辞世詠701 中島三郎助〔木鶏〕 なかじまさぶろうすけ 

 

嵐吹く夕べの花ぞ目出度かる 散らで過ぐべき世にしあらねば

 

●幕臣で、砲術家・軍艦頭取。明治二年(1869)五月十五日戦死、享年五十。

*北越戦争に出陣したが負傷、越後高田で没した。

 

 

辞世詠702 福寿亭有円 ふくじゅていありまど 

 

福寿とはいはれぬまどて有円は 人様並の年で左様なら

 

●狂歌師。明治初年の没で享年未詳。

 

 

辞世詠703 但木土佐 ただきとさ 

 

雲水の行衛はいづこ武蔵野を ただ吹く風に任せたらなん

 

●仙台藩家老。明治二年(1869)五月十九日刑死、享年五十三。

*奥羽列藩同盟をまとめた中心人物で、維新後に反逆首謀の罪で京へ送られ、斬首に処された。

 

 

辞世詠704 鳥居三十郎 とりいさんじゅうろう 

 

去年(こぞ)の秋さりにし君のあと追ふて ながく彼の世に事ふまつらむ

 

●越後村上藩家老。明治二年(1869)六月二十五日自刃、享年二十九。

*官軍の庄内進攻を阻止するために連合軍を指揮。維新後にその罪でとらえられ、羽黒町で切腹させられた。

 

 

辞世詠705 畑銀鶏 はたぎんけい 

 

やうやくに三都をめぐり上野(かうづけ)の元のふる巣に帰る鶏

 

●上野七日市藩医で国学者。明治三年(1870)三月二十三日病没、享年八十一。

 

 

辞世詠706 林桜園〔藤次〕 はやしおうえん 

 

いかばかり今日の別れの惜しからむ 散らぬ花咲くこの世なりせば

 

●熊本藩士で、神風連生みの親。明治三年(1870)十月十二日病没、享年七十四。

 

 

辞世詠707 古賀十郎 こがじゅうろう 

 

今更に名残惜しけれ兼てより 終わりなき身を思ひながらも

 

●柳川藩士で、反政府煽動事件の首謀者。明治三年(1870)十二月四日刑死、享年未詳。

*遷都や新政府に反対する運動をおこし、仲間とともに東京で斬首に処された。辞世は三首残している。

辞世詠707-二 浅からぬ罪を受けしも真心の深からざりし報ひなるらん

辞世詠707-三 君を思ふこころ浅瀬のわたり川今こそ首にわれは成けれ

 

 

辞世詠708 田中小右衛門 たなかこえもん 

 

浮沈み永きこの世の夢さめて 無何有の里に花を眺めん

 

●笠間藩家老で、篤農家。明治初年の没か。

 

 

辞世詠709 安東五琴 あんどうごきん 

 

すくも虫西にころもをうつせみと なりて飛びゆく時は来にけり

 

●伊勢久居藩士で、画家。明治四年(1871)二月十六日病死、享年六十六。

 

 

辞世詠710 木内三郎 きのうちさぶろう 

 

み代のため国のみために身はすてヽ 尽くせや君の日本(やまと)こヽろを

 

●高松藩領の義民。明治四年(1871)九月十八日横死、享年二十五。

一揆を指揮したが官憲に殺された。次の一首も辞世。

辞世詠710-二 身はたとへ如何なるせめに落つるとも心のうちは白梅の花

 

 

辞世詠711 井上文雄 いのうえふみお 

 

老いはてて命惜しとは思はねど 死ぬとおもへばかなしかりけり

 

●医師・国学者・歌人。明治四年(1871)十一月十一日病没、享年七十二。

 

 

辞世詠712 河上彦斎 かわかみげんさい 

 

君が為死ぬる屍に草むさば 赤き心の花や咲くらむ

 

●熊本藩の勤皇の志士。明治四年(1871)十二月三日刑死、享年三十八。

*彼の死後、死刑は誤判であったと政府は声明を発表した。

 

 

辞世詠713 貞心尼 ていしんに 

 

くるに似てかへるに似たり沖つ波 たちいは風の吹くにまかせて

 

●尼僧で、良寛の内妻。明治五年(1872)二月十一日病没、享年七十五。

 

 

