ、渥美なみだがほとばしる。

 このDVDは今も人気が高く売れ筋

267 われわれは「あしたのジョー」である

われわれは「あしたのジョー」である。

──よど号ハイジャック犯の行動供述書より

「あしたのジョー」は、高森朝雄原作・ちばてつや画の人気劇画の主人公、矢吹(ジヨー)である。ジョーは腕っ節が強くプロボクサーに成長して、宿敵の力石と対決、彼をに追いやってしまう。の残酷なまでにすさまじい生き様が若者たちをとりこにした。この作品は、昭和四十三年から約年間にわたり『週刊少年マガジン』に連載された

 『あしたのジョー』原本コマ割り。事件にかかわり後に放送禁止の対象になった。

 昭和四十五年三月三十一日朝、羽田空港を出発した日航機「よど号」は、富士山付近を飛行中、日本赤軍派九人のグループに「北朝鮮へ行け」と脅迫され乗っ取られた。翌月、犯行の首謀者らは警視庁公安部に逮捕され調書を取られたが、その供述に掲出の言葉があった。

当時人気絶頂にあったヒーロー矢吹丈を、犯人らは自分たちにすり替えての思い入れである。犯行を反省するどころか、英雄的行為と自負した態度がありあり。頭デッカチな極左や極右に走ると、社会全体を敵にまわす結果になるという、よい見本である。

 

268 君たちは安心して人を殺せばよい 

──今東光の講演

自衛隊は人を殺すためにある。反対するやつらはぶっ殺せ! (中略)君たちは安心して人を殺せばよい、その責任は軍がもつ。

──昭和四十五年五月自衛隊駐屯地での講演

(こん)東光(とうこう)(18981977)は天台宗僧侶・作家・参議院議員。

死者に鞭打つ非道も、この人でなし坊主に限り例外を認めていただこう。舌切り地獄で、生前の罪業の数かずを償わせたいほどだ。

世間は「毒舌和尚」とか愛称していたが、口からでまかせの無責任放言を愉しんでいた、とんでもない食わせ者、人非人である。己の虚言妄語に酔い痴れ、世間を騒がせ、法外な喜捨を要求し、美食に溺れ、色を好む、手の付けられない破戒僧だ。なお責められるべきは、毒舌を反省するどころか一枚看板にしエスカレートさせている。いうなれば、紫衣の下は閻魔も真っ青の人格破綻者であった。

こんな人面獣心(にんぴにん)が平泉中尊寺貫主(ごんの)大僧正(だいそうじよう)とかに居った。仏法界の恥さらしもいいところだ。作家としては直木賞を受賞、本も売れた。のぼせ上がらせたマスコミにも責任がある。さらに、欠陥人間が決して任ぜられてはならない国会議員に祭り上げられた。蒙昧(もうまい)に選んでしまった選挙民の、取り返しのつかないミスである。

 ワルを売りものにした極道坊主、今東光〔集英社文庫〕

 

269 酔っぱらいに賞をくれる日本

──河上徹太郎談

トラ箱のやっかいになったばかりの酔っぱらいに賞をくれるんだから、日本という国も案外さばけてますな、アッハッハッ

──取材記者のインタビューに答えて河上の返事

&『読売新聞』昭和四十七年十月二十八日夕刊

*河上徹太郎(190280)文芸評論家。

大日本諦国お墨付きの文化勲章受賞者・文化功労者というからには、虚飾好みの賞狂い人間ばかりかと思ったら、河上のような酔っぱらいも貰えると知ってビックリした。

河上は渋谷で泥酔のあげく顔面に怪我をし、泥酔者保護所(トラバコ)一泊させられたという。二日酔に弾んだ頭書の言葉を吐いたそうな。ついでに、そんな下らんものはいらねと大見得を切ったら、まさに千両役者であったろうに。せっかく男を上げる絶好のチャンスだったのに惜しいことをした

