7.「連想」のテクニック

 

 

ある事柄について、暗示などを通してイメージを連想することができるようにする技法グループを「連想」のテクニックといいます。あるいは、伝えたい内容を直接表現せずに、読み手が文脈などから自ずとそれを把握するようヒントを与える操作も、このカテゴリーに入ります。昔のレトリックでは「複技法」と呼んでいました。

 

連想という心理上の動きは、送り手と受け手とのメッセージの自然な連結が必要なので、用いるときは入念な吟味が欠かせません。

 

 

 7.「連想」のテクニック                   

 

  7-01 対比による落差で滑稽も歓迎〈相似連想〉       

 

  7-02 相手の想念に〈印象強調〉を刻み付ける。       

 

  7-03 それとなく〈暗示引用〉して言葉の花を開く。     

 

  7-04 言いたいこと後回しで誘導する〈迂曲法〉       

 

  7-05 〈名化け〉で呼称を言い換え美化・俗化        

 

  7-06 〈絡め手言い〉で客観批評の目を向ける。       

 

  7-07 〈音もどき〉を巧みに奏でるギオンの芸達者      

 

  7-08 万物を人並みに扱う〈擬人法〉            

 

  7-09 人を者並みに扱う〈擬物法〉             

 

  7-10 〈ためらい〉のゼスチャーで関心を引く。       

 

  7-11 靄がかり〈ぼかし技〉もテクニックのうち       

 

 

7-01 対比による落差で滑稽も歓迎〈相似連想〉

 

 

♥坊やの七五三祝い、娘から父へ注文♥

 

おじいちゃん、健クンへのプレゼントは

きっと「金太郎飴」をご予定でしょうね。

でも本人は、あまり喜ばないと思うの。

 どこを切っても同じ顔、同じ味なら

 バームクーヘンのほうが断然よ。

 わたしもご相伴にあずかれるし。

 

連想の文彩技法で最もポピュラーなのが〈相似連想〉です。

 

例文の「金太郎飴」と「バームクーヘン」は、どこを切っても同じ切り口で、味も同じ。互いに似通ったものにかこつけて、娘は父親に対し、健クンの七五三祝いに値段の張るバームクーヘンを前注文に出しました。この双方のお菓子の趣向、老父と娘の年代の差でもあるのです。

 

 

文中で2語を置いて対比させ、詠み手の連想をよりどころに、相互に生じる誇張の摩擦や常識逆転を図る技法を〈相似連想〉といっています。連想の範囲は無限の広がりがありますから、それだけこの文彩も容易に使いこなせるはずです。結果によっては、連想効果よりも比喩効果のほうが目立つ場合もあります。

 

ここで「長くてぬらぬらした生き物」の代表である蛇と鰻を扱った珍妙な一文があるので、紹介しておきましょう。(宮武) 外骨『つむじまがり』うち「蛇の黒焼」より。

      斯様な種アカシを聞かされて、倍々神経を悩ます人があるかもしれないが、蛇だからとて決して排斥すべき理由はない、現に人々が好物として居る鰻は、畢竟ずるに水中の蛇であつて、蛇はすなわち陸上の鰻である、然れば鰻を好む者は、すべからく蛇をも食ふべき筈である、それを兎や角気にして居るのは、ヤハリ習慣に囚はれた迷想に過ぎないのである。

 

 

7-02 相手の想念に〈印象強調〉を刻み付ける。

 

 

♥広告遊戯「ビリオネア」♥

 

     三越さん、下に、下にーッ。

    青山に1億円均一ショッピングパレス出現。

    ──差をつける金満家の殿堂 ビリオネア

 

当店御得意様「資産10億円階級(ビリオネア)」にとって、1億円はお貧乏な方々が驚きなさるほどの金額ではございません。

大手自動車メーカー重役さんクラスの年収です。

女子プロゴルファーが細腕で稼ぎ出す年間獲得賞金額です。

高の知れたポケットマネーに過ぎないという

ニュー六本木族もいらっしゃいます。

おっと、書き忘れるところでした、

悪徳政治屋にとっては、ピーナッツ1粒の値段。 (後略)

 