辞世詠714 山城屋和助 やましろやわすけ 

 

誉ある越路の雪と消ゆる身を ながらえてこそ辱しきかな

 

●僧侶で、生糸商。明治五年(1872)十一月二十九日自刃、享年三十六。

*普仏戦争による生糸価格の暴落で大きな損失を出し、陸軍省からの預かり金を返済できずに陸軍省内で自刃した。

 

 

辞世詠715 相馬主計 そうまかずえ 

 

さりながらにそみし我が身はわかるとも 硯の海の深き心ぞ

 

●新撰組隊士で、函館戦争に従軍。明治五年(1872)に自刃、享年三十。

*新政府軍に降伏後、東京で過ごした。掲出は明治三年十一月に新島へ配流されて後、同五年十月に赦免された際の詠。

 

 

辞世詠716 津崎矩子〔村岡局〕 つざきのりこ 

 

雨あられはげしけれども軒深き 我が家はそれとおとも聞えず

 

●近衛忠熙の女官。明治六年(1873)八月二十三日病没、享年八十八。

 

 

辞世詠717 江藤新平 えとうしんぺい 

 

ますらをの涙を袖にしぼりつつ 迷ふ心はただ君が為

 

●元佐賀藩士で、政治家。明治七年(1874)四月十三日刑死、享年四十一。

*板垣退助らと民撰議院設立を目指したが、反対派の阻止に逢い実現できず、佐賀の乱を起こした罪で処刑された。

 

 

辞世詠718 山崎則雄 やまざきのりお 

 

わが国の為を思へば岩鉄を くだかで置かじ大丈夫の魂

 

●岩倉具視を襲撃した犯人の一人。明治七年(1874)七月九日刑死、享年未詳。

 

 

辞世詠719 新門辰五郎 しんもんたつごろう 

 

思ひおく(まぐろ)の刺身(ふぐと)(しる) ふつくりぼぼにどぶろくの味

 

●侠客で、徳川慶喜の親衛隊帳。明治八年(1875)九月十九日病没、享年七十六。

 

 

辞世詠720 蓮月尼〔太田垣〕 れんげつに 

 

願はくは後の(はちす)の花の上 くもらぬ月を見るよしもがな

 

●歌人。明治八年(1875)十二月十日病没、享年八十五。

 

 

辞世詠721 神方古香 かみかたふるか 

 

老いらくは住む宿もなし久方の 天にやゆかん海にやゆかん

 

●歌人。明治八年(1875)頃の没、享年未詳。

 

 

辞世詠722 丹宗庄右衛門 たんそうしょうえもん 

 

何事もみないつわりの世の中に ひとの誠はこのことつなり

 

●薩摩の回漕問屋の主人。明治八年(1875)頃の没、享年未詳。

*密貿易の罪で三宅島から八丈島へと島流しに。島では甘蔗を原料にした焼酎を普及させ、島民に慕われた。明治元年十二月に赦免された。なお、詠番790に妻の美津のじせいものせてある。

 

 

辞世詠723 桜田良佐 さくらだりょうすけ 

 

国のため尽す誠も誤りて 身の偽りとなるぞ悲しき

 

●元仙台藩士で、勤皇の志士。明治九年(1876)十月四日病没、享年八十。

 

 

辞世詠724 大田黒伴雄 おおたぐろともお 

 

よは寒くなりまさるなり(から)(ごろも) うつに心のいそがるるかな

 

●神風連の首魁。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年四十二。

*神風蓮(敬神党)とは、明治四年十月四日、政府の開明政策に反対して熊本で蜂起した保守派士族の反乱同盟を指す。

 

 

辞世詠725 阿部景器 あべかげかた 

 

鳥がなく 東の空は むら雲の 立ちかくしけり 久かたの 天津日嗣の 御光も くもり行くらむ ささがにの 雲の上まで と網はる さかしら人が さかことの その数々も ますかがみ 写していさや 世の人に われぞ知らせむ 不知火の こころつくしの をのこぞと いさ太刀とりて あた人を 殺しつくして かしこくも わが大君の 御こころを やすめ奉らむ 民くさも 栄えゆくらむ いく秋も 秋津島根に いや高き 富士の高峰を もろともに 安けき御代と なりてやむべき

