辞世詠801 桃川実 ももかわみのる 

 

世渡りの嘘をたびたびつくおやじ 年齢六十にて本当に死ぬ

 

●講談師で俳人。明治三十八年(1905)八月十五日病没、享年六十。

 

 

辞世詠802 久保田米僊 くぼたべいせん 

 

人並の世間相場の五十年 どうやら五つ利子も積りぬ

 

●日本画家。明治三十九年(1906)五月十九日病没、享年五十五。

 

 

辞世詠803 池田鑑子 いけだかんこ 

 

春秋の名残はつきぬ我(たま)も 君の身元へ行ぞうれしき

 

●池田章政の妻。明治三十九年(1906)九月二十五日病没、享年六十九。

 

 

辞世詠804 立見尚文 たつみひさぶみ 

 

黒鳩(クロパト)が蜂にさされて逃げにけり もはや(こん)()立見(たちみ)けるかな

 

●陸軍中将で日露戦争時の第八師団長。明治四十年(1907)三月六日病没、享年六十三。

 

 

辞世詠805 寒川雲眺 さむかわうんちょう 

 

死にたきといふは浮き世の捨言葉 まことの時は願はざりけり

 

●日本画家で狂歌師。明治四十年(1907)八月三十一日病没、享年八十五。

 

 

辞世詠806 山川登美子 やまかわとみこ 

 

をみなにて又も来む夜も生れまし 花もなつかし月もなつかし

 

●歌人。明治四十二年(1909)四月十五日病没、享年三十一。

 

 

辞世詠807 幸徳秋水 こうとくしゅうすい 

 

爆弾のとぶよと見てし初夢は 千代田の松の雪折れの音

 

●思想家で社会主義者。明治四十四年(1911)一月二十四日刑死、享年四十一。

*明治四十三年六月、大逆事件で逮捕された。大審院は幸徳ら社会主義者二十四名に対し死刑の判決を下した。

 

 

辞世詠808 管野すが かんのすが 

 

終に来ぬ運命(さだめ)の神の黒き征矢(そや) わが(ぬか)に立つ日は終に来ぬ

 

●幸徳秋水の内妻で社会主義者。明治四十四年(1911)一月二十五日刑死、享年三十。

*秋水に一日遅れて刑場の露と消えた。なお「獄中手記」にある次の一節も辞世とみられる。()れ、(ほしい)ままの暴虐を。()せ、無法なる残虐を。

 

 

辞世詠809 田所千秋 たどころちあき 

 

思ふことみないひはてて世の中に 今はうらみもなき身なりけり

 

●姫路生田神社宮司。明治四十四年(1911)五月二十八日病没、享年七十六。

 

 

辞世詠810 石川啄木 いしかわたくぼく 

 

今日もまた胸に痛みあり。

 

死ぬならば、

 

ふるさとに行きて死なむと思ふ。

 

●詩人で歌人。明治四十五年(1912)四月十三日病没、享年二十七。

 

 

辞世詠811 乃木希典 のぎまれすけ 

 

うつし世を神さりましし大君の みあとしたひて我はゆくなり

 

●陸軍大将。大正元年(1912)九月十三日自刃、享年六十四。

 

 

辞世詠812 乃木静子 のぎしずこ 

 

出でましてかへります日のなしときく けふの御幸に逢ふぞかなしき

 

●希典の妻。同日、夫とともに自刃、享年五十四。

 

 

辞世詠813 花園沢称 はなぞのたくしょう 

 

やみふしてあるにかひなき我身かな いざかへらなん弥陀の浄土へ

 

●真宗の僧。大正元年(1912)十一月十七日病没、享年六十一。

 

 

辞世詠814 塩井雨紅 しおいうこう 

 

よしさらば生れぬ先の人になりて しばし心のよそに寝んかな

 

●国文学者で詩人。大正二年(1913)二月一日病没、享年四十五。

*他にも数首の辞世があり、うち一首は、

辞世詠814-二 身はつひに草に果てぬる露なれど清かりし世ぞほこりなりける

 

 

辞世詠815 石川節子 いしかわせつこ 

 