冒頭、天下の名百貨店「三越」を家来扱いした殿様ぶりに、読者はまず度肝を抜かれます。その余韻冷めやらぬうちに、「1億円ショッピングパレス」のフレーズが追い討ち。読者は興味に引きずられ、最後まで読み終えるに違いありません。

 

文章の一部で駄洒落はじめ比喩、詠嘆、誇張などの手法を単独または組み合わせて用い、鮮明な印象付けを図る技法を〈印象強調〉といいます。時には常識破りな言辞を弄することで、読み手に強烈な刺激を与え、インパクトを強めます。

 

 

昭和文壇の名文家で知られる横光利一(18981947)は、次の一文を残しています。

 病院船を襲ふアメリカさへ、「アツツ島には日本人の捕虜が一人もゐなかつた。

 これは世界戦史上かつてなかつたことである。」と報じてゐる。敵国すら感動す

 る心、かういふ精神の美しさは弾丸にもこもるのは自然であらう。(『改造』昭和

 18年7月号、「アツツ島を憶ふ」)

   戦時思想云々はさておいて、たいへん訴求力に満ちた一文です。読者は文面に引き込まれ思わずうなづいてしまうはずです。

 

 

7-03 それとなく〈暗示引用〉して言葉の花を開く

 

 

♥広告遊戯「ふらう はんぶるぐ」♥

 

          聖女ですら娼婦に見えると評判の

          エロスに媚びた街。

          昼間の顔を洗い落とし

          暗くなったらいらっしゃい。

            ──アダルト・テーマパーク

                ふらう はんぶるぐ

 

それらしき曖昧かつ抽象的な語句を並べ、その奥に隠された裏の意味を暗示で悟らせる技法を〈暗示引用〉といいます。

 

例示の広告遊戯のコピー、文中ひとことも書いてはありませんが、一読して売春館であるとわかります。「昼間の顔を洗い落とし…」は、昼間の紳士面をかなぐり捨てて遊びに来なさい、との誘い。これも暗示引用のための補助句です。

 

 

暗示引用のテクニックは文彩でも高等技法であり、さらりと流すのがポイント。技法の来歴は古く、上方浄瑠璃作者の近松門左衛門はこれの天才的な巧者です。

 

暗示引用は寸鉄のような短文で威力を発揮します。近代警世家の長谷川如是閑(18751967、評論家)はこんな名言を残しています。

 外交官と幽霊は微笑をもつて敵を威嚇す。(雑誌『寸鉄』所収)

幽霊と抱き合わせで外交官の微笑外交を鋭く批判し、「外交官は厚顔で本心が知れない」ことを暗示しています。

 

 

7-04 言いたいこと後回しで誘導する〈迂曲法〉

 

 

♥若者Aから友人Bへ、年賀メール ♥

 

明けましておめでとう。

それにしても、おせち料理って

すぐ飽きるよな。

雑煮にうんざりしたら

俺の家へ来いよ。

今年の抱負など語りあいながら

目刺し肴に、熱燗酌み交わそう。

 

正月休みも家族団らんがすめば、独身者にとってあとは手持ち無沙汰になりがちです。おせち料理もうまいと思うのは元旦だけ。なにしろ、物資や食べ物の乏しい時代に設けられたハレの日の慣習なんですから。今どき、おせち料理が待ち遠しい、なんて感じることはまずありません。それよりも、親しい友達でも呼んで一杯やりたい、という気持ちに駆られるほうが強いはず。

 

友人に来てもらうにも「一杯やりに来いよ」だけでは、素っ気なさすぎます。まず共通の話題になりそうな材料を選んで、相手の関心や共感を引き寄せる。その上で、差しつ差されつという目的に誘い込むのです。

 

こうした文章運びを〈迂曲法〉といっています。いきなり本題に入らず、相手が興味を持って乗ってきそうな話題を展開し、最後に意図するところを伝えで締めくくります。1-01に掲げた「結論優先」とは逆の展開スタイルになります。

 

 

7-05 〈名化け〉で呼称を言い換え美化・俗化

 

 

♥ゴルフコンペ優勝祝辞、幹事より♥

 

優勝おめでとう。

決め手は18番ホールでのバーディ

ノーズロでお入れなすった。

さすがに好き者は違いますなあ()

さっそく19番ホール

祝杯といきましょう。

 