 

     反歌

 

皇国の行くへもとはで世の人は やすけき御代とただ思ふらめ

 

●神風連の参謀で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年三十七。

*出陣にあたり上の長歌と反歌を残した。

 

 

辞世詠726 鬼丸競 おにまるきそう 

 

うみの子のあらんかぎりは皇国の 御為になれようみの子の末

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年三十九。

 

 

辞世詠727 松井正幹 まついまさもと 

 

国のためつくしヽかひもあら波の あとはくだけて消ゆるはかなさ

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年三十七。

 

 

辞世詠728 浦楯記 うらたてき 

 

不知火のつくしにつくす真心は 神ぞしるらんわが国のため

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年三十。

*辞世はもう一首詠まれ、

辞世詠728-二 烏羽玉の夜ごとに結ぶ夢にだにこヽろにかゝる母のゆく末

 

 

辞世詠729 松尾葦辺 まつおあしべ 

 

もろともに君の(いくさ)にいざたたん こヽろの駒に鞭をくはへて

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十九。

*辞世は双詠で、残る一首は、

辞世詠729-二 人よりもさきにてゆくは潔しおそくてあゆむ道はあやふし

 

 

辞世詠730 永山一雄 ながやまかずお 

 

身をすてヽすめらみくにのみためにと しこのえみしらうちはらひつヽ

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十六。

 

 

辞世詠731 楢崎楯雄 ならざきたてお 

 

真心をそめつくしけむもみぢ葉と ともにちりゆく大丈夫(ますらを)われは

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十六。

 

 

辞世詠732 沼沢広太 ぬまさわひろた 

 

大丈夫が千度百度いきかへり なほ大君の御代をまもらん

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十三。

*時世はもう一首あり、

辞世詠732-二 思ひきや心のたけもはたさずて君の御前にいま死なんとは

 

 

辞世詠733 猿渡常太郎 さるわたりじょうたろう 

 

家も身もわすれていでし真心は たゞ一筋に大君のため

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十二。

 

 

 

辞世詠734 友田栄記 ともだえいき 

 

たらちねの二人の親をふりすてヽ たち出る心神やしるらむ

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十。

 

 

辞世詠735 渡辺只次郎 わたなべただじろう 

 

曇る夜のくらき思ひも暫しにて やがてさやけき月を眺めん

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年二十。

*辞世もう一首に、

辞世詠735-二 むかしより春ごとに咲く桜花散らずばなどか人のをしまん

 

 

辞世詠736 荒尾保夫 あらおやすお 

 

あめつちはかみよながらにあるものを なにかはらめや大和魂

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年未詳。

 

 

辞世詠738 田代儀五郎 たしろぎごろう 

 

払はめやほこりとたちで大丈夫(ますらを)が うらのとたヽく千々の異船(ことふね)

 

●神風連隊員で乱に参加、儀太郎の弟。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年未詳。

 

 

辞世詠739 宮本大平 みやもとたへい 

 

夷船(えびすぶね)打もはらはで白雪の ふり行く老いの身ぞあはれなる

 

●神風連隊員で乱に参加。明治九年(1876)十月二十四日自刃、享年未詳。

 

 

辞世詠740 阿部以幾子 あべいきこ 

 

わが(つま)のなき魂てよ(たま)二世かけて ともに渡らん三途の川波

 

●景器の妻。明治九年(1876)十月三十日自裁、享年二十六。

*次も遺詠の一首で、

辞世詠740-二 世の中はいかにはかなきもののふの弓矢とる身の常と思へば

 

 

辞世詠741 前原一誠 まえばらいっせい 

 

もろともに峰の嵐のはげしくて 木の葉とともに散るわが身かな

 

●元長州藩士で、萩の乱の首謀者。明治九年(1876)十二月三日刑死、享年四十三。

*辞世はもう一首あり、

辞世詠741-二 くさも木もこころありてや道のべにうちしほれつヽ露もとゞめぬ

*神風連の乱や秋月の乱に影響を受け、萩においても士族による反乱が起き、これを「萩の乱」という。吉田松陰門下の前原が先頭に立ち、政府軍と戦ったが壊滅、前原は捕えられ斬刑に処された。

 

 