区役所の屋根と春木と大鋸屑(おがくず)は わが見る外のすべてにてあり

 

●啄木の妻。大正二年(1913)五月五日病没、享年二十八。

*札幌市豊平区の病院で詠んだ絶筆である。

 

 

辞世詠816 伊藤左千夫 いとうさちお 

 

あぢむらの騒きのヽしりかしましき 世となりにけり古へ恋しも

 

●歌人。大正二年(1913)七月三十一日病没、享年五十。

 

 

辞世詠817 田波御白 たなみみしろ 

 

つれなくも右の肺さへむしばみて いのちあらはになりし春かな

 

●歌人。大正二年(1913)八月二十五日病没、享年二十九。

 

 

辞世詠818 徳川慶喜 とくがわよしのぶ 

 

この世をばしばしの夢と聞きたれど おもへば長き月日なりけり

 

●徳川幕府第15代将軍で、のちに公爵。大正二年(1913)十一月二十二日病没、享年七十七。

 

 

辞世詠819 浜口吉右衛門 はまぐちきちえもん 

 

夏過ぎて我身の秋は来りけり また見む花は弥陀の御側ぞ

 

●実業家で貴族院議員。大正二年(1913)十二月十二日病没、享年五十三。

 

 

辞世詠820 長塚節 ながつかたかし 

 

単衣(ひとへ)きてこヽろほがらかになりにけり 夏は必ず我れ死なざらむ

 

●歌人で小説家。大正四年(1915)二月八日病没、享年三十七。

*辞世はもう一首あり、

辞世詠820-二 生き死にも天のまにまにと平らけく思ひいたりしは常のときなり

 

 

辞世詠821 伊藤きん いとうきん 

 

夢の夜に夢のくらしを重ねしが 今はまことの夢となりけり

 

●築地新喜楽の女将。大正四年(1915)四月十四日病没、享年七十。

 

 

辞世詠822 武山英子 たけやまひでこ 

 

この病に死ぬと預言者のいひしこと 薔薇の芽を洗ひつつふと思ふ朝

 

●歌人。大正四年(1915)十月二十六日病没、享年三十五。

 

 

辞世詠823 加藤弘之 かとうひろゆき 

 

自然てふ人形遣ひにつかはれて 善くも悪しくもなるぞはかなき

 

●哲学者。大正五年(1916)二月九日病没、享年八十一。

 

 

辞世詠824 山本蝶 やまもとちょう 

 

頼み無き此世を後に旅姿 あの世の人にあふそ嬉しき

 

●侠客清水次郎長三番目の妻。大正五年(1916)六月十五日病没、享年八十一。

 

 

辞世詠825 井上円了 いのうええんりょう 

 

われ死なば湯灌をせずに娑婆の垢 つけたままにて火あぶりにせよ

 

●哲学者で妖怪研究家。大正八年(1919)六月六日病没、享年六十二。

 

 

辞世詠826 堀尾貫務 ほりおかんむ 

 

行けと云ひ来れと呼ぶを力にて 西へおもむく身こそ安けれ

 

●浄土宗の僧。大正十年(1921)四月十二日病没、享年九十四。

 

 

辞世詠827 有島武郎 ありしまたけお 

 

世の常のわが恋なくばかくばかり おぞましき火に身はや焼くべき

 

●小説家。大正十二年(1923)六月九日心中、享年四十六。

*軽井沢の別荘で波多野秋子と情死した。数多くの遺詠が残されているが、よく知られた一首に、

辞世詠827-二 明日知らぬ命の際に思ふこと色に出づらむあぢさいの花

 

 

辞世詠828 中村寛 なかむらさとる 

 

敷島の大和心もかくこそと 風にまかせて桜散るなり

 

●軍人で陸軍大将。大正十四年(1925)一月二十九日病没、、享年七十二。

 

 

辞世詠829 服部躬治 はっとりもとはる 

 

天地の神の保てる命なれば 死ぬともわれは死なじとぞ思ふ

 

●歌人。大正十四年(1925)三月六日病没、享年五十一。

 

 

辞世詠830 大町桂月 おおまちけいげつ 

 

極楽へ越ゆる峠の一休み 蔦のいで湯に身をば清めて

 