 川上徹太郎

 授賞とか叙勲は政府の国民慰撫行為であるからして、官のヒマ人どもが結託して人選したりする人件費がかかる。金属だのブリキだのを加工して勲章にする費用もバカにならない。貰いついでにゼニまで付けてくれるとは思わないが、ご縁深めるご宴会ぐらいはやらかすだろう。

 みんな血税から支出だ。勲章貰って喜ぶ単細胞人間だけが自己満足に浸れる悪政だ。こんなお目出度い国において民主主義が謳歌されていると思うと涙の出るほどおかしくなる。

 

270 これまでの罪滅ぼし

*通済翁が「三悪追放」を掲げたとき、記者団の「自分の道楽歴を棚に上げ、今さらなぜ」との問に答えて、

なァに、つまりは、これまでの罪滅ぼしよ。

菅原通済(すがわらつうさい)(18941981)は実業家。「三悪追放」の活動家。

先生いう「三悪」とは性病、麻薬、売春である。晩年、これらの撲滅を訴え尽力したが、ご自身は三悪をひっくるめた道楽人生を送ってきたことから、「エセ人道主義者の売名行為」と、識者間の評はかまびすしかった。自身の女遍歴をつづった自著随筆集『女悦』にこんな一節がある。

 惚れた女は、いかなる障害があろうと突破して占領することこそ男の本懐で、その間他の容喙(ようかい)を許さない。

つまり男は、想い女を力ずくでもモノにせにゃならぬ、とおっしゃっている。

 

この偽善御仁が、昭和三十年に売春対策審議会長のポストに収まり、のちの三悪追放の音頭をとったのだ。女道楽がすぎ女房子供をさんざ泣かせてきた親仁が、歳で一物が役に立たなくなったとたん息子に女郎買いを戒めるようなもので、説得力のないことはなはだしい。通済は終生「粋人」を自称していたが、真の(すい)な者ならこんな野暮天事はけっしてやらない。

 

271 人生はオ×××と思います

──梶山季之の挨拶

私はポルノ作家の梶山です。人生はオ×××と思います。おわり。

&『週刊プレイボーイ』昭和五十年六月三日号柴田錬三郎「梶山季之の壮絶な死」

梶山季之(かじやまとしゆき)(193075)は小説家。きわどい風俗読物などで売れっ子作家に。

この真っ赤なホントの話、仕掛人は柴田錬三郎であった。某年某月、奥道後に開館したホテル。オープン記念のパーティを翌日に控え、柴錬、梶山ら一行は前夜祭にとブラックジャックを始めた。結果、梶山は一人負けして巨額の借りを作った。そこで柴錬、梶山にささやく。「明日のパーティ会場で、壇上から女性器名をとなえたら、ここでの貸しはチャラにしてやる」と。御大としては、ちょっとからかったつもり。

明けてパーティの席上。梶山、挨拶の番が来た。関西の財界人はじめ夫人や娘たちも顔を見せている。約三千人の客を前に、そう、梶山先生「オマンコ」とモノの見事に言ってのけたのである。司会役の高橋圭三もこの時ばかりは色を失い、言葉を継げなかったとか。誰よりもびっくりしたのは仕掛けたご当人、錬三郎先生だ。さて、眠狂四郎の円月殺法も手もとが狂ったか。

 それにしても季之さん、物書きなどさせておくのは惜しいほど度胸の据わった人だったのに、早世に過ぎた。

 

272 女性自身に発電所をもった人妻と

拒むほど濡れてくる──女性自身に「発電所」をもった人妻と性感開発ニンニク男の──生死をさまよう淫電性ファック!その凄さ!

