4.「付加」のテクニック

 

 

 文章の骨格に言葉を付け加えていくことで表現上の効果を発揮させる操作を「付加」のテクニックといいます。情報量の加減を手段とする点で5.「省略」のテクニックとは対照的で、共に文彩の基本に属します。

 

 なお付加といってもあくまで操作形式の名目のことで、文章を単に冗長にする意味ではありません。

 

 

 4.「付加」のテクニック                   

 

  4-01 引用により読者の興味を引きつける〈例示法〉     

 

  4-02 気の利いた〈秀句言い〉で滑稽味を出す。       

 

  4-03 処世の玉条をさりげなく挿し飾る〈金言法〉      

 

  4-04 うがった異名の命名で楽しむ〈異名遊び〉       

 

  4-05 一言余計のナンセンス感で決める〈追加彩〉      

 

  4-06 文字替え音替えして派手に文飾〈駄語並べ〉      

 

  4-07 〈無駄言葉〉も使い方しだいで文章活性化       

 

  4-08 目立たせお山の大将〈キーワード法〉         

 

  4-09 ある命題をあれこれ定義で飾り付け〈定義彩〉     

 

  4-10 長文がダラダラ連綿と続く〈連綿文〉         

 

 

4-01 引用により読者の興味を引きつける〈例示法〉

 

 

♥社長に昇格の友人に♥

 

社長就任、おめでとう。

はなむけの言葉としては野暮だが、

アドマンとしてあえて忠告しておく。

メディアにはくれぐれも気をつけろよ。

「使い方しだいで毒にも薬にもなる」こと、

間違いのない真実だ。

 

 

メッセージを構成するさい、相手の理解を助けるためよく知られた具体例や話題などを添えるテクニックを〈例示法〉あるいは〈挙例法〉といいます。

 

たとえば「美女」だけでは描写が素っ気なさ過ぎるような場合、「雪の肌え、柳葉の眉、白魚の指」のような色気を添えた慣用句をを引き合いに出します。

 

「マスコミ(メディア)とハサミは使い方次第」とは、広告業界がまだ印刷媒体一辺倒だった時代の業界金言です。例文では、社長に就任した友人に含蓄のあるその金言をはなむけに贈る、という体裁をとりました。

 

 

4-02 気の利いた〈秀句言い〉で滑稽味を出す。

 

 

♥トイレット文学見本帖♥

 

自然が呼ぶがまま、

あわてて飛び込んだ…まではよかったが、

やややッ トイレットペーパーが切れていた!

「ああ、苦しいときの紙だのみ」

んてぼやくことしきり。結果は?

 

ウンともスンとも言わずにおこう。

 

誰もが一度は体験したことがあるであろう、密室での切ない思い。「苦しいときの紙だのみ」および「ウンともスンとも言わない」は古くから伝わる洒落言葉です。紙だのみとは「神頼み」という同音異義言葉を言い掛けた秀句であること、言うまでもありません。ウンともスンとものほうは言わないに懸かる慣用句で、〈無駄言葉〉をも兼ね文体に弾みをつけています。

 

ここでいう秀句とは、掛詞や縁語を使って表現する滑稽のこと。平安時代から座興や芸能で用いられるようになった口遊びの一種で、江戸時代に入り洒落へと呼称が変わっています。途中、鎌倉時代には一般に慣用化されるようになり、吉田兼好の『徒然草』にも「御坊をば寺法師とこそ申しつれど寺はなかりければ、今よりはほうしとこそ申されめといはれけり、いみじき秀句なり」とあります。

 

 さて、この秀句という言い掛けの滑稽、気の利いた言葉を用いて描写を賑わす手法を〈秀句言い〉と称します。文彩としては擬古文や歴史小説等によく登場し、現代の時代小説にも少なからず使われています。

 

現代語メッセージであっても、使いどころのTPOさえわきまえておけば、秀句は内容の濃い表現に仕立てられます。とくに下がかってまともには言いにくいような話題では、秀句言いがその場しのぎの役に立ちます。