●詩人で評論家。大正十四年(1925)六月十日客死、享年五十七。

*酒友の巌谷小波への遺詠に、

辞世詠830-二 極楽へ行きたる後に酒なくば高天原に席を移さん

 

 

辞世詠831 島木赤彦 しまきあかひこ 

 

わが家の犬はいづこにゆきぬらむ 今宵も思ひいでて眠れる

 

●歌人。大正十五年(1926)三月二十七日病没、享年五十一。

 

 

辞世詠832 金子文子 かねこふみこ 

 

意外にも母が来たりき郷里から 獄舎に暮らす我を訪ねて

 

●大逆事件の共犯容疑者。大正十五年(1926)七月二十三日獄中自裁、享年二十三。

*関東大震災時の朝鮮人暴動のデマにより内縁の夫朴烈とともに検挙され、大逆事件の犯人に仕立てられ投獄されていた。

 

 

辞世詠833 吹上佐太郎 ふきあげさたろう 

 

屠殺場へ廻り行く世の小車や 牛の心を誰が知りて見る

 

●少女暴行殺人犯。大正十五年(1926)九月二十八日刑死、享年三十六。

 

 

辞世詠834 真下飛泉 ましもひせん 

 

我はたてよ彼は聞けよと窓の戸を 争ふうちに秋は来にけり

 

●詩人で歌人。大正十五年(1926)十月二十五日病没、享年四十九。

 

昭和・平成 辞世詠8351000

 

辞世詠835 石橋思案 いしばししあん 

 

極楽か地獄かわれは知らねども なるべく来るなこんなところへ

 

●小説家。昭和二年(1927)一月二十八日病没、享年六十一。

 

 

辞世詠836 高橋瑞子 たかはしみずこ 

 

わかれをばをしまん人もなき身なり 心もかろくいざいでたたむ

 

●産婦人科医で歌人。昭和二年(1927)二月二十八日病没、享年七十六。

 

 

辞世詠837 三ヶ島葭子 みかしまよしこ 

 

わが病すこし快ければとことはに 死ぬ日なきごと身をばさびしむ

 

●歌人。昭和二年(1927)三月二十六日病没、享年四十二。

 

 

辞世詠838 古泉千樫 こいずみちかし 

 

ひたごころ静かになりていねて居り おろそかにせし命なりけり

 

●歌人。昭和二年(1927)八月十一日病没、享年四十二。

 

 

辞世詠839 大倉喜八郎 おおくらきはちう 

 

いたづらにながらふ身にもありがたや 君の大賀にまかると思へば

 

●越後出身の実業家で、大倉財閥の創始者。昭和三年(1928)四月二十二日病没、享年九十二。

 

 

辞世詠840 松本英子 まつもとえいこ 

 

下界にはあまりに清し天つ代を 夢見て月のかく照らすらん

 

●毎日新聞記者。昭和三年(1928)四月二十三日病没、享年六十三。

*遺詠はもう一首あり、

辞世詠840-二 天つくにの月夜のさまもかくあらん下界の夜と思はれぬかな

 

 

辞世詠841 葛西善蔵 かさいぜんぞう 

 

都なれば花も桜も夕月夜 ゆう子そゞろに父も酔ひしか

 

●小説家。昭和三年(1928)七月二十三日病没、享年四十二。

*死期を自覚した愛酒家が愛嬢に献じたうちの一首。

 

 

辞世詠842 若山牧水 わかやまぼくすい 

 

酒ほしさまぎらはすとて庭に出でつ 庭草を抜くこの庭草を

 

●歌人。昭和三年(1928)九月十七日病没、享年四十四。

 

 

辞世詠843 違星北斗 いぼしほくと 

 

死ね死ねと云はるるまで生きる人あるに 生きよと云はれる俺は悲しい

 

●アイヌ民族解放運動家で、歌人。昭和四年(1929)二月二十六日没、享年二十八。

 

 

辞世詠844 松井千枝子 まついちえこ 

 

ただ一度こころからなる言の葉も 聞かで死すらんわれと思へば

 

●映画女優。昭和四年(1929)四月二日病没、享年三十一。

 