──1974年フランスポルノの各紙広告

昭和五十一年、荻生が実名(内山幸雄)で出版した&『商品広告発想法』から関連部分を転載する。

 ポルノ時代を「セクシュアレート」させた花形は、何といってもポルノ映画であろう。その広告文もすさまじいかぎり。/■──(右掲出文)──/は、49年初春に本邦初後悔なった〈パリ・ポルノフェスティバル金賞受賞作品〉とか。「豪華4か国ポルノ美女競演」といううたい文句だが、そのサブキャッチでは、/■夫は私を流し台に乗せて シュンシュンとお湯を出して 痛いほど…こんな恥ずかしい型で/と、読者の想像力を強烈に攻め立て、果ては、/■エロチックあふれるコピーを作るため男は妻を情人とし、道具とし、日夜みだらな新しいエロスを求め、責めさいなみ押し開く/と、オチまでつけたサービスぶり。

 フランスポルノの常連女優、某

 

273 ルンペンとは「浪に浮かぶ者」

──林光一

ルンペンとは「カッコ良くいえば、浪に浮かぶ者、つまり浮浪者であり、浪に放たれている者、つまり放浪者」である。

&『ルンペン学入門』林光一著、ペップ出版〔一九七六年刊〕

 自らの路上生活体験を本にした異色の作品である。

 林さんは、頭書の定義とは別にルンペンをして「住所不定無職のアウトサイダー」と自己規定。軍隊体験があり元銀行員という、路上生活族でもインテリに属すルンペン優等生であった。「山谷(東京都台東区のドヤ街)」とも称された彼は平成十年、七十九歳で亡くなっている。

 林さんは次のルンペン「五カ条のご誓文」

を掲げ、つねに自分を律していたという。単なるホームレスではなかったことを実証したかったのであろう。

 一、ルンペンは他人のナワバリを荒らすべからず。

 一、ルンペンは人に物を乞わず、人のために尽すべし

 一、ルンペンは清潔を保つを本分とすべし

 一、ルンペンは偏食ゆえに健康に留意すべし

 一、ルンペンは犯罪行為にまき込まれざるを旨とすべし

 

274 板橋に映画館あったっけか

──青島幸男

酔って眼を赤くした幸二は白川登紀子に矛先を向ける。/「あたしは東京。板橋よ」/「板橋か、板橋が東京になったのは戦後だろ。埼玉県練馬郡大字板橋字大根畠ってんじゃないの、お前の家は。板橋に映画館あったっけか」

                          ──&『蒼天に翔ける』第三章 青島幸男 

青島(あおしま)幸男(ゆきお)(19322007)作家、タレント、都知事

 いじわるばあさん〔ブログ「もんすたぁかぁどあつめ2」より〕

 知る人ぞ知る、元東京都知事の作品から。

 目下板橋区に在住の筆生、恐れ入って二の句が継げない。ギャグの域を逸脱した意地悪放言だよ、これ。東京都で一番偉い人による板橋区民ハラスメントもここまで来たか、と。

『蒼天に翔ける』は昭和五十七年の出版だから都知事就任のかなり以前、というのは言い訳にならない。

 板橋区内の公共図書館では、青島の知名度の高さに反比例し、書いた本は影が薄い存在だ。それだけ人気がない証拠であろう。

 

275 強姦やったヤツが生意気なことを言うな

──浜田幸一

強姦やったヤツが、安宅、お前が法律違反など生意気なことを言うな、このヤロウ!

──昭和五十三年二月、衆議院予算委員会での発言

浜田(はまだ)幸一(こういち)(19282012)は自民党代議士。「議員バッジをつけたヤクザ者」と世評された。

 「ハマコーのブログ」より

 議場で、社会党安宅常彦代議士が米の生産調整の方法は農業基本法違反ではないかと質問したとき、ハマコウは安宅の女性問題に触れ、例の与太者もどきの声を荒げ食ってかかった。この暴言に、社会党の別の委員が「このヤロウとは何事か」と真意をただしたところ、浜田はさらに激昂し、「このヤロウといって何が悪い。こんなヤロウをのさばらせておいて!アンマを強姦するようなヤツが法律違反だなんて生意気だ」