辞世詠742 高津仲三郎 たかつちゅうざぶろう 

 

ことしあらばまた魁けん国のため わか魂をこヽに残して

 

●元会津藩士で、思案橋事件に連座。明治十年(1877)二月七日刑死、享年五十。

*「思案橋事件」とは明治九年に続発した士族反乱事件の一つで、千葉県庁襲撃が企てられたものである。

 

 

辞世詠743 竹村俊秀 たけむらとしひで 

 

白露と消る命はおしまねど なお思はるる国の行く末

 

●元会津藩士で、思案橋事件に連座。上記と同日に刑死、享年三十三。

*事件には関与せず冤罪であったことが死後に判明している。

 

 

辞世詠744 佐川官兵衛 さがわかんべえ 

 

武士(もののふ)の八十宇治川の瀬に立たば 波のさはぎは常とこそしれ

 

●元会津藩家老。維新後は警視庁に奉職。明治十年(1877)三月十八日熊本で戦死、享年四十七。

*西郷隆盛らが反乱を起こした西南戦争に参戦し、斃された。

 

 

辞世詠745 武部小四郎 たけべこしろう 

 

世の中は満つれば欠くる十六夜(いざよひ)の つきぬ名残りは露ほどもなし

 

●西郷隆盛に呼応して福岡で挙兵。明治十年(1877)三月二十一日刑死、享年三十一。

*福岡城を襲って敗れ逃走したが、博多付近で捕えられた。

 

 

辞世詠746 越知彦四郎 おちひこしろう 

 

()ふ人も絶えて渚の捨て小舟 浮くも沈むも波のまにまに

 

●元会津藩士。明治十年(1877)三月二十一日刑死、享年二十七。

*武部小四郎とともに福岡で挙兵し同じ運命をたどった。

 

 

辞世詠747 伊能頴則 いのうひでのり 

 

足引の病のとこに世を思ふ 心を神と千世もありなん

 

●国学者。明治十年(1877)七月十一日病没、享年七十三。

 

 

辞世詠748 和宮 かずのみや 

 

よそほわん心も今は朝かがみ むかふかひなし誰がためにかは

 

●皇女から将軍家茂に降嫁。明治十年(1877)九月二日病没、享年三十二。

 

 

辞世詠749 増田宋太郎 ますだそうたろう 

 

後れしと人なとがめそおくれても 一旅はちる山桜花

 

●民権派指導者で、歌人。明治十年(1877)九月三日戦死、享年二十九。

 

*西南戦争では中津隊を結成して西郷軍に参加した。次の一首も遺している。

 

辞世詠749-二 散り残る花を見るにも苦しきは世にながらふるわが身なりけり

 

 

辞世詠750 桐野利明 きりのとしあき 

 

曇なき心の月の清ければ 千歳の秋もさやけかるらん

 

●元薩摩藩士で、陸軍少将。明治十年(1877)九月二十四日戦死、享年四十。

*鹿児島城山で西郷隆盛らと討死にする数日前、十五夜を仰ぎ見ての遺詠である。

 

 

辞世詠751 斎藤月岑 さいとうげっしん 

 

業平の歌をばかねて知りぬれど きのふけふとは思はざりけり

 

●国学者で、『江戸名所図会』の作者。明治十一年(1878)三月六日病没、享年七十五。

*詠中の「業平の歌」とは、辞世詠18に掲げた一首をいう。辞世にもう一首、

辞世詠751-二 冥土にていざこと問はん時鳥まだ六道の宿はありやと

 

 

辞世詠752 村松政克 まつむらまさかつ 

 

父母(ちちはは)のなげきのほどや如何ならん わが玉の緒の絶ゆと聞きなば

 

●元土佐藩士で、西南戦争に従軍。明治十一年(1878)五月二十五日病没、享年二十八。

 

 

辞世詠753 高橋伝 たかはしでん 

 

しばらくも望みなき世にあらんより 渡しいそげや三途(みつ)の川守

 

●殺人犯。明治十二年(1879)一月三十一日刑死、享年三十。

*掲出歌は東京の谷中墓地にある歌碑のもので、他に二首が辞世として伝えられている。

辞世詠753-二 子を思ふ親の心を汲む水に濡るる袂の干るひまもなく

辞世詠751-三 なき(つま)のために待ちいし時なれば手向けに咲きし花とこそ知れ

 