 

辞世詠845 橋田東声 はしだとうせい 

 

賽の河原をくだりゆきつつ道のべの 石の仏に花たてまつる

 

●歌人。昭和五年(1930)十二月二十日病没、享年四十五。

*他界後に発表された「那須温泉」十五首のうちの一首。

 

 

辞世詠846 古井田七太郎 こいだしちたろう 

 

病みふせる母を思へば大空の 雲もおもたき心地こそすれ

 

●陸軍上等兵。昭和七年(1932)九月八日満州奉天省で戦死、享年二十二。

 

 

辞世詠847 宮沢賢治 みやざわけんじ 

 

(いたつき)のゆえにもくちんいのちなり みのりに棄てばうれしからまし

 

●詩人で童話作家。昭和八年(1933)九月二十一日病没、享年三十八。

 

 

辞世詠848 大熊長次郎 おおくまちょうじろう 

 

静にぞねむらせたまへ人間の 命死にゆく時のをはりに

 

●歌人。昭和九年(1934)一月二十一日自裁、享年三十二。

 

 

辞世詠849 中村憲吉 なかむらけんきち 

 

病む室の窓の枯木の桜さへ 枝つやづきて春はせまりぬ

 

●歌人。昭和九年(1934)五月五日病没、享年四十六。

*他界に近い日の病床遺詠てある。

 

 

辞世詠850 川崎杜外 かわさきとがい 

 

死にて行く人の心は知らねども 我も死に行くひとりさびしく

 

●歌人で作家。昭和九年(1934)八月十五日病没、享年五十一。

 

 

辞世詠851 金田千鶴 かねだちづ 

 

こんこんとふかき眠りにおち入りて 行く日もあらむ永遠の安けさ

 

●歌人。昭和九年(1934)八月十七日病没、享年三十三。

 

 

辞世詠852 竹久夢二 たけひさゆめじ 

 

日にけ日にかっこうの啼く音ききにけり かっこうの啼く音はおほかた哀し

 

●歌人。昭和九年(1934)九月一日病没、享年51

 

 

辞世詠853 内藤湖南 ないとうこなん 

 

虫の息になるまで我はかつ生きて 生のくるしみつぶさに味はふ

 

●歌人でジャーナリスト。昭和九年(1934)六月二十六日病没、享年六十九。

 

 

辞世詠854 坪内逍遥 つぼうちしょうよう 

 

鶴亀は職過ぐるとて柿の慰は 鴉を姥は鯉を友とす

 

●小説家で評論家。昭和十年(1935)二月二十八日病没、享年七十七。

 

 

辞世詠855 与謝野寛 よさのひろし 

 

知りぬべきことは大かたしりつくし 今何を見る大空を見る

 

●詩人で歌人。昭和十年(1935)三月二十六日病没、享年六十三。

 

*死を意識した心境での一首、多磨霊園の歌碑に刻まれている。

 

 

辞世詠856 野崎左文 のざきさぶん 

 

後の世はどんなに生れかはるかと 思へば死ぬも楽しみなもの

 

●評論家。昭和十年(1935)六月八日病没、享年七十八。

*昭和二年に出した自伝中の辞世である。

 

 

辞世詠857 生田長江 いくたちょうこう 

 

其の文は日星と河嶽とを統べ垣に 煌々の光を仰がしめざればやまざるものあり

 

●評論家で翻訳家。昭和十一年(1936)一月十一日病没、享年五十五。

 

*臨終の前家族に口述筆記させた遺偈ともいえる作。

 

 

辞世詠858 安藤輝三 あんどうてるぞう 

 

心身(こころみ)(ねがひ)をこめて一向(ひたぶる)に 大内山に光さす日を

 

●陸軍大尉で、二.二六事件首謀者の一人。昭和十一年(1936)七月十二日刑死、享年三十二。

*「.二六事件」は、昭和十一年二月二十六日、陸軍の皇道派若手将校らが国家改造と統制派打倒を目的に、千五百名もの部隊を率いて首相官邸など要所を襲撃したクーデター事件である。

 

 

辞世詠859 栗原安秀 くりはらやすひで 

 