このセンセ、昭和六十三年に至っても共産党の宮本健二議長を捕まえて「殺人者」呼ばわりし物議をかもしている。彼の代議士生活における暴言や失言は枚挙にいとまがない。

他人をけなすご本人の人格はというと、ラスベガスのバクチに入れあげて大敗する程度のチンピラでしかない。ヤクザ者の親分がつとまる器にあらず。国会恒例の猿芝居での血税食い物の悪役がふさわしいところ。彼が降りたため国会中継を眺める愉しみが一つ減ってしまったじゃないか。

 

276 書く以上はやっぱり読者に勃起させなくっちゃあ

──川上宗薫

書く以上は、やっぱり読者に勃起させなくっちゃあ。これがエロ作家の良心だよ。なるほど、と思うようなところが、どこかになくてはいけない。

&『流行作家』川上宗薫作

川上宗(かわかみそう)(くん)(192485)は小説家。純文学から風俗・ポルノ小説へ転向。

川上は『三田文学』などに寄稿していた純文学作家であったが、売れずの純文学では食っていけず、昭和四十一年頃からエロ作家へと転向した。その後の川上は、まさに水を得た魚のごとく、女の下半身を責めさいなむようにして書きまくった。彼のファンはいまだに絶えず、図書館でも流行作家名札に一連の著作が並んでいる。

 女好きを地で行った川上宗薫

 川上の偉い?ところは、小説のネタを体験で裏付けた点にある。つまり官能小品一篇を書くにしても、頭でプロットを組み立てるような半端はやらず、ほとんど実地見聞によっている。取材で知りえた女の数、性技のあれこれ、そして女心の不可思議が川上作品を男にしたのだ。どうりで淫靡な説得性があるはずである。

ただ残念なことが二つ。脂が乗り切った時期に往ってしまったことと、濫作にすぎたこと。ことに晩年の作品は、ファンも食傷気味のステレオタイプに陥っていた。とかく色事は、物足りないくらいのほうが長続きするものなのである。

 

277 日本列島を不沈空母のように

──中曽根総理の発言

日本列島を不沈空母のようにする。

──昭和五十八年一月十九日、訪米中にワシントン・ポスト紙のインタビュー発言

中曽根(なかそね)康弘(やすひろ)1918~)は元総理。右がかりの言動でしばしば批判の的に。

十七日に訪米した中曽根首相は、早速レーガン大統領と会談、いわゆる「ロン・ヤス関係」をより強固なものにしている。十九日、ワシントン・ポスト紙との会見では、調子にのって掲出のことばを吐く。ところが翌二十日日本人記者団との会見では、不沈空母云々の発言をした覚えはないと否定。さらにあくる二十一日に至り、あろうことか前日の否定は勘違いだった、つまり発言しことを認める、と再釈明している。

浮気をした、しないの夫婦喧嘩とはわけが違う。一国の宰相たる者が様にならない醜態を演じたものである。

中曽根さんは、同年サミット会談でも「欧州に中距離核戦力を断固配備せよ」とブチ上げた。内政面でも「防衛費の一%を突破させる」と叫んだり、靖国神社の公式参拝を強行するなど、右翼のエンジンを全開している。いったいこの人、ブレない政治的信条をもっているのだろうか。いやさ、仇名を見ろよ、「政界風見鶏」じゃねえか。

 

278 けいさつの あほども うそは ドロボーの はじまりや

──グリコ脅迫犯のメッセージ

けいさつの あほども え

おまえら うそ ついたらあかんで 

うそは ドロボーの はじまりや

──昭和五十九年五月十日、毎日新聞大阪本社宛ワープロ打ちの脅迫状、書き出し

昭和五十九年四月十日、グリコ本社内の試作室が何者かに放火され、ついで同社の江崎社長が連れ出され行方不明になる(のち自力で脱出)という事件が発生した。犯人は現金十億円と金塊十キロの身代金を要求、大阪府警と兵庫県警の合同捜査のかいもなく、犯人検挙ならず迷宮(おみや)入りとなった。