まず例文の下線部用語解説からはじめる必要があります。「ノーズロ」とは品のない言葉ですが、チップイン(アプローチでグリーン外からカップへ直接入れること)のことで、アマチュアゴルファーが用いる俗語。「好き者」とは、好色者を指す一般的な呼称で、この場合は仲間への親しみが込められています。「19番ホール」は、コンペ打ち上げ後の懇親パーティを指します。いずれも仲間に通用する言葉を冗談混じりに用い、雰囲気を盛り上げています。

 

人物や物事の名称をよく知られた他の言葉に置き換え、表現を強調したり彩りを添えたりする技法を〈名化け〉といいます。〈遠回し〉と似ていますが、名化けは名詞だけを対象にした用語で、遠回しの一部とみなすこともできます。

 

名化けの多くは、卑俗語を美化する、逆に一般語を卑属化するといった場合に多く使われます。前者の例として、

鼠→梁上の君子、虱→千手観音、女給→ホステス→夜の蝶、初老の男→シルバーグレーなど。後者の例として、亭主→宿六、中高年の女性→オバタリアン、失業者→穀つぶし、など。

どちらにも属さない名化けの例としては、大豆→畑の肉、生理日→アンネの日、酒好き→左党→三河屋党などが挙げられます。

 

 

7-06 〈搦め手言い〉で客観批評の目を向ける。

 

 

♥酔太郎冠者の随想より♥

 

駄酒常飲の徒あり。飢美酒党を自称す。

時は5月。この男、公園で「豪の雫」というオーストラリア産米で醸した純米酒をチビリやる。DSで1合カップ入り120円のシロモノ。風味は値段に聞いてくれ、といったところだが、好みに合っているので散歩酒に時おり飲んでいる。気楽に飲めるためか、ほどほどに満足。

♪青葉繁れる、サクラ居ず… なんて口ずさみながら、惜春のベンチ酒に軽く酔い、ご機嫌だ。

こんな程度の左党だから、たまさか飲む機会に恵まれたときの美酒の味わいは格別だ。安酒続きで欲求不満の舌は、絶妙にピンと反応してくれる。…

 

 

主観の一線から付かず離れずに、酒好きな自分を客観を交えて記述した掌編です。

 

記述対象を正面からでなく側面から捉えて描写していく技法を文彩で〈搦め手言い〉レトリックで〈側叙法〉といいます。いわば素直でない記述ですから、どうしても穿った表現になりがち。しかし、そこには突き放したような遠回しな連想効果が生じ、随筆など単調になりがちな表現に変化を添えてくれます。

 

なお、「酔太郎冠者」とは荻生の狂号、酔太郎冠者花酒爺の略称です。締めの段落では、美酒から駄酒までお世話になる舌を主役に見立ててみました。

 

 

主観の一線から付かず離れずに、酒好きな自分を客観を交えて記述した掌編です。

記述対象を正面からでなく側面から捉えて描写していく技法を文彩で〈搦め手言い〉レトリックで〈側叙法〉といいます。いわば素直でない記述ですから、どうしても穿った表現になりがち。しかし、そこには突き放したような遠回しな連想効果が生じ、随筆など単調になりがちな表現に変化を添えてくれます。

 

なお、「酔太郎冠者」とは荻生の狂号、酔太郎冠者花酒爺の略称です。締めの段落では、美酒から駄酒までお世話になる舌を主役に見立ててみました。

 

▲オノマトペがいくつか出そう

 

7-08 万物を人並みに扱う〈擬人法〉

 

 

♥人間様へ、眠れる犬(ケンネル)より新狂歌一首♥

 

吾輩をさんざ(あそ)んでペット捨て

まとめ処分(ごろし)じゃかニャワンわい

 

この新狂歌は、平成201113日午後6時日本テレビのペット処分の番組を見て、仮想のユーモラス・メッセージとして即詠したものです。犬猫に人格を与え物を言わせている仮想です。

 

人以外の事物をあたかも人事であるかのように仮託し、表現上の違和感を膨らます技法を〈擬人法〉といいます。これは広い意味での〈見立て〉に属し、無生物や動植物などへの人格付与という非現実性がおかしみを誘います。

 