君が為捧げて軽きこの命 早く捨てけん甲斐のある中

 

●陸軍中尉で、二.二六事件に連座。昭和十一年(1936)七月十二日刑死、享年二十九。

 

 

辞世詠860 香田清貞 こうだきよさだ 

 

ひたすらに君と民とを思ひつつ 今日永えに別れ行くなり

 

●陸軍大尉で、二.二六事件に連座。昭和十一年(1936)七月十二日刑死、享年三十四。

 

 

辞世詠861 竹嶌継夫 たけしまつぐお 

 

喜びの久しくここに積り来て 千代に八千代に栄え行くらん

 

●陸軍中尉で、二.二六事件に連座。昭和十一年(1936)七月十二日刑死、享年三十一。

 

 

辞世詠862 対馬勝雄 つしまかつお 

 

ひと粒の種はくさりてちよろづの 実を結ぶこそ誠なりけれ

 

●陸軍中尉で、二.二六事件に連座。昭和十一年(1936)七月十二日刑死、享年二十九。

 

 

辞世詠863 内田良平 うちだりょうへい 

 

五十年国を憂ひて草莽の 野にさまよひて泣きに泣きけり

 

●右翼運動家で、黒龍会主幹。昭和十一年(1936)七月二十六日病没、享年六十四。

 

 

辞世詠864 木下尚江 きのしたなおえ 

 

何一つもたで行くこそふるさとの 無為の国へのみやげなるらし

 

●社会思想家で、作家。昭和十二年(1937)十一月五日病没、享年六十九。

 

 

辞世詠865 井上美子 いのうえよしこ 

 

君まさぬ世にながらへて何すとか 現身(うつつみ)の尚生きむとすらむ

 

●歌人。昭和十三年(1938)六月十一日自裁、享年二十五。

 

*恋人が死に、嘆いての後追い死を選んだ。

 

 

辞世詠866 江口きち えぐちきち 

 

大いなるこの寂けさや天地の 時刻(とき)あやまたず夜は明けにけり

 

●歌人。昭和十三年(1938)十二月二日自裁、享年二十六。

 

 

辞世詠867 岡本かの子 おかもとかのこ 

 

年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐいのちなりけり

 

●歌人で作家。昭和十四年(1939)二月十八日病没、享年五十一。

*亡くなる前年に詠んだ一首。

 

 

辞世詠868 明石海人 あかしかいじん 

 

あらむ世を商類に生まれきて 色うつくしき酒は(ひさ)がむ

 

●歌人。昭和十四年(1939)六月十三日病没、享年三十九。

 

 

辞世詠870 馬場胡蝶 ばばこちょう 

 

うつり行く思ひは川瀬浅くとも われ岸の湯に人を恋ひにき

 

●翻訳家。昭和十五年(1940)六月二十日病没、享年七十二。

*俳画に添え書きされた遺詠である。

 

 

辞世詠871 高垣松雄 たかがきまつお 

 

月のうち六たびちをはく我が眼にも 窓ごしに仰ぐ公孫緑す

 

●アメリカ文学者。昭和十五年(1940)九月十三日病没、享年五十一。

 

 

辞世詠872 葛尾武弘 くずおたけひろ 

 

生もなし死もなし己が魂は 永遠に護らむ皇御国を

 

●陸軍中尉。昭和十五年(1940)九月二十三日仏印進攻で戦死、享年二十一。

*九月二十二日、仏軍との間で軍事協定が成立し、日本軍は北部仏印に進駐を開始した。

 

 

辞世詠873 林忠崇 はやしただたか 

 

真心のあるかなきかは屠り出す 腹の血潮の色にこそ知れ

 

●元上総請西藩主。昭和十六年(1941)一月二十二日病没、享年九十三。

*この一首は明治元年、小田原戦争で降伏直前に、林が切腹覚悟で作った異色の辞世。彼はその後長寿を全うした。

 

 

辞世詠874 染谷進 そめやすすむ 

 

我が命死ぬるはむしろたはやすし 生きの嘆きは我を泣かしむ

 

●大学教授で歌人。昭和十六年(1941)八月四日病没、享年三十九。

 