 

辞世詠754 片岡道長 かたおかみちなが 

 

来ん春は花をし見むと願へども けふをかぎりのいのちなりけり

 

●元幕府銀山目付。明治十二年(1879)十一月十七日病没、享年六十六。

 

 

辞世詠755 英舜 えいしゅん 

 

朝夕に眺むる景色名残惜しみ 今日を限りのその日とぞなる

 

●越後柏崎極楽寺の住職。明治十三年(1880)十月十四日断食死、享年七十二。

 

 

辞世詠756 渡辺重蔭 わたなべしげかげ 

 

此処も亦同じ皇国の内なれば 旅に死ぬとは思はざりけり

 

●豊前中津の国学者。明治十四年(1881)二月五日病没、享年九十。

 

 

辞世詠757 若江薫子 わかえにおこ 

 

もとよりも身はなきものと知るからは 刃のもともなにいとふべき

 

●歌人で漢学者。明治十四年(1881)十月十一日客死、享年四十七。

*攘夷派寄りの女官。参内を禁じられ、丸岡の岡田透洲宅に寓し没した。

 

 

辞世詠758 日歳庵猿人 ひとしあんさるんど 

 

うれしさよ世をさる廻しのほんほで 浄土まいりはまたあろかいな

 

●浪花の狂歌師。明治十六年(1883)五月十五日病没、享年六十六。

 

 

辞世詠759 張月舎真弓 はりづきのやまゆみ 

 

わがこの身うごくからくり糸きれて 空風火水地にぞ帰しける

 

●狂歌師。明治十六年(1883)十二月二十日病没、享年七十二。

 

 

辞世詠760 有明亭月守 ありあけていつきもり 

 

夢見草ゆめと見捨ててゆく雁も 死出の旅路の旅笠の文字

 

●狂歌師。明治十六年(1883病没、享年五十九。

 

 

辞世詠761 赤井景韶 あかいかげあき 

 

さてもさて浮き世の中を秋の空 なき友数に入るそうれしき

 

●越後高田の自由民権家。明治十八年(1885)七月二十七日刑死、享年二十七。

 

*政府転覆を謀って捕えられたが逃亡し、途中で車夫を殺し、再度捕まった。

 

 

辞世詠762 実川延若〔初代〕 じつかわえんじゃく 

 

あだし野の煙に近くなりぬれば 傍なる人にけむたがられる

 

●歌舞伎役者。明治十八年(1885)九月十八日病没、享年五十。

 

 

辞世詠763 関月尼 かんげつに 

 

きのありて今日はなき身と消えてゆく 残るもおなじ道芝の露

 

●尼僧で、俳人。明治十八年(1885)病没、享年六十三。

 

 

辞世詠764 小河一敏 おごうかずとし 

 

もののふの八十宇治川の清き瀬の つきぬ流れに名をや流さん

 

●元豊後岡藩士で、尊皇思想家。明治十九年(1886)一月三十一日病没、享年七十四。

*辞世はもう一首あり、

辞世詠764-二 思ひきや筑紫の草のもえ出でて御橋のもとにけふ立たむとは

 

 

辞世詠765 染崎延房〔二代為永春水〕 そめざきのぶふさ 

 

今よりは故郷の空にすむ月を いざや眺めて遊びあかさん

 

●戯作者。明治十九年(1886)九月二十七日病没、享年六十九。

 

 

辞世詠766 矢野玄道 やのはるみち 

 

この春は雁にも似るか故郷の 花を見捨てヽ常世にぞゆく

 

●国学者で、皇典講究所文学部長。明治二十年(1887)五月十九日病没、享年六十五。

 

 

辞世詠767 近藤富蔵 こんどうとみぞう 

 

もの言はじ書かじと思ひ思へども またあやなくもしめす水茎

 

●八丈島流刑人。明治二十年(1887)に島で死亡、享年八十三。

*富蔵は文政九年、江戸在鑓ケ崎(現港区三田)で起こした一家七人殺傷事件の首謀者として島送りとなり、在島六十年にわたる手記『八丈実記』を上梓している。残る辞世はもう一首あり、