 手配中の犯人似顔絵

 大阪の新聞四社には、期を同じくして犯人からの脅迫状が何通か届いた。掲出はうち一通である。文面から察しがつくように、犯人は警察とマスコミを手玉にとって、いいようにオカラカイだ。「かい人21面相」の自称といい、「うそはドロボーの…」といい、社会全体までなめきった、いうところの愉快犯である。半端な生き方をしてきた性格破綻者であろう。私見だが、中年以降の年配者の犯行ではなかろうか。

真相はつかめず終いだが、グリコにとって思わぬオマケが付いた。事件の報道に伴う数百億円分の宣伝効果だ。絵に描いたバンザイブランド、であった。

 

279 毛針で釣られる魚は知能指数が高くない

──渡辺美智雄の発言

野党は医療費はタダにしろ、教科書も無料にしろ、赤字国債は発行するな、年金は上げろなどと言うが、金を使うより金を集めるほうが大変なんだ。毛針で釣られる魚は知能指数が高くない。うちの党はちゃんとエサをつけている。毛針で釣られる魚も多くなったが過半数になると国家はだめになる。愚か者が増えると国は滅びる。

──昭和六十一年三月一日、福岡市で野党支持者に対しての発言

渡辺(わたなべ)美智雄(みちお)(192395)は自民党代議士から蔵相・通産相に。

 渡辺美智雄

渡辺は自民党タカ派の政策結社「青嵐会」結成時に血判を押した、こわ(もて)の政治屋である。栃木県出身の田舎弁でまくしたてるミッチー節で一躍有名になったが、この人の放言癖も、表看板の国政担当猿芝居役者並みだ。掲出は遊説先の福岡市で野党をコキおろした発言からの抄出である。

 さて国民の皆さん、ミッチーの目で見ると、われわれは毛針に食らいつくかどうかの愚魚にすぎない。自民が垂らす生餌に食いつかない魚は知能指数が低い、つまり「愚民」だとのたまわれた。自民党支持者にあらねば人にあらず、と明言したのである。物事に対応した適例すら使いこなせないほど知能指数の低い人物が、である。こんな愚かな為政者が増えると、間違いなく国は滅びる。

当「毛針発言」は直後の国会で糾弾され、渡辺は平身低頭の醜態をさらしている。この国の弊政に絶望した荻生はとうの昔に政治的無関心(ノンポリ)派に転向、国民感情のストレスを軽減させることにしている。

 

280 生涯の伴侶だった愛犬の死亡広告

──長嶺ヤス子

生涯の伴侶だった愛犬ピピが五月十日午前四時四十五分に永眠しました。生前のご厚誼に感謝を申し上げます。なお告別式は左記の通り執り行います。

五月二十一日午後三時~四時/常楽院(所在地、道順説明)/長嶺ヤス子

&『朝日新聞』昭和六十一年五月十六日朝刊掲出の死亡広告

長嶺(ながみね)ヤス子(1936)はスペイン舞踊家。

  この広告の文章は、長嶺女史ご本人の筆と思われる手書きで、愛犬の死への追慕が感じられる写真入であるそれにしても一流の全国紙、二段八つ割のスペースだと、当時の掲載料金だけで数十万円はかけているはずだ。通夜、告別式、納棺なども有名人並に派手に行われるであろうから、締めてかなりの額の葬儀費用がわずか犬一頭のために使われたことになる。

 親が死んでも満足な葬式も出せない貧乏人にとっては、うらやましい「お犬様」扱い。この広告を目にした読者が、まず投書で反応を示した。ついで物見高い週刊誌が飛びついて書きたてた。いわく「非常識な考え方」「人間より犬のほうが大事なのか」「そんな金があったら施設等の寄付にまわせ」はては「エゴイストの反社会的行為」などなど。