 

 

4-03 処世の玉条をさりげなく挿し飾る〈金言法〉

 

 

♥結婚式での祝辞♥

 

……俗に「遠くて近きは男女の仲、

近くて遠しは田舎の道」と申します。

本日、華燭の典を挙げられたお二方

聞くところによりますとそもそもの

馴れ初めは、まさしく

「事実は小説よりも奇なり」でございまして…

 ▲ライトアップされた金言寺(島根県奥出雲町)のイチョウ

 

メッセージのヤマ場でよく知られたことわざや金言などを引用し、表現に張りを持たせる技法が〈金言法〉です。入れる文言は有名な格言、警句、ことわざなどで、ネタは無尽蔵にあります。

 

ただし、挿入箇所は適性かどうか、よく吟味する必要があります。また、上例のように比較的短い文中に2箇所も引用するのは饒舌的悪乗りでかえって逆効果です。勧められない例として掲げました。

 

では逆に、鑑賞に値する見事な引用例を挙げておきましょう。浄瑠璃の古典、近松門左衛門作『冥土の飛脚』うち「新口村の場」からの引きです。

  親の嘆きが目にかゝり、未来の(さは)これ一つ。(つら)を包んでくだされ、お情け

  なりと泣きければ。腰の手拭(てのごい)き絞り、めんない千鳥(ちどり)(もも)千鳥(ちどり)。なくは梅川、

 川(かは)千鳥(ちどり)水の流れと身の行方(ゆくへ)、恋に沈みし浮名のみ、難波(なには)に。残し(とど)まりし。

 

と、大団円の語り。下線は筆者の加筆、古諺「水の流れと身の行く末は行方知れぬ」の引用です。

 

 

4-04 うがった異名の命名を楽しむ〈異名遊び〉

 

 

 

♥神田古本屋街の異名、古いノートより♥

 

この古本屋街では読みたい本は

あまりにも多くあるのに金無し(ゲルピン)なのだ。

高い本を買って読み終えるや売り戻し、

一冊買っては叩き売って、財布を軽くする。

苦学生達は活字という名の知識を得るために、

懐の赤字を200mlずつ業者に売血して補う。

の青春時代のジレンマから、

仲間内では誰いうとなく、神保町をさして

「貧乏町」と皮肉るようになった。

 

上例、神田神保町=貧乏町という異名の呼称はすぐわかりますが、もう一つ、「ゲルピン」というルビ振り語(素寒貧の別名、ドイツ語からの捩り学生言葉)も異名です。

 

似たような渾名や異名を材料に、その命名由来や成り立ちをもっともらしくこじつける遊びを〈異名遊び〉といっています。文彩というよりむしろ言葉遊びの一つといってよいでしょう。

 

 

さらに、ある名詞の異名がいくつもあるような場合は、それらをなるべくたくさん使って並べ立て文章に調子をつける〈列挙法〉あるいは〈異名並べ〉という技法になります。一つの呼称を主題に手を変え品を変えして多彩な表現を繰り出す技法で、漫筆や時事評論によく見られます。

 

異名のうち伝承ものを由来と合わせいくつか挙げてみましょう。

 出雲の神(男女の縁結び)

 町針(穴なし針、小野小町伝説より)

 金山寺(紀州金山寺の名物味噌)

 聖徳太子(旧千円札。その肖像画か)

薩摩守(乗物の無賃乗車。薩摩守平忠度に由来)

 

 

4-05 一言余計〈追加彩〉のナンセンス感で決める。

 

 

♥老妻を昔、口説き落とした文句♥

 

あなたに出会えて幸せです。

あなたが好きです。

酒の次に好きです。

 

 

私事を皮切りとし恐縮ですが、荊妻は都内の酒屋(小売商)の娘でした。荻生は大の酒好き、本音半分の告白です。しかし常識的に見て、3行目は余計なひとこと。蛇足といえる言葉です。「酒の次にあなたが好き」といわれた時カミサンはどう思ったか、訊いてみたことはありませんが。