辞世詠767-二 捨てられし海原遠く八丈なる草も花咲く御代ぞたのもし

 

 

辞世詠768 松浦武四郎 まつうらたけしろう 

 

我死なば焼くな埋めるな新小田に 捨ててぞ秋のみのりをば見よ

 

●北方探検家。明治二十一年(1888)二月十日病没、享年七十一。

 

 

辞世詠769 関口隆吉 せきぐちたかよし 

 

世の中は浦島が子の箱なれや あけてくやしき夏の短か夜

 

●初代静岡県知事。明治二十二年(1889)五月十七日病没、享年五十四。

 

 

辞世詠770 山川唐衣 やまかわからころも 

 

我ながらなにに名残を惜しむらむ おもひおくべきこともなき世に

 

●歌人。明治二十二年(1889)病没、享年七十三。

 

 

辞世詠771 長谷川保樹 はせがわやすき 

 

楽しさはさこそと思へ後の世も 花と紅葉の山蔭にして

 

●歌人。明治二十三年(1890)一月九日病没、享年八十二。

 

 

辞世詠772 新島襄 にいじまじょう 

 

吉野山花咲くころは朝な朝な 心にかかる峰の白雲

 

●宗教家で教育家。明治二十三年(1890)一月二十三日病没、享年四十八。

 

 

辞世詠773 松平春嶽〔慶永〕 まつだいらしゅんがく 

 

なき数によしやいるとも天翔(あまがけ)り 御代を守らん皇国のため

 

●幕末の越前福井藩主。明治二十三年(1890)六月二日病没、享年六十三。

 

 

辞世詠774 代田宗真 しろたそうしん 

 

山深み夜は長つきの月影も やがて木の間に消えんとぞする

 

●茶道家。明治二十三年(1890)十月二十八日病没、享年六十四。

 

 

辞世詠775 西村慶蔵 にしむらけいぞう 

 

ありとある御代の仏にさそはれて 無為の都にいるぞうれしき

 

●医師で、宮内省御用掛。明治二十四年(1891)二月病没、享年七十九。

 

 

辞世詠776 池上雪枝 いけがみゆきえ 

 

誰をかも杖とたのまむ老の身の わけつくされぬことの葉のみち

 

●感化事業家。明治二十四年(1891)五月二日病没、享年六十六。

 

 

辞世詠777 佐々木弘綱 ささきひろつな 

 

命あらば嬉しからまし若しなくば それも術なし神にまかせん

 

●国文学者で歌人。明治二十四年(1891)六月二十五日病没、享年六十四。

 

 

辞世詠778 紅葉亭鹿成 こうようていしかなり 

 

百のうち足らぬ此身もお年には 不足なしやと人のいふらん

 

●紡績機械工場主で狂歌師。明治二十四年(1891)十二月二十九日病没、享年七十。

 

 

辞世詠779 平野五岳 ひらのごがく 

 

邪魔になる自力を捨てて今ははや 弥陀の御国のたのもしきかな

 

●真宗の詩画僧。明治二十六年(1893)三月三日病没、享年八十五。

*没した年の新年画讃詠に、

辞世詠779-二 我が好きは酒と肴と碁と角力金と女は云ふまでもなし

 

 

辞世詠780 山県友子 やまがたともこ 

 

わしの山わけ入るみちは遠けれど たのむところをしおりにはせむ

 

●有朋の妻。明治二十六年(1893)九月十二日病没、享年四十二。

 

 

辞世詠781 松平容保 まつだいらかたもり 

 

今もなほ慕ふ心はかはらねど はたとせ余り世はすぎにけり

 

●元会津藩主で、京都守護職。明治二十六年(1893)十二月五日病没、享年五十九。

 

 

辞世詠782 歌川広重〔三代〕 うたがわひろしげ 

 

汽車よりも早い道中双六は 目の前をとぶ五十三次

 

●浮世絵師。明治二十七年(1894)三月二十一日病没、享年五十三。

 

 

辞世詠783 森寛斎 もりかんさい 

 

きのふまで借りし重荷は皆返し 今日よりかろき露の旅立ち

 

●日本画家。明治二十七年(1894)六月二日病没、享年八十一。

 

 

辞世詠784 仮名垣魯文 かながきろぶん 

 