ま、愛犬家の彼女にしてみれば、わが子並みの哀悼(アデイオス)だったのだろう。あるいは意外に、芸能人の十八番(おはこ)、人気戻しへの仕掛けだったかも。

 

281 こうなったら百三十歳まで生きて

──きんさん、ぎんさん

ぎんさん「わたしらは、ただの百シャアの年寄り、みなしゃんがたが、有名にしなすっただけのことでごぜえます」きんさん「まったく、妹のいうとおりです、ハハハハ」ぎんさん「けんど、わたしらの声が、レコードになっただなんて、冥土のみやげがでけてよかった。こうなったら、百三十歳まで生きて、日本はこんなええ国になったと天国におるおとさんやおっかさんに話してやらんといけんから、よう死ねん」きんさん「うーむ、まったく、おみゃあさんは気が強い」()

&『聞き書き きんさん・ぎんさん一〇三歳』綾野まさる編

*成田きん・蟹江ぎん(1892)平成三年に百歳を迎えた双生児姉妹。マスコミ騒ぎで有名人に。

 二百歳になった きんさん+ぎんさん

 きんさん・ぎんさんがマスコミに登場しシワクチャタレントぶりを発揮して久しい。「みなしゃんが有名にしなすった」のとおり、マスコミ界のお目出度い連中は、二人に平成四年東海テレビ芸能推奨賞を、平成八年和装文化章を贈っている。ハハハハ、めでたしメデタシ、日本はええ国じゃ。

平成四年正月からますますホットになった「きんさん・ぎんさんフィーバー」は、双生児婆ちゃんをタレントに祭りあげ、マスコミの寵老に仕立てた。商魂も二人を見逃さない。NTTではお揃い写真入りテレホンカードを週に六万枚も売った。ご両人の語りとお子さん方(もちろんご老体)の歌の入った『きんちゃんとぎんちゃん』もヒット盤に。二人にとって笑いの止まらない冥土の土産で、あの世においてもまず、金銀に不自由な生活はしなかろう。

巷では、この姉妹が世を去るのは何年何月か、賭けが流行っているという。さもありなん、だ。(当時のノートより)

 

282 差別、差別、差別でPRする品川宣言

     人権尊重都市品川宣言

(前二節略)今日、我が国社会の実情は/いまだに差別意識と偏見が/人々の暮らしの中に深く根づき/部落差別をはじめ/障害者、女性、先住民族、外国人への差別など/どれほど多くの人間が苦しんでいることか/人間がつくりあげた差別は/人間の理性と良心によって/必ずや解消できることを/我々は確信する/平和で心ゆたかな/人間尊重の社会の実現をめざす品川区は/「人権尊重都市品川」を宣言し/差別の実態の解消に努め/人権尊重思想の普及啓発と教育を推進することをここに誓う〔右宣言は1993(平成五年)四月二十八日制定、傍線は荻生〕

&『しながわガイド』東京都品川区発行より

 「人権尊重都市品川宣言」発表時の宣言書

平成某年五月、品川区民に配布する『しながわガイド』を貰った。ざっと目を通したが、掲出の品川宣言に到ってオヤマアというしだいになった。五百字ほどの全文中、なんと「差別」の文字が五回も使われているではないか。

鋭い読者なら一読してわかるように、これでは眠っている差別意識を揺り起こしてしまうようなもの。差別を必要以上に引き立たせ、あたかも品川区が差別の本拠地で、区がそれの解消に躍起になっているかの印象すら与える。テーマにそぐわず、まるで逆効果なのだ。加えて大上段に振りかぶり気負った文章が、宣言自体をいっそう空々しいものにしている。

こんな心の通わない文章で、人権尊重について区民の関心を高められるとでも思っているのだろうか。やはり通り一遍のお役所仕事でまとめた文言だな、と思った。

説得の切り口という点でも冴えがみられず落第、プロのコピーライターなら恥かしくてとても書けない文章である。

 