擬人化や次に扱う偽物化は、「連想」のテクニックとしてかなりポピュラーなもので、詩歌や物語に多数見られます。たとえば、

宵待草        竹久夢二詞

 ♪待てどくらせど来ぬひとを

  宵待草のやるせなさ

  今宵は月も出ぬそうな

     ──大正8年楽譜

では、囲われ者の女が心変りした情人の訪れを待ちわびる心情を「宵待草」という植物に仮託して詞につづっています。この場合は、次に述べる〈擬物法〉という正反対の技法になります。

 

 

7-09 人を物並みに扱う破格表現〈擬物法〉

 

 

♥ぐうたら亭主へ、山の神より♥

 

縦の物を横にもしないで

毎日ゴロゴロ寝てばかり。

粗大ごみだから仕様がないけど。

いっそネットオークションか

青空市場で売っちゃおうかしら。

 

いいえ、売れっこないわね。

 

 

我が家の粗大ごみにされてしまったお父さん、売れ口も行き場もありません。働きたくとも働き口がない現実。かつての経済大国の成れの果てのようです。

 

人をあたかも物事のように見立て表現上の摩擦を増大させる技法を〈擬物化〉といいます。対極の関係にある〈擬人化〉と並んで、脱人格に伴う非現実性がおかしみを誘います。

 

日本での女権論の大立者平塚らいてうは、主宰する婦人誌『青鞜』明治4 9月創刊号で次のような文章を書いています。

 元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。

 今、女性は月である。他に依つて生き、

 他の光によって輝く、病人のやうな青白い顔の月である。

 

同じ擬物化でもスケールが大きく、〈奇先法〉との併用で二重構成の文彩テクニッ

クを用いています。今なお引用の王道を行く自ら光り輝く名言です。

 

 

7-10 〈ためらい〉のゼスチャーで相手の関心を引く。

 

 

♥友人へ貸した本の催促♥

 

君に貸したくだんの本

血のにじむ思いで手に入れたものだ。

「帰らざる本」なんてのイヤだよ。

……こんな催促、いいたくないんだ。

少しは察してくれよ……

 

本とナントカは人に見せるな、貸すな、という古諺があるほど。まず返ってきませんから、進呈するぐらいの気持ちでないと、後でなかなか催促しずらいものです。この貸主も切り出すのに勇気が要ったこと、戸惑いの様子からうかがえます。「帰らざる本」とは、20世紀の妖艶女優マリリン・モンロー主演の米映画『帰らざる河』に引っ掛けたパロディです。

 

書き手が本題に入るのを言いよどんでいるかのように、意図的に文末を濁すなどして躊躇の様子を示す技法を文彩で〈ためらい〉はレトリックで〈逡巡法〉といいます。この優柔不断な操作により、結論は相手の判断に任せられます。つまりは良識に訴えるという消極的な手段、ということ。

 

文学作品では「さて、どうしたものか」「読者よ、あえて言わせて欲しい」などの慣用句を挿入して、作者自らの意見を付け足し開陳することもあります。

 

 

7-11 靄がかり〈ぼかし〉技もテクニックのうち

 

 

♥初恋相手へ、再会承知の文面♥

 

私の身も心も捧げた初恋か運命のいたずらで、別れて20年。

あなたから「焼け棒杭に火をつけう」と誘われたとき、

浮き浮きしたようなくすぐったいような、

ちょっと不安なたとえようのない気分になりました。

 どうか3人の子の母親であることを

 忘れさせてください。

 

人妻が不倫の誘いを受けたら、迷わないほうがおかしい。世の中には罪つくりな男もいるものです……との状況設定で。

 

文章がことさら曖昧になるよう語句を意図的に操作する技法を〈ぼかし技〉といいます。はっきり物申しては差し障りがあるような場合、使って重宝するテクニックです。

 

 

ぼかし技では、文体がぎこちなくしっくりしない。あるいは、できるだけ歯切れの良くない不透明な表現に仕上げるのがコツです。有名作家の作品には意外にぼかし技が多く見られます。

 

とくに私小説の心理描写などではいたるところにこの技法を用いた曖昧な表現が見つけられます。内容のほうもボケがちですから、意図するところが正確に伝わらない欠点もあります。それなりにリスクを抱えた技法であることを承知しておく必要があります