快く寝たらそのまま置炬燵(おきごたつ) 生けし炭団(たどん)の灰となるまで

 

●開化文学者。明治二十七年(1894)十一月八日病没、享年六十六。

 

 

辞世詠785 飯田守年 いいだもりとし 

 

まかり路にいざやまからむ行く行くも 花の下蔭宿り訪ひつヽ

 

●国学者。明治二十九年(1896)四月十五日病没、享年八十二。

 

 

辞世詠786 瓜生岩 うりゅういわ 

 

老いの身のながからざりし命をも 助け給ヘる慈悲の深さよ

 

●社会事業家。明治三十年(1897)四月十九日病没、享年六十九。

 

 

辞世詠787 与謝野礼巌 よさのれいごん 

 

なにかわれ言挙(ことあげ)はせん天地の 足りそなはれる中に死ぬとて

 

●僧侶・歌人で、鉄幹の父。明治三十一年(1898)八月十七日病没、享年七十六。

 

 

辞世詠788 勝海舟 かつかいしゅう 

 

結ぶうへにいやはりつめし厚氷 春のめぐみに解けてあとなき

 

●元幕臣で、政治家。明治三十二年(1899)一月二十一日病没、享年七十七。

 

 

辞世詠789 稲妻強盗こと坂本慶次郎 になづまごうとう/さかもとけいじろう 

 

くろがねの獄舎は(にげ)()づるとも 天が下には隠家もなし

 

●強盗殺人犯。明治三十三年(1900)二月十七日刑死、享年未詳。

 

 

辞世詠790 丹宗美津 たんそうみつ 

 

ひとすぢにまことの道をふみわけて 心おきなくみだの浄土に

 

●辞世詠722 丹宗庄右衛門の妻。明治三十三年(1900)没、享年七十七。

 

 

辞世詠791 條野採菊 じょうのさいぎく 

 

いざゆかん老曾の森の雪の道 昔の人の跡を踏みつつ

 

●新聞社の社主。明治三十五年(1902)一月二十四日病没、享年七十一。

 

 

辞世詠792 清水蓮成 しみずれんせい 

 

やや今年はだかんぼうと成にけり 七十三とせ罪つくりきて

 

●京都の歌人。明治三十五年(1902)三月十九日病没、享年七十三。

 

 

辞世詠793 池田亞喃 いけだあなん 

 

娑婆という腰掛茶屋に長居して 泊りをいそぐ死出の山道

 

●俳人。明治三十五年(1902)九月八日病没、享年七十四。

 

 

辞世詠794 正岡子規 まさおかしき 

 

佐保神の別れかなしも来ん春に ふたたび逢はんわれならなくに

 

●俳人で歌人。明治三十五年(1902)九月十九日病没、享年三十六。

 

 

辞世詠795 根岸武香 ねぎしたけか 

 

何事もなしはてずして紅葉ばと ともに散りゆく我命かな

 

●国語学者で考古学者。明治三十五年(1902)十二月三日病没、享年六十四。

 

 

辞世詠796 中島歌子 なかじまうたこ 

 

やうやくに極楽園は近づきぬ いざ月はなおあくまでも見む

 

●歌人。明治三十六年(1903)一月三十日病没、享年六十。

 

 

辞世詠797 吉野義巻 よしのよしまる 

 

散りのこる花をとふよりなかなかに やまひの床に臥すぞやすけき

 

●国学者・歌人で書家。明治三十六年(1903)四月三十日病没、享年六十。

 

 

辞世詠798 池田章政 いけだあきまさ 

 

花の雲紅葉のにしき見ぬもよし 青葉の山にやすく眠りて

 

●元岡山藩主。明治三十六年(1903)六月五日病没、享年六十八。

 

 

辞世詠799 落合直文 おちあいなおふみ 

 

こがらしよながれゆくへの静けさの おもかげゆめみいざこの夜ねむ

 

●国文学者で歌人。明治三十六年(1903)十二月十六日病没、享年四十三。

 

 

辞世詠800 天田愚庵 あまだぐあん 

 

大和田に島もあらなくに梶緒たえ 漂船の行方知らずも

 

●禅僧で歌人。明治三十七年(1904)一月十七日病没、享年五十一。