283 わが子に付けた名前は「悪魔」

──「悪魔ちゃん」事件

〔顛末〕

平成五年八月、東京都昭島市の住民S夫妻は、長男の名を「悪魔」と記入した出生届けを市役所戸籍課に届け出た。戸籍課はこの名前が適正であるかどうか疑念をもったので、東京法務局へ照会したところ、結論が出るまでしばらくのあいだ受理手続きを留保する旨の指示を受けた。追って東京法務局名で「人名の持つ概念から著しく逸脱している」との通知があり、「悪魔」の名は受理されないことになった。

おさまらないのはS夫妻で、さっそく不服を申し立てた。

その後の経過は逐一マスコミで報道されているのでここでは省くが、この名前をめぐり日本中が是非論に沸き立った。いわく「親には子に対する命名権があり、それを法権力で奪うのは命名の自由を損なうものだ」という是認派。これに対し「親のわがままで子供の将来を考えない命名権の濫用」と反対論を唱える人たちも少なくなかった。

 マスコミは賑々しく、なかには「親エゴにより、世の中の子供にハイセイコー(競走馬名)とか鉄腕アトムといった妙な名前が増えたらマンガの国になってしまう」という皮肉も飛び交った。

「悪魔」の申請名はその後も二、三の屈曲を経て、翌年二月にS夫妻は「亜駆」の名で最終届出を済ませ事件は落着。人名の重要さを改めて世に問うた事件であった。

 世にパロディ版ポップも出現

 

284 人間の意思で、精密な予言も押し返せる

──五島勉

当時、大予言が受け入れられたのは、珍しかったからだろう。世界の終末を正面切って扱った本は一般書にはなかった。(七の月に迎えるとされてきた人類の破滅は)回避される。ある時期から、人類は終末予言に現れるような状況を回避する兆候が出始めた。レーガン・ゴルバチョフ会談で軍縮の方向が出され、世界のリーダーも回避への努力を続けている。(予言は)まさに回避するための警告だった。人間の意思で、精密な予言も押し返せる。もし、本を読んでいまでも心をいためている人がいたら謝りたい。

&『朝日新聞』平成十一年七月一日夕刊「五島勉さんの話」

五島(ごとう)(つとむ)(この時に六十九歳)はルポライター。

この一文を書いているのは1999年八月四日夜、日日是好日とばかりエアコンが低くうなっている。『ノストラダムスの大予言』には、すっかりかつがされてしまった。

 覚えている読者もいよう。昭和四十八年暮、主要紙にこんな書籍広告が載った。「迫りくる一九九九年、七の月、人類滅亡の日!」(『ノストラダムスの大予言』五島勉著、祥伝社刊)

  あれから二十六年、朝日が「信じているの?『1999年7の月』」という特集記事を報道。この本のために大学生の半数が不安をもっている、という調査結果を踏まえ、著者に掲出のコメントを言わせている。人騒がせな仕掛け人の、なんとも冴えな言い訳だ。こんな程度の詭弁結果論なら中学生でも言える。

さてこの特集の掲載、八月一日でなくなぜ七月一日だったのか。新聞社が騙しの経過直後のインパクトを弱め、著者を赤っ恥から救う措置だったかも。著者自身は、予言など当りはしないことをとうに知っていたと思う。(平成十一年のノートより)

 

285 不評 人名漢字外します

──法制審議会

不評 人名漢字外します/批判集中の数十字/ワースト5 糞・屍・呪・癌・姦/見直し案を法務省修正

名前に使える人名用漢字を578字増やす見直し案を法務省が6月に公表したところ、市民から1千通以上の意見が寄せられ、その6割以上が「一部の漢字は名前にふさわしくない」と懸念を示していることがわかった。8日現在、反対意見が多かった漢字のワースト5は、「糞」「屍」「呪」「癌」「姦」。法務省は、市民の意見を尊重し、批判が集中した数十の漢字を削る方針だ。(本文後略)  