 

あるメッセージに、さして重要でない一言を付け加え、メッセージに重み、あるいは軽さを付加する技法を〈追加彩〉と称しています。

 

メッセージはすでに終わったはずなのに、あたかも大事なことを書き忘れたかのように、「これも」とばかり思いつきの体裁で付言する。実はこの部分に送り手の本音が隠されているわけです。

 

追加彩は、余計言葉であることをそれとなく暗示する「加えて」「もっとも」などの接続詞を使う場合も少なくありません。逆に接続詞なしでさらりと流すと、文飾変化のインプレッションが高まり、時にはユーモラスな結末が期待できます。

 

 

4-06 文字替え音替えで派手に文飾〈余計言葉〉


 

♥酔っ払いの会話割り込み♥

 

   ちょいと、ごめんなさい。

ご勘弁を。すいません。

突然、申し訳ない。

謝ります。

さ~て、と…。

 

何を言おうとしたんだっけな。

 

 ▲沈黙は金、饒舌は土くれ

 

この落語のようなおふざけ文は〈饒舌法〉あるいは〈駄語並べ〉という文彩の典型です。

 

同じような言葉(類語)や音をもじった言葉をいくつも並べ立てて文意を強調するテクニック。例では、宴席で他人同士の会話に割って入ろうとする酔っ払いにセリフを演じさせました。「失礼」とひとこと声をかければすむことを、ぐだぐだとしゃべりまくり、肝心の伝えたい内容をド忘れしてしまった酔漢のオチです。

 

また、音が似ているだけの言葉や調子づけの慣用句を並べ立てるのも〈饒舌法〉に入ります。たとえば「最初に」というところを「いの一番に」のように弾みをつけると、飾りたてた賑やかな表現に化けます。慣用句からいくつか例を挙げてみましょう。

  ニッチもサッチもいかない

  やることなすことヘマばかり

四方八方に知れ渡る

男の中の男

馬鹿か阿呆かはたまた間抜け

 

 

4-07 〈無駄言葉〉も使い方一つで文章を活性化

 

 

♥友と痛飲、二日酔い日記♥

 

友、遠方より来る、一升瓶提げて。

夜っぴて、へべのれけになるまでんだ。

         心身の滓も酒でとことん洗い落とす。

スカッとさわやか、コラ二日酔い。

コーラは要らん、ご機嫌迎え酒。

ままよ三日酔い、ござんなれ!

 

 

文中アンダーライン部分は、なくてもすむ〈無駄言葉〉です。

 

無駄言葉(弾み言葉とも)は、言葉そのものに意味の伝達性はなく、単に文脈や韻律を整えるため形式的に用いる語をいい、その表現法をレトリックでは〈虚辞法〉と呼んでいます。

 

江戸で発達したいわゆる「江戸語」は無駄言葉の宝庫です。当時の古典を紐解くと、伝法な語群の狭間に生き生きとした無駄言葉が絢爛豪華に使われているのがわかります。使用者はそれが無駄な言葉であるのを百も承知の上で、楽しみながら用いているのです。これ、現代に喩えるならウエブの絵文字のようなものでしょう。

 

ほとんどが弾み調子の洒落の文彩に属しますが、いくつか例を挙げてみましょう。

 いやじゃ有馬の猫騒動

 敵もさるもの引っかくもの

 死んだ猫の子でニャンとも言わぬ

 そっちへしまっておきな草

 アカンベイ酒百杯なめろ

 根掘り葉掘りしつこく訊く

 とてもじゃないが付き合えぬ

 

 

4-08 目立たせお山の大将〈キーワード法〉

 

 

♥質問好きな彼女へメール ♥

Qちゃんとの会話

「なぜ」が多すぎる。

なぜ、怒るの?

なぜ、疲れたの?

なぜ、黙ってるの?