 

辞世詠875 井上道泰 いのうえみちやす 

 

しづみゆくそのきざみまでいささかも 光うすれぬ夕づく日かな

 

●医師で歌人。昭和十六年(1941)八月十六日病没、享年七十五。

*昭和二年の詠ではあるが、終焉を飾るにふさわし作である。

 

 

辞世詠876 古野繁美 ふるのしげみ 

 

いざゆかむ網も機雷も乗り越えて 撃ちて真珠の珠と砕けむ

 

●海軍中尉。昭和十六年(1941)十二月八日真珠湾で戦死、享年二十四。

*太平洋戦争開戦の朝、特殊潜航艇で真珠湾に先制攻撃をかけ散った。

 

 

辞世詠877 土屋亮 つちやまこと 

 

君の為明日は死ぬるぞ戦ふぞ 弾丸と命のあらん限りを

 

●陸軍上等兵。昭和十七年(1942)一月十九日マレー進攻で戦死、享年二十四。

 

 

辞世詠878 萩原朔太郎 はぎわらさくたろう 

 

きかなしや病ひいえざる枕べに 七日咲きたる白百合の花

 

●詩人。昭和十七年(1942)五月十一日病没、享年五十七。

 

 

辞世詠879 与謝野晶子 よさのあきこ 

 

今日もまたすぎし昔となりたらば 並びて寝ねん西の武蔵野

 

●歌人。昭和十七年(1942)五月二十九日病没、享年六十五。

*次の遺詠もある。

辞世詠879-二 夕月夜片瀬の河の橋くぐる黒き紅葉のなまめかしけれ

 

 

辞世詠880 山尾忠 やまおただし 

 

エーテルの香しるく籠むる病室に 山茶花の花の影は明るき

 

●伝未詳。

*『アララギ』昭和十七年五月号に所収。

 

 

辞世詠881 石榑千亦 いしくれちまた 

 

二月をこやりつづけてふと見れば 秋の句も白く空に光れり

 

●歌人。昭和十七年(1942)八月二十二日病没、享年七十四。

 

 

辞世詠882 小山宗次 こやまそうじ 

 

今出でヽ二度と見ぬ気の大八洲(おほやしま) まふたに浮ふ靖国の宮

 

●海軍三等機関兵曹。昭和十七年(1942)八月三十一日戦死、享年三十八。

 

 

辞世詠883 石丸豊 いしまるゆたか 

 

大君に捧げまつりし我が命 今こそ捨つる(とき)は来にけり

 

●海軍大尉。昭和十七年(1942)十月二十六日戦死、享年未詳。

*米空母ほーネットに体当たりを敢行。我が国特攻隊の魁となった。

 

 

辞世詠884 北原白秋 きたはらはくしゅう 

 

秋の蚊の耳もとちかくつぶやくに またとりいでて蚊帳を吊らしむ

 

●詩人で歌人。昭和十七年(1942)十一月二日病没、享年五十八。

 

*病床絶筆歌。ほかに遺詠とみなせる一首に、

辞世詠884-二 たまきはる命澄みつつありむかふ山川(やまかわ)の瀬の音の(さや)けさ

 

 

辞世詠885 湯浅半月 ゆあさはんげつ 

 

吾ゆかば天には父の生しまして かしこし神の子としたまはむ

 

●詩人で図書館学者。昭和十八年(1943)二月四日横死、享年八十六。

*故郷の群馬県安中市の墓地内歌碑に刻まれた一首。

 

 

辞世詠886 倉田百三 くらたひゃくぞう 

 

長臥しのわれのなぐさと妻の吹く 鶯の笛身にしみにけり

 

●劇作家で評論家。昭和十八年(1943)二月十二日病没、享年五十三。

 

 

辞世詠887 跡部正元 あとべまさもと 

 

身の回りのもの一切を整理して 生命をかるく手術待つなり

 

●歌人も、伝未詳。

*『アララギ』昭和十八年四月号所収の遺詠。

 

 

辞世詠888 山本五十六 やまもといそろく 

 

天皇の御楯と誓ふま心は とどめおかまし命死すとも

 