&『朝日新聞』2004年七月九日

右掲記事を読むと、至極当たり前のことをいじくりまわし税金を浪費している官政の典型が見えてくる。法相の諮問機関「法制審議会」とやらが提案した内容だそうで。

これ、作為にもとづく一種の言語操作、それ以上に常識に照らし合わせてみて「かすがいのおっぱずれ」だと誰だって思う。万葉時代、忌詞に代えわざと嫌悪言葉を使った時代とわけが違う。こんな漢字の名前を付けられたら、当人にとってそれこそ人権無視。ちなみに右掲本文は、「『漢字を制限すること自体、やめるべきだ』などの意見も見られた。」で結んである。

 国語審議会2009年四月一日の答申速報

法制のみならず「国語審議会」またしかり。審議会だなんて偉ぶっていても、官庁天下り族で占める無駄飯食いの政府御用機関、無能にして非常識な偉いさんの吹き溜まりだ。だからこそ、国民の税金を遊び半分のために無駄遣いしている、という事実が堪忍なら三郎。国民のためにならない無為有害な官公組織こそいの一番に事業仕分けすべきである。

〔追記〕2011年一月、同会はまたもや人名漢字の改定を行い、戸籍事務の煩雑化を助長している。

 

286 原爆投下はしょうがない

──久間防衛相の発言

原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、アレで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないと思っている。

&『朝日新聞』2007年七月

 これ、銭湯の親父が番台で客と交わした世間話ではない。

阿部内閣の久間防衛大臣が前日の六月三十日、千葉県柏市の藤沢大学で講演したときの内容である。「しょうがない」と結んだ言葉は、原爆投下を是認する投げやりな言葉と曲解されかねない。それほどわれら被爆国民の心情を逆撫でしたような妄言である。

しかも国家の安全を守るべき要職にある人物の発言なのだ。国民としては、まだしも「原爆投下国であるアメリカを頼りにせず、憲法改正を急いで、核保有国たる準備をすべきだ」とでも言ってくれたほうがよほど納得がいく。

 こんな腰抜けが防衛相に起用されるようでは、日本の未来はペンペン草が生えている。江戸時代に「刀を差すのが大儀になった」とぼやいた武士がいた(58)が、それと一脈通ずる情けない話だ。

 原爆投下しょうがない発言で陳謝する久間防衛大臣

 

287 徹夜でやったけど(確定申告が) 終わらない

──茂木健一郎

『朝日新聞・夕刊』2009年十一月十日

*茂木健一郎は脳科学者。

 同記事の見出しに「茂木健一郎氏が申告漏れ/国税指摘、3年で3億円」とある。まだ新しいニュースなので記憶に残っている人も多かろう。

茂木さんは申告漏れを指摘された言い訳に、忙しすぎて手が回らなかった、と周囲に話しているという。子供だましの脱税行為の言い逃れである。

マスコミのどこにでもまめに顔を出し、御託を並べているから知名度が高く、申告が間に合わないほど荒稼ぎしていらっしゃるのだろう。バカ面こいてテレビのお説にフムフムとうなずいていた自分がアホらしくなった。

 申告漏れは、知らなかったでは通らない脱税行為である。朝日新聞の縮刷版でも、右の記事を「犯罪」のカテゴリーで扱っている。真面目な納税者にとっては、彼に裏切られたような気持ちになる。

この事実が判明してから、さすがにNHKは彼の出演を降板させた。見識が決断させたのだろう。だが、他の民放では金魚のウンコのようにいまだ起用が続いている。みなし犯罪者などに目をかけてやる必要はない。さもないと、正直者がますますバカを見る世の中に突っ走ってしまうではないか。

茂木さん、一度お脳の中身を精密検査してもらいなさい。

ツィッター上でも茂木の救いなき反論2014/06/19() 17:53:08.34 ID:???0.net