なぜ、なぜ、なぜ、責めじゃん

おれ「生き字引」じゃないぜ

 

この例では「なぜ」がキーワードです。

 

叙述のなかで特定の1語だけ他から際立たせて前文の印象を際立たせる技法を〈キーワード法〉、和語で〈一語張ったり〉といいます。キーワードを目立たせるテクニックはいくつもあって一概にいえませんが、例文の場合はくどいほど繰り返されている「なぜ」であることがわかります。

 

 ▲ピクトグラムのアイコンは1フォント化キーワード。「なぜ」は ? でよろしかろう。

 

上手な書き手は地の文でメリハリを付け、どの語がキーワードなのか、それとなく察知させるものです。たとえば、上田敏訳「レミ・ド・グールモン『髪』」という泰西名詩、

 シモオヌよ、そなたの髪の毛の森に

 よほどの不思議が籠つてゐる。

 そなたは乾草(かれくさ)(にほひ)がする。 

 ながく()ていた石の匂がする。

 鞣皮(なめしがは)の匂がするかと思へば

 麦を()(あふ)りわける時の匂もする。

では、文脈の流れからキーワードは「シモオヌの髪の毛の匂」であることが知れます。

 

 

4-09 ある命題をあれこれ定義群で飾る〈定義(どり)

 

 

♥渾名の定義あれこれ♥

 

●渾名は人世における見えざる勲章である。

●渾名は親しみを表すバロメーターである。

●渾名は幼児が最初に覚える言葉遊びである。

●渾名は人物像に貼り付けられた落書である。

●渾名は加齢と共に減衰する人間関係である。

●渾名はその人に対する最も公正な人物評である。

●渾名はまだ仲間はずれにされてない証拠物件である。

●渾名は著名人にとって有名税である。

●渾名は政治家の公約以上に信頼できる根拠をもつ。

●渾名は人世において、愛のささやきよりも強くして長し。

 

「渾名」という主題のもと、10条にわたり斜に構えた定義を考えてみました。

 

ある物事のテーマ(普遍性があり、扱いやすいもの)を決め、その切り口を短くまとめ複数の定義に仕上げるものを〈定義彩〉と称します。定義それぞれは思考錯誤にあるとみなし、これらを集成することで命題の本義へと帰納させることになります。

 

〈定義彩〉近代、青少年向け雑誌の投稿紙面を賑わせた言語遊戯の一手法です。現代ではめったに見ることができませんが、頭の体操になる知的遊戯なので、ぜひとも復活させたいものですね。

 

 ▲視覚化された「自由文化作品」の定義(Wikipediaより)

 

 

4-10 長文がダラダラと続く〈連綿文〉

 

 

♥うなぎ蒲焼売りの立口上♥

 

サアお立会い、お兄さん江戸っ子かい、江戸っ子といったって今日日は神田生まれなんかめったにいない、着物からこやし田圃の匂いがぷんぷんしてる、そんな皆さんがだよ、のらりくらりと世渡りして、この東京でひしめきながら生きているんだ、そうだろ?そこの姐さん、同じ穴の女狐じゃあるまいし、絡み合いも度が過ぎちゃあいけないよ、絡んでいいのはしんねこ同士、そうなリャ味も上々吉だ、そうだよ、かば焼きと秘伝のタレが絡み合ってうまいものときたらこいつにかぎるね、「おまんのうなぎ」蒲焼絶品だよ!

 

屋台の蒲焼屋を想定して、こんな口上になろうかとつづってみました。もちろん大道の蒲焼売りなど、現実には存在しない商売です。

 

読んでいてなかなか句点()にたどり着かないよう意識して書いた長文を〈接叙法〉、平たくは〈連綿文〉といいます。

 

文脈の論理性が無視され、文法的に接続詞や終助詞などの操作で長い文章に仕立てます。読者はじれったい気分に駆られますが、言葉つなぎの巧みさでいつの間にか相手のペースに引きずり込まれてしまいます。

 

じつはバナナの叩き売りもこの類のタンカバイ(口先商い)で成り立っています。文学では明治の女流作家、樋口一葉の作品群に連綿文のモデルが見られます。