●連合艦隊司令長官。昭和十八年(1943)四月十八日戦死、享年六十。

*次の一首も辞世とされている。

辞世詠888-二 大風に吾し思ひ心かくばかり妹が夢のみ夜毎に見むや

 

 

辞世詠889 氏家運二 うじいえうんじ 

 

悠久に生くる我が身を乗越えて 続けよ国の若きますらを

 

●陸軍大尉。昭和十八年(1943)五月二十九日アッツ島で戦死、享年未詳。

 

 

辞世詠890 三宅花圃 みやけかほ 

 

事ならずとは誰かいふさしすて しかどの柳はまゆごもりたり

 

●小説家。昭和十八年(1943)七月十八日病没、享年七十五。

 

 

辞世詠891 川地孝典 かわじたかのり 

 

孝典ももう食えませんお母様 情け身にしむ母の蔭膳

 

●陸軍伍長。昭和十九年(1944)一月二十二日ニューギニアで戦死、享年二十五。

 

 

辞世詠892 岡部弥三郎 おかべやさぶろう 

 

やき鎌のと鎌をもちて醜草を 刈りてしやまむ神勅(みこと)かしこみ

 

●無名戦士。昭和十九年(1944)九月にミンダナオ島で戦死、享年二十二。

*「無名戦士」とは、戦没時にまだ名の知られていなかった兵士を指す。また当時氏名は不明であったが、後日判明した場合も含まれる。

 

 

辞世詠893 谷暢夫 たにのぶお 

 

身はかろく務める重さ思ふとき 今は敵艦にただ体当たり

 

●第一神風特攻隊敷島隊一飛曹。昭和十九年(1944)十月二十五日比島タクロバン沖で戦死、享年二十。

 

 

辞世詠894 広田幸宣 ひろたゆきのぶ 

 

国の為征く身なりとは知りながら 故郷にて祈る父母ぞ恋しき

 

●第一神風特攻隊葉桜隊一飛曹。昭和十九年(1944)十月三十日比島スルアンで戦死、享年二十一。

 

 

辞世詠895 岩本益臣 いわもとますみ 

 

武士は散るもめでたき桜花 花をも香をも人ぞしるらむ

 

●陸軍特別攻撃隊万朶隊隊長で、大尉。昭和十九年(1944)十一月五日比島ニコラス上空で戦死、享年二十八。

 

 

辞世詠896 西尾常三郎 にしおつねさぶろう 

 

母君よ嘆き給ふな父君に 家の栄えをゆきてまづ告げむ

 

●陸軍特別攻撃隊富嶽隊隊長で、少佐。昭和十九年(1944)十一月十三日比島クラーク東方で戦死、享年二十九。

 

 

辞世詠897 佐藤章 さとうあきら 

 

必殺の魚雷に乗りて体当たり ああ心地良き戦法にあらずや

 

●海軍菊水イ四七潜乗組みの少尉。昭和十九年(1944)十一月二十日ウルシー泊地人間魚雷「回天」に乗り体当たり戦死、享年二十七。

*回天は別名「人間魚雷」といった。乗組員が敵艦に体当たり自爆を刊行する目的で設計された必中必殺兵器であった。終戦までに一〇四名が戦死している。

 

 

辞世詠898 仁科関夫 にしなせきお 

 

大君の(しこ)の御楯と出で立つに 後見ん心は御代の曙

 

●海軍菊水イ四七潜乗組みの中尉。昭和十九年(1944)十一月二十日ウルシー泊地で回天に乗り体当たり戦死、享年二十二。

 

 

辞世詠899 増田憲一 ますだけんいち 

 

菊の香を添へてレイテの海原に 君の御楯と征く身栄へあり

 

●海軍特別攻撃隊石腸隊少尉。昭和十九年(1944)十二月五日比島スリガオ海戦で戦死、享年二十五。

 

 

辞世詠900 長浜清 ながはまきよし 

 

たとへ身はあの世に行つても霊は 何時も我らの身辺を守り下され

 

●陸軍特別攻撃隊鉄心隊伍長。昭和十九年(1944)十二月十五日比島スルアン付近で戦死、享年十九。